fate/to the night material which dies,and goes 作:相馬エンジェル梅太郎
ごめんなさい。
どれ程の時間が経っただろう。冬の空には、変化ない。頬を撫でる風の冷たさも、変わらない。
涙が止まれば、急激に恥ずかしさが募ってきた。
ゆっくりとセイバーから離れる。
「もう大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ごめんな」
「いえ」
微笑む彼女は、いつもよりも笑顔が輝いていた。そんな彼女の顔を直視するのは、気恥ずかしかった。
「もう行こう。みんな心配する」
「はい。そうですね」
ぶっきらぼうになりそうになる口調を抑え、感謝の念を含んだ口調で伝える。
それがセイバーに届いたかは、分からない。
でも、笑顔で俺の隣を歩くセイバーは、嬉しそうだった。それを見て、別離の予感に胸を震わせることは無かった。
これからも彼女は約束通り俺のために、戦ってくれる。
優越感と独占欲が、ごちゃまぜになったような醜い感情が、心を支配したが確かな幸福感を感じた。
謁見の間は奇妙な空気に包まれていた。
誰として口を開かない。だが、アーチャーだけは違った。
入ってきた俺を見て、蔑むような笑みを浮かべていた。一瞬。憎悪とも言える奇妙な感覚に包まれたが、彼の表情を見て気が変わった。
アーチャーは、俺を通してまるで自身を蔑むような表情をしていた。
それが意外だった。この男から漲る絶対的な自信とも言える気迫とは、かけ離れているものだったからだ。
「士郎。随分遅かったけど、何かあった?」
凛はこちらの心配をしていた。面持ちは悲痛で、本当に心の底から俺達のことを心配していたのが分かった。
「ああ。まあ色々あった」
そう言い、先程まで腰を下ろしていたソファーに再び腰かける。
それを見るとすぐさまアーチャーが声を掛けた。
「おい。小僧。この男はどうにか、ならんのか?」
見れば、慎二は未だに鋭い視線をアーチャーに向けていた。この男がここまで、害悪の感情をぶつけるのも珍しい。
「ああ。悪いな。慎二もうやめろ」
自分で言って驚いた。まさかこの男に、素直に謝ることが出来るとは。アーチャーも僅かに、驚いたような表情をした。
慎二は渋々頷き、視線を外した。
「それじゃあ、俺から話したいことがある。敵サーヴァントについてだ」
3人の表情に緊張が走った。
「協会を出て、バーサーカーのサーヴァントと交戦した。マスターはアインツベルンのホムンクルス。イリヤスフィールだ」
アーチャーの眉がピクッと動いた。それを見逃さなかったが、ここで問い詰めても躱されるのは、目に見えている。そう判断し、会話を再開する。
「イリヤスフィールが言うには、真名はギリシャ最大の英雄ヘラクレスだそうだ」
「ヘラクレスですって!」
凛は驚きを隠せないようだった。だが、それもそうだろう。ヘラクレス程の英雄となれば、バーサーカーのクラスで無くとも相当の魔力を消費する。けれど、イリヤスフィールは平然とバーサーカーを引き連れていた。並大抵の魔術師ではない。流石天下のアインツベルンだ。こればかりは素直に感服する。
「イリヤスフィールは自分でバーサーカーの真名を発言した。相当自信があるんだろう。まあ、当然だな」
「真名が分かったなら、宝具も予想は出来るな。その上、バーサーカーだ。絞り込むのも簡単だな」
慎二の言葉に頷く。バーサーカーの宝具は、把握済みだがそれをただで教える程お人よしではない。幸いイリヤスフィールは俺に関心を抱いている。凛に危害が及ぶ心配は、あまりないはずだ。勿論希望的観測に過ぎないが。
「1つ質問させて貰おう」
アーチャーの言葉に自然と、皆の意識が集中する。
「小僧。お前はバーサーカーを退けた後、マスターのイリヤスフィールとやらをどうするつもりだ」
「相当あのマスターにご執心なんだな」
「何。そういう訳ではないさ。ただ認めて無いとはいえ、同盟相手だ。方針を確認したい」
その言葉は確実に嘘だった。だが、方針事態を隠す訳ではない。円滑なコミュニケーションは嘘の中に、僅かな事実を紛れ込ませる。それが基本だ。そう信じているし、そうやって“生きてきた”。
「そうか。そういうことにしておこう。とりあえず方針としては、イリヤスフィールは恐らく体内に聖杯としての機能を埋め込まれているだろう。前回のアインツベルンがそうだったようにな」
アーチャーはまるで、“知っている”かのように澄ました顔をしていた。凛も軽い驚きを感じている。慎二は飄々としているが、反応があったのは、意外なことにセイバーだった。
幸いなことにその変化に気が付いたのは、俺と慎二だけだった。わざわざここで彼女を問い詰めるようなことはしない。情報が漏れる危険性があるからだ。
「そうなれば対応は、普通のマスターとは異なる。間違っても殺すのだけは避けたいからな。面倒事は極力避けたい」
イリヤスフィールを殺せば、代わりとなる人間を探さなければならない。それは避けられるならば、避けるべき道だ。
「ならば、どうするのだ?」
アーチャーは言葉は短いが、僅かな怒気を感じているようだった。やはりイリヤスフィールに何かしらの因縁があるのかもしれない。
「そうだな。バーサーカーを処分したら、保護という名の名目で監視下に置くのが妥当だろ。協会に保護させるのもいいが、あのきな臭い神父にそれを任せるのは気が引ける」
凛は同感とも言えない表情をしたいたが、俺の意見だから否定することはない。様子見ということだろう。アーチャーも一先ずは、納得したようだ。
「安心しろ、アーチャー。危害を加えることはしないよ」
「まあ、とりあえずは小僧の言い分を信じてみるのも、悪くないな」
一応イリヤスフィールについての処遇は決まった。けれど、話すことはまだある。
「それじゃあ、同盟を組む上での戦闘スタイルだ。これは大体は決めてある。何たって近接戦闘では敵なしのセイバーと、遠距離のアーチャーがいるからな」
「ならば、私は狙撃に徹すればいいのかね?」
アーチャーは一先ずは、同盟を了承しこちらの言い分を聞くつもりのようだ。
「ああ。そうだな。凛に被害が及ぶような状況は、極力作りたくない。だからと言って全く戦闘に参加しないのでは困るけどな」
「士郎の心配はありがたいけど、そんな気遣いは必要ないわ。私だって自分だけが安全な場所に籠っているだけ、なんて御免だから」
「ああ。知ってるよ」
そう。遠坂凛とは、こういう魔術師だ。優秀な自分を卑下することなく、そしてその実力に胡坐をかくこともしない。客観的に自分の実力を判断出来る。それは簡単なようで難しく、戦闘では非常に重要なことだ。
やはり彼女は優秀な魔術師だ。出会った頃と、あり方が変わろうともそれは変わらない。
窓の外を見れば、夜の暗闇は少し晴れているように感じた。左手に巻いた腕時計を見ればもう4時を回っている。
「それじゃあ、今日の会合は以上だ」
俺の一言で、僅かに空気が緩んだように感じる。席を立ち、部屋を出ようとする。その時大きな忘れ物に気が付いた。
「ああ。言い忘れていた」
1度立ち止まり、もう1度部屋を見回す。ゆっくりと時が流れている。本当にゆっくりと。
「俺は衛宮士郎だ。これからよろしく頼むよ、アーチャー」
俺の言葉に部屋にいる全員が、目を丸くした。アーチャーは僅かに笑った後。
「こちらとしては不本意だが、敵になるには大きすぎる障害をお前は持っている」
それは勿論セイバーのだろう。
「あくまで協力関係だ。味方になった訳ではないぞ、“衛宮士郎”」
また奇妙な感覚に囚われる。自分自身の名前なのに、まるで他人のように聞こえた。
返答を返す事無く、部屋を出る。セイバー達は軽い挨拶を交しているようだった。
鼓動がやけに早く、落ち着かない。
この日、この時。何か遠い夢を知った気がした。