気がつくと殺風景な部屋にいた。
窓はなく、あるのはドアノブのない扉だけ。
うぅ、頭がクラクラする。
えっと、そうだヴァーリさんに何かされて……てかここどこだよ。
「にしてもなんかスゲェ腹減ってんな……」
「それはそうだろう、二日も何も食わなければ腹も減る。ほら、ゆっくり飲め」
空気の抜けるような音と共にドアが開くと、よく知っている声が聞こえてきた。
駒王学園の制服に身を包んだゼノヴィアが、ゼリー飲料の入ったパックを投げ渡して来る。
「所でここ、どこ?」
「グリゴリの研究施設だ」
貰ったゼリーを啜りながら俺が質問すると、ゼノヴィアは淡々と答える。
あれ、なんか様子がおかしい?
「ってか二日? ヤバいな、急いで帰らないとロキとか言うのが–––」
「お前はここから出れないぞ。というか、出さん」
俺が立ち上がろうとすると、ゼノヴィアが急にそんな事を言い出した。
ゼノヴィアの奴、やけに真剣な顔してるけど俺またなんかやらかしたか?
「えっと……ゼノヴィア、出れないだの出さないだのってどういう意味?」
「そのままの意味だ、お前は治療が完全に終わるまでここにいろ。ロキは私たちと白龍皇の仲間たちで対処する」
ゼノヴィアはこちらに背を向け、そのまま出て行こうとする。
いや、何とんでもない事言ってから出て行こうとしてんだ!?
「待て待て待て! 何、ヴァーリさん達が協力すんの? だったら尚の事……」
「必要ないと言っているんだ。お前はもう、戦わなくていい」
ゼノヴィアは俺の言葉を切り捨て、断言してくる。
……何もそんな言い方しなくてもいいだろう。
「何言ってんだ、戦力なんて多い方がいいに決まってんだろ。あのヴァーリさんがこっちと一緒に戦おうとする相手だぞ? あの時みたいなヘマはもうしないからさ、俺も一緒に–––」
「身体、思うように動かないんだろう?」
一瞬、言葉に詰まってしまった。
「……何の事?」
「もう隠すな、アザゼル先生から聞いた。お前の命の事も……」
「……堕天使ってのは、秘密を喋っちゃう習性でもあるのかね。困ったもんだ」
俺が肩を竦めると、今まで背を向けていたゼノヴィアがこちらに向き直る。
その眼には、哀しみと若干の怒りが混ざっているように見えた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「カズキが死……いや、何を言って……」
アザゼル先生が何を言っているのかわからず、私はその場でたじろいでしまった。
「事実だ。このまま無理を続ければ、あいつは成人になる事なく確実に死を迎える事になる」
「それは、彼の身体が弄られている事が原因なの?」
リアス部長の質問にアザゼル先生は頷き、カズキの身体について語り始めた。
怪我が再生される度に無理矢理繰り返される、細胞の過剰分裂とその老化。
カズキが保護された時からこの症状が見られたが、その時はまだ軽度の症状だった。
しかし、コカビエルとの戦いで使った生命エネルギーの過剰使用。
これが致命的だったそうで、そこから加速度的に細胞が死んでいっているらしい。
混乱していたし、内容が難しくて全て把握は出来なかったが、何となくは理解出来た。
「俺がカズキと戦った時には、特に異常は感じられなかった。……いや、言い訳だな。あいつの寿命を削った事には変わりない」
「俺っちだってそうさ、今はこれ以上あいつを戦わせる訳にゃあいかん」
ヴァーリと美猴は苦々しい顔をしながら呟く。
彼らも自分の行動がカズキの寿命を削っていたと知って、深く後悔しているようだった。
「そ、それは私の神器で治せないのでしょうか!?」
「無理だ、あいつの症状は病気みたいなもんだからな。『聖母の微笑』で怪我は治せても、病気は治せない」
アーシアの必死の言葉もアザゼル先生は頭を横に振って否定し、木場へと向き直る。
「木場、お前この間カズキと組み手しただろう。どう感じた?」
「……何時もの彼とは悪い意味で別人でした。でもそれは、彼が悩んでいたからでは?」
「それもあるだろうが、動体視力や反射神経が著しく衰えてきてる。後は体力の低下だな、覇龍状態のイッセー相手にした時なんか殆ど勘で動いてやがったそうだ」
アザゼル先生はそう言ってから、私達に問いかけてくる。
「お前らは感じた事はなかったか? あいつが自分を蔑ろにしすぎる、他者を優先しすぎると。俺がこれ以上戦うのを辞めるように言っても、あのバカ人の話を聞きやしねぇ」
感じた事は……ある。
あいつはいつも、自分よりも他の者を優先して助けようとする。
それは性格から来ているのかと思っていたが……。
自分が死ぬのがわかっていたから?
だから他者を助けようとしてるのか?
自分がいくら傷付こうがいずれ死ぬから、死んでも構わないから無茶も平気ですると?
「ッバカにしてるのか、あいつは!?」
私はこみあげてきた怒りに任せ、地面を思い切り殴りつけてしまった。
拳から血が滲み出て、アーシアが治療しようと駆け寄ってきてくれる。
「そ、そうだ! 悪魔になれば寿命とか伸びるんだし何とかなるんじゃ!? 俺だって死にかけてたけど、それで生き返ったんだし!」
「そんなもん初めに考えた、だが無駄だった。駒の材料になる鉱石で試したが、あいつの身体が拒絶する様に弾かれるのさ。理由はわからんがな」
イッセーの案も、アザゼル先生はあっさりと否定する。
きっと私たちが思いつく様な方法は全て試したのだろう、カズキを救う為に必死に考えて。
「そんな状態なのに、彼は私の事を気に掛けて……?」
「分かってやってくれ、朱乃。あいつは決して、俺たちの指示にただ従ってた訳じゃないんだよ。これ以上は、戦いが終わったらあいつからお前が直接聞け」
朱乃さんはその話を聞き、その場に座り込んで口から声が漏れない様に手で覆いながら涙を零す。
それでもみんなの耳には、何度も繰り返される『ごめんなさい』という悲痛な言葉が届いていた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「何で私達に何も伝えず黙っていた」
ゼノヴィアがそう言いながら、こちらを睨みつけてくる。
俺は何も答えずに黙ったまま、ゼノヴィアの顔を見つめ続けた。
「お前はそうすれば楽かもしれんがな!? お前が突然死んだ方が、私たちは悲しいんだ! この位いつもお前がバカにしている私にだってわかるぞ、お前は私以上のバカだ!」
「別にいいじゃねぇかバカでも。俺は騒がしくて楽しいお前らと一緒にいられれば、それでよかったんだよ」
「なんだその自分勝手な理由は!? 私達の事も少しは考えろ!」
「自分勝手で悪いかッ!? もし俺が本当の事言ってたらいつも通りに過ごせたか!? いつも通りに接してくれたか!? 俺がいるだけで暗くなる様なお前ら、見たくなかったんだよッ!」
怒鳴ってしまった。
叫んでしまった。
こうなったらもう自分でも止められない。
「親に捨てられて、施設に預けられてもそこに居場所なんてなくて、訳わかんねぇ奴に殺されかける俺のクソみたいな人生! 」
「お前らはそんな俺がようやく手に入れた、初めての友達なんだよ! 大切な居場所なんだよ! それを、俺の所為で壊したくなんかなかったんだよッ!」
「笑いながら声を掛けてくれて、バカやって、それでみんなに怒られて。そんな毎日が大切なんだ、大好きなんだ! 俺が、俺さえ我慢してればみんなそのままなんだ、だったらそれで–––」
「そうじゃないだろう!!」
俺の自分勝手な言葉を黙って聞いていたゼノヴィアが、俺の言葉を遮り襟首を掴んで怒鳴りつけてきた。
「え……?」
「確かに私達には何も出来ないかもしれないが……なんでお前は、そうやって辛い事を何でも一人で抱え込もうとするんだ!? 目の前に私だっているだろう!」
ゼノヴィアは自分の胸に手を当てながら、唾を吐きかける様な至近距離で捲くし立ててくる。
「私はそんなに頼りないか? そこまで私は役立たずか!? 私は……お前を救う事は出来なくても、手助け位なら出来るつもりだぞ!?」
「私が頼りないならそれでもいい。お願いだから、誰かに頼る事を覚えてくれ……!」
ゼノヴィアは大粒の涙を零し、俺の胸元に頭を押し付けてから空いている手を握りしめ、肩に一発トンと軽く打ちつけた。
そんな軽い一発が、何故かとても痛かった。
「……そろそろ時間だ、私はもう行く。また来るから、それまで大人しくしていてくれ」
ゼノヴィアは涙を拭いながらドアに向き直り、そのまま部屋から出て行ってしまった。
自分以外誰も居なくなった部屋で、俺はその場に座り込み自身の横にある壁を力任せに殴りつける。
「俺に、どうしろってんだよッ……!」
「カズキ、お前そんな所に座り込んで何してんだ?」
声に反応して振り向くと、ドアの前にジャージ姿の匙が何かを抱えて立っていた。
「なんで匙がここに……?」
「アザゼル先生に拉致されてな、ここで絶賛特訓中だ。てか俺の事はどうでもいいんだよ、お前こそこんな所で何してんだ?」
匙が不思議そうにこちらに質問してくる。
こいつ、俺の話聞かされてないのか?
「俺は、何してんだろ。よくわかんなくなってきた……そうだ、イッセーがどうなったかわかるか?」
アーシアちゃんがいたから死にはしてないだろうけど、やっぱり心配な物は心配だ。
「兵藤ならこれから行われる会談の会場で、ロキを待ち伏せしてる筈だ。現れたら会長達が、兵藤達ごと大暴れしても平気な採石場跡地に転送する事になってる」
「は!? 会談って今日なのか!?」
じゃあロキもすぐに来るって事で……
「早くみんなの所に–––」
「行ってどうするんだ? そんな身体で、モグさんもいないのに」
ドアに向かおうとした俺は、匙の言葉で足が止まる。
モグラさんが……いない、今まで気づかなかった。
それに匙、やっぱ身体の事知ってたのか。
「モグさんがいない事にも気付けない様になってるお前が行っても、周りに迷惑掛けるだけじゃないのか? それでも行きたいのか?」
「……」
俺の身体はボロボロだ。
筋力はまだ誤魔化せるが、視力も落ちてるし身体の反応が遅すぎる。
下手すりゃ戦場に着いた途端、ロキに殺されるかもしれない。
匙の言う通り、ここで待ってるのが正しい。
みんなにも迷惑をかける事はなくなるんだろう。
けどそんなもん、もう知ったことか。
「お前らみんなしてゴチャゴチャうるせぇんだよ! もう知るか、俺は俺のやりたい様にやる!」
俺の癖に色々考えすぎてた。
俺にシリアスなんて似合わない、好き勝手に暴れてやる!
それであいつらに嫌われたら……すげぇ凹むけど、俺の知らない所で死なれるより、守って嫌われる方がよっぽどマシだ!
……ゼノヴィアも、他のみんなも同じ事考えてたんだろうけどな。
「周りのみんなに迷惑かけてもか?」
「だから知らん、もう決めた! そもそもな、周りに迷惑掛けるのなんておれにとっちゃ今更なんだよ! 許容して下さいお願いします!」
「ひでぇ事堂々と言いやがるな、お前は」
「そんな訳で匙、お前は人質だ。俺を無事に現場まで送り届けろ。弱っててもお前をどうこうするくらいなら……」
「よし、じゃあまずはこれ。ここから拝借してきた転移装置だ、お前の自宅と戦場になる採石場跡地を俺が登録しといた。簡易式って書いてあったし壊れ易いから注意しろ、あとこっちはモグさんな」
俺が匙ににじり寄ると、あいつは抱えていた包みを俺に手渡してきた。
その包みには丸い宝玉が着いた機械と、器用に鼻ちょうちんを作って寝ているモグラさんが入っている。
あ、あれ?
なんでこんな準備よく……あるぇ?
「そろそろ会談が始まる頃だ、俺も最終調整があるってシェムハザ副総督に言われてるからもう行く。気をつけて行けよ」
匙はそう言うと、ドアから出て行こうとする。
「ちょ、待てよ匙! お前、俺を止める為に来たんじゃないのか?」
「俺はそんな事一言も言ってないぞ、まぁ会長にはそう頼まれてたけど。お前が行くって決めたなら、俺は手伝ってやるよ」
匙は笑いながらそう言ってくれるが、絶対後で会長さんにお仕置きされるよな。
下手すりゃリアス先輩達からも。
「もちろん俺もお前には生きてて欲しいさ、大事なダチだからな。でも、お前がお前らしくなくなっていく所も見たくないんだよ。たとえ姫島先輩やゼノヴィアさんに恨まれたとしてもな」
「いや、お前……それでいいのか?」
「お前は俺の頼みを聞いて強くしてくれた、なら今度は俺がお前の頼みを聞く番だ。師匠には恩返ししないと、だろ?」
匙はそう言うと、手を頭の高さくらいまで挙げる。
「行ってこい、カズキ。お前らしくな」
「……ありがとう、行ってくる!」
俺は匙の掌に自分の掌を振り抜いて打ち鳴らしてから、転移装置を起動した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「さて、お話は終わりましたか?」
「うげ、副総督。見てたんですか?」
「さぁ、貴方も最終調整が残っている。手早く済ませてしまいましょう」
「あれ、怒らないんですか? アザゼル先生の指示で軟禁する筈だったんじゃ……」
「えぇ、ですが備品である転移装置が『たまたま』ここに置いてあり、それが誤作動して『偶然』迷い込んだモグラさんと一緒に転移してしまったのなら、それは事故ですから」
「……ありがとうございます」
「時間がありません。貴方の中に埋め込んだヴリトラ系の神器、これらの覚醒を促します。辛いかもしれませんが、大丈夫ですか?」
「友達がみんな死ぬ気で頑張ってるんです。俺もそんくらいしなきゃ、顔合わせらんないですよ」
「そうですか……じゃあ死んだ方がマシかもしれない位痛いですけど、大丈夫ですね」
「え……?」
匙くんに対する露骨なテコ入れ。
私が好きな作品の一つはグレンラガン。
後はわかるね?