俺は今、グレモリーの本邸まで来ている。
本来なら敵陣であるここに来るのはマズいかも知れないが、事情が事情だ。
アザゼル先生がシトリー側の様子を見に来た時に、小猫ちゃんが倒れたと聞かされた。
指示した以上に修行に取り組み、オーバーワークが原因との事だ。
最初は会わないつもりだった。
今の状況で会うのは、お互いに失礼だと思ったから。
でも、アザゼルさんは俺に小猫ちゃんに会ってやれと言う。
『今の小猫には、お前の言葉が必要だ』と。
小猫ちゃんが休んでいる部屋に案内され、ノックをする。
「はい、どなたで……ってカズキくん? 」
少しすると中から朱乃さんが現れた。
ベッドには、朱乃さんの言葉に反応したのか上半身だけ起こした小猫ちゃんが見える。
きっと付き添ってあげていたのだろう。
「こんにちは朱乃さん……入ってもいいかな?」
「今は……いえ、貴方だからこそなのかしら。あの子を、お願い」
朱乃さんは一瞬迷ったようだが、何かに納得すると部屋に入れてくれて、自身は外へと出て行った。
小猫ちゃんがいるベッドの横にちょうど椅子があったので、俺はそこまで移動して座る。
小猫ちゃんは、何も言わずに俺を見つめていた。
「数日振り、小猫ちゃん。修行、頑張りすぎちゃったみたいだね?」
俺の問い掛けに、小猫ちゃんはベッドのシーツを握り締める。
「さっき、イッセー先輩にもオーバーワークはダメだって言われました……」
「そうか、悩んでる時はひたすら進むのもアリだと俺は思うがね。泣いちゃうくらい悩むなら、尚更だ」
小猫ちゃんの目の下が腫れていた。
きっとついさっき擦ったのだろう、少し赤くなっている。
小猫ちゃんは右手で目の近くを触る動作をした後、此方に向き直った。
「……カズキ先輩。少し、話を聞いて貰えますか……?」
それから小猫ちゃんは自身の昔話をしてくれた。
自分には姉がいて、小さい時に親と死別してからは誰にも頼れず、ずっと二人で助け合いながら生きてきた。
ある時、とある悪魔が姉の才能を見抜き眷属に誘った。
姉は自分と一緒に暮らすのを条件に悪魔へと転生し、やっとまともな生活を手に入れました。
でも、姉は悪魔になった事で才能を開花し過ぎた。
元々得意だった妖術だけでなく魔力にも目覚め、挙句仙術の才能まで手に入れました。
力に呑まれて暴走した姉様は主を殺して逃亡し、私も責任を追及されて処分されそうになりました。
でも、サーゼクス様がリアス部長に私を引き合わせて助けてくれた。
それから私は部長に新しい名前を貰い、悪魔になりました。
「先輩……私は、どうしたらいいんでしょう? 」
小猫ちゃんは話し終わると、ポロポロと目から涙が溢れ出した。
「今のままじゃ、私は部長の役に立てない……でも、猫魈の力を使うのイヤ! 姉様みたいになるのが、怖いんです……」
自分で自分を抱き締めながら独白していく。
それでも小猫ちゃんの震えは止まらない。
「先輩なら、どうしますか? 私と似た様な経験をした、貴方なら……先輩? 泣いてるんですか……?」
うん、泣いてます。
途中鼻かんでて聞こえなかったけど、ちゃんと聞いてたよ。
こんなに小さいのに、そんな辛い経験を……。
「ごめんなさい先輩。先輩も辛いのに、嫌な事思い出させ……あぅ。」
モグラさんも心配してるのか、ポケットから飛び出して小猫ちゃんの頭に飛び乗り、頭の上で腕を動かして撫でる様な仕草をする。
「キュイ!」
「ほら、モグラさんも心配してる」
「モグさん……」
小猫ちゃんが頭のモグラさんを持ち上げ、胸の辺りで抱き締める。
「嫌ならやめればいい。辛いなら逃げればいい。誰も責めたりしないし、俺がさせない」
「……はい」
「それでも前に進みたいと思うなら、休みながらでいい。ゆっくりと、一歩ずつ進んでいけばいいさ。俺は、そうしてきたよ?」
俺は訓練が嫌で途中でやめたし、辛くて逃げた。
すぐに捕まって責められたけど。
それでも意地になってサボり続けた。
時にはマジメに取り組んで、油断を誘った。
そうやって一つずつ積み重ねて、やり続けて。
俺はようやくパターンを掴み、安定したサボり方を編み出したんだ。
「俺なんかに出来たんだ、小猫ちゃんに出来ない筈がない。どんな力か俺にはわからないけど、きっとそれは小猫ちゃんの力になってくれる」
「そうでしょうか……」
俺は椅子から立ち上がって、小猫ちゃんの頭に手をポンと置く。
「小猫ちゃんは力に呑まれたりしないよ。こんなに優しいんだから」
「……はい!」
「じゃあそろそろ戻るね、匙をイジメなきゃいけないから」
モグラさんも抜け出して、膝の上で手を振ってから俺のポケットに戻る。
「先輩、モグさん。ありがとうございました。少し、気持ちが楽になった気がします」
「そりゃよかった。疲れが溜まってるのは本当なんだから、今は休まないとダメだよ? 試合じゃ手加減しないからね」
「はい、私もです」
にっこりと笑いながら返してくれる。
元気が出たみたいで、俺もモグラさんも一安心だ。
そのまま部屋を出ると、廊下で朱乃さんが待っていた。
「小猫ちゃん、元気になったみたいですね」
「モグラさんを抱き締めましたから。誰でもみんな元気になりますよ」
「あら、じゃあ私も抱き締めちゃおうかしら?」
朱乃さんはそう言うと、突然俺に抱き着いてきた。
「あの、朱乃さん?抱き締めるのはモグラさん……」
「ごめんなさい、もう少しこのまま……私にも、元気と『勇気』を頂戴」
いや、俺はアンパンヒーローじゃないから。
あ、あれは愛と勇気か。
余計渡せねぇよ、愛とか。
熨斗つけて返されるわ。
勇気なんざ持った覚えがない。
混乱して考えが飛び跳ねまくっていると、朱乃さんの抱擁から解放された。
朱乃さんは少し離れると、笑顔を浮かべながら話し出す。
「ありがとう……私も、小猫ちゃんと同じ様に乗り越えなければいけないの。その為の『勇気』、貴方から貰いたくて。もう少しだけ待っててくれる?」
同じもの? ……あぁ、堕天使が嫌いな事か。
そうだな、そろそろ言ってしまってもいいかも知れない。
もう少し……ゲームが終わったらでいいか。
「朱乃さん。今度のゲームが終わったら、貴女に話したい事があります」
「……え?」
「それじゃ、まだやらなきゃいけない事があるので今日はこれで」
「ちょ、ま、え? 何今の……いや、あれ、え?」
「ゲーム、本気で行きますから。みんなによろしく言っといて下さい」
「本気って……その、はぃ……」
なんか朱乃さんの様子がおかしいけど、今は急がないと。
お、アザゼルさん発見。
「アザゼルさんお待たせ、サクッとシトリー領まで送って」
「お前、さっきの本気か? まぁお前ならあいつも認めると思うし、俺も文句はないけどよ……」
何だかアザゼルさんがおかしい。
さっき? 朱乃さんの話か?
「もしかして朱乃さんの事? バラキエルさんとの約束があるけど、そろそろ朱乃さんにバラキエルさんの事話そうかと思って。なんか堕天使の事で思い詰めてるみたいだし、助けになるんじゃないかな?」
「あぁ、わかった。そうだ、お前バカだったもんな」
「何いきなり失礼な事ほざいてんの?」
何だその本気で残念な物を見る目は。
やめろ、なんか俺が惨めみたいじゃないか。
「とにかくやめとけ、あいつの為にもお前の為にもならん。まだ話すんじゃねぇ」
「え? でも俺もう朱乃さんに……」
「死ぬ気で誤魔化せ。気合があればどうにかなる。出来なきゃお前が死ぬだけだ」
「俺死ぬの!?」
何故だ、親子の顔合わせの話をしていて、何故俺の命の危機に繋がる。
アザゼルさんが頭をガシガシと掻きむしりながらこちらに手を伸ばす。
「もうこれ以上面倒起こす前にさっさと帰れ。しっしっ」
あんまりな行動と共に、俺はシトリー領に転送された。
くそ、殴る時間がなかった。
「お、帰ってきたのかカズキ。どうだ、少し様になってきただろ?」
匙が俺に気付くと、足捌きやら受けの型やらを見せてくる。
ふむ。
「教えてるのが俺でよかったな。俺が同じ事を言った時、『ほーら、ここがこんなに違うんだよー』って言いながらボコボコにされた」
「お前の師匠は鬼か何かか?」
猿と悪魔です。いや、龍か?
「匙って鍛えてる上に喧嘩慣れしてるから、元々攻撃教える必要ないな。攻撃の凌ぎ方もそれなりになってきたし、そろそろ仕上げだ」
「仕上げ?」
「そうですよ、サジ」
「会長っ!」
俺たちが話していると、匙の背後から会長さんがやって来た。
「報告遅れてすみません、先ほど戻りました」
「いえ、そんなの気にしないで下さい。さて、サジ。貴方はカズキくんのおかげで、戦闘技術はかなり向上しています。次は、神器を鍛えましょう」
会長さんは、メガネの位置を直しながら匙に告げる。
「神器を鍛えるって……どうするんです?」
「グリゴリに連絡して、神器の資料を取り寄せました。これを参考にします」
会長さんが紙の束を見せながら答える。
いつの間にそんな事を。
アザゼルさんは向こうにかかりきりだし、シェムハザさん辺りかな?
「安心しろ。会長さんと俺が一緒に考えた、『ここまでやってなんで死なないの?』な訓練を乗り越えた時、お前の神器は次の段階に進める」
「おいちょっと待て、今不穏な単語が聞こえたんだけど」
気のせいです。
「男を見せろよ匙。今度のゲーム、鍵はお前だ」
「かっこいい台詞の無駄使いすんな! え、なに俺死ぬの? カズキに殺されるの!?」
会長さんと俺で、怯える匙の両脇を持ちながら訓練場まで引き摺っていく。
「大丈夫だって、俺もいっそ殺してくれと思ったけどなんとか生き延びたし。人間の俺に出来たんだ、悪魔のお前ならチョロいチョロい」
「お前はなんかあれじゃん! 人間とか悪魔とかで分類しちゃいけないカテゴリーだろ!? 俺を一緒にするなって!!」
「おいおい、そんなに褒められたら張り切っちゃうじゃないか」
匙の脇を掴む手に力が入る。
ギシギシ鳴ってるけど、まぁ平気だろう。
「腹をくくりなさい、サジ。貴方ならやり切れると、私は信じています」
「うぅ……死にたくねぇよぉ……」
会長さんの一言により匙は抵抗を止め、頭を垂れながらも自分の足でついてきた。
実際、匙なら死ぬ事はない。
日頃から会長さんに厳しく扱かれているのだろう。
正直、今の匙は素のイッセーなら完封も出来ると思う。
でも、向こうにはアザゼルさんがいる。
神器マニアのあの人なら、イッセーをこの期間で完全な禁手に仕上げてきてもおかしくない。
そんな事になったら俺も瞬殺されるんじゃないかね。
それに対抗するために匙を限界まで鍛える。
それが会長さんと考えた今回の課題。
冗談でも何でもなく、匙は本当にこちらの切り札なのだから。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「カズキの対策?」
「はい、狙い目っていうか弱点っていうか。なんかそんな感じのないですか?」
悪魔のお偉いさん達が会長の夢を馬鹿にした時、あいつは立ち上がった。
いつもの様な軽い雰囲気と違い、堂々とした態度と口調で悪魔のお偉いさんを説き伏せていた。
その姿は何処か大人びていて、俺と同い年の奴には見えなかった。
いつか部長が追い詰められた時、俺もあんな風にかっこよく助けたいものだ。
そんなあいつが、今回は俺たちの敵に回った。
いつも俺たちを助けてくれていたカズキだからこそ、敵に回す恐ろしさは理解している。
俺にはあいつを倒す方法が思いつかなかったので、ここはひとつカズキをよく知るアザゼル先生に聞いてみることにした。
「弱点ねぇ……ありすぎて笑えるが、何より脆い事だ。幾ら改造されてようが、所詮は人間の耐久力だからな」
そういえば自分でもよく言ってたな。
『俺は脆いんだ』って。
「打撲やら骨折ならすぐに回復しちまうが、お前のドラゴンショットや、リアスの滅びの力で手足の一本でも吹き飛ばせば、それで詰みだ」
「吹き飛ばっ!?」
なんて過激なお言葉だ!
それ、ゲームが終わっても治らないんじゃ……。
「ぶっちゃけ数字だけ見るなら、あいつの能力はお前より少し上程度だ。木場やゼノヴィアよりも低い。それでも、お前らはあいつに絶対に苦戦する」
「そ、それは何故……?」
楽勝だなんて思っていないが、木場やゼノヴィアの方が能力が上なら、2人がかりとかなら行けるんじゃないか?
俺がそう思っていると、先生は自分の眼を指差す。
「まず第一に、眼だ。改造で底上げされてるのに加えて、あいつはガキの頃から自分より速い奴とばかり戦ってきた。生半可なスピードじゃ翻弄できない上に、見えなくても経験則や勘で動きを捉えやがる」
勘ってなんだよ、理不尽すぎるだろ!?
そういやライザーと戦う前の合宿で、木場の攻撃を殆ど動かずに捌いてたな。
つまり木場がとんでもないスピードで動き回っても、疲れるだけで全部無駄って事かよ……。
俺が驚愕していると、次に先生はこめかみをトントンとつつく。
「次にココ。頭、ってより発想だな。あいつを常識で考えるな。セオリー通りに動いてると、必ず足下すくわれるぞ。悪魔よりも悪魔らしい事を平然とやって来るからな、あいつ」
お前らもライザー戦で見たんだろ?
先生の言葉で思い出す。
あの時も開幕早々油断しているあいつらに、一人で敵陣特攻をかましてたな。
相手を挑発して、ペースを崩そうとしたりもしてた。
「んでもって何より尋常じゃないのが、近接戦闘の技術。これがあいつの最大の武器だ。最初は俺たちグリゴリの連中が教えてたが、ヴァーリが美猴と引き合わせてな。カズキを気に入った美猴が、ヴァーリと一緒になってカズキを鍛え始めた」
「美猴ってこないだの孫悟空!? カズキって孫悟空の弟子なのか……なんかすげぇ」
「凄いなんてもんじゃないんだがな……まぁそこで死ぬ程頑張って、あいつは15の時には美猴やヴァーリと殴り合う事が出来ていた。孫悟空と殴り会えるって凄さを、あいつ自身が理解してないがね」
確かグリゴリに保護されたのが10歳って言ってたよな。
美猴とは戦っていないからわからないけど、5年の修行であのヴァーリと殴り合える様になったのか。
……めちゃくちゃだな、カズキって。
「ここにモグの力が加わると、また段違いで厄介になる。まぁここら辺は後でリアス達も交えて話してやるから、また後でな」
先生はそう言うと、部長たちがいるであろう部屋に歩いていく。
「今更だけど先生、そんなにカズキの事喋っちゃっていいんですか?昔からの知り合いなのに……」
俺が後ろについて歩きながら問いかけた。
すると先生は大爆笑し出して、足を止めた。
「お前、情報があるだけでカズキとやり合えるつもりか? あいつは人間の身で、本気じゃなかったとはいえ堕天使総督や白龍皇に勝ったこともある規格外なんだ。全部話してもまだまだ足りないんだよ」
……は?
カズキって、先生にも勝った事あるの?
ヴァーリにまで?
「そもそも、お前達が戦うのはシトリー眷属であってカズキじゃない。あいつばかり見てるとあっさり負けるぞ」
先生はそう言うと再び歩き出した。
そうだ、俺たちが戦うのはあくまでシトリー眷属なんだ。
会長や、匙だっている。
舐めてた訳じゃないが、気合を入れ直して頑張らないと!!
あの後朱乃さんは、暫く思考が度々飛んだりしてました。
突然笑い出したり、アワアワしたりする場面もありましたが、特に問題はありません。