太公望ののたまったその言葉に部屋の内部が凍った。太公望を除く全員が固まった。
「……はい?」
「どこに施されておるのか分からぬからのう、ペタペタやっていくしかあるまい」
「……」
神裂はゆらりと立ち上がり、カツカツと靴音が聞こえそうな感じで太公望に近づいてくる。
「む? どうした神裂……」
「フン!!」
「ギャー!!」
思いっきり振りかぶって、神裂は一気に鞘におさまった七転七刀を太公望の頭に振り下ろした。
「な、なぜだ……ヒドイ……」
「もう少し言い方を考えてください! ただでさえインデックスは……!」
「う、うむ……すまなかったのう」
神裂の気迫に押し込まれる太公望。
「……たいこーぼーはデリカシーがないんだよ」
ジト目で今度は太公望の方を睨むインデックス。
「だー!! とにかく! どこにその術があるのか分からぬのでな。上条!」
「は、はい!?」
「夢見がちな年齢とはいえやって良いことと悪いことは分かるであろうな?」
「わ、分かってるよ!!」
「うむ。不埒な事をすればこの二人が黙っておらぬからのう。心してかかれよ」
打神鞭を取り出し、戦闘態勢を整える。
「ステイル、神裂。おぬしらも準備せよ。鬼が出るか蛇が出るか、といったところだからのう」
二人も頷き、部屋中にカードを貼り付けたり、ワイヤーを張り巡らしたりする。
「え?」
「すまんのう上条。おぬしの部屋がめちゃくちゃになるかもしれんが、命を救うと思っ
て耐えてくれ」
「え……あ、うん。わかったけどよ」
「それでは上条。インデックスに触れてみよ」
その後上条はインデックスに睨まれ、後ろから魔術師二人の殺気を浴びながらペタペタと体中を触っていく。しかしこれといって何も起こらない。
「……特に何も壊した感触はなかったぞ?」
「ううむ。それではのう……身体の内部にあることになるが……」
太公望は顎に手を当て少しのあいだ考える。
「…………喉はどうかのう。インデックス、口を大きく開けてみよ!」
「え? う、うん」
あーんとインデックスは大きく口を開く。
「上条! 喉の奥に『何か』見えんか!?」
「何かって……」
上条インデックスの喉の奥をジッと見つめる。そして上条は目を見開いた。
「……ああ、確かに『何か』あるぜ。なんか気味の悪そうなもんがな」
その喉の奥には木星の惑星記号に似た紋章が刻まれていた。
「ふむ、脳に近いからなのか、酸素の供給を真っ先に必要とするのか、はたまた栄養がいるのがは知らんが……上条! それに触れよ! そして触れたらすぐにこっちへ来い!」
「ああ、わかったぜ!」
上条はゆっくりとインデックスの口の中に指を入れていく。奥へ奥へと、その右手は
進んでいく。
「ん……」
「わ、わりい。ちょっと我慢してくれよ」
少しインデックスは息を詰まらせるが、上条は指を進めていく。
「――!!」
指がその紋章に触れた瞬間、上条は太公望のところまで吹き飛ばされた。
「痛……!」
「上条、ようやった!」
どうやら上条の右腕は何かを破壊したらしい。しかし、インデックスの方は様子がおかしかった。なぜなら魔術を使えない彼女が浮いていたから。
「! 疾ッ!」
直後にインデックスから衝撃波が迫り、これを太公望がなんとか相殺する。
「――警告、第三章第二節。第一から第三までの全結界の貫通を確認」
無機質な、さっきまでのインデックスとはとても程遠い声が告げる。
「……なんだこれは……」
ステイルも彼女の有様を見ながら呆然としている。神裂も口を開け、目の前の光景を信じられない面持ちをしている。
「……おそらくおぬしらの上司の仕業であろうな。上条が『何か』を壊したことで発動したことから、何かしらの防衛機能と見るのが妥当だのう」
「最大主教……! あなたという人は……!」
そしておそらくかなり強力なもの、10万3000冊を守るため、それらを利用した防衛きのうであろう――太公望はそんなことを推理した。自らの持つ切り札で太刀打ちできるのか、わからなくなってきた。
「再生準備――失敗。自動再生は不可能。現状10万3000冊の書庫の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」
インデックスの碧眼の中には血で描かれたような真っ赤な魔法陣が見て取れた。
(まさか、インデックスの全魔力をこれに注ぎ込んでおったのか……?)
「書庫内の10万3000冊による結界を貫通した魔術の術式を逆算――失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の
インデックスの10万3000冊を手に入れようと試みたものにを速やかに抹殺するための防護――それをインデックスの内部に仕込む。施したからくりが暴かれたり、魔道書に脅威が迫った時にインデックスの意識と身体を乗っ取り発動する装置。
「侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み合わせに成功しました。これより特定魔術【聖ジョージの聖域】を発動、侵入者を破壊します」
その瞬間、魔法陣が展開され、赤黒い空間の裂け目が出現した。
あれは危ないものだ――太公望はそう直感した。しかしともかく最優先すべきは上条当麻の安全だ。
「上条! おぬしはここから今すぐ逃げよ!」
「んなことできるかよ! アンタたちだけでこいつをなんとかできるのかよ!?」
「おぬしが今狙われとるのだ! 早く逃げ……」
その時インデックスが発光、青白い光を放った。
「くそ!」
太公望は後ろの二人の方へ上条当麻を押しのけ、打神鞭を構える。
「宝貝『太極図』!!」
その瞬間、空間の裂け目から光線が放たれた。
太極図。スーパー宝貝と呼ばれる道具で、とある怠惰な仙人から頂戴、もといカツアゲしたものである。宝貝の力を吸収・無効化し星の危機も救ったことがある。対魔術の効果も実験済みである。しかし――。
「ぬおお……!!」
インデックスの方の出力が高すぎる。光線は太極図のフィールドに触れた瞬間に霧散していくが、光線は次から次へと出てくる。加えてフィールドをもっと大きく展開しようとするも、その質がインデックスへ向かうほど薄くなっており、インデックスの異常状態を解除するに至っていない。
太公望の様子から神裂たちも援護しようとするが……。
「な、魔術が、使えない……!?」
「すまぬ! 太極図の影響でおぬしらの魔術も無効化されておる!」
「警告、第十六章第十三節。新たな敵兵を確認。攻撃が無効化されています。術式の逆算――失敗。該当する魔術は発見できず」
「……どうやら、
とすれば、自分のコイツはどうなる――?
「ただし、道教の要素を確認。『封神演義』を参照。曲解過多のため辿ることができません。現魔術が最も有効と判断、攻撃を続行」
「……何を言っとるのか分からんが、付け焼刃で何とかなるとは思わんことだのう!」
太公望は太極図に込める力を強める。要は舐められたと思ったのだ。
「現状最も難易度の高い敵兵【上条 当麻】の破壊を最優先します」
「……ぬう、このわしを無視するとはいい度胸だのう……」
何かしらの役割を主張するためか、人気を主張するためか、太極図が光線を盛り返し始めた。
「え、ええ……」
上条も半ば呆れているが太公望はいたって真面目。上条当麻からインデックスの意識を逸らしてなんとか時間を稼ぐ。
「上条、二度も言わすなよ。ここはただの学生の領分ではない。おぬしに不思議な力が宿っておるとしても! ただの子供に押し付けることはできぬ!」
「違う! 俺はただ、インデックスを助けたい! そしてそのためにアンタらに協力したい! それだけなんだ!」
若い――太公望はそう思った。自分よりも、ずっとずっと若い。なんでも自分の力で解決しようと思う性質。あの頃無力だった自分からすれば、その右手に力を宿す上条は眩しく映る。自分の力で、純粋に救おうとする意志。
その若さ、悪くない。
「ッ! 神裂! おぬしのワイヤーで床を引っ剥がせ!」
「! はい!」
神裂の所作によりフローリングの板がワイヤーに吊られてベキベキベキ! と剥がれ、インデックスの態勢が上に傾き、発射されていた光線は天空へと昇る柱となった。幸い人払いは済んでいるので、人的な被害は無さそうである。そして何か白いものが上の方に見える。
「……参ったのう。わしの太極図でも相殺しきれんとは……こりゃ本格的に……グエ!」
その時太公望は後ろからステイルに襟首を掴まれ後ろに流された。
「君の、その変で無意味な術を解除してくれないかい? どうやらそれは決定打にはならないみたいだからね」
太公望はそのステイルの表情を見て、太極図を解除した。
「『
インデックスが仰向けの姿勢から戻り、光線が届く直前に、ステイルの炎の巨人が行く手を遮る。
「……やはりすごいのう、この巨人は……」
「ふん、これはもともとこの子を守るためのものでね。この子から守るために使うとは思わなかったよ」
「そうか……やはりこれは防御のための……」
太公望がそう言いかけたところで、冷たいインデックスの声が響く。
『敵兵の後退、新たな敵兵を確認。警告、第二二章第一節。炎の魔術の術式を逆算することに成功しました。曲解した十字教の教義をルーンにより記述したものと判明。対十字教用の術式を組み込み中……第一式、第二式、第三式。命名、『
おそらく
「……これが最後だ。退く気はないな?」
退くことを説得するのではなく、退かないことの確認する。
「ああ」
「ならば行け! 本当の切り札、上条当麻のその右腕、いや、おぬしの意思を知らしめよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、上条は走り出した。
「……ステイル、上条が到達するまでだ。もたせられるな?」
「……誰に聞いてる。僕はあの子のためだったらなんだってする」
「かかか、それは心強いのう。神裂、もうほかに問題はないかのう?」
「待ってください! その羽に触れたら……!」
ひどく時間がゆったりと流れる。弛緩した時間の中、太公望は上条がインデックスにたどり着き、触れる瞬間を見た。
彼らの上からは羽が降っていた。おそらく壊された上条たち生徒の寮の床やら天井やらの物質を破壊したときに発生したであろう光の羽。あれはもっと恐ろしいもの――。
何かを壊した音。そうか、これが上条に備わっていた力か。できないという幻想を殺し現実にする、右腕と、そして意思。
白い光線が霧散しインデックスが倒れていく。
「警……告、最終、章第……0……首輪……致命的な……破壊……再生……不可」
壊れた機械のようにかすれかすれに声が出る。どうやらインデックスを異常状態から救うことはできたようだ。
少年と少女の上からは光の羽が舞い降りる。太公望には、それは何かの啓示に見えた。何かが降臨してきそうな、神話の、その一ページにでも刻まれるようなシーン。少年が少女の傍に居り、上から輝く天使の羽――。
「……だが、『
誰に言うでもなく、しかし「誰か」に対して叫んだ。太公望はステイルたちから抜け出し、打神鞭を振るった。牧野の戦いの時に女狐に対して振るったように。
「太極図! 解き放て!」