デート・ア・ライブ 士道デイリーライフ   作:サイエンティスト

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 「エンジョイ」=「~を楽しむ、満喫する」
  今回は美九のお話。もっと原作の雰囲気が出せないか色々試行錯誤してみましたが、逆にクオリティが下がったような気が……。
 今回はちょっと見せ場が少ないかもしれません。過度な期待はしない方が良いと思います。後半で挽回できるかな……。




美九エンジョイ

『だーりんへ

今度のお休みの日に私とデートしませんか?

この前、七罪さんとのデートのお手伝いをしましたし、ご褒美に美九ともデートをして下さい!

だーりんの行きたい場所ならどこへでも行きますけど、美九は遊園地に行きたいです。

前に遊園地でデートをした時は、ファンの人たちに追いかけられてだーりんはあんまり楽しそうじゃありませんでしたから。

でもあの日はだーりんがお姫様抱っこをしてくれましたから、美九はとっても楽しかったです。

だから今度はだーりんにも楽しんで貰いたいんです。一緒に遊園地で遊んで、いっぱい楽しみましょうね、だーりん♪』

 

ある日の夜、士道がリビングのソファーでまったりしていると、携帯にメールが送られてきた。差出人は美九。顔文字などを取り払って美九語に直すと大体こんな感じだ。ちなみにメールには洋服屋で撮ったと思しき七罪の写真が何枚か添付されていた。色々な服装で生気を失った顔をしている辺り、本人には見せないのが優しさというものだろう。

確かにあの時は逃げ回るのに必死で、楽しんだ記憶はほとんどない。それに七罪とのデートを手伝って貰ったのは事実なので、デートくらいなら構わない。ただしそれは少しばかり難しい相談だった。

美九は仮にも今をときめく大人気アイドルだ。男とデートなどスキャンダルになってもおかしくない。美九本人はあまり気にしないようだが、士道としてはそうもいかない。

それでもデートに行かなければならないのなら、何らかの対策を講じる必要があった。とはいえ方法はすでに一つ思い浮かんでいる。士道が考えているのはそれ以外の方法だ。

 

「さっきから何難しい顔して唸ってるのよ、士道。うーうーうーうー、うるさいんだけど」

 

不機嫌さの滲む声に振り向いてみれば、背もたれの後ろから乗り出すように琴里が覗き込んできていた。当然リボンは黒で、口には好物の棒つきキャンディを咥えている。

 

「ふーん、美九からのデートの誘いねえ……行けば良いじゃない」

 

「いや、行くかどうかで悩んでるわけじゃねえよ」

 

「じゃあそのアザミウマタマゴバチなみにちっぽけな脳みそで何を悩んでるのよ」

 

 相変わらず酷い言い草だ。まあ今に始まったことではないので、特に言うことはない。そんなことよりも目先の問題だ。

 

「美九はアイドルなんだし、男とデートなんてヤバいだろ」

 

「そうね」

 

「だからデートするなら何か対策を考えないといけないんだが……」

 

「考える必要なんてないでしょ? 士織ちゃん」

 

「それ以外の方法を考えてるんだよ!」

 

ニヤリと笑う琴里に、士道は悲鳴に近い叫びを返した。

もちろん士織ちゃんとしてデートに向かえば、問題は解決する。男とデートではなく、女友達と遊びにきているように見えることだろう。美九の場合それはそれで危ない気もするが、男と出歩くよりは幾分マシな筈だ。

しかしそのためには女装する必要がある。できればそれは最後の手段にしたかった。色々と黒い歴史を持っている士道にも、好き好んで女装をする趣味はない。

 

「あら、そう。で、何か思いついた?」

 

「それは、その……美九に変装させるとか……」

 

とりあえず思いついたことを口にしてみるが、琴里に鼻で笑われる。

 

「じゃあその変装がバレた時はどうするのかしら? お忍びでデートしてると思われて、状況はもっと悪くなるでしょうね。安全策として士織ちゃんになるのが一番だと思うけど?」

 

確かにそれはマズイ。琴里の言う通り、一番の対策は美九に変装させた上で士道が女装することだ。

それは分かっている。分かっているのだが、女装は避けたい。

 

「まあ、あなたの好きにしなさい。ただし美九のファンにす巻きにされて海に放り込まれても知らないわよ」

 

「ぐうっ……」

 

 流石に海に沈められても生きていられるかは自信がない。だからといって試す気にもならない。

 それに他の方法が思い浮かばないのも事実。やはり女装以外に方法は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

休日の昼近く、士道――もとい士織は遊園地へと向かっていた。足取りは泥がまとわりついたかのように重く、気分も相当沈んでいる。表情にまでそれが表れているのか、道行く男たちに視線を注がれていた。心配してくれているだけで、見とれているのではないと思いたい。というか見とれられても困る。

 

『何大きなため息ついてるのよ、士道。これからあの大人気アイドル、誘宵美九とデートなんだから、少しは喜んだらどう?』

 

「琴里……お前、分かってて言ってるだろ?」

 

右耳のインカムから聞こえたからかう声に立ち止まり、士道は精一杯不機嫌さを込めて答える。しかしその声にはあまり迫力がなかった。<ラタトスク>謹製の変声機で、多少ハスキーだが声もばっちり女の子だからだ。泣きたい。

 

『さあ? 何のことかしらねー』

 

おどけたような口調の琴里。今にも笑い声が聞こえてきそうだ。

もういっそ開き直れば楽になるのかもしれないが、流石にそれは嫌だった。そんなことをしたらもう元に戻れなくなる気がする。

結局できることは何もなく、もう一度深いため息をついて歩き出す。こうなったら一刻も早くデートを終わらせるしかない。士道は待ち合わせ場所である遊園地の前へと、足早に向かった。

 

『そういえば今回はどうして私達にサポートを頼んだわけ? 美九は比較的精神状態が安定してるから、あなた一人でも十分なはずだけど』

 

「それは、まあ……念のためというか、前みたいにならないようにというか……」

 

 以前『よしのん』の事件の折には、<ラタトスク>のサポートがなかったために悲惨な目に合いかけた。もう二度と同じ間違いを犯す気はない。少なくとも美九や折紙相手なら是が非でもサポートが欲しかった。

 

『ああ、そういうことね……』

 

 濁した答えでも琴里は理由を察してくれたらしい。少し同情を孕んだ声で頷くと、それ以上何も追求してこなかった。

しばらくしてたどり着いた待ち合わせ場所は、休日のせいか多くの人々で溢れていた。家族連れ、カップル、待ち合わせをしていると思われる人々。それらの人混みから少し離れたところに、美九が立っていた。多少ましになったとはいえ男嫌いの美九にとって、男女が入り乱れているあの人混みは苦手だったのだろう。

士道は待ち合わせをしていたから美九だと分かったが、傍目から見るとそうだとは思えない姿をしていた。休日なのに制服を着込み、薄い紺色の髪は三編みにしてお下げにしている。この時点で普段とはだいぶ印象が異なるものの、顔には丸メガネまでかけている。一昔前の文学少女といった地味な装いだ。これが大人気アイドル、誘宵美九だと言われてもちょっとピンと来ない。まあ士道も人のことは言えない格好なのだが。

 

「……待たせたな、美九」

 

「はっ! そ、その声は……」

 

 横から声をかけると、美九は長いお下げを跳ねさせるように飛び上がった。そうして期待に満ちた呟きをもらし、緩慢な動作で振り向いてくる。

瞳に士道を写した途端、顔に広がっていた期待は喜びへと変わった。まあこうなることは最初から分かっていた。

 

「士織さん! 士織さんじゃないですか! 驚きです! だーりんとデートの約束をしたら士織さんが来てくれました!」

 

「ははっ、美九が嬉しそうで何よりだよ……」

 

 喜びにきらきらと輝く瞳で、美九は士道の姿を上から下まで眺めてくる。

 今回の士織ちゃんは制服ではない。適当に選んだ私服だ。襟のあるブラウスの上にセーターを着込んでいる。ブラウスは水色で、襟元を飾るのは可愛らしい赤のリボン。薄く桃色がかったセーターは無地ではなく、前面と肩から袖までの三箇所に、重ねたハートのような刺繍がある。そして下はズボンではなく、ブラウスよりやや濃い色のプリーツスカート。

 制服の時は仕方ないが今回は私服なので、士道は当初ズボンを選んだ。だが無慈悲にも琴里は許可を出してくれず、泣く泣く今回もスカートを穿いている。まあスカートは膝の辺りまで長さがあるし、短パンも穿いているので制服の時よりは幾分マシだった。あくまでマシなだけだが。

 

「士織さん、とっても可愛いです! 制服も堪りませんけど、私服の士織さんも良い感じです!」

 

「ああ、うん……ありがとな……」

 

 私服でも可愛らしいと言われると、女装が板についてきたように思えて無性に悲しくなってきた。誉められてるのに涙が出ちゃう。

 

『何で美九に誉められてるのよ。あなたが美九を誉める側でしょうが。ああ、士織ちゃんなら仕方ないわね』

 

「そ、それよりその格好、なかなか似合ってるな美九。普段と違って良い感じだぞ」

 

「えー、 それって普段の美九は駄目ってことですかー? 士織さんったら酷いですぅ。しくしく……」

 

「わ、悪い……そういう意味で言ったんじゃ……」

 

両手で顔を覆って肩を震わせる美九。どうやら言い方を間違えてしまったようだ。謝ろうとした士道だが、美九はすぐに顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、分かってますよー。士織さんは可愛いですから、ついいじめたくなっちゃうんですよねー」

 

「いじめるのは構わないから可愛いとか言わないでくれ……それよりも美九、お前目が悪いのか? その眼鏡レンズ入ってるみたいだけど」

 

「あ、これは伊達眼鏡ですよー。レンズは入ってますけど、そういうレンズじゃありません。士織さんもかけてみますかー?」

 

外して差し出してきた眼鏡を受け取り、士道もかけてみた。視界が歪むかと思いきや、特に何も変わらない。薄いガラス窓を通して見るよりも鮮明だ。

 

「お、本当だ。見え方は変わらないな」

 

「わー、士織さんとっても似合いますねー。すごく知的な感じがします」

 

「そ、そうか?」

 

そういう類の誉め言葉なら嬉しい。士道は素直に喜んでおいた。

 

「はいー、ちょっと気弱な学級委員長の女の子みたいな感じで」

 

そしてがっくりと肩を落とした。どうあっても女の子から離れられない。やるせなさにため息をついて、眼鏡を美九に返す。

 もう気にするだけ無駄に思えてきたので、士道は気を取り直してデートを始めることにした。

 

「じゃあそろそろ行くか。人も増えてきたみたいだしな」

 

「そうですねー。行きましょうか士織さん♪」

 

「お、おい!」

 

言うが早いか、美九が腕に抱きついてくる。そんなことをすれば当然体が密着して、美九の発育の良い胸に二の腕が包み込まれる。腕に伝わるふんわりとした柔らかさは、女装による無気力さを幾分和らげてくれた。

 

「お、おい美九。当たってるから、その……もう少し離れような?」

 

 とはいえ歓迎して良いような感覚ではない。丁重にお願いする士道だったが、美九は笑みを広げて余計に強く抱きしめてくる。

 

「ふふっ、恥ずかしがることないですよー? 女の子同士なんですからー」

 

「いや違うだろ! 俺は女装してるだけだから!」

 

「でも皆さんはそう思ってないみたいですよー?」

 

見れば周囲の男共に怪しげな視線を向けられている。嫉妬や怒りといった類いのものではないが、残念ながら心地よい類いのものでもない。はっきり言ってちょっと気持ち悪い。

 

「何でこんな目で見られてるんだよ、俺たちは……」

 

「きっと皆さんもそういった趣味があるんですよー? 士織さんも目覚めてみませんかー?」

 

「断る! 俺は普通でいたい!」

 

『女装してる時点でアブノーマルだってことに気付きなさいよ。いい加減』

 

男共のまとわりつくような視線も、琴里の指摘も、士道は何もかも無視して遊園地へと足を進めた。もちろん美九に腕を抱え込まれたまま。

幸運なことにカップルやら女の子の集団が目立つ遊園地の中では、あまりそういう視線は向けられなかった。皆の興味がアトラクションに向いているせいかもしれない。

 

「さ、士織さん。最初は何に乗りましょうかぁ?」

 

「そうだな……まずはジェットコースターにでも乗ろうぜ。あ、美九は乗り物酔いとか大丈夫か?」

 

 乗り物酔いが激しい体質だと、ジェットコースターに乗るなど自殺行為でしかない。念のため尋ねておくと、美九は笑顔で頷いた。

 

「平気ですよー。でも仮に乗り物酔いしやすい体質だったとしても、士織さんがいるなら平気です。士織さんとなら例え火の中水着の女の子たちの中、どこへでもついていきます!」

 

「それ俺がいなくても自分から飛び込むだろ」

 

 火の中はともかく、水着の女の子たちの中など美九にとっては天国でしかない。自分から嬉々として突撃する姿が目に浮かぶ。

 まあどこへでもついていくというのもあながち嘘ではないだろう。士織ちゃんの格好をしていれば地の果てまで追ってきそうな気がする。

 ジェットコースターは遊園地の顔とも言えるアトラクションだ。長蛇の列ができていたとしても不思議ではない。だが士道たちを待ち受けていたのは多少長い程度の行列だった。並んで待っていれば十数分で順番が回ってきそうなほど空いている。

 休日の遊園地だと言うのにこれほど人がいないのは、季節柄ということもあるのだろう。今日は比較的暖かいが、もう冬は目前だ。もしかしたら大浴場や屋内アトラクションのある隣のウォーターエリアの方が混んでいるのかもしれない。

 

「そういえば、今日はどうして士織さんがきてくれたんですかぁ? 美九はむしろオールオッケーなんですけど、てっきりだーりんがきてくれるものだと思ってましたよー?」

 

「何で別人みたいな言い方なんだ……?」

 

 二人で順番を待っていると、美九がそんなことを尋ねてきた。

 メールでは変装してきてくれと頼んだだけなので、こちらがどんな姿で向かうかは伝えていない。そのせいで士道は士道のままくると思っていたのだろう。実際士道もそうしたかったのだが。

 

「まあ美九の変装がバレた時の保険みたいなもんだよ。お前が男とデートしてるところを見られるとマズイからな」

 

「えー、何度も言ってるじゃないですかぁ。美九はそんなこと気にしませんよー?」

 

「お前が気にしなくても他の人が気にするんだよ! お前のファンとか、マネージャーさんとか!」

 

 あまりの危機感のなさに、思わず声を荒げてしまう士道。

 本人がこの調子なのだから始末に終えない。以前一度だけ美九のマネージャーの仕事をしたことがあるが、これが原因でかなり苦労した。これが常だとすれば、マネージャーの暮林さんの気苦労は計り知れない。

 

「むー、士織さんったら美九よりも他の人のことを気にするんですかー? 酷いですぅ」

 

 むくれてぷいっと横を向く美九。

 もちろんそんな意味で言ったのではない。士道はその両肩に手を置き、こちらを向かせた。

 

「そういうわけじゃない。スキャンダルにでもなったら、またお前が傷つくことになるかもしれないだろ。俺が気にしてるのは……心配してるのはお前のことだよ」

 

『ふぅん……なかなか良いこと言うじゃない』

 

 飾り気のない自分の思いを口にすると、珍しく琴里が誉めてくれた。誉めるだけあって効果はてきめんだったらしく、むっとしていた美九の表情に嬉しさが広がっていく。

 

「ふふっ、心配してくれてるんですねー。ありがとうございます、士織さん♪」

 

「うわっ! お、おい……」

 

 喜びのあまりか、人目もはばからずに抱きついてくる。幸い正面から抱きつかれたので、<ラタトスク>謹製の胸パッドが間に挟まり、柔らかな感触は伝わってこなかった。ちょっと残念な気がしたのは秘密だ。

 

「でも大丈夫ですよー。今の私には士織さんとだーりんと、七罪さんとかわいい女の子たちがいますからー」

 

「同一人物だってこと、分かってるよな……?」

 

 何気に七罪が特別枠に分類されていることも気になるが、それ以上に周囲の目が気になる。傍から見れば女の子同士で熱く抱き合っているようにしか映らないのだから、好奇の視線を向けられるのも当然かもしれない。本当は片方が男で一方的に抱きつかれているだけなのだが、居心地が悪いのは確かなのでとりあえず離れてもらった。

 

「もちろん分かってますよー? でもそれがちょっぴり残念なんですよねー。士織さんと美九とだーりん、三人でデートすることができませんからー」

 

 美九はとても寂しげな顔をして、がっくりと肩を落とす。

 実に美九らしい願いというべきか。士織と士道に挟まれ、恍惚とした笑みを浮かべる美九の姿が容易に想像できる。

 

「はっ!? 七罪さんにお願いすればあるいは……それなら七罪さんともデートしていることにに……うふふ……」

 

『とてもアイドルとは思えない顔してるわね……』

 

「……そうだな」

 

 残念ながら士道も同意見だ。正に先ほど想像した通りの危ない笑みを浮かべている。

 

「でもどうせなら七罪さんも交えて四人でデートしたいですねー。この場合はどうすれば良いんでしょうかぁ……」

 

「どうもしなくて良いから前に詰めような。列進んだし」

 

「あぁん、士織さんも一緒に考えて下さいよー」

 

 最早話についていくことができず、そしてついていく気もなかった。士道は妄想に耽る美九の手をとり、呆れながら引きずっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったですねー、士織さん」

 

 ジェットコースターを降りた後、美九は満面の笑みで同意を求めてきた。

 もちろん士道も同じ気持ちだ。急降下やループはスリルがあって癖になりそうだったし、他の乗客と同じように喜びの悲鳴を上げたのも一度や二度ではない。士道は迷いなく頷いた。ただし、ひとつだけ楽しめなかったことがあった。

 

「ああ……けどカツラが飛びそうでちょっと怖かったぜ」

 

 ウィッグの位置の調整もかねて、頭に手をやりながら答えた。

 簡単に脱げるような被り方はしていないが、どうしてもそれが気になってしまった。女装が周囲にバレる心配もさることながら、脱げたウィッグが後方の乗客に飛んでいくというコントのような事態も引き起こしたくはない。

 

「もうっ、そんな夢のないこと言わないで下さいよー」

 

「ははっ、俺はこれが夢であって欲しいけどな……」

 

 今更だが何故女装などしているのだろう。どこかで人生の選択肢を間違えたとしか思えない。性質の悪い夢ならまだ良いほうだった。

 気が滅入った士道を励ますように、美九は手を握り身を寄せてくる。

 

「それじゃあ次はどこに行きましょうかー?」

 

「んー、そうだな……」

 

『とりあえず動きの激しいアトラクションを先にこなしなさい。食後に乗るのはあまり懸命とは言えないわ。まあ空中に嘔吐物を撒き散らしたいなら話は別だけど』

 

 二の腕に押し付けられる柔らかさを極力無視しつつ、士道は心の中で何度も頷いた。特に酔いやすい体質ではないが、そんなトラウマになりそうな凄惨な光景を作り出す気は微塵もない。

 

「よし、じゃあ……あれなんかどうだ?」

 

 そう言って士道が指し示したのはフリーフォール。簡単に言うと垂直落下型のジェットコースターだ。またしてもウィッグが飛びそうなアトラクションだが、そう簡単に脱げないのは先ほど証明されているので大丈夫なはずだ。

 

「きゃー、とっても怖そうですぅ! 士織さん、美九を勇気付けてくださーい!」

 

「お前さっき普通にジェットコースター乗ってたよな!?」

 

 指し示した先を見た美九は、当然のように抱きついてきた。もちろんその表情に恐怖など欠片も見当たらない。間違いなく抱きつきたいだけだ。言っても聞かないのでこれはもう諦めるしかない。

 その後フリーフォールを終えた士道は、美九と共に様々なアトラクションを満喫した。コーヒーカップ(美九が限界まで回そうとした)や、回転ブランコ(遠心力でむしろウィッグが押さえつけられた)などで夢中になっていると、楽しさに自然と笑みが零れてしまう。女装による気の重さは、雰囲気に当てられていつのまにか軽くなっていた。

 気が付いた時には、いつのまにか正午を回っていた。どうやら時間を忘れるほど楽しんでしまったらしい。さっさとデートを終わらせようとしていた気持ちも、どこかへ吹き飛んでしまったようだ。

 

「もう昼過ぎだな……でも空いてるみたいだし、その前に観覧車に乗っておこうぜ」

 

 士道は高くそびえる観覧車に目をやった。遠くからでも順番待ちの列が少ないのが分かる。それに確か十五分程度で一周するはずなので、あまり時間も取られない。どうせもう昼は過ぎているのだから、今更十五分伸びたところで変わりはないだろう。

 

「良いですよー、お昼はその後ですねー。でもどこで食べましょうかー?」

 

「レストランで食べるのも悪くないけど、せっかく遊園地にきてるんだしな……何か買って外で食べるか」

 

 レストランなどでの食事はどこででもできる。だからこそ遊園地でしか味わえない雰囲気の中で食事を楽しみたい。

 美九も同じ気持ちらしく、両手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。

 

「そうですねー、開放的な気分が味わえますし。観覧車に乗るんですから、良さそうな場所も探せますしねー」

 

「お、そういえばそうだな」

 

 食事を取る場所を探すなら、歩き回るよりも上から眺めた方が手間はかからない。その点から考えても観覧車に乗るのは良い選択だろう。

 

「あっ、士織さん見て下さい。ソフトクリームが売ってますよー?」

 

 観覧車に向かう途中、美九が道の脇を示した。見ればソフトクリームの屋台が開かれている。時期的にちょっと遅い気もするが、今日は暖かいので買っている人も少なくはない。実際ここを通るまでに何度か食べ歩く人を見かけた。

 

「観覧車に乗るのは良いんですけど、その前に少しだけ食べておきませんかぁ?」

 

「うーん、どうするかな……」

 

『まあ観覧車だし、それくらいなら問題ないでしょ。ジェットコースターみたいに激しく動くわけでもないし』

 

 少し悩んだが琴里がオーケーを出したので大丈夫だろう。観覧車が駄目ならジェットコースターに乗れるわけがないし、何より小腹を満たすのには賛成だ。

 

「そうだな。良し、買いに行くか」

 

「はーい、それじゃあ行きましょうかぁ」

 

 美九と共に進路を変更して、ソフトクリームの屋台へと向かう。

 味の種類は意外と多く、基本的なバニラからチョコ、六種類を超える様々なフルーツの味がある。これだけあると流石に迷ってしまう。

 

「士織さんは何味にしますかぁ? 美九はイチゴ味が良いですー」

 

「んー、どうするかな……」

 

『ん、選択肢が出たわよ。ちょっと待ちなさい』

 

 士道が頭を悩ませていると、琴里からの指示が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 <フラクシナス>艦橋のメインモニター。ソフトクリームの屋台で仲良く立ち並ぶ二人の女の子(に見える)を背景に、三つの選択肢が表示された。

 ①「俺も美九と同じのにするかな」普通にイチゴ味を注文する。

 ②「なら俺はチョコにするかな。良かったら二人で半分こしないか?」あえてチョコ味を注文する。

 ③「ふっ、俺はソフトクリームなんかより美九が食べたいぜ」キザっぽく決める。

 琴里の有能な部下(一部無能あり)たちはすぐさま選択を始めた。数秒後には艦長席のディスプレイに選択結果が表示される。ただ今回は妙な偏りがあった。

 

「ふぅん、②と③がほぼ同数ね……」

 

 ①は一票のみ。残りの票は全て②か③に均等に分かれている。正確には僅かに③の方が多いものの、誤差の範囲と言える程度だ。

 

「ここはやはり③でござりましょう。相手は美九たんなので好印象でしょうし、最低でも笑いをとることができるでしょう」

 

「いえ、私は②にした方が懸命だと思いますけど……③では士道くん、ちょっと危ないですし……」

 

 <次元を超える者>中津川の発言に、<藁人形>椎崎が反論する。

 どちらの言い分も間違いではない。士道は元より士織ちゃん大好きな美九なら、③を選べば諸手を上げて喜ぶだろう。その結果逆に士道が危ない目にあう可能性は大いにある。

 

「まさか。ここは遊園地なのですよ。そんな間違いを犯せる場所はありませんよ」

 

「えっ、人気のないところなんて十分あるじゃないですか。女子トイレとか、それこそ観覧車とか……」

 

「いやいや、そうだとしても③を選ぶべきでしょう。大体――」

 

 <早過ぎた倦怠期>川越が異議を唱え、<保護観察処分>箕輪が訂正し、<社長>幹本が口を挟む。

 一見②と③を選んだものたちが、各々真剣に導き出した答えで議論し合っているように見える。だが琴里にはそうは思えなかった。

 

「……③を選んだ奴は手を上げなさい」

 

 冷めた声で命令するとクルーのほぼ半数が身体を震わせ、おずおずと手を上げる。それは予想通りの結果で、琴里は呆れて溜息をついた。

 

「真面目に選びなさいよ。あなたたち一体何を期待してるわけ?」

 

 手を上げていたのは数人の女性クルー。そして艦橋の約半数を占める男性クルーの九割近くだった。どうも美九と士織ちゃんの良からぬ絡みを期待していたらしい。その証拠に手を上げたクルーの約半分が縮み上がっている。

 

「まあ、良いわ。で、①の一票はあなたね、神無月」

 

 背後に目をやると、神無月は見かけ上礼儀正しく一礼する。

 

「お気づきになられましたか。流石は司令。やはり私と司令の心は、言葉を交わさずとも理解しあえるほどに深く繋がっているのでしょう」

 

「そんなわけないでしょうが、この変態」

 

「かふっ!」

 

 気持ち悪いことを口走る神無月の喉元めがけ、琴里は胸ポケットのペンを投擲する。ペンは正確に喉仏を直撃し、神無月の歓喜の声を吐き出させる。

 

「……無意味なのは分かってるけど、一応理由を聞いてあげるわ。この状況に則った最善の選択肢である可能性も、素粒子くらいの小さな確率であり得るかもしれないから」

 

「はっ、確かに分け合うというのも悪くない選択肢です。ですがそれよりは、自分の分のソフトクリームを踏みにじって頂き、その靴裏から味わわせて頂く方が赴きがあると言えます。欲を言えば足の裏や指の間も味わえるよう、素足が好ましいところですね」

 

 若干ダミ声で膝をつき、拾ったペンを恭しく差し出してくる神無月。琴里はそれを受け取り、出したペン先を容赦なく眉間に打ち込んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

「もうあなたは黙ってなさい。八日目のセミみたいに」

 

 額を押さえ恍惚とした笑みを浮かべる神無月を一瞥し、琴里は正面に視線を戻した。

 ②を選べばソフトクリームを分けあった時、ちょっとディープな間接キスを意識させておいしい展開に持っていくことができる。普通に考えれば②だろう。

 

「士道、③よ。『俺はソフトクリームなんかより美九が食べたいぜ……』。あなたには荷が重いだろうけど、なるべくカッコよく言いなさい」

 

 だが琴里は③を指示した。

 ③は注文ではないからだ。③を終えて、改めて②を実行することもできる。まあ③は士道が悲惨な目にあう可能性もあるが、その辺はたぶん大丈夫だろう。それにそんな面白い光景、見逃すわけにはいかない。

 ③が選ばれたことに軽くガッツポーズを取って喜ぶクルーたちを尻目に、琴里は口の端を吊り上げて笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい! それマジで言わせる気かよ!?」

 

 琴里からの指示は恥ずかしくなるようなキザっぽい台詞。人によっては余りの寒さに引くこともありそうなほどだ。口に出すのは躊躇いがあるが、一番の問題はそこではない。

 

『大マジよ。言うだけならタダだし、何の問題もないでしょ』

 

「大ありだろ! 美九相手にそんなこと言ったら絶対つけを払わされるぞ!?」

 

 恥ずかしさもあるが、やはり一番の問題はそこだ。平時ならともかく士織ちゃんになっている今、美九がどんな反応を示すかは予想もつかない。

 

『つべこべうるさいわね。いいからさっさと言いなさい。本当に危険な時は助けてあげるから』

 

「ほ、本当だろうな……?」

 

「士織さん、どうかしましたかぁ?」

 

 いつまでも返事がないことを不審に思ったのか、美九が顔を覗き込んでくる。

 そんな状況に陥ったときは本当に助けてくれるのなら、危険を冒す価値はあるだろう。危険を冒すものが勝利する、という言葉もある。覚悟を決め、士道は口を開いた。

 

「お、俺はソフトクリームなんかより、美九が食べたいぜ……」

 

 口の端を吊り上げ、できるだけ鋭くした眼光を向ける。

 美九は顔を赤くして息を呑んだが、それは一瞬のこと。すぐにさも嬉しそうに微笑むと、イケナイ色に染まった瞳を向けてきた。

 

「うふふ、士織さんったら大胆ですぅ。良いですよー、先にお食事を済ませましょうかー?」

 

「あ、いや、今のは冗談で……」

 

 訂正しようとするが、興奮した面差しの美九には聞こえていないようだ。腕をがっちりとホールドされ、有無を言わさず引きずられる。一体どこにそんな力があるのか。

 

「あ、見てください! ちょうど良さそうな場所がありますよー! あそこに行きましょうかー!」

 

「どうも本当に食われそうな気がするぞ!?」

 

 道の外れにある女子トイレを指差す美九。一体何をするのに丁度良さそうな場所なのか、恐ろしくて考える気になれない。士道は必死に美九の腕を叩き、意識をこちらに向けさせた。

 

「美九! さっきのは冗談! 冗談だから!」

 

「えっ、そうだったんですかー? もー、士織さんったらイケナイ子ですねー。冗談でも言って良いことと悪いことがあるんですよー?」

 

「ああ、肝に銘じておくよ……」

 

 ぷんぷんと怒りながらも、美九はわりと素直に聞き入れてくれた。一瞬インカムから舌打ちのような音が聞こえてきたが、たぶん気のせいだろう。士道は胸を撫で下ろした。

 結局士道は美九と共に屋台へ戻り、ソフトクリームを購入した。琴里からの指示で味は別々。美九がイチゴ味で士道がチョコ味だ。

 

「……何かやけに嬉しそうだな、美九」

 

 ソフトクリームを手に再び観覧車への道に戻ると、美九はやたら嬉しそうに隣を歩いていた。足取りは軽く、今にもスキップを始めそうなほど上機嫌だ。

 

「はいー、何だか下校途中にデートしてるみたいで、とっても楽しいですからー」

 

「あー、まあ確かにそんな感じするよな」

 

 士道も似たような雰囲気を感じ取り、頷いた。士道はともかく美九は制服姿だ。その状態で二人仲良く食べ歩いているのだから、雰囲気はかなり出ている。

 それだけのことなのに少し喜びすぎにも思えたが、美九は十香たちと違って士道と同じ学校に通っているわけではないのだ。こういった経験は初めてなのだろう。

 

「士織さんも私と同じ学校に通ってくれれば、毎日こんな風にデートできるんですけどねー」

 

「いや、お前の学校って女子高だよな。通えるわけないだろ……」

 

 そもそも通う気などない。女装して女子高に通うなど、敵国にスパイとして潜入するくらいの緊張感と恐怖がある。正体がバレれば袋叩きにされるか社会的に抹殺されるか、あるいはその両方だろう。

 

「うー、残念ですぅ……じゃあ今の内に楽しんでも良いですかぁ?」

 

「ああ。そういうデートの代わりに、今は好きなだけ楽しんで良いぞ」

 

 士道は美九に頷き、笑いかけた。女子高には死んでも通ってやれないが、その分今楽しませてやりたい。

 

「ありがとうございますー。それじゃあ早速楽しませてもらいますねー?」

 

「――っ!?」

 

 美九は悪意の欠片も感じられない微笑を浮かべると、顔を寄せてぺろりと舐めてきた。ソフトクリームではなく、唇の方を。発生した刺激的な感触が、イチゴの風味と共に脳へと届く。

 衝撃の光景だったらしく、すれ違う人々の何人かが目を剥いている。カップルならともかく、女の子同士でのこれは早々見られるものではない。

 

「な、なな何するんだよ美九!? 口についてたって他に取り様はあるだろ!?」

 

「大丈夫ですよー、口には何もついてませんでしたからー」

 

「なお悪いわ!」

 

 混乱と困惑に後退った士道は、理由を聞いてもう一歩離れた。

 つまり先ほどの行為に必要性は何もなかったということだ。単純にやりたいからやったに過ぎない。

 

「もー、士織さんったら目が怖いですー。分けてあげますから機嫌を直して下さいよー」

 

 軽く睨みつけていると、美九は少しうなだれた。反省しているなら良いのだが、口元が微かに笑っているように見える。警戒するに越したことはない。

 恐る恐る美九に近づき、差し出されたソフトクリームに顔を近づけていく。

 

「――うおっ!?」

 

 案の定、もう少しというところで美九が素早く顔を近づけてきた。予想はしていたので今回はギリギリ避けられた。

 

「ふふふ。楽しいですねー、士織さん」

 

「お、お前なぁ……」

 

 奇襲に失敗したものの、美九はご機嫌な笑みを浮かべている。今にも鼻歌を始めそうなほどだ。流石にここまで楽しそうにされると怒ることはできなかった。

 仕方なく一連の行為を水に流し、士道は再び観覧車への道を歩き始めた。その際美九との間で盾になるよう、ソフトクリームを持つ手を替えて。

 観覧車の元までくると、やはり遠目から見た時と同じく行列は短かった。まあ観覧車に一人で乗り込む者が少ないというのが原因だろう。大抵は家族連れやカップル、友達同士で乗っているのだから。そんな中一人寂しくゴンドラに乗り込むのはかなりの勇気が必要だ。まあ今の士道には美九がいるので、乗り込むのに勇気は必要なかった。

 直径百メートルを誇る観覧車だけあって、ゴンドラそのものも大きい。片側の席に軽く四人は座れそうなほどの広さだった。ただ逆にその広さが仇となっているのか、向かいの席がちょっと遠い。たぶん向かいの美九に身を乗り出して、限界まで手を伸ばしても届かないだろう。広すぎるというのも考え物だ。

 

「わー、士織さん見てください。とっても良い眺めですよー」

 

 向かいでは美九がガラスに張り付くようにして、眼下に広がる遊園地の全景を眺めている。ソフトクリームを味わいつつ雑談を交わしている間に、意外と上の方にきていたらしい。時計で言えば大体十時の辺りに差し掛かっているようだ。もう少し待てば眺めは最高のものとなるだろう。

 

「そうだな。ジェットコースターとかじゃあんまり眺める暇ないし。お、あそこなんて昼を食べるのに良さそうじゃないか?」

 

「良いですねー、じゃあお昼ご飯を買ったらあそこに行きましょうかー。あ、見て下さい士織さん! ウォーターコースターで女の子がずぶ濡れになりましたよ!」

 

「何で嬉しそうなんだよ。ていうかこの距離で良く見えるな……」

 

 高低差を含めると三百メートル前後離れているはずだ。それでもはっきり視認できるのは、きっと女の子好きの心が成せる技に違いない。

 

「でもあれ大丈夫なんでしょうかぁ。あんな風にスケスケのエッチな格好で歩いてたら、変な人に襲われちゃいますよー?」

 

「それってお前が筆頭なんじゃないか?」

 

「うふふ、そんなことしませんよー。ちょっとペロペロするだけですよー?」

 

 とりあえずウォーターコースター周辺に美九を近づけるのは避けた方が懸命だろう。もっとも美九が心配するようなことは何もない。

 

「心配しなくてもあそこには着替えが売ってるし、全身ずぶ濡れになっても平気だろ。まあそんなに濡れることはほとんどないけどな」

 

「えー、そうなんですかー?」

 

 どうやら心配はしていなかったようだ。至極残念そうな声を出して情けない顔をしている。むしろ着替えが売られていないことを期待していたらしい。着替えてしまう前にその姿を目に焼き付けようとしているのか、じっと邪な視線を注いでいる。

 ちょっとその姿に気持ちが揺らぎそうになるものの、美九との遊園地デートはなかなか楽しめる。アトラクションそのものも楽しいし、何より美九がとても楽しそうに過ごしているのが大きな理由だった。無邪気にはしゃぐ美九と遊園地を回っていると、どことなく小さな子供と回っているように思えて笑みが零れてしまう。まあ子供はこんな涎を垂らさんばかりに欲望をむき出しにした表情をしないが。

 

『ちょっと、なに母性本能溢れる顔してるのよ。ついに心まで女の子になった?』

 

 表情が緩んでいたのか、琴里のからかう声が聞こえてくる。

 

「違う! ていうかせめて父性って言え!」

 

『そんな完璧に女の子の姿をしてるくせに、父性って言われてもねえ……』

 

 必死に訂正を促すが、返ってきたのはあざ笑うような声。

 まあ琴里の言い分にも一理ある。不本意ながら今の士道はどこからどう見ても女の子なのだから。おまけに一番大事な要素である顔を女の子風に仕上げたのは、他ならぬ士道自身。それを考えるとあまり怒る気にはなれなかった。

 士道はやるせない気持ちを抱え、現実逃避もかねて視線をそらした。

 

「……ん、何だあれ?」

 

 すると視線を向けた先に見慣れぬ構造物を見つけた。今まで目に入らなかったのは、見ていた方向が真逆だったからなのだろう。

 建物ではないようだが、アトラクションにも見えない。屋根のない平屋のような構造物だった。上から見ると横にも縦にもかなり広い長方形で、内部の仕切りは幾何学模様に見えるほど複雑で多い。そして外周には入り口と思しき穴が開いており、その反対側には出口と思しき穴が開いている。

 あの構造物は恐らく――

 

「迷路、なのか?」

 

『ああ、それは最近できたみたいよ。意外と複雑な作りになってるから、自力で脱出できないことも多いらしいわ』

 

 確かにかなり複雑に作られているようだ。上から眺めて道順を考えても、すぐには出口に辿りつけない。

 

「へー、結構面白そうだな。脱出できない時はどうするんだ?」

 

『中にいる係員に頼めば出口まで送ってくれるのよ。まあ迷路の広さに係員の数が釣り合ってないみたいだから、見つけられなかったら一生彷徨うしかないわけだけど』

 

「運営方法に問題あるんじゃないか、それ……?」

 

 どうも仕切りや壁は木材以上の硬い素材で作られているように見えるので、強引に突破することはできないだろう。もう最初から地図でも渡しておけば良い気もする。

 ちょっと不安を覚えたが、士道たちなら迷う心配はない。自律カメラで上から写せば、係員はもとより出口まで誘導してもらえる。これなら挑戦しない手はない。

 

「なあ美九、後であそこの迷路に――って、何見てるんだ?」

 

 視線を正面に戻すと、今まで座って外を見ていた美九が立ち上がっていた。そうしてかつてないほど真剣な表情で眼下に目を凝らしている。

 視線を辿ってみると、その先にあったのは隣のウォーターエリア。その屋外にある、人のいないプール施設。それを目にすれば、美九が何を考えているのかは大体分かった。

 

「……言っとくけど、水着の女の子は屋外プールにはいないと思うぞ?」

 

「えぇー、どうしてですかぁ?」

 

 案の定、水着の女の子を捜していた美九。今にも泣きそうなほどがっかりした表情をこちらに向けてくる。

 

「時期を考えろ、時期を。今日は暖かいけどもうすぐ冬なんだぞ。中ならともかく外にいるわけないだろ」

 

「ぶー、がっかりですぅ」

 

 肩を落とし、美九は席に座りなおす。だがその顔を上げて士道を視界に収めた時、何かに気付いたように瞳を見開いた。ついで機嫌をなおしたのかにっこりと微笑む。ただしそれは、ちょっと純粋とは言い難い笑み。例えるなら、何か悪戯を思いついたような怪しい笑顔。

 理由は分からないが、士道は猛烈に嫌な予感がした。

 

「そういえば士織さん、さっきは何を言いかけたんですかぁ?」

 

「あ、ああ。後であそこの迷路に行ってみないか? 結構複雑で楽しめそうだぞ」

 

 迷路にちらりと視線を向ける士道。目を離した時間は一秒にも満たない。

 にも関わらず、視線を戻した時には美九の姿はなかった。

 

「本当ですねー。でも時間がかかりそうですし、あそこは最後にしませんかー?」

 

 声が聞こえてきたのはすぐ隣。見ればいつのまにか美九が隣に座っている。しかも相当近い。肩と肩が触れ合うほどの距離だ。そしてやはり、その瞳には怪しい光が揺れている。

 何故だろうか、寒くもないのに身体が震えそうになる。

 

「……そう、だな。せっかく楽しくなってきたんだし、時間が潰れるのは嫌だからな……」

 

「士織さん、楽しんでくれてるんですねー。美九はとっても嬉しいです」

 

「……ところで、美九さん」

 

「はい、何ですかー?」

 

「……一体、何をしてるんですかね?」

 

 先ほどから二の腕の辺りを美九に擦られている。

 優しく可愛がるような撫で方なら良いのだが、そんな純粋な撫で方とは程遠い。纏わり付くようなねっとりとした撫で方だ。

 

「いえー、水着の女の子より素敵な子が目の前にいたので、美九もちょっとだけお楽しみになりたいなーと思いまして」

 

 そう口にすると、美九は二の腕から太股へと指を滑らせてきた。

 

「いや、ちょっと!? お楽しみって何のことだよ!?」

 

 蛇が這うようなぞっとする感触に鳥肌が立ち、跳ね上がるようにして美九から離れる士道。

 

「ふふふー、決まってるじゃないですかー。せっかく密室に二人っきりなんですよー?」

 

「げっ!?」

 

 言われて初めて、士道は自分がどれだけ危険な状況に置かれているかを理解した。

 士織ちゃん大好きな美九と、地上百メートル近い密室に二人っきり。人目もはばからずに抱きついてくる美九が、こんなおいしい状況で何もしないわけがない。

 

『確かに邪魔は入らないわね。密室じゃ転送装置も使えないし』

 

「はは、は……じょ、冗談だよな……?」

 

『残念ながら本当よ。観覧車を止めることならできなくもないけど』

 

 琴里の無情な言葉に、最後の望みも潰えた。こんな状況に陥らないようサポートを頼んだというのに、これでは全く意味がない。というか観覧車を止められるなら、速度を速めることくらいできるのではないだろうか。

 明確な身の危険を感じて、背筋を冷たい汗が流れる。もう飛び降りることも視野に入れて扉を開けようと試みたが、びくともしない。不慮の事故が起こらないよう、乗客の安全を考えた素晴らしい作りになっている。できればゴンドラの中の不慮の事故も考えて欲しかった。

 

「だ、出してえええぇぇぇぇぇ! ここから出してえええぇぇぇぇぇ!」

 

「ふふふー、安心してください。ちょっとペロペロするだけですからー」

 

 微塵も安心できないことを口にして、美九はゆらりと立ち上がった。そうして恐怖を煽るような、ゆったりとした歩調で近づいてくる。こんな光景をどこかで見たことがあるなぁ、と現実逃避しかける士道。しかし良く考えると逃避できていなかった。どちらも状況がほとんど同じだ。いや、助けがこられない分こちらの方が状況は悪い。

 

「ひっ……こ、来ないでぇ……」

 

 正に襲われる女の子のような声を出して、士道は恐怖に震えながら反対側の席まで後退る。それが美九の目に一体どう映ってしまったのか、明らかに興奮した様子で身体を震わせた。

 

『地上に着くまで後七分くらいね……グッドラック、士織ちゃん』

 

 面白がっているような声音の琴里。

 サポートを頼んだ自分が馬鹿だった。こいつは味方じゃない。

 

「さあ、脱ぎ脱ぎしましょうねー。大丈夫ですよ、大人しくしてればすぐに終わりますからー」

 

「い、いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 瞳を怪しく輝かせた美九に覆い被さられ、士道は地上百メートルのゴンドラの中で、自分でもびっくりするほど女の子らしい悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 後編終了です。何かどこかで見た終わり方ですけど、たぶん気のせいです。気のせいです。
 アトラクション中の描写がない最大の理由は、アトラクションに乗った経験がないということ。乗り物酔いが激しすぎてタクシーやバス、車で一分も経たずに酔います。ジェットコースターに乗ったらどうなるかなぁ……。
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