オルコットとの一件から時間が過ぎ、現在は放課後。
と言っても、特にする事が無いので後は所属先から手配されたホテルに向かうだけだった。俺は鞄に手早く教科書を詰めると、一夏に一言声を掛けてから教室を出る事にした。
その為、俺が一夏に視線を向けると
「…………」
机の上で、何やらうなだれている一夏の姿があった。……まぁ、無理もないだろう。
二限目の授業でのあいつの発言を聞く限り、今までの授業の内容はほとんど理解できていないだろう。
そして、周囲の視線をやけに気にするこいつの事だ。昼食の時などは非常に居心地の悪いものだったに違いない。
「おい、大丈夫か?一夏」
「あぁ、……ユーリ。……俺は大丈夫だ」
相当、参っているのだろう。そう言いながら、一夏は一度上げた顔をまた力なく前に垂れる。
そんな一夏の様子を横目に廊下を見れば、いつも通り女子で賑わう一年一組の廊下。
全校生徒が約四百人の中でたった二人の男子だ。物珍しいのは仕方がないが、こんな時間まで居て部活などは大丈夫なのだろうか。そんな事を考えながら、腕時計を確認する。
(そろそろ、ホテルにチェックインしに向かわないとな)
「一夏。俺は今からホテルに向かうが、お前も途中まで一緒に帰るか?」
IS学園から事前に聞いた話では、一週間ほどは自宅などから通学になるらしい。
正直言えば、世界的に見ても珍しい男性のIS操縦者を自宅から通学させるなど、いつ襲撃を受けてもおかしくない為とても得策とは言えない。だが、政府も馬鹿ではない。何かしらの監視と護衛は付けるだろう。
「お、おぉ……ちょっと待ってくれ。今、荷物を仕舞うから」
「なるべく早く頼む。こっちもチェックインまで時間がある訳じゃないんだ」
俺の言葉に急いで荷物をまとめる一夏。その様子を眺めていると、教室の扉が開き山田先生が書類を片手にこちらに近づいてくる。
「織斑くんとオブライエンくん、教室に居たんですね。丁度よかったです」
そう言うと、先生は俺達の名前がそれぞれ書かれた茶封筒を手渡してきた。
「はい、これ。二人の部屋の鍵と部屋番号です」
おもむろに茶封筒を開けると、中には鍵と番号の書かれた紙が入っていた。
「俺達の部屋って、決まってないんじゃなかったですか? 話では、一週間は自宅からの通学だと聞いたんですが」
「そうなんですが、事情が事情なだけに無理やり部屋割りを変更しました。今日からは学園の寮で寝泊りしてくださいね」
一夏の質問に対して、そう答える山田先生。そのあまりにも急過ぎる話に、正直言ってもう少し事前に言って欲しいと思う。
「それと織斑くんの方は相部屋ですが、しばらくすれば部屋の都合もつくのでそれまで我慢してください」
そう言って、申し訳なさそうな顔をする山田先生。今の言葉からすれば、俺は一人部屋で一夏は女子との相部屋と言う事になるのだが、当の本人はその事に気付いていないようでただ先生の言葉に頷くだけだった。
「話はわかりました。 それで、今から手配したホテルに行って予約のキャンセルと荷物を受け取りに行かなくてはならないので、一旦帰ってもいいでしょうか?」
「あ、いえ、荷物は――」
「お前たち二人の荷物は、私が手配しておいてやった。ホテルのキャンセルもこちらで済ませておいた」
そう言って、後ろから割って入ってくる声。間違えるはずもない……織斑先生だ。
「あ、ありがとうございます……」
「お手数をお掛けして申し訳ありません」
「別に気にしなくていい。だが、オブライエンはやけに荷物が多いな? あまり学園の寮に無駄な物は持ってこないように。織斑は……まあ、着替えと携帯電話の充電器があれば十分だろう」
織斑先生が俺に対して警戒心をみせているとはいえ、ホテルのキャンセルと荷物の手配までしてくれたのだ。ここは素直に感謝しておこう。
隣に居る一夏と言えば、自分の姉のあまりの大雑把さにまたしても力無く顔を前に垂れていた。
「それでは、時間を見てそれぞれの部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに部屋にはシャワーがあります。
大浴場も存在しますが……その、二人は今のところ使えません」
「え、なんでですか?」
いきなり一夏がそんな事を言い出す。 ……コイツ、本気で言ってるのか?
「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「あー……」
織斑先生の言葉にようやく自分の言った事の意味に気付いたのだろう。一夏は気まずそうに返答する。
「お、織斑くんっ、女の子とお風呂に入りたいんですか!? ダメですよ!」
「い、いや、入りたくないです」
早とちりした山田先生が一夏に詰め寄って聞いている。それを聞いた周囲の女子達も何事かと聞き耳を立て始め、視線がこちらに集中する。
「ええっ!? 女の子に興味がないんですか!? それはそれで問題のような……」
今度は勘違いをしだす先生。対する一夏もかなり困った様子だ。そして、今の言葉を発端に一気に騒がしくなる女子。
「織斑くん、男にしか興味がないのかしら……?」
「それってつまり、今の織斑くんの興味の対象はオブライエンくんだけって事?」
「その組み合わせ…………最高ね!」
全然最高じゃない。……と言うか、勝手に俺も巻き込まないでほしい。こんな話を周囲でされては、山田先生の勘違いとわかっていても一夏から距離を取ってしまう。
「……おい、ユーリ。なんで俺から距離を取ってんだよ」
「その、なんだ。俺にはそういう趣味は無いからさ。……あまり近づかないでくれ」
一応冗談で言ったつもりだが、相当効いたのだろう。一夏は地面に手をついて項垂れたまま黙ってしまった。
「えっと、それじゃあ会議があるので私たちは、これで。 二人とも、寄り道せずにちゃんと寮に行ってくださいね」
確かに校舎の周囲にはIS関連の施設が充実しており興味はあるが、今は荷物の確認を優先すべきだろう。
織斑先生と山田先生が教室から出ていくのを見届けると、俺は隣で蹲ったまま何やらブツブツと呟いている一夏に話しかける。
「何時までそんなことしてるんだ。俺達もさっさと寮に向かうぞ」
「……俺はゲイじゃない……俺はゲイじゃない……俺はゲイじゃ――――」
(……ダメだコイツ。何も聞こえていない)
はあっ、と俺は溜息すると、一夏の制服の襟首を持って一気に立ち上がらせる。途中、ぐえっと言うカエルの潰された様な声が聞こえてきたが構わず立ち上げる。
「ったく、あのくらいの冗談で落ち込むな。どれだけメンタル面が弱いんだよ」
「じょ、冗談だったのかよ。タチが悪いな。 ……って言うか、俺を片手で立ち上がらせるとかどんだけ腕力あるんだよ。ユーリって、結構着痩せするタイプなのか?」
まあ、確かに。一夏ぐらいの年齢の男子を片手で立ち上がらせるとなると、相当の筋力が要るだろう。
実際、俺自身かなり特殊な為、身体能力は人間を遥かに上回っている。多分、握力だけで頭蓋骨を砕くのは簡単なはずだ。
「そうかもしれないな。 それでどうする?今から寮に向かうか?」
「あぁ、それが良い。……もう、この視線に俺は耐えられそうにない」
そう言うと、一夏は周囲で騒々しい女子達から向けられる何とも言えない視線に居心地悪そうにしていた。
「……わかった」
一夏の言う通りだ。俺でもこの視線を向けられるのは勘弁願いたい。そう考えると俺達二人はこれから住むことになる学園の寮に向かうのだった。
「それで、ユーリの部屋番号は何なんだ?」
校舎から歩いて50メートル程だろうか。学園の寮玄関に到着したところで、一夏が急にそんな事を聞いてきた。
「何故そんな事を聞くんだ?」
「いや、暇な時に遊びに行こうかなと思って」
暇な時……ね。恐らく今日は俺の部屋に来るだろうな。……助けを求めに来ると言う意味で。
どう考えても、番号を教える事で俺も何かしら厄介事に巻き込まれる可能性がある。だが、一夏はIS学園で初めてできた友人だ。助けるかは別として、教えてやるくらいはいいだろう。
「仕方ないな。……1026室だ」
「えっ、本当か! 俺の隣の部屋じゃん!」
先ほど山田先生から手渡された茶封筒から、番号の書かれた紙を取り出すと呼んでみせる。俺が隣の部屋だった事がよほど嬉しかったのだろう。そんな事言いながら一夏は喜ぶ。
寮内に入れば、当然と言うべきか右を向いても左を向いても居るのは女子ばかり。俺達の存在に気付くと声を掛けてくる者やひそひそ話を始める者、恥ずかしがって部屋に入る者などさまざま。本当なら居るべきでは無い男子の存在は、ここの住人にとって良い意味でも悪い意味でも刺激になるらしい。
そうこうしている内に、俺達はお互いに目的の場所に到着する。
「えっと、1025室……ここか」
一夏がドアノブに鍵を入れると、何やら怪訝な顔をしだす。 大方、すでに鍵が開いていたのだろう。
ここで鍵が開いている事にもう少し疑問を抱いていれば、この後に起こるであろう事も回避できたかもしれない。相部屋の相手が誰かは知らないが、ご冥福をお祈りしておこう。
「それじゃ、またな」
「……あ、あぁ。またな」
一夏が部屋の中に入っていくのを見届けると、俺もドアノブに鍵を差し込む。カチャと言う鍵が開く音と共に木製の扉を開いて部屋に入る。
さすがは天下のIS学園と言うべきか。日本という人口の割に国土面積が狭い国でありながら、一人部屋にしては十分な広さと清潔感あふれる室内。太平洋を一望できるベランダに、調理器具一式が揃ったキッチンなど。どの国から来ても、満足のいく仕上がりの部屋だった。
そして、中央に置かれたシングルベットの脇に、今日ホテルに届くはずだった俺の荷物があった。
「まずは、荷物の確認と……報告だな」
俺は制服の上着を脱ぎネクタイを緩めると、全部で5つある荷物をそれぞれ確認していく。
荷物はキャリーバッグに入った服などの日常用品から厳重に梱包された物までさまざま。その中で、一際厳重に梱包されたジェラルミンケースを開き、中から巻物のような物を取り出す。
一見、何も書かれていない只の巻物だが、俺が持つ特殊な生体電気を読み取ると表面にモニターが映し出され、そのままロールアップ式PCは特定の人工衛星に接続すると俺の所属先に回線が繋がる。
『どうやら、問題無く入学できたみたいだな』
モニターに映し出される男性は三十代後半といったところで、掛けているメガネからいかにも参謀といった雰囲気を醸し出す。
「あぁ。さすがのIS学園も、最大のスポンサー企業からの推薦となると多少の不信感を持ったとしても断れないだろう」
『まぁ、当然だろう。その為にこんな金のかかる学園のスポンサーを買って出たんだ。多少の不満は握り潰すさ』
そう言いながら、男はメガネ掛け直すと同時に足を組む。
「まったく。学生の学び舎たる学園の最大スポンサーが軍事企業なんて、世も末だな?」
『そんな事は無いさ。今ではメディアだけでなく、オリンピックでも当たり前のように軍事企業の名を見る。……自分達の平和の裏に一体何があるのかを知る事ができて、私は良いと思うがね』
男の言葉を聞きながら、俺は自分で淹れたうまくもないコーヒーを啜る。
『最近では産業スパイを送り込む他社が後を絶たない為、潰すのが面倒だ。 まぁ、企業連のトップたる我が社とその辺の軍事企業とでは訳が違うがな』
「そのせいだろうな。担任の織斑千冬が俺に対して警戒心をみせている」
『織斑千冬――第一回モンド・グロッソ優勝者にして、現IS学園教員……。こちらで釘を刺しておくか?』
言いながら、男は机に備え付けられた電話を掴む。恐らくIS学園に掛けるつもりだろう。
「いや、いい。余計な不信感を持たれては計画に首を突っ込みかねないからな。こちらで対処する。」
『……そうか、わかった。本件は君に一任している、好きにするといい』
「別に心配しなくてもいい。一度受けた任務……完遂するだけだ。それで――」
――装備についてなんだが。そう言おうとした所で、
ズドン!
隣の、一夏が居ると思われる部屋の辺りから、何かを打ち抜くような音が聞こえてくる。
ズドン!
……まただ。
「……」
『どうやらトラブルみたいだな。報告は後ほどしてもらえればいい』
「すまないな、ヨハン。……オブライエン、アウト」
ヨハンとの通信を終了すると、ロールアップ式PCの電源を切ってズボンのポケットに突っ込む。
ドンッ、ドンッ、ドンッ
間を置かずして部屋の扉が激しくノックされる。この状況でノックする人物など容易に想像がついた。
仕方なく扉を開くと、慌てた様子の一夏が俺の部屋に入り込んできた。
「はぁ……はぁ……はぁ」
「お、おい。一夏、大丈夫か――」
「あっ!オブライエンくんだ」
「え!?うそ!? ここがオブライエンくんの部屋なんだ! 今度、遊びに来てもいい?」
一夏から扉の外に視線を向けると、女子達が部屋の前の廊下に集まっていた。全員が部屋着と思われるラフな格好をしており、一夏が慌てていた理由もなんとなく想像がついた。
その後、どうにか女子達からの誘いをやんわりと断り扉を閉じると、部屋に居る一夏に向き直る。
……この野郎。女子の相手を俺に任せて、自分は呑気に茶を啜ってやがった。
パアンッ!
少しムカついたので頭を叩くておく。
「いってー! ……何すんだよ!?」
「それはこっちのセリフだ。 厄介事は人に任せて、自分は一服か? 良い御身分だな」
俺の怒りを感じ取ったのか、今度は言い訳がましい事を言ってくる。
「いや、……だって、俺よりもユーリの方が女子に対して免疫ありそうだし、紳士的な対応ができるだろ?
それに、俺が出て話を余計に複雑にしても悪いだろうし」
何が……ユーリの方が女子に対して免疫ありそう、だ。 要するに苦手だから俺に押し付け訳だろうが。
「はぁ……、もういい。 それで?さっきの音は何なんだ?」
「えっと、実はだな――」
一夏の話はこうだ。
部屋の鍵が開いている事を疑問に思いつつも、あまりの部屋の充実ぶりに感動しているとシャワールームから出てきた篠ノ之と出くわしてしまい、木刀を振り回してきた為俺の部屋に避難してきた……と言うものだ
「自業自得だな」
「なんでそうなるんだよ!?」
「……当然だろうが。部屋の鍵が開いていた事はもちろん、すでに照明が付いていた事や自分以外の荷物の存在など、いくらでも気付く要因はあっただろう?それ以前に、山田先生が事前に相部屋と言ってただろうが」
俺の指摘にぐうの音も出ない一夏。
……こいつ、本当に織斑先生の弟なのか? 織斑先生とは対照的にあまりにも無警戒なので、どうにも勘ぐってしまう。
「それで?これからどうするんだ? ……まさか、俺の部屋に泊めてくれなんて言うなよ?」
「え!? ダメなのか!?」
「当たり前だ。 自分の部屋が用意されている以上、いつまでも他人の部屋で寝泊りする訳にはいかないだろう。それに、こういった問題は後回しにするほどお互い気マズくなるものなんだよ」
「それは、そうなんだけどさ……」
余程行くのが嫌なのだろう。一向に重い腰を上げようとしない一夏。
だが、さきほども言ったようにこういった問題は後回しにするほどお互いにタイミングを失ってしまう。だから、早期に解決してしまうべきなのだ。
「その……ユーリも一緒に来てくれないか?」
「はぁ!?なんで俺が!?」
「頼む! 俺一人で行くと話合う前に撲殺されちまう!」
手を合わせて頼んでくる一夏。正直言えば自分で蒔いた種なのだから自分でどうにかしろと思うが、このまま放っておくといつまでも俺の部屋に居続けそうだ。
「わかったよ……。だが、ついて行くだけだ。その後は自分で何とかしろ」
「本当かっ! 恩に着る!」
そうして俺達二人は部屋から出ると隣の部屋の前に立つ。
恐らく篠ノ之がやったのだろう……扉に複数の風穴が開いており、扉としての役割を失っていた。一夏が撲殺されると言ったのも、あながち間違いではなさそうだ。
隣に立つ一夏も緊張からか汗をかいていた。
「ほら。早く扉をノックしろ」
「あ、あぁ……」
コンッコンッコンッ
「箒。さっきはすまなかった。頼むから部屋に入れてくれ」
……一向に返事が無い。どうやら完全に無視を決め込むつもりのようだ。……仕方がない。
「篠ノ之さん。オブライエンだがここを開けてくれないか?
さっきの件で一夏も反省している事だし、できれば部屋の中に入れてやって欲しい」
待つこと一分。
ガチャ
鍵が開く音と共に、開かれた扉の隙間から剣道着を着た篠ノ之の姿が見えた。相変わらず鋭い目つきで一夏を睨んでいる。
「……入れ」
「お、おう」
入室の許可がでた為、ようやく自室に入ることができた一夏。
「オブライエンさんもどうぞ」
「……お邪魔します」
どうやら俺も入って良いようだ。
篠ノ之の横を通り過ぎ部屋の中に入ると、シングルベットや机などの物が二つずつ用意さえている以外、俺の部屋とまったく同じ作りだ。
一夏はベットに俺は椅子にそれぞれ腰を掛けると篠ノ之はキッチンから湯呑を取り出す。
「今、お茶をお出ししますね」
「いえ、お構いなく。 それよりも一夏と」
篠ノ之のもてなしをやんわりと断る。
今は俺の事よりも、一夏を優先してもらいたい。
その事を理解した篠ノ之は諦めたように一夏の方に振り返る。
「……それで? さきほど件について反省していると聞いたが、本当だろうな?」
篠ノ之の鋭い視線が一夏を捉える。
その視線に一瞬怯んだ様子の一夏。だが、次の瞬間には覚悟を決める。
「その……さっきはすまなかった! 許してくれ!この通りだ!」
そう言って、俺達の見ている前で恥も外聞も無く土下座しだす一夏。
篠ノ之もこれには慌てたようで俺に助けの視線を向けてくる。
(はあ……、仕方がないな)
俺はこのまま土下座する一夏を見ていても不憫だと感じ、助け舟を出すことにした。
「篠ノ之さん。 俺が言うのもなんだが、一夏の事を許してやってくれないか? ……見ているこっちも不憫になってきた」
「……」
再び視線を戻せば未だに土下座を止めない一夏の姿に、さすがの篠ノ之も折れたようだ。
「……まったく、男がそんな軽々しく頭を下げるな。……情けないぞ」
「……許してくれるのか?」
篠ノ之の言葉に恐る恐る顔を上げる一夏。対する篠ノ之も視線だけを一夏に向ける。
「あぁ。 その、なんだ……。私もさっきはいきなり木刀を持ち出したりして……すまなかった」
言うのが恥ずかしかったのか、篠ノ之の頬が紅潮する。
一夏の方はといえば、撲殺されずに済んで安堵する様子が見てとれた。
「よかったな、篠ノ之さんの許しが貰えて。これで野宿せずに済むな」
「ホントだよ! ユーリもありがとな! 今度、何か奢らせてくれ!」
「俺は関係無いさ。それと俺に奢るくらいなら篠ノ之さんにデザートでも奢ってやれよ。……っと時間だな」
部屋の壁に掛けられた時計を見る。そろそろ部屋に戻って報告の続きをしなければならない。
「?これから何かあるのか?」
「まぁな。 部屋に戻ってやらないといけない事があるんだ」
「くだらない事に付き合わせてしまい、すみませんでした」
「気にしなくていいさ。それじゃあ二人とも、また明日」
ゆっくりと扉を閉めると俺は自室に入って考える。
今日一日だけで溜まった学園生活での疲れを考慮すると今更だが任務を受けたことを後悔した。
翌日の朝、一年寮の食堂。
朝に弱い俺は本当なら朝食の時間も睡眠に使いたいのだが、一夏が部屋まで来て朝食に誘ってきた為しぶしぶ朝食を食べに来ている。
俺の朝食はブラックコーヒーにサンドイッチという典型的なモーニングセット。
隣に座る一夏達は和食セットだった。
さすがは日本人というべきか。セットに含まれる納豆を嫌な顔一つすることなく食べている。昔、自分も試してみたことがある。正直言ってあまり好きにはなれない味だった。
「なぁ、箒――」
「な、名前で呼ぶなっ!」
「……篠ノ之さん」
「…………」
……さっきからずっとこんな感じだ。明らかに俺が帰った後、二人に何かあったのは間違い無いがそこまで肩入れしてやる義理も無い。
俺は二人の様子を横目に、コーヒーを啜る。カフェインによって徐々に冴えてくる意識。コーヒー自体も味に深みがあり、香りも良い。
(……美味いな。このコーヒー)
これだけ美味い物となると、おそらく二週間以内に焙煎したコーヒー豆を使用しているはずだ。
水についても日本の水道水は優秀なのでそのまま使用しても問題無いが、ここはIS学園。水に関しても妥協していない可能性がある。
一体、この学園にどれだけの運営費が掛っているのだろうか?――そんな事を考えていると隣から話掛けられる。
「あの……隣いいですか?」
その声に振り向くと、クラスメイトの女子三人が立っていた。
「えっと……鏡さんに谷本さん、それから布仏さんだね。 俺は構わないよ。一夏、お前は?」
「え? 俺も別にいいけど」
その言葉に小さくガッツポーズする三人。
篠ノ之、一夏、俺の順に座っている席の隣に腰かける三人。これで六人掛けのテーブル席が完全に埋まる。
「うわっ。織斑くんって朝すっごく食べるんだ」
「逆にオブライエンくんは少ないんだね?」
これでも朝としては結構あると思ったんだが。
「朝はあまり食欲がわかなくてね。これでも結構あるつもりなんだ」
「って言うか。女子も朝はそれだけで足りるのか?」
一夏の指摘に表情をひきつらせる。
彼女達の皿に盛らているのはサラダやパンなど。肉などは一切無く、低カロリーに抑えられている。
「わ、私たちは……ねえ?」
「う、うん。平気かなっ?」
あからさまに動揺している二人。恐らくダイエット目的だろう。
高校生といえば、成長期真っ盛りなのだから無理なダイエットは体に良くないんだがな。
「お菓子よく食べてるし!」
……それって意味無いよな。むしろ、間食を減らしてしっかり食事しろと言いたい。
「……織斑、私は先にいくぞ。 オブライエンさんもまた後で」
「ん? ああ。また後でな」
「また後で。篠ノ之さん」
すでに食事を終えていた篠ノ之はさっさと席を立つと食堂を出ていく。
まさか篠ノ之が俺にまで声を掛けてくるとは思わなかった。昨日の一件が関係しているのだろうか?
「二人って、篠ノ之さんと仲がいいの?」
「織斑君は同じ部屋って聞いたけど……」
「まあ、ユーリは仲がいいのかは知らないけど、俺の場合は幼なじみだし」
一夏の言葉に周囲がどよめく。だがそれよりも俺にとって気になったのが次の一夏の一言だった。
「でも、よく考えれば俺ってあんまりよく覚えてないんだよな。昔のこと……」
何気ない一言。 だが、俺にはそれが何か引っ掛かって仕方なかった。
「ところで織斑。おまえのISだが、準備まで時間が掛るぞ」
「へ?」
四限目。授業の開始を知らせるとチャイムと共に入ってきた織斑先生が一夏に告げる。
「予備の機体が無い。その為、学園で専用機を用意するそうだ」
織斑先生の言葉に、周囲で女子達の羨む声が聞こえてくる。
ISはその圧倒的性能から核に代わる世界の抑止力として注目されていた。しかし、その核心的技術であるコアに関してはブラックボックスとなっており、製造は愚か未だ多くの謎に包まれている。
そして唯一製造を可能とする篠ノ之博士は467個のコアを製造したのち、現在は行方をくらませている。世界各国が博士を血眼になって探しているが、アメリカですら正確な位置は掴めていないのが現状だ。
つまりは全世界で467機しか存在しないISの1機をデータ収集の為とはいえ自分専用として与えられるのだ。それは同時にコアを所有する日本政府の管轄に強制的に置かれた事にもなる。要するに態のいい首輪だ。
「それを聞いて安心しましたわ!」
突如、教室内に響き渡る声。教科書から視線をそちらに移せば、一夏の席の前で腰に手を当てて佇むオルコットの姿が確認できる。
「クラス代表の決定戦。わたくしとあなたとでは勝負は見えていますけど、さすがにわたくしが専用機、あなたが訓練機ではフェアではありませんものね」
「? お前も専用機ってのを持ってるのか?」
「ご存じないの? よろしいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。
このわたくしセシリア・オルコットはイギリス代表候補生。……つまり、現時点で専用機を持っていますの」
そう言ってポーズをとるオルコット。
昨晩、報告を終えた後ヨハンから現在IS学園に在学する各国の代表候補生のデータを受け取った。
それによれば、オルコットは第三世代機を保有している。新兵装であるビット兵器の稼働データのサンプリングを主目的とした試作機であり、装備は光学兵器がほとんどとのことだ。
「世界にISは僅か467機、その中でも専用機を持つ者は全人類六十億の中でもエリート中のエリートなのですわ!」
「たったの467機!?」
「その通りですわ。 ……そして、同じ男子でも彼は持っていないようですわね?」
俺の事を言っているらしい。
一度として持っていると言っていないため勘違いされても仕方ないが、本当の事を教えるつもりもなかったのは確かだ。
実際、今回の試合も訓練機で済ませようと考えていた。
「授業中だ。座れ馬鹿者」
オルコットの頭が出席名簿で叩かれる。どうやら女尊男卑の世の中でもあの出席名簿は男女平等に落とされるようだ。
「何を勘違いしているかは知らんが、オブライエンも専用機持ちだ」
(!? この女……)
まさか教員の口から生徒の個人情報を暴露されるとは思わなかった。 ……いや、俺だからこそしたのかもしれない。
俺は自然と鋭い目つきで織斑千冬を睨む。相手も臆する事なく睨み返してきた。
「貴様もいつまで黙っているつもりだ。いつかは知られる事だろう?」
「だからといって個人の情報を晒す理由にはならないと思いますが?」
「貴様がどう思おうと知ったことではない。ここが私の担当する教室である以上くだらん隠し事は許さん。肝に銘じておけ」
……どこの独裁主義者だよ。
俺は担任のあまりの傍若無人ぶりに逆に感心してしまうと同時に自分の情報には細心の注意を払わなければならないと考えた。
学園にはある程度所属先が提出した個人データがあるが、あの天才がバックに居るとなれば用心に越したことはない。
そして、これ以上余計なことを言わせない為にも提出された個人データ分だけでも言っておいたほうが良さそうだ。
「……改めまして。レイレナード社所属、アメリカ代表候補生ユーリ・オブライエンです。よろしく」
俺の二度目の自己紹介にどよめきだす一年一組のクラスメイト達。
「ええっ!? オブライエンくんって代表候補生だったの!?」
「それにレイレナード社ってISの兵装面でトップシェアを誇っていて、技術面でも最先端を行ってるトコだよね!?」
「あれ? でもIS本体の開発は行っていないはずだよね? それなのにレイレナード社所属の専用機持ちってことは……別メーカー製なのかな?」
周囲を飛び交うさまざまな声。
内容としては、当たっているものもあれば間違っているものもある。だが、それを一々指摘していては日が暮れてしまう。
織斑先生も方も一気に騒がしくなる教室に面倒そうな表情をする。
「静かに!今から授業を開始する。各々質問がある者は休み時間などを使ってオブライエンに聞くように。わかったな?」
この一言で俺が休み時間に質問攻めにあう事が決定した。
四限目の授業の終了と共に訪れる休み時間。
「驚いたぜ。ユーリってかなりスゴい立場だったんだな」
俺の席の前に佇む一夏がそんな事を言ってくる。
「そうでもないさ。 専用機持ちといっても結局はお前と同じデータ収集が目的だし、レイレナード社に入れたのも男のIS操縦者って理由からだろうさ」
「そんなに謙遜しなくていいんじゃないか? 俺は純粋にすげーと思うし」
確かに。
衰えたとは言え、未だ超大国であり覇権国家たるアメリカは、人口の多さも重なりIS操縦者の水準はその辺の国のよりも遥かに上だ。
そして、アメリカの軍事分野の中核を担うレイレナード社のパイロットとなれば、その実力はトップクラスと言っても過言では無い。
事実、アメリカ政府内で次期国家代表の最有力候補として、俺の名が挙がっている事も知っている。
だがそんな事を一夏が知る訳もないので、本当に純粋な気持ちで言っているのだろう。
「そうか、ありがとな。 ……それで、本当の要件は何だ?」
まさか、これだけを言いに来たわけでは無いはずだ。
一夏の表情も変わる。
「その、ユーリも、セシリアと同じ代表候補生ってことはISについても詳しいんだよな?」
「ん? まあ、それなりには、な」
むしろお前が知らなさすぎるんだがな。この世界で生きてきた以上、少なからずISについて知っているものだろう。
……いや、姉があの先生である事からして普通に生活していれば嫌でも耳に入ってくるはずだ。
だとすると先生自ら一夏をIS関連の情報からわざと遠ざけたと考えるのが妥当だろう。
「なら、ISについて教えてくれないか? このままだと何も出来ずにセシリアに負けそうだ」
「断る」
考える余地も無く即答する。こいつは何を言っているんだ?
「……いや、もうちょっと、考える素振りだけでも……」
「お前わかってんのか? クラス代表の決定戦は総当たり方式。つまりは俺とお前も戦うってことだ。
……それなのに俺に教えを請いてどうする? お前の知っている知識や考えた戦術は、俺が全てわかってるって事なんだぞ?」
少し考えればわかる事だが、あれだけの啖呵を切った以上簡単に負ける訳にはいかない為焦っているのだろう。
「だって、こんな事頼める奴。ユーリ以外に居ないし……」
「そんな事は無いだろう? 俺でなくとも篠ノ之さんに頼めばいいじゃないか」
少し調べた結果。篠ノ之はあの天才の妹だった。
一見して機械類に疎そうだが、それは単に外見上の判断であり何の確証にもならない。
なにより、一夏程ひどい事は無いだろう。……多分。
「それよりも、俺は早く食堂に向かいたいんだが……」
「へ? そんなに腹が減ってんのか?」
「そうじゃない。 ……周りを見てみろ」
周囲から向けられる好奇の視線。どうやら先ほどの紹介で、俺が謎を秘めた男子学生という認識が広まってしまったらしい。織斑先生の発言も相まって周囲の女子からは一刻も早く質問したいというオーラが漂ってくる。
このままでは質問攻めにあって昼食すら取れないかもしれない。
「あー……、なるほどな」
「そういうわけだ。それじゃあ、また後でな」
そう言うと一目散に教室を出る。後ろで、あ!?逃げた!などと聞こえてくるが無視して食堂へ向かう。
食堂に着くとミートパスタの食券を買ってカウンターに並ぶ。急いで来た為か、食堂が空いている事を確認するとパスタがのったトレイを手に席を探す。
「さて、どこに座ろうかな?」
比較的景色の良い席を求めて歩いていると、大海原を一望できるテーブルに見知ったアッシュグレーの髪の人物を見つける。
(あいつも来てたのか……)
テーブルに近づくと相手もこちらに気付いたのかアメジスト色の瞳でこちらを見つめてくる。
「隣、良いかな?」
「どうぞ」
リリウムの了解を得られたので遠慮せず隣に座る。
見れば食後らしく、優雅な佇まいで紅茶を飲んでいた。背後の大海原の景色とも相まって絵になる光景だ。さすがは名門貴族といったところか。
「何か?」
「いや、なんでもない」
「? そうですか?」
どうやら、ジッと見ていた事を不審に思われたようだ。これからは気を付けないとな。
「そういえば、クラスの友達と一緒じゃないのか?」
「私は一人で食事をとるのが好きですから。 そう言うあなたもどうして一人で?」
「……いや、レイレナードや代表候補の事を話したら変な認識を持たれたようで……逃げてきた」
「……それは当然でしょう」
リリウムが溜息をついて言う。
……仕方ないだろう? 学園にある程度情報が渡されている以上、変に隠していても余計に不審感を持たれる事だし。別に無理して隠す事でもない。
だが、リリウムの話は終わらない。
「アメリカのレイレナード、フランスのインテリオル・ユニオン、日本の有澤重工、イスラエルのトーラス、そして最後に私の所属するイギリスのBFF。これら研究開発拠点を世界各所に有する企業連の世界への影響力は強大です。
そして、そのトップであるレイレナード社と言えば篠ノ之博士を除けば世界最先端の技術力を有する企業。そこの専属パイロットとなれば誰でも驚きますよ」
「まあ、そうだろうな……」
「そうなんです。 ……そういえば聞きましたよ? 私の国の代表候補生と試合をすると」
昨日の事とはいえ、ここまで噂が広まっているようだ。さすがは大半が女性で構成された学園といった所か。
「ああ。正直言えば、わざと負けてさっさと終わらせたいところだ」
「ですが、ああ言った以上簡単に負けるわけにはいきませんね」
リリウムの言うとおりだ。
レイレナードの事を抜きにしてもアメリカの代表候補生である以上、オルコットとの実力は最低でも互角でなくてはならない。
俺はフォークでパスタを巻きながら、刻一刻と迫ってくる試合に溜息しか出ない。
「はぁ、本当に面倒だ……」
「そうですか? むしろ、機体の試験運用ができてちょうど良いと思うのですが?」
「俺が普通の操縦者ならな。 ……俺にとって、実戦以外はする意味が無い」
ISの使用を競技目的とした一般的な操縦達にとっては意味のある試合かもしれないが、俺にとっては血で血を洗う実戦以外は何の意味も無い。
リリウムもそれを感じ取ったのか、少し悲しそうな表情を浮かべる。
「そうでしたね……。 すみません……」
「謝らなくていい。 これが俺の辿るべき運命ってだけの話さ」
「ですが……」
そこで言いかけてやめるリリウム。これ以上何を言っても仕方無いと思ったのだろう。
「……それでも、私があなたを守ります。絶対に」
そう言って席を立つリリウム。その背中は何か覚悟のようなものを秘めているように思えた。
「……そうか。……すまないな」
どうして謝ったのかはわからない。だが、謝らずにはいられない自分がそこには居た。
投稿遅くなってすみません!
最近、あまり書く時間が無くて……。
また読んでいただければ幸いです。