極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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二十三喰目

「シーオちゃんっ!」

 

「あ、鬼さん」

 

「まぁ、間違ってないけど……ほらよ」

 

 出かけてきて入手したコアをシオへと投げる。それを受け取ったシオは榊の研究室、そこにある適当な椅子に座りながらそのコアを果物を食べる子供の様に食べ始める。

 

 適当なパイプ椅子に座ろうとすると鎧の重量に耐え切れず潰れてしまう為、そのまま立って眺める。

 

 出会った当初と比べ、遥かに知性を高めたシオは、今では普通の人と同じように話す事が出来るし、活動する事もできる。そのまま戦闘についてくる事さえでき、ソーマクラスとはいかなくてもユウやコウタ、アリサ達に追いつく実力を見せていた。まさに怪物、と表現していい学習能力を有している少女の姿をしているアラガミは子供の様な様子で殺したばかりのカリギュラのコアを貪っていた。

 

 その肌や髪、目の色は変わらない。しかし、その服装は最初のボロ布とは違ってドレスの様な白いものになっている。ソーマやユウ、アリサにコウタが材料を色んなところから集めて必死に作った彼女専用の服だ。第一部隊の奮闘の証でもある、と言えるだろう。そうやって鎧の中から食べるシオの姿を見ていると、シオが此方へと視線を向けてくる。

 

「鬼さんも食べる?」

 

「必要じゃない限りは食べない事にしてるんだ」

 

「そうなんだ。美味しいのに」

 

 戦闘目的以外でアラガミを捕食すればするほどアラガミに近づく。だからなるべく食事の為にアラガミを捕食する事は回避している。しかしシオの気持ちはわからなくもない。体が必要とするものを摂取する行動は美味しく感じられるのだ。逆に必要なものを我慢するから辛く感じる。シオはそこらへんの欲望を素直に肯定し、生きている。ある意味自分と一緒だ。戦闘、アラガミに対する暴力的な本能を肯定している。だからシオにはある意味共感できるところがある。

 

 それだけだ。

 

「で、どうだ。シオちゃん。皆と遊ぶのは楽しいか?」

 

「んぐっ、楽しいよ? ユウはなんかさり気なく気配りが出来る上に結構博識だし。コウタは馬鹿だけど何時も皆の事を思っているし。アリサの服装はこうやって学習するとドン引きでしかない。で、ソーマは口は悪いしぶっきらぼうだけど、何時も皆を心配していて頑張っている、というのは良く知っているよ」

 

「ほほう、結構評価高いな」

 

「皆、優しくて大好き。アナグラ、楽しいよ」

 

 そっか、と小さくつぶやきながらコアを食べるシオの姿を見る。その姿はどこからどう見ても何時も通りのシオの姿だが、

 

「―――で、大丈夫なのか?」

 

「呼ばれてる。こっちに来いって。ずっと。朝も夜も忙しそうに呼んでる。でも行きたくない。今のここが好き。人の心が好き」

 

 シオ、というアラガミは特異点という存在である。それは終末捕喰を引き起こす為のトリガーであり、絶対に必要とされるものである。また特異点を利用する事で終末捕喰をある程度コントロールする事もできる。故にアルダノーヴァの完成にはシオのコアが必要となる。アラガミの、特異点であるシオのコアが。それはシオという存在を殺す行為でもあるが―――今更それを躊躇する様な人間ではない。

 

「なぁ、シオちゃん」

 

「どーしたの鬼さん」

 

「ソレ、最後のメシだからしっかり喰っとけよ」

 

 瞬間的にコアをシオが一瞬で捕食し、白い剣を肉体を変質させる事で生み出す。だがそのアクションの最中にシオの背後へと回り込み、その首を折るつもりで拳を叩き込む。純粋に粉砕する暴力を伴った拳はシオの首に直撃し、その体を榊の研究室の外へと、扉を粉砕しながら叩きだされる。手に感じる超硬質な感覚を覚え、シオがまだ生存しているのを知覚する。

 

「神機保管庫の入り口は閉ざした。ユウとコウタとアリサは今はパトロール中、防衛班は防衛任務で出撃中、リンドウはサクヤと一緒にハネムーン出張、ソーマは今頃サカキとヨハネスの三人でアーク計画に関して話し合っている―――オオグルマの仕込みでアリサが軽く暴走すればユウとコウタが一直線に戻って来ても間に合う事はない」

 

 つまり、

 

「チェックメイト、だ。お前の死は確定したよシオ。恨むなら好きなだけ恨め」

 

 歩き、扉の枠を両側とも握りつぶしながら道を開き、その向こう側へと出る。視線を周りへと向ければ、一直線にエレベーターへと向かって逃げるシオの姿がある。神機の真似をして作ったアラガミ剣を握ったままシオは開いたエレベーターの扉へと滑り込み、ボタンを押し始める。その姿へと歩いて進み、扉が閉まりそうになるところで駆け出し、

 

 完全に閉まる、という瞬間に拳を前へと叩き込み、逆の拳を叩き込み、扉を歪めながら筋力で無理やり開ける。ギチギチ、と音を立てながらエレベーターの扉が歪みながら崩壊、その向こう側に、アサルトとブラスト型の神機を模した兵器を両手に装着したシオがいた。

 

「ッ!」

 

 弾丸が放たれた。鎧を貫通し、体を貫通しながら叩き込まれた弾丸は激痛を体に与える。片目から視界が消えた辺り、目を吹き飛ばされたかもしれない。しかし、それほど困った話でもない。痛みと射撃を無視し、完全にエレベータの扉をこじ開けてからシオへとゆっくりと接近し、シオの首を掴む。

 

 そのままエレベーターの床を貫通させてシオを叩き捨てる。

 

 エレベーターの底に開いた穴からシオの体が下へと落下して行く。研究フロアが存在するのは通常のアナグラの最下層になる。故にそれより下はエイジス島への侵入口、その地下回廊への入り口となる。シオが落ちたのはそこしかない。おそらくシオの事だから今のダメージも即座に回復するだろう、とアタリを付けつつ前へと踏み出そうとすると、

 

「容赦しないんですね」

 

 背後からラケルの声がする。それに振り替える事無く答える。

 

「躊躇する様な善人かよ」

 

 エレベーターへと乗り込み、軽く跳躍しながらサマーソルトキックを繰り出し、エレベーターの天井を破壊する。結果としてケーブルから解放されたエレベーターが全力で落下を開始し、鉄の形をした死となって高速で下へと向かって落下を始める。それを天井を抜け、エレベーター外へと抜け出した空間で眺め、後を追う様に落下を始める。落下の時に重心を調整する事で落下の速度と体を横へと動かし、壁を蹴る事で速度を調整しつつ着地の準備を整え、そのまま迎撃される事もなくアナグラの最下層、

 

 エイジス島へ続く50キロにも及ぶ地下回廊の入り口に到着する。落下させ、鈍器として扱ったエレベーターの底には血の跡があるが、肉塊の姿はない。喰らいはしたが抜けたのだろう。エレベーターの残骸を踏み潰して横へ蹴り飛ばせば、ふき飛ばす様に開かれたエレベーターの扉が視界に入る。埃を払いのけながら踏み出した瞬間、

 

 白い剣が右横から迫ってくる。

 

 迷う事なく前へ踏み出しながら頭を狙った薙ぎ払いを回避し、そのまま体を右へ飛ばす。その動きに合わせて設置された二本目の刃を右腕で受け止め、握りつぶしながら左足を背後を通り抜ける様に斬りかかるシオへと向ける。命中はするが、感じるのは硬質な金属。再び皮膚を金属化させられた、と認識されながら蹴り飛ばし、その衝撃で前進しつつ前転し、衝撃を分散させながら着地する。

 

 振り返りながら壁に陥没する様に叩きつけられたシオの姿を見る。その両手には白い神機が握られている。左手にはバスターを、右手にはロングを。どちらもシオの肉体を構成するオラクル細胞を変化させて創造したものであるため、破壊されても即座に修復される。故に握りつぶした刃も、もう既に再生が終わっている。その再生能力は間違いなくあらゆるアラガミを、そして自分すらも越えている。

 

「な―――」

 

 壁から体を引きはがすシオが口を開く。だが此方も、そしてシオもまだ余裕で動ける状態。口をはさむにはまだタイミングとして早すぎる。無駄な時間稼ぎになってしまう。故にシオの呼吸を掻い潜りながら壁から体を引きはがし、着地する前のシオに接近し、拳を胸に叩き込む。

 

 特殊な技術は使っていない。

 

 なにせ、リンドウがやっているような剣術だとか武術とか、そういうのは自分にはない。

 

 ソーマの様に曲芸染みた体捌きを習得している訳ではない。

 

 ちょっと特殊な技術はいくつか覚えている。だがそれだけで、特別な技みたいなものはない。必要がない。この体は暴力に特化しているのだから。だから全力で動き、全力で殴り、全力で殺意を相手へ叩きつける―――この体はそれに特化している。

 

 故に全力で打撃した。純粋な暴力と殺意、スペックを限界以上に引き出した極限の腕力で殴る。それしか出来ない。それしか能がない。だから、

 

 打撃した。

 

 拳が地に落ちる前のシオへ衝突する。落ちる筈の体は持ちあがり、そのまま壁に衝突する。そこで動きを止めずに追撃に蹴りを繰り出し、衝撃は速度と共に加速しながらシオの体に追いつき、その体を壁に叩きつけ、バウンスさせながら戻ってくる。そこに容赦する事のない追撃の拳を叩き込む。音速をこえる拳は肉を引き裂きながら無数に衝撃波をバラ撒き、接触でシオも此方の拳もぐやぐちゃに砕きながら余波で体を削る。左腕が肉塊になるが知った事ではなく、そのまま蹴りを繰り出してシオを壁に半ば埋める。

 

 そのまま全力で砕けた拳と無事な拳で殴る。肉を砕き、血を飛び散らすのはシオだけではなく、自分もそうだ。しかし、肉体にはアラガミの因子がある。殴られるのと同時に再生するシオ、

 

 そして殴りながら再生する自分。戦いに終わりはない様に見えるが、そんな事はない。

 

 反撃にシオが神機を体に突き刺してくる。胸に二本の刃が突き刺さるが、それを無視してシオを更に殴り、殴って、そして殴り続ける。出来る事がそれのみであるが故に、シオの声から漏れる痛みの悲鳴や鳴き声を無視し、全力の暴力と叩き込むしか出来ない。

 

 それを五分ほど、再生と破壊を繰り返しながら一方的に止める事無くつづけ、シオから反撃の力が消えるのを感じ取る。完全に動きを停止させ、動かなくなったシオを引きずり出す為に壁に手を入れ、シオの首を掴む。

 

 戦う気力を失い、神機を形成する事もできないシオを持ち上げ、その姿を見る。第一部隊の面々が苦労して作ったドレスは完全に彼女の血によって白から赤へと変色しており、見るも無残な姿となっていた―――レベルで言えば出会ったころのボロ布と同じ様な状態だ。そんなシオを一瞥してから奥、エイジス島へと向けて投げ捨てる。シオの体が床へと落ち、滑りながら転がって停止する。

 

「長く触りすぎたら捕喰されないからな。純正のアラガミである以上捕喰も同化能力もそっちのほうが上だろうしな」

 

 コアを引き抜く時は一瞬で、一撃で終わらせる。それを意識しながらシオへと近づこうとすると、シオが弱り切った様子で顔を上げる。

 

「なんで―――」

 

 問いかける様にシオはそう言い、そしてくだらないと思った。めんどくさいから答えるのをやめてそのまま終わらせよう。そう判断し、再生を右腕に集中させ、拳を作り、シオからコアを抜くために拳を振り上げようとし、

 

「―――泣いているの?」

 

 その言葉に動きを止める。それは咄嗟の呟きだったかもしれない。だがシオは学習しようとしている。殴られながら、受けた攻撃を通して感じ取った相手の感情を。それに応える価値を見出す。故に答える。

 

「みんなが羨ましくて、そして俺が絶望しているからだ」

 

「羨ましい……?」

 

 そう、羨ましい。

 

「―――なんでみんなの様に普通の人間でいられなかったんだ。羨ましいって思うしかないだろう。他の皆は神機さえ使わなければアラガミに成ってしまう事を気にせず暮らしていける。だけど俺はどう足掻いても最終的にはアラガミに成るしかない。偏食因子を投与しても、どう足掻いても結末が決まっている。デッドエンドだよ」

 

 ないのだ。

 

「未来がない。救いがないんだよ。俺には、俺達には。どう足掻いても同僚に殺されて死ぬってしか未来が用意されていない。だったらこれも遅いか早いかの違いだ」

 

 心が折れないのは、絶対主張が捻じ曲がらないのは”心が強いから”ではないのだ。

 

 絶望しきって、心が砕けきった。もうこれ以上”折れる事も曲がる事もできない”ぐらいに絶望している。

 

 それだけの、簡単な話だ。

 

「なら、だったら、俺は好き勝手に生きる。最後が悲惨ならせめてそれまでの間は好き勝手、派手に、覚えられるように、楽しく生きるしかないんだ―――……それぐらいしか選択肢がない。アラガミに成り果てるのは嫌だ。戦いたい。未来が見えない。恩義がある。友情を感じている。憎い、殺したい程難い。愛している、誰よりも愛している。人間ってのは簡単なものじゃねぇ、簡単に理解されてたまるか。俺でさえ俺をどうすればいいか解らないってのに……!」

 

 いや、最後のは余計だ。自分で自分の感情に振り回されているだけだ。落ち着いて、深呼吸をし、そしてシオに近づく。それをシオは無言で見つめ、

 

「―――可哀想な人」

 

「俺もそう思うよ」

 

 胸を貫通させ、シオのコアを確保する。

 

 ―――これにて終末捕喰に必要とされる準備が全て完了した。

 

 地球の終わりが、始まる。

 

 もう後には引けなかった。




 シオちゃん
  出番少なかったけど原作以上に色々賢かったらしい。なお相手が悪すぎた。

 ホムラくん
  慢心も遊びも油断も手加減も容赦もなし。終わるまで本気モード。

 ラケルたん
  出番少ないのに妙にヒロイン力というより乙女力が高い人。予定ではさっさとフライアにお帰り願う予定だった。

 エレベーターパイセン
  数々のホラゲーや映画で搭乗者を守ってきたエレベーターパイセンについに鈍器という新しい職業が出来た。必殺エレベーターハンマー、相手はミンチになる。

 極東もボスサイドもみんな本気でいくよー

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