fate/to the night material which dies,and goes   作:相馬エンジェル梅太郎

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言葉

悠々としている。民衆の群れなど気にも留めず、女は見下ろしていた。

裁定だろうか。あるいは、憐れみだろうか。

女は真っ直ぐな視線で見下ろしていた。酷く歪な女。際どい服に身を包み、視覚するも封じている彼女は隷属のようでありながら、突出した才覚のある女であることが伺えた。

「セイバー。上だ」

小声で彼女に話しかける。セイバーは俺の言葉を聞くとゆっくりと顔を上げた。険しい表情。こんな表情は初めて見た。

「確認しました」

視線を俺に合わせる事無く、彼女は言う。慎二も頷き民衆の群れから離脱する。

「やれるか?」

「難しいかもしれない」

民衆の群れから少し離れてセイバーは言った。女はこちらの動きにはまだ気が付いていない。けれど、ここからの奇襲は不可能だ。時刻は昼。多くの人間が行きかうかの場所では必ず被害が及ぶ。彼女は決してそれを善しとしないだろう。

「どうしますか?」

指示を求める声。彼女の声は僅かに切迫しているが、絶対的な自信も見え隠れしている。

「セイバーはアイツに勝てるか?」

「はい。必ず」

即答だった。これが最優のサーヴァントとして召喚され、生前は偉大なる王として君臨した彼女の出した答えだった。

「大きくビルを迂回しよう」

「分かった。僕が女を見張る」

「頼んだ」

セイバーと駆け出す。慎二は力強く頷き、俺達を見送った。

 

 新都のビルの屋上から見渡す景色は広大だった。

目的のビルから幾つか離れたビルの屋上に上る。フロントで話をつけ、許可を取って上った。こういう時に俺の“魔術”は役に立つ。

「慎二聞こえるか?」

「ああ。聞こえる」

耳に点けたインカムから無線に乗って慎二の声が聞こえる。これも切嗣から学んだ技術の1つだ。

「女は?」

「変わらずだ」

女は変わらず立っているようだ。ちゃんとした武装をして来なかったのが悔やまれる。

「マスターの有無は?

「こちらから見る分には確認出来ない」

「了解」

視力を強化する。確かに女は変わらずに立っていた。周囲に人影は無い。

「セイバー。行けるか?」

「はい」

彼女は頷く。自身も視覚の強化をし、彼女を見守る。セイバーはビルからビルに飛び移る。音も無く、気配も薄く。あと少し。瞬間。女がセイバーを視界に捉えた。

「士郎!女が逃げる!」

「分かってる!セイバー!」

「はい!」

疾走する女。猛追する彼女。視界に捉えるのが精一杯。風となって2騎のサーヴァントは冬木を駆ける。だが確信してしまった。セイバーは女には落ち着くことが出来ない。性能の差ではない。偶々女の方に運が偏っただけだ。

「慎二。撤退する」

「了解」

屋上を去る。見ればセイバーは疾走する女の背中を立ち尽くし、茫然と見送っていた。

 

 

 「すみません」

合流した彼女が発した最初の言葉は謝罪だった。悲痛な表情は見ているこちらが参ってしまいそうだった。

「いや。何も問題ない」

「ああ。そうさ。君が悪いんじゃない」

「ですが」

彼女はやはり罪悪感に押しつぶされているようだった。最優のサーヴァントであり、アーサー王として君臨していた誇りが彼女にはあるのだろう。それが彼女を苦しめている要因に他ならない。

気まずい部屋に流れる電子音。発信源は廊下にある電話からだ。

「出て来る」

腰を上げ、廊下に向かう。

「はい。もしもし」

「あ、士郎?」

「ああ。そうだよ」

受話器の向こうから聞こえて来る声は優しい声だった。凛の声。

「どうした?」

「いや。今日学校来なかったからどうしたのかと思って」

照れくさいのだろうか。少し声が上ずっている。そんなところもまた可愛らしいと思う。

「ああ。ちょっとね」

「そっか」

凛は黙ってしまう。言いたいことがあるのだろう。だが言わない。俺が尋ねてもいいのだが、それでは意味がない。

「今日電話が来たの」

答えない。伝えたいことはまだあるはずだ。

「早くサーヴァントを召喚しろって」

「ああ」

予想通りの内容だった。凛はずっと悩んでいた。ずっと。ずっと。今もこうして悩み続けている。既に答えは出ているはずの問いを。

「凛。俺はもう召喚したよ」

正直に告げる。凛もそれを望んでいるはずだから。

「今日学校に来なかったのもそれが理由?」

「ああ。そうだ」

嘘を吐くことはしなかった。いつかはばれるのだ。凛を悲しませるようなことはしたくない。

「凛。よく考えろ」

「え?」

「自分がしたいことをしろ。他の人間に構うな。お前はお前の思う通りに行動しろ」

伝える。自身の想いを。

「他人などに構うな。お前が正しいと思うことをやれ。そうしなきゃきっと」

きっと後悔するぞ。そう心の底からの言葉を告げた。

「ゆっくり考えろ。また明日学校で」

「うん。おやすみ」

電話を切る。凛はどんな答えを出すのだろうか。それが楽しみだった。凛の答えを知るのが。

「すまない」

「いいえ。大丈夫です」

居間に戻る。セイバーは未だ険しい顔のままだった。

「セイバー。もう1度聞いてもいいか?」

「はい。何でしょう?」

視線が交差する。

「君は正面からライダーと戦えば必ず勝てるか?」

試す。彼女を。最優として召喚され、偉大なる王として生涯を全うした彼女の強さを。覚悟を。

「はい。必ず」

安心した。慎二の方を見れば、嬉しそうに微笑んでいる。

「そうか。なら何も問題はない」

「はい」

セイバーの表情も幾分かは落ち着きを取り戻している。

「勝とう。必ず」

「はい」

再び勝利を誓い合った夜は星が夜空を明るく照らしていた。

 

 

 床に就く。今日は眠ることにした。セイバーにも朝の鍛錬の話をして、今日は早めの寝ることにした。自分では気が付かなかったが、俺の精神は予想以上に張りつめていたようだ。布団に入り目を瞑りながらも俺は無意識に周りの気配に気を配っている。風が吹く音。動物が動く音。家の住人の吐息から心臓の鼓動まで。そして自分の鼓動も。全てを把握しようとしている。感覚が鋭敏になっている。昼間の戦闘のせいだろうか。予想を超えるサーヴァントの凄まじさに驚いた。状況を把握しようとして、俺の精神は今も無意識に尖り続けている。全ての音が耳触りで不快だ。こんな感覚に陥ったのは久しぶりだ。幼い頃はよくあったけれど、こうして成長してからは本当に久しぶりかもしれない。意識的に呼吸を大きくし、意識を落ち着かせる。瞼の裏の闇が徐々に深くなる。夢を見る。ここ数日はずっと夢を見ている。意識が完全に落ち切る直前、懐かしい光景が目に飛び込んで来た。

 衛宮切嗣との生活は楽しかった。子供のように甘えることは少なかったし、どこか距離を置いてしまうことも多々あった。子供心に悪いことをしたと思っていたし、思うままに動けない自分に苛立つこともあった。それでも日常のふとした瞬間にあの光景が蘇ることが幼い頃は多くあった。迷惑を掛けた人を沢山いる。自身の闇の大きさにおしつぶされそうになった。そんなことがあった日の夜は自然と意識が鋭敏になった。鳴る音の全てが耳を塞ぎたくなる程の騒音に聞こえた。全ての音を聞いた。風の吹く音。動物の動く音。家の住人の吐息から心臓の鼓動まで。

そして自分の神秘の鼓動と切嗣の闇の鼓動までも。

訳は分からないが、危ないものだと分かった。彼の中に異物が混ざっていることが手に取るように分かった。醜い。(おぞ)ましい。汚らしい。醜悪。脆弱。悪行の塊を感じとり、あの地獄を思い出した。あの地獄と同じ匂いを義理の父から感じ取った。

「士郎君の夢は何だい?」

「          」

声は聞こえない。俺は何て答えたのだろう。覚えているはずなのに、今は覚えていない。

「僕はね正義の味方になりたかった」

「          」

「そうか。士郎はそう考えていたんだね」

「          」

切嗣は俺の嫌いな笑みを見せた。自身を憐れむような笑みを。

「じゃあ。士郎は僕を   かな?」

「          」

聞こえない。穴の開いた会話劇。酷く歪だ。

「そうか。じゃあ僕の             ?」

「もちろん。     」

満月の夜空。消えゆく命。誓いは此処に。

「爺さんの夢は俺が      」

「そうか。安心した」

遠い記憶。衛宮士郎はこの日に変革を遂げた。衛宮士郎はこの日に闇を濃くした。

衛宮士郎はこの日に衛宮切嗣になった。

夢は終わる。遠い記憶はここまで。自身の生き様を振り返るのもここまで。

明日からは自分の足で歩いていく。

悔恨はあの夜に。命は次の朝へ。自分のことは自分が1番理解している。衛宮士郎を衛宮士郎以上に理解出来る人間はこの世に存在しない。

意識が浮遊し、光が差し込む。頭の中に言葉が浮かぶ。誰の言葉だろう。知らないけれど、いつか知るであろう言葉。酷く新鮮で、酷く懐かしい。

涙が出る程懐かしく、喉が言葉を発するのを躊躇しそうになる程新鮮だ。

大きく息を吸う。視界を開き、言葉を発する。

「体は で出来ている」

自身の闇は未だに深く、どす黒い。

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