IN<インフィニット・ネクスト>   作:金蔵

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戦いの予兆

 四月下旬。

 春の肌寒さが薄れてきたこの時期。IS学園のグラウンドで一年一組の授業が行われていた。

 

「それでは、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。オブライエン、織斑、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

 前方に立つ織斑先生の指示の元、俺達三人はそれぞれの機体を展開する。

 

 一瞬の集中。

 

 次の瞬間には、VIS『ダークミスト』を纏った俺の姿がグラウンドに出現する。

 漆黒の全身装甲に巨大なスラスターを併せ持つ最新鋭機。ISの概念を破壊する機体の姿に、未だ戸惑いの視線を向ける者は少なくない。

 そして、ダークミストの頭部スキャンセンサーが自動で周囲の生体反応、脅威度を探知。最も脅威度の高い目標に視線を向ければ、『ブルー・ティアーズ』を展開したオルコットの姿がうかがえる。

 試合の日に破壊してしまったライフルとビットは完全に修復しており、現在はフルパフォーマンスでの作戦行動が可能だ。

 しかし、スキャンセンサーが捉える目標は一つのみ。怪訝に思いながらも一夏の方に視線を向ければ、IS『白式』の待機モードのガントレットをあちこち触っていた。

 

(……コイツ、大丈夫か?)

 

 恐らく、ISの展開方法がいまいち掴めていないのだろう。焦りだす一夏を更にせかす織斑先生。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開に一秒とかからないぞ」

 

 教員という立場から手厳しい言葉を投げかける先生。……いや、私生活でも幾度変わらないのかもしれない。

 さすがにマズイと感じたのか、右手を突出し、ガントレットを左手で掴む一夏。本来なら何の予備動作も無く展開できるのが望ましいが、まだISに触れて日が浅い事やモンドグロッソなどの大会でも無駄だとわかっていてもパフォーマンスとして取り入れる者もいる為、ここは目をつぶっておく。

 

「来い、白式!」

 

 ……そして、この掛け声も要らない。

 展開にこれだけの予備動作と時間が必要な一夏の特訓は中々に骨が折れそうだな――そんな事を考えているとスキャンセンサーの目標が二つになる。……どうやら、展開を終えたらしい。

 しかし意外だった。てっきり最も脅威度が高いのは織斑先生だと思っていた。世界最強と言われるぐらいなのだから、生身でISを相手に互角に渡り合いそうなものだろうに。先生も一応は人間――いや、女性と言うことなのだろう。

 

「今、何を考えていた?オブライエン」

 

「……いえ、特に何も」

 

 そして、女性特有の鋭い勘も非常に厄介だ。たまにセンサーかレーダーでも搭載しているんじゃないかと思ってしまう。

 

「……まぁいい。 飛べ」

 

 織斑先生の指示が出た為、一気にスラスターを点火。IS学園が一望できる高度まで上昇する。

 そこから学園の景色を眺めていると、続いて俺の隣で静止するオルコット。

 

「わたくし、スピードには自信がありましたのに。本当に速いのですね」

 

「そうか? だとしたら、それは俺じゃなくて技術陣のおかげさ」

 

 少し楽しそうに話しかけてくるオルコット。試合の日以降、オルコットの心境が一変したらしく最初は非常に戸惑った。

 試合翌日の朝。いつものように俺の席に来た為、また嫌味でも言ってくるのかと思えば……

 

『今までの非礼、お詫び申し上げますわ。…………申し訳ございませんでした。 

そ、その……よ、よろしければ今までの事は水に流して、一から人間関係を築いていただけると嬉しいのですが…………』

 

 ――謝られてしまった。

 その日からというもの、俺に対して積極的に話し掛けてくるようになった。一体、あの試合で何があったというのだろうか?

 

「ふふっ。そんなにご謙遜なさらなくてもよろしいのでは?」

 

 ……本当に、彼女に何があったというのだろうか?

 

「そういえば、ユーリさんは一夏さんの訓練に付き合っていると聞いたのですが、ホントなのですか?」

 

「まぁな。 あいつに訓練を頼まれたってのもあるが……なにより少し責任を感じてるしな」

 

「……なるほど」

 

 俺の言葉に考え込みだすオルコット。今の言葉で考え込むような箇所があっただろうか?

 俺は疑問に思った為、直接聞くことにした。

 

「どうかしたのか?オルコッ――――」

 

「セシリア」

 

「は?」

 

「わたくしの事は"セシリア"とお呼びくださいと、あの日言いましたわよね?」

 

「…………」

 

 ……そうだった。そう言えば、そんな事も言っていたはずだ。

 俺はつい先日、試合中に破壊してしまったブルー・ティアーズのレーザーライフルとビットの件を謝罪する為、学生寮のオルコットの部屋を訪れた時の事を思い出す。

 

 

 

 

コンッコンッコンッ

 

『はい、どちらさまでしょうか?』

 

『オブライエンですが、先日の試合の件でオルコットさんにお話が』

 

『!? ユ、ユーリさん!? しょ、少々お待ちを!』

 

 少々慌てた様子で受け答えるオルコット。扉の向こうで彼女の足音と気配が遠ざかっていくのがわかる。

 

 ……ん?……ユーリ、さん? 

 

 俺の記憶では、彼女は確かオブライエンと呼んでいたはずだ。……まぁあ、どっちで呼ぼうが変わりは無いか。

 それから数分ほど窓から外の景色を眺めながら扉が開くのを待つ。太陽はすでに沈みかけており、辺りは暗くなり始めていた。

 

ガチャ

 

『こ、こんにちは、ユーリさん。 そ、それで、お話とは一体何でしょうか?』

 

 オルコットを照らす夕日の所為だろうか、彼女の白い肌はやけに赤みがかって見える。

 

『先日の試合で、俺が破壊してしまったライフルとビットの件で謝罪に来ました』

 

 今にして思えば、あそこまで徹底的に破壊する必要性は無かったと思う。重ねて言えばオルコットは連戦だ。俺との戦闘が後に響かなかったとは断定できない。

 俺は、オルコットと一夏の試合の時に感じた彼女への違和感は、連戦による疲れからだと考えていた。

 

『謝罪……ですか?』

 

『はい。 恐らく、あの破損状況では修復は絶望的。織斑との試合で予備パーツを使用したものと思います』

 

『え、えぇ……まぁあ。 あれだけ壊されていると、ISの自己修復機能の限界を超えていますから……』

 

 ISの自己修復機能。

 破損した装甲及び兵装を自動で修復する便利な機能だが、それにも限界はある。もちろん、そういった時の為に予備パーツが準備されているが無論タダではない。

 既存する全ての兵器を旧式化させたISの装備は凄まじく高額だ。なおかつ、試作兵器なら量産は難しくコストも膨大。

 よって、この問題はオルコットだけでなくイギリス全体に関係してくる話だった。

 

『そのお詫びと言ってはなんですが。企業連と掛け合いまして、BFF社製の狙撃用FCS(火器統制装置)とインテリオル・ユニオン社製のハイレーザーライフルをオルコットさんに贈呈したいと考えているのですが』

 

 この二つとも、各専門分野の研究を行う企業の一級品だ。

 レイレナードから主に武器供給しているアメリカ合衆国ですら入手していない装備を企業連と掛け合って手に入れた。

 個人間の問題はこれでどうにかするとして、国家間の問題はヨハンに任せておけば問題無いだろう。

 

『!? BFF社製FCSに、インテリオルのハイレーザーライフル!?』

 

『? 何かご不満が?』

 

『い、いえ!』

 

 俺の言葉を必死に否定するオルコット。どうやら装備に不満は無いらしい。だが、まだ何か話したがっている様子だ。

 

『……ですが、それを頂けるよりもユーリさんにお願いしたい事があるのです……』

 

 少し俯きながら言い淀むオルコット。表情は伺えないが、妙にそわそわしている。

 一体何だろうか? この装備の受け取りを拒否するほどの要求。彼女の家庭事情を考慮するなら…………身内の暗殺?

 いくつか予想を立てる俺にオルコットは決心したように顔を向ける。

 

『その……これからは、わたくしの事は"セシリア"とお呼びしていただきたい事と、堅苦しい言葉遣いを止めていただきたいのです……』

 

『…………』

 

 ……は? 名前と、言葉遣い?

 オルコットのよくわからない要望に、俺は戸惑うしかない。

 しかし、言葉遣いを直してくれと言う要望は正直嬉しかった。……この言葉遣いは、はっきり言って非常に疲れる。

 

『そんな要望で良いのか?』

 

『ええ、わたくしはそれで満足ですから。 ……それに、ブルーティアーズの損傷はわたくしの不甲斐無さの所為。決して、ユーリさんに非はありませんわ』

 

『……そうか。それじゃあ、改めてよろしく。セシリア』

 

 

 

 

 ――――と、言った感じだったはず。

 ……言っている。確かに言っている。

 

「そ、そうだったな。 すまない、セシリア」

 

「わかっていただければよろしいのです。 ……それで、一夏さんの方はいかがしましょうか?」

 

「ん?」

 

 下方を指さしながら尋ねてくるセシリア。指摘された方向に視線を向ければ、不安定な飛行でこちらに向かってくる白式の姿が見える。

 スペックデータを遥かに下回る速度で飛行する百式に合わせる為、スラスターを吹かして並走する。

 

「大丈夫……な訳無いか。 何か問題でもあったのか?一夏」

 

「おお!ユーリ、丁度良い所に! これっ、どうやって飛行制御するんだ!?」

 

 左右に不安定に揺れながら飛行を続ける白式。大方、一夏のイメージが曖昧な為にIS側が上手く出力できていないのだろう。

 

「大体、自分の前方に角錐を展開するイメージって何だよ……。はっきり言って、まったくわからん」

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索するのが建設的でしてよ」

 

 確かにセシリアの言う通り、思い浮かべやすいイメージは人それぞれ異なる。それを誰かに押し付けられた物なら尚更だ。

 例えば、俺の場合は戦闘機の操縦桿をイメージし、それを操作することで飛行制御を行っている。

 

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

 言いながら、白式をあちこち見回す一夏。 まぁ、気持ちがわからないでもない。

 

「浮く原理について教えてやっても構わないが、長くなるぞ?」

 

「そうですわね。 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。説明はしてくれなくていい」

 

 すぐさま断られる。

 実際、この原理を理解したところで操縦技術が向上する訳でも無いので聞くだけ無駄だろう。

 

「その、一夏さん。よろしければ放課後に指導してさしあげますわ。……その時は、ユーリさんもご一緒に――」

 

「オブライエン、織斑、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

 

 セシリアの声を遮って機体内に響く織斑先生の声。

 

「了解です。では二人とも、お先に」

 

 そう言って地面に急降下していくセシリア。

 地表すれすれで停止する姿は、さすがは代表候補生といったところだ。

 

「うまいもんだなぁ」

 

「そうだな。停止誤差も許容範囲内……見事な着地だ」

 

 率直な感想を述べる一夏に返事をしながら、スラスターを起動する。

 

「じゃあ、俺も行くぞ」

 

 一夏の返事を待たずに急降下。目まぐるしく減少していく高度メーターを横目に飛行操作を行う。

 そして、目標高度に到達すると同時に体勢を反転。スラスターを逆噴射して停止する。

 

「ふむ。 さすがはアメリカ代表候補生。素晴らしい出来だ」

 

(目標誤差マイナス0.03――。 まぁまぁだな)

 

 織斑先生からお褒めの言葉を頂きながら、高度メーターで現在の高度を確認する。代表候補生としては十二分すぎるほどの精度だが、俺にとっては可も無く不可も無くと言ったところだ。

 さて、次は一夏の番だが……

 

ズドォォンッ!!

 

「…………」

 

 何となく予想はしていたが、まさか現実に起こるとは思わなかった。

 ゆっくりと後ろに振り返れば、グラウンドにできたクレーターの中央に突き刺さっている白式。完全にコントロールを失って墜落したことがわかる。

 

「馬鹿者。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 ISの姿勢制御で穴から抜け出す一夏。クラスメイト達の笑い声が周囲で聞こえる。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 腕を組んだ篠ノ之が、一夏を待ち構える様に立っている。

 

(教えたって……まさかあの擬音語だらけの説明の事を言っているのか?)

 

 俺は昨日ちらりと見た一夏達の訓練風景を思い出す。ぐっ、どん、ずかーんといった擬音が篠ノ之の口から飛び交っていたことだけはわかった。

 

『ああ見えて、一夏さんも苦労なされているのですね……』

 

『……そうだな』

 

 プライベートチャネルで話しかけてくるセシリアに同意する。恐らく、彼女も訓練風景を見た事があるのだろう。

 もしかして、先ほどセシリアが一夏の訓練に付き合うと言い出してくれたのも――それが関係してるのだろうか?

 

『ありがとう、セシリア。 訓練に付き合うなんて言い出してくれて』

 

『い、いえ、このぐらい代表候補生として当然ですわ。……その……ユーリさんが居ますし……』

 

 そう言ったセシリアの頬は徐々に赤く染まっていく。何故、一夏の訓練に俺の存在が関係してくるんだ?

 

『? よくわからないが、俺が訓練に付き合うのは週二日だけだぞ』

 

『え?…………たったの……週二日……だけ?』

 

 何だ?今度は見るからにセシリアの表情が暗くなっている。……何か不満な点でもあったのだろうか?

 さすがにこのままではマズイと感じ、俺は声を掛けようとする。

 

『セシリア、大丈夫か――』

 

「専用機持ち三人、武装を展開しろ。展開する武装は自由で構わん」

 

 織斑先生から武装展開の指示が出る。

 

(仕方ない。今は授業に集中しよう)

 

 そう判断した俺は、先日本社から届いた新武装の事を思い出す。

 

(そういえば企業連から新作のバトルライフルが届いていたな。 丁度良い、展開してみるか)

 

 右手に武装をイメージして展開。

 一瞬、爆発するように光った後、新武装が右手に握られていた。

 

(思っていたよりもデカいな……)

 

 右手に握られている新作バトルライフル。使用する弾頭がHEAT弾という事もあり、大口径である事は予想していたが……これでは最早ライフルではなくキャノンだ。

 取り敢えず、武器特性を理解する為に構えるとスキャンセンサーが自動で武装性能を解析する。

 

(……なるほど、悪くないな)

 

 構えてみた感想は、その大きさの割に非常に軽量に出来ており射撃戦の際の取り回しに問題は無いという事。破壊力の面でもHEAT弾を使用する事を考慮すれば十分に期待できるだろう。

 そして、欠点を上げるなら弾速の遅さと有効射程距離の短さが目につく。この点については、自分でカバーするしかなさそうだ。

 

「よし、三人とも展開が済んだな。 オブライエンは問題無いとして…………まず、織斑。遅すぎる。0.5秒で展開できるようにしろ。そして、次にオルコット。展開速度はさすが代表候補生といったところだ。――――だが、そのポーズはやめろ。真横に銃身を向けてどうするつもりだ?正面に武器を展開できるように直せ」

 

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために必要な――――」

 

「直せ。いいな」

 

「――、……はい」

 

 反論は許さない――と言外に言っている先生の物言いに黙ってしまうセシリア。

 可哀そうだが、確かに実戦的な展開方法とは言えない。直すに越した事はないだろう。

 

「オブライエン、オルコット、近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ。あっ、はいっ」

 

「わかりました」

 

 いきなり話を振られて反応が鈍るセシリアを横目に俺は近接武装をイメージする。

 

――何者をも断ち切る、蒼く輝く極光の刃――

 

 一瞬のイメージの後、手に握られていたのは『LB-66 ムーンライト』。

 現段階で企業連に存在するレーザーブレードの中で最高出力を誇る武装。鎌状に反ったレーザー発振器から発せられる蒼いレーザーは、圧倒的熱量で対象を溶斬する。

 俺が気に入っている武装の一つだ。

 

「くっ……」

 

 ふと聞こえてきた声。

 視線をそちらに向けると、未だ武装を展開できずにいるセシリアの姿が見える。

 

「まだか?」

 

「す、すぐです。――ああ、もうっ!《インターセプター》!」

 

 そう言ってヤケクソ気味に近接武装を展開する。

 手に握られているショートブレード。恐らく、あれが俺との試合で最後に展開しようとした武装なのだろう。

 

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうつもりか?」

 

「じ、実戦では接近の間合いに入らせません!ですから、問題ありませんわ!」

 

「ほう?オブライエンはもちろんの事、初心者の織斑にすら容易く懐を許したように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……」

 

 またしても押し黙ってしまうセシリア。織斑先生の言葉に言い返せずに恥ずかしそうに俯く姿を眺めていると、ふと視線が合う。

 直後、一方的にプライベート・チャネルの回線が開かれる。通話相手は――セシリアだった。

 

『ユ、ユーリさんのせいですわ!』

 

『……』

 

 ――何故?

 

『最後、ユーリさんが激しく攻め込んでくるから……』

 

 言った直後、急激に赤く染まっていくセシリアの顔。

 ダークミストを纏った俺の姿をちらっと見ては、途端にそわそわとしだす。何かを思い出してしまったのだろうか?

 

『と、とにかく、あなたが悪いんです! この責任は取っていただきますわ!』

 

 そして、一方的に切られるプライベート・チャネル。

 年頃の少女は気難しいとよく聞くが、どうやら本当なんだな。俺はしみじみとその事実を実感した。

 

「時間だな。今日の授業はここまで。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

「なぁ、ユーリ。俺達、友だ――――」

 

「断る」

 

 大体、何を言いたいかはわかっていた。

 すぐさま断ると、俺はさっさとグラウンドを後にした。

 

 

 

 

 

「というわけでっ! 織斑君クラス代表おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

 クラスメイト達の祝福の声と共に寮の食堂内に鳴り響くクラッカー音。俺の隣で紙テープを頭に乗せながら一夏は鎮痛な面持ちで座っている。

 食堂の壁を見れば、大きく『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙が貼られていた。

 

「……なんで俺がクラス代表になってるんだ……?」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 一夏の疑問に、すかさずセシリアが席から立ち上がって答える。いつも通りの腰に手を当てたポーズが相変わらず様になっていた。イギリスの名家出身のセシリアにここまで似合うポーズ。なら、同条件のリリウムにも似合うはずだ。 今度やってもらおう。

 

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えていれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから」

 

 一夏は何か言いたげな表情だが、結局は負けてしまった為に反論することができない。

 

「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして――――、一夏さんにクラス代表を譲ることにしましたわ」

 

 当の本人にとっては何ともありがた迷惑な話だろう。満足そうな表情のセシリアとは対照的に沈みゆく様子の一夏は続いて俺に質問を投げかけてくる。

 

「……それじゃあ、ユーリは?」

 

「ん? 俺か?」

 

 俺はテーブルに置かれたアイスコーヒーを一口含んだ後、いかにも真剣そうな表情で答える。

 

「勝者には敗者をどう扱うかを決める権利があるよな? ……つまりはそういう事だ」

 

「……はぁ……」

 

 面倒だからお前に押し付けた――――言外にそう言っている俺の言葉に一夏は溜息をつく。

 周りから聞こえる一夏就任を喜ぶ声と、それがプレッシャーとなって重く心に圧し掛かる一夏の様子を尻目にアイスコーヒーをまた口に含む。

 

(……はぁ、パーティーならせめて酒が飲みたい……)

 

 アイスコーヒーのほろ苦さを舌で味わいながら、ついそんな事を思ってしまう。

 日本の――――それもIS学園の生徒が飲酒をするのはマズイが、最近まったく飲めていない事もあり、どうにも恋しくなってくる。

 

(部屋には冷蔵庫が完備されている訳だし……今度、学園外に出た時にどこかで買っておくか)

 

 どう考えても校則違反だが、俺の中で酒と校則を天秤にかけた結果が――――酒だった。……大丈夫、バレなきゃ問題無いんだよ。

 そんな事を考えていると、クラスメイト達をかき分けながらこちらに近づいてくる女子の姿を見つける。

 

「はいはーい、新聞部でーす。今話題の新入生、ユーリ・オブライエン君と織斑一夏君に特別インタビューに来ました~!」

 

 そう言ってボイスレコーダーを持ちながら話してくる女子。

 二年生を示す黄色のリボンから先輩なのだろう。掛けているメガネから如何にも文系といった印象だ。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はい、これ名刺」

 

 手渡された名刺にはIS学園新聞部と書かれていた。

 ここIS学園も操縦者育成を目的にした学園とはいえ、一般の高校と同様に部活動は存在する。

 この新聞部も一般高校の新聞部と大差無い内容だが、IS学園となれば話は別だ。

 滅多に外部に情報が漏れる事が無いIS学園。学生にとっては何気ない情報でも、外部の人間にとっては貴重な情報となる。

 事実、IS学園の新聞部で発行された新聞を情報源とする新聞社もあると聞く。よって、下手な事は言わないのが得策だろう。

 

「それではオブライエン君!クラス代表決定戦の優勝者であるあなたから何かコメントを、どうぞ!」

 

 ボイスレコーダーが向けられる。どうやら考え事をしている間に一夏へのインタビューは終わっていたらしい。

 

「そうですね……」

 

 顎に手を当てながら少し考える。下手に揚げ足を取られるような発言をするのはマズイ。ここは模範的なコメントを言って適当に誤魔化してしまおう。

 

「先日行われたクラス代表決定戦。結果として自分が勝ちましたが、あの戦闘を通して二人から学ぶ事も多く非常に有意義な試合だったと感じています。次回行われるクラス対抗戦ではぜひとも織斑君には優勝していただきたいですね」

 

「なるほど~。さすがは代表候補生。良いコメント、ありがとね!」

 

 俺の言葉を一字一句間違えず手帳に書き込む先輩。だが、読者が喜ぶようにコメントがねつ造される可能性は高い。新聞が発行された時はしっかりチェックしておこう。

 

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

 

 ボイスレコーダーを向けられながらも言葉とは対照に満更でもない様子のセシリア。

 俺達のインタビューの際に席を外していた事から、化粧直しをしていた可能性が高い。そこまで気合い入れる意味があるだろうか?

 

「コホン。それではまず、わたくし、セシリア・オルコットの先日行われた試合を通しての感想と言いますと――――」

 

「ああ、長くなりそうだからいいや。写真だけちょうだい」

 

「さ、最後までお聞きなさい!」

 

「いいよ別に。適当にねつ造しておくから。……よし!オブライエン君と戦って惚れたってことにしよう!」

 

「なっ!? な、ななっ……!?」

 

 やっぱりねつ造する気だったんだな……。それに、敵に惚れるなんて聞いたことが無い。

 

「嘘は良くないですよ先輩。憶測で記事を書いて迷惑するのはセシリアなんですから」

 

「え、そうかなー? 的確な分析だと思うんだけど?」

 

「そ、そうですわ!一体、何をもって嘘だと仰っているのかしら!?」

 

 何故か、俺がセシリアに怒られた。いや……作り話で迷惑するのはお前なんだぞ?

 しかし、怒り心頭といった様子のセシリアの説教(?)は終わらない。

 

「だ、大体ユーリさんは――」

 

「はいはい、とりあえず三人とも並んでね。写真撮るから」

 

「えっ?」

 

 先輩の一言で、今までの態度が嘘だったかのように静かになる。……助かった。

 

「注目の専用機持ちだからね。あ。握手とかしてもらえるといいかもね」

 

「そ、そうですか……。 あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

 

「そりゃもちろん。 さぁ、並んで並んで」

 

 そう言うと、先輩は強引に俺達三人を一か所に寄せる。仕方なく俺は左手で一夏と握手を交わし、右手でセシリアの手を取ろうとするが――

 

「……」

 

 ふと、右腕に何かが密着する感触に違和感を覚えた為、視線をそちらに向ける。

 案の定、セシリアが俺の右腕に抱きついていた。

 

「……なぁ」

 

「? どうかされましたか?」

 

「どうして……俺の腕に抱きついているんだ?」

 

「……」

 

 一向に返事が返ってくる気配は無い。だが、返答の代わりに一層抱きしめる力が強くなる。

 そして、その光景を目の当たりにしたクラスメイト達によって食堂が一気に騒がしくなる。

 

「あ! セシリアがオブライエン君に抱きついてる!」

 

「ホントだ! セシリア、ズル~い!」

 

「ず、ズルくなどありませんわ! これは、特権……そう、専用機持ちとしての特権ですわ!」

 

 苦し紛れな言い訳をするセシリア。別に抱きつくのに専用機持ちは関係無いんじゃ……。

 

「……」

 

「? どうかしたのか、箒」

 

「何でもない」

 

 そして、そんな俺達の光景を遠目に見ながら一夏の空いている右腕を如何にも物欲しそうに見つめている篠ノ之。……お前もか。

 

「それじゃあ撮るよー」

 

パシャ

 

 デジカメのシャッターが切られる。

 

「ど、どうして、あなたたちまで入っていますのっ!」

 

 団結力というべきか。

 シャッターが切られる瞬間、凄まじく息の合った行動力によって一組メンバー全員が狭いデジカメの写真におさまる。

 

「まーまーまー」

 

「セシリアだけ良い思いするのはズルいでしょ~」

 

「クラスの思い出にもなっていいじゃん」

 

「ねー」

 

「う、ぐっ……」

 

 クラスメイト達の言葉に苦虫を噛み潰したような顔で押し黙ってしまうセシリア。腹いせとばかりに、より一層俺の腕を抱き締めてくる。……痛い。

 そうして、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は夜十時過ぎまで続いた。

 

ガチャ

 

 木製の扉独特の音と共に自室の床を踏む。

 現在、ようやく自室に戻ってきた俺はネクタイを緩めながら机に置かれたロールアップPCに触れる。

 

『ふむ……特に問題も無く、無事に学園生活を送っているようだな』

 

 画面の向こうでは、いつものように足を組みながら椅子に座るヨハンの姿が確認できる。

 若干疲れ気味の俺を見て、如何にも全てを察したような表情をしていた。

 

「まぁ、最近は色々と忙しかったがな」

 

『だろうな。 なんでも、クラス代表を決める試合で織斑一夏とイギリスの代表候補生を相手にしたと聞くじゃないか』

 

「リリウムが言ったのか?」

 

『君の護衛である以上、彼女にも報告の義務がある。……それで?二人を一方的に潰したのか?」

 

 "勝つ"では無く"潰す"と聞いてきている。

 同時に、その表情からは俺が負ける事は微塵も考えていないのがわかった。

 

「……一応は"試合"という形式の中、全力で戦ったまでの話だ。それ以上でも以下でもない」

 

『全力で、か。 まぁ、君が本気を出したら二人は生きていないだろうな』

 

「……」

 

 ――生きていない。

 絶対的な保護が約束されたISの戦い中で、その言葉が出てくるのは異常とも言えるだろう。

 だが同時に、その言葉が当たり前の世界で戦っていた俺達にとっては――――ひどく歪に思えた。

 

『……この話については終わりにして、本来の要件に移ろう』

 

 本来の要件?

 

「何かあったのか?」

 

 俺の言葉にヨハンは首を縦に振る。

 

『先日、『例の組織』――――"亡国機業"の諜報員としてマークしていた人物がロシアのウラジオストク軍港付近で惨殺された遺体で発見された』

 

 その報告に俺は眉を潜める。

 まさか、あの組織に関する情報がこんな結果になるとは思ってもいなかった。

 

『拷問か、単なる趣味によるものかは検討が付かないが、なんでも四肢を切断されていたらしい。切断面は綺麗に焼切られており血は一滴も流れていない、との事だ』

 

 亡国機業とはいえ、戦闘員では無く諜報員なら容易に殺害は可能だろう。

 焼切られていた――――となると、熱量兵器による可能性が高い。それも、血を一瞬で蒸発させる程の熱量で。

 そして、大量出血に陥らない利点を活用して、対象が徐々に息絶える様を楽しむ残忍性も持ち合わせていると考えられる。

 

「どこが殺った? 場所的にGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の可能性が高いが、CIA(アメリカ合衆国中央情報局)の線も捨てきれない。 MI6(イギリス情報局秘密情報部)も怪しいが……もしかして、DGSE(フランス対外治安総局)か?」

 

『そう言った特務機関の可能性は薄い。 独自に入手した情報によれば、『ゾディアック』と呼ばれる組織の犯行らしい』

 

「ゾディアック?」

 

 聞いたことも無い名前だ。

 黄道十二宮?それとも、有名な連続殺人事件の事か?

 

『……なんでも、君がこの世界に来た時以降、初めて活動が確認された組織との事だ』

 

「!?」

 

『恐らく、『奴ら』と何等かの関連性があると見て良いだろう』

 

 ……。

 

『万が一にも、君が負ける事は無いだろうが……気を付けろ。 君は『奴ら』のキルリストのトップに指定されているのだからな』

 

 そうして切られる通信回線。ロールアップPCを無造作に置くと、椅子に深くもたれ掛る。

 額に腕をのせながら天上を見上げる。

 

 俺はこの世界で始まろうとしている新たな戦いを――――改めて実感した。

 




まぁ、こんなもんか。

次回は、みんな大好き酢豚さんの登場です。お楽しみに。
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