苦しい修行という名の虐待の日々もようやく終わり、晴れて人間界へと生還を果たした俺。
帰るのが決定した前日には、玉龍さんから『もう来んな』という暖かい言葉を受けた。
お礼として大層自慢してきた立派な髭を寝ている間に左右とも三つ編みにした後、簡単に解けないようにグリゴリ特性接着剤でガッチガチに固めてあげた。
初代さんに挨拶した後、反応を確認せずに逃げ……もとい帰ってきてしまったが、きっと喜んでくれていることだろう。
そんなこんなで無事自宅に転送されたのだが、そこにいたのはスコルとハティのみ。
あれ、他のみんなは?
俺が首を傾げていると、二匹は突然現れた俺に気付いて一声吠え、嬉しそうに尻尾をブンブンと振りながら擦り寄ってきてくれる。
うは、めちゃくちゃかわゆい。
二匹を思う存分モフモフ撫で回しながらよくよく時計を見てみると、学校が終わってから時間があまり経っていない。
この時間ならまだ部活中か、待っているのもなんだしスコルたちの散歩がてら顔を出しに行くかな。
「よしスコル、ハティ。散歩に行くぞ!」
『ウォフッ!』
俺の言葉に待ってましたと言わんばかりに二匹は駆け出し、その口にリードを咥えて持って来る。
それを受け取り首輪に取り付け、玄関に常備しているお散歩セットを手に取って家を出た。
さて、みんなは何してるのかね?
はい、修羅場ってました。
旧校舎に辿り着き部室の扉を開けようと手を伸ばした瞬間、勢いよく扉が開け放たれる。
当然そんな事を俺が察知出来るわけもなく、扉は顔面にクリーンヒット。
突然の衝撃の後痛みに悶える俺に見えたのは、一瞬こちらを申し訳なさそうに見つめた後そのまま走って行ってしまったリアス先輩と、その後を追いかけて行くアーシアちゃん。
そしてその後ろ姿を困惑した表情で見つめているイッセーに、突然の出来事に部室の中で固まっているオカ研メンバーたち。
痛みで麻痺した思考も働き出し、状況をなんとなく理解した。
これが噂に聞く修羅場か、と。
帰ってきたばかりの俺に、少しばかり厳しすぎやしないかね?
うつ伏せで地面に横たわりながらも顔だけ前に向けると、スコルとハティは俺を心配して顔を舐め回し、俺の存在に気付いたモグラさんも駆け寄り倒れ伏している俺の鼻目掛けて突撃してきた。
うん、心配してくれてありがとう。
でもね?
スコルたちの唾液で顔がすごい事になってるし、モグラさんは俺の鼻に突撃してトドメを刺さないで。
ただでさえ残念なお顔が、鼻が潰されて更に惨めな事になっちゃうから。
他の面々が俺の存在に気付いたのは、それから暫く経ってからの事だった。
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「で、何がどうしてこうなった?」
朱乃さんに魔術で作って貰った氷嚢を鼻に当てながらカズキはソファーに座り、近くにいた木場に尋ねている。
その間、俺はずっと部長の事を考えていた。
俺がレイヴェルの母親と会話してから様子が変わって、部長の質問に答えて……そして、泣きながら走り去ってしまった。
追いかけようにも朱乃さんに『余計に傷付けるだけだ』と言われてしまい、それも出来ない。
みんなの反応からも、俺がマズイ事をしたのはわかってる。
でも、何がそんなに悪かったのかがわからないんだ。
俺がバカだから、気付かないうちに部長を傷付けていたのか?
俺が部長の心中を理解していなかったせいで、こんな事になってしまった。
俺は一体どうすれば……。
俺の考えが纏まるよりも前に、カズキへの木場の説明が終わった。
木場からいきさつを聞いた後にカズキから出た感想は、たった一言。
「え、いまさら?」
……は?
いや、いまさらってどういう–––
「あんだけ露骨にアピールされてて、未だにリアス先輩とくっついてなかったの?」
「普段がっついてる癖に、その実ヘタレかお前は」
「そらいまさらそんな事言われたら、リアス先輩もキレるわ」
俺が混乱してる間にも、カズキは矢継ぎ早にどんどん言葉を発していく。
何だ、何を言ってるんだこいつは。
お前の言い分じゃまるで–––
「部長は俺の事が……好き、なのか……?」
「……え、そこ? そこからなの?」
俺の絞り出した言葉に、カズキが呆れたように呟く。
俺だって、その可能性を全く考えなかった訳じゃない。
いくら部長が眷属想いの優しい人でも、俺の扱いは木場やギャスパーとは違いすぎるとは思っていた。
でもそんなもの、俺が都合良く勘違いしてるだけだと思っていた。
でももし間違えていたら、今の心地よい関係は終わってしまう。
そもそも、部長みたいなすごい人が俺の事を好きになるなんて。
そうだ、勘違いしちゃいけない。
そこで勘違いをしたら、これ以上を望んだら全てが終わって–––
「まぁ初めての彼女が『アレ』だったからな、お前が尻込みするのもわかるけど」
俺の、初めての彼女。
夕麻ちゃん、堕天使のレイナーレ。
あいつの事を思い出した瞬間、嫌な汗と共に一気に色んな場面が頭を駆け巡った。
気軽に話しかけるなと言われた。
無い頭を必死に捻って考えたデートも、とてもつまらないと言われた。
名前を、呼ぶなと言われた。
俺なんかが、美少女のみんなと話してていのか。
俺なんかと買い物をしていても、みんな本当はつまらないんじゃないか。
部長の名前を呼んだら、拒絶されるんじゃないか。
……あぁ、そうか。
俺、怖いんだ。
女の子と仲良くなる事が。
今より仲良くしようとして、拒絶されるのが。
あれだけハーレムを作ると息巻いておいて、その実女の子と仲良くなる勇気もないなんてな。
情けないと言われてもいい。
あんな想い、もう二度と味わいたくない!
だったら……!
「自分に自信がなくてもさ、お前を想ってくれてる人くらい信じてやれよ」
「……え?」
カズキの言葉に俯いていた顔を上げる。
カズキは呆れ顔のまま、扉の方を指差す。
そこには部長を追いかけていった筈のアーシアがおり、ゆっくりと俺の所に歩いてくる。
「アーシア、部長のところに行ったんじゃ……」
「朱乃さんがいらして、リアスお姉さまと一緒にいて下さってます。そしてここに来るようにと、今のイッセーさんには、私の言葉が必要だと」
いつの間に……もしかして、カズキが朱乃さんにお願いしてくれたのか。
こんな時だが、カズキのドヤ顔が神経を逆撫でる。
まぁ、今はそんな事はどうでもいい。
アーシアは目の前まで来ると俺の手を取り、両手で包みながら笑顔を向けてくれる。
「私は–––イッセーさんのことが、大好きですよ」
「……え?」
「ずっと一緒にいたいです。バカになんて出来ませんし、する訳もありません。尊敬してますし、私が慕っている一番頼れる男性です」
アーシアの言葉に呆けている俺に、アーシアは抱擁しながら諭すように語り掛けてくれた。
「この先ずっと遠い未来でも、私はイッセーさんと一緒にいます。ですから自分なんかなんて寂しい事、言わないで下さい」
アーシアの言葉で、俺は気付かされた。
アーシアは俺のすぐそばで、こんなにも俺の事を見てくれていたのだと。
守っていたと思っていたアーシアに、俺は護られていたんだと。
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「スゲー。俺のありがたみのない説教が、アーシアちゃんの清い精神(ココロ)で全てなかった事にされてしまった。アーシアちゃんマジ天使」
アーシアちゃんの心からの説得に、イッセーとアーシアちゃんはお互い抱き合いながら涙を流した。
その光景を見てレイヴェルちゃんはどこかホッとした様な表情を浮かべ、イリナさんもハンカチを目に当てつつ二人を丸ごと抱き締めている。
ええ話やねぇ、感動的だわ。
「で、でも! 僕は今のセンパイの言葉、シンプルだけどカッコよかったと思います! カンドーしました!」
ギャスパーくんが両拳を顎の下あたりで握り込み、上目遣いで褒め称えてくれる。
あざといポーズを使いこなしているな、でも嬉しいから頭を撫でておこう。
あまり深く考えてなかったのは秘密だ。
「そうだね、僕もいい言葉だったと思うよ。でも今はそれより、君を待っていた人たちと話すといいんじゃないかな?」
木場はそう言いながら、ある一点を指差す。
その先にはゼノヴィアとロスヴァイセさん、そして俺にモグラさんを奪われたからか若干ご機嫌ナナメの小猫ちゃんの姿が。
「戻ってきて早々大変だったな。だがお陰で助かったよ、流石私のカズキだな!」
修学旅行の最後にも言ってたが、いつ俺がお前のになったよ。
「お帰りなさい先輩。モグさん少し寂しそうでしたけど、元気にしてました」
ありがとう小猫ちゃん、君だけがこの部活の良心だ。
でも君はイッセーの所に行かなくていいの?
「修行お疲れ様でしたカズキくん。さっそくですけど仕事の件でお話が……!」
おおう、なんかロスヴァイセさんが凄い必死だ。
やっぱ仕事押し付けてたのは悪かったよな、今度なにか埋め合わせしないと。
「まぁ、修行も無理矢理終わらせてきたんですけど……っと、見つけてくれたみたいだな」
みんなと話していると開けっ放しだった部室の扉から、スコルとハティが元気よく飛び込んで来て俺目掛けて突撃してきた。
どうやら俺のお願い通り、朱乃さんとリアス先輩を見つけてきてくれたらしい。
今はアーシアちゃんに聞ける雰囲気じゃないしね。
ちなみにモグラさんは久しぶりの俺の頭上を堪能中で、さっきから俺の頭から動こうとしない。
カワイイ奴め、俺も後で存分にモフらせて貰おう。
とにかく今はあの二人の所に行かなくちゃね。
「取り敢えず、俺は挨拶ついでに二人の所に行って来るわ」
「あぁ、部長たちにも挨拶して来るといい。朱乃さんもきっと喜ぶ」
スコルたちに促されてソファーから立ち上がると、ゼノヴィアが頷きながら俺を送り出す。
まぁそれも大切なんだけどね、俺の目的は別にある。
いや、あっただな。
流石に今の状態のリアス先輩にこんな話をしても、話し合いにならないと思うし。
「朱乃さんもだけど、本当はリアス先輩に用事があったんだよ」
「リアスさんに? 一体どんな要件なんですか?」
ロスヴァイセさんも気になった様で、不思議そうに尋ねてくる。
そんな大層な事じゃないんだけどなぁ。
「いえね、今度やるサイラオーグさんとの試合で少し提案があってさ。その相談をしようと思ってたんだよ」
「相談、ですか?」
「またカズキ先輩が悪知恵を働かせようとしてる……」
俺がそう言うとギャスパーくんは小首を傾げ、小猫ちゃんからはジト目を頂いた。
決め付けは良くないよ小猫ちゃん、こんなのいいトコ浅知恵だから。
「別に作戦って程でもないんだけどね。お互い駒は揃ってないし、まだ細かいルールもわかってない。そんな状況でも用意できる、ちょっとした『隠し玉』の提案だよ」
私は某ヤクザゲーが大好きなのですが、あのシリーズで唯一手を出していなかった『OF THE END』を最近プレイしました。
ゾンビゲー、というか怖いの全般が苦手な為、何かある度に悲鳴をあげつつ物語を進めていると、妹はそんな私を爆笑しやがります。
誰かあの不届き者に『常に口の中に髪の毛が入る呪い』をかけてやって下さい。