fate/to the night material which dies,and goes   作:相馬エンジェル梅太郎

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教会

 心の波を感じていた。

“あの夜”以来揺らぐことなく、凪のように静まり返った心が揺れた。

決して穏やかであった訳ではない。静まる心は嵐の前の静けさのように、静寂していた。

時が停止しているのだ。燃えた日から。けれど今、この時は違った。

「どうした?行かないのか?」

こちらを貶すような視線で俺を捉えながら、奴は言った。

「黙れ」

「ふ。存外に口が悪いな」

革のソファーから腰を上げ、部屋を後にする。セイバーは俺の変化に戸惑うように、ゆっくりと後を追ってくる。

慎二は相変わらず奴から視線を逸らすことはない。

部屋を後にし、外の空気に晒される。冷たい風が頬を撫で、揺らぐ心が静かに燃える。

「士郎」

声に反応し、振り返れば凛がいた。視線は定まらず、自身の体を抱くように構えている。

「さっきは本当にごめんなさい。私のサーヴァントが」

私のサーヴァント。その言葉に僅かな苛立ちを感じる。

凛は奴を召喚して、間もないのに完全に奴を自身の使い魔だと認識している。

それが気に食わなかった。

「いや。いいさ」

言葉を1つ零し、背を向ける。視線はようやく落ち着いたようで、背中に強い視線を感じる。

それに振り返ること無く、足を踏み出す。

幾分か離れた場所でもう1つの足音が近づく。酷く戸惑っているようで、申し訳ない。

胸の思いを言葉にすることなく、歩を進める。

目指すは丘の上。近づくことを恐れていた、神の下僕が住まう、堕落の城。

1人の男に会いに行く。

 

 丘の上に聳える教会は異常であった。民が許しを請い、また男女の番を祝福する場であるはずの教会がここまで不気味なのはありえないことである。

セイバーも苦痛で顔を滲ませている。それもそうだろう。

セイバーのように、高潔な英霊はこのような場所には似合わない。

「セイバーはここで待っていてくれ」

「ですが」

自身の心情よりも、俺の安全を考慮してくれるのは有難い。だが、この教会の住む神父を知っているからこそ彼女を連れていくのは得策ではない。

「何かあったら呼ぶ。待機していてくれ」

彼女は僅かに視線を外し、小さく頷いた。

静寂に包まれた教会に、ドアを開ける音が木霊した。

確かに響いたはずの音にも、住人は赴くことをしない。来訪者が俺であることを知っているのに。

「言峰」

こちらの言葉にようやく重たい腰を上げたのだろう。

カツン。カツン。と一歩一歩音が響く。

祝福の元に立ち、最初の言葉は皮肉しかない言葉であった。

「誰かと思えば、お前か。衛宮士郎」

「最初から分かっていただろう」

「ふ。どうかな?」

コイツの言葉は全てが呪いの類だ。

冬木にある唯一の教会。ここに住まう者の中には、コイツに新たな門出を祝われた人々をいるだろう。だが、想像できない。こんな人間に祝福された人々幸せが訪れる所が。

向かう先には、破滅しかない。そう思えてならない。

「で、お前はこんな夜更けに何をしに来たのだ?」

嘘を許さない言葉だった。最もこちらも嘘を言うことなどないが。

「マスターとして聖杯戦争の監督役に、参戦の意思表示をしに来ただけだ」

「ふ。随分律儀な男だ。まさかお前がそんなことのために、私の元を訪れるとはな」

「マスターの義務だからな」

「私はその義務を守らないマスターの筆頭はお前だと思っていたが。これは少しお前への認識を改める必要があるかもしれんな」

思ってもいないことを言う。俺の“特技”を知りながらも、この男は警戒することなどない。

絶対的な自信。それを安易に感じ取ることが出来るほど、この男からは自信が漲っている。

その自信の根拠はどこにあるのかは分からない。だが、この男から滲み出ているものは自信の表れに思えてしまう。

「皮肉はいい。それより確認したいことがある」

「ほう?」

目を細め、こちらの思考を読み取ろうとする。だが思考の読み合い。

それにおいて、衛宮士郎の右に出る者はいない。

これは根拠のない自信ではない。絶対的な確信。揺るがぬ摂理。

「お前はこの聖杯戦争をどう見る?」

「随分大雑把な問いだな。だが答えてやろう」

変わらず皮肉な表情が消えることはない。能面のように張り付いた表情の奥底を読むことも、躊躇しそうになる程、コイツの闇も深い。

「聖杯は変わらず、願望機のままだ。お前が心配するようなことは何もない」

嘘だ。こちらがそれに読み取っていることを知っても尚、言葉を止めることはしない。

「聖杯を掴めばお前の願いも、外にいる従者の願いも確実に叶うだろう」

「どんな方法で?」

「それはお前が聖杯を勝ち取った時に分かることだ。前回の敗者の私には、想像もつかん」

言峰は1度も本音を伝えることをせず、飄々と話し続けた。

本気でこの男から答えを聞こうと思った訳ではない。ないが、心のどこかで期待していた部分もある。

認めたくはないが、心の隅。そこが酷く落胆し、それを認めぬように、脳は意識を心に向けさせようとしない。

焦燥感。僅かなズレがこの地に蓄積されている気がしてならない。それを確認するごとに、胸の中に焦りが広がり鼓動が早鐘を打つ。

この地で生きてきた俺には分かる。冬木という名の純白の舞台に蔓延する僅かな綻び。それらは黒いシミとなり、純白の大地を染め上げる。いい兆候であるはずがない。

共に戦うと決めた彼女とは、正反対の何かがこの地にいる気がしてならない。

その致命的な閃きが、この場所へ足を運ばせた。決定的な状況を目の当たりにして。

空から舞い降りた赤い弓兵。彼は本当に英霊なのだろうか。

欺瞞と偽りに押しつぶされた何かを感じさせた。全うではない。

そして彼とは比べものにならない程の、邪悪。それが冬木に息づいている気がしてしまう。

「冬木で起こっている事件の殆どが聖杯戦争関係だろ?」

「ああ。それは認めよう。どうやら分を弁えず、人の魂を食い散らかす輩がいるようだ」

足りない物を補うために、他の物を代用するのは魔術師の鉄則。だが、高潔な英霊がそれを善しとするはずはない。

例えば外で待つ彼女に、魔力の補給を一般人を襲うことで補おうとすれば、彼女は潔く俺を切り自身の負けを認めるだろう。

だが、現にそれを行う輩がいるのだ。高潔な英霊ならば、躊躇する行為を躊躇いも無く行う輩が。

この聖杯戦争は破綻してしまっているように思える。

「じゃあ次の質問が最後だ」

より一層強く言峰を睨む。こちらの視線を流しながらも、言峰は真っ直ぐこちらを見ている。

「お前は監督役以外に、この聖杯戦争に手出しをしているか?」

真っ直ぐな問い。言峰は僅かに微笑み。

「愚問だな。私は聖杯に懸ける望みなどない。故に、監督役以外に参加などしているはずがない」

“今はな”

心から直接響いた言葉。少なくとも嘘はついていない。

コイツは現段階では、“聖杯戦争には参加していない”。

それが分かっただけでも来た甲斐はある。

「そうか。ならいい」

別れの挨拶もそこそこに背を向ける。奴も俺に言葉を投げかけることなく、俺は奴の元から離れた。背に向けられた視線に振り返ることなく。

 

 外は闇に浮かぶ、月に照らされていた。彼女はその輝きを一身に受け、神々しく輝いていた。

立ち竦む。別に彼女を恐れた訳ではない。だが、彼女の圧倒的な輝きに自分が介入するのは無粋だと思っただけだ。

———もう少しこのままで。

いつか聞いた言葉が、飛び込んできた。穏やかで、緩やかで。涙が出るほど美しい。

「シロウ」

彼女の視線が俺を捉える。優しく微笑む彼女は、より一層美しかった。

「ごめん。待たせたね」

「いえ。問題ありません」

「行こうか」

「はい」

彼女の隣に並び立ち、歩みを進める。伝えたい言葉は沢山あった。けれど、今はこのままで。

もう少しこのままで。

進むべき道を違えないために。歩んで来た道を再確認する。きっと間違っていない。

安らかな彼女の表情を見ていたら、自然とそんな考えが頭を(よぎ)る。

けれど、いつだって幸せな時間は長くは続かない。終わりは唐突に。

優しい音色と、不釣り合いの殺気。

「こんばんわ。さようなら。お兄ちゃん」

坂の上。銀髪の少女と、暴力の化身が聳えたっていた。

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