アメリカ、アラスカ州にある湖。
その水上に存在する巨大な建造物。周囲を最新鋭の防御システムで覆われたこの建物は、水上に浮かぶ要塞と言ってもいい。
そんな建物の一室で、革張りのソファに腰かけ向かい合う二人の男性。
「……それで?わざわざ俺を呼び出した用は何だ? ヨハン」
「まずは、これを見てくれ」
そう言って、ヨハンと呼ばれた男が手元のコンソールをいじると空間投影モニターに映し出される映像。その映像に映っているのは、ここ最近ずっと取り沙汰されているニュースだった。
「あぁ、巷ではかなり話題になってるな。確か『世界で唯一、ISを動かせる男子』だったか?」
「その通りだ。原因はいくつか推測できるが、正真正銘『無改造』でISに乗る事が可能な男子だ」
「なるほど、それについては理解した。……だが話はそれだけではないんだろ?」
「……話が早くて助かる。我々の調査によれば、この男子は『例の組織』と何等かの関係があるようだ。
そこで私は『コード・オーブ』の実験対象として、この組織を選ぶ事にした」
『コード・オーブ』。俺達の計画を支える三つの柱の一つ。その中で、最も重要度が低いものだ。
「君にこの件を依頼しようかと考えてるんだが、受けるかね? 長期の任務になるが」
正直言えば、重要度が低いのに対して長期の任務となると、どうしても二の足を踏んでしまう。
そんな俺の様子を見ていたヨハンが、おもむろに何かを取り出す。
「それと、これは現地調査に向かわせた調査員が周辺の町で偶々写したものなんだが」
そう言って取り出されたのは、一枚の写真だった。
「……っ!この写真は!?」
何の変哲も無い、どこかの町の交差点を写した写真。俺が注目したのはその人だかりの中に居る車椅子に乗った少女だけだった。
ピントが合っていない為、ボヤけているが間違いない――彼女だ。
「……調査場所は何処だ?」
彼女がこの世界に居る。それがわかっただけでもこの依頼を受ける価値があった。
「日本の『IS学園』だ」
IS学園。
インフィニット・ストラトス――通称ISと呼ばれるマルチフォーム・スーツが数年前に登場し、その性能から軍事転用されそうになるが、現在は表向き『競技用』として開発が行われている――所謂パワード・スーツだ。
そして、その操縦者達の育成を目的としたのがこの機関だ。だがISには女性にしか反応しないという致命的な欠陥があり、IS学園の教員及び生徒は全て女性となっている。
現在、IS学園1年1組教室。
入学式を終えた俺は、教室内の自分に宛がわれた席に座っている。場所は左端の最後列で、視線を左に移せば窓から外の景色が伺える。
そして、中央の最前列には件の人物である織斑一夏の姿。
「全員揃ってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」
そう言って教卓に着くのはこのクラスの副担任である山田麻耶先生。
低い身長に、丈の合っていない服。どう見ても同年代。いや、年下にしか見えず正直言えば頼りない印象を受ける。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「…………」
山田先生の挨拶に対し、しかし誰も反応を返さない。
何故か――女子全員の視線が俺と織斑に注がれているからだ。よほど物珍しいのだろう。視線だけでなく顔すらこちらに向いている者が数名、確認できる。
俺自身は視線なんてものは一切気にしない為、腕を組んだまま先生が次を言うのを待つが、織斑の方は違った。終始落ち着かない態度で、常に視線が一定でない。慣れない環境に戸惑っていると見るのが妥当だろう。
「そっ、それでは次、ユーリ・オブライエン君。自己紹介お願いします」
どうやら人間観察をしている内に自分の番が回ってきていたようだ。折り目正しく席から立ち上がると皆の視線がこちらに向く。
「ユーリ・オブライエンです。出身はアメリカで現在十八才です。
諸事情からこちらのIS学園に通う事になりました。
年上だからと遠慮せず、気軽に話かけてもらえれば幸いです。よろしくお願いします」
愛想笑いも交えて無難な自己紹介をしておく。
特に考えた訳でもない挨拶だったが、女子からは好評だったらしい。
「キャ――!年上だってー!!!」
「ブラウンの髪にブルーの瞳。……とっても好みなんだけど!」
「わたし、早速アタックしちゃおっかな~!」
何かいろいろと聞こえてくるがあまり気にする事でもなさそうだ。
俺の苗字が『お』で始まる為、俺の紹介が終わればすぐ織斑の番が回ってくる。だが何度、山田先生が呼びかけても返事が無い。漸く返ってきた返事も動揺からか声が裏返っていた。
「あの、大声出してごめんね。でもね、自己紹介『あ』から始まって今『お』なんだよね。
自己紹介してくれるかな?ダメかな?」
山田先生も何故か織斑に対し謝っている。どうやら、俺の先生への印象は間違っていないようだ。
「いやっ、そんなに謝らなくても自己紹介しますから、落ち着いてください」
「本当ですね?約束ですよ?絶対ですよ?」
そう言って織斑に詰め寄る山田先生。織斑も覚悟を決めたのか、席を立つと後ろに振り返る。
しかし、一斉に注がれる女子の視線に対し、緊張からか表情が固まっていた。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
そう言って礼をする織斑。あまりにも短すぎる自己紹介だが、今ので終わりなのだろう。
だが女子達の視線は、まだ続きがあるのだろうと期待に満ちている。
「以上です」
その言葉に数名の女子がずっこける。そこまで期待していたのだろうか?
「あ、あのー……」
そして今しがた来た担任の姿に気づかず、間抜けな声を出す織斑。その頭に名簿帳が振り降ろされる。
パアンッ!
(……あれは中々に痛そうだな)
そんなどうでもいい事を考えながら視線を腕時計に移す。このままだと確実に全員分の自己紹介は無理だろう。
パアンッ!
またしても名簿帳の音がして、視線を元に戻す。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
頭を押さえて蹲る織斑の姿。どうやらくだらない事を言ったらしい。
短時間で二度もあの名簿帳を食らった事に、若干の憐みの視線を向けてしまう。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかった」
「い、いえ、副担任ですから、これくらいは当然ですよ…………」
そう言って頬を若干染めながら教卓を譲る山田先生。凛とした歩調で教卓に向かうとこちらに向き直る。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たちを一年で使い物になる操縦者にするのが仕事だ。私の言う事はよく聞き、
よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛えぬくことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな」
至極当然なのだが、もっと他に言い方があるのではないだろうか?
この容赦の無い物言いで織斑千冬がどういった人物か、なんとなくだが掴めてきた。
そして、そんな事を考えている俺を余所に廊下まで響き渡る黄色い声援。
「キャ――――!千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
海外から多数、留学生が来るIS学園で九州北部出身なら遠い方では無いはずだ。アメリカから日本まで、軍用機で十数時間揺られて日本に来た自分に比べればまだマシだろう。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?
私のクラスだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
照れ隠しかと思ったが、瞳孔の動き、呼吸量及び乱れ具合から見ても本当に鬱陶しがっているようだ。
「きゃああああっ!お姉さま!もっと叱って!罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」
これが今、日本で流行っている同性愛と言うやつなのか?
日本に来て暇な時に偶々立ち寄った書店にも、男同士ではあるが、そういった本が立ち並ぶ棚を見かけた。あの時は見なかった事にして立ち去ったが、恐ろしい国である。
「あの、千冬姉、さっきの―――」
パアンッ!
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
本日三度目だ。慣れないと言うのもあるだろうが、どうやら織斑は公私混同してしまう性格らしい。
「それで何だ?織斑」
「さっきの十五才がどうとかの話ですが、オブライエンさんは十八才ですよね?」
さっきの話か……。わざわざ叩かれてまで言う事だからどんな事かと思えば、くだらない事には気付くようだ。
「十八才?……あぁ、例の」
何かを思い出したのだろう。そう言って辺りを見回すと、俺と視線が合ってこちらに近づいてきた。
「お前が、ユーリ・オブライエンか?」
俺の前で立ち止まると。若干、警戒の色を見せながら訪ねてくる。
「そうですが、何か?」
「いや……期待しているぞ」
何についての期待だろうか?……まあ、恐らく俺の正体についてだろう。
警戒するのは勝手だが、こちらにわからない程度にして欲しい。話す度に警戒の視線を向けられてはこちらも気疲れする。
そして、そうこうしている内に休み時間を告げるチャイムが鳴った。
「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISについての基礎知識を半月で覚えてもらう。
その後自習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。
よくなくても返事をしろ」
こうして終わったSHR。結局、俺の予想通り全員分の自己紹介は終わらなかった。
「あ、あの~」
現在、一限目のIS基礎理論授業が終わった休み時間。
次の授業の為、教科書を準備していると誰かから声を掛けられる。と言っても声からして一人しかおらず、自己紹介でああ言った手前、無視する訳にも行かないので目線を向ける。
「君は……」
「あ!俺、織斑一夏って言います。よろしくお願いします」
「あぁ、ニュースでは有名だったね。改めて、ユーリ・オブライエンだ。こちらこそよろしく」
そう言って右手を差し出すと快く握手に応じる織斑。
「それと、IS学園でたった二人の男子なんだ。敬語は要らないし、名前で呼んでもらって構わないよ」
「そ、そうですか?なら、俺も一夏って呼んでくだ……くれ」
「わかった。そうさせてもらう」
年上に対して敬意を払っている事から、先生の手厳しい教育を受けて育ったのだろう。だが、中々に好感を持てる対応で教育内容は間違っていないようだ。
「一つ、質問いいか?」
遠慮がちに聞いてくる織斑。別に秘密に触れなければ一つでなくてもいいんだが。
「構わない」
「その……ユーリは本当にISを起動する事ができるのか?」
一夏がそんな質問を投げかけてくるが、それも当然の事かもしれない。
男で初めてISを起動した一夏は、当然ニュースとなり名前はもちろん、顔写真まで世界に広まってしまった。
それに対し、俺の場合は『アメリカにて二人目の男子を発見』というだけで、それ以外の情報はアメリカ政府によって秘匿されていた。日本へも軍用機によって在日米軍基地からの入国だ。
あまりにも俺の情報が少なすぎて、一夏のような質問をしても仕方の無い事だろう。
「俺の場合は、一夏と違って情報規制がなされてたからな。疑っても仕方がないがISの起動なら問題無い」
「そっか~!本当に二人目の男子なんだな!」
そんな事を言いながらこちらに笑顔を向ける織斑。そして、その光景を教室内から横目で見るクラスメイトや廊下に詰める他一年、二年及び三年の女子が頬を赤らめる。男子に対しての免疫が無さすぎだろう……。
「……ちょっといいか」
「?」
突如話しかけられた織斑がゆっくりと振り返る。
「……箒?」
「……」
一夏の知り合いなのだろう。そこに立っていたのは艶やかな黒髪をポニテールにした、眼つきの鋭そうな女子だった。何か嫌な事でもあったのだろうか、若干不機嫌そうに眉を寄せている。
「すまないユーリ。少し箒と話してくる」
「俺の事は気にしなくていい。二人でゆっくり話してくるといい」
そう言うとまるでモーゼのように女子達が道を空け、二人は廊下に出て行った。
(あいつも、人間関係大変そうだな)
そんな事を考えながら椅子に腰を下ろすと、
「ちょっと、よろしくて?」
またしても誰かから声を掛けられる。今度は女性の声である為、誰かは特定できない。
まったく、おちおち椅子に座ることもできない。若干のイラつきを抑えながら、椅子から腰を上げ対応する。
「構わないよ。それで、俺に何か用かな?」
「いえ、特にこれと言った用でもありませんわ。同じクラスになる以上、顔合わせくらいはと思いまして」
(なら、話しかけてくるなよ)
そんな心情を一切顔に出さず、顔に視線を向ける。ロールがかった鮮やかな金髪に白人独特の肌。その立ち振る舞いからも貴族の雰囲気が漂う少女が立っていた。
名前も、一限目の前半を使った自己紹介の続きで一番初めに名乗った少女だ。やたら長々しく喋っていたので記憶に残っている。
「それは光栄だね。イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさん」
「あら?最低限のマナーくらいは知っているようですわね。アメリカ所属のユーリ・オブライエンさん」
所属、と言うところを強調して言ってくる。恐らく代表候補である自分との格の差を思い知らせたいのだろう。
ISが出現してからというもの、世界に広まっている女尊男卑の風潮。そして、そんなところに落とされる二石の波紋。
自分達の優位性が揺るがされるとは思わないだろうが、俺達の存在を気に食わない者は当然、現れるだろう。
目の前の少女は正にそれだった。
「わたしのような選ばれた人間と同じクラスになれたのも何かの縁でしょう。
まぁ……ISについてわからない事がありましたら、土下座して頼まれたら教えて差し上げてもよろしいですわよ?」
「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」
相手もわざとこちらを挑発して、出方を伺うつもりなのだろう。こちらもあくまで大人の対応で応じる。あの二人に徹底的に言葉使いや立ち振る舞いを叩き直された俺には、この程度の挑発は何の意味も無い。
「ふんっ。では、また」
俺の下手に出た言葉に気分を良くしたのか、オルコットは上機嫌で席に戻る。
ちょうどチャイムも鳴ったことで、廊下に居た女子達はそれぞれのクラスに戻っていき、一夏達も教室に入ってくる。
二限目も先ほどに続き、ISの基礎授業が行われた。
「基本的にISの運用にはそれぞれ管理を行っている各国家の認証が必要となり、
それらを逸脱したIS運用には原則、厳しい罰が課せられます。また、――」
山田先生がすらすらと教科書を読んでいく。
ISの知識の中でもかなり基礎の部分を話しており、欠伸が出るのを必死で堪える。周囲の女子は細目にノートを取っており、俺の視線に気づくと笑顔で手を振ってくる。
そして、先生の方から少し視線をズラせば教科書をジッと凝視して固まっている一夏の姿。
「織斑くん、何かわからないところがありますか?」
そんな風に一夏に尋ねる山田先生。
「はい……、先生」
それに対し、気まずそうに挙手する一夏。どこかわからないところでもあったのだろうか?
「はい!織斑くん!」
「ほとんど全部わかりません」
「え……。ぜ、全部ですか?」
当然と言えば当然だが、一夏の返答に困惑する先生。部分的では無く、全部がわからないなどふざけてるとしか言い様がない。
「えっと、今の段階で、織斑くん以外にわからない人はどのくらい居ますか?」
……何故、そこで俺の方を見る一夏?俺は全部理解できている、失礼な奴だ。
そもそも入学前に参考書が事前に分けられているはずだ。
この程度の知識なら、参考書の中でも比較的最初の方に書かれている内容である。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
さすがにその質問は舐めすぎだろう織斑先生。いくらなんでもそんなはずは――
「古い電話帳と間違えて捨てました」
……こいつ、言ってて恥ずかしくないのか?
競技用になったとは言え、兵器を扱うのだ。運用方法をきちんと理解しなければ、相手の命はもちろん……自分の命にも関わる。
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」
織斑先生の言う通り、参考書にはでかでかと必読と書かれている。
「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
「いや、一週間であの厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい」
一夏の返事に満足すると、次は俺の方に向く先生。
「オブライエン、お前は大丈夫なのか?」
先ほどの件もあり、先生がどの程度を想定して聞いてきたのかはわからないが、さすがに一夏ほどでは無い。
「はい、今のところは問題ありません」
「なら、シールドバリアーについて説明してみせろ」
もっと難解な質問をしてくるかと考えたが、比較的簡単なものだった。
「ISが常時周囲に展開しているシールドで、シールドエネルギーを消耗して操縦者を守ります。しかし、シールドを貫通する場合は実体にダメージが襲い掛かりISの判断で絶対防御が展開されます。そしてどのISもシールドバリアーの強度自体には大きな差は無く、シールドエネルギーの搭載量がそのISの防御性能に直結します」
「いいだろう、お前は問題無いな」
そう言うと、織斑先生は全員に視線を戻す。
「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないために基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」
織斑先生の言葉は、とても正論だった。
二限目終了のチャイムと共に俺は席を立つ。
一夏やクラスの女子が話しかけてくるが、それらを断り廊下に出るとそのまま目的の場所に向かう。
向かう先は三組。向かっている途中でも他クラスの女子から話しかけられるが、どうにか躱して三組内に居る手短な少女に話しかける。
「少し、いいかな?」
「えっ!お、オブライエンくん!?ど、どうかしたの?」
学園生活初日で、三組にも係らず俺の名が知られている事に若干驚きながらも要件を伝える。
「悪いんだけど、ウォルコットさんを呼んでもらってもいいかな?」
「ウォルコットさんを?か、構わないよ」
そう言うと少女は、三組内に居る数名のクラスメイトと会話を楽しむアッシュグレーの髪の少女を呼びに行く。
呼ばれた事で少女がこちらに気づき、俺が軽く手を振ると周りに居たクラスメイト達がなにやら騒ぎだし、それを発端に三組全体が騒がしくなる。
「キャ――!オブライエンくんが三組に来てくれたわ!」
「ウソ!?ウォルコットさん、いつの間にオブライエンくんと仲良くなったの!?」
「ヤバッ!わたしメイク大丈夫かな!?」
色々と聞こえてくるが、気にすること無くウォルコットはこちらに向かってくる。
「すまないな。友人との会話中に」
「構いません。……それよりもここではなんですし、屋上に行きましょう」
ウォルコットがそんな事を言ってくる。周囲を見回せば、教室の窓や廊下の角から聞き耳を立てている女子の影が窺える。
「……そうした方が、良さそうだな」
ウォルコットの提案が適切なものだと考え、俺達は階段を昇って屋上の扉のドアノブをひねる。
10分間しかない休み時間の為、屋上には誰も居らず、晴れ空と言う事もあり会話場所としては非常に良い。
俺が屋上の手すりに背をもたれ掛けると、ウォルコットが横に並ぶ。
ようやく会話ができるかと思えたが、やはりと言うべきか。聞き耳を立てている数名の気配を感じる。
(……はぁ、一体何がそんなに気になるんだ?)
そう考えると俺は自分の喉元を人差し指で数回触れ、ウォルコットに合図を送る。
これに気付いたウォルコットは小さく頷くと、ゆっくりと目を閉じる。
その様子を見届けると、俺もゆっくり目を閉じた。
(……RAIDシステム、起動)
次の瞬間には、俺とウォルコットの意識が共有される感覚を感じ取る。
《この機能を使うのも久しぶりだな》
《そうですね。最近は滅多に使いませんから》
お互いに意思疎通ができてるが、どちらも口は一切動いていない。今の状況を第三者が見ても、俺達が目を閉じているだけにしか見えないだろう。
《それで、話なんだが……》
《わかっています。『コード・オーブ』についてですね?》
《あぁ、それについてだが、ウォルコット。お前が俺の護衛だとヨハンから聞いているんだが》
《その通りです。私の機体が現段階で最も修復率が高い為、もしもの時は私があなたの敵を殲滅します》
《了解した。その時は頼むぞ、ウォルコット》
《もちろんです。あなたは計画の要なのですから――人類を滅亡から防ぐ為の》
(計画……か)
《あぁ、わかってるさ。……そろそろ教室に戻るか》
《そうですね。……それから私の事はリリウムとお呼びください》
《?――わかった。リリウム》
そうしてリリウムとの会話が終わらせると、一組の教室に戻る。
教室の扉を開け中に入ると、一夏とオルコットが向かい合って何かを話していた。
「あれ?俺も倒したぞ、教官」
「は……?」
俺は気にせずオルコットの後ろを通り、自分の席に着こうとするが一夏が話かけてきた。
「なぁ、ユーリはIS学園の入試はどうだったんだ?」
「入試? 俺は推薦で入学したから、そんなもの受けなかったな」
IS学園の入試では教員とのISを使用しての模擬戦闘が行われるが、俺は所属場所からの推薦状のおかげでそれらは免除されていた。
「へぇ~、すごいなぁ!ユーリって推薦入学なのか、うらやましいな~」
一夏が呑気にそんな事を言うが、周囲の女子の反応は違っていた。
驚きを隠せない女子達の心情をオルコットが代表して言う。
「推薦入学ですって!?IS学園に推薦だけで入学するなんて聞いたことありませんわ!あなた!嘘を言わないでください!」
(……おい、オルコット。顔が近いぞ)
あまりにも詰め寄って聞いてくるオルコットと若干距離を取りながら答える。
「そう言われても。 実際、推薦で入学できたんだから俺に言われても困る」
「くっ! 教官を倒したと言うだけでなく推薦だけで入学したなどと嘘をおっしゃて……あなたたち!わたくしをバカにしてますの!」
「と、とにかく、落ち着けよ」
一夏が落ち着かせようとするが、興奮しているオルコットに効果はなさそうだ。
「こ、これが落ち着いていられ――」
そんな時、丁度よく三限目の開始を告げるチャイムが鳴る。
「っ……!またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」
自分の席に戻っていくオルコットを横目に俺は溜息をつく。……面倒くさい。
「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の特徴について説明する」
三限目の授業は装備説明についてだが、ここで思い出した様に織斑先生が話題を変える。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
クラス対抗戦。確か一年のクラス代表者同士で行われる一対一の対抗戦だったはずだ。大して興味も無いので詳しいことは覚えていない。
「クラス代表者とはそのままの意味だな。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長と考えてもらって構わない。誰か居ないか?」
非常に面倒くさそうな役割だ。ある程度状況を見て、適当に一夏辺りに擦り付けるのが賢明だろう。
「はい!わたしは織斑くんを推薦します!」
「わたしもそれが良いと思います!」
「わたしはオブライエンくんが適任だと思います!」
「わたしもそれに賛成です!」
……予想はしていた。だが何故、誰一人として女子を推薦しないんだ?俺達よりもしっかりしている子なんてたくさん居るだろうに……差別か?
「待ってください!納得がいきませんわ!」
そしてやはりと言うべきか、予想通りオルコットが机を叩いて反論する。
「そのような選出は認められませんわ!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットに一年間そのような屈辱を味わえとおっしゃるのですか!?」
何かいろいろと言っているが、特に気にする事でもない。このまま適当に言わせておいてオルコットに面倒なクラス代表をしてもらおう。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのが必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿や得体のしれない蛮国のヤンキーにされては困りますわ」
いくらなんでも、あれだけ丁寧に対応したにも拘らずヤンキー呼ばわりされるとは思わなかった。
……猿よりはマシだが。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはならないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」
(……馬鹿が、安い挑発に乗りやがって)
この程度の挑発に乗ってしまう一夏により、脆くも崩れ去る俺の計画。
「あっ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
先ほどの一夏の発言に、今にも殴りかかりそうなオルコットを尻目に俺は窓から外を眺め部外者を装う事にした。
「決闘ですわ!」
「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い、奴隷にしますわよ。……あなたもですわ!」
そんな事を言いながらこちらを指さすオルコット。どうやら部外者を装うのは無理らしい。
「遠慮しておくよ。俺は辞退するから、後は二人でやってくれ」
「却下だ。推薦された以上、辞退は認めん。諦めて二人と戦え」
間髪いれずにくる織斑先生からの容赦の無い物言い。どうやら逃げ道は無さそうだ。
余計な面倒に巻き込まれた事に、俺はイラつきを隠せず小さく舌打ちをする。そんな俺の様子に気付いた織斑がこっちに近づいてきた。
「……なんだよユーリ。お前は、あんな事言われて悔しくないのかよ」
「別にどうとも思わないし、言いたい奴には言わせておけばいい。
それに一夏と違って、日本は彼女にとって知らない土地だ。不安から、周囲を敵視しても仕方ないさ」
「そ、そうなのか?俺、悪いことしたかな……」
俺の言葉に納得したのか、ばつの悪そうな顔をする一夏。
そんな一夏とは対照的に顔を真っ赤にして口を何度も開閉させるオルコット。
「あ、あなた!?適当な事言わないでくださる!べ、別に!わたくし、不安がってなどいませんわ!」
あからさまに動揺しているオルコット。まさかここまでわかりやすい反応をするとは思わなかった。
「もう我慢なりませんわ!わたくしをここまで馬鹿にしておいて、ただで済むとは思わないことね!……特にあなた!覚悟しておきなさい!」
俺と織斑、特に俺の方を指さしながらそんなことを言ってくるオルコット。……少々、遊びが過ぎたようだ。
「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑、オブライエンとオルコットの三名はそれぞれ準備をしておくように。それでは授業を始める」
織斑先生の合図と共に開始する授業。
一週間後の試合に、俺はまたしても溜息が出るのであった。
画像共有サイト『みてみん』の方に、主人公のイメージ画を貼っておきました。よかったら見てください。