Touhou NET-GAME   作:にゃっとう

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六.捩狂幼心(twisted heart)

「……いったいこれはどういう冗談かしら」

 

 《恐ろしい波動》ことフランドール・スカーレットから届いたフレンド申請の画面。かつてさとりを殺す気で襲いかかってきた相手からのそれに一瞬驚いたものの、すぐに訝しげに目を細めた。

 そもそもこのフランドールという名前らしい少女は、さとりを殺した時に生まれた晴れない気分とやらを終わらせるために会いに来たと言った。だというのにこれはなんだ?

 かつてさとりは意趣返しにと笑いながら死んでみせた。だからこそ、てっきり今度こそさとりが心の底から苦しむさまを眺めてから殺そうとしてくるとでも思っていたのだが……。

 本当にわけがわからない。さとりがフランドールにあまりいい感情を抱いていないのと同じように、あちらもこちらにそこまで好意的な思いを持っていないことは数秒前の会話からも明らかなのに。

 

「別に、冗談なんかじゃない。私がしたいことは見ての通りのこと」

「それこそ冗談じゃないわ。言い方を変える。あんた、なにを企んでるの? いったいなにが目的? いきなりこんなものを送ったところで私が承諾するとでも思ってるの?」

 

 拒否することに抵抗はない。承諾なんてもってのほかだ。

 この少女はさとりとこころを玩具のように弄びながら、殺した。そんな相手といきなり友達(フレンド)になる?

 できるわけがない。フランドールへ送るさとりの視線が自然と睨むようになる。

 

「……条件があるなら、できる限り飲むわ」

「そんなことを聞いているわけじゃない」

 

 フランドールはさとりの鋭い目線にも動じず、それどころか両手を下げ、無気力そうにだらんと力を抜き始めた。

 本当に、いったいなにを考えているの?

 ……少し、試してみようかしら。

 さとりはフランドールが急に動き出しても対応できるようじゅうぶんに警戒しつつ、一歩ずつ彼女に近づいていく。やがて剣の射程範囲内までたどりつくと、ずっと手を添えていた柄から刃を抜き放ち、フランドールの首筋にそれを添えた。

 フランドールは一瞬ぴくりと体を震わせたが、それでもなにもせず、覇気のない瞳でさとりをぼーっと見つめている。

 

「お前、条件があるならできるだけ飲む、と言ったわね。だったらこういうのはどう? あなたが私とこころを……いえ、それ以外にも多くのプレイヤーを自分の娯楽のためだけに殺してきたように、私があなたを殺し続ける。何度リスポーンしても殺して殺して、私の気が済むまで繰り返す……」

 

 そんな趣味の悪いことを本当に実行するつもりはないが、返答によってはこのまま剣を振り切ってもいいとも思っている。もともとこの少女に対して友好的な感情など一欠片もないのだ。躊躇はない。

 フランドールはしばらく目を閉じて黙り込んでいたが、やがてゆっくりと瞼を上げると、さきほどと同じ力ない視線でさとりを見つめた。

 

「構わないわ。それであなたが満足できるなら、別に」

「……本気?」

「信じられないなら、一度殺してみる? それとも私が自分で自分を刺してみる? 私はどっちでもいいけどね」

「……冗談じゃないみたいね」

 

 どうやら今の彼女に敵意がないことは確からしい。あまりに隙だらけすぎる。それに、ずっと人の心を読んできたさとりにはなんとなくわかるのだ。

 彼女は嘘をついていない。正直に自分の気持ちを吐露している。

 そしてこの諦観混じりの、今の自分の目的がかなうのなら他のなにもかもなんて、それこそ自分の感情や尊厳さえどうでもいいというような色の声音。

 

 ――……ごめんね、お姉ちゃん。

 

 どうしてか一瞬だけ、昔の妹の姿が頭をよぎった。

 

「……はぁ」

 

 たとえかつて敵だったとしても、今の彼女を殺す気にはなれなかった。

 さとりは剣を下ろすと鞘にそれを戻した。

 

「三度目よ。私が納得できるだけの答えを返して。あなたの目的はなに? 私とフレンド登録を結んで、いったいなにをしたいっていうの?」

 

 さとりの視線にもう鋭さはない。そこにあるのは単純に疑問に思う心だ。

 これに答えないようならこれ以上問答を続けるつもりにもならない。さっさとこんなフレンド申請なんて拒否して立ち去る心持ちだ。

 

「私は……」

 

 フランドールもこの問いが最後だということをわかっているらしい。ぽつりぽつり、その心にある思いをこぼしてくる。

 

「私は、もう一度自分が楽しいって思えるような時間を取り戻したい。それ以外のことなんてどうでもいい、なんでもいい。私自身が楽しめればそれだけでいい。取るに足らない他人(虫けらども)がどんなことを思っていようが知ったことか」

 

 およそフレンド申請を送ってきた理由とはかけ離れた発言だったが、口を挟まず少女に話を続けさせる。

 

「ずっとずっと一人で生きてきた。自分が楽しいって思えることだけやってきた。これまでは誰かを苦しませて殺すのが一番面白かったけど……もうなにをやったって、なんだか全然楽しめなくて……」

「……だから?」

「だから、だから……私には、わかんないのよ!」

 

 フランドールは突然むしゃくしゃとした気分を吐き出すように急に大声を出すと、今までだらんと下げていた手を、自分の左胸の腕でぎゅっと握り込んだ。

 焦燥、あるいは苛立ち。無気力だった表情は激情に染まり、そのすべての感情がさとりではなく自分自身に向けられている。

 

「なにをするのが楽しかったのか、なにをすれば楽しいのか! 今まで楽しいって思ってたことがなんでか全部つまんなくなっててっ、今までずっと一人で生きてきたのに、一人でなにしてたって空っぽな気持ちにしかなれない! つまんないっ、つまんないっ! つまんないのよ! なにもかも全部!」

 

 血走った、けれどどこか悲しそうな色のフランドールの視線が、さとりを貫く。

 

「お前は、なんであの時笑いながら死んだのっ? どうして私にこんな呪いみたいなものを植えつけたの? 私がこんなに苦しむことをわかってたからあざ笑ったの? やめて、やめてっ、お願いだからやめてよ! 私の楽しみを返して……やだ、やだぁ! やなのよぉ! もうこんな気持ちを私に味わわせないでぇ!」

「……あなたは……」

 

 癇癪を起こした子どものように叫び散らす彼女を呆然と見つめる。少し前とは違って、今の彼女はいつ攻撃してくるかもわからないほど感情を撒き散らしていた。

 狂っている。そう思った。

 別に普段から狂っているような妖怪なんてさほど珍しいものではないが、今の彼女はなんというか、そういう安定した類の狂気ではないように感じた。元から狂っているものがさらにねじれ狂ったせいで、自分自身のことがわからなくなってしまっているかのような、そんな類の危うい狂気のように思う。

 今までずっと一人で生きてきた。彼女はそう言っていた。

 さとりと同じ――いや、違う。さとりにはお燐たちペットがいた。こいしというただ一人の家族がいた。他人と対等な関係を築くことはできずとも、決して孤独に生きてきたわけではなかった。

 このフランドールという少女は違うのだろう。

 一人だった。独りだった。誰かと触れ合う機会はあったかもしれない。だけど、誰かと心を通わせる機会なんて一度たりともありはしなかった。常に自分のことだけを考えて生きてきて、他人の心なんて一度として気にしたことはなかった。

 さとりは他人の心が読めてしまうことで嫌われて一人になることを選ばざるを得なかったが、おそらく彼女はその逆だ。他人の心なんて一切考えてこなかったから、独りだった。

 そこにさとりやこころという異分子がなんらかの一石を投じてしまったがために、元から狂っていた彼女の心が不安定になってしまった……という具合だろうか。

 激情を喚き散らすフランドールを下手に刺激しては危ないとしばらく傍観していたが、やがて落ちつきを取り戻したのか、少しずつ言葉数が減っていく。やがて荒い息を吐くフランドールの目の色から、再び力が抜けてきた。

 

「……私は私が楽しめればそれでいいのに、もう、なにをすれば楽しめるのかわかんない。だから、こうしてあなたに会いに来たの。私と戦って、それでも最後に笑ってみせたお前と……今私が感じてるみたいな苦しみしかないはずのところで楽しそうにしたあなたと一緒にいれば、きっとまたいろんなことが楽しめるようになるかもしれないって、そう思ったから」

「なるほど……じゃないわね。一見理屈が通ってるっぽいけど、やっぱりわけがわからない」

「……そう?」

「敵としてしか話したことがない、っていうかむしろ殺し殺された相手といきなり仲良くなろうって発想自体がおかしいのよ。そもそもあんたと私は知り合いでもなんでもないわけだし」

「おかしい……うん。それ、お姉さまにもよく言われるわ。会話が成り立たないって」

「姉がいるのね」

「うん。暇つぶしにって私にこのゲームをくれたのも、お姉さま」

「いいお姉さんじゃない」

「あいつがいい姉なわけないでしょ。最近私が館をうろついてるから問題を起こさないか不安なのよ、あいつは。ゲームをくれたのも、どうせ私に暇を潰せるだけの玩具を与えて大人しくさせたいだけ」

「……ふぅん。まぁ、あんたの事情だからどうでもいいけれど」

 

 一瞬、もしかしたらこいしも自分のことをこんな風に思っているんだろうか、なんて落ち込みかけたがすぐに振り払う。

 そもそもこいし(あれ)に誰かを嫌うだけの負の感情が存在するとも思えない。

 それに妹が自分のことをどう思っているかは知らないが、さとりは彼女のことをよく思っている。その事実だけあればじゅうぶんだろう。

 

「それで? そんなあんたの自分勝手な理由を話して、私が承諾すると思っているの?」

「さっきも言ったけど……私は私が楽しめれば他のことなんてどうでもいいの。だから、私ができることならなんでもする。あなたに数え切れないくらい殺されたって構わない。これまで殺してきたプレイヤーに同じように殺されろというのならそうする。それで私があなたと一緒にいれるなら」

「……どうしてそこまで」

「どうしてって、私が楽しめればいいからって何度も何度も言ってるじゃない。私が生きてる理由なんてそれだけだもん。だって世の中つまんないことしかないなら生きてる意味なんて、ううん、存在してる意味なんてないじゃない?」

「それは、究極的にはそうかもしれないけれど……」

 

 いや、と首を横に振る。この少女は狂っている。どうせ価値観が合わないのだ。わざわざ会話を成り立たせようとする必要はない。

 フランドールはひたすら自分だけのために生きている。これはただそれだけの話である。

 問題はやはり、フランドールの要求をさとりが受けるメリットがほとんどないことにある。むしろデメリットの方が大きい。前回初めて会った際に急に襲いかかられた相手だ。今はおとなしいが、またいつ寝首をかかれるかわかったものではないし、狂っているから思考も読めない。

 そばに置いてもただ危険なだけ。それがさとりのフランドールの要求への印象だ。

 フランドールはなんでもするなんて言ってはいるものの、別にさとりにはフランドールにしてほしいことなんてない。強いて言うならもう迷惑をかけないでほしい、つまりは関わらないでほしい。だけどそれはフランドールの望みとは真逆のものだ。それだけは決して彼女の要求と並行して叶えることができない。

 

「……悪いけど、あんたのフレンド申請は――」

「あ。そういえば、これ渡さないといけないんだった」

 

 さとりの否定の言葉を遮って、フランドールがふと思い出したように言葉を発した。さとりが断りかけたから無理に話題を転換してのかとも思ったが、そういうわけでもないようだ。

 フランドールはメニュー画面を操作するように宙で手を動かすと、さとりの視界に今度はトレード機能の表示が浮かんできた。

 これは可否の前に相手の提示したものを確認することもできる。互いに物を出し合い、一度決定した後で再度互いに了承することでトレードは実行されるのだ。

 初めは急にトレードを申し込んできたフランドールをただただ不思議に思っていたが、提示されたものを見て、さとりは目を見開いた。

 

「これは、『子鬼の王(ゴブリンキング)の宝玉』……?」

 

 確か、一度でもログアウトしない限りはその際に手に入れたアイテムは『仮の所有者権限』しか持っていないことになっているんだったか。そしてこの世界は死亡時には経験値の一割とその『仮の所有者権限』で所持しているいくつかのアイテムが失われ、その失ったアイテムは死体オブジェクトに保存される。

 かつてさとりは《恐ろしい波動》ことフランドールと戦った際にこのレアアイテム『子鬼の王の宝玉』を喪失(ロスト)している。

 

「私を倒して手に入れたこれを、ずっと取っておいていたのね」

「ううん。違うわ。それ、あなたから手に入れたものじゃない」

「え?」

「あなたの死体は焼き尽くしちゃって、そこからアイテムを取ることはできなかったから。参照するくらいしかできなかった。だから、それは私が自分で取ってきたの。六〇〇……うーん、七〇〇? まぁでも、たぶん一〇〇〇はいかないくらいだと思う。それだけあの雑魚い王さま気取り倒したらまた落ちてくれたよ」

「せ、一〇〇〇(せん)?」

「ちょっと時間はかかったし、あなたが持ってたものじゃないけど……やっぱりいらない? それとももっと数がないとダメ?」

「……ちなみにだけど、もし、あと九九個欲しいと言ったら?」

「揃うまであれを倒し続けるだけ。それだけの数になるとたぶん何年かはかかっちゃうけど……それでもいい?」

「それでもいいって、本当に何年もずっと倒し続けるつもり? あなたは、どうしてそこまで」

「だから私がまた楽しいって思えることをしたいからだってば。それだけが私の生きてる理由だもん」

「生きてる理由って……」

 

 フランドール・スカーレットは狂っている。だから彼女の心は第三の目がないさとりには理解できない。彼女は自分のためだけに生きている。

 そもそもさとりと行動をともにしたところで、彼女がまた楽しいと思えるかどうかわからない。そんなことは狂っている彼女にもわかっているはずだろう。ほんの少しばかり可能性があるかもしれないだけ。それなのにこうまでなりふり構わないのは、なんとも危うい。

 心配するわけじゃない。同情するわけでもない。ただ、確信がある。

 彼女はきっと、このままなに一つ楽しいと思えるようなことがまた見つからなければ、自分の死さえもどうでもいいと考えて行動するようになる。

 楽しめることを見つけるためなら、どんな危険にも身を投げ出すようになる。

 これはそういう類の狂い方だ。今の彼女と言葉を交わしているさとりには、現実で数多の心を見通してきたさとりには、それがよくわかった。

 

「……いいわ。わかった。本当にあなたがなんでもするって言うなら、三つ。三つ私の条件を飲んでくれるのなら、私と一緒にいてもいい」

「っ、ほんとっ!?」

「ええ、本当」

 

 フランドールを放っておくことはできる。むしろそちらの方が危険は少ない。

 それならどうしてわざわざリスクの大きい選択肢を取ることを考慮するのか。

 彼女は今までずっと一人で生きてきたと言った。だが、彼女は自分に姉がいるとも言っていた。

 妹。さとりにも、妹がいる。いつも一人でふらふら出歩いて、たまに帰ってきたと思ったらもういなかったりもして本当に世話のやける、けれど大切な妹が。

 フランドールに自分の妹の、こいしの姿を重ねたわけではない。だけど自ら破滅へと踏み出そうとする少女を見殺しにするのは忍びない。ほんの少し、そう感じただけだ。

 

「私が提示する条件の一つは、まぁこれは当然のことなんだけど、まず私たちには絶対に危害を加えないこと。それからもうプレイヤーキラーもしないで。あなたと一緒に行動する以上、あなたに悪い噂がつくだけでこっちも迷惑をかぶるんだから」

「うん、わかったわ。でも今でもじゅうぶん悪く思われてると思うし……人がいるところに行く時はこれかぶるようにする」

 

 これ、と言いながらフランドールはぼろぼろな灰色のローブのフードをつまんだ。

 さとりは頷いて、次に、と指を二本立てる。

 

「二つ目。自分のことだけを考えてないで、他の人と仲良く……とまでは言わないけど、嫌な気持ちにはさせないこと。いわばコミュニケーションかしら。それをちゃんと意識して」

「うーん、具体的には?」

「え? や、えっと……そ、そうね。挨拶は大事よね。あとありがとうとごめんなさいも」

「挨拶と、お礼と謝罪……わかった。努力する」

 

 このゲームを始めるまで自分からコミュニケーションすることを放棄していたさとりが偉そうに語るには無理があった。が、フランドールはさとりの割と適当なアドバイスも真剣な表情でこくりと頷くと、最後は? とさとりをまっすぐに見つめた。

 ……このぶんなら、そこまで警戒することもないかもしれないわね。

 フランドールが思っていたよりも真面目にさとりの話を聞いているさまを観察して、さとりは彼女への好感度を少しだけ上方修正した。

 

「最後の条件は、現実ではちゃんとお姉さんと触れ合うこと」

「えー……」

 

 これまでこくこくと素直に首を縦に振ってきた彼女だったが、これだけはどことなく嫌そうに顔をしかめた。

 

「えーじゃない。別に仲良くしなさいとは言わないわよ。毎日、ただ一言二言交わすくらいでいい。今言ったおはようとか、あとおやすみとかね」

「別に私がお姉さまとどういう関係だろうが、あなたには関係ないんじゃないの?」

「ないわね。でも、気にはなる。この条件を飲まないならフレンド申請を受けるわけにはいかないけど、さてどうするのかしら」

「う、ぐぐ……はぁー。わかった、わかったわよ。挨拶くらいはするようにする。これでいいでしょ」

「よろしい」

 

 さとりの妹たるこいしはいつも挨拶せずに出ていったり帰ってきたりと神出鬼没で、いつもなにかと心配になる。フランドールがこいしとは違うことはもちろんわかってはいる。むしろどちらかと言うとフランドールは奔放なこいしとは逆で引きこもりっぽい感じがする。

 フランドールがきちんと姉と触れ合うかどうかはさとりに確認するすべはないが、それでも構わない。これはただのさとりの自己満足なのだから。

 さとりはフランドールから送られていたトレードとフレンドの申請を承諾すると、それぞれが完了したメッセージを受け取った。これで晴れてフランドールとの確執も消えて仲良くなった……というわけでは決してないが、とりあえず敵同士ではなくなった。

 

「改めて、私はさとり。古明地さとりよ」

「フランドール・スカーレット。フランドール……ううん、フランでいいわ。さとりって呼んでいい?」

「ええ、構わない」

 

 お互いよろしくとは言わない。さとりとしてはフランへの悪感情が薄まっただけで好意的な感情はまだ抱いていないからだが、フランは単に他人への関心が薄いからだろう。

 なにはともあれ、これで一応はフランとの問題も解決と言ったところか。

 元々、さとりは諏訪子のもとへ向かうために路地を歩いていた。それを再開すると、とてとてとフランも横に並んでついてきた。一緒に行動することを許したばかりなので、なにも言うつもりはない。

 

「そういえば、前にあなたと一緒にいた変な仮面のやつは?」

「こころね。秦こころ。今日は別行動なのよ」

「ふーん。いつも一緒にいるわけじゃないんだ」

「あんただって、いつも一人でいるわけじゃないでしょ。それとおんなじよ」

「お姉さまとかと一緒の時もあるけど、九割九分九厘は一人よ」

「でも、少なくとも今は違う」

「む、それはそうだけどー。揚げ足取り?」

「単なる事実よ。純然たるね」

「やっぱり揚げ足取りじゃない。なんか友達少なそうね、あなた」

 

 コミュニケーションを意識してと言った矢先にこのトゲトゲな発言である。フランとしては素直に思ったことを口にしただけかもしれないが、割とさとりの心にはぐさっときていたりいなかったり。

 

「……友達は数じゃないわ。どれだけ心を通じ合わせてるかよ」

「図星だったの?」

「う、うるさいわね。そもそも友達が少ないだとかなんだとか皆無なあんたに言われたくない」

「友達なら一人はいるわよ」

「ふぅん。ちなみに誰?」

「あなた」

「いや私は違うってば」

「違くないって。フレンド登録したじゃない。もしかして英語わからない?」

「フレンドが友達って意味くらいわかってるっての。そうじゃなくて、フレンド登録だとかなんだとか、それは形だけでしょ? 本当の意味での友達じゃないって言ってるのよ」

「本当の意味? じゃあ、偽物も存在したりするの?」

「え? まぁ……すると言えばするのかしら。上辺だけ、上っ面の関係なら偽物の友達とも呼べるかもしれない」

 

 あいにく心を読めてしまうさとりにはそんな上っ面の関係なんて築くことはできないが。とは言え、こればかりはむしろできる限り築けない方がいいものだ。

 フランはどこか難しい顔をしていたが、やがて匙を投げるように首を横に振った。

 

「本物だとか偽物だとかなんかよくわかんないしどうだっていいや。そんなことより今どこ向かってるの?」

「急な話題転換ね……私の行きつけのお店よ。ついてくるのは別にいいけれど、あんまり失礼なことしたり問題を起こしたりしないでよ」

「うん。約束したもの。悪魔は契約は必ず守るわ。あなたが私の望みを聞き続けてくれている限り」

「悪魔……」

「そう。私は悪魔、吸血鬼だから。悪魔は契約を破れない。まぁ、実際には抜け道がないわけでもないんだけど」

 

 この世界でも悪魔のルールが適用されるかはわからないが、少なくとも今のところ彼女から破る気配はなさそうだった。

 それにしても吸血鬼か。これまで《恐ろしい波動》の噂として吸血鬼なのではないかというものを何度も耳にしていたが、やはり本当だったらしい。

 さとりは思う。フランとフレンド登録を結ぶことのリスクばかり危惧していたけど、メリットもそれなりにあるのよね。

 第一として、非常に強力な戦力となる。少なくともフランはさとりやこころ、それぞれ一人ずつよりは確実に強い。そこにチルノや大ちゃんも加われば、たとえ以前のように無数のカエルの魔物に襲いかかられようと森の攻略もじゅうぶんなし得ることだろう。

 加えて、フランはこれまで一人でずっとこのゲームをやってきていたはずだ。さとりとこころ、二人だけでもそれなりに注意しながらでなければ攻略できなかった《子鬼の洞窟(Goblin Cave)》を何百回もクリアしてきた辺り、不意打ちなどにはめっぽう強いのではなかろうか。

 もちろん単純にそうとは言い切れないが、さとりやこころ、チルノなどと比べて力量的に一番なことは間違いない。

 それに、〝シンクロシステム〟のこともある。チルノが諏訪子の言っていた使い手だとして、フランも無意識とは言え一度はその力をさとりの目の前で行使した。あのシステムの謎に迫るための手がかりとしてもフランは重要な存在だ。

 

「……でも、なんだかいろいろ予想外なことが重なっちゃったわね」

 

 誰かに後をつけられているかと思えばそれはかつてさとりを殺してきた相手で、かと思えば突然フレンド申請を申し込まれて、結局それを承諾した。

 この選択が吉と出るか凶と出るか。それはおそらく《蛇蛙の森》の攻略で判断できる。

 フランもまた、そう遠くないうちに楽しさとやらを再び見つけるか、あるいは結局取り戻せずにさとりの元を去っていくだろう。

 ――それにしても、なんだかこころの驚く顔が目に浮かぶわね。

 フランを一瞥して、くすりと微笑む。さとりだって、もしこころが突然フランを連れてきたりなんてしたら驚くどころじゃない。

 そんなさとりの様子に、フランは目をぱちぱちとさせて不思議そうにしていた。

 なんでもない。さとりはフランにそう告げて、諏訪子のよろずやへの道を急いだ。

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