fate/to the night material which dies,and goes   作:相馬エンジェル梅太郎

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宝石

 風を切って進む感覚は爽快だった。自分自身が風になったように進む。

冬の冬木の空気は冷たい。吹き抜ける風は鋭く、痛い。

彼女は俺の腰を抱くように、座っている。その目には安らぎが感じられ、何を考えているかは読み取れない。

過去を夢想しているのかもしれない。

未来に想いを馳せているのかもしれない。

読み取れないが、穏やかな瞳であることは確かで。それを見て何だか安心した。

風を切る音。バイクの排気の音。ギアを変更する音。

その僅かな音がこの世界の全てだった。

大橋を渡る。見える川はいつもより輝いて見える。彼女も見ているようだ。

「シロウ」

「ん?」

ヘルメット越しでも聞こえる優しい声。

「ありがとうございます」

「ああ。どういたしまして」

バイクはひた走る。安らかな時を乗せて。もう1度彼女を見た。そして思った。

永遠にこの時間が続けばいいなと。

それでも時は進むのだ。想いを乗せて。

今はただこの時間に身を任せよう。彼女もきっとそれを望んでいるはずだから。

 結局バイクは1時間程乗っていた。バイクで学校の近くまで行くつもりだったが、セイバーの提案で家に止めてから、学校に行くことにした。

春の訪れなど皆無な道を歩く。人は疎らだ。生徒はもちろん1人もおらず、見かけるのは買い物途中の主婦ばかりだ。皆意気揚々としている。この冬木の雰囲気を感じ取ることが出来る人間など、まずいない。

「空気が悪いね」

「ああ」

慎二の言葉に同意する。聖杯戦争。それは人外の力を招く戦い。故に空気が変わることもあるだろう。だが、感じる不快感はまた別の物のような気がする。冬木に満ちる巨大な力。そこにシミのようにへばり付いた不快感は無視出来ない程まで大きくなっていた。

「セイバーも感じるだろう?」

「はい。確かに」

セイバーも顔を少し歪めて答える。生粋の英霊の彼女からしたら、不快なことこの上ないだろう。

会話もあまりなく、学校についた。連日と同じく門を飛び越え、中に入る。セイバーも俺達の後に着いて来る。

下駄箱を開ける。昨日は入っていたが、今日は残念ながら手紙は入っていなかった。

「ドンマイだな」

慎二はニヤニヤした表情を隠そうともせずに、手紙を見せびらかしている。

「それは何ですか?」

「ああ。ラブレターだよ。昨日は士郎が貰ってたんだ」

「そうなのですか」

女の子から手紙を貰う俺達が余程以外だったようで、彼女は目を大きく見開いていた。

軽くショックを受けた。

いつもはまず職員室に向かうのだが、今日はセイバーもいるしまず教室に向かう。

声は教卓に立つ教師の声以外には何もない。ペンが走る音。ノートのページを捲る音。消しゴムで文字を消す音。

それが全てだった。

「準備はいい?」

神妙は顔つきで頷く彼女を見て、少し笑う。少しだけ彼女は緊張しているのかもしれない。

教室のドアを開けると視線が強く刺さる。いつもならヤジが飛ぶのだが、今日はそうはいかない。皆彼女を見ている。いや、見惚れている。それ程美しい。この空間では彼女はあまりに逸脱しており、彼女以外の人間が、全て彼女の付属品に見えてしまう。

無言の時はあまり長くは続かなかった。

「衛宮。学校に部外者を連れて来るとはどういうつもりだ」

怒声を無理矢理抑え込んだような言い方だった。口調から察するにそうとう頭に来ているようだ。

スッと目を細めて、教師を凝視する。目が合い、視線が交差する。

目の前の人間の“意志を感知した”。

「“先生お忘れになったんですか?此間紹介して下さった転校生ですよ”」

クラスの音が無くなる。時が止まる。概念が消失する。この空間にいる人間の常識が崩壊する。最後の反抗の意志が消えたのを察して、時が動き出す。

「ああ。そうだった。そうだった。ごめんなさいね。すっかり忘れてしまってたみたいで」

「い、いえ」

急に態度を変えた教師にセイバーは戸惑いながら、こちらに視線を向ける。それに微笑み返す。

「もう!衛宮君また女の子と仲良くしてる!」

「衛宮!ズルいぞ!」

「あの子可愛い!私もあのくらい可愛くなりたい!」

クラスが騒がしくなる。皆同様にセイバーを何の疑問も無く、受け入れている。

彼女は文字通り“転校生”になった。

その後も適当にヤジを処理しながら、席に着く。俺の後ろ。無人だった席には綺麗な花が添えられることになった。

「よろしくね。セイバーさん」

「こちらこそ」

三枝っちにセイバーは凛とした対応をする。三枝っちは会って間もないのに、もう彼女にご執心のようだった。

三枝っちは昔から自分にあまり自信が持てない子だった。俺が治したが、それでも自信家には程遠い。そんな彼女は自分に無い物を持っている人に憧れる。それが今回は偶々セイバーだったのだろう。

三枝っちのマシンガントークをセイバーは、事実と嘘を上手く織り交ぜながら話続ける。その後も徐々に時間は過ぎ去って行った。三枝っちの質問攻めが終わることも無かったし、セイバーに向けられる視線の数が減ることも、その視線の中に込められた熱が冷めることも、どちらも無かった。彼女は僅かな時間でクラスのアイドルに成りあがった。

「慎二。ちょっと煙草吸ってくるから、セイバーのこと頼む」

「ああ。了解」

休み時間。クラスメイトに囲まれている彼女を視線の端に捉え、苦笑いをして教室を立ち去る。

重厚な鉄のドアを開ければ、屋上は優しく俺を迎えてくれた。

制服の内ポケットから煙草を取り出し、火を点け吸う。

喫煙は火を点けた最初の吸い込みが1番だ。その瞬間が最もいい喫煙だ。

切嗣も昔同じようなことを言っていた。子供の頃上手く煙草を吸えない俺に、上手な煙草の吸い方を教えてくれたし、煙草は辛い物でなく甘いものだと教えてくれた。

未成年の義理の息子に煙草の吸い方を教える父親もダメだが、あれは今になって考えると切嗣なりの親子のコミュニケーションだったのだろう。

意識を他に集中していたので、後ろの存在に気づくのが遅れた。

「凛。いつからいたの?」

「ついさっきよ」

髪を抑え、風によって髪型を崩さないようにして凛は立っていた。

いつもと同じ。けれど、1つだけ決定的に違うところがあった。

「ネックレスつけて来たんだね」

「うん。だって士郎から貰った物だもん」

優しい瞳のままネックレスを撫でる。凛のイメージにピッタリの真っ赤ルビー。神秘的な輝きを含んでいるが、その輝きは凛の美しさをより増長させていた。宝石の輝きに負けない程、凛は魅力的な女だ。

神秘的なのは輝きだけでなく、内に秘められた力も壮大だった。上手く使えば、大抵の願いを聞き入れることも可能でありそうな程の魔力。遠坂の家が紡いできた歴史の証明。それが彼女の首に飾られている。

「今日サーヴァントを連れて来たの?」

ネックレスから視線を上げる事無く、淡々と呟いた。

屋上に来る前に教室にでも寄ったのだろうか。凛の瞳は僅かに揺れていた。

「ああ。連れて来た」

「綺麗な子だった」

「ああ。そうだな」

凛は不安なのだろう。けれど、凛は自分の中に秘めている答え以外の道を歩くことは出来ない。故に今もこうして立ち止まり、悩み続ける。

険しい空気。重大なことを口にするだろう。凛はゆっくりと視線を上げ告げた。

「今日サーヴァントを召喚する」

目の前に立つのは、天才遠坂凛に他ならない。

「ああ。そうか。そうだな。それがいい」

快晴の屋上。凛は少しだけ、弱い自分と決別した。瞳に憂いは無く、確かな強さを秘めていた。強力な敵が出て来たな。そう素直に思った。

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