68話
中級悪魔の昇格試験から二日後。
僕たちグレモリー眷属は現在、冥界に居を構えるグレモリー城のフロアの一角にいた。
場内は慌ただしいもので、使用人の方々やグレモリーの私兵などが激しく行き来している。
ヴァーリチームは既にここにはいない。
美猴から連絡を受けた初代孫悟空がヴァーリの侵されたサマエルの呪いを解呪すると、ヴァーリチームの面々はカズキくんとイッセーくんの行方を捜索するためすぐさま行動を開始した。
未だに連絡がないところを見ると、捜索は難航しているのだろう。
その際、初代さまに『サマエルの呪いに触れたドラゴンが、どの様な状況なら生き残れるか』を尋ねた。
質問の答えは『肉体は間違いなく助からない。だが悪魔の駒が呪いに侵されていないのなら、魂は無事で未だに次元の狭間に漂っているかもしれない』というものだった。
僅かとはいえイッセーくんが生きている希望を手にした気分だったが、今はまだぬか喜びする訳にはいかない。
朱乃さんにその事を伝えた後、僕は邪魔にならない様に割り当てられた部屋でテレビのニュースを食い入るように見つめていた。
シャルバの外法によって『魔獣創造』から生み出された魔獣たちが、冥界の拠点及び都市部への進撃を現在も繰り広げている。
魔獣は一体一体姿形が異なり、全部で十三体。
一際大きな魔獣が一体と、それより一回り小ぶりな魔獣が十二体確認されている。
一際大きなものを『超獣鬼(ジャバウォック)』、一回り小さいものを『豪獣鬼(バンダースナッチ)』と呼称する事になった。
更にこの魔獣たちが厄介なのは、その身体から無数のモンスターを生み出し続ける事。
それらが近隣の町村を襲い、建物や自然を蹂躙していく。
避難を優先して行ったおかげで市民の被害は最小限で済んでいるらしいが、それもいつまで無事でいられるかわからない。
こちらも最上級悪魔のチームが討伐に向かうなど対策をとったが、堅牢な身体を持つ魔獣相手では効果はなく。
レーティングゲーム王者であるディハウザー・ベリアル率いるチームが『超獣鬼』に攻撃を仕掛けるも、与えたダメージをすぐさま治癒されてしまい歩みを一時しか止める事しか出来なかった。
王者ですら討伐出来なかったという情報はすぐさま冥界中を駆け巡り、民衆を更なる恐怖と不安に陥れる結果となる。
それに誘発されるように冥界の各地で、上級悪魔の眷属たちが主に反旗を翻す事件が続出した。
ムリヤリ悪魔に転生させられた神器所有者が、これを機に今までの怨恨をぶつけているのだろう。
しかもかなりの数の禁手が現れており、おそらく英雄派が技術を流布していると思われる。
この様な最悪の事態ではあるが、魔王さまや神仏の方々は前線に出るわけにはいかない。
『禍の団』には魔王や神仏を容易に滅せる聖槍の使い手にして、カズキくんを攫っていった英雄派のトップである曹操がいる。
この騒動は旧魔王派と冥府の神ハーデスによって引き起こされたものだが、この状況に乗じて彼らが何をしでかしてくるかわかったものではないのだ。
この一件で神仏や魔王が一名でも滅せられたら、今後の各勢力情勢にどの様な影響を及ぼすか……考えただけで滅入ってしまう。
悪魔がこれ以上の打撃を受ければ、種の存続が本格的に危ぶまれる。
このままでは冥界は–––
「『超獣鬼』と『豪獣鬼』の迎撃に、魔王さま方の眷属が出撃されるそうだ」
テレビを見つつ考え事をしていた僕に、突然掛けられた声。
驚きつつ振り返ると、そこにはライザー・フェニックスの姿が。
なぜ彼がグレモリー城に……?
「一応ノックはしたんだがな、返事がないし男の部屋だから勝手に入らせてもらった。兄貴の付き添いついでに、リアスとレイヴェルの顔を見に来たんだが……お前もしんどそうだな。察するぜ、木場祐斗」
思考を巡らせる事に集中しすぎて、接近された事どころかノックにすらまるで気付けなかった。
やはり僕も相当参っているのかもしれない、それでも僕まで折れる訳にはいかないが。
そんな僕を深刻な表情で見つめ、辛そうに眉をひそめるライザー・フェニックス。
この様子から察するに、彼はイッセーくんの死を既に把握しているようだ。
赤龍帝、兵藤一誠の死。
この件は報道されておらず、一部の者にしか伝えられていない。
シャルバ・ベルゼブブに囚われたオーフィスとモグラさんを奪還する為に単身飛び込んでいったイッセーくんだが、帰ってきたのは傷だらけのモグラさんと彼の悪魔の駒である《兵士》の駒が八つのみ。
彼を召喚する為に開いた龍門からサマエルのオーラが少量感知された事により、イッセーくんはシャルバとの戦闘中にサマエルの呪いを受けたせいで帰還できなかったのだろうと先生が言っていた。
死に瀕した眷属が駒だけでも主の元に帰すという強い意志に反応して、駒だけが召喚に応じる現象は過去にも例があったらしい。
しかしその場合は確実に本人は生きてはおらず、駒もその機能を停止して二度と使用できなくなる。
イッセーくんの駒を調べると、例に漏れずその機能が停止していた。
僅かな希望を胸に生きている確証を得ようと調べる度に、次々と望んでいない証拠ばかりが揃ってしまう。
モグラさんは帰ってきたが、イッセーくんに同行していたオーフィスも行方が分からなくなっている。
サマエルの呪いで滅ぼされたのか、それとも次元の狭間に留まっているのか。
少なくともシャルバの手によってハーデスの元に行った可能性は低いと見ている、あのイッセーくんがシャルバを仕損じるはずがないのだから。
彼ならどんな状況になろうと確実にシャルバを仕留めている、それだけは誰もが確信していた。
——っと、いけない。
また考えすぎてしまった。
とにかくここで喋るのも何なので、フロアのロビーまで簡単に会話を続けながら向かう事にした。
「部長に会う事は出来ましたか?」
「いや、ドアすら開けてもらえなかった。呼びかけたが反応もなかったしな……まぁ愛した男がああなってしまってはしかない、か」
僕の問いかけに、ライザー・フェニックスは首を横に振った。
部長はイッセーくんの駒が召喚されてから塞ぎ込んでしまい、何もせず部屋に閉じこもっているのだ。
僕も何度か訪ねてみたが、やはり返事はなかった。
今は朱乃さんが付き添ってくれているので食事等は心配ないが、朱乃さん自身もカズキくんの行方が分からず不安な筈だ。
彼女も最初は泣き崩れたが、暫くするとテキパキと仕事をし始めた。
僕が手伝うと申し出て少し休む様に進言したのだが、朱乃さんは『まだ彼が死んだと決まった訳ではないし、いつまでも泣いてばかりはいられない。彼に呆れられてしまうから』と気丈に笑って見せた。
強い人だと、そして凄い人だと改めて思い知らされた気分だった。
「そうですか……朱乃さんが様子を見てくれているので、倒れたりする心配はないんですが……」
「リアスの《女王》はいい眷属、そしていい女だな。自分も想い人の安否がわからないと言うのに、主人を優先している。あいつに惚れさせておくのが勿体無いくらいだ」
ライザー・フェニックスは肩を竦めながら溜め息混じりに呟き、僕も思わず苦笑してしまう。
朱乃さんの想い人、瀬尾カズキくん。
彼もまたシャルバの奸計により重傷を負い、気絶したまま英雄派に拉致されてしまった。
シャルバは英雄派がカズキくん対策に調整していたというサマエルの毒を使い、カズキくんが宿している神器であるモグラさんと『御使い』のカードを抜き出されて人間に戻されてしまった。
彼の身体を支えているミョルニルのレプリカは抜き取られなかったが、連れ去られる際に瀕死の重傷を負っていたカズキくんがどうなったのかわからない。
ゲオルクは戦力として連れて行くと言っていたが、それが何を意味するかはわからないと先生は言っていた。
特殊な体質を持つ彼の身体は、いくらでも利用価値があるのだと。
それこそ実験材料にされていてもおかしくないと、僕にだけこっそりと教えてくれた。
彼を想っている女性陣には、決して知らせるわけにはいかないから。
傷だらけで保護されたモグラさんもすぐさまアーシアさんが神器で治療してくれたが、傷が癒えたにも関わらず未だに眠り続けていて今は朱乃さんに頼まれた小猫ちゃんが預かっている。
宿主であるカズキくんから切り離されてかなり弱っているが、消滅の危機などはないそうだ。
「どちらもそう簡単に死ぬような奴らじゃない、どんなに僅かだろうと希望は捨てるなよ?」
「……はい」
「俺たちフェニックスより、あいつらの方が殺しても死にそうにないしな……っと、兄貴とレイヴェルもここにいたのか」
フロアに到着するとレイヴェルさんと貴族風の服装をした男性が同じテーブルについていたおり、そこから少し離れた所に小猫ちゃんが中でモグラさんの寝ているバスケットを膝に乗せて一人座っている。
レイヴェルさんと一緒にいたのはフェニックス家の長兄にして次期当主、ルヴァル・フェニックス氏。
どこか不良然とした弟のライザー・フェニックスとは違い、物腰も柔らかくそこにいるだけで華を感じさせた。
ルヴァル氏はこちらに気付くと僕に『フェニックスの涙』を数個手渡し、ライザー・フェニックスと共に前線に出る事を教えてくれた。
僕たちも前線に行くと信じてくれているからこそ、これを託してくれたのだろう。
ルヴァル氏はレイヴェルさんをしばらくここに置いてくれないかと尋ねられ、僕が了承すると笑みを浮かべた。
「ありがとう、こんな時だからこそせっかく出来た友人と共に居させてやりたくてね。では、行くぞライザー。お前も成り上りとバカにされたくなければ、冥界中に業火の翼を見せつけろ」
「そのつもりですよ兄上。俺にも負けたくない相手ってのがいるんでね、行方不明のあいつらにも聞こえる程度には暴れてやるさ。じゃあな木場祐斗、リアスたちを頼むぜ?」
二人はそれだけ言い残すと、この場を去り戦場へと赴いていった。
ライザー・フェニックスの言っている相手は、きっとイッセーくんとカズキくんの事だろう。
彼は彼で、二人の事を友の様に思っていたのかもしれない。
二人が去り残されたレイヴェルさんは小猫ちゃんの座っていた長椅子の横に腰を落とした。
そしてしばらく黙って俯いた後、両手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。
小猫ちゃんはレイヴェルさんの独白を黙って聞き続け、最後には優しく抱きしめてあげている。
「こんなのってないですわ……! ようやく、ようやく心から敬愛できる殿方に近付けたと思いましたのに……!」
「そうだよね、好きな人がいなくなるのって辛いよね……今はいっぱい泣こう? そのあとで、一緒に頑張ろう? 私も、目一杯頑張るから」
「小猫さん……小猫さん……ッ!」
……この二人の姿は、僕が見ていていいものじゃないな。
そう思い部屋に戻ろうと移動すると、廊下で朱乃さんの父であるバラキエルさんと遭遇した。
イッセーくんとカズキくんの事を聞き、朱乃さんの様子を見にやって来たそうだ。
「もう朱乃さんとはお会いになりましたか?」
「ああ、今は忙しいと追い返されてしまったがね。内心は辛いだろうが、そう振る舞える程度には元気そうで少し安心したよ。娘は力だけでなく心も強くなっていたのだな、カズキくんには親娘そろって世話になりっぱなしだ」
朱乃さんは今、アーシアさんの様子を確認していると聞いている。
そのせいで追い返されたのだろうか?
語っているバラキエルさんは困った様な、それでいて少し嬉しそうな笑みを浮かべていた。
娘の成長が嬉しい反面、その要因に自分が関われていない事が少々複雑なのかもしれない。
バラキエルさんは頬をポリポリと掻いた後、表情を真剣なものに変える。
「娘の想い人であり、私にとっても息子の様な存在だった彼にした仕打ち。英雄派の連中には、必ず責を取らせるつもりだ」
バラキエルさんは身体から僅かに怒気を漏らしつつ、力強く言い放つ。
バラキエルさんもまた、アザゼル先生と同じくカズキくんと幼少の頃からの付き合いだ。
カズキくんからも、バラキエルさんには色々とお世話になったと聞いたことがある。
きっとグリゴリの幹部の方たちは、みな同じ気持ちなのだろう。
「まぁ、私の出番はないかもしれないがね」
「……? それは一体、どうして?」
「アザゼルの奴、随分と久しぶりに本気になっている。ああなったあいつは、とんでもなく恐ろしいぞ」
口の端を吊り上げながら、バラキエルさんは言う。
堕天使の総督であるアザゼル先生の本気か、想像しただけで凄まじさが伝わってくる。
ましてや今回の敵は先生の身内というべき者に手を出したのだ、その苛烈さは計り知れない。
バラキエルさんはまだやる事があるそうで、足早に帰っていった。
娘の様子を見るために、無理をしてここに寄ったらしい。
こんな時だが二人の親子関係が改善されている様で少し嬉しかった、きっとカズキくんもこの事を知ったら喜ぶと思う。
「お、木場じゃないか」
僕がバラキエルさんの見送りを済ませると、廊下で見知った人物から声を掛けられた。
シトリー眷属の《兵士》である匙くんだ、隣にはソーナ会長の姿も見える。
「お二人とも、どうしてここに?」
「イッセーくんの話を耳にしたもので……リアスの様子を見に、立ち寄らせて頂いたんです。私たちは魔王領にある首都リリスの防衛、及び都民の避難を誘導する様セラフォルー・レヴィアタンさまから仰せつかっているので、あまり長居は出来ませんが」
ソーナ会長は表情を険しくして、そう告げてくる。
最上級悪魔クラスの強者は巨大魔獣の迎撃に回っているため、有望な若手は防衛と民衆の避難を誘導するよう指示されている。
本来なら僕たちグレモリー眷属もそこに行かねばならないのだが、チームがこの状態ではそれも難しい。
「そんでもって、俺はその付き添いだ。俺もお前らに聞きたい事があったから、無理言って連れて来てもらった」
「聞きたいこと?」
僕が尋ねるとそれまで笑顔だった匙くんは途端に目つきを鋭くし、表情をガラリと変える。
「兵藤を殺した奴、わかるか?」
迫力を感じさせる、力強い目をしていた。
彼も仲の良かったイッセーくんの事を聞き、敵討ちを望んでいるのだろう。
「わかるけど、もう死んでるはずだよ。イッセーくんが倒しただろうからね」
「……そうか、あいつならきっと勝ったんだろうな。なんたってあいつは俺の目標の一つで、ライバルで、ダチなんだから」
僕が答えると匙くんは空を仰ぎ見る様に顔をあげた後、目元を手で拭った。
イッセーくんとほぼ同時期に悪魔になった彼にとって、身近な目標であり競うべき友の喪失は堪えるものがあるのだろう。
「なら後はカズキを取り返すだけだ。あいつの事だから、俺たちが見つけるよりも早く、ひょこっと帰ってきそうだけどな。『誰も助けに来てくれないとか、お前ら俺の事嫌いなの?』とか言いながらさ?」
「ふふ、そうですね。彼なら本当に一人で、それも組織を壊滅させて帰ってくるような気がします」
ソーナ会長と匙くんは、そう言って笑う。
その光景が頭に浮かんできて、本当にやりそうだと僕も笑った。
久しぶりに、無理なく笑えた気がした。
「俺たちはこれから、都市部の一般人を守る為に行ってくる。ついでに『禍の団』の連中を、ヴリトラの炎で燃やし尽くしてやるさ。あんな連中を燃やすのなんざ、ついでで充分だって思い知らせてやる!」
「その意気ですよ、サジ。ヴリトラの力を宿す貴方なら、多くの民衆を守れます。その力、思う存分振るいなさい」
「……はい、会長!」
ソーナ会長からの激励を受け、目に決意の色を濃くする匙くん。
そのまま僕たちは部長のいる部屋に向かい、目的の部屋の扉の前に辿り着いた。
「リアス、私です。ソーナ・シトリーです、事情は把握しています。顔を見せて欲しいの、せめて声だけでも聞かせてちょうだい?」
「–––ソーナ……?」
ソーナ会長が優しく呼びかけると、部屋の中からか細い声で返事が返ってきた。
どうやら部長も親友のソーナ会長には反応を示してくれたようだ、これで少しでも部長に活力が戻ってくれれば……!
「ごめんなさい、ソーナ……今は誰とも会いたくないの……」
「そんな事を言わないで、リアス。木場くんから初代孫悟空さまの話を伺いました、まだイッセーくんには生きている可能性が……」
「お願い……私の事は放っておいて……」
「そんな事出来ないわ、貴女は私の大切な親友なのだから。お願い、立ち上がって。冥界の危機なのよ、私たち若手の悪魔にもやるべきことが–––」
「もういいのよ! 彼のいない世界なんて、イッセーのいない世界なんてどうでもいいのッ!」
「リアス……」
「……ごめんなさい、怒鳴ってしまって。でも、あのヒト無しで生きるなんて私には……」
ソーナ会長は諭すように声を掛け続けたが、それすらも部長に拒絶されてしまう。
そして部長のすすり泣く声が、部屋から漏れ聞こえてくる。
イッセーくんを失った悲しみから立ち直らせる事は、もう出来ないのだろうか……。
「あら祐斗くん、それにソーナ会長と匙くんまで」
僕たちが打ちひしがれている所に、シーツを持った朱乃さんがやって来た。
「朱乃さん、アーシアさんの所に行っていたんじゃ?」
「あれからずっと泣き続けていたので、魔術でムリヤリ眠らせてきましたわ。少しは休まないと、あの子の体調まで崩してしまいますから……」
僕が尋ねると、朱乃さんは苦笑しつつ肩を竦めた。
やはりアーシアさんもそういう状況なのか、無理もない事だが。
「ソーナ会長と匙くんもごめんなさいね、折角来て下さったのに。ちょっと失礼しますわ」
「ちょ、朱乃!?」
朱乃さんはそう言うと、部長のいる部屋の扉を開け放ちなんでもないように入っていった。
突然の行動でソーナ会長が驚いているのもよそに、朱乃さんはベットの上でシーツを被り体育座りをしている部長の目の前に立つ。
「朱乃……?」
「失礼するわよ、リアス」
突然の朱乃さんの行動に首を傾げる部長と、そんな部長にニッコリと微笑む朱乃さん。
朱乃さんは部長の座っているベットのシーツを両手で掴み、思いっきり引っ張った!
「え……わきゃ!?」
当然その上にいた部長は派手にすっ飛び、悲鳴をあげながらベットから転がり落ちた。
今お尻を打ち付けた上に顔もぶつけていたな、あれは痛い。
「い、いきなり何をするの朱乃!?」
「あら、いけなかった? シーツを交換したいのに、貴女が何時までもベットから動かないのが悪いのよ?」
がなる部長を朱乃さんはホホホと口元に手を当てて笑った後、持っていたシーツでベットメイクを始めてしまう。
その光景が、何処か見知った友人の姿と重なって見える。
それに対して、部長は尚も食い下がった。
「それならそうと、先に一言言えばいいじゃない!」
「だって貴女、そこを動きたくないのでしょう? 親友のソーナ会長が忙しい中無理をして来てくださったのに、顔も見せないなんて……失礼にも程がありますわ」
「それは……そうだけど……」
「それに私は部屋に閉じ籠ってる貴女と違って、やる事が沢山あるの。ここの掃除も早く終わらせないといけないのよ」
朱乃さんが頬に手を当てながらため息混じりに呟いたこの一言に、萎みかけていた部長の怒りが再燃した。
「そんな言い方……ッ! 貴女にはわからないのよ! イッセーを失った私の気持ちが!! カズキくんはいいわ、誘拐されても生きてるのだから! でもイッセーは……イッセーは、もう……!」
「リアス……カズキくんが生きている絶対の保証なんてあるの?」
部長の言葉に、目を真っ直ぐ見つめながら冷静に返す朱乃さん。
その真剣な眼差しに、部長は僅かに怯みを見せる。
「それは……でも、アザゼルが戦力として連れて行ったのだから殺されはしないと–––」
「そんなもの、あくまで予想に過ぎないのよ? もしかしたらあのまま死んでしまったかもしれないし、瀕死のまま拷問を受け続けているかもしれない。それとも身体の秘密を知る為にバラバラに解剖されているかもしれない。イッセーくんが生きている可能性に比べれば僅かに望みはあるかもしれないけれど、安全に生かされている可能性なんてそう高くないと私は思ってる」
「……」
朱乃さんの言葉を受けて、部長は黙り込んでしまった。
朱乃さんは、そこまで考えていたのか。
最悪の事態を想定した上で心を強く持とうとしているのかと、改めてこの人の凄さを感じた。
「それでも私はカズキくんが生きてると信じているわ、あの人がそう簡単に死んでしまうはずがないもの。それはイッセーくんだって同じよ? 彼があなたを残していなくなる筈ないじゃない」
朱乃さんはそう言いながら、部長を抱きしめた。
彼は生きている、朱乃さんはまるで自分にも言い聞かせる様に諭す。
部長は朱乃さんに抱き着いたまま顔を押し付けて、少しの間固まって動かなかった。
もしかしたら、声を出さずに泣いていたのかもしれない。
暫くしてから部長は朱乃さんから離れて、深く頭を下げた。
「……ごめんなさい。貴女も辛くて当然なのに、八つ当たりになっちゃった」
「いいのよ、私も最初から喧嘩腰で話しかけたのだから。それはそうとリアス、話は変わるけどあなたイッセーくんとはもうシたの?」
思わず僕と匙くんが噴き出す。
このタイミングで聞くことですか!?
「……抱いてすら貰えなかったわ」
「そう、ならやっぱりイッセーくんは生きてるわ」
「え……?」
「だってあれだけエッチなイッセーくんが、貴女を抱かずに死ぬ筈ないもの。きっと今頃、貴女の胸が恋しくて泣いてるわ」
「ふふ……そうね、そうかもしれないわ」
朱乃さんの言葉を聞いて、部長は浮かんできた涙を拭いながら笑う。
久しぶりに聞いた部長の笑い声は、何故かこちらまで嬉しくさせてくれるものに感じた。
「なんか姫島先輩、カズキみたいだな……」
匙くんの呟きに、思わず納得してしまった。
先ほどのシーツを引き抜いた時といい、今の唐突な発言といい。
励まし方、というかやり口がカズキくんそっくりだった。
この場にいなくても存在感を発揮するとは、やはり彼は末恐ろしい。
「なにやら賑やかだと思ったらリアスの奴、すっかり立ち直っているではないか。どうやら一足遅かった様だな」
廊下から声をかけられ振り向くと、先日レーティングゲームで対戦したサイラオーグ・バアルがこちらに向かってきていた。
話を聞くと、自分だけでは駄目かもしれないと思ったソーナ会長が事前に声を掛けていたのだとか。
どちらにしろ、無駄足を踏ませる形になってしまった訳か。
「ごめんなさいサイラオーグ、私の余計な気遣いで無駄足を踏ませてしまったわ」
「なに、兵藤一誠の女が笑顔を取り戻す所を見れたのなら無駄でもないさ」
ソーナ会長の謝罪に、笑いながら答えるサイラオーグ・バアル。
なんとも豪快な彼だが、やはり親戚である部長の事は気にかけてくれていた様だ。
「久しいな、木場祐斗。俺はこれから前線へと赴く、先に戦場で待っているぞ。それとこれは、グレイフィア様からの預かり物だ」
彼は僕の方に振り向くと、一枚の紙を差し出してきた。
その紙には悪魔文字で『アジュカ・ベルゼブブ』、『拠点』などと走り書きされているのが見える。
「これは?」
「アジュカ・ベルゼブブさまがいらっしゃる現在地だそうだ。兵藤一誠の駒を持ってここを訪ねるようにと、アザゼル提督からの言伝も預かっている」
アジュカ・ベルゼブブさまは悪魔の駒を製作した張本人だ、あの方ならイッセーくんの駒から何かの可能性を示唆してくれるはず!
僕も連絡を取りたかったが方法がないので諦めていたが、これでイッセーくんについて何かわかるかも知れない!
「リアスたちを連れて記された場所に赴き、アジュカ・ベルゼブブさまに会うといい。それまで前線は、この俺とその眷属たちに任せて貰おう!」
「私たちもそろそろ行きましょう、椿姫たちをあまり待たせてもいられません」
「はい、会長! じゃあな木場、先に行って待ってるぜ!」
サイラオーグ・バアルとソーナ会長、そして匙くんはそれぞれ言い残した後、魔方陣の光に包まれて転移していった。
僕たちもすぐに行動しなければ。
初代さまからの言葉もある、アジュカ・ベルゼブブさまという希望もある!
まだまだ諦めるのは早いんだ、どこまでだって足掻いてやるさ!
……長い!
いえ、これでも半分以上削ったんですよ?
鬱っぽい展開は早々に終わらせたかったし、書きたいこと色々書いてたら三万字くらいに膨れ上がってしまいまして。
何はともあれ最終章、始動です。
どこまで続くかわかりませんが、最後までこの作品にお付き合い下さると幸いです。
よろしくお願い致します!