「新種だぁぁ―――!! 生物的に新種だぁ―――! ヒャッホォ! 完徹するぞォ!」
そう叫びながら榊・ペイラーという男は壁に眼鏡を叩きつけていた。何処からどう見ても大丈夫じゃないテンション、振り切れてしまった様子で榊は雄叫びを上げながら更に眼鏡を取り出し、それを握りつぶしたり壁に叩きつけて狂喜乱舞していた。普段は誰よりも大人しい男だ。一人を煽りまくるくせに退路だけ確保してネット弁慶だったりするが、基本的には大人しい。スポーツだってしないし、暇な時間は妙なジュースを開発している変態だ。だがその変態性が今、変な方向へ突き抜けていた。
「ハッピーバースデイ!」
眼鏡を顔面に叩きつけられたので榊を持ち上げてとりあえず回しておく。視線を違う方向へと向けると、車椅子に乗ったラケルが静かにデータの確認をしていた。本当に、非常に珍しい話だがラケルが笑っていない。常に意識に余裕を持ち、そして冷静なラケルが真面目な表情で採取された簡易的なデータに視線を釘づけにしている。おそらくそれだけの価値がこのデータに、シオのデータに存在しているのだろう。
榊を下ろしつつ椅子に座らせ、漸く落ち着き始めた姿を他の四人と共に見る。
―――アナグラへとヘリで帰還して真っ先にやったことはシオを研究室、それも信用の出来る所へと連れて行く事。即ち榊に預けることになる。そこにラケルも合流して来るが―――まじめな話、ラケルは興味のない事は興味を向けないが、決して手を抜かない。彼女に関して自分が褒める事の出来る事の一つだ。榊、ラケル共に優秀な技術者だ。簡易的な検査は数分で終了した。
たったそれだけで、二人を驚かせるだけのデータが取れたのだろう。我に戻りつつも、榊は興奮を隠せない表情を新たな眼鏡を取り出し、装着しつつ見せてくる。さて、と榊が言葉を置きながら自分の気持ちを整理しているのが見える。
「割と凄まじい醜態を見せてしまったけど普段の君達と比べれば微々たるものではない。こう思えば直ぐに落ち着くねやはり。ん? 何そんな表情をしているんだい? 別にネタじゃなくて本当の事だからねぇ。まぁ、君達の醜態はさておき、これはヤバイ。超ヤバイぞ。何がヤバイって私の脳がシャットダウンするレベルでヤバイ。つまり通常の君達と同じレベルになっているんだ」
「隊長、撲殺許可を」
拳を構えるアリサをユウとソーマが両側から掴んで動きを止める。このぐらいでキレていてはこの博士とは全く付き合えない。ともあれ、本題に入るのが遅いのが悪い所だ。というわけで、
「引き継ぎラケル」
「つまり生物として限りなく新種に近いって事です。生体としてはアラガミです。間違いなくアラガミですが、ちょっとしたテストをした結果、人間を捕食できない様に構成されています。それにオラクル細胞の結合式がアラガミのものよりも遥かに強固であり、複雑になっています。複雑化すればするほど上位の生物である事は間違いがありません。そしてこの子の式は数段階飛ばしたレベルです―――つまりアラガミの限りなく上位の存在ということになります」
「あぁ、ドヤ顔で説明したかったのに!」
「ざまぁないです」
「アリサちゃんはしゃぐなぁ」
自然にヘイトを集める榊に対して満足げな表情をアリサは浮かべる。それを見て榊はぐぬぬ、とコミカルに声を出してから溜息を吐き、そして真面目な表情を浮かべる。
「さて、ここからはちょっと真面目に話をしようか―――さて、ご存じのとおり軽いパッチ検査でえーと、シオちゃんだっけ? 彼女の事を調べた。驚く事にその姿は限りなく人間に近い。勿論見た目だけじゃない。軽く調べたけど生殖器や内臓までちゃんと人間に酷似したものが備わっている。だけど、それでも体を構成しているのはオラクル細胞であり、それはアラガミよりも上位の存在である事を示している。ただ、ここで重要なのは―――我々と彼女が意思の疎通を行えている、という点になる」
それが、今までのアラガミとは革新的に違う所になる。
「基本的に人語を喋る、理解するアラガミというのは存在しない。そこの暴力アーマーみたいな人からアラガミへと成る様な存在でさえ、完全にアラガミ化すると理性を失くすという事が報告されている。つまりアラガミという存在にとって人間とコミュニケーションを取る事は不要な機能なんだ……まぁ、元々アラガミって人類滅ぼす為に生まれてきている様なもんだし、メリットどころかデメリットでしかないよね。ともあれ、そんな訳で逸脱者を含めて人語を喋るアラガミはいない。そして人の形をするアラガミもいない。つまりこの地球上を見ても恐ろしく特異な生物になるんだ」
そこまで榊が言ったところで手を上げる。
「話が長くなりそうで暇だから俺先に支部長ん所行ってくるわ」
「ははん、聞く気がないな?」
勿論、と答えたところで背中を向けて研究室から出る。ラケルを残してしまったが、ソーマとリンドウがいるから大丈夫だろうと判断する。ソーマはともかく、リンドウは戦闘年数が自分と近いベテランに入る。色々と心構えもあるだろうし、学校での教育を全く受けていない自分とは違って賢くもあるだろう。というわけで研究室から抜け出し、そのまま通路を抜けてエレベーターに乗る。
既にある程度の報告を通信を通して行ってはいるが、誰か一人ぐらい、口頭で説明する必要もあるだろう。そういう考えもあり、支部長室の前で一旦足を止め、ドアをノックする。慣れた名乗り上げと応答のやり取りを交わし、許可が出たところで音を立てずに部屋の中に入る。珍しく、机の向こう側に座っているヨハネスは書類仕事をしておらず、マグカップを片手にティータイムを満喫していたようだ。
「その表情から察するにペイラーの悪いクセでも出たのだろう」
「大正解」
「だろうな。アレで悪癖を治そうとも思わんから困ったものだ」
自分達以上、アラガミ出現前からヨハネスと榊には付き合いがある。その為、悪友を語る様な色がヨハネスの声にはあった。しょうがない奴だ、と言外に語っている様にも見えた。そのリアクションに二人の友情を感じつつも、まずは実務面を終わらせるためにも話を始める。榊とラケルによるシオの分析結果。それを口頭で見つけた状況と今までの経歴と共に伝え、
「そうか……見つかったか……」
ヨハネスが声を零す。それは前々から存在を知っているかのような、求めていたかのような声だった。小さくそう零したヨハネスはそうだ、と小さく言葉を置いてから此方へと視線を向けてくる。
「ホムラ少尉……いや、そうだな、ホムラ。質問があるんだ。なるべく正直に答えてくれると私としては助かるんだ……いいか?」
「うす、嘘をつく理由はないんで」
「そうか……ならホムラ、君は―――私を恨んでいるかね?」
ヨハネスのその言葉に動きを一瞬だけ止め、そして腕を組んで言葉に詰まる。どう答えるべきなのだろう、とではなくどう表現するべきか、だ。自分が”こういう風”になってしまった背景としては間違いなくヨハネス・フォン・シックザールが生み出してしまったP73偏食因子が存在する。この男があんな危険なものを生み出し、そしてそれを手放す事を良しとしてしまったから研究所が生まれ、そして悪魔の研究が始まった。アレがなければ今頃人類は生存できていない、という話はこの場合なしだ。純粋に自分の感情の問題。それを考え、そして理解し、答えを作る。
「―――恨んでいない、とは絶対に言えない。今では良く理解している。苦労を、苦悩を、そして待望を。何のために生み出し、そして何のために頑張っていたのか。だからそれを知って、今の努力を知って、それで恨みのほとんどは晴れた。だけど全部消えたわけじゃない。支部長が……いや、アンタがあんなものを作成しなきゃ俺は家族から引きはがされる事もなかったし、子供の首を素手で折る必要もなかった。研究員を絶叫しながら殺す必要だってなかった」
そう、あれは酷かった。
「アラガミの因子があるから直ぐに再生するという理由で内臓をサンプルの為に何度も摘出された。発狂しても次があるからという理由で麻酔なんて一度も使われたことがない。性能実験で兄弟の様に励まし合ってた仲間を殺す日だってあった。食事だってコスト削減とか言われて仲間の死体を差し出された事もあった。絶望しても足りないぐらいに絶望しても死にたくないから頑張った。ひたすら恨みと絶望を原動力に生き抜いた。今だってそうだ。恨んでいない日は存在しない」
拳を握り、それを見る。この拳で何度ヨハネスを殺そうかと思ったか。だけど、
「今は恨みやその絶望よりも大事なものがある。戦いを教えてくれた人への恩義が、居場所を提供してくれたことへの感謝が、そして何よりも……どんな化け物らしくても人間扱いしてくれたことへの喜びがある。その他にも色々と理由はあるさ、細々としたの。だけど一番大きいので言えば」
「言えば……?」
一旦そこでタメを作り、そして頷きながら視線をヨハネスに合わせる。
「友情を感じている。さ、俺にここまで言わせたという事はなにかして欲しい事があるんだろう? 友情特別プライスで引き受けるさ」
ヨハネスはそこで小さく苦笑すると、そうだな、と言葉を返す。
「嫌な男だな、私は。他人を疑うことになれてしまっている。絶対の味方はいないと思っている。だから私の事等……そう思ってしまう。が、いい加減そういう性格もどうにかすべきなのかもしれないな……さて、ホムラ。エイジス計画の事は勿論知っているな?」
「エイジス島で進められている巨大アーコロジー建設計画の事だろ? 特務で変異型や超特異固体を殺して集めてるのはその為だし」
エイジス計画。それはアラガミ装甲によって守られる超巨大アーコロージの建設を行うプロジェクトとなっている。フェンリル発足よりずっと行われている計画であり、これが完成すれば人類はアラガミの侵入できない安息地を得る事が出来る、と言われている。一つ建設に成功すれば後はノウハウを伝達し、それでアーコロジーの数を増やせば人類の数も増やせる、と人類を生存させるための計画だ。
「済まないがアレは嘘だ。終末捕喰は実在し、それに対して無力である事が判明したから別の計画を進めている。この場合人類の大部分が死ぬが種としての生存を果たせる。お前にはそれを手伝ってもらいたい」
「―――解った。任せろ。最後の瞬間まで俺はお前の味方だ」
ヨハネスの言葉に対して即答する。それが予想外だったのか、ヨハネスは完全に動きを停止させ、数秒持ち直すのにかけ、それから口を開く。
「私はお前に大量殺人の片棒を担げ、と言っているんだ」
「今更だな、やろう」
「家族とも呼べる支部の多くの人間を騙して、或いは戦って葬る必要だって出てくるかもしれない。私はそう言っているんだ」
「ま、しゃーないな。誰かに味方するって事は誰かの敵になるって事だからな。良くある話だ。その時は謝って、そして殴ろう」
ヨハネスはそこで一旦言葉を止め、そして再び話し出す。
「既に10年前に榊が終末捕喰に関する論文をまとめ、完成させていた。私はそれを隠し、そして秘密裡に終末捕喰を行う為のアラガミ、”ノヴァ”をエイジス島で育成、作成していた。君やリンドウが特務で集めていたアラガミのコアや素材の多くはノヴァの育成の為に使用されている。つまり私はもう何年も前から君を裏切っていたことになる。それに、今から君とはこの秘密を共有し、ほかの皆を裏切ってもらうことになるのだが」
「誰にだって事情はある。誰にだって後ろ暗い事はある。誰だって少なからず秘密を抱えている。その大小が問題になってくるが―――俺はその大小を特に気にする神経質でもない。だったら気にせず大将は胸を張って命令すればいいのさ、戦えってさ」
そこでヨハネスはもう一度言葉を止め、マグカップに口を付け、そして少し唸ってから視線を持ち上げる。その表情にはどこか、不満げなものがある。
「参ったな。君に軽蔑されるための言葉が見つからない」
「自己嫌悪は終わった? どうでもいい事さ」
そんな事よりも、
「魂の底から知り合いが、仲間が助けを求めている。それに応えるのが友情というものだって俺は習った。馬鹿は己の道を曲げられない。だったら感じるがままに殉じるさ……ます」
「は、はっはっは……今更取ってつけた様に言わなくてもいいさ。しかし、そうか、友情か……」
小さく笑うと、ヨハネスは言う。
「―――どうやら私もまだ捨てたものじゃ無いようだな」
「支部長ってば結構慕われてまーすよー」
実際、ヨハネスは割と人気がある、人格者として、あとこの極東支部を良く運営できているな、という思いで。
「―――特異点が揃ったな。これでアーク計画を始められる」
ヨハネスくん
覚悟決めたんでそろそろ本気だすわ。
ホムラくん
友情に応えるのが男の生き方。どうせヨハネスの事だし極東支部の人間生かす算段あるんだろうしなぁ。
ラケルたん
予想通り同じ陣営につけたのでご満悦。
オオグルマくん
おそらきれい。
最初から言ってると思うけど主人公じゃなくてどっちかというとラスボス。言葉に偽りはないんや……。