早朝4時半に影涼はゆっくりと起き上がった。べったりと服が汗によって濡れていた。汗の匂いが鼻を突いた。額の汗を腕で拭い、慧音の方を見た。慧音の方も汗をかきながら寝ていた。よく見ると、マットレスが汗で濡れていた。影涼は、ボーっとする頭を軽く叩きながら、部屋の扉を開けた。外の空気が吸える場所に行く為に、屋上に階段を使って向かった。屋上に出ると、心地よい風が吹いていた。汗もすぐに乾くような気がしたが、一度涼しさを知ってしまったら、あの蒸し暑い部屋には戻れなくなるなと脳裏を横切るのを感じながら、影涼はしばらく屋上にいた。
斐季「暑くて眠れなかったのか?」
ニヤニヤと笑いながら、斐季は歩いて来た。この男は、蒸し暑さになれているのか、長袖長ズボンのオールドグリーンの単色迷彩の服装に身を包んでいた。かなりの古い服だった。まるで、この場所だけ別の世界ではないのかと錯覚してしまうものだった。影涼の隣に近づき、懐から煙草の箱を取り出した。箱を軽くこちらに向けた。影涼は手を軽く上げて断った。斐季は、ライターを取り出し、煙草に火をつけた。
影涼「昨日、お前は教官からの贈り物と言ったよな?」
影涼は、武器・装備を選ぶ前の斐季の発言について聞きだした。
斐季「ん?あぁ、あれな・・・適当に嘘を言うと当たる物なんだな。お前たちに武器を選ばせるのに有効な嘘は何かと、ダメ元で聞いたんだよ」
斐季は笑いながら答えたが、影涼はさらに続けた。
影涼「知らん奴に、教官ネタで嘘を言うのか・・・何とも下調べが良い事で・・・本当はお前は何者だ?ただの傭兵じゃないだろう?」
斐季はタバコを足元に捨てて右足で踏みつぶし消した。そして、そのまま黙って屋上を後にした。影涼は、呼び止めることもせずに黙って外の風景を見ていた。1時間ほど外の空気を吸ってから、部屋に戻ったが、ドアを開けるのと同時にムアっとした蒸し暑さが影涼を襲った。慧音の方は、服が乱れた状態で寝ていた。下着がおもむろに見えているので、女性らしさの品が全くなかった。しかし、影涼は気にすることなく自分のベットに横になった。外は段々と太陽が上り始め明るくなった。6時半ごろに慧音が起き始めた。
慧音「んん~・・・」
慧音は、汗でべとべとになった髪を掻きながら周りを見渡した。しばらくしてから自分の格好を見た。完全に下着が露出していたが、暑さで思考が鈍ったのか、特に大きなリアクションをするわけでもなく、普通に服を整えた。
慧音「影涼、起きて」
慧音は影涼の身体を揺らしながら名前を呼んだが起きる気配がなかった。もう一回揺らそうとするとドアをノックする音が聞こえてきた。ドアの向こうからは、女性の声がした。慧音は、自分の服装に変なところは無いか確認しながらドアをゆっくり開けた。ドアの先にいたのは受付にいた黄金色に日焼けした黒ぶちメガネの若い女だった。
受付の女「ブキノジュンビデキタ。キナサイ」
受付の女は、明らかに調べたばかりの日本語で話した。慧音は、影涼の所に向かい、耳元で囁いた。
慧音「銃が持てるわよ」
影涼「なんですと!?」
影涼は嬉しそうに目覚めた。慧音は、呆れながら大きなため息をした。影涼と慧音は、服を着替えて受付の女の後をついて行った。エレベーターに乗ると地下二階に向った。エレベーターを降りて受付の女が、ドアを開けると昨日選んだ武器と装備が机の上に置かれていた。その横には、ジャンズールがいた。
ジャンズール「来たか、武器と装備はここに置いてある。今のうちに試し撃ちでもしながら出発の準備をするんだな」
影涼「試し撃ち?」
ジャンズールは、一枚の手紙を影涼に向かって投げ渡した。それは、斐季からの手紙だった。影涼は、その手紙を見て絶句した。慧音も覗き込むようにその手紙を見た。
32#83135541716125429144#61914341
影涼「(どうしてあいつがこの暗号を知っているんだ!?そうか・・・やっぱりあいつは・・・)」
慧音「数字だけしか書いていないわね」
ジャンズール「斐季は、朝早くからどこかに行ってしまった。その手紙に何が書いてあるかは知らんが、試し撃ち用の弾薬の代金はすでに貰っている」
ジャンズールはMP9の15発入りマガジンを40本机の上に置いた。どうやら、40本分の代金を斐季は払ったようだ。影涼は、手紙を細かくちぎりポケットに閉まった。
影涼「さぁ、ササッと準備して時間が来るまで試し撃ちでもしますか」
二人は、MP9の点検とMP9・USPの弾を一発づつ確認をした。サプレッサーとフラッシュライトをMP9に装着しては、取り外しを繰り返した。そして、服の中に着る防弾チョッキを装着して着心地を確認した。いくら、拳銃弾程度のエネルギーしか防げれないとは言え、その重さはずっしりと体に圧し掛かった。慧音は、胸が苦しそうだったが仕方なかった。女性用の防弾チョッキはここには無かったようだ。確認が終わり、装備一式全てを持ち射撃場の場所を聞いた。ジャンズールから、地下三階に射撃場があると伝えられたので、二人は地下三階に向い単発・連射を繰り返しながら動かない的に目掛けてひたすら撃った。MP9は小型で取り扱いやすく、単発で撃てば反動抑制は容易にできた。的のほぼ真ん中に命中した。連射で撃つと、多少の反動はあったがすぐに抑制は出来た。慧音の方は、連射にすると抑制がうまく出来ず、銃身が上へと上がった。サプレッサーを装着すると、かなり反動を抑制することが出来た。ストックを畳んだ状態でも同じように撃ち続けた。気が付くと、もう出発する時間になった。二人は、装備を整えて外に出た。外に出ると、輸送トラックが一台待機していた。
ジャンズール「来たか、これに乗って行けばパキスタンへ、入国審査なしで入ることができる」
輸送トラックに乗り込むと、AK-47を装備した男達が6名いた。全員、この会社のスタッフなのだろう。影涼と慧音は入ってすぐの場所に向かい合うように座った。座るのと同時に輸送トラックは砂煙を上げながら、パキスタンに向けて出発した。車内の居心地は最高だった。座り心地のいい木製の椅子に、砂煙と煙草の混ざったいい匂い、おまけに髭面のいかつい男6人がこちらを睨みを切らせながら見ていた。本当に最高だった。慧音の様子を見ると、意外と平気そうな表情をしていた。どうやら、心配し過ぎたようだ。
影涼「何分後に到着するんですかね?誰か知りませんか?」
影涼は、敢えて日本語を使わずにロシア語で6人の男に向かって言ったが、誰一人答えること無く、首を傾げながら隣の人と顔を見合わせていた。男達も何かを話しているが、ヒンディー語で話しているので全く分からなかった。この場にいる人に聞くことは何もないので、影涼は慧音と話しながら過ごした。
影涼「今頃、日本では何が起こっているんですかね?」
慧音「何が起こっているのかね」
影涼「みんなは、何をしてるかな?」
慧音「きっと、休暇中じゃない?もしも、私達を探してる人がいるなら、他の人がするでしょうしね」
影涼「日本の状況が分かるような・・・携帯とかが欲しいですね」
慧音「無線機は、インドに入る前に破棄したものね」
影涼「何か通信手段が欲しいけど・・・アレ(中国軍)の存在がありますからね」
慧音「パキスタンに入国したら・・・」
影涼「イランに向かって進み、イラン入国後、海沿いに向かって進み、カタールへと海を渡ります。サウジアラビアには入らずに、オマーン・イエメンへと渡り最後は」
慧音「目的地のジプチに向かうのね・・・最初は、サウジアラビアに入るような言い方を前にしてなかった?」
影涼「海に沿って行ったほうが早いかと思いましてね。うまくいったら、イエメンに入らずにオマーンから船でジプチに入れるかもしれないという、期待を持っていますからね」
笑みを浮かべながら得意げに言う影涼の姿を見て、慧音はちょっと安心したのか、少し表情が和らいだ。影涼は立ち上がり、慧音の隣に座っているスタッフにジェスチャーで席を交代してくれと言い、席を交代した。
慧音「何をしてるの?」
影涼「知らない人が隣よりかはマシでしょ?」
慧音は静かにあぁっと頷いた。出発してから約3時間経過した。影涼と慧音はいつの間にか気を失っているかのように眠っていた。車両が停車したのと同時に二人は目が覚めた。どうやらサウジアラビアに到着したようだ。周りは、切り絶った崖の麓だった。どうやら、ここで降りろの事だった。二人が降りると、すぐに輸送トラックは走り去ってしまった。
慧音「ここ、本当にパキスタン?なんか無理やり降ろされた感じがするんだけど」
影涼は地図を広げ、太陽の位置を確認した。太陽は西に傾いていた。時刻はおよそ16時頃だと予測した。方角を確認して大体の位置は把握した。
影涼「ここからは、人目に触れないように移動しましょうか」
二人は、MP9を構えながら歩きだした。人間が住んでいるところからかなり離れており、人の手入れがほとんど無い場所で一番危険なのは、そこに生息する野生動物なのだ。もうすぐ夜になることから夜行性の動物が活発に行動する。二人の周りには、建物も街灯も無ければ緑も少なかった。日はあっという間に沈んでしまい、冷たい風が二人を襲った。MP9のフラッシュライトを点けずに月明りだけで進んで行った。人気のないところでライトを使えば敵にバレる恐れがあった。しかし、野生動物を近づけない目的ならライトを使うのが妥当だが、狙撃の危険も考えられたので使わなかった。歩いて行くと、何かが後ろから近づいてくる予感がした。気配は複数だった。
影涼「何かが来ていますね」
慧音「群れで行動しているわね・・・いきなり、野生動物のお出ましかしら?」
慧音はフラッシュライトで気配のする方向に照らした。そこにいたのは犬だった。
慧音「野犬・・・」
影涼が慧音を背に、周りをフラッシュライトで照らした。3匹の野犬がいたのだ。四方を野犬に囲まれてしまっていたのだ。牙をむき出しにしてゆっくりと二人の周りを回り始めた。逃げようとしたりすると、獲物として見られる危険もあり、背中を見せることも危険だった。フラッシュライトの光でも逃げないところを見ると、この野犬達は、かなりの修羅場をくぐって来たと見られる。よく見ると、野犬の耳や皮膚が欠損していたり傷だらけだった。
影涼「これは・・・ちょいと危険ですね。撃ち殺しましょうか」
影涼は、サプレッサーがしっかり装着しているのを確認しながら、銃口を野犬に向けた。
慧音「待て、ここで撃ち殺したら痕跡を残すことになるぞ。それに野犬はどんな病原菌を持っているかも分らないぞ、撃ち殺した後の処理が」
影涼「じゃあどうしますか?」
慧音の声を遮って影涼は言った。野犬は隙を見つけたのか、一匹が影涼に向かって飛び掛かって来た。影涼は何の躊躇もなく、飛び掛かって来た野犬の眉間に一発撃ちこんだ。飛び掛かって来た野犬を二人は避けた。その瞬間、二匹の野犬が襲い掛かって来た。慧音は、MP9を連射に切り替えて撃った。胴体に二匹とも命中した。残り一匹の野犬は、いつの間にかいなくなっていた。仲間を失い逃げだしたのだろう。二人は、残弾を確認する前に弾倉交換をした。いわゆるタクティカルリロードである。慧音は、心配そうな表情を浮かべながら影涼にどうするのか聞いた。
影涼「どうするって・・・撃ち殺してしまったものはしょうがないですよ」
フラッシュライトの明かりを消して再び歩き始めた。約3時間歩き続けると、川の流れる音がした。地図を取り出して現在地の確認をした。
影涼「ギルギット・バルティスタですね。この川が恐らくチラスですね」
慧音「チラス・・・という事は、このまま南下してイランに向かえばいいのね」
影涼「そうですね。ただ、どうやって足を確保するかですが・・・まぁ、歩きながら考えましょうか」
二人は、イラン方向に向かって歩きだした。少し歩くと、35道路に出た。地図で確認すると、イスラマバードまで続いていたので、一旦そこに行くことにした。35道路を歩いていると、影涼が急に慧音を突き飛ばした。それと同時に、チュンっと道路の一部に穴が開き、コンクリートの破片が影涼の頬目掛けて襲ってきた。慧音は転がるように少し大きな岩陰に隠れた。影涼は、枯れ木に隠れた。
影涼「(狙撃!!)」
影涼は、慧音に向かってハンドサインで伝えた。影涼は、ゆっくり枯れ木から顔を出して弾が飛んできた方を確認した。月明りしかなく、全体的に真っ暗に見えるが、少しだけスコープが発する月明りを反射した光が僅かながら見えた。距離は、約700~800mくらいだった。
檮杌「っち・・・外したか・・・」
檮杌はゆっくりと立ち上がり場所を移動した。
檮杌「饕餮・窮奇がインドで始末すれば早い話だったのに・・・渾沌が調子に乗ってしまうじゃないか」
檮杌は、場所移動して再び伏せて79式狙撃歩槍を構えた。79式狙撃歩槍はSVDをノンリコ社がライセンス生産した銃だ。檮杌はスコープを覗き照準を慧音の顔面に合わせた。
一か月に二話ずつ更新出来たら良いなぁ(願望)