その後、太公望とインデックスは出かけた。太公望は今日は野菜ジュースしか飲んでおらず腹の虫が盛大に鳴りまくっていた。そしてインデックスも朝、太公望の分の食料も食べておきながら、同じように腹を空かしていた。
「ったく、おぬしの胃袋はいったいどうなっておるのだ。よもやそこだけ別空間になっておるんじゃないだろうな」
「? 言っている意味がよくわからないかも」
「おぬしはよく食べるということだ」
再びコンビニで買った食べ物を歩きながら消化していると、どうやらインデックスの記憶している学生寮に着いたようだった。
「ふむここか」
見てみると、その学生寮はボロい。やはり、おそらく通う学校のランクで住む場所のランクも上下するのだろう。
太公望は階段を上がり、インデックスの道案内で目的地の手前まで来る。
ドアノブに手をかけてみるが当然のことながら鍵がかかっていて開かない。
ノックをしてもドアを叩いても一向に答えない。
「やはり留守のようだのう。どうする? 蹴破って入ってみるか?」
「流石にそれはちょっと……。鍵貸してもらえばよかったかな……」
「仕方あるまい。ここでしばらく待つこととするか」
「? ここに住んでいる人を?」
「いや、敵だ。敵に出会うとしたらここくらいしかないからのう」
外の景色を眺めながら太公望は呟いた。
現在お昼ちょっと前。少し暑くなってきたが、割と風もあるため案外心地よい。
「ねえたいこーぼー」
「ん? なんだ?」
「たいこーぼーはどうして私を助けてくれるの?」
それは少女にとって当然の疑問だった。出会ってわずか一日くらいしか経っていない間柄である。
「ダアホ。さっき言ったではないか。おぬしが子供だからだよ」
「そうは言っても、出会ってまだ少しもたってないんだよ。普通それで助けようと思うのかな?」
「どうかのう。助けてくれるのではないか? おぬしにはそういう才能があるらしいからのう」
「才能?」
「助けてもらう才能、と言えばよいかのう。おぬしには人を幸せにする力がある。それでおぬしもまた助けてもらえるというわけだ。わしでなくともおぬしを助けようと思う者は多いやもしれぬぞ」
「そういうものなのかな。でも、人を幸せにする力があるっていうのは悪くないかも。私はシスターだからね」
「……そうだのう」
「ねえ、たいこーぼーは一体何者なの? 魔術師とは違うみたいだし、超能力ともまた
違うらしいし……」
「わしにはその違いもまだよくわからんのだがのう……。しいて言えば仙道、だろうのう」
「仙道!? たいこーぼーは仙人なの!? 私の中の十万三千冊にも抱朴子とかあるんだよ! でもそれは魔術。たいこーぼーのは私の知っているものとは違うかも」
「つまりおぬしらの定義での仙道の類の使う神秘は魔術に分類されるということか」
「うん。だけどたいこーぼーの使ってたのはそれとも違う……。魔力じゃないものが根源となっていたんだよ」
「ふむ、目ざといのう。まあそのとおりよ。だがわしは仙人ではない、道士だ。弟子は……一応おるがまだ修行の身じゃのう」
「へえ! どんな術が使えるの? 錬丹術?」
「そんな大したものではない。風を起こしたりとかそんな程度だ」
その瞬間、太公望の目つきが変わった。直後にインデックスも何かを感じ取った。
「なにか起こったのう。これは敵の仕業か?」
「うん。多分人払いの術式。たいこーぼー分かるの?」
「以前にこんな感じのものをかなり食らっておったからのう」
もっとも、その時のものはこういうさりげないものではなく、強引かつ強力に働くものだったが。
そう言いながら太公望は懐にある打神鞭を取り出す。
「あまり前に出るなよ。それと助言を頼む」
「うん、わかった。無茶しないでね」
「うむ。ただし、おぬしはアドバイスだけだ。わしと敵との戦いには『何かしら』の力で介入しないこと。わしは少し相手の力も見たいからのう」
「……また気づいてたの?」
「勘だがのう。記憶しているものを使って何かしらの行動をとることができるのではないか、と思ってのう」
太公望が視線を移すと、上がってきた階段からその人物は現れた。
「でか……」
その人物は身長2mを超える長身の男。黒づくめで赤い髪の毛をなびかせ、右目の下にはバーコードの刺青。ジャラジャラと派手なアクセサリーをつけ、その口にはタバコ。
「……なかなか珍妙な格好をしておるのう。見るからに怪しそうだぞ」
「……君の格好もなかなかのものだと思うけどね」
笑みを浮かべながらその人物は答えた。
「さて、インデックスは回収させてもらうよ。僕たちが用があるのは君じゃなくて禁書目録だから」
「ふむ、まずはおぬしの名を名乗るがよい。話はそれからであろう」
「用があるのは君じゃないんだけど……。ステイル=マグヌス。殺し名の方も必要かな?」
「インデックス、殺し名というのは魔法名と同じと考えて良いのかのう」
「うん……」
その声を聞くとステイルと名乗った男は少し意外そうな顔をする。
「ほう、魔法名を知っているのか。君は一体誰だい?」
「わしの名は太公望。のうステイルとやら、おぬし殺し名と申しておったが、わしらを殺す気か?」
「場合によっては、君を殺さないといけないねえ。さっさとどいてくれれば君を消し炭にしなくても済む」
そこでピクリと太公望が動いた。
「ほほう、おぬしが炎使いの方か。ふう良かった、こっちの方ならなんとかなりそうだのう」
それを聞くと、今度はステイルの方の眉間がピクピク動いた。
「いや~、聖人とかいう強そうな奴が来なくてよかったわ。前にあった蟷螂と同じようなものだのう。それにステイルってなんだか捨て犬とかぶっておるのう」
かかか、と笑う太公望にあわわ、と心配そうにするインデックス。そして正面のステイルはというと――。
「――Fortis931」
その直後、吐き捨てたタバコから激しい炎が上がり、ステイルの手の中に集約される。
「君を殺さねばならなくなった!」
怒髪天のステイルの睨みに対し、太公望の方はというと――。
「ぎょ、ぎょえ~! な、なんじゃああれは!」
驚愕と間抜けの声を上げていた。
「い、インデックス! あれが魔術か!?」
「そ、そうなんだよ! ルーン魔術! 十字教に北欧神話の要素を組み合わせた炎の術式!」
「言っていることがさっぱりわからん!」
そんなことを言っている間にステイルの方は攻撃の体制を整える。
「
「げぇ!」
何かは太公望にはわからなかったが、おそらく何らかの魔術を行使するものと推理した。
「
「ぬぅ! 疾ッ!」
ステイルの手から刀身が炎の剣が噴出し、太公望に向けて斬る。本物の剣ではないため、より正確には鞭で叩くような感じになった。
対して太公望の方からは猛烈な突風が吹きすさび、その炎剣にぶつかる。
「何!?」
今度はステイルの方から驚愕の声が上がる。
その風は炎の剣と相殺し、霧散していった。
「ふいー、なんとかなったのう……」
太公望は額の汗を拭った。正直、魔術というものがどんなものかほとんどわからない状態であったので、今の攻撃は結構焦った。
「おお! たいこーぼーすごいんだよ!」
「ふふ、そうであろうそうであろう!」
後ろのインデックスに対し、かかか、と笑いながら、しかし太公望は打神鞭の構えを崩さない。
(風でなんとか相殺できるのか……? しかし相手の手札がこれだけなわけもあるまいし、油断できんのう……)
「何だ、今のは……」
一方のステイルは太公望の方を凝視する。魔術師ではないとは思っていたが、しかし何かを繰り出した。だが繰り出したものは魔術とは異なるものだった。
「ふむ、のうおぬし、少し語らいをせぬかのう?」
「……その子を渡してくれるのかな?」
「それはできぬのう……」
じろりと太公望はステイルの顔を覗き込む。そしてしっかりと凝視する。
「ならば決裂だ」
轟ッ! と一気にステイルの纏う気配が変わったことを太公望は感じた。
「! たいこーぼー! なにか来る!」
「それはわかっとるちゅーに!」
「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ《MTWOTFFTOIIGOIIOF》」
ステイルが呪文を唱え始めた。さっきより文字が多いため、何か強力なものをなそうとしている――。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり《IIBOLAIIAOE》」
まだ続く――ならば太公望の胸中に去来した取るべき手段は一つだった。
「それは穏やかな「疾ッ~!」グハッ!!」
呪文の詠唱途中に打神鞭の引き起こした突風に吹き飛ばされ、ステイルは行き止まり手前まで飛んでいった。
「ダアホめ! そんな長々と詠唱しておる隙を見逃すほどわしはお人好しではないわ! ダハハハハ!」
デフォルメされたような格好……に見える太公望は、手足をひらひらさせながら得意げにだった。これには後ろのインデックスも開いた口が塞がらない、というか呆れている。
「たいこーぼー卑怯なんだよ……」
「卑怯!? 戦場で隙を見せる向こうが悪いのよ~!」
カカカ、とインデックスの方を向き、口をぬいぐるみのようにパクパクさせる太公望。
「ともかく、これで一人は倒したかのう。あとはこやつをけーさつなりなんなりに引き渡す前にいろいろと話を……」
その瞬間、太公望の背筋に嫌な予感が冷たく流れた。
太公望は恐る恐る後ろを振り返ってみる。
その後方には炎の巨人が立っていた。