Touhou NET-GAME   作:にゃっとう

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九.秦こころ(Kokoro Hatano)

 ――武器とか防具とかにランクがあるっていうのは言ったよね。でもそれだけじゃなくて、そういうものの素材にもランクっていうのは存在するんだ。

 ――素材……クマさんの牙とか皮とか、そういうアイテムのことですよね。

 ――クマさん……? あぁ、柔熊のことね。そうそう、そういう感じの。魔物のドロップ品以外にも、レアな宝石とか珍しい花とかもね。

 ――素材のランクが高いとなにかあったりするんですか? 武具の方は、修理の時に最大値が下がる確率が上がってしまうというのは聞きましたけど。

 ――うーん、その素材でなにか作ろうとする時の難易度かな。あと、単純にレアリティ。基本的にはランクが高いと入手しにくくて、ランクが低いと入手しやすいよ。例外もあるけどね。

 ――具体的にはどんな基準なんでしょう。

 ――三が普通、四がちょっとレア、五はかなり珍しくて、六は上位勢でも手に入れるのには苦労するレベル。七以上の素材はまだ数えるくらいしか手に入れたことがある人はいないんじゃない?

 

 あと、二はそこらでばら売りされてる程度で、一は単なるゴミ。さとりが諏訪子のそんな言葉に少しだけ笑ったところで、その会話は締めくくられた。

 フレンド登録を終えたのち、お茶の一杯ぶんの時間だけ彼女と雑談を交わしたが、そんな短い時間で身につけた知識でも、初心者のさとりにとっては役立つものばかりだった。げんにゴブリンが多く出没する初心者用の洞窟のこともその談笑の中で教えてもらっており、数十分前にはそこのボスを相手に快勝をしたばかりである。

 諏訪子によれば、転移装置からは基本的に自分の入ってきたダンジョンの入り口に戻るとのことで、不正規の手段で入り込んでいた場合のみ最寄りの街に転移させられるらしい。ボスを倒した後の光の円柱の中に入ったことで、前回のように街ではなく洞窟の入り口に転移したさとりとこころは、洞窟での探索のことを語り合いながら街に帰る道を歩いていた。

 西の空は暗く、街から出発した時は少し西に落ちていたくらいだった太陽は、すでに地平線に半分ほどその顔を埋めてしまっている。あれから三時間ほどしか経っていないはずだけれど、どうやらこの世界は現実よりも時間の流れが少し早いようだ。

 

「その、本当にいいんですか。このアイテムはランク六……このゲームの上位の人たちでも手に入れるのが難しいレベルみたいなんですよ。その、私なんかがもらっても」

「いいよいいよー。私は前回クマさんの右の前足の爪をもらったもん」

 

 さとりとこころは、巨大ゴブリンこと〝ゴブリンキング〟を見事に打倒した。その時にドロップ品を整理したのだが、その時に一つだけ妙にランクが高いものがあったのだ。

 それは〝子鬼の王(ゴブリンキング)の宝玉〟。どうやら、巨大ゴブリンが持っていた杖の先端についていた黒い宝玉のようだった。

 

「でもあれは、ランクがたったの四だったはずです」

「そうだっけ? でもいいよ別に。前は私がもらったんだから、今度はさとりの番ー」

「そんな簡単に……」

 

 さとりが何度渡そうとしても、こころは「いらない。さとりに上げる」の一点張りで、受け取ろうとはしない。もしかしたらランク六の価値がわかっていないのかもしれない、とさとりは諏訪子にされた説明をそのまましてみたりもしたのだが、それでもこころの返答が変わることはなかった。

 クマの右前足の爪をくれたんだから今度はさとりの番だ、と。こころはそう繰り返す。

 

「さとり……しつこい」

「す、すみません。でも……」

 

 いい加減しびれを切らしたらしいこころが肩を竦めて口にすると、さとりが縮こまる。

 これ以上突っかかるのは迷惑だろうけど……そんな風に落ち込んだように顔を伏せているさとりに気づいたこころが、なにやら慌て出す。

 

「あ、えっと、その、うーぐ……ほ、ほら! 私って付喪神だから、『いい道具』とか『悪い道具』とか、そうやって道具にランクづけするのって、あんまり好きになれないというか……だから珍しさだとかなんだとか、私にはあんまり大したことじゃなくて、えっと」

「大したことじゃない……ですか?」

「さとりからもらった素材で作ったこの薙刀……私はすっごく大事に思ってる。ランクだとかそういうのは関係ないの。ただ、さとりと一緒に強い敵を倒して、その時にさとりがくれたもののおかげで、こんなにかっこいい武器が作れて……ただ強いだけの武器なんかより、私にとってはよっぽど価値がある」

 

 街中を歩く時はインベントリにしまっている薙刀も、こころは今はまだ街へ戻る道ということで装備済みのままだった。 

 

「だから、今度は私がさとりに上げたい。こんなに大事に思える武器をくれたさとりにお礼をしたい。それから、よかったらさとりには……その、その素材で新しい武器を作ってほしい。そうすれば、私とお揃いでしょ?」

「……ふふっ」

 

 さとりの思わず口元に笑みが浮かんだ。それから、頷いた。

 

「わかりました。こころさんが、そう言うなら」

 

 いい加減こころもしつこく思っているようだから、退かなくてはいけないこともわかっていた。さとりはこの素材で新しい杖を作ることを決意し、〝子鬼の王の宝玉〟について考えることをやめることにした。

 それから話したのは洞窟での探索のことだ。あそこがあれが出てきて驚いた、あそこであれがあって焦った、楽しかった。そうやって二人でしたことを振り返る。

 

「それにしても、いやー、今日は快勝だったねー! 思ったより暗くて動きにくい部分もあったけど、さとりの明かりの魔法のおかげで十分動けた!」

「あれは私の魔法ではないんですけどね。それよりも私はこころさんがあの森でのクマさんの技を使ったことが驚きでした。途中、普通のゴブリンと戦う時は一度も見せてくれませんでしたから」

「む……本当はすぐにでも見せたかったのだが、危なくてできなかったのだ。ゴブリンどもが襲ってきた時は乱戦模様でむやみに撃ったらさとりの方にも行きかねなかったからな。だが、あれこそ我の真の力! ふっふっふ、我を吹き飛ばしたやつの腕を今度は我が斬り飛ばしてやったわ!」

 

 口調を変えて胸を張るこころの自慢が、なんだか少し面白くて、笑みがこぼれる。

 

「気を遣われていたんですね。すみません、もしかしてやっぱり足手まといになったりとか……」

「そんなことはないっ! さとりがいないとあんな暗い中を進むことなんてできなかったし、数々のゴブリンの不意打ちに対応することもできなかったはず! ボスだってさとりがいたからあんなに簡単に倒せたんだから……前も言ったけど、こういう勝利は」

「私たち二人のおかげ、ですか。ふふ、ありがとうございます。でも、そうですね。そういうものなのかもしれませんね」

 

 基本的に広い通路ばかりだったが、洞窟の中ということもあって狭い道を歩くことも少なからずあった。その時はこころが薙刀を十全に扱うことができず、主にさとりが剣と魔法を使って敵を殲滅していた。他は自信が持てないのでとりあえずともかくとしても、ああいう場面では確実に自分は役に立てていたという実感があった。

 こころの真剣な瞳を見つめ、自分が友達の役に立つことができていると、さとりははっきりと心の中で自覚する。

 

「……ところで、こころさんって妖怪でしたよね」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「いえ、なんだかあんまり妖怪らしくないなと思いまして」

「え」

 

 なんとなくこころの頭の上に、がーんっ、と擬音でも浮かんだように錯覚した。なんというか、こころは常に無表情のくせして、そんなこと関係なしに態度やリアクションのせいで感情がわかりやすい。

 落ち込んでいるようなこころに、さとりは首を横に振って、決して悪い意味ではないと伝えた。

 

「妖怪というのは基本的に自分勝手で、自分本位で、自分の都合しか考えなくて、他人なんて頼らずに一人で生きていくような生き物です。事実妖怪にはそれだけの力がありますし、多くの妖怪は自分の力には実際以上の自信を持っている。だから、他人を頼る必要がない」

 

 人間からしてみれば見た目が幼い少女でしかないさとりでさえ、妖怪の中では上級に匹敵するほどの力を持っている。さすがに規格外とまでされる大妖怪クラスとは行かないが、さとりもまた自分の力にそれなりの自負を持っていることも確かだった。

 さとりは『他人を頼らない』普通の妖怪と違って、能力のせいで嫌われるために『他人を頼ることができなかった』のだが、今はそこはさしたる問題ではない。

 

「最強の妖怪なんて呼ばれてる鬼なんて特にそうです。仲間内で飲みあったり、楽しそうに談笑したりなんかはしますが、どんなことがあろうとも絶対に周りと協力したりなんてことはしない。腕相撲でも喧嘩でもなんでも、戦う時は絶対に一人でやろうとする。そして周りもそれを邪魔はしたりはせず、応援もせず、ただ観戦する。なにせ全員が『これはその鬼一人の戦いでしかなく、自分はまったく関係がない』と心の底から思っているから」

 

 さとりは地獄に続く鬼の住処たる地底に住んでいるからこそ、それをよく知っていた。やつらは皆、一人で生きていくことを誇りに思っている。自分たちほどの強大な存在が他人を頼ることは恥だと、他人に助けられることは最大の屈辱だと、自身の力に誇りある者に手を差し伸べることはその者への侮辱だと信じている。

 

「しもべを作る妖怪は多々存在します。でも、ともに戦う戦友なんてものは作る妖怪は多くありません。もちろん例外もありますし、その例外の中には有名な妖怪も存在しますが……」

 

 たとえば天狗などはとても仲間意識が強く、仲間がやられたとなると敵対体勢を取って仕返しに行ったり、住処に侵入した者には容赦なく総出で排除に当たったりする。古くより名を馳せている彼らは最強と謳われる鬼に次ぐほどの実力を持つとされているのだけど、そうやって巨大な群れを作って行動をしているのだから、場合によってはただ単純に強いだけの鬼よりも厄介だと言う。

 ただ、天狗を除けば、力ある者が仲間とともに協力をしてことに当たるという事例は驚くほどに少ない。おそらくはここ最近耳に挟んだ吸血鬼もそうだろう。あまりにも強大すぎる力を持って生まれた者には、そもそもとして他人を頼るという思考回路が存在しないことが多い。なにせ最初から、どんなこともなんだって自分一人でこなすことができるのだから。

 

「……現実でのこころさんがどれほどのものかはわかりませんが、これまでの戦いぶりを見ればきっと相当な強さの妖怪だということはわかります。そのこころさんが、仮想世界であるとは言え、こんなにも抵抗なく自然に私と一緒に戦えているというのは……なんというか、とても不思議に思いました」

 

 さとりはそう締めくくり、胸を見下ろした。普段ならば第三の目(サードアイ)が浮かんでいる、左胸の前を。

 ――抵抗なく一緒に戦うことができているのは、私も同じだった。それはどうして? 私もこれまで、ずっと一人で生きてきたのに。

 心の中で自信に問いかけるも、さとりにはとっくにその答えがわかってしまっていた。

 これまでずっと望んでいた。ともに横に立ってくれる者の存在を、互いを助け合えるような存在を――自身を嫌わず、信じ、頼ってもいいような対等な存在を。

 たとえ仮想でも、その妄想が現実となった。だからこそ自分はこんなにも抵抗感がなく、むしろ満ち足りたような気分でいることができている。だからこころと助け合いながら森や洞窟を探索することに一切の違和感を抱かなかった。

 でも、こころはどうして自分と一緒に戦うことができている? 自分たち二人のおかげだと、そんな言葉が自然と出てくるような考え方ができている?

 さとりはそんなことをずっと心の隅で疑問に感じていた。

 

「……うーむ、多くの妖怪がどうだとか我がどれだけ強いのかとかは、正直、よくわからないが……」

 

 立ち止まり、考え込むように目を瞑ったこころに、さとりも足を止めて向き直る。

 西の空に沈みゆく太陽は、すでにその顔をわずかしか残していない。あと少し経てば完全に見えなくなり、それに代わって月が明かりの代わりとなるだろう。

 

「さとりには、我々は最近自我に目覚めたばかりだと言ったはずだと思う」

「はい」

「だからかもしれない」

 

 こころは目を開き、さとりの瞳をまっすぐに見つめ返した。

 

「我らの住む幻想郷では人間と妖怪が共存をしている。昔のようなただ単純に捕食し、退治されの関係ではない。その証拠に、我が能楽を行えば人も妖怪も関係なしに、皆が楽しそうに観劇してくれる」

 

 地底に引きこもっているさとりが地上の光景を実際に目にしたのは、何十年、あるいは何百年も前のこと。けれど地上の話はペットや新聞などから知るすべがある。だから、人間と妖怪がともに楽しくしているという、昔ならば決して信じられないようなこころの語ることが嘘ではないこともわかっている。

 今の幻想郷とはそういうところなのだ。何年か前にも、大人しくしていたおくうが久しぶりに地上に迷惑をかけてしまったりして、それを懲らしめに地霊殿に地上から人間が訪れてきたりもしていた。それも、地上の妖怪の力を借りながら。

 

「悪の宗教家ども、かつての希望の面を所有する我が宿敵(ライバル)、よく仮面を売ってくれるけどたまに怖い河童の店員に、おかしな口調の化け狸……他にもいる。我は自我に目覚めてすぐ、それらさまざまな者どもと戦い、多くの事実と感情を学んだ。それはとても刺激的な出来事だった」

「刺激的、ですか」

「うむ。自我に目覚めるより前にも妖怪としての我らも存在してはいたが、自意識なんてなかったと言っていい。そんな我らが自分の心で初めて捉えた情景が幻想郷だった。だから、その幻想郷と、その住民たちに影響されたのだと思う。人間も妖怪も関係なしにともに在ろうとする、なんとも摩訶不思議な世界に」

 

 そこまで言うと、こころは厳かな雰囲気を少しだけ崩して、自身の手を見下ろした。

 

「……それに、我々は道具だからな。持ち主をなくし、供養されずに放置された神の欠片の残骸。かつては人に扱われることを本分としていた。だから無意識のうちにその頃の感覚がよみがえって、誰かとともに在ることに違和感を抱かんのかもしれん」

「なるほど……よくわかりました。ありがとうございます、こころさん」

 

 道具の妖怪たる付喪神は、本体である道具が持ち主の手を離れなければ生まれることはない。捨てられるなり忘れられるなり、持ち主がなくなるなりして放置されることで、道具に宿っていた神霊が暴走し、人間に牙を剥く妖怪へと変化する。それこそが付喪神という存在なのだ。

 多くの付喪神はかつての所有者に捨て去られ、そのことに憤りを感じて目覚めることが多いという。事実、ほとんどの付喪神は人間を嫌い、恨みを持っている。

 ならば、とさとりは口を開いた。

 

「こころさん。その……答えづらかったら答えなくてもいいのですが、無意識とは言え人に扱われる頃を思い出すというのは、心情的にきついことではないのですか? なにせ付喪神は皆、人間に怨みを……」

「え?」

 

 目をぱちぱちとさせ、言っている意味がわからないという風にこころが首を傾げる。

 

「いえ、その……付喪神は基本的に、捨てられた道具がへそを曲げることで生まれる存在のはずですから。道具は基本的に人間が作り、扱うものです。こころさんもそうなのでしょう?」

「え、うん、そうだけど……別に私は捨てられたわけじゃないよ?」

「え?」

 

 演技じみた口調を完全に崩してのこころの返答に、今度はさとりが小首を傾げる番だった。

 こころはしばらく考え込むように腕を組むと、なにか思いついたのか、頭の横につけたクマのお面を摘んだ。

 

「ただ、持ち主の人が死んだだけ……だったと思う。あんまり覚えてないけど。それからずっと放置されて、皆私の存在を忘れていって……気づいたら、動けるようになってた」

「……なるほど、暴走して付喪神になったわけではなく、時を経ることによる自然的な付喪神化……」

 

 ならば強いわけだ、と納得をする。長年存在し続けるものは道具でも妖怪でもなんでも、強い神秘の力をその身に宿らせる。基本的に長く生きた妖怪ほど強いし、たとえ弱いとされる種の妖怪であろうとも、何千年と生きた者であれば鬼でさえも打倒し得る力を持つ場合もある。

 時間の経過による自然な妖怪化を為し得たこころともなれば、その力は相当なものに間違いない。

 

「付喪神として生まれたのはいつ頃か覚えていない。ずいぶんと前かもしれないし、案外近い過去かもしれない。だが、前にも言った通り、自我に目覚めたのはつい最近だ」

「それはいったい、どういう」

「今の我はいろいろ驚いたり、楽しんだり、嬉しがったりできる。だが、目覚めるより前の我々は『安定』していた。我は六六(ろくじゅうろく)のお面により感情を操る力を持つが、その時の我々はあらゆる感情が他のあらゆる感情を抑え込み、何事にも感情を出さず、ただそこに在っただけ……怨みなど抱けようはずもない」

「感情を操る、力……」

 

 さとりは、左胸の前で強く手を握りしめた。

 心を読めるさとりは、人とまともな付き合いができるようになることを望んでいたさとりは、心の持っているような力が自分にあればと思いかけたこともあった。あの三つ目の瞳で見ゆるすべての嫌悪感を、ぐちゃぐちゃと泥色に混じり合う悍ましき闇を、たとえ力ずくでも目の前からなくすことができるなら、と。

 こころの持つ力のことを聞いた時、さとりの中に生まれた感情は、なんとも表現しがたいものだった。羨ましさ、ではない。ただ、かつて望んだ力と同じものを初めての友達と言える存在が所有していることが、なにやら皮肉じみた奇妙なことに思えたのだ。

 

「だが我はそのうちの一つをなくしてしまい、感情の均衡が崩れてしまったことで自我に目覚めた。本来ならばそのまま消え失せるところを、今はもう新たな面を作ることで均衡をもとに戻し、その上でかつての『安定』に戻らぬよう感情を学んで妖怪らしく生きようと心がけている。なにが言いたいのかというと……我々は人間に怨みなど抱いてはいないし、抱く要素もない」

「わかりました。踏み込んだ質問だったというのに、わざわざお話しいただいて、ありがとうございました」

 

 こころにとってはただの道具であったことを思い出すことは苦ではない、ということだ。幻想郷の環境のほかにそういう事情もあるからこそ、さとりと同様に一緒に戦うことに抵抗感がない。

 本当に自分は運がよかったのだろう、とさとりは思った。

 初めて会ったのがこころという、人とともに戦うことに抵抗のない者だった。ともに戦っていくだけの環境ときっかけがあり、それのおかげで仲良くなることができた。こうして後日には二人で洞窟の探索なんてこともできている。

 あの森で会ったのが普通の妖怪だったなら、一緒に行くことを提案した時点で断られていたかもしれない。あるいは、その先で猿と遭遇した時にうまく二人で戦うことができず、そのままやられてしまっていたか。少なくとも〝鋭き右の柔熊〟と戦う時に詰んでいたことは確実と言えた。

 あの時出会ったのがこころだったからこそ、ここまで来ることができた。ここまでの付き合いをすることができた。

 それをわかっているからからかもしれない。自分がこんなにも、こころに心を許してしまっているのは。

 

「こころさんは、どうしてこのゲームを始めたんですか?」

 

 歩くのを再開し、さとりはついと思いついた質問をしてみる。

 長く立ち止まっておしゃべりに興じすぎたか、太陽は完全に沈み込み、その残光もあと数分持てばいい方というところだった。

 

「どうしてって?」

「大した意味ではありません。誰かに誘われたとか、噂で聞いて面白そうだったからとか……そういう、なんでもない話です」

 

 こころは少し悩むように腕を組み、しばらくしてから口を開いた。

 

「皆、仮想世界っていうところでいろいろやってるって聞いて、そこならいろんな感情を学べるかもしれないって思ったからかな」

「なるほど」

「単純に皆が楽しそうだったからっていうのもあるけどねー」

 

 さとりは? とこころが問いかける。右目を閉じて考え込む。どうしてこのゲームを始めようと、この世界に来ようと思ったのか。

 ――純粋に楽しそうだと思ったのが意図の一つではあるが、一番の理由は別にある。

 ――心が読めない世界なら、自分もまともにやっていくことができるかもしれない。寂しさを和らげることができるかもしれない。

 そう、思ったから。

 こころを見る。無表情ながら、その実感情豊かな初めての友人に目を向ける。

 

「……私も同じです。楽しそうだと思ったから、やりたいと思って」

「ほうほう」

「でも、本当の理由は別にあるんです」

「本当の理由? それって?」

「それは」

 

 言いかけて、躊躇して、一旦口を閉じる。教えたくないわけではない。寂しかったから、なんて言うのが急に照れくさくなってしまったのだ。

 こころは、どうしたの? と言いたげに首を傾げていた。

 早く答えなければいけないのはわかっている。だから「それは、その」ともう一度言葉にしかけるのだが、やっぱり恥ずかしくて、顔が熱を持ってしまうのがわかった。

 顔を空に向け、一度深呼吸をし、胸に手を当てて心を落ちつかせる。

 空からは完全に日の光が消失し、世界は夜の色に満ちていた。薄い雲が星々の瞬きを覆い隠し、満月だけがその強い光を持ってして、雲を通り抜けて地上を照らしている。

 意を決し、さとりはもう一度、口を開いて――。

 

「っ、さとり!」

「――――〝紅蓮弾〟っ!」

 

 突然こころに突き飛ばされ、受け身を取ることもできずに地面に転ぶ。疑問や不満に思う暇もなく、次の瞬間には視界が真っ白に染め上げられた。

 

「っ――――」

 

 間近で爆弾が破裂したかのごとき轟音、衝撃、爆風。思わず上げてしまったはずの悲鳴さえ、その苛烈すぎる奔流に掻き消されてしまった。

 すぐに立ち上がって、さきほどまで自分の立っていた場所を見る。

 そこに何事もなかったはずの平坦な地面はなく、その内部から黒い煙を立ちのぼらせる、荒れた小さなくぼみができ上がってしまっていた。土は溶け、周囲の草木は焦げ色に染まり切り、火花を散らしている。

 月の明かりだけが頼りだった世界だったからこそ、その焔の光はなによりも強くさとりの目に焼きつけられた。

 

「これ、は……くっ、こころさんっ! 無事ですか!?」

 

 間違いなく、何者かが故意的に襲撃をしかけてきた。それもさとりとこころの視界に入らないよう、ずっと潜みながら待ち伏せを。

 洞窟の攻略を終えた後だったから完全に油断していた。あの洞窟でのゴブリンたちの不意打ちは備えていたからこそどうにかなったが、いきなりやられては対処はかなり難しい。

 

「げほげほっ! な、なんとか大丈夫!」

 

 こころはさとりよりも爆炎の近くにいたようだった。膝をつき、咳を吐きながらの返答が耳に届く。

 さとりはすぐにこころに駆け寄って、その様態を確かめた。

 服が一部焦げ、腕や顔などにわずかなヤケドが見受けられる。確かに「なんとか大丈夫」と言えるだけの大した怪我ではないのだが、それでも傷を負ってしまったことは間違いない。

 さとりは拳を握りしめ、こころに頭を下げた。

 

「すみません、私を助けるために……」

 

 さとりに構わず、自分だけ先に離脱しようとしていれば、こころが怪我を負うことはなかったはずだ。

 クマの時と同じようにこころに助けられてしまった。役に立てるようになったはずだと思っていたはずなのに、また迷惑をかけてしまった。それがとてもみじめで、申しわけない。

 

「私が勝手にやったことなんだから気にしないで! 今はそんなことより……」

「……はい」

 

 ぶんぶんと頭を横に振って、気落ちした思考を意識的に払う。そう、こころの言う通り、今はそんなことで落ち込んでいる場合じゃない。

 少しだけ収まった爆風の向こう側に、小さな人型の影が見えた。

 右手を肩の後ろに回しては素早く剣を抜き放ち、左手はいつでも魔法陣を描けるように構える。こころも背に吊り下げた薙刀をしっかりと両手で構えると、切っ先を人型の影の方へと向けた。

 臨戦態勢を整えて数秒後、黒い煙の中を通り抜け、やがて一人の少女がさとりとこころの前に姿を現した。

 

「今日の獲物さんは二人組かぁ……ふふっ、いったいどんな悲鳴を上げて壊れてくれるのかな」

「あなたは……」

 

 ベレー帽を乗せた金髪のサイドテールの頭、炎よりも深く輝く真紅の瞳。金の装飾が目立つ真っ赤なカーディガンを羽織っているのだが、その虹色のボタンはすべて開けられており、内側の白いブラウスと十字架の首飾りがあらわになっていた。白いラインの入った紅色のプリーツスカートを着用し、白と赤の縞々のニーソックスの上に、また同様に真紅色のストラップシューズを履いている。

 その少女を一目見て、特に気になった点は二つ。一つは人間の換算で一〇にも満たぬ幼い肢体でしかないこと、一つは口元に八重歯が見え隠れしていること。

 さとりの頭の隅に、こころが来る前に小耳に挟んだ二人のプレイヤーの発言が断片的によぎった。

 

「まさか……恐ろしい、波動……?」

「あら、私のことを知っているの?」

 

 燃え盛る炎の熱さゆえか、初めて遭遇したプレイヤーキラー(を殺す者)への戦慄ゆえか、さとりの額を一筋の汗が流れ落ちる。

 そんなさとりを眺め、《恐ろしい波動》と呼ばれる幼い少女は、愉快そうに口の端を吊り上げた。

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