fate/to the night material which dies,and goes 作:相馬エンジェル梅太郎
「自己紹介がまだだったね。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
淑女のように、優雅な挨拶を終える少女。それに従えるのは、強大な死を具現化したような怪物。
「そして私のサーヴァントのバーサーカー。真名はギリシャ神話の大英雄、ヘラクレス」
「ヘラクレスだと!?」
驚きの声を上げたのは、セイバーだった。彼女は全身から闘気を発し、向かい来る敵に備える。魔力で編まれた武装が何よりの証拠だった。
「あら?お兄ちゃんは随分余裕なのね」
「ああ。まあね」
送られる殺気を受け流し、会話に答える。しかし、意識は別のところにあった。
彼女は言った。自分の名はアインツベルンだと。そして俺を兄だとも。
―――きっと彼女は、僕を恨んでいる。
今、父の苦悩に触れた気がした。
「まあ、詳しい事情は知らないが、お前が俺を恨んでいるのは分かってるよ」
「そう。それじゃあ、お話はここまでね」
イリヤスフィールは微笑み、1つの命令を下す。
「やっちゃえ!バーサーカー!」
「■■■■■!!!」
向かい来る死。あれに襲われたら、死は逃れることなど出来ない。
だが、彼女は違う。体格は雲泥の差があるが、彼女もあれに匹敵する程の英雄。
避けることの出来ない結果を、覆してこその最優。
「セイバー。この近くに外国人墓地がある。そこなら小回りの利くセイバーの方が有利に立ち回れる」
「了解しました!」
漆黒の巨人に向かう、群青の弾丸。今ここに、神話が再現される。
振り下ろされ、続ける大剣。それを女は避け、躱し、打ち返す。
そこは紛れもない死地だった。近づけば、瞬時に一刀両断される。それでも女は、死地で舞い踊るような剣技を放っていた。大地を殺すほどの一撃。直撃すれば、彼女とて無事ではない。だが、怯むことなく彼女は剣を振る。
そして怪物が小柄な彼女を仕留めきれないのは、地形の問題でもあった。
一刀振るごとに、壊れゆく石碑。ここは死者が眠る墓地であった。女はその体型を生かし、石碑の間を縫うように舞う。怪物はそれを追うように、刀を振るい、石碑を砕く。
「何してるのよ!バーサーカー!さっさと仕留めなさい!」
怪物のマスターである少女から激が飛ぶ。それに応答したように。
「■■■■!!!」
怪物は雄叫びを上げる。女はここから逃げることは出来ない。ここに眠る死者の家。石碑が全て砕かれれば、女の逃げ場は無くなり、そうなれば女とて逃げることは困難になる。故に死地。最早、奇跡のような神秘が怪物を襲わない限り、女は死ぬ。
そして女は突然、焦ったように、渾身の力で剣を振るい怪物から離れる。
怪物に傷はない。離れた距離も一瞬で詰められる。一歩踏み出そうとした瞬間。
あらぬ方向から死の危機が降ってきた。
彼女の剣技に見入った。墓地で舞う彼女は、美しかった。そこで確信した。
セイバーは戦うために、生まれた女だと。
ギリシャ最大の英雄に引けを取らない彼女はやはり、最優だった。
だが、そんな彼女でもこの均衡は長くは続かない。石碑が全て砕かれれば、彼女は不利になる。
遮蔽物が何も無ければ、圧倒的な破壊力を誇る怪物の方が有利になる。それは避けなければならない。
「そろそろ頃合いかな」
手に持っていた煙草を消し、捨てる。外国人墓地を望む高台から、戦闘を見渡す。あれを封じるには、生半可な攻撃では意味がない。だが、サーヴァントを消し去る程の一撃は通常のマスターには、行えない。
けれど、衛宮士郎ならばやれる。自信はある。力もある。
ならば、戦うべきだ。戦え!戦え!戦え!
「セイバー。そのままで聞いてくれ」
セイバーに繋がっている念話。マスターとサーヴァントの関係ならば、念話など問題ない。
セイバーは応答しない。けれど、確かに聞いている。それが分かる。
「これからバーサーカーへの射撃を行う。相当のやつ行くから避けてくれ。タイミングはセイバーに任せる」
設計は問題ない。今まで何度だってやってきた。綻びもない、完璧を瞬時に作ってみせよう。
目を瞑る。自己の中に埋没する。
「――――――――――」
言葉を呟き、目を開ければ弓矢があった。捻じれた刀。強力な魔力。それを放つ弓も完璧。
大きく、細く、強く、息を吐く、無心。何も考えるな。俺は機械。この矢を怪物に放つだけの機械。この矢ならば、放てば必ず命中する。大きく弓を引き。
セイバーが渾身の一撃を放ち、距離を取ったのを確認した。
「我が骨子は捻じれ狂う」
そして怪物を殺す、強大な一撃を放った。矢は心臓を貫き。
「
巨大な爆炎を巻き起こし、爆ぜた。
「セイバー。撤退だ」
彼女は俺の指示通りに、墓地から離脱する。そして見た。爆炎の中でも未だ不動の怪物を。
「なるほど。そっちが宝具か」
少しずつ修復していく肉体。それを確認し、俺も離脱した。
死地から幾分か離れた場所で、セイバーと合流した。
「お疲れ様。無事でよかったよ」
「シロウの方こそ無事でよかった」
笑顔で微笑む彼女。だがその表情には、困惑も含まれていた。
「シロウ。先程の狙撃は一体」
彼女が戸惑うのも、無理ないことだ。通常のマスターではあれ程の攻撃は出来ない。それを問いただそうとしている。
「あれか。あれは俺の必殺技だ」
「必殺技?シロウ、私は真面目に聞いているのです!」
少しムキになっているセイバー。そんな表情も出来たのかと、内心では少しだけ驚く。
「悪い悪い。あれは魔術だよ」
「あれがですか?」
セイバーは信じられないのだろう。サーヴァントを撃退する程の魔術。あの一撃は宝具と何ら変わらない。現代に生きる魔術師が、届く神秘を超えている。
セイバーはそれに、疑問を抱いている。
「シロウ。魔術師のことは詳しくは分かりません。けれど、あれ程の一撃は容易ではないはずた」
問い詰めるセイバーは、いつもより辛辣な印象を抱いた。焦燥感とも感じ取れるそれは、優雅な彼女からは想像出来ない一面だった。
ここで全てを話すこども出来る。だが、念には念を。
最悪の想定を考えると、主従関係とは言え全てを語るのは危険な気がする。
考えたくもないが、彼女が俺に剣を向ける可能性もあるのだ。
「セイバー。君ならよく分かってくれると思う」
何がですか?
声には出さないが、表情から読み取ることは容易だった。
彼女は傷つくかも知れない。けれど、仕方のないこともある。
心にそう言い聞かせ、彼女の問いに答えた。
「君ならよく分かってくれるはずだ。いつの時代にも、イレギュラーは存在するってことを」
彼女は何も答えない。心からも何も聞こえない。
一つ冷たい風が頬を撫でた。髪が揺れ、露わになった彼女の表情は能面のように、無表情だった。
「行こうか。みんな待ってる。遅くなると、いらん心配を掛けることになるからね」
「はい」
俺の後に付いてくる彼女。少し離れて着いてくる足音が、何故か妙に馴染んだ。
けれど、それも長くは続かなかった。
「どうしたの?」
唐突に止まる足音。見ればセイバーは俯き、足を止めていた。
「私は分かりません。シロウが何を考えてちるのか。けど、確かなことがあります」
凛として、言葉を発する彼女。今この場で思考を読むなんて、無粋なことをしようとは思わなかった。
「確かなことって何?」
少し不安だった。知らないことは、昔から怖かった。
「そんな顔しないでください」
「え?」
セイバーは優しく微笑んでいる。対して俺は、親に叱られる子供のように怯えていた。
「大丈夫です。だって約束したじゃないですか?」
月の夜。輝く彼女は、あの夜と同じ輝きで。
「私はシロウの剣だ。貴方を脅かすもの全てから、あなたを守って見せる」
息を呑んだ。彼女の尊大さに。視界がぼやけ、彼女が薄れる。そこで気が付いた。
「泣かないでください」
ゆっくり彼女は近づいてくる。ふと柔らかい感覚に包まれた。彼女が優しい俺を包んでくれていた。
脳の奥がチリチリと、刺激される。何か覚えがある。
優しくて、温かくて。大好きだった。
『私だけは貴方の味方』
誰かの声と、セイバーの声が重なった。
ある冬の日。可憐な少女の肩に、顔を押しつけ泣いた。
何か分からないけれど、無性に悲しくて、無性に嬉しくて。
ただただ愛おしくて。
プライドなど、金繰り捨て子供のように泣いた。
彼女は優しく、俺を見守っていてくれた。