俊哉の噂が広まるのに時間は掛からなかった。
それには新聞記者の射命丸文が起因していた。取材を終えた文は自宅へ戻って素早く発行、そして鴉天狗の代名詞とも呼べる疾風の如き速さで幻想郷中を飛び回り各地に配ったのだ。
配り終えた文は再び博霊神社へと足を運んでいた。
「いや~なんとか無事に終わりましたよ。これは宴会の時が楽しみですね」
「おい、この新聞内容がかなり盛られているんだが。それに嘘も多い気がするし」
「文の新聞はいつもそんな感じだぜ、けど掃除道具としては役に立つんだよな。特に窓拭きに「ひどくありません!?」私だけじゃなくて咲夜もそうしてるって前に言ってたぜ」
自分の新聞の使われようにショックを隠せない文、内容には絶対の自信があるはずなのだが。落胆しているがこれ以上に文にとって恐ろしい出来事が起こってしまう。
突如縁側から感じられた殺気、俊哉と霊夢とマリオはいち早く気づいた。殺気はすれど姿は見当たらない、勘違いとも考えたがとてもそうは思えない。
「全く、いい加減出てきなさい萃香。あんたでしょ、この殺気を放ってるのは」
「いや~ 流石は霊夢だね。結構気配消したつもりだったんだけどやっぱりバレるか」
辺りから霧のような物が一点に集められていく。霧は徐々に密度を高めていきあっという間に人の形となった。
薄い茶色のロングヘアーをした少女、頭の左右から生えた二本の角はまさに鬼の象徴。戦い大好きお酒大好き『小さな百鬼夜行』こと息吹萃香がそこにいた。
「うっ、萃香さん。いらしてたんで?」
「まあね、久しぶりじゃないか文。それより新聞を読んだよ、随分と強い男が来てるそうじゃないか。そんなに強い相手なら是非とも拳を交えたくてね」
やる気満々に拳を付き出す萃香。強い相手と戦いたくなるのはやはり鬼の性か。だが一方で俊哉はあまり乗り気ではなさそうだ、萃香の決闘の誘いにも「断る」と一言。それでも萃香も引かなかった。
「まあいい、なら宴会でするのはどうだ?流石に今やる気にはなれない」
「う~ん...よし、良いだろう。確かに宴会の時ならギャラリーもいるしより燃えるってもんだ。俊哉、その約束忘れるなよ」
面倒だから後にしようと思って宴会の時と言った。でも今になってそれは失言だったと思う。宴会の時となれば今以上に大人数になるだろう、もしかしたら萃香のように力比べをしろと絡んでくる奴が現れるかもしれない。
「あんた達、話してないで宴会するなら手伝いなさいよ。文の新聞なら大勢来る事になるだろうから今から準備しなきゃ間に合わないわよ。それに参加するならあんたも手伝いなさいよ萃香」
「あ、私は用事が「宴会中止するわよ」なんなりとお申し付け下さい霊夢さん!」
先程とはまるで別人のように変わった萃香。よほど宴会を中止してほしくないのだろうか、それともいくら鬼とはいえど霊夢には敵わない部分があるのだろうか。俊哉は見ていてそう感じていた。
「それにしても面倒な事になったな。こんな事なら異空間の移動なんてしなきゃよかったよ」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながらも俊哉もまた宴会の準備の為に台所へと向かった。
博麗神社は騒がしかった。
鴉天狗の新聞を読んだ者達(主に妖怪)がそれぞれ酒を持って集まり既に賑わいを見せていた。宴会目的で参加したものがほとんどだが中には俊哉の強さを聞きつけてやって来た者も少なくない。
「あーゴホンゴホン、みんな静かにしてくれ。今回集まってもらったのはもう知ってると思うが新しい仲間が増えたんだぜ。じゃあ挨拶頼むぜ俊哉」
「えー、加藤俊哉です。自分の世界に帰れるまでここにいるつもりです。まあよろしくお願いします」
「まあこんな感じで素っ気ない奴だが料理と戦闘の腕は桁違いだぜ」
思っていたよりも俊哉の丁寧な口調に一瞬戸惑いを見せた。だがすぐに「おおーっ」と歓声が響き渡る。みんなの脳内には『とんでもない暴君』というイメージが出来ていた為にその違いについ唖然としてしまったのだ。主に天狗の新聞が原因だが。
俊哉の作った宴会用の料理は好評だった。幻想郷では手に入らない食材を使用して作られた料理は始めこそは戸惑いつつも一口食べてみれば絶賛の嵐。「是非私ので作ってほしい」だったり「レシピを教えてほしい」などの声もちらほら。
「やっぱり俊哉は凄いよな、料理も出来るしそれに強い。マリオも見習ったらどうだぜ?」
「余計なお世話だ。料理ならまだしも、強さならアイツはもう次元が違うだろ」
「ハハッ確かにな」
俊哉の事を話しながら酒を飲み交わす魔理沙とマリオ。二人とも一戦交えた時に俊哉の強さは嫌というほど理解できていた。和解して味方になってくれた事は本当に頼もしい限りだ。
「俊哉~、さっきの約束はちゃんと守ってくれるよな~」
「分かった、やりゃーいいんだろ」
「ついにやるか。へへっ、今回の宴会のメインイベントが来たぜ」
俊哉と萃香を追うように魔理沙を始めとする宴会の参加者達が外へと向かい始める。あの異変解決組を退けた男と鬼との一騎討ちだ、これを見逃してたまるかと続々と動き出した。
外では二人を囲むようにギャラリーが集まっていた。囲むといっても輪を作るのではなくてあくまで周囲から散り散りに見ているだけ。それはこの二人の戦闘だ、近すぎれば当然巻き添えを喰らう。
「じゃあこの石が地面に落ちたら開始だ。ちなみにルールだが先に降参するか意識を失ったら負け。それでいいか?」
「ああいいさ。さあ、早く投げなよ。暴れたくてウズウズしてるんだ」
俊哉は手に持っていた石ころを上空へと投げる。空はすっかり暗くなっており投げた石ころが目視出来ないほど。でもその場にいた一部の者は確かに感じた。石ころが石畳の地面に落ちて響き渡った音を。
その一瞬だった。
ダンッと地を蹴った萃香は目にも止まらぬ速さで俊哉に殴りかかる。でもその瞬間腹に痛みが走った、俊哉の拳が腹にめり込んでいたのだ。勿論自分の攻撃は当たってない。
「遅い...ん?」
目の前から萃香が消えた、いや散ったのだ。博麗神社に現れた時と同じように「密と疎を操る程度の能力」を使って。簡単に言えば密度を自由自在に操る事が出来る、だから霧のように散る事も可能なのだ。
俊哉から距離を置いて再び元の姿に戻った萃香。でも最初にもらった一撃はいくら霧になって衝撃を逃がしたとはいえ想像以上に重く腹を押さえている。
「くっ、思ったよりもやるじゃないか俊哉。これはますますお前の本気が見たくなったよ」
「ふーん、じゃあこれはどうだ?」
俊哉の全身を気が満たしていく、それは霊夢達が対峙した時よりも強い気配。萃香に一滴の嫌な汗が出てくる。目の前の相手は到底手におえる相手ではないことを本能で感じていた。だが一方でこの窮地だからこそ沸き上がってくるものもある。これ程の相手と手合わせ出来るという喜びだ、それもまた萃香の鬼としての本能だ。
「ぐっ...いいねぇ、そうこなくちゃね。相手が強いほど燃え上がるってもんだよ」
両者は再び拳と拳を交えた。
「三割も神力を出したってのによく気を失わなかったな」
「山の四天王ともあろう者がそう簡単にくたばったら恥だからね」
「そりゃ凄いな」
萃香の打ち出した拳を俊哉もまた拳で応戦。鈍い音と共に周囲に広がるはその衝撃。もはや生き物の出す音とは思えない。だが俊哉の表情は少しばかり苦痛の色を見せていた。いくら三割しか力を出してないとはいえ鬼の攻撃を真っ向から迎え撃っているのだ。腕に負担が掛かるのは仕方ない。
「思っていたより強いな」
「そう言ってもらえるとは光栄だな、俊哉はもっと本気出さないのかい?今まだ少ししか出してないんだろ」
「...バレてたか」
それならばと俊哉は真正面から突っ込んでくる萃香に合わせて手をかざす。拳が直撃するまさにその瞬間だった、萃香は拳の感触に違和感を感じだ。これは人の身体ではない、どちらかと言えば岩のようだ。
目の前にあったのは俊哉ではなくて壁、萃香が殴ったのは俊哉の造り出した防御壁。それも只の土壁ではない。その遥か何倍もの硬度がある。
「こいつはどうだ、「大陸の壁」」
「鬱陶しいことしてくれるね」
しかし防御壁にひびが入ったかと思えばたちまち崩れ落ちる、萃香の攻撃力が俊哉の防御力を上回ったのだ。これには俊哉も驚きを隠せない。まさか神力を練り込んだ壁を破壊されるとは思わなかったからだ。でも俊哉もこれで終わりではない、砕けた壁の欠片に念を込めて弾幕のように放つ。元々神力の練り込まれた欠片だ、自在に操るなど造作もない。
「く、「土の刃」」
だがこれもまた粉砕される、萃香の拳と彼女の能力を応用して生成された弾幕によって。
萃香が再び真っ向から挑んでくる、その目にはどんな物でも打ち砕くという強い意思が感じられる。その覚悟を感じたからこそ俊哉もまた肉弾戦で迎え撃つ。そこから始まったのは激しい攻防戦。互いの拳が、脚が、弾幕が衝突する度に辺りには衝撃が伝わってくる。
「それにしても萃香ってあんなに強かったんだな。あの俊哉と対等に渡り合ってるぜ」
「ああ、流石は幻想郷の鬼ってところだな。でも...」
「そうよ、俊哉はかなり手を抜いてるわ。それにもうすぐ決着は付くわよ」
「え、どうして分かるの?」
「二人をよく見てみなさい。萃香はかなり呼吸が乱れている、でも俊哉は全く乱れてない」
「流石霊夢だぜ、よく気づいたな」
「まぁ偶然なんだけどね」
「おっ、決着がついたみたいだぜ」
それは一際大きな爆音が知らせてくれた。勝者は俊哉、萃香は仰向けに倒れていた。でも意識はしっかりしておりその顔には笑みが見てとれる、もう満足したと言ったところか。
ギャラリー者達が盛り上がってる中で霊夢は再び料理へと手を伸ばす。俊哉の料理が余程気に入ったのかそれともただ飯の為なのか。
「やっぱり霊夢は戦いよりも飯か」
「まあそれが霊夢だぜ。それより二人ともお疲れ、見ていてワクワクしたぜ」
「いや~流石霊夢達をもろともしないだけの事はあったよ。本当に強かった」
「面倒だからもう戦いたくないんだが...」
「俊哉さん、初の宴会での決闘はどうでしたか?是非ともご感想を!」
「どうも思わない」
「そんな事言わずに、本当は楽しかった「おい、文」は、はいっ」
声をかけたのは萃香。文の襟首を掴むとそのままズルズルを引きずっていく。目的は酒を飲むことだろう、立場実力共に敵わない文には成すすべがない。その後文の断末魔が聞こえたのは言うまでもない。
やっと静かになったと俊哉は酒を口にする。隣には魔理沙とマリオ、それにルイージもいる。出来ればこのまま何事もなく終わってほしい、そう思っていた。
「貴方が加藤俊哉ね、今の戦い見ていたわ。中々見事な物だったわよ」
その瞬間、賑わっていた宴会の場が凍りついた。隣にいた三人も動きが止まっている。それもそのはず、俊哉の背後から得体の知れない気配がする、とてつもなく強力な妖力の気配が。
「初めまして、私は風見幽香。貴方の戦闘に興味が湧いたわ、是非一戦やりましょう」
笑顔で声をかけてきたのは癖のある緑の髪に深紅の瞳を持った女性。みんなが恐れる『四季のフラワーマスター』こと風見幽香だった。