その後、太公望と神裂の二人はそれぞれの連れ、インデックスとステイルに対して説明を行い、その後指定の場所、つまり太公望の寮で合流することとなった。これは神裂からすれば信頼の証と言えた。自分の隠れ家とも言うべき場所を教えたのだから。
太公望が寮に戻るとそこにはインデックスがいた。
「たいこーぼー!!」
「うむ、無事だったようだのう」
インデックスとは、風の壁の中で、逃げの算段をしていた。わしが足止めしてる隙に逃げよ――ということではなく、話があるからこの一万円でおやつでも買ってきなさい、ということであった。無論逡巡したが、太公望の顔を見て結局そうすることにした。
「ふむ、インデックス。何か買ってきたかのう?」
そう気軽に太公望が尋ねると、インデックスは途端にむくれた。
「たいこーぼー! 何言ってるんだよ!! そんなことするわけないんだよ! たいこーぼーが頑張っているのに私一人だけ馬鹿みたいに買い物なんてしてられないんだよ! 魔術師は追ってこなかったみたいだったからここに帰ってきて今までお祈りしていたんだよ!」
「そ、そうか……それはありがたいことだのう……」
その真面目さは嬉しい。インデックスはただの大食いシスターではない。敬虔で一途な大食いシスターなのだ。
はい、と言ってインデックスはくしゃくしゃになった一万円札を太公望に返す。
「……」
そういう気質は素晴らしい。くしゃくしゃになった紙幣を見ながら素直に太公望はそう思った。
しかしながら、今回に限っては、太公望は本当に買ってきて欲しかったのだ。なぜなら晩御飯も腹五分目にも満たないもので、神裂との戦闘でも疲れていたからだ。
「……はあ、まあ仕方ないのう」
そう言って太公望は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それでたいこーぼーは何を話してきたの?」
「うむ、そのことだ」
懐に紙幣を戻し、太公望はインデックスの正面に正座で座り、向かい合った。
「まず、明日の朝八時頃、魔術師がここに来る」
「え!? また!? に、逃げないと……!」
「その必要はない。向こうもおそらく、もう戦闘をする気はないだろう。話をしに来るだけだ」
「話?」
「そう、おぬしに関わる重大な話だ。さっきも、おぬしに関わる話をしてきた」
「……それは、どんなことを?」
インデックスは恐る恐るといった感じで太公望に尋ねるが、太公望は首を横に振る。
「それは二人が来てからにしよう。二人の口から話すべきことだからのう」
「……たいこーぼーは……?」
「無論ここにおる。どうせ一人だと寂しいだろうからのう、かかか」
「む~!」
インデックスはむくれるがその通りだったので何も言えない。
「……時にインデックス。おぬしは、自分が泣いてしまうような真実を知るのと、それを知らず、明るい笑顔を浮かべているのと、どっちが良いと思う?」
「……」
無論インデックスにもこれが自分のことだということは分かっていた。どんな真実なんだろう――などということは考えなかった。
「真実が知りたいんだよ」
「それを知ってしまうと、おぬしは泣いてしまうかもしれぬぞ? おぬしはまた、悲しむことになるやもしれぬぞ?」
「構わないんだよ。それを私が知ることで救える人がいるかもしれないから」
凛とした表情でインデックスはそう答えた。その迷いのない視線が太公望を貫く。
「そうか……。ならばよい」
優しさ。人が傷つくことを嫌い、人を救いたいという慈愛。太公望はそんなことをインデックスの言葉から感じた。そんなインデックスだからこそ、彼女は人を幸福にする心も持っている。ステイルも、そして神裂も、その心に惹かれていったのだろう。
「インデックスよ。おぬしは幸せ者よのう……」
「え?何か言った?」
「いや、なんでもない。それよりもう遅い。またしても布団がないので、いろいろとすまぬが……」
「構わないんだよ。たいこーぼーありがとう!」
道着をインデックスに布団がわりとして貸し、Tシャツ姿になった太公望は瞑想のポーズを取りながら寝始めた。
インデックスは床に座ってしばらくその姿を眺めていた。横から太公望を見ていると、しばらくして涎が垂れ始めていた。その童顔はすやすやとした寝顔になっており、横になったインデックスは頬をほころばせる。
「……たいこーぼー、寝顔は可愛いんだよ……」
自分も眠りにつこうと横になって道着に頭をうずめるインデックス。それには太公望の温もりがまだ感じられる。
しかし、その嗅覚は太公望の匂いのほかに、わずかに匂ったその匂いを逃さなかった。
「血……」
それは太公望が神裂に蹴りを入れられた時に受けた傷から出血したものであった。傷は大したことはなく、すぐに回復した。道着も打神鞭で風を送って土や埃をはらっていたが、わずかに染みた血は払うことができていなかった。
「……」
インデックスは思いっきり目を瞑り、太公望に背を向けた。しばらくすると寝息を立て始めた。
「……やれやれ、わしとしたことがこんなところでミスするとはのう……。注意散漫になっておるのかのう」
寝たふりをしていた太公望はインデックスが寝始めてから少し経ったあと、涎を拭いて立ち上がり、インデックスの方に忍び足で近寄る。その道着をインデックスを起こさないようにとり、その道着に染みた血を完全に吹き飛ばし、夏の夜中の空気で温めたあとに再びインデックスにかぶせた。
「……おぬしの根本は、やはり人が傷つくことが嫌い、ということなのかのう」
太公望の頭に同じようなことを言った友の顔が浮かぶ。その本質はともかくとして、その友もそんな感じだった。争い事が嫌いで、そのくせ争い事の渦中に飛び込んで行ったその友は、思い出した映像の中で笑っていた。そう、あやつは驚いた時以外はほとんど笑みをたたえていた――。
「……」
あの河で二人で語らった時のことが思い出されて、太公望は少し頭を掻く。そしてその時と似たような決意を改めて心に刻んだあと、太公望は瞑想のポーズに戻った。
「むにゃ……ん……」
インデックスがまぶたを上げるとそこには昨日と変わらぬポーズで座っている太公望がいた。
「おお、起きたかのう。早う顔を洗ってまいれ。すごい顔だぞ?」
「え、え~!」
インデックスはドタドタと洗面台の方へ向かっていった。
現在7時ジャスト。太公望は数時間前に起きていたが、まだ魔術師は来ていない。
「どうするかのう……」
現在の問題について、一応の道筋をいくらか太公望は用意していた。だがどれが最善なのか、太公望の頭の中ではぐるぐる回っていた。
「まあ、まずは話し合い、からだのう……」
「たいこーぼー! タオルどこ~!」
「ない!」
そんなこんなをしているうちに、魔術師がやってきた。
「よく眠れたかのう?」
玄関に立つ二人の魔術師に向かって太公望はそう尋ねる。
「……はい。お気遣いありがとうございます」
「……僕はまだ納得したわけじゃない。君の言うとおりだったとしてもだ、インデックスの危機がなくなったわけじゃない。あと三日でインデックスは……」
ステイルは悔しそうに拳を握りつつ、太公望の方をわずかに睨んだ。
「そうだ。しかしまずは語らいから始めなければ何もならぬ。そこに座ってくれ」
太公望のとなりのインデックスも緊張した面持ちをしている。これから、自分は何か決定的なことを聞くことになると予期しているのだ。
そこから先は太公望は口をほとんど開かなかった。ただステイルと神裂の言葉をインデックスがちゃんと受け止められているか、それを眺めているだけだった。