何この『萌え』を具現化させた様な子は。
ここの祀ってる神様は『萌え』の神様だったのか。
まぁ冗談はともかく、周りには結構な数の伏兵の気配。
この子からは何やら面倒な香りがプンプンする。
ならば返答は一つ。
「いえ、京都出身の者ですけど?」
息をする様に嘘をつく。
「ふぇ? そ、そうなのか?」
「えぇ、産まれも育ちも京都です」
「で、でもそなたの様な者を私は見た事がないぞ!」
「こちら側になったのが最近な者で、まだご挨拶も出来ていない状況なんですよ。連絡が行き届かず申し訳ないです」
そう言ってこちらが頭を下げると、少女は何やらアワアワとし始める。
「そ、それは悪い事をしてしまったのじゃ……ごめんなさい」
ケモミミ少女はぺこりと頭を下げる。
チョロすぎて将来が心配になるな。
まぁとにかく、ここはこのまま一気に消えさせて貰おう。
「ははは、気にしないで下さい。誰にだって間違いはありますよ。ではこれで失礼しま–––」
「おいカズキ! 幾ら旅行でハシャいでるからって速すぎ……ってなんだこの状況!?」
「これは……京都の妖怪か? 囲まれている様だが」
おぅ、面倒なタイミングで出てくるなや二人とも。
「……旅行じゃと? という事はお主、今の話は嘘か!」
うん、思いっきしバレたな。
この怒れる少女をなんとか宥めなければ。
「大人は汚いんだ。世の中の真理を一つ学べて良かったな、ケモミミ少女よ」
「ケモ……? よ、よく解らぬがこの嘘つきめッ! やはり貴様らが母上を……許さぬぞ、不浄なる存在どもめ! ものども、かかれッ!」
説得失敗。
前にも失敗したし、どうにも俺には説得の才能がない様だ。
というか母上って何さ。
ナンパなんてしてないし……あぁ、これが噂に聞く美人局って奴かね?
少女の号令に合わせて、木の上や茂みに隠れていた者たちが続々と襲い掛かってくる。
カラスっぽいのや狐っぽいの、天狗っぽいのまでいて実に多種多様だ。
「カズキ、ゼノヴィア! 何が何だかわからないけど、こっちからは出来るだけ手を出すなよ!」
「え〜……ちゃっちゃと潰して、早く京都見学に戻りたいんだけど〜……」
「了解だイッセー! ほら、カズキもいいから言う事を聞け!」
俺がイッセーの提案に文句を言ったらゼノヴィアに叱られた。
まぁ揉め事起こして、修学旅行中止とかになっても嫌だしな……仕方ないか。
攻撃せずに適当に避けとけばそのうち疲れて撤退してくれるだろ?
あそれ、ヒョイヒョイっと。
「うぅぅ……あの嘘つき男め、ヒラヒラと避けるのばかり達者な奴! 皆の者、あの戯け者に集中攻撃じゃ!」
うぉ、調子乗ってたらイッセーとゼノヴィアの所に行ってた分までこっちに来た!?
さ、流石にこの数に包囲されての波状攻撃はキツイぞ!!
「ちょ!? 待て待て待て、いきなりはズルイって! 話し合お……あっ!!」
周りを囲んでいたカラス顔の一体が振るった錫杖が羽織っていた制服の胸辺りを掠め、そこからパキリと小気味良い、最悪の音が聞こえた。
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くそ、なんでいきなり襲われるんだ!?
見た感じ、こいつら京都の妖怪って奴だよな?
何とか穏便に済まさないと、部長にも迷惑がかかるかもしれない!
「くそ、カズキ大丈夫か!? おら、離れろお前らぁ!」
「どうしたカズキ、攻撃は当たってないだろ……カズキ?」
いきなり囲まれたカズキの元へゼノヴィアと一緒に割って入り、拳を振り回して辺りの敵を遠ざける。
「アッハッハ! なんじゃ、痛すぎて声もあげられ……ん? あやつ、一体何をしとるんじゃ?」
カズキは駆け寄ったゼノヴィアに反応を示さず、何故か急に制服の上着を脱ぎだした。
その余りの挙動に、相手の連中も動きも止まっている。
カズキはその場で膝をつき、上着を裏返してから裏ポケットの辺りを確かめる様に弄りだした。
暫くするとカズキの肩がびくりと跳ね、次の瞬間には両手足を地面に着いて崩れ落ちてしまった!
なんだ、一体何が起きたんだ!?
相手の特殊な攻撃か、それとも妖怪だから呪いとか!?
「カズキ!? ゼノヴィア、カズキはどうしたんだ! 無事なのか!?」
「……さ……い……」
「少し静かにしてくれ、カズキが何か言っている! どうしたカズキ、何処か痛むの……か……?」
ゼノヴィアが背中を揺すると、カズキはゆっくりと立ち上がった。
よかった、動けるのか……ん?
カズキは動いたかと思うとその場に立ち尽くし、俯きながら何かをボソボソと呟いている。
何を言ってる……?
「……さん、……るさん、許さぁぁぁんッ! 禁手、化ゥゥゥッ!!」
「ちょ、カズキ!?」
カズキは突然空に向かって咆哮を上げたかと思うと、凄まじい闘気を辺りに撒き散らしながら禁手化した。
なんかメチャクチャ怒ってらっしゃる!
「な、なんじゃ急に!?攻撃されたのがそんなに気に食わんかったのか!?」
「攻撃されるのは構わない、痛いのも我慢しよう、最悪手足の二〜三本折られたって耐えられた……だがな! 貴様らはやってはならない事をした! こいつを見ろッ!」
カズキはそう言うと、自分の制服に縫い付けていた『ある物』を強引に引き千切って連中に見せつけた。
それは旅行前に部長から渡された『フリーパス』。
俺たちが京都を歩き回る為に必要なそれは敵の攻撃が掠めた時に割れたのか、修復が難しいのが分かるほどに砕けていた。
「これがないと俺は、俺はぁ……! 京都を自由に回れないんだぞぉぉぉぉぉ!!」
カズキはフリーパスの残骸を握り締めながら吠えた。
メットで表情はわからないが、あれは確実に泣いていると思う。
ゼノヴィアもどうすればいいのかわからず、カズキに手を伸ばしたまま混乱している。
「……あぁそっか、そもそも自由に回れないのもこいつらがいるからじゃん。こいつら纏めてぶっ飛ばしてこの土地を占領すれば、こんなフリーパスなんてなくても問題ないよね?」
バイザーが怪しい光を灯し、身体のいたる所からドリルを突出させてギュインギュインと危険な音を響かせる。
腕のタービンも激しく回転し、放電現象まで起こしている。
これは……!
「よし、チャチャッと埋めようか……」
「カズキくぅぅぅん!?」
完全にキレて暴走してらっしゃる!?
「イッセー、そいつらを早く避難させろッ! カズキは本気だ!!」
ゼノヴィアがドリルの出ていないカズキの腰に背後から抱き着いて動きを阻害するが、カズキは止まらない。
カズキはゼノヴィアを引きずりながら、連中に向かって一歩一歩前進していく。
そ、そうだ、ボケっとしてる場合じゃない!
「あんた達急いでここから離れろ! こいつは俺たちが抑えてるから、出来るだけ遠くへ!」
「お、お主達の指示なぞ!」
「いいから早く行け! 俺たちはそっちと争う気はないんだ、これ以上揉める種を生みたくない!」
「姫様、あの者から感じる力は我等を遥かに凌駕しております! ここは一先ず撤退を、貴女様まで失う訳にはいきませぬ!」
「……仕方ない、の。皆の者、撤退じゃ!」
奴らを率いている少女が反抗してきたが、すぐに側近らしき狐面の女性にたしなめられて考えを改めてくれた様だ。
少女の指示に従い、連中は巻き上がる風と共に撤退していった。
「クソがぁ! 勝手に逃げてんじゃねぇぞゴラァァァァ!!」
「落ち着けカズキ! あいつらをどうこうしてもしょうがないだろう!?」
カズキは撤退する連中に怒号を唸らせ、ゼノヴィアは腰に縋り付く。
俺、あそこに突っ込まなきゃいけないのか。
あ〜……今のあいつを止められる自信、ないなぁ……。
結局異変を感じて飛んで来たアザゼル先生がボロボロになりながらも何とかシバいて落ち着かせ、凹み過ぎて動けないカズキを先生と一緒に来たロスヴァイセさんがホテルまで運んでいった。
その後俺とゼノヴィアはみんなと合流して、アーシアとイリナに事情を説明。
松田たちには『カズキは調子を崩して先にホテルに戻った』と伝えると、みんなも心配してくれて稲荷神社での観光を終えると今日はホテルに戻る事になった。
ホテルに戻ってすぐ桐生たちと別れ、俺たちはカズキがいるであろう自分の部屋に駆け込んだ。
するとそこには–––
「うぅ……グスッ……」
「ちょ、待って! これは違うんです、まずは私の話を聞いて!? カ、カズキくんもホラ、早く放して下さい……!」
上半身裸でロスヴァイセさんに抱きついているカズキと、顔を真っ赤にしながらアワアワしているロスヴァイセさんの姿が。
誰だってこの光景を見れば、ゼノヴィアと一緒にカズキを蹴り飛ばした事を責める奴はいないと思うんだ。
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「あなたはいつも私と朱乃さんに注意しておきながら、自分は何をやっているんだ!? ズルいぞ、羨ましいぞ!!」
「い、いえですから私は汚れている服を上着だけでも着替えさせようとしただけで何も……わ、私だって急に抱き着かれて驚いたんですよ!? 怒られるのは理不尽ですぅ!!」
「お前もだカズキ! 欲求不満なら私に言えッ!」
「いや、別にそんなつもりじゃなかったんだけど……てか最近変な言葉ばかり覚えてくるな、何処から仕入れてるの? どうせ桐生だろうけど」
ホテルでの夕飯を済ませた後も、ゼノヴィアは俺とロスヴァイセさんに説教? を繰り返す。
ロスヴァイセさんは顔を真っ赤にしながら反論しているが、ぶっちゃけ全部俺の所為なので申し訳なくなってくる。
最初は凹み過ぎて部屋に引きこもっていたが、アーシアちゃんが『私のフリーパスを使って下さい』と言い出したので無理矢理元気に振舞っている。
アーシアちゃんにあんな顔で言われたら、子供みたいに拗ねてはいられないでしょう?
「お〜、お前ら揃ってるか?」
「祐斗さんがいらっしゃらないですけど……ご一緒ではないんですか?」
みんなと一緒に部屋でくつろいでいるとアザゼルさんがやって来て、アーシアちゃんが首を傾げつつ答える。
そういや木場は、アザゼルさんのところに昼間の連中の相談に行ったとかって言ってたな。
「あぁ、木場はいいんだ。あいつには万が一に備えて、シトリー眷属と一緒にここで待機しててもらうからな」
「待機……やはり昼間に襲って来た連中と関係が?」
「あぁ、先方と話がついてな。イッセーが連中を庇ったおかげですぐに誤解が解けたぜ。向こうの姫さんが直接詫びを入れたいそうなんで、今から向かう着いてこい」
ゼノヴィアの質問にアザゼルさんが親指を後方に差す。
ほぅ……?
向こうから呼び出すとは、なかなか話が早いじゃないか。
連中の本拠地に殴り込みをかけて、纏めて血祭りに上げてやろうって事だね?
「それなら向こうを待たせちゃ悪いね、急いで出発しよう」
「おいカズキ、お前なにか良からぬ事を企んでないか?」
「やだなゼノヴィア、俺は京都との関係改善の為に少しでも早く行動しようとしているだけだよ?」
決して連中を風通しの良い身体にしてやろうとか考えてない。
精々泣いても殴るのを止めない程度だ。
それも駄目なら言葉でイビリ倒してやる。
「まぁ確かに待たせるのもマズイからな、急ぐぞ。お前らの修学旅行を台無しにするのも気がひけるから、問題は早めに片付けたほうが良い」
こうして俺たちはアザゼルさんに導かれ、妖怪の巣窟までやって来た。
そこで待っていた案内役の狐面をつけた女の人曰く、なんでもここはレーティングゲームを行う異空間と同じ様な場所だそうで、『裏街』とか『裏京都』とか呼ばれているらしい。
時代劇に出てくるような古い家屋が建ち並び、そこら中を狸やら河童やらの妖怪が歩いていてなかなか賑やかだな。
案内役の人に着いて暫く歩くと、巨大な鳥居とその奥にあるこれまたデカい屋敷が建っていた。
それを見てちょっと心が震えたのは秘密だ。
案内されるまま奥まで進み大広間に入ると、そこには豪華な着物を着こなした昼間のケモミミ少女と、何故かセラフォルーさんがいた。
「やっほー皆☆ カズキくんもお久♪」
着物姿に合わせてか、いつものツインテールではなく髪を結いて纏めている。
黒髪が和服と合ってよく似合っている。
黙ってればだけど。
「……なんでセラフォルーさんがここにいるの?」
「京都の妖怪と協力態勢を得る為に来たんだとよ、お陰で話を通すのがスムーズだったぜ」
成る程、そういやセラフォルーさんって外交担当とか言ってたもんな。
その後ケモミミ少女–––九重(くのう)は自己紹介の後に深く頭を下げて謝罪した。
「昼間はお主達の話を聞こうともせずに襲ってしまい、大変申し訳なかった。どうか、許して欲しい」
くそぅ、ネチネチ言ってやろうと思ってたのにちゃんと反省してるから言えん。
みんなも九重の態度を見て許してるし……イッセーなんかナデポを発動して幼女を口説いてる。
みんなに茶化されて否定してるけど、九重が顔を真っ赤に染めてるのが見えんのかね?
聞けばあちらの大将である『八坂姫』、つまり九重の母親が何者かに誘拐されたらしい。
写真を見せて貰ったけどえらく綺麗な人だな、イッセーが鼻の下を伸ばしてアーシアちゃんに抓られる位には美人だ。
そんな状況で、あからさまに怪しい俺たちを疑うなってのが無理な話か。
はぁ……もっと観光したかったなぁ……
「その、特にカズキ……と言ったか? お主には暴言も吐いたし、何やら大切な物を壊してしまったようじゃ。本当に申し訳ない……」
「ん……まぁやっちゃったもんは仕方ないし、その状況じゃ仕方ない。あんま気にしないでいいよ」
ホラ、九重もこんなに謝ってくれてるじゃないか。
殆ど話を聞いてなかったが、母親を攫われた可哀想な少女に追い打ちかけるほど俺も腐ってないですよ?
俺が諦めると、側に控えていたカラス頭が九重に何かを耳打ちする。
「何、壊されたのは認証? なんじゃ、それならば私がお主たちに京の都を案内しよう! そうすれば認証なぞ必要無くな–––」
「犬とお呼び下さい、姫」
ヒャッハー! 通行手形ゲットだぜーッ!!
護衛と称してこの子を連れ回せば幾らでも観光し放題じゃねぇか!?
神様はまだ俺を見放してはいなかった!!
「ではカズキ殿、貴方も八坂姫捜索に全面的に協力して下さいますな?」
「話は殆ど聞いてなかったけど任せて下さい! 要はこのツルペタ姫を護りつつ、拉致されたムチムチ姫を取り戻せば良いんでしょう!? バッチコイですよ!」
「ツルペッ!?」
カラス頭に尋ねられ、その場で勢い良く立ち上がりながら即答する。
九重の視線が若干険しくなったが、まぁいいだろう。
とにかくテンション上がってキターッ!!
「おいカズキ、言っとくがあんま派手に動くなよ?」
「何言ってんのさアザゼルさん、何のためにアンタっていう責任者がいると思ってるんだ?」
「少なくともお前の尻拭いをする為にいるんじゃねぇぞ」
責任者ってのは、責任を取るのが仕事なんだよ?
全部あんたの所為にするに決まってるだろう。
「と、とにかくお主も……カズキも母上を助ける為に力を貸してくれるのか?」
「おぅ任せとけ。たとえイッセーが犠牲になろうともお前の母ちゃんは助けてやるからな!」
「俺を犠牲にする前提なのかよ!?」
「……何だか果てしなく不安なのじゃ」
ボツ案では九重を人質にして妖怪勢と交渉させるつもりでしたが、途中で上手く話が纏まらなくて挫折しました。