あの日、僕らの世界にヒーローは、現れなかった。 作:marimo72
どんな所にでも死角というものがある。
例えばデパートの清掃室。清掃業者はデパートの従業員が使っているのだろうと思っているし、逆にデパートの従業員はその清掃業者が使っているのだろうと思っている。そんな場所。
しかしそんな場所こそがこの学園都市の闇に潜む人間たちにとってはかっこうの場所なのである。
そこのデパートの一室もそれに漏れることはなかった。人材派遣・マネジメントと呼ばれる者が管理している一室である。
そんな場所の鍵をちゃらんと鳴らし、扉の鍵穴に鍵を差し込むものがいた。
高位能力者を有する常盤台の学生服に身を包む長い金髪の最高のプロポーションを持ち、長いチェーン付きの肩掛けバッグを少女が。
少女は鍵を開け、中に入る。
室内に居たのは大学生くらいの青年、いらっしゃーいなどと少女に声をかけてくる、軽薄そうな顔の青年。ブランドのスーツに身を包み、ケータイ電話を首から複数垂れ下げている。
青年が声を少女にかける。
「あー、悪いね。軽そうな男に見えるかな。一応接客業なんでね、話しかけやすい雰囲気ってのを出してんのよ。嫌なら辞めるけど、どーする?」
少女は青年の目の前のカウンターに座りながら続ける。
「いいえ、そのままでいいわよぉ」
「何か飲むかい? ある程度のアルコールとソフトドリンクなら揃ってるぜ?」
「そうねえ…ロングアイランドアイスティーでも頼もうかしらぁ?」
了解、と言って青年は早速カクテル作りに入りだす。
そんな彼をなんとなく視界に入れながら少女は言う。
「ここは人材派遣を担っている場所で間違いないわよねぇ?」
「ああ、当たりだよ。でもまさか常盤台のお嬢様がこんなところにくるなんてね。何がお望みだい?」
青年はできたカクテルを少女の前に置きながら続ける。
「さて、何がお望みかな?今は開錠系の『センサー潰し』が結構粒ぞろいでお買い得だぜ。やばいのはマネーロンダリングの札束洗浄機。例の『0930事件』以降に新しい条例ができたから、品薄。あとは普通かな」
少女は出されたカクテルには手をつけず、口を開く。
「人材派遣の情報が欲しいの」
「それはまた、常盤台のお嬢さんが何を企んでいるんだい?」
「なんでもいいでしょう?お金ならあるわぁ」
青年はヒュウ、と軽く口笛を吹いて、さも面白いものを見つけたようにニタニタ笑いながら言う。
「そんなお嬢様のお望みは何かな?」
少女は、微笑みを浮かべ、肩掛けのチェーンのバッグから、テレビの操作に使うようなリモコンを取り出しながら、言う。
「情報の開示よぉ」
言いながら、少女はリモコンを、それこそ普通にテレビのチャンネルを変える様な仕草でボタンを押した。
ただ、それだけで。
青年の口調が変わる。
「情報カイジ…何が、おノゾミデス、カ?」
まるで何かの操り人形のように。
少女の操り人形のように。
少女はその状態の青年にふふっ、と笑いかけながら続ける。が、目は真剣だった。
「数時間前、もしくは数日前の暗部組織『スクール』に提供した人材派遣情報を頂戴」
「かしこまりマシタ」
青年は首にぶら下げたケータイの一つをいじりながら、見つけた画面を少女に見せる。
少女はその画面を写メに収めると、満足の言った
表情で、あと、そのカクテルはあなたが飲んでね、と言い残し席を立った。
少女は清掃室の扉を閉めながら、少しさみしげな表情をしながら、さっき写メを収めた液晶画面を見ながら、小さく呟く。
「…垣根お兄ちゃん。…いえ、ていとくん。仕掛けるつもりなのねぇ」
少女はデパートの外に出ると意を決したように空を見上げ、呟く。
「わたしが、そんなこと、ていとくんにはさせない」
誰も聞き取れないような街の喧騒の中、彼女はもう一度呟く。
「わたしの力でどうにかしてみせる」