サイラオーグ・バアルから手紙を受け取った僕たちは、すぐさまそこに記された拠点へ移動を開始した。
アジュカ・ベルゼブブさまが拠点としている場所は、僕たちが人間界で暮らしている最寄りの駅から八駅ほど離れた場所にある廃ビルらしい。
こんな近くに魔王さまがいらした事に驚きを覚えつつ、僕たちはそこを目指して歩を進めていく。
部長も多少は気を持ち直したとはいえ決して本調子ではなく、アーシアさんとレイヴェルさんに朱乃さんと小猫ちゃんが説得してなんとか連れ出すことが出来た。
みんな藁にもすがる思いでここまでやって来たのだ、なんとか有益な情報を得たい。
そうして辿り着いた廃ビルに入っていき、そこで待っていたスーツ姿の女性悪魔に案内された屋上庭園にあの方はいらっしゃった。
「グレモリー眷属か、随分と大人数でやって来たんだね」
庭園の中央に置かれたテーブルと椅子、その椅子に腰掛けティーカップを傾けている男性。
妖麗な雰囲気と美しさを持つ四大魔王の一角、アジュカ・ベルゼブブさまだ。
「話は聞いている、大変なものに巻き込まれたようだね。まぁ毎度その手の襲撃を受けている君たちには、今更な事か」
「お忙しいところ失礼します、実はアジュカ様に見て頂きたいものがあるのです」
手にしていたティーカップを置き、そんな事を呟く。
部長はアジュカ・ベルゼブブさまの元まで歩み寄り、懐からイッセーくんの駒を取り出した。
「ほう、見て欲しいもの。–––しかし、それはもう少し後になりそうだ。待ってもいない客が来訪したらしい」
アジュカ・ベルゼブブさまは部長を手で制し、庭園の奥へ視線を送る。
魔王さまが喋られてすぐ、僕も複数の気配を感じた。
庭園の奥から現れたのは、強大なオーラを漂わせる数人の男性悪魔たち。
感じる力からしてその誰もが上級悪魔かそれ以上、相当な手練れだとわかる。
「人間界のこのような所にいたとはな、偽りの魔王アジュカよ」
「口調だけで把握できてしまうのは、旧魔王派の魅力だと俺は思うよ?」
男たちの呼び掛けに、アジュカ・ベルゼブブさまは苦笑しながら応えられた。
アジュカ・ベルゼブブさまを『偽りの魔王』と呼ぶのは、旧魔王派の連中しかいないから当然の反応と言える。
アジュカ・ベルゼブブさまの態度に怒気をさらけ出し始めた男たちの後ろからもう一人、見覚えのある白髪の青年が姿を現した。
「初めまして、アジュカ・ベルゼブブ。英雄派のジークフリートです」
そう、腰に剣を幾つも備えたその男の名はジークフリート。
イッセーくんを殺した者たちの仲間で、カズキくんを攫っていった張本人だ。
奴の登場に女性陣が殺気立ち、アーシアさんは悔しそうに涙を浮かべている。
特に朱乃さんと小猫ちゃんから感じるそれは、一際強く感じられた。
「ジークフリート……カズキくんは、無事なのかしら?」
「グレモリー眷属の《女王》か、さぁどうだろうね? ゲオルクが何やら弄り回していたけど、ヘラクレスは彼を殺したがっていたしジャンヌも彼を欲しがっていた。もしかしたら今頃肉塊になっているのかも……っと!」
朱乃さんが激情を抑えつつカズキくんの安否を尋ねたが、返ってきたのは不安と怒りを煽るだけの挑発のみ。
思わず放った朱乃さんの雷光を、ジークフリートは既のところで躱した。
「彼に何かあってみなさい……絶対にあなた達を殺してみせるわ! 例え命を落とすとしても……ッ!」
「凄い殺気だ、それだけで殺されてしまいそうだよ。たが今は、アジュカ・ベルゼブブとの会談が優先なんだ」
ジークフリートは朱乃さんの啖呵に怯みもせずそう言うと、再びアジュカ・ベルゼブブさまに向き直った。
僕らなんて脅威じゃないとでも言いたげで、なんともカンに触る。
どうやらジークフリートと一緒にいるあの男性たちは英雄派に協力している旧魔王派の者たちらしく、アジュカ・ベルゼブブさまと同盟を結びに来たと言い出した。
確かにサーゼクスさまとアジュカさまの派閥は政治面で対立しているし、仲違いの噂などもよく耳にする。
さらに『禍の団』は見返りとして、今までの研究資料を提供するという。
常に新しい物作りを思慮し続けているアジュカ・ベルゼブブさまにとって、それはとても魅力的に見えた事だろう。
しかしこの方はそれを魅力的だと認めながらも、ハッキリと断じて一蹴した。
「確かに俺にとって君たちとの同盟は魅力的だ。研究資料にも興味はあるし、俺がテロリストになってサーゼクスの驚く顔を見てみたくもある。だがね、俺はそれを否定しなければならないんだよ」
「ふむ……理由を教えて貰えるだろうか?」
旧魔王派の悪魔たちが殺意を高める中、ジークフリートは顔色も変えずに尋ねた。
それに対してアジュカ・ベルゼブブさまもまた、笑みを崩さずに返答する。
「なに、簡単な事だよ。サーゼクス……あいつとは長い付き合いでね、俺が唯一友と呼べる存在なのさ。まぁ最近は面白そうな奴が一人増えたんだが、今は関係ないな。そもそも俺が魔王なんてやってるのも、あいつが魔王になったからに過ぎない。俺とサーゼクス・ルシファーの関係というのは、つまりそういう事だ」
アジュカ・ベルゼブブさまの言葉を聞き、ジークフリートは事前に予想していたかのように黙って頷いていた。
実は以前、僕はカズキくんからお二人が昔からのライバル関係だと聞いた事がある。
カズキくんがムリヤリ頼まれたサーゼクスさまの依頼で、アジュカ・ベルゼブブさまの所を訪ねた際に少しだけ昔話を聞かせて貰ったらしい。
カズキくん本人はサーゼクスさまの弱みを握りたいだけのつもりで聞いたのに、予想以上にノリノリで語られて迷惑だったとボヤいていたが。
その後の展開は早かった。
アジュカ・ベルゼブブさまの答えに怒りを露わにし、怨恨に塗れた言葉をぶつける旧魔王派の悪魔たち。
それを聞いたアジュカ・ベルゼブブさまは連中を『つまらない』と断じると、すぐさま戦闘が始まった。
いや、正確には戦闘にすらなっていなかった。
旧魔王派の放った攻撃に晒されてもその場から動かないどころか、椅子から立ち上がりすらせず。
手元に小型の魔方陣を展開してそれを高速で操作する事で、全ての事象を支配する。
敵の攻撃をいなし、封殺し、倍返しにして瞬殺した。
これがアジュカ・ベルゼブブさまの能力、この世で起こるあらゆる現象や異能を数式に落とし込んで操る『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』の力。
あれは戦闘ではなく、一方的な蹂躙だ。
「軽く動かしてこれとは……貴様とサーゼクスは一体どれだけの力を……」
旧魔王派の悪魔たちはそれだけ言い残し、無念を抱いた表情でその場に事切れた。
決して弱い敵ではなかった、少なくとも僕らが戦えば苦戦は必至だった筈だ。
それでもこの方には遠く及ばず、その場から一歩も動かす事すら出来ない。
これが四大魔王の一角アジュカ・ベルゼブブさまの実力の一端、サーゼクスさまと共に規格外と称されるのも素直に頷けてしまう。
「さて、残るは英雄派のジークフリートくんか。どうするかな? 逃げるなら追わないよ、彼らと話があるしね」
「いえ、まだ切り札は残っているので。撤退はそれから考えさせて貰おうかな?」
「ほう切り札か、それは興味深い。だが……そちらのグレモリー眷属の《騎士》くん、さっきから彼にいい殺気を送っていたね。どうかな、彼はキミが相手をしてみるかい?」
アジュカ・ベルゼブブさまはジークフリートを指差しながら僕に尋ねられる。
……願っても無い話だ。
この身体を駆け巡る感情をあいつにぶつけたいと、ずっと思っていたのだから。
いつもの様にイッセーくんとトレーニングしていた時、僕は彼と『ある約束』をした。
もしどちらかが死んでしまったら、その分だけ皆の為に戦うと。
イッセーくんは死んでいないと信じているが、それでも今ここにいないのは事実。
果たす時が来て欲しくない約束だったが、その時が来てしまったのなら仕方ない。
僕は親友との約束を、全力で遂行するだけだ。
「ジークフリート、悪いがこの抑えられない激情をぶつけさせてもらう。僕の親友が帰って来られなかった、あなたが死ぬのには十分な理由だ」
「言いたい事はわかるけど、彼を殺したのはシャルバであって僕たち英雄派は関係ないよ? あそこでシャルバが乱入してきたのは、あくまでイレギュラーだった」
「それこそ関係ないさ。そう、あなた方に囚われている友人の言葉を借りるなら……『八つ当たり』って奴かな?」
「なるほど、反論の余地もない。キミから感じる重圧が、かつてないほど高まっているね……面白い。さぁ決着をつけようか、赤龍帝の親友である《騎士》くん」
その言葉を皮切りに、僕とジークフリートの剣戟は開始した。
僕は龍殺しの力を持った聖魔剣を創り出し、ジークフリートは背中から龍の腕を四本出現させそれぞれに帯剣していた魔剣を握らせる。
ジークフリートの持つ神器の名は『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』。
一定時間所有者の力を二倍にするという能力で、イッセーくんが所持している十秒毎に力を倍加していく『赤龍帝の籠手』の下位に位置する神器だ。
本来なら割とありふれている神器なのだが、ジークフリートのそれは亜種としての能力を発現している。
背中に龍の腕を生やしてその本数分パワーを倍増するのだが、彼はその生やした腕に魔剣を携え最大で六刀流という曲芸染みた真似を高次元の強さでもってこなす。
それがこの男の禁手、『阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ)』の能力だ。
「やはりキミは強いな、木場祐斗。このままでは仮にこちらが勝っても深手を負う事に……おっと!」
暫く互いに斬り結びながら隙を窺っていると、
小猫ちゃんがジークフリートの背後から奇襲を仕掛けた!
仙術の気を纏った拳を振り抜くもジークフリートに紙一重で躱されてしまうが、小猫ちゃんは地面を削りながら滑る様に僕の横に移動してきた。
「ごめんなさい祐斗先輩、気を練り上げるのに時間が掛かりました。ここからは私も一緒に戦います!」
「……一騎打ちに拘ってる場合じゃない、か。そうだね、連携してジークフリートを仕留めよう!」
小猫ちゃんの言葉を受け、同時に仕掛けようと剣を構え直す。
小猫ちゃんは既に耳と二又の尻尾が飛び出ており、全身からは高密度の気を放出しているのがわかる。
これだけの気、一体いつから練っていたのだろうか。
ジークフリートもその気を感じて若干驚いている様に見える。
「不意打ちや加勢が卑怯、なんて言いませんよね?」
「言える立場でもないしね、しかし驚いた。かなり濃密に練られた気だ、先日会った時とは大違いじゃないか」
「……私は未熟です。気を練るのに時間はかかるし、その質も姉さまの様に高くない。でも時間をかけて、丁寧に練り上げれば話は違います。私にだってこれ位の気は練れる! 仙術はカズキ先輩が褒めてくれた、私の自慢の武器なんだ!」
小猫ちゃんはジークフリート目掛けて駆け出し、鳩尾目掛けて拳を振り抜く!
気で強化された脚力と腕力で繰り出されたその一撃は、辺りに凄まじい轟音を響かせる!
剣の腹で防がれてしまったが、ジークフリートを後方に大きく後退させた。
クリーンヒットこそしていないが、この威力の攻撃をまともに喰らえばジークフリートも堪らないはずだ!
「なるほど、僕たちがここに現れてからずっと気を練り上げていたんだね。僕が現れた時に君から感じた殺気がすぐに消えた理由はこれか、君は最初から僕と戦う事を想定していた訳だ。それにしても流石に《戦車》の攻撃は堪える、やはりグレモリー眷属を侮ると手痛い目に合う様だ」
手が痺れたのかプルプルと手首を振りつつ、こちらに向かってゆっくりと歩いてくるジークフリート。
やはり大したダメージは見られない、か。
「バアル戦の映像は僕も拝見させてもらったけど、君はフェンリルと組んで戦う事で真価を発揮していたじゃないか。この場にいない様だが、召喚しなくていいのかな? そこで僕にいい殺気を振りまいてくれてる《女王》なら、すぐに呼べるんだろう?」
ジークフリートの言葉に小猫ちゃんは顔をしかめた後、首を横に振る。
「呼びません……いえ、呼べません。私や朱乃さんの言葉を聞いて理性こそ保っていますが、今のあの子達は私たちにとっても危険です。カズキ先輩を失って怒り狂っているあの子達が貴方を認識したら、貴方は間違いなく瞬時に嚙み殺してしまうから」
下手をすれば、私たちごと。
小猫ちゃんはそう言いながら、カズキくんと同じ構えを取る。
スコルたちの話は朱乃さんからも聞いていたが、やはり相当危険な状態の様だ。
ジークフリートは何かに納得した様に頷くと、足を止めて懐に手を潜り込ませた。
何か仕掛けるつもりなのかと身構えつつ、何時でも動ける様に脚に力を溜める。
「二対一では分が悪い上に、いつ残りのメンバーに襲われるかわかったものじゃない。やはりここは、切り札を切らせてもらおうか!」
ジークフリートは懐から注射器の様な物を取り出し、首に押し付けた。
見た所何かの薬品の様に見えるが、ドーピング剤の様なものだろうか?
ジークフリートが薬品を注入し空の注射器を投げ捨てた次の瞬間、彼の身体が大きくビクンと跳ね上がり段々と姿が変貌していく!
彼の背中から生えるドラゴンの腕が、ミチミチと肉が引き千切れる様な鈍い音を立てつつ肥大化していく。
手にしていた剣は腕と同化していき、もはや指などは形をなしていない。
身に付けていた衣服は弾け飛び、顔中に血管が痙攣を起こし脈動しながら浮かび上がる。
最後には地に手が届くほど太く長く巨大化した四本の腕を背に生やす、まるで蜘蛛のバケモノの様な異形へと変貌した!
『シャルバから提供された真の魔王の血を加工して創り上げた、神器を強化するドーピング剤を投与したこの姿。僕たちはこれを【業魔人(カオス・ドライブ)】と呼称している』
先程までとは明らかに違う、低く重い声質で言葉を紡ぐジークフリート。
当然変わったのはそれだけでなく、今まで感じていたプレッシャーは跳ね上がり迸る不気味なオーラも尋常ではなくなっている!
「実に素晴らしい、やはり人間とは可能性の塊だね。己が欲望を進化させ続け、時に天使や悪魔すら凌駕するものをこうして作り出してしまうのだから」
離れた所でこちらを見学しているアジュカ・ベルゼブブさまは、楽しそうに笑いながらそう仰る。
あの姿が欲望を形にしたものだというのなら、人間に異能を隠匿する理由は正にこれなのだと理解した。
そして【業魔人】は姿形だけでなく、強さもバケモノ染みていた。
各魔剣の威力は底上げされ、それでいてあの巨体でありながら俊敏性は些かの衰えも見られない。
幾つも有る腕を絡ませる事もなく自在に操り、僕らを攻め立ててくる!
僕らは脚を止めずに動き回りながらその攻撃を掻い潜り、攻撃のチャンスをうかがう。
そんな状況に焦れたのかジークフリートは自前の腕で攻撃を繰り出しつつ、背中から生える極太の腕を頭上高くに掲げる。
そしてその振り上げた腕を一つに束ね、フロアの床目掛けて一気に振り下ろした!
アジュカ・ベルゼブブさまがこのビル、というかこのフロアは特別頑丈に作られていると仰っていたが、その一撃はこの場を大きく揺るがし一瞬身体が宙に浮くほどの衝撃を与えた!
『さぁ、まずは一人めだよ!』
ッしまった!
僕は僅かに浮く程度だったが、体重の軽い小猫ちゃんはその衝撃と風圧で身体を宙に浮かされている!
小猫ちゃんも悪魔の羽を広げて回避しようとしているが、それよりもジークフリートの一撃の方が速い!
ジークフリートは極太の腕を再び振り上げ、小猫ちゃん目掛けて勢いよく叩きつけた!
「……ぁッ!?」
「小猫ちゃんッ!」
クレーターが出来るほど強烈に叩きつけられた小猫ちゃんの口から、肺に残った空気と鮮血が吐き出される!
僕は小猫ちゃんを助けようと思わず駆け出したが、それこそがジークフリートの思惑だった。
『やっぱりそうだ、一人潰せば寄ってくる。仲間想いが過ぎる、それが情愛の深い君たちグレモリー眷属の弱点だよ』
「しま……ッ!?」
狙い澄ました一撃、回避は間に合わない。
ならばと苦し紛れに脇腹目掛けて聖魔剣を蹴り込んでみたが、ジークフリートの強化された肉体に刃が通らず。
聖魔剣は儚い金属音を奏で、無残に砕け散ってしまった。
そして僕を襲ってくる、剛力に任せたとてつもなく重い一撃。
防御の薄い僕にとって、その一撃は致命的だった。
動きが鈍った所に両脚を氷で貫かれ、片腕は防御ごと切り落とされる。
僕たちを救おうと部長と朱乃さんは攻撃を繰り出す。
しかし朱乃さんはみんなを守りつつなので全力が出せず、部長もいつもの威力が出せていない。
そんな状態では【業魔人】となったジークフリートにはまるで通用せず、簡単に薙ぎ払われてしまった。
アーシアさんも僕に回復の光を飛ばしてくれているが、精神的に不安定なせいか普段の様な劇的な効果は見られない。
部長と朱乃さんが注意を引いてくれているうちに、ルヴァル・フェニックス氏から頂いていた『フェニックスの涙』を斬り落とされた肩口に振り掛ける。
なんとか傷口を塞がったが切られた腕が生えてくる事はない、やはりあそこに転がっている腕を回収しないとダメみたいだ。
『フェニックスの涙』は貴重なので、脚に空けられた穴は氷の聖魔剣で止血する。
気休めだが、何もしないよりはマシだろう。
小猫ちゃんにも『フェニックスの涙』を渡そうと辺りを見渡すと、小猫ちゃんは脚を震わせながらもなんとか立ち上がっていた。
それに気付いたジークフリートは、嘲笑の笑みを浮かべる。
『まだ動けるのか、健気だね。そんなにあの男を取り戻したいのかな?」
「あきらめ、ない……! 先輩は私が苦しい時に話しかけてくれた、気に掛けてくれた、助けてくれた。だから今度は、私が助ける番なんだ……ッ!」
小猫ちゃんは震える自分の脚に拳を叩きつけ、ムリヤリ震えを止めさせる。
全身は傷だらけで今にも倒れそうなのに決して諦めず、ジークフリートへにじり寄っていく。
……後輩があんなに頑張っているんだ、僕がこんな所で膝を着いていてどうするッ!?
聖魔剣を杖代わりに立ち上がり、新たに創り出した聖魔剣を口に咥えて加勢しようとしたその時。
「な、何ですの!?」
朱乃さんたちと共にいるレイヴェルさんから、驚きの声が上がった。
そちらに視線をやると、レイヴェルさんの持つバスケットから眩い光が溢れている!
あれは小猫ちゃんが持っていたバスケット、レイヴェルさんに預けていたのか!
バスケットの中にいるのは、傷が癒えた後も眠り続ける僕らの小さな仲間。
おそらく彼を中心に起こっているだろうその光は、段々と輝きを増していく。
そして変化は、小猫ちゃんの方にも起こり始めた。
「この光は……?」
『彼女まで突然輝きだして……なんだ、何が起きている!?』
バスケットの光と呼応する様に、小猫ちゃんの身体も光が包み込んている。
ジークフリートはその現象が理解できず、声を荒げた。
小猫ちゃんは輝く自分の掌をじっと見つめた後、何かを得心する様にギュッと拳を握り締める。
「……そっか、手伝ってくれるんだね? あなたも、自分の力で先輩を取り戻したいんだよね?」
『クッ! グレモリー眷属が原因の不思議な現象は、マズい事の起きる前兆だ! 絶対に阻止しなければ……!』
「……来て! 一緒に戦おう!」
小猫ちゃんの掛け声と共に、二つの光は一層その輝きを強めた!
危険を感じたジークフリートが妨害しようとするが、そんな事はさせる訳にはいかない!
「『魔剣……創造』ッ!!」
『この、邪魔をするなぁ!!』
僕は残りの力を絞り出し、小猫ちゃんに襲い掛かるジークフリートの行く手を阻む様に大量の魔剣を創り出す。
聖魔剣ですらないただの魔剣では当然ダメージなど与えられず、ひしめき合い壁の様に迫る魔剣たちはたった一薙ぎで粉々に粉砕される。
ダメージなど与えるつもりもない、目眩しにさえなればいいんだ。
力を使い切った僕は惨めに地面へ伏したが、それでいい。
ジークフリートの目の前には、小猫ちゃんが立っている。
彼女の想い人と同じ白銀の鎧を身に纏い、機械の駆動音と排熱の際に出る白い蒸気を辺りに撒き散らしながら……彼女は再び、仇敵の前に立ち塞がる!
カズキくんはゴツゴツとした武骨な形態だったけど、小猫ちゃんが纏っているのは全体的に丸みを帯びたフォルムになっている。
装甲は薄く、細くしなやかな印象を受けた。
これが小猫ちゃんの、いや二人の新しい力か!
『それは彼の神器なのか!? 馬鹿な、ありえない! あの毒は本人以外のものは悉く消滅するはずだ! それが未だに現存していた上に、別の者が纏うなど……!』
「頭の中に、モグさんの事が流れ込んでくる……カズキ先輩の神器『土竜の鉤爪(グラン・クロウ)』の禁手、『豊穣土竜の機巧鎧(フェティリティ・グラン・ギアメイル)』。それが神器としての本当の名前なんだね……」
狼狽するジークフリートを無視して、小猫ちゃんは目を閉じて胸に手を当てる。
「……そっか、カズキ先輩の付けてくれた名前の方がいいんだね。ありがとうモグさん、力を貸してくれて……一緒に頑張って、先輩を取り戻そう!」
そして段々と手足のタービンが回転数を上げていき、戦闘準備は完了したと言わんばかりに再び全身から蒸気を噴き出した!
というわけで、小猫ちゃんがモグラさんを装着しました。
爆誕! グランモール・レディ!
……この名前はないな、うん。
そしてさりげなく判明する、モグラさんの神器としての正式名称。
意思を持つ神器は自分の名前を把握してるって事で、脳内補完して下さい。
それと、モグラさんの所有者が変わった訳ではないのであしからず。
ギャグが、ギャグが書きたいとです……!