極東は今日も地獄です   作:てんぞー

8 / 27
八喰目

「―――久しぶりですね……いえ、確か今は暁ホムラ少尉でしたね。昔見た時とは姿が全く違ったので驚いてしまいました。まさか金属の体になっていたとは……サイボーグになるというのはどういう気分ですか少尉?」

 

「お前涼しい顔をしたまま本気に聞こえる冗談言うの止めろよ。お姉ちゃんに人の倫理を教わってないのかよ。あぁ、ごめん。そこらへんの覚えが本当に悪かったんだな。ほんと学習力ないわ」

 

「あら、それを貴方がいいますか」

 

 視線を横、ラケル・クラウディウスと呼ばれた女へと向ける。喪服の様に黒い服装に身を包んだ金髪の女は病的なほどに肌が白い。そして車いすに座っている。余命幾ばくか、等というイメージが似合いそうな女。それがラケル・クラウディウスになる。そんな女を上から、見下ろす様に視線を向け、見上げる様にラケルは此方へと笑みと共に視線を向けている。

 

 視線と視線を合わせ、

 

「ふ、ふふふ……ふふふふ……」

 

「ひ、ひひひ、はっはっは……ひゃはは……」

 

「お……おう……その……なんだ、……旧知の仲であり、話し合うことがあるのであればクラウディウス博士の研究室で語り合うのがいいだろう。元々必要だと言ったのもクラウディウス博士がはじまりであるしな。というわけで行きたまえ」

 

 笑い声を止めて視線をラケルからグレゴリーへと向ける。それを受けたグレゴリーは動きを止め、固まる。そこから視線をラケルへと戻し、そしてラケルと視線を合わせる。否定する理由はない。無言でラケルの車椅子の裏へと周り、車椅子のハンドルを掴む。このまま車椅子を窓の外へと投げ捨てて追撃の蹴りを食らわせる気分に一瞬だけ囚われるが、それが体の外へと漏れ出る前に抑え込み、ギリギリラケルを気遣うレベルで車椅子を押し、

 

 部屋の外へと出る。

 

「私の研究室はすぐそこです」

 

 そう言って指差すのはすぐ近くにあった脇道、別の扉へと繋がる通路だ。そのまま無言でラケルに従い、車椅子を扉の前へと運ぶ。扉の前に到着した所で一旦足を止め、その横にあるコンソールにIDカードをラケルが通し、研究室への扉が開く。それを車椅子を押して入る。

 

「あぁ、適当な所で結構です。ここは防音もされていますし。これでロックもかかりますね」

 

「そうか。んじゃ行儀よくしている理由も一切ないな」

 

 車椅子を押すのをやめ、尻部分を蹴って回し、モニターの前のコンソール、此方側へと向く様に一回の蹴りで調整して止める。ラケルはそんな風に乱暴に扱われようとも決して驚くような表情も、悲しそうな表情も、怒りの表情も見せない。見せるのは笑み。そう、喜びだ。その感情を美しい、と整った容姿で表現していた。それは決して表面だけの表情ではなく、心の底から感じているものを表現している、そんな笑みだった。

 

 しかし、彼女の悪性を知っている者からすればそれは底の知れない邪悪であると理解するだろう。

 

 ―――俺と全く同じなのだから。

 

「改めて、久しぶりですねホムラ。前会った時は何時頃でしたか。第三研究所を貴方が放火して以来ですから実に十年以上も前の話になりますね……。非常に懐かしい話です。あれから長い時が経っているのに、どんな風に貴方が育ったのかがこうやってみるだけで伝わってきます。その鎧の下の姿も、目を閉じれば思い浮かびそうで……」

 

「ストーカー被害で訴えそうなんでやめてくれませんかねぇ。というか昔から思ってたんだけどお前超気持ち悪いんだよ、その人に向ける薄ら笑いがさ。お前そもそも人類の事実験動物程度にしか見てねぇだろ。笑みを浮かべて身を綺麗にしているのだってそれが他人へのウケがいいのと、人間らしい行動だから、だろ?」

 

「こう見えて心の底から再会を感謝して喜んでいるんですよ?」

 

「お前が俺に向けた最初の視線が実験用のラットへと向けるものと同じ視線だったのを俺は絶対に忘れないからな。フェンリルの研究者だって外道とやってる事を意識して、それが人類の為だって建前で頑張ってるのにお前純粋に”人間ってどうすればぶっ壊れる?”的なノリで遊んでくるから殺意しか湧かないんだよ」

 

 つまる所、この女、善悪を理解した上で”どうでもいい”と判断している生粋の破綻者なのだ。自分の興味のあること以外は全て価値が平等となっている。何が重要で、何が必要で、そして何が求められているか。それをしっかりと理解できているからこそ絶対に自分の本性、悪性、その尻尾を他人に握らせる事をしないのだ。人間社会を最大限利用して隠れ蓑まで用意してある辺り、恐ろしいほどに狡猾でもある。

 

「はぁ……、しっかしまるで中身が変わってないなお前。昔同様にすっごいアラガミ臭いわ。人の皮を被っているだけ、ってのが見ているだけで伝わってくるぜ。お前の姉ちゃんも良くお前の相手を我慢していられるな。俺だったらお前と一緒に暮らしたら一日目で殺す自信があるぜ。お前って生かしておくのには危険すぎるし」

 

「それは少々酷いのではないですか? こう見えても一応女性であるという自覚はありますし、臭いと言われて傷つかない事はないんで―――」

 

 ラケルがそう言っている間にラケルに歩いて近づき、鋼鉄の両手でラケルの首に手を添え、そして握る。まだ圧力はかけていない。しかしこのまま力を込めればラケルの首をへし折って殺す事もできるだろう。そうだ、そうすればいい。きっとラケルは生きているだけで”ロクでもない事”を引き起こすだろう。そんな事は大昔に理解している筈だ。今までラケルを殺さなかったのは怠慢でしかない。だったらこうやってラケルを見つけた、見つけてしまった今、

 

 殺すのがこの世界の為、そして自分の為なのではないだろうか―――?

 

「―――出来る訳もない事は止めたほうがいいですよ?」

 

 その言葉に手の動きを止める。首を握られながらも、ラケルは優しい笑みを浮かべ、此方をまっすぐと見つめてくる。そのまま手を持ち上げ、伸ばし、そして顔を覆いかくしているヘルムに触れる。それをラケルは外すと、そのまま切り傷や火傷の付いている醜い顔に素手で触れてくる。

 

「そもそも貴方に私は殺せませんよ、ホムラ。体は大きくなり、力を付け、そして衝動すら噛み殺した。貴方の精神力には感服するしかありません。その眼を見れば貴方が私とは違うベクトルで、同様に化け物になっている事ぐらい良く解ります。触れているその肌を通して貴方の経験した事が伝わって来ます。だから―――貴方には私は殺せませんよ」

 

 だって、

 

「―――私達相思相愛じゃないですか」

 

「その程度に縛られる俺じゃないんだなぁ、これが」

 

 手を離してラケルの額にデコピンを放ち、その衝撃で大きくよろけさせる。

 

「正解は”俺には少尉と極東支部所属という立場がある”だこの淫乱め。俺が貴様を愛しているのは事実だがそれ以上に殺意が高いから別段殺そうと思えばこの瞬間にミンチにしてやっても良い。だけどその場合、まず間違いなく俺が指名手配される上にヨハネスの首が飛びそうになる。少なくともヨハネスには面倒を見てもらった恩義があるからこういう形で迷惑をかけたくはない。解ったかこの自意識過剰。俺が人類を愛しているレベルの一段階上に愛されているぐらいで己惚れるな」

 

「でも結果的に貴方は私を殺せないので私が正しいですよ?」

 

「はっはっはっはっは―――立場を投げ捨てるつもりで行けば殺せるって事を忘れるなよカスめ」

 

 強く、それこそ出血する程度の強さでラケルの額にデコピンを叩き込んだが、既にラケルの額には叩かれたような跡は存在していない。それもそうだ―――自分やラケルの様にP73偏食因子を投与された者は人間よりもアラガミに近い生物となる。

 

 最初期型のゴッドイーターの前―――人体実験段階だった頃に使用されていた欠陥だらけの偏食因子。

 

 それは使用者の精神を発狂へと追い込んでいた地獄の因子だった。投与された者はゴッドイーターになる前に因子を通してアラガミの意識に侵食され、そして同化される。故に発狂し、脳が破裂して死ぬ。ソーマの様に生まれる前から適応する様に作られた個体は無事だろう。人とアラガミのバランスの取れた優れた生物として生まれてくる。

 

 だが後天的に投与された自分やラケルは違う。

 

 ラケルはアラガミの意識と同調し、人間としての感性を失ってアラガミの意識を得た。

 

 俺は人間を辞める事を認めないからアラガミの意識を食い殺して克服した。

 

 その結果としてたどり着いたところは一緒だった。アラガミが有する肉体の再生能力、そして体内での偏食因子の生成能力。生き汚いと評価する事の出来るほど極悪な生命力。方向性は自分も、ラケルも、そしてソーマも全く違う。しかし最終的にたどり着く化け物としての境地は一緒だった。即ち人とアラガミの生物としての複合体。

 

 ゴッドイーターではなくアラガミ人、と呼べるであろう存在。

 

 それが自分とラケル、そしてソーマの正体になる。

 

 ―――だからだ。

 

 この世で唯一ラケルが同類として、同じステージの生物として見れるのはアラガミでも人間でもない。両方を兼ね備えた彼女が同じ生物として見る事が出来るのは俺でしかない。だからラケルの興味は俺へと向けられる。死ぬ事を良しとしない。無条件の好意を向けてくる。こんなにも甘えた声で毒を漏らすのだ。

 

 血も魂も思想も国も関係ない。同じ生物というだけでラケルは家族として、異性として見てくるのだ。

 

 気持ち悪い、反吐が出る、殺したい。なのに愛している。

 

 それは間違いなく同じ、P73偏食因子から来る生物としての本能なのだろう。

 

 ―――数が少ないから増やせ、と。

 

 言葉にしてみればゲスい。ゲスすぎる。それだけの話なのだが、そんな本能を認められないからこそ、自分は今、ここにいる。こうやって認める事無くラケルを睨んでいる。しかしその本能を良しとするからこそラケルは慕情の籠った視線を向けてくるのだ。

 

 ものすっごく殺したい。

 

 フェンリルを抜ければ願いは叶うのかもしれないが、それを状況が、そして世界が許してくれない。だから仕方がない、と今は諦めるしかない。これが決して間違いではないとそう祈りながら、ラケルの殺害をこの時だけは諦めるしかない。P73偏食因子という負の遺産、その残り、施設や研究者、機材等を含めればもう生き残っているのはごくわずか。

 

 研究者で生き残っているのはヨハネスとサカキだけ。

 

 実験体で残っているのは自分とラケルとソーマだけ。

 

 ヨハネスとサカキは過去の過ちを認め、そして前へと進んでいる。ソーマの事はもう何年も極東で観察し続けてきた。アレは実に良い少年で、青年になっている。自分の環境に腐らず、一人でも多くの人間を生かそうと自分の生まれを認識し、頑張っている。特別であるという事を受け止めて、自分の道を決めた男だ。

 

 だからこそ自分と、そしてラケルだけはどこかで消えなきゃいけない。

 

 今はまだいい。だけど後天的に投与された自分やラケルはアラガミに存在が近すぎる。

 

 自然に死ぬとは思えない。アラガミになっても自分の意思が消えるとは思えない。きっと、生きているだけでもロクでもない。自分が邪悪な本性を持っているなんて自分が一番理解している。

 

 ……ただ、今回はそれを我慢しなくてはならない。それが残念でしょうがない。

 

 だから溜息を吐く。

 

「あーあ。全く嫌になる世の中だ……つかいい加減俺に触るのをやめろ」

 

「恥ずかしがっているんですか? 私は貴方に触ると落ち着くのですが」

 

「その典型的なヤンデレスタイルをやめろつってんだよ」

 

「ふふ、仕方がありませんね」

 

 叱られた子供の様な表情を浮かべ、ラケルが手をひっこめる。そのまま持ち去ろうとするヘルムを素早く回収し、そして被る。まあ、ラケルに関しては今はどうしようもあるまい。いずれフェンリルから除籍されるような事があれば真っ先に殺しに行く。それぐらいでいいのかもしれない。

 

 ―――まぁ、なんだかんだで一回だけ、命は救われているのだ。この女がいなければP73偏食因子の投与実験体としてフェンリル秘密研究所で解剖されたパーツで人生を終わらせていた。

 

 殺意はあれど、愛もあり、色々と複雑だ。面倒。

 

 アラガミの様に殴り殺してそれでおしまい。それでカタがつかないのが人間の世の中の恐ろしい所だ。

 

「まぁ、いい。現状は我慢してやる……で? 俺をこっちに呼び寄せたのはお前なんだろう? って事はなにか俺にして欲しい事があるんだろ。タダで働くつもりはないからそれなりの要求をするつもりだが、それでいいなら使われてやるぞ」

 

 勿論、自分を安売りするつもりなんて一切ない。タダで働くつもりは毛頭ないのだから。自分の価値は正確に把握している。だから……精神的疲労に対して見合うだけの価値がない限りは働く気がない。が、

 

「では私の左眼なんてどうでしょうか? ”貴方に”捕喰されれば流石に二度と再生できませんし。私の力を削れて、御得ですよ?」

 

 笑顔のまま、何でもない事の様にラケルはそう言い切った。

 

 やはり何でもないかのようにそう言えてしまうこの女は決して人間ではない。

 

 だから嫌いだ。

 

 ―――そしてそんな怪物にしか反応出来ない自分の体が何よりも恨めしい。

 

 体に殺意が満ちる。体の外へと漏れ出る事はない。それは常に自分へと向けられた殺意だからだ。結局、十何年も戦い続けているのに自分は未熟だ。スタート地点から体だけ大きくして何も変わってはいない。

 

 どんな堅牢な鎧を着こんでも心を守る事は出来ない。

 

「―――いい、だろう。今回だけは折れてやる」

 

「えぇ、解っていますよ。貴方にとっては屈辱的であるのが。では―――」

 

 ラケルが顔を覆う黒いヴェールを片手で持ち上げ、そして左眼を此方へと向ける。

 

「―――召し上がれ」

 

 この女は、間違いなく人を破滅させる才能を持っているのだろう。

 

 発狂しそうな程荒れ狂う感情を握りつぶしながら―――手を伸ばした。




 ラケル・クラウディウスちゃん(25歳児)
  人間やめてました(過去形)。人体実験で数万人殺し、気に入った男子を助ける為に研究所を放火し、そして人類社会に貢献する事で潜伏する一番アカンタイプ奴。人間でもアラガミでもないからどっちも見下してる。好きな味は破滅と絶望の味。煽り芸は見て覚えた。好きな人は同じ種族のホムラくん。

 解りやすい今回の話の纏め
・ラケルちゃんとホムラくんはP73偏食因子投与済み
・ラケルちゃんはゾッコンふぉーりんらぶ
・生物、種族的問題で二人しか存在しないので恋愛(強制)
・どっちも割と人間じゃない
・どっちも煽るのが好き
・因子投与以前の傷跡や怪我は絶対に治らない

 もうこれ駄目かもしれないな。ヒロインという概念を疑いたくなる

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。