とある道士の学園来訪   作:朽木琴弓

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太公望・行き倒れる

「杏をともに食べてくれるか、か……」

 

 太公望はしばらくその場に立ち尽くしていた。その胸に過去の何が去来していたのであろうか。

 

「自慢するくらいの防御性能なのだから心配はないとは思うが……」

 

 と、ここで気がついたのだが、インデックスも相当に珍妙な格好をしていた。もしかするとあれで案外通っているのかもしれない。だとすれば、別段自分がこの『デンキヒツジ』シャツを来ていなくても良いのではないか。そう思いシャツの上から再び道着を着なおした。

 

「むう、少し暑いな。ここにはやはり夏があるのか」

 

 その時、後ろに倒れこんでしまった。全身に力が減っていたのだ。

 

「……空腹と宝貝使用に加えて、あの衣、わしからエネルギーを吸い取っていたのではあるまいな……」

 

 ここは流れに乗る。瞳を閉じる寸前、打神鞭を懐の奥の奥に格納する。仰向けだったので青い空に混じって白い雲、そして浮かんでいる飛行船が見えた。

 

 

 

「む、う……」

 

 太公望が目を開くと、そこには見知らぬ天井があった。

 

「どこなのだ、ここは……」

 

 むくりと少し起き上がる。どうやら少し体力を回復しているらしい。全く空腹で倒れるなんていつ以来だろうか。

 

「あ、白井さん! 起きたみたいです!」

 

 横にいた頭に花の冠を戴いているその少女は部屋を出て誰かを呼びに行った。

 

 部屋を見渡すとどこかの一室らしい。太公望はその中でベッドに横になっていた。清潔感から医務的な処置を施す場所、または休息用の部屋なのだと太公望は理解した。外とは気温も違う。なにか冷却の設備でもあるのだろう。

 

 すぐさま太公望は懐のある位置にあるものを確認する。どうやら触れられた形跡はない。

 

「ふう、無事だったか」

 

 この場合の無事とは、むしろこれに触れようとした人物の方を指す。宝貝は普通の人間が触れれば、瞬間生命力を吸い上げその人物をミイラにしてしまう。懐の他の場所も触れられた形跡はない。

 

「入りますわよ」

 

 ドアの奥から女の声が聞こえた。判別しにくいが、おそらく若い女子。

 

「うむ、どうぞ」

 

 ガラリと入ってきたのは茶髪ツインテールの少女。その後ろからはあの花の冠をかぶった少女が続いた。おそらくここは学校などの教育機関か何かの中で、医務室に現在自分がいるのだと太公望は考えた。二人は別の服装をしていたが、街中で同じ服装をいくつか見ていたので、学生。そしてこの少女たちの腕に同じ腕章がつけられていることから、何らかの権限(おそらく治安等)を持ったこの二人が自分をここまで連れてきた……と、太公望の推理である。

 

「お加減は宜しくて?」

 

「うむ、何やら世話になったようでかたじけない」

 

「それはなにより。では次に、聞きたいことがあるのですがよろしくて?」

 

「……わしからも聞くが、わしを運んできてくれたのはおぬしらかのう?」

 

「そうですわ。なにか?」

 

「いや、お加減はどうかと思ってのう。何か体に不調はないかの?」

 

「何もありませんわ。むしろあなたの方が心配ですわよ」

 

「かかか、人生でそう何度も食に困りたくはないものよ」

 

「えっと、それであなたについてなんですけど……」

 

 隣の花飾りの少女が話を続けた。

 

「あなたの持ち物を調べましたが身分証明になるものは何もありませんでした。まずは名前を伺ってもよろしいですか」

 

「名前か……いろいろある場合は一番通っている名前で良いか」

 

「偽名でなければ」

 

「インデックスと申す」

 

「はい、わかりました……。ダメです出ません」

 

「であろうな、これは偽名だからのう」

 

「んな! 真面目に答えなさい!」

 

 白井が注意するも太公望はカラカラと笑っている。

 

「太公望呂望と申す。『太公に望まれる』、口二つの呂に望む、これで良いか」

 

「はい。確認します。……ダメですね。該当者はいません」

 

 これで一つ確認が取れた。あのインデックスと名乗る少女は自分と同じくこの地の住人ではない。だが追われていたことからこの世界の人間ではあるということだ。さっきはおそらくこの街の学生名簿と照会していたのだろう。なにせこの地に来てから少ししか経っていないし、そんなところに登録された覚えもないのである――などということを

太公望は考えていた。

 

「であろうな。わしはこの地の住人ではない。別のところから来た」

 

「どうやって? 場合によっては拘束する必要がありましてよ?」

 

「その前に、おぬしらも名乗ってもらいたいのう。わしは言ったのに不公平ではないか」

 

「これは申し遅れましたわ。私、風紀委員所属、白井黒子と申しますの」

 

「同じく風紀委員の初春飾利です」

 

 先にツインテールの方が、後に花飾りの方が答えた。

 

 

 

 学園都市は東京中央の三分の一を占め、ほぼ円形の形をしている。外よりも数十年文明が進んでおり、その技術や情報が外部に漏れるのを防ぐために外部との交通は遮断され、周囲を高さ5m、厚さ3mの壁に囲まれている。そして内部では風紀委員や警備員が治安維持にあたっている。風紀委員は能力者を含む学生で構成され、警備委員は武装した教員などで構成される。そのため外部からの侵入は困難を極める。

 

「なるほどのう……」

 

 顎に手を当てて太公望はしばし考える。

 

 おそらく自分に記憶の途切れはない。それにたとえ寝ていようとも誰かに運ばれれば、というより誰かに接触されれば気がつく。第一に、あの時の自分は亜空間の中で寝ていたわけで、事実上接触するのは不可能であったはずだ。

 

 然らばやはり何かしらの力の介入によってこの地にワープさせられたのか、と太公望は考えた。

 

「ぬう……何者かは知らぬが、わしの惰眠を邪魔しおって……」

 

 それを見ていた風紀委員ふたりは何やら呆れている。

 

「あなた……犯罪を犯したという自覚ありまして? 学園都市への不法侵入は犯罪ですわよ?」

 

「そうは言ってものう……わしもどうしてここにいるのか分からんのだ。ここにはワープ機能か何かついておるのかのう」

 

「空間移動の能力ならありますけど……」

 

 そう言って花飾りの少女、初春飾利は持っていたパソコンを叩く。

 

「58人の空間移動能力者のうち、外部へ行く許可が出ている者は0、申請もありません」

「壁に囲まれた内部から外部への移動は、許可を得ずとも一応は可能ですけれど、視界の阻まれたところからの移動は危険ですわね。こんな珍妙な格好の殿方をわざわざ招く理由もわかりませんし……」

 

 ピクっと太公望はその言葉に反応した。

 

「……この格好はそんなに珍妙かのう……」

 

「なんですかその格好は。コスプレか何かですの?」

 

「いやいや、これはれっきとした道士服でな、お主らの着るそういう服と同じようなものよ」

 

「いずれにしても変な格好ですわね」

 

 あのインデックスもそれなりに珍妙な格好をしていたし、そんなに変わらんではないかと太公望は思ったが、これも文化の違いだと思ってひとまず納得した。

 

「それでわしはこれからどうなるのかのう。やはり豚箱行きか?」

 

「ひとまず警備員に引き渡して事情聴取ですわね。どうやって学園都市に入り込んだのか聞き出さねばなりませんし」

 

「むう、わしは気がついたらここにいただけなのだがのう……」

 

「そんな言い訳は通用しませんわよ」

 

 さて困ったことになった。不自由なく快適にぐうたら生活を満喫したい太公望にとって、この問題はかなりの障害である。

 

 だが、おそらくこの障害は何らかの形で解決されるだろうということを太公望は予期していた。この地に来てから、何者かにあらゆるところから監視されていることに気がついていた。建物の屋上に上がるときや、インデックスを背負って地面に降りるときに風操ったが、そのとき空気中に微細な機械があったことに気がついていた。おそらく視線を感じる原因はそれだろう。これほど科学の発達した町である、そのくらいの監視装置ならあるかもしれない。それに、外部からの侵入を防ごうというのなら内部にも監視装置はついているはずである。

 

 既にこの地に来てからいくらか経つ。太公望自身の情報をどれほどまで上の者が感知しているかは不明だが、機関の末端に位置しているであろう二人の少女の、特にその弄っている機械等から、上層からの指令ないし指示がくるだろう――といのが太公望の考えであった。

 

 そのためにいくらか情報集めのためでもあるが時間を稼いだ。そろそろ来てもいいと思うのだが――。

 

 そのとき初春飾利に動きがあった。

 

「白井さん! これ……」

 

「ん? これは……」

 

 そう言うと、ふたりは太公望の方をじろりと見る。

 

「な、なんだ」

 

「いえ。ひとまず豚箱行きは逃れられたらしいですわよ」

 

「おお! 本当か!」

 

「はい。最新の更新でゲストIDが発行されました。登録名、太公望呂望……」

 

「……ふむそうか。然らば無罪放免というわけで良いのだな」

 

「ええ、結構ですわ」

 

 いくつか気になる点はあったが、しかし今はそれよりも……。

 

「ううむ。しかしわしがそうもいかんのよ。なにせ急にこんなところへ連れてこられてのう。路銀もなにも持っておらんのだ。おぬしら、稼ぐ手段をなにか教えてはくれんかのう」

 

「バイトですか? 生活費なら書庫に登録されているので、一定額銀行に振り込まれていると思いますけど」

 

「ほほう、つまり働かなくても良いというわけだな。他になにかわしに関する情報があれば教えて欲しいのだがのう」

 

「ええと、所属学校は……ええ! 長点上機!?」

 

「む? 長点上機というのはなにかの」

 

「学園都市トップの学園です! 超エリート校ですよ!」

 

 長点上機学園。学園都市五指に入る名門校であり、能力開発ではトップを誇るエリート校である。

 

「ほうほう、エリートか。それでそれで?」

 

「能力は非公表。住所はここと同じ第七学区の学生寮……。以上です。あとは特にありません」

 

「第七といったが、いくつまであるのだ?」

 

「学園都市には第二十三学区まであります。それぞれの学区に特色があって、第七学区は学生寮や学校、病院などがあります。長点上機学園は第十八学区ですね」

 

 どうやら、当面の食に関してはあまり問題はなさそうだ。ひとまず自分の住所になったところに行けば、なにか新しいことが見つかるかもしれない。

 

「地図と住所の詳細を見せてほしい。何しろ初めてなもので、よく地理がわからんのだ」




小萌先生に拾われる展開の方がずっと良かったと思いましたが面倒なのでこのままにします。
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