Touhou NET-GAME   作:にゃっとう

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八.大子鬼(big goblin)

 ――――遮断(cutoff)――投入(throw)――接続(connect)――――進入完了(access completion)

 ログアウトから、四五分ジャスト。世界を一歩で飛び越えたような感覚ののち、さとりはゆっくりと瞼を開いた。

 暗闇の世界、そのうち、左右の壁に松明が取りつけられた巨大な扉の前。周囲を見渡し、ゴブリンが近くにいないことと、こころがまだ来ていないことを確認する。

 

「……少し、スキルの確認でもしておこうかしら」

 

 指を鳴らして『メニュー』を開き、そこからさらに画面を移行させる。

 スキルやアビリティの一覧からあるものを一つずつチェックしていった。そしてそのたびに、それぞれの知識が頭の中に直接流れ込んでくる。

 ――『魔弾』は魔術に区分される魔法の一つであり、MPを直接エネルギーへと変え、弾として相手へぶつける技。MPの量を調節することによって、量や威力の調整も可能。

 ――『衝撃(インパクト)』は魔術に区分される魔法の一つであり、接触対象に物理的な衝突エネルギーを叩き込む技。準備さえしておけば対象に触れるだけで繰り出すことができるが、その特性上、遠距離からの攻撃には向かない。

 ――『円盾(シールド)』は魔術に区分される魔法の一つであり、魔力を物質化して壁を形成する技。この壁は術者の意思で動かすことができるが、その距離の限界は術者の体の端から半径一メートルとなる。

 スキルは今のところこれしか習得していない。ただ、これ以外に〝魔術〟の能力を取得した時に手に入れたアビリティが存在していた。

 ――『瞑想(メディテーション)』は魔術に区分されるアビリティの一つであり、一定条件下のもとでMPの回復速度を速める効果を持つ。非戦闘中の場合、微動だにしていなければ三倍、歩行中は二倍の速度。戦闘中の場合はそれらが二分の一された数値の倍率を誇る。

 戦闘中は効果が薄いにせよ、少なからずMPの節約に繋がるこのアビリティは有用と言えた。そもそもアビリティはスキルと違って常時発動をしているので、所有しているだけでも意義があるのだから。

 

「本来ならきっと、その場にとどまって固定砲台にでもなるのが正しい選択なんでしょうね」

 

 『瞑想(メディテーション)』でMPを効率よく補給しつつ、攻撃は『魔弾』で行い、相手からの反撃は『円盾(シールド)』で防ぐ。いざという時は『衝撃(インパクト)』を使い、敵を遠ざけたり意表をついたりしていく。おそらくはそれが『魔術師』としての正しい戦い方なのだろうと推測した。

 自身の背につり下げた鞘に収まった剣の柄に、ちらりと視線を送る。

 本当なら絶対、こんな近接上等な武器で戦ったりなんてしない。それも近接で戦えるジョブを一つも取得していないようなさとりが。

 

「こころさんが前衛、私が後衛……普通に考えればそれかしら」

 

 剣を使うことをやめるつもりはないが、やはり近いうちに『魔術師』らしく杖の一つは手に入れておいた方がいい。改めてそう思い直した。

 と、そんな時、どういうわけか、すぐそばの地面がぱっと突然光り始める。

 

「む……」

 

 驚きの声を上げそうになるのをどうにか堪えつつ、剣の柄に手を添えて警戒をする。

 諏訪子から聞いた洞窟についての情報の中に、こんな現象に関することは含まれていなかった。

 鬼が出るか蛇が出るか。そう身構えたところで光った地面の上に人が一人ちょうど入れるくらいの光の輪っかが形成され、さとりは目を鋭く細めた。

 輪の上に絵を描くかのように光の帯が紡がれる。やがてそれが人の形をしているとわかってきたところで、一瞬だけぱっと眩い光を放った。

 少しだけ刃を鞘から抜きかけて、しかしさとりはすぐにその行動を中断する。

 輪っかも帯も消え失せた後にはこころがそこに降り立っていた。

 

「こころさんでしたか」

 

 ほっと息を吐き、さとりは柄から手を離す。こころは眠りから目覚めるようにゆっくりと瞼を開けると、すぐにその目を瞬かせた。

 

「わっ! なんでさとり正面に立ってるの!?」

「同じ場所でログアウトしたじゃないですか」

「そうだった!」

 

 どうやらログインは、今さとりが目にしたような工程を経て成立していたらしい。なんというか、相当目立つ。

 周りにいつ敵が出てきてもおかしくないような場所でログアウトした時は、ログイン直後に襲われることも考慮しておいた方がいいかもしれない。これからは魔物が出てくる場所でログアウトする時は、できるだけ安全そうな箇所を探してから行うことにしよう。

 その懸念、思いついた対策をこころにも伝えるとともに、ボス戦前の準備を促した。さとりはすでにスキルの確認などは終わっている。

 

「さとりー、準備できたわ」

 

 ある程度メニュー画面を操作するように手を動かした後、薙刀を両手に持ったこころがさとりにそう告げた。

 さとりは頷くことで返答をし、二人は不格好な金属製の門に向き直る。あまりにも粗雑な出来の、おそらくはこの洞窟のゴブリンが作り上げた――という設定――だろう粗雑な扉。

 二人して取ってに手をかけ、それを引っ張った。開かなかった。押してみると開く。

 顔を見合わせて、くすくすと笑みをこぼした。

 

「行きましょうか。クマさん以来の、二度目のボス戦に」

「ふっふっふ、この先に待つ難敵よ! あの時の我々と同じだと思うなよ!」

 

 こころの意気込みに、さとりもこくりと頷いてみせた。

 そう、あの森でのクマに挑んだ時とはまるで状況は違う。今の自分たちは万全の体調、装備、準備、戦う術を持っている。生き残るためにもクマと戦わなければならなかった切羽づまる状態だった時と違って、今度は自分たちの方から戦おうとしている。

 さとりは、いつなにが来ようと対処できるように薙刀を構えているこころを頼もしく感じながら、こころとともに門の向こう側へと足を踏み入れた。

 ……が、真っ暗でなにも見えない。

 

「ちょっと待ってください」

 

 ログアウトしたせいで『光源(ライト)』の魔法が解けてしまっている。さとりはインベントリから『光源(ライト)』の巻物を取り出すと、その封を解いた。

 宙に浮かんだ光球が広げる明かりによって、辺りの地形があらわになる。

 そこは簡易な祭壇のような部屋だった。円錐状の大きな空洞になっており、壁には定期的に火の灯っていない松明が取りつけられている。さとりとこころの入ってきた扉の直線上に石を削り取っただけの雑な石壇のようなものがあり、その左右には少しだけ溶けたろうそくの乗った燭台が一つずつ置かれていた。

 不気味なほど静かな空間の中、慎重に石壇の方へと近づいていくのだが、部屋の中央まで来たところで急に後ろの方で勢いよく扉の閉まる音がした。

 

「さとり、今のってもしかして」

「帰り道を塞がれましたね」

 

 そんな一言二言を言い終わるがやいなや、壁についた松明が、ぼぼぼっ、と独りでに青い炎を灯していく。五秒もしないうちにすべての松明に火がつくと、次に石壇のすぐ横の二つの燭台に置かれたろうそくが勢いよく暗青色の炎を噴出し始めた。

 ふと、ここでこの炎を消そうと試みてみるというイタズラじみた選択が頭の中に浮かんだが、すぐにそれを片隅に追いやる。どうせそんなことしたって大して意味なんてないだろうし、もしもこれがボス出現の演出だとすれば、ボスが出てこなくなったりなんてしてしまった場合、逆にこちらが困ってしまう。ボスと戦うために扉を開けて部屋に入ったというのに、その出現のためのイベントを妨害してどうするというのだ。

 ――これがあの子なら、思いついた段階でなにも考えもせずに実行しそうだけれど……。

 ここにはいない困った妹のことを一瞬だけ思い浮かべたが、すぐに振り払った。今は、これから始まる戦いに集中しなければ。

 石壇の上が妖しく暗い光を放ち始め、やがてその少し上に人が三人は入れるほどの少し大きな輪が形成された。輪っかの内側で青い光の帯が紡がれていき、それは自分たちの三倍ほどの身長を持つ巨大な人型を作り出した。

 それはプレイヤーがログインする時と酷似した、出現の前兆とも言うべき現象。

 刹那、この空間を青黒い閃光が稲妻のごとく駆け巡ったのちに、気づけばそれは輪っかのあった位置に立っていた。

 

「ゴブ、リン?」

 

 こころが首を傾げた。

 こころの感想通りだ。出現したものは、ゴブリンをそのまま三倍四倍にでもしたような見た目をしている。違うところと言えば、耳をすっぽり覆い尽くす灰色の王冠をかぶっていることと、あちこちに宝石のついた薄汚れたローブを纏っていること、そして巨体に見合う大きな黄土色の杖を持っていることだ。杖の先端は三角錐の頂点をくっつけているかのように枝分かれし、その根元には黒い宝玉が埋め込まれている。

 その巨大ゴブリンは、閉じていた目をすっと開くと、まっすぐにさとりとこころを見据えてきた。

 紫色の光を放つ不気味ながら鋭き瞳。さとりはすぐに、あの巨大ゴブリンがこれまで倒してきた通常のゴブリンと比較にならない強さを備えていることを感じ取る。こころもそれは同様のようで、ただのゴブリンかと困惑しかけていた態度を消して、クマを前にしていた時のように油断なく武器を構えていた。

 さとりも右手で剣を抜き、左手はいつでも魔法陣を書けるように開けておく。

 出現から数秒、互いににらみ合うだけの静寂の中、ついと巨大ゴブリンが足を踏み出して石壇から降りた。

 それが開戦の合図のごとく、さとりとこころも動き出す。

 

「こころさん! 最初は攻めすぎず、危ないと思ったらすぐに退いてください! まずは相手の出方をうかがいます!」

「了解っ!」

 

 こころは巨大ゴブリンへとまっすぐに駆けていき、さとりは〝魔弾〟の準備をしつつ、それを打つ時に直線上のこころに当たらないように左側へ回り込むように走る。巨大ゴブリンは二人に交互に視線をやると、とりあえずは近づいてくる方を迎撃しようと考えたのか、こころへと体を向けた。

 巨大ゴブリンの持つ杖の先端、三角錐の中央から紫色の光の帯が生まれ始める。巨大ゴブリンは手元で杖を器用に細かく動かすと、こころが自分のもとへたどりつくよりも早く、その光の帯で小さな魔法陣を作り出した。

 魔法陣を伴った杖の先端がこころに向けられる。なにか来るかとこころが杖に注意を向けて身構えた途端、そのなにかは予想外の位置から彼女へ襲いかかった。

 巨大ゴブリンがつま先でとんっと地面を叩くと、作り出されていた魔法陣が消え、こころの足元の石が盛り上がる。

 うまい、とさとりは思った。

 さとりの所有するスキルのうち『魔弾』は魔法陣から繰り出されるが、『衝撃(インパクト)』は触れさえすればどこからでも繰り出すことが可能だ。巨大ゴブリンが使ったのはその『衝撃(インパクト)』と同じタイプの魔法のようで、わざと杖の先端を突きつけることでこころの注意を一つに集中させ(ミスディレクションを行い)、ほぼ警戒していないであろう足元から魔法を発動させた。

 どうやら巨大ゴブリンもまた『鋭き右の柔熊』と同様に知性を有しているらしい。

 

「わっ、わわっ!?」

 

 まるで予想もしていなかった事態につまづいたこころ。その隙を見逃す巨大ゴブリンではない。

 巨大ゴブリンは素早くこころに走り寄り、その巨体の腕力が成せるがままに杖を思い切り横薙ぎに振り払った。

 

「ぅ、っくぅ!」

 

 迫り来る杖を目にし、こころは倒れゆく不安定な体勢のままに、半ば無理矢理に薙刀を自分の体を守るように動かした。間一髪にそのガードが間に合って、振り回された杖はこころの体ではなく、彼女の持つ薙刀の柄に衝突する。

 ただ、ガードに成功したと言っても巨大ゴブリンの攻撃は転びかけているような状況で防ぎ切れるような生半可な一撃ではない。こころは武器ごと体を吹き飛ばされ、中途半端な態勢で防御の姿勢を取ってしまったがゆえに受け身を取ることもできずごろごろと地面を転がった。

 そこへさらに巨大ゴブリンは追撃をしかけようとしていたが、それはさとりが許さない。とっくに完成していた〝魔弾〟を威力度外視の素早さ重視で放ち、巨大ゴブリンがなんらかの行動を起こそうとすることを阻害する。

 

「こころさん、大丈夫ですかっ?」

「な、なんとか……だが、むぐぐ、なんということだ……! 先手必勝、せっかくの最初の突撃だというのにっ!」

 

 憤慨したような声音で、けれどあいかわらずの無表情をたたえたこころが、薙刀を支えにして立ち上がる。

 さとりは低威力の『魔弾』を連発して巨大ゴブリンを牽制しつつ、こころのそばに駆け寄った。

 

「杖を持っていた段階で察してはいましたが、どうやらあのゴブリンは魔法を使ってくるみたいですね。それもフェイントを入れてくるだけの狡猾さもあります」

「けど、打撃はそんなに威力はなかったわ。吹き飛ばされた私が言うことじゃないんだけど……少なくとも森のクマさんよりは全然弱かった」

「なるほど、クマさんのそのぶんの力を魔法に回した感じでしょうか」

 

 こころに思った通りの一撃を与えられず、追撃もさとりに邪魔されたからか、ずいぶんと不機嫌そうに巨大ゴブリンは睨んできている。

 

「でも、それなら十分につけ入る隙がありますね」

「どうして?」

「クマさんのように圧倒的な一撃がないぶん、こちらも余裕を持って自由に動くことができます。いろんな手を打てるというわけです」

 

 それに、とさとりが続ける。

 

「あちらが近接と魔法をある程度両立しているのだとしても、こちらだって近接ならこころさんが、魔法なら私がいます。勝てない道理はありません」

「おー! それも人数が多い方が有利だものね!」

 

 こころの先手は出鼻をくじかれたにしても、少ないダメージで十分な情報を得ることができた。フェイントを使ってくるだけの頭があること、魔法陣とは関係のない位置から使える魔法を有していること、近接戦闘はおそらくさほど強くはないこと。

 できることならもう少し様子見を繰り返したいところだが、相手は曲がりなりにも〝鋭き右の柔熊〟と同じボスクラスの魔物だ。ついさきほどは咄嗟のガードが間に合ったからこそこころへのダメージは最小限に済んだけれど、何度もそんな土壇場の機転が成功することは限らない。多少のリスクは承知の上で早めに攻勢に切り替えた方がいい。

 

「……一つ、作戦が――」

 

 さとりが自身の考えをこころへ伝えようとしたところで、いい加減痺れを切らしたのか、巨大ゴブリンが動き出した。

 どうやらさとりとこころに見えないように杖を持っていない方の手で背後にずっと魔法陣を構築していたらしい。巨大ゴブリンはその複雑な構成をした魔法陣を見せつけるようにその手を前に突き出してから、地面に叩きつけた。

 ぼこぼこっ、となにかがへこむような音が連鎖して響き、同時に地震が発生したかのごとき大地の脈動が轟き始める。

 地面の石が隆起し、変化する。川に流れる水のように洞窟の床面が容易く揺れ動く。

 

「ぅ、く」

 

 さとりはその場にしゃがみ、倒れないようにバランスを取る。足元をこれでもかというほどに不安定にされてしまい、歩くどころか立つことすらままならない。

 対し、巨大ゴブリンの方は何事もなかったかのように動かず立ち竦んでいる。いや、実際に何事もないのだ。大地の波とでも言うべき現象の発生点である巨大ゴブリンの足元にだけは隆起が起こっていない。

 どうにか〝魔弾〟の魔法陣を描こうと片手を動かそうとするが、大地の揺れが激しく、両手を地につけていなければしゃがんでいることさえままならなくなる。このままではこちらが一方的に魔法で攻撃を受けるだけに――そう危惧したところで、桃色のなにかがさとりの視界を横切った。

 

「これで絶対、外さない」

 

 こころが高くジャンプをし、空中で薙刀を振りかぶっていた。なるほど、確かにどうにかして跳び上がることができれば、大地の揺れの影響は受けなくなる。だが、それからどうしようと言うのだろう。

 巨大ゴブリンとこころの間には埋めようにも埋められない絶対的な距離がある。柄のどの部分を持って薙刀を振るおうと、それは決して縮まらない。せいぜい手があるとすれば投げるという選択くらいだけれど、そんなことをして巨大ゴブリンを仕留められなければ武器を失ってしまうことになる。それではもっとこちらが不利な状況に陥ってしまう。

 いったいどうするつもりなのか。そんなさとりの疑問は、こころの持つ薙刀の刃が不可思議な鋭い気迫を発し始めたことで氷解した。

 

「武器スキル――『真空斬』! 『仮面舞踏』エヴォリューションっ!」

 

 それはかつて森で見た、〝鋭き右の柔熊〟が右の鉤爪で繰り出した飛ぶ斬撃とまったく同じ――否、〝仮面舞踏〟により、それよりもさらに強化された力。

 振り下ろされた薙刀が作り出した真空が目視不可の鋭き刃と化し、甲高い風切り音を立てながら巨大ゴブリンへと襲いかかった。

 巨大ゴブリンはそれにまったく反応ができていない。

 真空の刃は巨大ゴブリンの杖を持っていない方の腕を根元から断ち切り、それでも威力を一切緩めずに向う側にある石の地面に深い傷を刻んだ。

 

「ギ、ギャ――――ァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 絶叫。己が肩から飛沫を上げる緑色の液体を、そしてぼとりと落ちた己が肩腕を見下ろし、巨大ゴブリンが空間に響き渡るほどの叫び声を上げる。

 ダメージを与えたおかげか、相手が集中を見出したおかげか。地面の揺れが収まったため、狂いかけたバランス感覚をどうにか持ち直しながら、よろよろとさとりは立ち上がる。

 体勢の崩れやすい空中で武器を振るったにもかかわらず、こころも何事もなくさとりの隣に着地をした。

 

「うーん……頭から真っ二つにするつもりだったのに、残念。変に足元が揺れてたから飛んでからの狙いもずれちゃったみたい」

「いえ、じゅうぶんですよ。本当に、じゅうぶんすぎるくらいです」

「そうかな? ふふん、さっきはかっこ悪いところ見せちゃったものねー。これくらいはやらないと!」

 

 まるで森で苦戦したあのクマが味方になったかのようで、ずいぶんと頼もしい。いや、あのクマをともに打倒したこころがその力を手に入れたというのならば、その何倍も頼りになるというものだ。

 これなら作戦――さとりも混ざり、こころとともに近接で巨大ゴブリンを攻めること――を実行しなくても押し切れる。さとりがそう思ったところで、それを否定するかのごとく、巨大ゴブリンがさとりたちに顔を向けてきた。

 怨嗟のこもった憤怒の視線。その迫力に、さとりは少しだけ気圧されてしまった。

 

「ギギ、ガギゴガギゴガガガギギギゴギガ、ギャギャギャ――」

 

 巨大ゴブリンが呪文のように奇声を唱えながら、残った片手で杖を動かして魔法陣を構築する。はっとしたさとりはすぐさま〝魔弾〟で妨害しようとするが、一瞬でも気迫に呑まれてしまったこともあり、魔法陣の完成はあちらの方が一瞬早かった。

 魔法陣が完成し、がつんっ! と杖の先端が地面に打ちつけられる。

 

「ガガギゴッ!」

 

 今度はなにが来るのか。警戒するさとりとこころの視界に、杖の衝突した部分の石が盛り上がるのが見えた。

 ぼこぼこっと隆起する音を立て、まるで四足歩行の狩人のごとく一直線にこちらへ迫ってくる。

 さとりとこころは視線を交わし、それぞれ右と左へ分かれるのだが、石の隆起は過ぎ去ることはなかった。突如進行方向を変更し、こころの方へと走り出す。

 

「武器スキル――って、あれ?」

 

 真空の刃で石を抉ろうとしたこころの視界から、突如石の隆起が消え失せた。彼女は目を瞬かせて消えた直前の場所を見据えるのだが、そこはどういうわけか何事もなかったかのように平坦な石床となっている。

 有効距離から離れたために魔法が失敗したのか。首を傾げつつ、こころが改めて巨大ゴブリンに向き直ったところで、それは起こった。

 

「――わっ!? わわ、わぁ!?」

 

 棘だ。こころの立つ場のすぐそばの地面から、何本かの石の棘が飛び出してきた。

 こころは間一髪でそれに気づいて避けることに成功し、石の棘はすぐに引っ込んでいくのだが、引っ込むたびにまた新しく突き出てくる。前の地面だけでなく、右から、左から、時には後ろから。

 ただ、その速度は大したことはなく、どうやら棘の出てくる場所は事前に隆起するらしく、注意していれば避けるだけならばそう難しいことではない。こころならば体力の続く限りいつまでも回避し続けることが可能だろう。

 だが、それはあくまで避けるだけならの話。棘の妨害を掻い潜りながらこころが攻勢に加わるのは難しい。

 つまり、巨大ゴブリンの狙いは。

 

「……こころさんを動けなくして、私を初めに排除しようってこと? ずいぶんと舐められたものね。地底でもっとも恐れられる存在たる、この私が」

「ギギギャギギャギゴガゴギガガガギゴ」

「あいにくとゴブリン語なんてものはわからな……いえ、なるほど、そういうことか。そうやって詠唱を続けていないと、あの棘は維持することができないわけね」

 

 すたすたとまっすぐに歩み寄るさとりを、巨大ゴブリンは呪文らしき呟きを繰り返しながら見下ろしていた。その瞳は「まずはお前だ」と、「自分の腕を斬り落としたあいつを殺すには、お前が邪魔だ」と告げているようであった。

 いや、実際にそうなのだろう。

 さとりは現実では(サトリ)として心を読む力を有している。その力と何百年も付き合ってきた膨大な経験があれば、たとえ心の読めない世界であろうとも、多少相手の内心を読む程度のことならば造作もない。ましてやそれが相手が怒りで思考が単純化していればなおさらだ。

 笑う。妖怪として、本来ならば他者に恐怖を与える畏怖の具現として、さとりは笑ってみせた。

 この世界ではさとりはただの人間に過ぎない。そういうことになっている。だが、妖怪とはもとより精神の存在だ。たとえ今の身が人間であろうとも、その心までも違えるつもりはない。

 あいかわらず自分をこころを倒すための『通過点』としてしか見ていない巨大ゴブリンをまっすぐに見据え、さとりは妖怪としてその言葉を放った。

 

「――――見下すな、妖精風情が」

 

 剣を強く握り、踏み出す。真正面から巨大ゴブリンの攻撃が届く範囲内へと入った。

 即座に振り下ろされた杖がさとりに迫る。こころの言っていた通り、確かにこの攻撃からは森のクマほどの重圧は感じられない。今のさとりであればじゅうぶん対処できる程度の威力だ。

 右か左へ避ける、剣を斜めに構えて受け流す。どちらにしようか迷って、結局さとりはどちらも選ばなかった。

 見下すな、と。そう大見得を切った以上、少しでも『逃げ』の意の混ざる行動を取ることはしたくなかった。

 

「ふっ!」

 

 踏み出した勢いを乗せ、それでいて重心のバランスを崩さず。腕の力だけで振るうのではなく、ひねりを利用して全身の荷重を乗せる感覚で。

 さとりは剣を横薙ぎに振り払うと、がきんっ、と容易く巨大ゴブリンの杖を弾き返した。

 

「ギ、ガ?」

「隙だらけ」

 

 そのまま今振り切った勢いを殺すことなく、むしろ増強させるように一回転。回転斬り。素人がやろうとすればバランスを崩して形だけになってしまうだろう技を、さとりは体勢の安定性を保ったまま容易く繰り出してみせた。

 一撃目よりもさらに威力が乗った横薙ぎが巨大ゴブリンの胴体を斬り裂き、濃緑色の血飛沫を散らす。

 

「ギャ、ギィギャァア――――!」

「うるさいわね」

 

 ついでに逆袈裟にもう一撃お見舞いすれば、さらに液体が飛び散った。さとりの顔や服にもかかり、多少の不快感が生まれるが、そんなものを気にしている暇はない。

 トドメとばかりに巨大ゴブリンの首元へ剣を突き出す。が、それはギリギリで相手の杖に弾かれてしまった。

 

「あら、なかなか」

 

 さとりの攻撃の手が緩んだ隙に、巨大ゴブリンは血走った目で杖を振り回す。さとりは一切退くことはせず、すべての攻撃を受け流し、あるいは受け止めてみせた。

 腕だけで受けるのではなく、体全体で迎え撃つ体勢と感覚。クマには遠く及ばない巨大ゴブリンの力くらいならば、それさえしっかりしていればどうとでも対応することができる。

 つい昨日、クマと戦った時には欠片たりとも知らなかったはずの技術の数々を、さとりは一日という短い時を経て体現していた。

 

「ほら、どうしたのかしら? これで終わり?」

「ギャギャギャァ!」

 

 別にこの現象のタネはなんてことはない、至って単純で、けれども妖怪らしく理不尽な道理から成り立っている。

 さとりは昨日、剣や拳と言った武術を扱う者が戦う映像を第三の目を通して見た。ああいった武術家がどんな精神と感覚によって体を動かし、武具を操り、どういう思考回路を持ってして戦いに臨むのか。

 さとりはそれをただ単に己が心を見通す力で見、読み、投影しただけ。

 見ただけで技を奪う。ともすれば、なんて無茶苦茶で不条理なことだと文句を垂れたくもなるかもしれない。しかし得てして妖怪とはそういうものなのだ。理屈の一切が通じず、実に非論理的かつ理不尽な幻想の具現。

 さとりの頭の片隅に、ついと、こころに自身の特技を語った場面がよぎった。

 ――特技は……そうですね、モノマネが得意ですよ。

 

「こころさんっ! トドメを!」

 

 巨大ゴブリンが詠唱をやめた以上、とっくにこころは棘の魔法から解放されている。

 さとりがわざわざ一歩も引かずに受け止めたりしていたのは、なにも大見得を切ったからというだけの理由からではない。巨大ゴブリンに、気づかれないように後ろに回り込んでいるこころに気づかれないようにするためだ。

 こころは巨大ゴブリンの背後で跳び上がり、巨大ゴブリンの首に薙刀を全力で振るった。

 真空を纏ったその刃に、巨大ゴブリンの首が斬り落とされる。

 さとりが前を向いたまま数歩下がると、首を失った巨大ゴブリンの体ががくんっと膝をつく。重力に従って倒れると、斬り裂かれた首から多量の体液を垂れ流したまま、もう起き上がってくることはなかった。

 それが終幕の合図。

 

「……上々ですね」

 

 一応つんつんと剣先で死体をつついてみるが、復活してくる様子はなかった。

 勝った。その実感がさとりの心を満たす。

 それも今回は前回のような辛勝ではない。誰一人としてクマとの勝負のように重傷を負うことはなく、少ない被害でボスを打倒した。まさしく快挙と言えるだろう。

 

「さとり!」

「はい」

 

 互いに武器から片手を離し、ハイタッチ。無表情でも溢れんばかりの嬉しさを放っているこころを見て、さとりの口元に笑みがこぼれた。

 石壇の前に薄い水色の光の円柱が生まれる。外への転移装置。あの森で見たものと同じ、まさしく二人でボスを打倒した証であった。

 

【レベルの上昇を確認、各パラメーターが潜在値に沿ってわずかに上昇しました。また、ジョブごとにレベルポイントを取得しました】

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