その炎の巨人は、黒くてドロドロした人型が紅の炎を纏っているようで、かなり離れている太公望たちの場所からもはっきりとその熱量が感知できた。教皇級魔術にして三千度の炎の塊であった。
「確かに、すこし油断していたかもしれない」
その巨人の奥から、ステイルの冷たい声が聞こえてきた。
「でも、君だけを屠るのにはコイツは少々オーバーキルかな」
その巨人は雄叫びをあげ、炎の量が増す。
「君は、この『魔女狩りの王』の意味する通り、『必ず殺す』」
そして猛烈な勢いでその炎の巨人は太公望たちに接近してきた。
「むう! インデックス! 離れよ!」
太公望は即座にインデックスを後ろに弾き、打神鞭を振るった。
「打風刃!!」
打神鞭から発生した風の刃がすぐさまその炎の巨人に襲い掛かった。そして確かに当たった。
「よし!」
太公望はわずかに頬をほこらばせる、が、それは次の瞬間引きつったものとなった。
当たった風の刃によって『魔女狩りの王』は確かに一瞬止まり、その身体にも欠損ができた。だがそれは次の瞬間修復され、こちらに突進してきた。
「んなアホな!」
突進してくる巨人に対し、こちらに有効打はない――。
「疾ッ!」
太公望は波状の突風を炎の巨人に当てることで、なんとかその進行を食い止める。
「ぬう……これはなかなかまずいのう……」
この閉鎖的な場所では徐々にこの巨人に圧迫されていくだけだ。
「たいこーぼー!」
そんな時、後ろのインデックスが声をかける。
「その『魔女狩りの王』に攻撃しても効果はないんだよ! 大元のルーンを除かないと! 多分壁とか床に刻まれて……いや、カードか札状で貼られているんだよ!」
「貼られておる……そうか、しかし……」
この状態を何とかしなければどうしようもない。
「ふん、君にはできない。この建物に刻んだルーンを完全に消滅させるなんて、君には無理だ。なぜならここで燃え尽きるからだ! イノケンティウス!」
そうステイルが叫んだ瞬間、巨人の炎がさらに激しさを増し、そしてその手には巨大な十字架が現れた。
「まずい!」
巨人は風の壁を一気に突破し、炎は太公望へと殺到していった。
太公望はすぐさま踵を返し、後ろのインデックスを抱える。
「しっかりつかまっておれよ!」
次の瞬間、太公望は空を飛んだ。
もちろん太公望は自殺志願者ではない。すぐさま打神鞭の風に乗り浮遊する。
「……え? え?」
インデックスは驚いたような、慌てたような声を上げる。
「かーっかっかっか! どうだ! これならば追ってこれまい! おぬしの口ぶりから察するに、刻まれたルーンのあるところまでしかその炎の巨人は移動することができないと見た! これでおぬしは攻撃できないが、わしはここから攻撃できる! わしの勝ちじゃのう!!」
かかか、と高笑いをする太公望。その顔は勝利を確信しきったような笑顔だった。
「……」
しかし太公望の抱えているインデックスの表情は暗い、というかなにか絶望的な表情を浮かべている。
敵のステイルも口をあんぐりと開けている。
「なんだ!? 悔しくて声も出んか! ダハハハハ!!」
「……術者を担ぐ悪魔達よ、速やかにその手を離せ」
ステイルがそう唱えた瞬間、太公望の周りをおおっていた風は一気に霧散した。
「……は、は……?」
一瞬何が起こったか太公望には分からなかった。しかし次の瞬間――。
「ぬお~~!! なんじゃこれは~!!」
必死のスイムスイムも虚しく落下する太公望とインデックス。
「撃墜術式~! 空を飛んでもすぐに撃墜されちゃうんだよ~!」
「それを先に言わんか~!」
六階の高さから真っ逆さまに落ちる二人。
「チィ!」
太公望はインデックスを抱き寄せ、右手で左手の手袋の小指にあるスイッチを二回押した。するとすぐにその左手が伸びた。伸びた左腕は学生寮の手すりのあたりを掴んだ。
「ぬう……!」
左腕には強い衝撃が走った。しかし太公望はインデックスに伝わる衝撃を和らげようとその小さな体を包む。
「!」
「少し我慢しておれよ……」
そして太公望は急速にその伸びた腕を縮めていく。ニューニューとその腕がどんどん縮んでいく。
ようやく戻りきったので太公望はインデックスを先に建物に上げる。
「大事ないかのう?」
「う、うん。大丈夫だけど……たいこーぼーの方こそ大丈夫なの!?」
「かか、おぬしに心配されるほどヤワではないわ」
「ていうか何あの腕!? 太公望は妖怪!?」
「違うっつーの! あれは単なるからくりの類よ」
太公望も建物の中に上がる。
「三階か……結構危なかったのう……」
「ビックリしちゃったんだよ……あ、き、急に飛ぶから!」
「それはすまなかった。しかしあれは何だ? 急に風が消えてしまったわ」
「あれは撃墜術式。魔術師はね、空を飛べないんだよ。『悪魔の力を借りて空を飛ぶ魔術師』を神に祈ることで撃墜した、っていうポピュラーな伝承があって、それをもとにした魔術で簡単に落とされちゃんだよ」
「はあ、つまり空を飛ぶのは無理なのか」
「ほぼ不可能だね」
それを聞くと太公望はあたりを見渡す。
「ここには何もなさそうだが、ルーンはないかのう?」
「うん。あれだけの魔術を行使するには相当な数のルーンを刻まなきゃいけないからね。結構場所も限定されてるんじゃないかな」
「ということはここの高層ということか。……しかし、せっかく邂逅できたのだから、ここでなんとか止めておきたいのう」
すくっと太公望は立ち上がり、再び打神鞭を構える。
「インデックスはここにおれ。あとはわしがかたを付ける」
「ダメ! 私も一緒に行くんだよ!」
インデックスの顔には、私は否が応でもついていく、と書いてあるようだった。
「はあ……、まあ一人にしてももう一人の仲間がやってくるかも知れぬしのう。仕方あるまい。もはや勝ちも確定したようなものだしのう」
たたたた……と二人は上へと続く階段を登っていった。
「くそ、少し手間がかかったな……」
ステイルは口にダンヒルを加えながら悪態をつく。変な術を使う奴のせいで禁書目録の回収が遅れる。
「四日……」
手から炎を発生させタバコに火を付ける。そのタバコの煙は後ろの方にたなびいていく。
「終わったかな……」
カツカツとステイルは階段の方へ近づいていく。その手には炎が揺らめく。
「ところでインデックス!! おぬしのその衣!! どうして壊れてしまったのだ!!?」
唐突に向こうから馬鹿でかい声が聞こえてきた。
「わ! わ! なんで今そんなこと聞くの!? 敵に聞こえちゃうんだよ!!」
「わはは!! それはすまんのう!!」
インデックスの声は慌てふためていているが、太公望はひょうきんに大声を出している。
「……なんだと……!? 『歩く教会』が……?」
そんな驚愕の声をステイルが出した瞬間、向こうから突風が吹き付けてきた。空気抵抗の大きい神父服のため、ステイルはかがんでなんとかその場にとどまる。
「かかか、おぬしの炎の巨人、確かに厄介であったわ」
太公望の声がだんだんと近づいてくる。それに比例して風の力も大きくなっていく。
「しかし実際のところ、これはわしを『攻める』にはちと不向きだのう。なにせ限定された場所でしか動けない。むしろ『守る』ことに向いておるのう」
そして太公望、そして隣のインデックスの姿が現れる。
その周りは風の防御壁によって守られていた。
「チィ! イノケンティウス!」
ステイルが叫ぶと共に、『魔女狩りの王』が太公望たちの背後に現れる。
「ふふふ、このままこの巨人の攻撃が通るとわしはインデックスもろとも焼かれてしまうのう。なにせもはやこやつの『歩く教会』の効力は失われておるのだから」
「く……」
振り下ろそうとした巨人の十字架が風に触れる前に停止する。
「ふむ、やはりインデックスが殺されるのは困るか。なにせおぬしらの目的、十万三千冊の魔道書が詰まっておるからのう」
空気の壁の中から太公望はじろりとステイルの顔を覗く。その表情をしかと見つめる。
「一番攻撃力のあるのは現段階でこの巨人だ。この壁とて直ぐに破られてしまうであろう。しかしおぬしはこの壁には近づけぬ。そしてこの巨人も動けぬとあれば、わしのとる手は一つよ!」
「……!
「二度も言わすな! わしは隙を見逃さぬ!! 疾ッ!」
その風の塊は一気にステイルに迫り、吹き飛ばした。そして同時に後ろの炎の巨人も叫びを上げて消えていった。
「ふー。今度こそ終わりじゃのう」
「たいこーぼー! 危なすぎるんだよ!」
「かかか! おぬしのそばにおればむしろわしの命も助かるというものよ! 連中はどうやら生かしておぬしを攫いたいようだからのう」
ひらひらと手足を振りながらデフォルメされたような人形のような感じで気安く太公望は答える。
「たいこーぼー……」
ものすごいジト目を太公望に向けてくる。――要は自分を盾にしたんじゃ……。
「……こんなことしなくても風でルーンを剥がせばよかったんじゃないの? そのほうがよっぽど簡単だったんだよ」
「かかか、そうだのう」
そんな感じで太公望は軽く受け流し、目の前の倒れた男を見る。
「ううむ、やはり気絶してしまうと尋問はできんのう。仕方ない。ふーきいいんとかけーびいんとかいうのに引き渡して……」
しかしその瞬間、猛烈な勢いで何かが太公望たちの前に現れた。そして風が遅れて吹き付けてきた。
「ぬおぉぉ!?」
すぐさま太公望は打神鞭を構え、出現者の様子を窺う。
おかしな格好の女だった。長い髪をポニーテールにくくっているところまではいい。だがTシャツは着ているがへそを出しており、片方の裾をその根元まで引きちぎったようなジーンズ、腰にはここで言うウエスタンベルトを巻き、刀が、それもかなり長い刀が差してある。
「……また変なのが……」
太公望自身の方に関しては自覚はないが、これまで出会ったインデックス、ステイル、そして目の前の女、その全員が奇抜な格好をしていた。