IN<インフィニット・ネクスト>   作:金蔵

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クラス代表決定戦

 IS学園に入学してから一週間が経ち、今日は試合当日。

 放課後の試合の為に現在、第三アリーナに向かっている途中だ。

 あれから一週間、俺は特にISの訓練をする訳でもなく只々平凡な毎日を送っていた。何度か訓練をしようかとも考えたが、俺の専用機は少々特殊な為、必要以上に人目に晒す訳にもいかない。かと言って訓練機を扱う場合は面倒な手続きが必要になる。結果、そこまでして訓練する必要性は無いという考えに至った。

 一方の一夏といえば、放課後になれば篠ノ之と共に剣道場に行っては竹刀を振っている。 何の訓練かは知らないが、果たして意味はあるのだろうか?

 それから、クラスでの二度目の自己紹介の日以降、オルコットが俺をライバル視しているらしくやけに突っかかってくる。休み時間なれば俺の席に来ては代表候補生とは一体何か――、あなたはその器では無い――などとばかり言って来る為、最近ではほとんど聞き流していた。

 

「やっほ~、オブライエンくん。 今日は応援しに行くから頑張ってね~!」

 

 ふと、近くを通り過ぎる女子から声を掛けられた。

 周囲を見渡せば、女子達の流れは寮や部活棟では無く第三アリーナに向かっている。その学年も一年生や二年生、三年生とさまざまだ。

 

「ありがとう。 できる限り最善を尽くすよ」

 

 女子は笑顔で手を振りながらアリーナの入口に入っていく。俺も流れに従ってアリーナの中に入ると、案内板に従いピットに向かう。

 初めて入った学園のアリーナは手入れが非常に行き届いており、防壁扉も設置されている。扉は非常に厚く、並みの武器では突破は困難だろう。

 それから三分ほど歩いてピットに到着する。頑強な自動ドアが開き、中に入ると一夏と篠ノ之の姿を発見する。なにやら言い争っているようにも見える。

 

「よう、二人とも。……何かあったのか?」

 

「ん? ……って、ユーリ!なぁ、聞いてくれよ!」

 

 俺の呼びかけに対し一夏はそんな事を言いながらこちらに歩み寄って来た。対する篠ノ之は俺から目を逸らすだけだ。

 

「どうした? 何かマズイ事でもあったのか?」

 

「ああ!マズイも何も。俺、箒から剣道の稽古しか受けてなくて、ISについては何も教えてもらってないんだよ!」

 

 ……まぁ、大方そんな事だろうと思っていた。

 正直なところ、この件については篠ノ之に教えてもらえと言ってしまった自分にも多少なりとも責任がある。だが、まさかここまでひどい状況だとは思わなかった。

 あまりの状況に眉間を押さえる俺の姿に、篠ノ之は狼狽えだす。

 

「し、仕方ないだろう。お前のISはまだ届いていないのだから」

 

「ISが無くても、知識とか基本的な事とかあっただろ!」

 

「…………」

 

「目をそらすな!」

 

 このやり取りを聞いていたら今度は頭痛がしてきた。……篠ノ之、お前は何がしたかったんだ?

 しかし、時間は待ってはくれない。すでに試合開始まで五分を切っていた。

 

「二人とも、揃っているな」

 

 そう言ってピット内に入ってくるのは、我が一年一組の担任にして第一回モンドグロッソ優勝者、織斑千冬先生。そして、その隣には相変わらず幼い印象の山田麻耶先生の姿があった。

 

「千冬姉!」

 

「織斑先生と呼べ、馬鹿者。……織斑、お前のISは間に合いそうにない。 したがって、オブライエン。お前から先に出てもらうぞ」

 

「わかりました。 ……俺から先に行かせてもらうが、構わないな?一夏」

 

「あぁ、最初からそのつもりだ。 早く着替えに行った方がいいんじゃないか?」

 

 着替え? ……そうか、忘れてた。

 一般的にISを操縦する場合、ISスーツという物を着ることで反応速度を上げることができる。

 無くても問題は無いが、ISを使う上でISスーツを着ることは常識となっている為、着ない者は余程の素人か馬鹿の二択だ。

 しかし、それは俺にとってまったく無縁の代物だった。

 

「俺は、制服のままで構わない」

 

「は? ……いや、確かにあんな恥ずかしい物、着るのは嫌だろうけど……絶対着た方が良いって!」

 

「……そう言う意味じゃない。 ……技術ってのは日々進歩してるんだ。お前の知らない所でな」

 

 そう、技術は進歩する。……良くも悪くも、な。

 多少の感慨にふけながら、俺は左手の親指にはめられた漆黒の指輪を見つめる。

 はめられた指によってさまざまな意味を持つ指輪。左手の親指は、意思を貫き目的を実現させるという意味を持つ。本当に効果があるかどうかは知らないが、この指輪は重要な役割を持っている。

 俺はただ、瞳を閉じて自分の相棒の名を呼ぶ。

 

(……来い、ダークミスト)

 

 体の周囲が光の粒子で包まれる。

 全身が何かで覆われる感覚を感じ取り、五感がより鋭敏になる。そして、光の粒子が弾けた時には俺の全身は漆黒の鎧で覆われていた。

 ヘッドアーマーは高性能スキャンセンサーを搭載した角が象徴的で、その下で光を放つ真紅のアイカメラが印象的だ。

 

「……これが、ユーリのIS……」

 

「全身装甲のISだと!?」

 

 篠ノ之の言う通りだ。

 ISには絶対防御が存在する為、装甲は最低限で済む。

 だが、俺の機体は全身が強固な装甲で覆われており、左足には巨大な物理シールドが搭載。重厚感溢れる機体の重量に比例して、背部の非固定浮遊部位であるスラスターは、ISに匹敵する巨大さとステルス爆撃機のような形状を成していた。

 普通のISをスポーツカーに例えるなら、俺の機体は戦車といったところだろう。

 

「……こんなIS、見た事も聞いた事もありません……」

 

 山田先生の呟きをセンサーが拾う。

 確かに、この機体はISとしては異形の機体だ。今までのISついての常識がまったく通用しない機体と言ってもいいだろう。

 そして、何より確かなことが一つある。

 

「正確には、これはISではありません。 我々はこの機体をVISと呼んでいます」

 

「VIS?」

 

 聞きなれない単語に一夏が反応する。当然、一夏だけでなくこの学園の誰もが聞いた事すらない単語だ。

 

「VIS(ヴァリアブル・インフィニット・ストラトス)の略称だ。 レイレナードを始めとする企業連が開発した新機軸搭載機で、これはその試作機さ」

 

 俺の言葉に、この場に居た全員の顔が驚愕に染まる。

 世界各国が第三世代機を開発、試験運用している中でそれらをあざ笑うかのように現れた完全新規の機体。それも、凄まじい技術力を有していながら今までISの開発を一切行ってこなかったレイレナード社だけでなく、その傘下の企業連も技術提供をしているのだ。

 それはすなわち、世界中の各分野の最先端技術が注ぎ込まれている事を意味する。毎年、膨大な開発予算がつぎ込まれていながら、その研究内容が一切明かされる事は無いと言われるトーラス社の技術も例外ではない。

 

――専属操縦者、ユーリ・オブライエンの搭乗を確認。 VIS『ダークミスト』、戦闘モードに移行します――

 

 脳内に流れ込んでくるメッセージ。

 大型スラスターに流れ込む膨大なエネルギーと、それを推進力に転換しようとスラスターが轟音を鳴り響かせ、熱波を放出する。

 

 試合開始まで残り42秒、ゲート開放まで2秒。

 

 視線を前方に向ければ徐々に開いていくピット・ゲート。

 ゲートの完全開放と同時に、スラスターが暴力的な加速力を以て機体をアリーナ上の敵機付近まで一瞬で飛翔させる。

 ――戦いはすでに始まっている。

 

 

 

 

 IS学園。第三アリーナ。

 その中央で黒と青、二機の機体が相対する。

 

「ようやく、この時が来ましたわね」

 

 5メートル前方で浮遊する青色の機体『ブルー・ティアーズ』を駆るオルコットが相変わらずのポーズをとりながら言った。

 

「正直、アメリカの代表候補生と言う事実には驚かされました。 ……ですが、所詮は男性操縦者。その地位もデータ収集を目的に与えられた物にすぎませんわ」

 

「……」

 

 オルコットの言葉に返答はせず、ダークミストのスキャンセンサーから得られる情報で敵機の分析を行う。

 その手に握られた大口径レーザーライフル『スターライトMkⅢ』。その接近戦を一切考慮していない長大な全長は、彼女のスナイパーとしての自信と余裕の表れだろうか。射撃戦に特化した為か、センサー類の性能が秀でているブルーティアーズの機体と相まって遠距離戦では相手の方に分がありそうだ。

 そして、あの機体を象徴するビット兵器は今のところ見当たらない。どこかに格納されているのだろう。

 

「代表候補生とは、すなわち将来国家を支える礎。あなたのような偶然の産物が居るべき所ではありませんわ」

 

 ブルー・ティアーズの火器管制センサーが射撃モードに移行、全セーフティ機能の解除がこちらで確認される。

 

「あなたに見せて差し上げましょう……本物の代表候補生の実力と言うものを!」

 

 次の瞬間には放たれるレーザー。

 常人では認識すら困難な弾速のそれを、這うように姿勢を低くすることで回避。頭上を通り過ぎたレーザーが後方の地面に着弾。地面を抉る。

 

「なっ!?」

 

 外れるとは思っていなかった初弾を所見で回避されたことで狼狽えるオルコット。

 ある程度戦場を経験した事のある者なら、相手の心理状態を読み取ると同時に引き金に掛けられた指の引き具合を考慮する事で、確認が困難でも事前の回避が可能だ。

 

 だが、今回はそれを踏まえた上でもただ単純に俺の驚異的な動体視力によってレーザーが見えていただけの話だった。

 

「次はこっちから行かせてもらうぞ?」

 

 体を起こすと同時に、右手をオルコットに向ける動作で武装を展開。四つの重機関銃の銃口を併せ持つオートキャノンが一瞬で展開された時には、銃口はすでにブルー・ティアーズを捉えていた。

 すかさず発砲。四つの銃口から放たれる毎分4000発の銃弾が敵機に文字通り浴びせられる。

 

「きゃあああぁぁ!!」

 

 耳をつんざくような轟音に混じってオルコットの悲鳴が聞こえる。恐らくシールドエネルギーの方も驚異的な速度で削られているだろう。

 

(……だが、さすがは代表候補生といったところか)

 

 気が狂いそうになる弾幕にさらされながらも、オルコットはどうにか体勢を立て直すと弾幕から抜け出す。

 そのままブルー・ティアーズは、アリーナのバリアーすれすれを飛行しながら弾幕の嵐という追跡者から逃れる。

 

(くっ! なんて無茶苦茶な戦い方なんですの!)

 

 オルコットは、そう悪態を付きながら後方を見る。自分に迫ってくる弾幕はアリーナのバリアーに弾かれること無く突き刺さっており、その光景を見て自分の顔が青ざめていくのがわかった。

 

(ビット兵器を使おうにも止まってしまえばあの弾幕に飲み込まれてしまう……なら、ここは少々のダメージを覚悟してでも体勢を立て直すべきですわ)

 

 そう考えたオルコットは瞬時に実行に移した。

 ブルー・ティアーズのバックスラスターを吹かすと一気に弾幕に突っ込む。

 自ら弾幕に突っ込むことで被弾時間を最小限に減らし、同時にユーリが一瞬目標を見失うことで生まれる隙を狙うというものだ。……もし、あの弾幕に対して一瞬でも回避行動を取れば、あれだけの反応速度の持ち主だ。容易に対応してくるだろう。

 多少のダメージを受けながらもどうにか弾幕を抜けることに成功したオルコットは、瞬時にスターライトMkⅢを構えるとダークミストに向けて連射した。

 狙い違わずレーザーが次々に直撃、衝撃波によって土煙が舞う。オルコットは即座にブル・ーティアーズのビット兵器も展開。土煙を取り囲むように配置し、火器管制センサーを土煙の環境下に対し最適化させる。

 

(直撃はしたはずですわ……ですが、一体何ですの!この胸騒ぎは!!)

 

 スターライトMkⅢの銃口を向けながら、急速に駆られる不安にトリガーに掛けた指先が震えているのを感じる。

 センサーの最適化まで残り一秒のところまで迫った時だった。突如、前方の土煙を突き破るように現れる弾丸。狙い違わずこちらに迫ってくるそれは、スターライトMkⅢの銃口に突き刺さり破壊する。

 驚愕と共に徐々に晴れてくる土煙。その向こう側に居たのは左足に装着された巨大物理シールドを展開、レーザーを完全に防ぎ切ると同時にシールドをバイポット代わりに大型スナイパーキャノンの銃口でこちらを狙うダークミストの姿だった。

 気付いた時にはすでに遅く。第二射がブルーティアーズに直撃する。

 

(そんなっ!? あの方はまだ一歩もあの場から動いてすらいないのに、わたくしはシールドエネルギーの大部分とライフルを破壊されただなんて!?)

 

 あまりの力量の差に戦慄する。四方をビットで囲んだことで戦略的には優位なはずが、それすらも相手にとっては些細なことでしかないと実感させられる。

 

「どうした? 代表候補生の実力とやらを見せてくれるんじゃないのか?」

 

「っ!……」

 

 俺の挑発に対して何も言い返せないオルコット。恐らくビット兵器を使用しても俺には勝てないことがわかっているのだろう。

 だがライフルを失った今、オルコットに残された選択肢はそう多くは無い。だとすれば――

 

「くっ! 舞いなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

 ――それしかないよな。

 予想通り四方から襲い掛かってくるビット兵器。

 高機動戦闘の邪魔になる大型スナイパーキャノンを収納すると、スラスターを起動して今回初となる回避機動を行う。

 一瞬前まで俺が居た場所にレーザーが殺到、続けざまに放たれるレーザーをハイマニューバコントロールによる回避行動を行いながら、両手に別々の武器を展開する。

 スナイパーライフルとレーザーライフル。呼び出された二丁の銃口がクイックターンと同時にビットとブルーティアーズに向けられる。

 

ゴバァァァン!

 

 重なる銃声。スナイパーライフルの徹甲弾がビットを爆砕し、蒼のレーザーの柱がブルーティアーズに突き刺さる。

 

「くっ! きゃああぁ!」

 

 レーザーの直撃により大きく後退するブルーティアーズ。絶対防御により怪我は無いだろうが、残りのシールドエネルギーは大幅に減少しただろう。

 ビットの方もオルコットの制御下を一時的に離れた事で機能停止に陥っており、すかさずスラスターを使用したクイックターンによる回し蹴りで破壊する。

 これ以上の損害を防ぐ為、慌ててビットを呼び戻すオルコット。その表情から苦渋の色が浮かぶ。

 

「……只の銃火器による高機動下での二目標の同時精密射撃。そのような芸当、国家代表でも一握りの者しかできませんわ……」

 

 ダークミストのセンサーがオルコットの呟きを拾う。

 ブルーティアーズのような対多数を前提にした特殊兵器では無く、単体攻撃兵器を使用しての高機動回避行動下での二目標同時狙撃。

 確かに難易度は非常に高く、モンドグロッソでもほとんど見た事は無いが不可能では無い。

 

「……あなたは一体、何者なのですか?」

 

 答えるつもりはなかった。だが、時が来れば嫌でも知ることになるだろう。……今はその時では無い。

 俺は返答の代わりに武器を展開。両手にショットガンが握られる。

 それを確認したオルコットもビットを展開、どことなくその表情から決心のような物が感じられた。恐らく……次の一戦で決着が着く。

 

 黒と青が同時に動く。

 

 ショットガンを最大限に生かすには接近戦に持ち込むしかない。そんな俺の接近を防ぐためにオルコットは二機のビットで猛攻を仕掛けてくる。

 どうやら俺との戦闘が良い経験になったらしい。最初とは打って変わって、非常に精密なビット操作を見せる。

 

(……やるな。口だけのお嬢様かと思ったが、まだまだ伸び代がありそうだ)

 

 変則的に移動するビットは少々狙い辛く厄介ではある。だが、ショットガンの重散弾の弾幕の前では大した意味は無い。

 俺は長年の戦闘で得られた知識と経験から、ビット操作の特性を把握。ショットガンで瞬時に捉えて破壊する。

 だが、ビットは俺とオルコットの間に配置されており、爆炎で一瞬オルコットの姿を見失う。

 

「――かかりましたわね」

 

 爆炎を突き破って、二基のミサイルが向かってくる。咄嗟にショットガンで迎撃しようとするが、次弾装填が間に合わない。……どうやら油断していたのは俺も同じらしい。

 

ドゴォォォォン!

 

 目の前で広がる二度目の爆炎。オルコットからはダークミストが爆発に飲まれる光景が見えた。

 

「やりましたわ!」

 

 これで勝てたとは到底思えない。だが、あれだけ一方的だった相手に一矢報いる事はできた。

 後は残りのミサイルビットを使って畳み掛ける……そう、思っていた。何の前触れも無く、ミサイルの爆炎の中から姿を現すダークミストを見るまでは……。

 その外見からは一切、ダメージを受けた痕跡は見当たらない。

 

「なっ!?」

 

 冗談ではない。あれだけ至近距離で放ったミサイルを無傷でやり過ごすなんて非常識にもほどがある。

 だが、ダークミストの左肩ハッチに搭載された兵装を見て驚愕する。

 

「まさか……CIWS!?」

 

 CIWS。近接防御火器システムと呼ばれる代物で、飛来するミサイルをロックオンすると濃厚な弾幕を張って迎撃する兵装。

 基本的には戦闘艦に搭載される物だが、企業連によって極限まで小型化され実用段階に至っていた。

 

(念のために装備しておいたが……まさか、使う羽目になるとはな)

 

 自分の油断が招いた事態だが、同時にその隙をうまく突いたオルコットの評価も上げておく。

 だが、俺にここまで接近された時点で――決着は付いていた。

 

「グライドブースト――起動」

 

 浮遊スラスターユニットと背部スラスターに大規模なエネルギーが送り込まれることで生み出される大推力が、ISのセンサーロックを振り切るほどの速度で一気にブルーティアーズに接敵する。

 

「っ!? イ、インターセプ――」

 

「遅い」

 

 恐らく接近武器なのだろう。ブルーティアーズの手の中に収縮していく光。

 だが、それよりも早くオルコットが目にしたものは、視界の大部分を遮る銃口とその端から垣間見えるダークミストのヘッドアーマー。

 その纏う雰囲気は絶対的な強者のそれだった。

 

『試合終了。勝者――ユーリ・オブライエン』

 

 

 

 

「……なんだよ、今の試合は……」

 

 ピット内部に響く一夏の呟き。先ほどの試合の一部始終を見た感想は……圧倒的。ただそれだけだった。

 同じ代表候補生のセシリアを相手に、一方的すぎる展開はもちろんの事。彼の常人を遥かに超える反応速度、正確無比な射撃能力、まるでISを掌握したかのような操縦技術。

 その総合能力の余りの高さに、観客席だけでなくピット内に居る教員を含め誰もが唖然としていた。

 彼は基本的に人当りが良い為忘れがちになるが、よくよく考えればユーリについては不可解な点が多々ある。

 ユーリが二人目の男性操縦者と発覚したのは、一夏よりも後。つまりはISに触れて数か月も足っていないはずなのだ。

 にも関わらず、代表候補生を軽くあしらう能力、世界の軍事分野を牽引するレイレナード社所属の最新鋭機持ちにしてアメリカ代表候補生など、いくらなんでもこの短期間で実現できるような物では無い。

 

「ユーリ。……お前は一体……」

 

 

 

 

『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』

 

 室内に鳴り響くアナウンス。現在、俺はアリーナ内の休憩室に居た。

 

「終わったか」

 

 試合終了と共に、試合観戦の為に展開した空間投影モニターを収納する。

 一夏とオルコットの試合、結果的には一夏のエネルギー切れによるオルコットの勝利で幕を閉じた。

 試合自体はなかなかに見どころがあり、終始押され気味だった一夏も終盤でIS『白式』の一次移行を果たした。

 しかし、対するオルコットの様子は少々おかしかった。一夏との試合中にも関わらず何か気になる事でもあるのか、心ここにあらずといった印象を受けた。それでも一夏に勝てたのは、単純に彼女の代表候補生としての経験と努力の賜物だろう。

 だが、それよりも気になったのが、一夏のIS『白式』の単一仕様能力『零落白夜』。第一回モンドグロッソで織斑千冬を優勝に導いた能力だ。

 指紋が人それぞれであるように、ISでも同じ単一仕様能力が発現する事は無いという実験結果が出ている。だが、アイツは織斑千冬と同じ単一仕様能力を発現させた。

 姉弟だから遺伝子情報が似通っていたから? そもそも実験結果に不備があったのでは?……いくらでも考えようはある。

 だが、単一仕様能力の件を抜きにしても、俺と違って『無改造』でISを動かせる事や『例の組織』との関わりなど――あの姉弟には何か裏があると見るべきだろう。

 

「そろそろ、ピットに向かうか……」

 

 思考の渦に飲まれそうになりながら、次の試合の為に俺は椅子から立ち上がる。

 そして、感覚を確かめる様に右手を閉じたり開いたりを繰り返す。

 

(……なるほど、ISコア程度の掌握ではAMSにとって大した負荷にはならないみたいだな)

 

 AMS。元々は、ISよりも遥かに巨大で複雑な『とある兵器』を掌握する為のシステム。

 代償としてさまざまな犠牲が強いられるが、このシステムの恩恵によりISはもちろん、この世界の技術レベルの兵器・兵装は自在に操る事が可能だった。

 

(一体、このシステムはどれだけの力を秘めているんだ?)

 

 俺は複雑な心境の中、休憩室の扉を開くと本日最後の試合に向かった。

 

 

 

 

 第三アリーナの中央。観客席からさまざまな声援が飛び交う中、俺は静かに試合開始を待つ。

 

「遅かったな」

 

 ピットから不安定な飛行でどうにか俺の眼前まで来た白いIS『白式』に話しかける。

 

「仕方ないだろ。まだISに触れて三回目なんだから……」

 

 そう言い返してくる一夏の表情は、オルコット戦とは打って変わり真剣そのものだ。

 先ほどの俺とオルコットの試合を見ていた一夏は、一挙一動を見逃すまいと躍起になっているのが伺える。

 恐らく、俺に対して一瞬でも油断すればやられるのがわかっているのだろう。

 

「それもそうだな。……覚悟は良いな?」

 

「あ、あぁ……その前に一つ良いか?」

 

 試合開始まで残り15秒。俺は無言の肯定を返す。

 

「お前は一体、何者なんだ?」

 

 残り10秒。

 

「俺か? ……レイレナード所属の、只の代表候補生さ」

 

 ビィ――ッ

 

 言い終わると同時に鳴り響くブザー。

 俺はレーザーブレードを展開。鎌状に反ったレーザー発振器を持つブレード『LB-66 ムーンライト』を握ると一気にスラスターを点火。瞬時に接近し、白式の首を刈るようにブレードを振るう。

 もし、ISのシールドを突破するほどの破壊力を持つムーンライトの攻撃を受ければ、装甲が存在しない首への攻撃は即死に繋がる為、確実に絶対防御が発動する。

 一夏もその危険性を直感で理解したらしく、体を反らして攻撃を紙一重で躱す。

 

「あ、あぶねっ――」

 

「それはどうかな?」

 

 躱したことで体勢が不安定な状態の白式を蹴り飛ばす。

 バウンドを繰り返しながら、どうにか体勢を立て直して立ち上がる白式に対して接敵。横一線に振られたムーンライトは、しかし白式を切り裂く事無く止まる。

 

「くっ!」

 

「なるほど……それが『雪片弐型』か」

 

 白式の手に握られる近接ブレード『雪片弐型』。

 一次移行を終えた事で単一能力『零落白夜』を使用可能なそれが、ムーンライトのレーザー発振器と鍔迫り合いを起こしていた。

 一瞬だけ生まれた膠着状態。だが、その隙を見逃すはずもなく、すぐさまもう片方の手にショットガンを展開。白式のがら空きな脇腹に零距離で叩き込む。

 

「かはっ!」

 

 シールドの内側から撃たれた為、絶対防御が発生。しかし、衝撃を完全に吸収した訳ではなく、強力な衝撃が一夏に襲い掛かる。

 くの字に折れ曲がる白式に物理シールドを搭載した左足による大質量の踵落としを振り降ろす。

 コントロールを失い、地面に落下する白式。

 アリーナの地面に激突して立ち昇る土煙を眺めながら、両手装備を収納。新たにレーザーライフル『LR-81 カラサワ』を展開する。

 レーザーチャージと同時にセンサーの最適化、白式を探す。

 カラサワに収束していくエネルギーも尋常な量ではない。事実、銃口の周囲の温度は急激に上昇している。恐らく、この攻撃を防げなければ白式はエネルギーゼロで試合終了。

 ……試合開始から三分が経過、初心者としては持った方だろう。

 

「そこか」

 

 センサーが土煙に紛れ移動する目標をロック。躊躇う事無くチャージが完了したカラサワの引き金を絞る。

 放たれた極光のレーザーが吸い込まれるように目標に直撃。後は試合終了を知らせるアナウンスを待つだけだ。

 しかし、アナウンスは一向に鳴る気配が無い。

 

「……バリアー無効化能力。伊達じゃないな」

 

 晴れた土煙の先に居たのは、光を帯びた刀身の『雪片弐型』を構える白式。

 まさか、高密度に圧縮された光学兵器のレーザーを完全に消滅させるほどの能力とは予想外だった。

 この時点でレーザーライフルは不要と判断。放り投げるように収納すると、再びムーンライトを展開する。

 

「いいのか? これはレーザー兵器を無効化しちまうんだぜ?」

 

 そう言って、『零落白夜』を展開した雪片弐型をこれ見よがしに見せつける一夏。

 

「問題無い。 要するにエネルギー関係じゃなければいいんだろう?」

 

 その言葉と共に、俺は左足の物理シールドを展開。そのままトップスピードで白式に突っ込む。

 

「は?」

 

 一瞬の出来事に呆ける一夏。気付いた時には、物理シールドとアリーナの外壁でプレスされている状況だった。

 

「ぐっ!」

 

 先ほどよりもさらに強い衝撃に脳が大きく揺さぶられる。揺らぐ視界の中、次に見たのは上段から振り降ろされるムーンライトの刃。

 すかさず左腕で顔を守るも、シールドバリアーを破壊したムーンライトは左腕装甲ごと切り裂く。

 一夏も反撃するが、的確に左足のシールドで弾き返すと生じた隙を狙ってムーンライトで胴、足、腕と切り裂いていく。

 

「わざわざ、お前の得意な接近戦をしてやってるのに……その程度か?」

 

「く、くそっ!」

 

 オルコットと同じ一方的な展開に切羽詰る一夏。太刀筋も段々と荒くなってきている。……そろそろ潮時だろう。

 

「終わらせるぞ」

 

 俺は次の一撃で確実に終わらせる為、握るムーンライトにさらにエネルギーを送り込む。生み出されるレーザーの輝きは一段と増し、圧倒的熱量が地面を焼き尽くす。

 その光景を見た一夏も、改めて雪片を握り直すとありったけのシールドエネルギーを『零落白夜』に転換する。

 

「ふっ!」

 

「はあっ!」

 

 お互いに振られる必殺の攻撃。どちらが当たっても一撃でダウンするほどの破壊力を秘めていた。

 だが、バリアー無効化能力を持つ雪片とまともに打ち合う気は更々無い。

 瞬時にムーンライトを振る腕を止めてスラスター制御。横一線に振られる雪片の真下を滑り抜け、白式の後方に回る。

 

「なっ!? 嘘、だろ!?」

 

 驚愕に顔を引きつらせる一夏の背後で、俺は容赦無くムーンライトを振り降ろした。

 

 

 

 

 第三アリーナでの試合は終了。本日の戦績は、俺は全戦全勝、オルコットが一戦一敗、そして一夏が全敗という結果だった。

 その後、ピットに戻った一夏を待ち受けていたのは、姉と幼なじみからの罵倒の嵐。どうにかその場を切り抜けた帰り道、現在も篠ノ之からの罵倒を浴びていた。

 

「負け犬」

 

 篠ノ之の言葉に、一瞬ビクッと反応する一夏。顔が下に伏せている為、表情は伺えないが肩はふるふると震えている。

 

「セシリアとの試合はまだ納得がいくさ! それよりも問題はユーリだ!お前は一体何なんだよ!?ニュータイプか?ニュータイプなのか!?」

 

 いきなり顔を上げると詰め寄ってきた。非常に顔が近いので、引き剥がしながら答える。

 

「知るか。 アメリカでは訓練漬けの毎日だったからな。自然とこれぐらいできて当たり前なんだよ。……むしろ、お前に負けたらメンツが立たんわ」

 

「そうですね。 最後、接近武器ではなく射撃武器を展開すれば封殺も可能でしたし。……完全に手加減されてましたよね?」

 

 俺の言葉に篠ノ之が同意する。手加減も何も、オルコットと同じレベルで攻めたら三分持ちそうに無いのだから仕方ない。

 だが、そんな事は一夏にとって知った事ではないらしい。

 

「くっそ~、マジでありえねぇ。 特に最後の攻撃。アレを躱すとか、ホントありえねぇよ……」

 

「そんなに捻くれるな。 お前のIS、白式だがスキャンセンサーで分析した結果、第三世代機の中でも突出した性能を持ってる。 後はお前次第だが、使いこなせば非常に強力な機体になるだろうさ」

 

「え? でも、唯一使える能力が自分のエネルギーを無茶苦茶に消費するんだぜ? そんなのでどうやって勝てってんだよ?」

 

「だからこそメリットもデカい。 恐らく、一度でも直撃すれば大抵の機体は沈むだろうな。だからこそ、俺も避けたんだよ」

 

 ようやく自分の機体の凄さに納得する一夏。どうやら、あまり理解せずにあの能力を使用していたようだ。

 ただ、そこまで凄い機体を使用していながら呆気無く負けた為、余計に悔しさが募る。

 

「……」

 

「一夏」

 

「ん、何だ?」

 

「その、悔しいか?」

 

「まぁな。悔しくないと言えば嘘になる」

 

「そ、そうか……」

 

 篠ノ之としては珍しい、歯切れの悪い会話。何か言いたい事でもあるのだろうか?

 

「あ、明日からは、あれだな。 ISの訓練もいれないといけないな」

 

 …………は?

 

「だな」

 

 お、おい。そんな簡単に了承して良いのかよ?お前、ついさっきまで剣道の稽古しか受けてなかったよな?それ以前に、篠ノ之はISについて教えられるほど詳しいのだろうか?

 いくつか疑問な点が浮かぶが、そんな俺を余所に二人の会話は勝手に進んでいく。

 

「そ、その……、一夏は私に教えて欲しいのだな?」

 

「そうだな。他の女子よりは気が楽そうだし。なにより、束さんの妹だからISに詳しいだろうし」

 

「そ、そうか……。そうかそうか。なるほどな。ふふっ、仕方ないな」

 

 一夏の返答に、完全にその気になる篠ノ之。

 

「よし、ではこの私が教えてやろう。特別にな」

 

 そう言って、篠ノ之は早足で俺達の先頭を歩きだす。一瞬見えた横顔はさきほどまでの不機嫌そうな顔から一変、上機嫌な表情を浮かべていた。

 

「あっ!そういえば」

 

「どうした?」

 

 何かを思い出したのか。隣で話し出す一夏に、視線を篠ノ之から移す。

 

「今日で試合も終わった事だし、次からはユーリも一緒に教えてくれよ」

 

ビクッ!

 

 一夏のその一言に、先頭を歩く篠ノ之が突如歩みを止める。心なしか、その瞳は俺を睨んでいるようにも感じた。

 

「あ、えっとだなぁ……」

 

 どう答えるべきか迷う。別に教えても構わないのだが、ここで了承してしまえば篠ノ之の恨みを買う。

 だからと言って、篠ノ之を薦めた責任も自分にはある。

 

 少しの間、俺は考える。一夏の特訓に、付き合うべきか――付き合わないべきか――。

 

「……仕方ない。週二日だけなら付き合ってやる。 生憎、俺も暇じゃないんでな」

 

 別段、毎日付き合っても問題無いのだが、篠ノ之の事を考えるとこれぐらいの日程が丁度良い。

 俺も訓練以外の日はゆっくり自室で読書なり、機体の点検などしたかった訳だし。

 

「そうなのか? 悪いな、忙しい所に」

 

 一夏が若干、申し訳なさそうに答えると同時に篠ノ之の気配も和らぐのを感じる。……まったく、そんなに好きならとっとと思いを告げればいいだろうに、どうしてそんなに回りくどいやり事をするんだか……。

 

「……その代わり、手加減はしないから覚悟しろよ?」

 

「お、おう……」

 

 今更、安易な気持ちで俺に持ち掛けた事を後悔する一夏。例え、二分で終わる特訓だったとしても俺は手加減をするつもりは一切無かった。

 

 

 

 

 夕方、学生寮。

 水の弾ける音が個室シャワールームから聞こえてくる。

 

 セシリア・オルコット。

 

 彼女はシャワーから噴き出すお湯を全身に浴びながら物思いにふけていた。

 

(………………)

 

 圧倒的だった。

 状況判断能力。戦略。操縦技術。そして、最も得意とする射撃能力までも自分より遥か高みにあった。

 なにより今でも瞼に焼き付いて離れることがない、自分に向けらた巨大な銃口と強者としての風格。

 彼女はその光景を再び思い出して胸が締め付けられる様な痛みを感じる。

 幼い頃より、父親に抱いていた苦手意識。現在はその対象が男性全てに、感情は苦手から軽蔑に変わっていた。

 男なんてものは只、種を存続させる為だけに必要な下種な存在。そう思っていたし、これからもその考えは変わらない……そう思っていた。

 突如現れた二人の男性IS操縦者。片方は特に意識するほどでもなかったが、もう片方は違った。

 

 アメリカ代表候補生――――レイレナード所属――――専用機持ち――――。

 

 そのどれもが自分と同等、あるいはそれ以上の地位を誇る彼に、初めて男性に対して嫉妬の感情を感じる自分が居た。

 なんとしても自分が上である事を証明したい、そう思いながら何度も彼の席に向かっていた足が、日を追うごとに軽くなっていたのは何時ごろからだろうか?

 そして、それを言い訳に彼と少しでも接していたいと思ったのも何時ごろからだろうか?

 軽蔑意識と好奇心――相反する二つの感情に板挟みされながら過ごしてきた一週間。今日の試合でこの感情に決着が着くと思っていた。

 結果、残ったのは押さえきれない好奇心――恋心だった。

 

「はぁ……」

 

 初めて感じる感情に戸惑いが隠せない。

 幼い頃に亡くなった両親。残された莫大な遺産を守る為、必死に勉強した。周囲には味方は居らず、敵しかいないと考えていた。

 そんな自分が敵対関係だった人物に……その背中で自分の全てを守って欲しいと考えている。

 

「ユーリ……オブライエン…………」

 

 ……彼の全てが知りたい。




ホント、更新速度遅くてすみません……。
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