レイ・アルメリアのこぼれ話   作:長月エイ

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伶の叔父、悟の話です。


豚のしっぽ

「ルビウス・ハグリッド! 何つうことをしでかしてくれたんだっ!? おかげで俺は大迷惑だ!」

 

ホグワーツの森番ハグリッドの小屋で、男の雄叫びが響いた。

あまりの大声のせいで、小屋がビリリビリリと震えている。

 

声の正体は吼えメール。

ハグリッドは巨大な体を縮めて耳を塞いでいた。

 

その様子をホッホッホと涼しい顔で眺めているのは、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアだ。

「ハグリッド、悪いが自業自得じゃのう。むしろサトルには、感謝せねばなるまいて」

 

話は前日にさかのぼる。

 

ロンドン、キングズクロス駅にほど近い病院の診察室の机で、若い日本人の男性医師が処方箋(しょほうせん)を書いていた。

短く刈り込んだ黒髪、切れ長の黒い瞳は鋭い印象を与える。

彼は如月悟(きさらぎ さとる)。

週1回、この病院で診察を行う非常勤医師である。

 

やがて処方箋を書き上げた彼は、待機していたナースに、処方箋を手渡して完璧な発音の英語で言った。

「次の患者さんを呼んでください」

 

診察室に入ってきたのは、10歳ぐらいの少年とその両親。

赤ら顔のでっぷりとした父親と、逆に鶴のように痩せた母親。

そして、少年は父親同様に丸々と太っており、まるで子豚のようだ。

それどころか、彼の尻には立派な「豚のしっぽ」が生えていた。

 

豚のしっぽ!?

 

一瞬、悟は固まった。

控えていたナースもハッと息を飲む。

 

通常の日常生活において、尻に豚のしっぽが生えることなど有り得ない。

いやむしろ、あってはならない。

 

これは「呪い」なのか?

いや、この少年はどう見ても「マグル」のはずだが……。

そう思った悟はカルテに目を落とした。

 

患者はダドリー・ダーズリー、11歳。

 

ダーズリー?

どこかで聞いたような苗字だと、悟は思った。

それに何となく、少年の母親の顔に覚えがある。

 

「…………どうされたんでしょうか?」

気を取り直して、悟は医者らしく尋ねた。

 

「見てわかりませんか!? この子の尻をご覧なさい! この忌々しいしっぽをどうにかして欲しいんです!」

赤ら顔の父親が吠える。

 

「いえ、お伺いしたいのは、お子さんに一体何故『豚のしっぽ』が生えてしまったかなのですが……」

「若いくせに生意気な医者だ! つべこべ言わず、ダドリーがスメルスティング校に行く前に、この忌々しいしっぽをどうにかしろ!」

 

父親の威圧的な口調に悟はムッとして、ピシャリと言う。

「しっぽが生えた原因がわからないと、処置のしようがありません!」

 

ダドリーと母親は不安そうに顔を見合わせる。

父親の方は悟をにらみつけたが、悟は逆に挑むように彼の目をしっかり見た。

 

一家はしぶしぶ事のなりゆきを語った。

話を要約すればこうだ。

 

ある日突然、黒く長いボサボサの髪と髭の巨大な男が現れ、ピンク色のボロ傘を振り回し、ダドリーの尻にしっぽを生やしたとのこと。

 

「先生? ダドちゃんは、息子は……?」

母親が不安そうに悟を見た。

 

ここで悟はようやく思い出した。

ダドリー少年の母親の名はペチュニアだ。

悟の死んだ姉の親友、リリー・ポッターの姉だったか妹だったか。

今日ホグワーツに入学するハリー・ポッターの母方のおばである。

両親を亡くしたハリー・ポッターは、彼女の元で育てられていると聞いている。

ということは、この少年はハリーのいとこなのか。

 

そして悟は、ダドリーに豚のしっぽをくっつけた男にも思い当たる節があった。

前にパブ「漏れ鍋」で会った時、彼は「俺はハリーを迎えに行くんだ」と自慢げに悟に話していた。

黒い大きな目をキラキラさせながら。

 

事情を察した悟は日本語で低く唸(うな)った。

「《あのウドの大木っ!》」

 

そして悟は大きくため息をつくと、ナースに麻酔薬と手術道具を取りにいくように指示する。

ナースはパタパタと診察室を出て行った。

その姿を見送ってから、悟は立ち上がってドアへ行き、鍵をかけた。

 

そして懐から杖を取り出すと、部屋に防音呪文をしっかりかけた。

父親が悟の杖を見て怒鳴る。

「き、貴様っ!! 一体何をするつもりだ!?」

 

構わず悟はダドリーに杖を向ける。

「じっとしてくれ。すぐにそのしっぽを取り除く」

 

ペチュニアはダドリーをきつく抱き寄せて、ガタガタ震えていた。

 

「魔法で生えたしっぽだから、魔法で取り除く。心配ない。任せて」

悟は一歩ダドリーに近づいた。

 

するとペチュニアが金切り声を上げた。

「バーノン、彼の木の棒を取り上げて!」

 

するとバーノンと呼ばれた父親は、その身に似合わぬ素早さで悟に猛烈に突進してきた。

悟は思わずつぶやく。

「《うわっ、まるでイノシシじゃねぇか!!》」

学生時代にクィディッチで鍛えた反射神経で、悟はタックルを間一髪かわした。

 

しかし今度はバーノンは、悟の襟首につかみかかってきた。

「離してください!」

「黙れ、このインチキ医者め!」

「心外ですね。言っておきますが、私はちゃんとマグルの医師免許を持っています!」

「うるさい! 息子に手を出すな!」

「手を離してください! まったく、私は助けようとしているのにっ!!」

 

悟はどうにかバーノンを振りほどき、白衣の襟を正した。

 

こうなっては、少々強引ではあるが、背に腹はかえられない。

悟は杖を振り上げて叫ぶ。

「Stupefy!」

 

ダドリーとその両親は、3人そろって失神術にかかり、床にのびた。

 

悟はすかさずダドリーの尻へ杖を向け、豚のしっぽを消す。

 

そしてため息をついてから「Enervate!」と唱え、3人の目を覚まさせた。

3人はいっせいに目をパチクリさせる。

 

最初に我に返ったバーノンが、慌てて立ち上がって叫ぶ。

「貴様っ! 今、何をした!?」

「息子さんのしっぽを取りました」

悟はやれやれといったふうに言った。

 

ダドリーは自分の尻に手をやってから、「しっぽ、ない」と言って、不思議そうに悟を見た。

 

「それでは、どうぞお帰りいただいて結構です」

悟は杖を振ってドアを開けると、ダドリー一家はそそくさと出て行った。

 

しばらくして、ナースが手術道具を抱えて戻ってきた。

「ドクター・キサラギ、お待たせしました」

悟はすまなそうにナースに言う。

「すみません。必要なくなりました。Obliviate!」

悟の忘却術を受け、ナースはトロんとした表情を浮かべた。

 

その後、悟は病院中をまわり、目撃者に片っ端から忘却術をかけまくった。

おかげで、どうにか「豚のしっぽを生やした少年」が来院したことは、騒ぎにならずに済んだ。

 

もっとも悟の怒りは収まらなかった。

そして、この事態を引き起こした元凶であるルビウス・ハグリッドに吼えメールが送られたのだった。


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