その少女はインデックスと名乗った。
「いんでっくす? お主の方が変な名前ではないか?」
「全然変じゃないんだよ! 禁書目録って意味かも。魔法名はDedicatus545、献身的な子羊は強者の知識を守る、って意味だね」
そう言ったあとその少女はのそのそと股の間から這い出てきて、すくっと立った。不思議なことに、その白い衣には砂埃一つついてはいなかった。身長は割と低く、全身を白い衣や布が包んでおり、緑色の瞳、腰まで届くような銀色の髪、陶器のように白い肌、整った顔立ちを持つ少女、それがインデックスだった。
「それでインデックスとやら、こんなところで何をしておる。室内で寝ておったほうが良いのではないか? それにもう高く日が昇っておるぞ」
自分のことを怠けの性質を棚に上げて、インデックスに注意する太公望であった。しかし同時に子供を気遣うところも太公望にはある。
インデックスは太公望の横に座りながらそれに答える。
「仕方がないんだよ。今追われてるから」
「追われておる?」
「うん。多分私の持ってる十万三千冊の魔道書が狙いだと思うんだけど……」
「魔道書? それは何かの宝貝か? それともお主は図書館の司書か何かか?」
「宝貝っていうのはよくわからないけど、司書っていうのはいい線かも。十万三千冊の魔道書は私の中にあるんだよ」
「つまりおぬしの頭の中にあるということか」
「そうなんだよ。私には完全記憶能力があってなんでも覚えられるんだ」
太公望も完全記憶能力については聞いたことがある。太乙やら普賢やらと話の話題にしたことがある気がする。
「で、追っ手とは何者なのだ? 学園都市と対立関係にある勢力からの者か?」
「? 違うかも。魔術結社だよ。マジックキャバル」
「まじゅつけっしゃ? 魔術というのは超能力とは違うのか?」
「魔術は魔術なんだよ」
うまく話が噛み合っていない気がするが、この地には魔術というものと超能力というものなどの別個の力があるのかもしれない。それか、もしかすると同種の力を別々に呼び合っているだけなのかもしれない。
そのとき、インデックスの腹の虫がなった。
「……お腹、減ったかも」
「……なあ、おぬし。何か食べ物持っておらんか? わしもお腹が減って仕方がないのだ」
「持ってないんだよ。逆に恵んで欲しいかも」
「……」
太公望の懐には食べ物は確かにある、が、この仙桃は酒気を含んでおり、子供に食べさせるべきものではない。平時ならば、これは依存性もなく、身体に害もなし、いろいろと効能があって良いのだが、インデックスは追われているという。そんな彼女を泥酔させるわけにはいかない。
「残念ながらわしも持ってはおらなんだ」
「そっか……」
そう言うとインデックスは腰掛けから立ち上がり、太公望の方を向いた。
「じゃあ私行くね? 起こしてくれてありがとう」
そう言ってインデックスは建物屋上のフェンスに近づきよじ登る。
「って、待たんかい! 何をしとるかダアホ!」
「何って……飛び移るんだよ、あそこの建物へ」
そう言いインデックスは指を指す。そこを見ると確かに同じくらいの高さの建物があった、が、飛び移るにはいささか難儀ではないかと思える位の間隙はあった。
「お主は自殺志願者か! そんな失敗しそうなことさせられるか!」
そう言い太公望はどすどすとフェンスを登りかけたインデックスに近づき、引っ張り下ろす。
「大丈夫なんだよ。失敗してもこの修道服があれば」
「ああ、確かにその衣、なにかおかしな感じがするのう」
「これは『歩く協会』って言って、極上の防御結界なんだよ。聖骸布の完璧なコピーで、どんな攻撃でもこの法王級の結界を破ることはできないかも」
「今ひとつ言っている意味はわからんが、その服を自慢しているのはわかった。でもだからといって子供を危険にさらすことはできんよ」
「むう……、たいこーぼーだって子供なんだよ」
「わしは大人だ」
「子供にしか見えないかも。身長も低いし」
「だー! おぬしのほうが低いではないか! わしは大人だー!」
「男のほうが身長が高いに決まってるんだよ! 大体ムキになってるところが余計に子供っぽいかも!」
「だからわしは大人だっつーに……。ほれ、ちょっとよいか」
そう言うと太公望はインデックスに背を向けてしゃがむ。
「ほれ、乗るがよいわ。わしが下まで運ぶ」
「屋上から飛び移ったほうがいいかも……。それに下に行くにしても自分の足で行けるんだよ、そこから降りれるし」
「ダアホ。とにかく乗らんかい」
そう言われインデックスは渋々太公望におんぶされる。
「むう、この衣、衝撃吸収の効果があるのかのう。まあよいわ」
そう言うと太公望は口に打神鞭を加え、一気に飛び上がった。
「わ、わ、わ! と、飛んだ!? って、飛んじゃ危ないんだよ!」
「大丈夫だ。すぐに着地する」
その言葉の通り、インデックスをおんぶした太公望はすぐさまコンクリートの地面に着地した。そしてしゃがみこんでインデックスを下ろす。
「お主をあの建物の屋上に移してもまたどこかに飛び移ろうとするのであろうから、地面に下ろさせてもらった。あまり危ないことはするでないぞ」
「心遣いはありがたいけど屋上から行ったほうが安全かも……って、何今の!? 魔力と似たようなものを感じたけど魔術じゃないよね!? もしかして超能力ってやつなのかな!?」
「まあ超能力やら魔術やらと、超常を起こせる点では同じであろう。この打神鞭によって風を起こし、お主はともかく、わしは潰れずに済んだわけよ」
「その杖だね! ちょっとすごいかも!」
「ふふん、そうであろうそうであろう」
褒められて少しいい気になっている太公望はとりあえずその打神鞭を道士服のままの下衣のポケットにしまう。片手には袋に詰められた道士服の上衣があった。
「のうインデックス。見たとおりわしには幾分か力がある。おぬしが欲せば目的地まで助けてやらんこともないのだが……」
「ううん、いい。あんまり迷惑かけられないし」
「目的地はちゃんとあるのだな」
「うん。教会でかくまってもらおうと思うんだ」
「教会……そこなら安全なのだな」
「うん。イギリス清教系だし大丈夫だと思う」
「……やはりわしも行ったほうが良いのではないか?」
太公望は気遣ってそういったのだが、インデックスは少し顔つきが変わった。
「……じゃあ、私と一緒に地獄の底までついて来てくれる?」
その時、幽かに微笑んだインデックスに対し、太公望は瞠目した。街で聞いたことからは、この地では大きな戦乱は昨今起こっているようには感じられなかった。自分たちの時とは違い平和な時代。通りを歩いていた子供たちを見ても、忙しそうな感じはしたが、しかし荒んだものではなかった。しかし、太公望の目の前にいる、このインデックスは、この平和な土地にあってこんなにも悲しい笑顔を見せている。その表情から、太公望はすぐに言葉に答えることができなかった。
「それじゃあ」
そしてインデックスは雑踏の中に消えていった。