極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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十喰目

 ―――結論から言ってしまうとジュリウスは優秀な生徒だった。

 

 極東流の戦い方を教える上で一番重要なのは柔軟性。頭を空っぽにしないで、既存の価値観を認識しつつそれを極限まで効率的に運用する事だ。パターンや組みあがった戦術なんてものは踏み台にしかならない。そもそも極東のアラガミはすさまじい速度で学習する結果、対人戦とほぼ同じ様な状況が出来上がっている。だからセオリー等という言葉は忘れなくてはならない。人間という生き物はそこらへんが面倒で、一旦覚えてしまうとそれを忘れる事は難しい。だから学習を終えた人物に教え直すのは面倒なのだ。

 

 だから既に戦術やらを覚えておきながらすんなりと認め、そして自身の糧へと変えて行くジュリウスを優秀だと認めるしかなかった。

 

 つまり”これはこれ、それはそれ”として覚える事が出来たのだ。極東とほかの地域では環境が違いすぎる、というのもある。ぶっちゃけた話極東の戦術論は極東でないと意味がないものがある。たとえば奇襲に対する警戒や、連戦を前提に組むローテーションや戦闘行動だ。極東では一匹殺せば五連戦は発生すると思ってよい。だがそれがほかの地域で発生することはない。だから警戒しているだけ無駄に精神を損耗して、疲れるだけだ。だから重要なのは知識を持つ事、そして環境を理解する事。

 

 つまり、ジュリウスに教えたのは技術ではなく精神論と指針となる事、

 

 仲間内で”極東哲学”と呼んでいるものだ。

 

 極東で生きる為の考え方を詰め込んだ学問らしきなにかだ。その内容はシンプルだ。絶対に慢心しない事、絶対に油断しない事、殺しても戦闘は続いている。戦闘中に喜んではいけない。敵は確実に殺せ、殺したら動けない様にミンチにしろ、コアは一つじゃないかもしれない。新種を見かけたら交戦せずに連絡と観察と撤退をしろ、”ほうれんそう”は忘れずに、死亡フラグは踏みにじってやれ。

 

 という風に、極東で生きる上での考え方がある。極東に所属するゴッドイーターが一番最初に教えられる事であり、そして行動と考えの根幹となるものだ。極東で八年ほど前に生き残っているエース級と一緒に話し合い、そして生み出されたものだ。この考えを徹底し、普及させる事によってアラガミとの交戦による極東人の死亡者は激減した。依然、極東外から来たゴッドイーターがサックリと殺されてしまう事態は存在する。しかしここ五年間、極東支部で生まれ、そして育ったゴッドイーターには未だに欠員がない。

 

 ―――地上最強最悪の支部と呼ばれる理由が誰にも解りやすく存在しているのだ。

 

 と、ここまでが基本となる。そう、あくまで基本。ここまではほぼ座学であり、そしてツバキが教える様な内容でもある。つまり極東における初期訓練の内容になる。それを教えたうえで、それぞれの考えを反映した教育と訓練を行って行く。ツバキとリンドウは解りやすい。”命を大事に”スタイルを徹底してやる。撤退、奇襲、警戒、そういう手段を徹底的に教える。リンドウやツバキのスタイルは一人では決して戦わず、チームとして戦い、それによって効率を最大まで高めつつ仲間を生き永らえさせるというものだ。故に訓練の内容はリンクエイドや医術を少々齧ったりもする。

 

 しかし俺は違う。

 

 自分のスタイルからして、そう言うことは教えられない。教えられるのは自分の知っている事。

 

 ―――即ち決戦兵器の生み出し方だけになる。

 

 武術や流派という概念を捨て、ひたすら技術と殺意を高め、そして極限まで経験を溜めこむ。人間というよりは経験を重ね続けて対ゴッドイーター特化に進化したアラガミの様な存在。そういう風に自分を磨き上げる事しか出来ない。格闘技や武術、それらの概念はアラガミにだって学習できる。だったら最初から捨てるしかない。もっと原始的に、本能的にアラガミを殺せるようになるしかない。だったらもっと野蛮、凶悪に、そして強力に殺せるようにしかない。故に決戦兵器、ワン・マン・アーミー。

 

 それが自分を鍛え上げた理念。

 

 この段階になって始めにジュリウスに教えたのは”極める”という概念は存在しない事。

 

 極めた。そう確信した瞬間生物は天井を作って限界を作ってしまう。故にその概念は邪魔だ。鍛えれば鍛え続ける限り成長は約束されている。たとえ亀の歩みであってもそれは確かな成長であり、経験である。

 

 故に一に経験、二に経験、三に経験を積んで四に経験を重ねる。

 

 経験した事を血肉に変えて飲み干させる。そうやって怪物は生み出される。

 

 それだけの一ヶ月だった。百種類の武器を交代で使ってジュリウスを攻撃する事で直接体に武器の痛みとその可動範囲、可能な動きを教える。オウガテイルやザイゴートの群れに武器なしで投げ込んで囲まれた状況を先に経験させる。コンゴウやシユウの討伐へと連れて行く事で実際のコア貫きの技術を何度か見せ、完成した姿だけを見せておく。個人的な精神論として重要な事を教える、アラガミへの怒りの忘れ方、殺意の抱き方。

 

 そんな事で教官の真似事をしていると一ヶ月はあっさりと経過していた。

 

 

                           ◆

 

 

「―――しっかしフライアの食糧事情は凄いな。フライア自体に農園や牧場に養殖場があるから食料に関しては完全な自給自足で賄えている、と。いやぁ、やっぱメシが満ち足りていると素晴らしいわ」

 

「ホムラ少尉、嬉しそうに食べているのはいいんですけど、食べ物を口元へと運んだ瞬間異次元へと消える様に食べるの止めませんか。というかヘルム越しに食べるのは一体どうやっているんですか」

 

「バッカ、お前そんな事も俺の生徒なのに解らないのかよ! 俺は極東出身! 旧ジャパン! ジャポネーゼ! 日本人だぞ! ニンポーを習って異次元喰い・ジツを使って食ってるに決まってるだろ! 極東支部の人間なんだからニンポーぐらいできなきゃ生きていけないぞ」

 

「少尉、流石にそれに騙されるほど馬鹿じゃないです」

 

 そっかぁ、と呟きながら手元のスパゲティを食べる。フライアの食堂で昼食を取っているが、周りにはジュリウス以外誰もいない。それもそうだ、誰が鎧の化け物と一緒に食べたがるのだろうか。例によってラケルがついてきそうだったが車椅子をチェーンロックで縛った上に鍵は食べてきた。だからラケルが来る事は決してないだろう。ざまぁみろ。

 

 ちなみにヘルム越しに食べるのは極東でニンジャに教わったのは事実である。相変わらず極東は謎い。

 

「それにしても、もう一ヶ月になりますか……。少尉には色々教わって世話になりましたが、あ、それでも思い返してみると物凄い理不尽な目に遭った気もしたりしましたね……」

 

「まぁ、そう言うな。俺も教育には向いていないのは解ってるから。極東でも基本的に新人の育成はリンドウ……あ、同僚な? アイツが担当しているんだよ。基本的に教えたり率いたりするのは俺、向いてないからな。中尉になったら部隊を持つ義務ができちまうから昇進の話を全部蹴って少尉のままに留まってるんだよ。オラ責任なんていやだべ」

 

「強い者が責任を負うのは普通なのではないですか?」

 

「それは違うよ」

 

 それはちょっと危ない考えだと思う。だからいいか、と前置きをし、スパゲティを食べ終わり、食後のプリンに手を伸ばしながらスプーンをジュリウスへと向ける。

 

「力自体に責任は一切ないんだよ。強いから責任が生まれる、ってのは弱い奴の勝手な言い分なのさ。負け犬の戯言とも言う。力に付随して来るのは義務や責任じゃない、権利だ。それを暴力に使おうが、他人を生かすのに使おうが、それはどうだっていいんだ。強いって事はそれを成す権利を得たという事なんだから。ただそれで発生する事は全部自己責任な! ってだけよ」

 

 あ、プリンなめらかで美味しい。これは極東にお土産として買って帰ろう、なんて思いつつ話を続ける。

 

「先人として教えられる知恵や考えはお前にできるだけ教えてやる。というかこの一ヶ月で教えられるだけ教えたつもりだ。だけど結局は”それだけ”っても言えるんだよジュリウスくん。俺は君の両親でもなければ君の家族でもない。君の”先生程度”の存在なんだよ。そこにどれだけの価値を見出すかは君の価値観次第、君の選択肢次第さ。そして力に対して評価を与えるのもそれと全く同じことさ。責任が生まれるって思うなら相応の事をすりゃあいいさ、俺に迷惑がかからないってなら応援ぐらいはしてやるし、助けが必要なら呼んでみろ、迷惑がかからない範囲だったら助けてやる」

 

 結局、

 

「世の中は自分の迷惑のかからないレベルで幸せでいられるなら、それが一番いい筈なのさ」

 

「……成程、その言葉しっかりと覚えさせてもらいます」

 

「この超大物先輩の言葉だ、超小者後輩としてはしっかり覚えておけよー」

 

 ジュリウスはその言葉に笑い声を零す。それを良い事だと思う。最初の方はクソ真面目なだけの青年だったから、それを徹底的にぶっ壊す為にわざとフランクに接していたのだが、おかげで笑顔も増えた気がする。と、そこでジュリウスも昼食を食べ終えてプリンに手を出し始めながら、しかし、と言葉を置く。

 

「少尉の鍛錬や授業を思い出すと改めて自分がどれだけ楽な環境にいたのかを思い出しますね……極東の過酷さは話で聞いていましたが、結局は”話だけ”という感じでしたんでしょう。こうやって極東の世紀末っぷりを自分の身で体験する事によってどれだけ過酷な環境かを理解させられました。その事に関しては少尉に感謝しなくてはいけませんね」

 

「お前、今暗に俺が世紀末マインドだって言ってない? 寧ろ俺暴徒をぶっ殺す方だよ?」

 

「あ、それですけど極東における暴徒とかってどうなっているんですか?」

 

 あー、と言葉を置き、そしてジュリウスに答える。

 

「いる所にはいるよ? ほかの地域と比べたらほとんどいないだろうけどさ。ぶっちゃけた話、極東で略奪とかしようとするとさ。血の匂いとその音に反応して速攻でコンゴウが涎たらしながらスキップでやってくるからな。大体の奴はアラガミに食われて死ぬ。だけどたまーにゴッドイーターが暴徒化したのが数年に一度レベルであってな? こいつらは発覚次第全員に抹殺指令が下されるから、アラガミが殺す前に人数集めて全員で囲んで反撃を許さないままミンチにして殺して神機回収する」

 

「欠片も容赦がないですね」

 

「余計な事に時間を割く余裕が極東にはない。お前、アレだぞ? 俺達って一回の出現で命令書を複数貰って出撃するんだぞ? 目的へ行く途中で適当に狩って、到着したら狩って、乱入を殺したら連戦して、帰り道でまた殺して帰る。これを毎日続けてるんだから正直暴徒とか相手するのだけ面倒なんだよ。こういうのは一気に始末して終わらせた方がいいんだよ」

 

 極東の基本思想、

 

 容赦するな。躊躇するな。手加減は自己責任で。殺す時は徹底的に。死体はなるべくバラバラに。

 

「ま、そこらへん徹底的にジュリウスくんには教えたんだ。俺がいなくなっても思考訓練や技術訓練は出来るだろ。俺が極東に帰ってダメになったらジュリウスくんも所詮はその程度で、俺も教官としてはその程度だったって話なだけだからな」

 

「そういう言われ方をしたら頑張らざるを得ませんね」

 

 そう言ったジュリウスの言葉に苦笑し、鎧姿のまま椅子に寄り掛かる。椅子がギシギシ、と鎧の重量に壊れそうな音を響かせているが、それは今は無視する。壊れるのはきっと貧弱な椅子の方が悪いのだ。

 

「しっかし明日から極東に戻るのかぁ……。フライアのメシは美味いし、配給も豊富で素晴らしいからちょっと惜しいな。ま、でもラケルともう顔を合わせなくていいって事実だけで俺はお腹いっぱいになれそうだよ」

 

「あ、すみません。先週言うはずだったんですがラケル博士なら少尉と一緒に極東へ行くことになってますよ。言い忘れてすみませんね。本当にすみませんね、ちょっと言い忘れてただけです。いやぁ、良かったですね少尉、思い人がついてきてくれて」

 

 神は死んだ。いや、アラガミなら物理的に殺しているから死にまくっている。

 

 つまりやっぱり神は死んでいる。

 

「おぉぉぉおおっぉあぁぁぁぁァァァァ―――!!」

 

 発狂しそうな頭をテーブルへと叩きつける事で何とか正気を保とうとする。

 

「いやぁ、この一ヶ月分しごかれましたからね、どこかでやり返そうかと思いましたけど、やっぱり希望が見えた所に絶望を与えるのが効果的でしたか。流石少尉の教えはタメになりますね。さっそく実践してみてその効力を見て取れましたよ。この一ヶ月、本当にお世話になりました」

 

「本当に優秀な生徒だよお前は! お前はぁ―――!!」

 

 煽り芸まで覚える必要はなかったのに、と心の中で叫びつつフライアでの最後の日を過ごす。

 

 ―――明日から環境と精神的地獄が組み合わさったハイブリッド地獄な日々が始まる。




 ジュリウスにスキル・超煽り芸・生存本能全開が追加されたっぽいぽい

 基本的な極東に関する情報のアレコレとホムラさんの絶望。極東に戻ってからはそこらへんの情報を出せそうにないので纏めて出したり。極東に戻ったら訓練が終わっているので、よーやくGEシナリオの本格開幕ですなぁ

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