3.
「!?」
目覚めると部屋いっぱいに昨夜の忍者があふれていた。
こんなにすし詰めになっているのに刃物なんて出したら仲間刺すよきっと。
体にへばり付いた忍者、ユズキの首の前に短刀を突き出す忍者。
忍者は全員こちらを向いている。
「あー……あはは」
笑うしかないな。
わざわざ起きるまで待ってなくても意識のない状態の時に殺すなり連れていくなりすればよかったのに。
とことん暗殺に向いてないね、忍者の癖に。
「おはようございます」
煽ってみる。どうせ勝算はない。
「みなさん大勢でわざわざどうも……ゔッ」
ユズキの頭付近にいた忍者の一人が両腕でユズキの首を絞めてきた。
(死ぬ!)
両腕は力を増していくばかりだ。
ユズキの腕は忍者が上に乗っかっているため抵抗すらできない。
(目には目を……てか)
体を必死にひねらせて抵抗するがどうにもならない。
徐々に意識が遠のいていった。
「はっ」
布団から飛び上がった。
何も変わらぬ部屋の中。
当然忍者の姿はない。
「夢かいッ」
突っ込みは空しくも壁に吸い込まれていった。
「結局現象はまだ終わってないっぽいな……」
体の完全透過現象。
自分に触れているモノは思い通りに出現操作ができる謎オプション付き。
一応正夢だと困るので施錠を確認したのち家中を見て回ったが特に変化はなかった。
突如自分の目の前に現れた忍者。
いろいろ昨日は起こり過ぎて頭の整理ができていない。
整理がつかないまま就寝したせいか、もう午後を回っていた。
「もう昼すぎてんじゃないか……」
この日出勤の予定はなかったもののどう考えても寝すぎた。
幸い、昨日怪我した足首は完治とはいかないがかさぶたができ、痛みも引いていた。
「めんどくさいけど……結局状況変わらないし……」
スマートフォンを手にし、電話を掛ける。
「インフルエンザぁ?」
店長の怒気に燃える声が、スマホのスピーカーから響いた。
◇
ユズキは店長との長く辛く苦しい電話を終えたのち、布団から出るとふと思いついたかのように勉強机へ向かっていた。
一番下の大きな引き出しを開く。
「あの忍者……」
まさか。不確かだから確認する。
引き出しの奥の本の一つに手をかける。
それは幼稚園の頃の卒業アルバムだった。
「記憶が確かなら……」
かわいい動物の絵が描かれた表紙の卒業アルバムを開く。
かつて一緒に遊んだであろうか、園児たちの顔写真が並ぶ。
その項が過ぎると、次に幼い文字が並んだページに移った。
文集か。まだ漢字すらまともに習っていない幼稚園児に。
ユズキは気になっていたページを開いた。
「やっぱりか……」
悟るかのようにため息をついた。
そこはかつて自分が書いたページ。
5歳の頃だろうか。
綴られていた。
自分がブロック遊びが好きなこと。
そして忍者になってみたいことも。
要約するとその二つのことだけ。
(悪趣味な野郎だな……無垢な幼稚園児の夢の姿で向かってくるとは)
絵日記のような枠取りになっており上にはイラストが添えられていた。
紺色の忍者。
幼稚園の遊具の一つである、半分埋まったタイヤ。ブランコ。
周りには六本の刀がなぜか散らばっていた。
あの、昨夜現れた忍者も6本の刀を持っていた。
この騒動の犯人は同じ園児か、その関係者か?
部屋に誰かが入った形跡は先ほどチェックしたから大丈夫なはずだ。
あるいは以前から侵入し物色されていたか。
忍者は何も語らなかった。
自分は俺の懼である、そういっただけ。
ヒントが少なすぎる。
おそれ。忍者になりたいです、という幼稚園児が夢見ることが懼れ?
恥ずかしむべきことだと?
5歳だぞ、許してやれよ……、心底思う。
もっとこう……中学生の頃に書いたポエムとか、高校生が彼女に送ったメールとか。
物心ついた後の方が人の心はつかみやすいと思うが。
「あの、すいません」
「!?」とっさに周囲を見回す。若い女の声。
俺に言っているのか、という問いに答える。
「少し話があるので、とは言っても昨日のようなことになってしまうかもしれませんが……。
職場裏の神社まで来ていただけますか……?」
◇
「またせたな」
「いえ」
そこは職場のすぐ西南に位置する尼川神社だった。周囲をアパートやマンションで囲まれていて敷地も狭いが建物は紅色に染められ存在感は十分にある神社だ。
誰が管理してるかは未だに知らないが。
先ほど起こった出来事、自室での会話。
ユズキはその誘いに「少し待ってくれないか」と答えた。
ユズキに語る声の主は承諾し、部屋は再びいつもと変わらぬ静かな部屋に戻った。
「あんたが……俺の部屋で響いた声の主か?」
そうです、と女は答えた。
灰色っぽい髪を裏で一つに纏めた髪。巫女のような着物。腰に巻き付けた大繩。ブーツからは天狗下駄のように板が縦に足裏から突き出している。紺色の忍者とは違い女は紅白で衣装の色がまとめられていた。
そして特徴的なウサギの仮面と薙刀。
「なぜそのような姿で……?」
「まぁ、存在証明っていうか。趣味だと思って気にしないでくれ」
ユズキは全身黒のジャージに黒いニット帽、水色のアクリル板でできた仮面をかぶっていた。
誰が見ても通報レベルで全身が隠されていた。
ユズキが見えない全身を何とかカバーしようとした結果である。
「顔は見せてくれないのか?」
「見たら後悔しますよ」
「なぜ?」
あれか、期待するほど可愛くないですよっていう謙遜か。それとも不快な気分になるほどの容姿だと言うことか。
「いずれ私の容姿は確認できるでしょう。今はもっと他に質問したいことがあるんじゃないですか?」
質問したいこと。もちろん死ぬほどある。まずはざっくりと質問をまとめる。
「俺と周りに何が起こってる?」
この現象。謎の忍者。昨日のことを知ってるような口振りだ、答えられるだろう。
「貴方が透明になっていること。それは貴方の体が一時的に奪われているからです」
「何故?」
「それは貴方しかわかりません」
何を言っている?原因が俺にあるとでも言うのか?
「何故忍者は俺を襲った?」
「貴方と向き合うためです」
「あんな暴力的なことしかできないのか?」
「他の手段がわからないからそうなってしまうのでしょう」
「忍者はこれからも来るのか?」
「来ません。代わりはいませんから」
「あんたは何の為に俺に接触してきた?」
「同情、と言うべきでしょうか……哀れんでいるのです」
ウサギの仮面の巫女は少し頭を下げて言った。
「私は、あなたの”哀”ですから」
◇
「!?」
今の目の前のウサギの仮面の巫女は確かにあなたの哀(かなしみ)と言った。
忍者はたしかお前の懼(おそれ)と言った。
ユズキはその場でウサギの仮面の巫女に向けて構えた。
「昨日の忍者は俺の懼れだと言っていた、何か関係があるのか!?」
「あまり多くは語れません……。貴方が心を閉ざしてしまうから」
巫女は右手に持っていた薙刀をユズキの方に向けた。
「何の話だ!」
「貴方自身の話です」
本殿と鳥居のちょうど中間。
「じゃぁ……あんたも昨日の忍者みたく俺を斬りにかかるのか」
不思議なアレンジのかかった巫女の格好をした女と不審者のような恰好をした透明人間。
「不本意ながら」
対抗してしまうのか。
ユズキは構えつつじっと巫女を見つめた。
「これを」
巫女は背中に手をやりぶら下げていた刀を前に、ユズキに向かって突き出した。
突き出した腕をそのままにして巫女は腰を下ろした。
ゆっくりと突き出した腕を地面の敷石に着け刀を置いた。
柄や鍔、鞘が真っ黒な刀。打刀。
「お使いください」
「なぜ」
「何故でしょうか……貴方から特別な感情を感じるのです……」
「はぁ?」
「それはかつて貴方が彼女に寄せていたキモチです」
「何の話だ!彼女とは誰だ!?」
「私を斬ればわかります」
ふざけているのか。
最初のうちは気にならなかったがやっぱり話が噛み合っていない気がする。
何かにセーブされていて、全て口を割れないようになっているみたいだ。
それとも俺をからかっているのだろうか。
巫女は地面に刀を置いて後ろに下がった。
まだ何もしませんのでお取りください、という誘いに乗りユズキは刀をとった。
柄と鞘を両手で持ち引き抜く。
二尺四寸、おおよそ72cm程度長さはあるだろうか。
2mを超える薙刀を相手は持ってるのに、心許ない武器だ。
ないよりはマシだろうが。
ユズキは3、4回素振りをして真っ直ぐに刃先を巫女へ向けた。
巫女は準備できましたね、と言わんばかりに膝を少し曲げて構え言った。
「参ります」
◇
巫女の履いている天狗下駄のような靴がカタン、と乾いた音を響かせた。
(速い!)
巫女の初動、駆けだす一歩目が爆発的な勢いを纏っていた。
ユズキに向かって一直線に突進してくる。
薙刀を直線から縦に、振りかぶってきた。
ユズキは刀を両手でバットを振るようなフォームで薙刀を受け止める。
刃同士がクロスし、鈍く金属音が響く。
だが、長身とは言え女性。
かつ足元に力を入れづらい底面積の少ない天狗下駄を履いているのだ。
ユズキに力負けし薙刀の刃先を飛ばす。
吹き飛ぶ薙刀はゆっくりと減速し、巫女の周りをくるくると回転した。
2mはあろう薙刀をバトントワリングのように体の周りを華麗に、縦横無尽に振り回している。
「あんたらは誰かに命令されてやってるのか!?」
ユズキは縦に巫女に斬りかかる。
「私たちは誰の指図も受けていません」
高速回転する薙刀に刀は弾かれた。
「じゃぁあんたらは何なんだ」
弾かれユズキの斜め裏に飛んだ刀と自分の体をスピンさせ巫女にスイングするように斬りかかる。
「私は貴方自身であり、貴方の一部だったモノです」
またも高速回転する薙刀に攻撃は阻まれた。
しかも、回転させるために手を薙刀から放している瞬間を狙ったのに。
「そのうちの、”哀”に当たるのが私なのです」
ぴたりと高速回転をやめ、ユズキに向かって刃を構える。
(哀しみとは何だ?)
感情の一つ。
(もしかして哀しみを感じることもできなくなっているのか?)
なにか思い出そう。悲しい出来事を。
誰にだってできることだ。
大切な人を亡くしたり、モノを亡くしたり、失敗したり。
(なんだ……?)
目が潤むような悲しいことを思い出しても、何とも思わない。
(どうしたっていうんだ!?)
ユズキは刀で巫女を斬りかかるフェイントをかまし、本殿のすぐ隣にある小さな鳥居の影に隠れた。
「お前、俺に何をした!?」
もしかしたら女性に向けてこんなに声を上げるのは初めてかもしれない。
鳥居の影からじゃなければそれなりに勢いがあっただろうが。
「何もしてません。貴方が変わったのです」
俺が何をしたっていうんだ!?
意味が分からない。右から巫女が追って来れば鳥居の左に逃げる。
まるで鬼ごっこだ。まるで戦闘になっていない。
◇
巫女は鬼ごっこに終止符を打つように鳥居の足を斬り崩した。
ユズキは巫女の方に体を向けたまますぐに後ろ、先ほど二人で話していた敷石の順路にステップした。
腐敗した木製の鳥居は砕け砂埃を立てる。その煙から飛び出し、直上から巫女がユズキに迫る。
仮面の下部から見える口は固く閉まったままだ。にこりともしない。
空中で前転し縦に薙刀を構え、一直線にユズキに振り下ろした。
ユズキは刀を横にし身構えた。
直後落下してきた巫女の薙刀とユズキの刀がクロスする。
衝撃。
「うっ……」
全身を襲う想像を超えるショック。骨が軋み、筋肉がこわばる。
思わず声が漏れた。
「ぐっ!」
瞬間、力任せに空中に留まっている巫女を吹き飛ばした。
着地に失敗することを期待していたが薙刀を地面に差し空中で後転をかまして着地した。
(余裕かい……)
ならば、とユズキは刀を左手に回しポケットに手を突っ込んだ。
ぴたり、巫女がその様子を見て身構えた。
(忍者から拝借した秘密兵器……)
ユズキは腕を突き出した。
瞬間に地面を蹴る。
巫女に向けて突進する。両手で握る刀で斬りかかる。
薙刀を再び回転させる巫女。速さは徐々に上がっていく。
刀と薙刀が音を立て交差する。
衝撃を受け互いの刃先は離れた。
先に動き出したのは薙刀で、すばやくユズキの顔面めがけて襲い掛かる。
ユズキは両手で握っていた刀を右手に持ち替えていた。素早く左手を刀を握る右手の付け根にかけた。
薙刀は空を斬り裂いた。
そこにいたはずのユズキはいなかった。
「いってぇ!」
ユズキは巫女の真裏、神社入口から見てすぐ左の大木の付近で宙に浮いていた。
「ワイヤーですか」
「厳密にいえばカギ縄だ」
忍者の持っていた道具。大木の枝に引っ掛かり、その下にユズキがぶら下がっていた。
「いて」
途端にユズキは地面に落下した。ワイヤーを巻き戻したためだ。
「今初めて使った。意外と痛いね」
「そんな玩具じゃ私には勝てないですよ」
わかっている。
相手は哀しみ。
自分が最も普段痛感している感情だから。
◇
こいつは期待以上の代物だ。
なぜ昨夜使ってこなかったのかと疑問に思うレベルだ。
忍者のカギ縄。
縄でできてはいない。金属製の繊維でできた黒い縄。
一見0型のフックにしか見えないカギの部分。
巫女は返事をしないユズキに対し薙刀を振りかかった。
ユズキは再び腕を振り、高速で滑空した。
巫女の背後ずっと奥の神社本殿の屋根にぎこちないものの着地した。
「飛び道具はないんだろう?」
「ありません」
ユズキのあおりに態度を変えないウサギの仮面の巫女は答える。
名前の如く、その仮面に隠された表情はどこか寂しそうな雰囲気を感じさせる。
本当に目の前の女性は自分だったものなのか?
俺は性格も体も男だ。
一度くらいは女の性に憧れたこともある。それだけで?
目の前の女が、自分の理想像とでもいうのか?
さすがに高身長すぎやしないか。もともと背が高い方ではない俺は彼女に背が高い方がいいなんて思ったことはない。
そして、ウサギの仮面に薙刀、巫女服。これも忍者同様に何かその格好である理由がありそうだ。
巫女が地面を蹴りこちらに飛び込んでくる。
再びユズキはワイヤーを使い神社入口から見てすぐ右の大木に飛び出した。
巫女も本殿の屋根を踏み台にし、Uターンする。
(哀しい…悲しく思えないことが)
いち早く大木まで飛んだユズキは即座にワイヤーを木から外し、振り返った。
一歩遅れてこちらに飛び込んでくる巫女。
ユズキは振りかかる薙刀を後ろの大木で防いだ。
カン、と薙刀の刃先が幹に食い込む。
瞬間ユズキはワイヤーを本殿へ向けて飛ばした。両手ではなく右手で、右手首のあたりを触る。
ユズキは間に巫女がいることを構いなしに神社本殿へ向けて飛び出した。
「!」
左手で刀を握りつつ左腕を翼のように広げて巫女を抱える。
巫女は薙刀を放し、ユズキに捕まった。
まるで鷲に捕まる兎のように。
高速で滑空する二人は閉めきられた扉をぶち破った。
網状に組まれた木材が砕け、硝子が割れ散る。
二人は室内奥に身を寄せ合いながらごろごろと転がって行った。
畳に扉の破片が刺さる前に。
室内中央には小さな階段があり二人はそこでようやく止まった。
衝撃とともにギシリと木材の軋む音と、扉の残骸が地面に叩き付けられる音が室内に響いた。
両者激突による衝撃でピクリとも動かなくなった。
◇
「!」
先に目を覚ましたのはユズキだった。
ユズキは巫女を押し倒したような形になっており自分が巫女の上に覆いかぶさる形で倒れていた。
ユズキはうつ伏せに。巫女はユズキに向かい合うように。
巫女はぐったりとして動かない。
仮面の下から覗かせる口は半開きのままだ。
露出した肩から二の腕中央あたりまでの肌と、スカートから下に伸びた腿部の肌。密着した体から巫女の体温が伝わる。
忍者の時とはまるで違う。仕掛けできた普通の女の子なのではないかと思うくらいの生気。
女の子押し倒すなんて人生で初めてだな。下敷きにしている。
少し、この時間が惜しく感じられたがユズキは膝をつき体を浮かせた。
直後半開きだった巫女の口が閉じられた。巫女の体が動き出す。
じたばたと暴れる巫女と、動きを止めにかかるユズキ。
「何をっ……」
ユズキは返事をしなかった。
客観的に見たら犯罪だろうな……と他人事のように考えながらユズキは巫女を羽交い絞めにする。
「くっ……ふっ……」
抵抗する巫女の声が漏れる。両者とも必死だ。
巫女は抵抗する力を弱めていった。息を上げて抵抗していた両腕を下ろした。
沈黙。
ユズキは巫女の動きを四肢を使って固定しながら声をかけた。
「あんたを見てるとなんか懐かしい気分になる……」
顔も見えないのに。
「どこかで会ったことがある……?」
身長が高めの女性。ポニーテール。
俺の人生の中で女自体登場することが少ない。
特徴からして忘れることなんてそうそうないはずだ。
「貴方はまだ思い出しきれてないみたいですね」
巫女が震え声を漏らす。
「わからない……あんたは誰なんだ」
何処か……。数か月なんてレベルじゃない。もっと昔のような気がする。
目の前のウサギの仮面の巫女は何も語らない。
160cm後半はあるだろう長身。適度に筋肉のついた健康的な身体。駅前で歩いていたらモデルにスカウトされるかもしれないと思うほどのスタイルの良さ。
違う。目の前にいる女からかつて感じたその感情は。
「もしかして……」
ユズキは右手を仮面にかけた。
巫女は抵抗しない。
「あんたは……」
震える手で仮面をゆっくりと引っ張る。
◇
ユズキはふわりとした感覚に襲われた。
ジェットコースターでいう落下寸前の足が浮く感覚に似ている。
「うぉッ」
飛び上がったユズキは神社の天井に激突する。
仮面を剥ごうとしたが瞬間的に巫女の拘束されていなかった腕をユズキの大腿部に手刀を突き、足先反射で飛び上がり巫女の足の拘束が解かれた。
間もなくしてユズキの腹部を思いっきり蹴り上げたのだ。
当然激突したのちユズキは地球の引力で落下した。
「あぅっ……」
床に落下して痛みにもがくユズキを構わず、巫女は建物から出ていった。
「ッくっそ……」
転がっていた刀を拾い上げ巫女の後に続く。
巫女は大木に刺さった薙刀を引き抜いていた。
建物から出てきたユズキに振り返る。
巫女は地面を蹴った。開戦当初の爆発的なスピードの突進がユズキを襲う。
ゆずきは先ほどと同じように受け身をとった。
「うああああああああっ」
全身の悲鳴が口から勢いよく溢れ出す。
「うおあああ!」
力任せに薙刀を払い、巫女を斬りかかる。
疲弊したユズキの居合切りは当然のように薙刀に阻まれた。
続けて巫女に何度も斬りかかる。
そのたびに薙刀で阻まれた。
ユズキの隙を見て、薙刀の石突と呼ばれる薙刀の刃のついていない方の先で脇腹に突きを繰り出す。
「うぐオッ」
ユズキは勢いよく後方、本殿と小さな鳥居の間にある案内板に向かって吹っ飛んだ。
1,2回空中で後転し案内板にさかさまの状態で頭から激突した。
案内板のない下腹の部分が慣性に流され、腹部を軸にして案内板の裏に落下した。
ちょうど足からの着地に成功したユズキは弱々しく神社の影に足をずりながら走って行った。
巫女はユズキが隠れに行った方と逆の方向に走り出した。
ユズキは左回りで神社裏に回って行ったのだから、右から回り込めば早いと判断したからだ。
神社の裏は左にはマンションや駐車場があり高い壁があり登ることが困難だ。
それなら右側の民家の柵を越えて逃げた方が早い。
「この期に及んで逃走なんて……」
巫女が一言漏らした。
素早く本殿の裏に回った。ユズキの姿はない。
あの様子では角まで達しているかも微妙なところだ。
巫女は薙刀を両手持ちに切り替え角をまがった。縦長の建物な為すぐに曲がり角に差し掛かる。
角に差し掛かり、巫女が曲がり角に足を一歩出した瞬間。
ユズキが小さく振りかぶって巫女に突進してきた。
巫女は油断していて薙刀の回転による防御ができなかった。とっさに薙刀の柄の中央部分で刀を受ける。瞬間木製の薙刀の柄は綺麗に両断された。
そのまま振り下ろしていない刀をユズキは力任せに突きをするように真っ直ぐ巫女に向けて突き向けた。
◇
「くっ……うぁ……」
巫女は声を漏らしかたかたと両足を震わせた。
ユズキの刃がウサギの仮面の巫女の左胸付近を、刺し貫いた。
ゆっくりと力が抜けた両手から両断された薙刀を放した。
ユズキは両手で刀を握ったままだ。
わざと追い詰めさせた。油断を誘ったのか、それとも不意を突いたのか。
どちらにせよ、もう遅い。終わったことだ。
「……ぉ、……お見事です……」
かすれた声で巫女がユズキに言った。
ぼたぼたと巫女の胸のから血液が溢れ出る。咳き込む巫女。吐血。
巫女は立っていることが困難になり少しふらついた後、すぐ裏のコンクリートの壁にもたれるように倒れた。
ユズキもだいぶ疲れが溜まっているのか猫背になり右膝をガクッと落とした。
「この戦いはあんたを殺さないと終わらないのか」
ひゅう、ひゅうと息を上げる巫女はゆっくりと頷いた。
身体のあちこちが熱い。
負傷による痛み、巫女にしたことに対する罪悪感。
ユズキは巫女に更なる攻撃を加えようとしなかった。
巫女の様子からしてもう長くは持たないことを悟っていたからだ。
「どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ……」
自分がやったのは殺人と変わらない。
忍者の時とは違う温もりを、この巫女は持っていた。
心地の良い温もり、人と抱え合ってじわりと感じられるような。
本当は人間なんじゃないか?
いまだってこうやって大量の血液を流して苦しんでいるというのに。
俺は、取り返しがつかないことをしたんじゃないか?
巫女はじっとユズキを見つめて声帯から声を絞り出す。
「目を……背け……ない……で…哀……み、から……」
巫女自身のことなのか、ユズキの感情のことを示しているのかはわからないがちゃんと伝わった。
忠告として受け取ろう。
「わかった……」
返事を聞くと、巫女の口が少し緩んだ気がした。
震えていた巫女が動かなくなった。
ユズキはふらふらと巫女に近づき、亡骸の仮面に手をかける。
「……前越さん……」
整った可憐な女性の顔。瞼は閉じられている。その両端からは涙の跡が見られる。
吐血の止まらなかった口はとこか微笑んで見られた。
前越稔。小学時代の初恋の相手。片思いで終わってしまったが。
中学時代もたまに思い出してはいたが、今となっては記憶の片隅に埋もれてしまっていた存在。巫女は見たら後悔するといったがそんなことはない。こんな失恋も大切な記憶なのだから。
突如ユズキは雷に打たれたような衝撃を味わった。
重大なミスをして、心が折れそうになる痛み。親戚や友達、知り合いを亡くした時の痛み。失望感、挫折感、喪失感。
浅いものから深いものまで、あらゆる哀しみが戻ってきた。
「うわあああああああああぁぁぁぁ!!!」