fate/to the night material which dies,and goes   作:相馬エンジェル梅太郎

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死闘

 苦しい。苦しい。苦しい。

神秘の時代に君臨し、人々を魅了し、外敵を排除し、未来にまで存在すると謳われた彼女の目を介してもこの光景は異様であり、この苦しみは壮絶だった。

彼女は自問自答する。

己の生きた時代にこれ程の光景があっただろうか。

自分はその光景を見たことがあるだろうか。

彼女は困惑する。

(何が起きている)

事態を把握することすらままならず、黒き月が光を押しつぶし赤の炎が生命を焼き、地を照らしていた。

何とも悲しいことだ。彼女は事態の把握を求め光を求めた。地は彼女の願いを聞き受けたかのように燃え盛る。

人だったものが辺りに溢れている。それが人であることを彼女が認識出来たかは分からない。だが事実。屍は溢れていた。築き上げた屍の数を数えることは困難だろう。

人は数えきれないものを無限と呼ぶ。だが世界に無限は存在しない。必ず上限がある。この場で言えば最後の屍がある。だが観測出来るのは彼女1人。彼女が扱える数字の上限を超えれば、この場にある屍の数は無限だ。故に無限の屍。

目を覆いたくなる程の惨状。そこに1人いた。生者が。

酷く衰弱した少年だ。数瞬後には命を散らすだろう。

彼女はその少年に既視感のような物を覚えた。

(誰だろう)

答えは分かっている。サーヴァントは夢など見ない。代わりに見るのはマスターの記憶。

天上に手を伸ばす。その行為が少年の死期を僅かに早めるものだとしても少年は辞めない。腕を伸ばしていた時間は僅かだった。少年には無限に感じられたかもしれない時間は、数秒で終わりを告げる。だがその数秒が少年を救う。

手を握る成人男性。彼にも彼女は見覚えがあった。

忌まわしい。そう思う程ではないが、恨むことがないと言ったら嘘になる。その程度の男。彼は彼女が見たこともない表情をしていた。少年の顔は見えない。だが彼女が感じる苦しみは徐々に揺らいでいく。

彼女は知った。彼の一端を。いつも冷静で、時に子供のような表情を見せる彼。魔術師としての腕も非常に良く、人間としても社交的な好青年。そんな彼の闇の一端に触れた。周りが明るくなり、彼女の目醒めが始まる。夢の中の少年に別れを告げ、少年の未来に彼女は会う。

彼女は思った。彼は悲しい人間だと。そう断定してしまいそうになる。それ程の光景だった。それでも彼はそんな表情を見せずに生きている。そんな不器用な生き方に彼女には悲しく思えた。

強くなるしかなかったのだろう。我慢するしかなかったのだろう。

そんな人間性を排除した生き方をしていたのは誰だろう。

彼女は彼に共感する部分があった。

闇が消え、光の世界に足を踏み入れる瞬間。

彼女は夢の中の少年と今を生きる青年が、少し愛おしいと思えた。守りたいと思った。

彼女はこうして目を醒ます。

 

 

目覚めは穏やかだった。上り始めた日の光を感じ目が覚めた。言い目醒めだ。ここ数日目覚めが悪かった分、今日の起床は普段より気持ちよく感じた。

「おはよう」

「あ、おはようございます」

動いやすい服に着替え部屋を出るとセイバーに出くわした。彼女も動きやすい服装に着替えており、彼女は俺を見るなり、一瞬目を逸らして気まずい顔をした。それを見て思った。

もしかしたら彼女は見たのかもしれない。

共に居間に向かう。鳥の囀りが鳴り響き、静寂に包まれた朝。

「セイバー。気にする必要はないよ。もう大丈夫だから」

彼女は息を呑んだような声を僅かに上げた。気を悪くさせたかもしれない。あんまりいいものではないからだ。だがあの光景も衛宮士郎の一部なのだ。

「はい。分かりました」

笑顔で彼女は答えてくれた。この距離感だ。これくらいが丁度いい。

他人に干将されず、他人の幸せを見つめることの出来る距離。

このくらいが丁度いい。

「おはよう。士郎。セイバー」

「おはようございます。シンジ」

「おはよー」

居間に行けば慎二が既に準備していた。最近は慎二の方が早い。ちょっと前までは俺のほうが早かったのだが、そういう日もあるだろう。

「行こうか」

「ああ。けどその前に煙草吸いたいな。士郎も吸うだろう?」

「ああ。そうだな」

縁側に腰掛ける。セイバーも俺の隣に座る。2人に挟まれるように、煙草を吸う。

「セイバーは煙草吸うことに文句は言わないんだな」

「はい。特には」

慎二の問いに答えるセイバー。ゆっくりと時間が流れる。

吸殻を捨て、立ち上がる。2人も俺の後に続くように立ち上がった。

家の無駄にデカい門を開け、朝日を目にする。いつ見ても綺麗だ。神々しく輝き、命ある物に安らぎを与える満点の輝き。セイバーは俺の顔を見ているようだった。

大きく呼吸をして、目を瞑る。自身の巨大な歯車が回転し、連動し、変革する。

目を開ければ、輝きなどに興味は無かった。

「行こう」

足を踏み出す。続く足音は2つ。いつもの鍛錬より1つ多い足音は軽快で、俊敏だった。坂を下り、住宅街に飛び出し、橋を渡り、新都に向かう。

俺と慎二の速度は自身の肉体の限界的なスピードまで上がる。魔術を使わないただの人としての限界。50mを6秒代で駆け抜ける。息が少しずつ上がる。そのペースに彼女は淡々と着いて来た。疲労を全く感じさせず、息を変わらず。淡々と。それが少なからず悔しいと思った。

冬木を駆け抜ける。新都を周り、ビル群を突き抜け、災害跡地で彼女の表情が僅かに曇った。それを見て、彼女には悪いことをしたと思った。

新都を抜け、橋を渡り、教会を意図的に避け、坂を上る。

足を止めれば満点の輝きは上昇し、本格的な朝の訪れを感じた。

「はあ。はあ」

息を吐く、自身の中に循環している魔力を発露させる。3人で無言のまま道場へ向かった。

道場での鍛錬もいつも通りに熟す。体を鍛え、基本を反復する。彼女はそれをずっと見ていた。

「547!548!549!550!」

汗が体中から滲み出ている。大粒の汗が体を流れ、今日の成長を物語る。

「お疲れ様です」

いつの間に持ってきたのだろう。セイバーはタオルを俺達に手渡す。

「ありがとう」

いつもはない気遣いに心が安らぐ。いつもなら鍛錬はここで終わる。いつもの鍛錬ならば。だが今日は違う。いや、これからは違う。

「セイバー」

「はい」

顔を汗を拭き終え、彼女と向き合う。

「勝負しよう。これで」

竹刀を翳し、決闘を挑む。彼女は事情が呑み込めていないようだが、慎二は見透かしたような笑みを浮かべていた。

「セイバー。やってやれ。士郎の頼みなんだ」

慎二はアドバイスと共に、彼女に自分が使っていた竹刀を手渡す。

「いいのですか?」

「ああ。もちろん。本気で来い。俺も本気で行く」

この宣告は衛宮士郎の宣告では無く、魔術師衛宮士郎の宣告だ。

「分かりました」

凛とした声の僅かな闘気が込められる。強者との戦いに身震いするような感覚を受けた。日はまだ高い。

 

 

 前に立つ。形式は関係ないが、剣道の試合開始の位置に互いに立つ。慎二は見守るように立っている。これは鍛錬であって、鍛錬ではない。死闘だ。互いの命を奪い合う物。故に一切の妥協も許されない。体に魔力を循環させる。

元の体より、より強固に。元の体より、より俊敏に。元の体より、より強く。

「ふっ」

小さく、鋭く息を吐き続ける。それで完成した。彼女の前に立つ俺は、衛宮士郎の最高戦力。今ならばうまく立ち会える。

「準備はいいですか?」

「ああ。セイバー。“剣士”の死闘だ。分かってるな?」

「はい」

「ならいい」

剣士の死闘。その言葉に込められた意味は、俺が今施している強化の魔術以外の魔術の禁止。セイバーも分かっているようだ。

「行くぞ」

「いつでも」

賽は今投げられた。

 

 道場の中に広がる純粋な闘気。それは凄まじく濃く、鋭い。だがそれは俺も同じだ。こうして彼女の前に立ちながらも気持ちは折れていない。死闘は始まっている。だが、互いに動かない。それでもこれも死闘だ。彼女から伝わる闘気はこちらが油断を見せたら、次の瞬間には死が待っている。そういう類の物だ。だがいつまでもこうしては居られまい。覚悟を決め、敵を討ちに行く。

「!」

その息を呑む音は誰の音だったのだろう。今は気にならない。意識は目の前の敵にのみ。他に構う物など何もない。

目にも止まらぬ速さで、踏み出した突撃に彼女は1撃で対応する。繰り出される剣速は異常だった。だが対応できない程ではない。彼女の1撃ごと彼女を葬る程の力を込めて向かい打つ。

響く音は凄まじいだろう。だが止まらない。手に響く鈍痛すらも気にしない。視界に捉えたのは避けようもない4連撃。己の四肢を分断しようと繰り出される1撃も見えれば、この体は対応できる。代わりに繰り出す、反撃の2撃。上半身と下半身を分断しかねない攻撃も彼女には効かない。

剣の雨は止まらない。全てが必殺。攻防は徐々にこちらが不利になる。それでもまだ負けていない。彼女の1撃をくらった訳ではない。何合打ち合っただろう。目にも止まらぬ速さの剣を捌くのに必死で他に構う余裕がない。

「っ!」

瞬間訪れたのは強烈な1撃。頭を二分にする1撃を防いだが、響く衝撃は想像を絶した。対応は出来た。だが次の1撃には出来ない。確信した。負けを。訪れる視界を覆う程の剣。自身の体を粉砕する剣は、目の前で静止した。

死んだ。これが本当の戦闘ならば死んだ。

「降参するよ」

竹刀を捨て、両手を上げる。彼女は満足したように微笑み。

「私の勝ちですね。シロウ」

俺のお決まりの台詞を口にした。

 

 

 3人で朝食を囲む。鍛錬の後の試合で勝った人からシャワーを浴びれるというルールを前に慎二と作った。普段は俺が1番だが、今日はセイバーが最初だった。

「やはりシロウとシンジの作るご飯は美味しいですね」

満足そうに微笑む彼女は、よく食べる。本当によく食べる。めっちゃよく食べる。

シンジも若干呆れているが、美味しそうに食べている彼女を見るのは、俺は好きだ。

「ご馳走様でした」

「はい。お粗末様でした」

綺麗に炊飯器の中が空っぽになったところで学校に向かう。もうお決まりの遅刻だが、誰も気にしない。片づけをし、歩きで学校に向かおうとする。

「シロウ。これは何ですか?」

「ん?ああ。それはなバイクだ」

白のワンピースに青のカーディガンを羽織った彼女が指さすのはバイクだ。俺と慎二のバイク。750ccの大型バイク。

「バイクに乗るのですか?」

「ああ。たまにね。奥のが僕ので、手前が士郎の」

セイバーは興味深そうにバイクを見ている。慎二のは黒を基調にしたアメリカン。俺のは赤のアメリカン。バイクは昔からアメリカンに乗ろうと決めていたのだ。大型バイクの免許は18からなので、俺も慎二も無免許だ。だがそんなことを気にしていたら、人生やっていけないと開き直っている。

「乗ってみたい?」

「え?」

俺の問いにセイバーが驚く。

「今日俺に勝ったご褒美にってことで」

優しく微笑むと、セイバーも笑う。

「そうですね。士郎は中々手強かったですから、このくらいのご褒美はあってもいいかもしれませんね」

「言うね。セイバー」

慎二も楽しそうに微笑む。

「それじゃあバイクで学校の近くまで行こうか?」

「いいね。どっか寄り道してから行こう」

慎二は意気揚々と家の中からヘルメットを取って来る。バイクの鍵は家の鍵と一緒にキーケースに入っているため、手元にある。慎二も同様だ。

「セイバーは運転したい?それとも後ろに乗りたい?」

「今日は後ろで構いません。次のご褒美で運転させてもらいます」

「はは。そうか。それじゃこのまま負け続けたらいつかバイクを買わされそうだな」

「それもいいかもしれません」

満更でも無い表情で答えるセイバー。これは早々に勝たねばなるまい。

まあ彼女相手に勝てるとは、到底思えまいが。

「それでも士郎が手強かったのは事実です。相当な努力をされたのでしょう」

「ああ。そうだね。結構頑張ってるよ。今も」

彼女にこうして己の努力を認めてもらえるのは心地いい。

柔らかな風が頬を撫でる。家のドアが開き、慎二がヘルメットを3つ持って駆けて来る。

血で血を洗う聖杯戦争。その間の僅かな時間に、こういう時間があっても悪くないと素直に思えた。







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