「ここはどこかのう……」
辺りを見回しながら彼、太公望からそんな言葉がこぼれた。自分は先程まで大陸の某所にいたはずなのだ。そこですやすやと眠っていて、しかし目が覚めたら見たことのない場所にいた。
いや正確に言うならば、『見た』ことはあるかもしれない。が、少なくとも周の時には存在していないであろう建造物が立ち並んでいたのである。
そしてもう一つ気になることがあった。それは己の半身たる『奴』が自分の中にいないのだ。つまり、今この瞬間の太公望は、あの融合する前の太公望であるということ。周の軍師、元始天尊の直弟子、封神計画の表の遂行者、師叔と呼ばれた時のあの姿。
「う~む、全くわけのわからん状況だが、ともかく情報を集めねば」
とりあえず太公望はそのコンクリートの上を歩き出した。
あれこれと片っ端からそのへんにいた子供達に聞いたところ、ここは『学園都市』なる超能力開発を主として行っている場所らしい。『日本』という国家の中にありながら、ほとんど独立国家のように扱われているらしく、総人口230万人、そのうち8割は子供という異色の土地である。科学が異常に発達しており、そこから利益を得ているんだとか。
と、そのように聞いたものの結局のところ今の状況にあまり変化はない。
「要するに寝ておったところからこの『学園都市』とかいう地にワープしてきてしまったらしいのう……」
ポリポリと頬を掻きながら太公望は困惑する。ワープ自体は何度か経験したことはあるが、こんなふうに唐突にするのは初めてだった。今回、一番の問題は今のところ帰るあてがないところだ。今の自分では『歴史の道標』と戦ったときの力はないし、空間を司るような能力も持っていない。こんな時、自分が一番すべきこととは……。
つまるところ、(ぐうたら)生きることである。生きるためには食わねばならぬ。食うためには働かねばならぬ。だがこの男、太公望は働くべきか死ぬべきか、との問いに対して働くくらいなら食わぬと回答したほどの男なのだ(その結果集団リンチにあった挙句、結局働く羽目になった)。加えて、『とあるものすごく怠惰な男』の影響からより一層怠けたがる気質を備えてしまった。
寝そべってお菓子を食べられるようなレベルの生活――それが太公望の思い描くものだった。
見たところ、この地は周よりも発展しており、貨幣経済も浸透しているはず。ただ先程会話できていたことから言語が通じていることは若干気にかかるところだ。そんな太公望がどうやって稼ごうというのかといえば、占いである。以前は敵の根城でこれを行いがっぽがっぽと儲けたものである。しかし机もなければ椅子もない、占いに使う肝心の薪もないという状況である。この方法で稼ぐのは、今はどうやらできそうにない。
となれば、と思ったところで太公望は懐をゴソゴソと探る。探していたブツはどうやら自分に付随してこの世界にやってきたようだ。
宝貝『打神鞭』。棒の先っちょに球体がついている形状。仙界の兵器、宝貝。仙道が使うことで奇跡を起こす道具。風を操るこれを使うことで、何かしら稼ぐことはできるだろう。風を起こして飛べまーすとでもすれば見世物としてなかなか稼げそうなものではないか。
「………………ふむ、だめか。ここはやはり精神宝貝や空間宝貝ではないようだのう……」
と、ここで太公望は自分が奇異の視線にさらされていることに気がついた。どうやら自分の服装に問題があるらしい。見渡してみると似たような服装を着ている者たちが多い。彼ら彼女らから見れば今の太公望は変な服装の人にしか映らない。というより、なんかのコスプレをしているように見える。
なるほど、時間的のも空間的にも元のところと隔たっているのであれば文化は必然的に違うはずだ。先ほど質問に回っていた時も、何か変にジロジロ見られていたのはそのためであったらしい。
しかし今の太公望は四次元ポケット的なものを持っているわけでもなければ、リュックサックを背負っているわけでもない。替えの着替えと言われてもそうあるわけでもない。ゴソゴソとまた懐を探ってみると、しかし、一着だけ薄いシャツがあった。前にどこかで着たやつをほったらかしにしていたらしい。
ともかく奇異の目を少しは和らげられそうな手段を見つけてほっとした太公望であったが、次の瞬間、腹の虫が盛大になってしまった。
「ううむ、これは割と深刻な問題だのう……」
ワープしてくる前もこれといって食べていたわけでもなく、かなりの空腹に襲われた。
現在自分の懐の中にあるものはいくらかの小道具と仙桃くらいである。これでは到底この先もたない。やはりまずは飢えをしのぐ必要がある。
とりあえず太公望はしばらくこの地の観察のため、通りを闊歩していた。 奇異の視線は相変わらず送られてくるが、その反応もまた太公望の観察するところの一つであった。
科学が著しく発達している。それが太公望の感想であった。硬貨を入れて飲料が出てくる機械、ゴミを回収しているらしい機械、空を見上げれば何か人工物が浮かんでいる。そしてなにより、まわりに「何か」ある。とても小さなものがいくつもいくつも。
と、歩いているところでまた腹の虫が鳴る。懐の桃を食べようかとも思ったが、この地で同じものが手に入ることはまずないだろうと思い、懐に入れかけた手を戻す。
この地には木は豊富にあり、薪に困ることはなさそうだがおそらく公共物だろう。許可なく伐採して豚箱に入れられたら終わりだ。食料はくれるだろうが自由はくれない。そんなところに入る気は太公望にはさらさらなかった。
「まあ占いなら薪はなくとも出来るし、良いか」
この格好だから、それらしさ、もなんとなく出るだろうと思い、あたりの子供たちに占いをやってみないかと誘ってみた。
しかし、どの子供も一切興味を持つことなく歩き去ってしまった。どうやらこの異常に科学が発達した地では占いは胡散臭いことこの上ないものらしい。
「ううむ、後払いで割安にしてやったのにのう」
思わず太公望は肩を落とす。かなり有望だった金銭調達法が空振りになってしまったため、いよいよこの状況に危機感を覚えてきた。これではぐうたら暮らすどころか生存も危うい。
打神鞭の力を使ってどこかの建物の屋上に移動した。理由はこの地を一回一望してみたかったのと、着替えをするためである。もしかすると、この地の治安機関か何かがこの服装をダメだとするかもしれないため、とりあえず少しは安心できそうな『デンキヒツジ』シャツを着てみることにした。黒地の半袖で正面に「デンキヒツジ」と書かれているシャツである。
さて建物からこの地を見渡してみると、どうやら大きな街のようであった。高層の建物がいくつも立ち並び、人が行き交っている。
「なんというか、面白いところだのう」
着替えた道士服はそこらへんに落ちていた透明な袋に入れて手に下げることにした。
「さてどうするかのう、帰るあてもないし金もない。働きたくはないが、なんとか金は得る手段を探さねばのう……」
とりあえず座れそうな腰掛け(ベンチ)がその屋上には設置されていたのでそこに座って考える。太公望の霊獣たる四不象もこの地にはいないため移動するにも自分の足やら風やらを使わねばならない、がそれは疲れる。腹が減っているために余計にだ。
「……?」
そこで下から寝息が聞こえた。股の間から席の下を覗くと何か白いものがゴソゴソと動いていた。よく見ると、どうやらそれは人のようで白い衣をまとっているようだ。こんなところで寝るとは、無用心なことだ。これほど発達した街だから屋上の長腰掛けの下で丸くなって寝るというのは幾分奇妙にも思った。最も、いつの時代であっても格差というものはやむを得ず発生するものだろうから、これもその類なのかとも思ったが。
照り出している太陽を見ると、どうやら早朝というわけでもなさそうで、もしかすると起こした方が良いのかもしれない。
「のうお主、起きよ、起きよ」
その衣を通して人物に触れたとき、少し違和感を覚えた。その正体はおそらく、この衣が見た目通りの構造をしていないからだろうと太公望はその時推察した。この街の標榜する超能力とかいうものなのだろうか。
「う……ん?」
声質からして女、それも少女といっていいくらいの年齢だろうと太公望は思った。
「おぬし、このようなところで何故眠っておる。無用心ではないか」
「え? えっと、まずあなたは誰なのかな? 名前を教えて欲しいかも」
「ふむ、そうか。わしは太公望という」
「たいこーぼー? 変な名前かも。私はインデックスって言うんだよ」