夏の日差しの中
海鳥達に挨拶をした
そして
私は悪魔の巣へ進入した
-回収されたボイスレコーダーより-
◆R-9A "ARROW-HEAD"
巨大なネウロイの巣の中を一人進む。
3年前から乗り続けた私の愛機R-9Aの調子は良好。フォースのオレンジ色の輝きが黒いネウロイの巣内部を照らしている。
今行われているのはガリアに侵攻したネウロイに対する最大の作戦。
1939年の大規模な欧州ネウロイ侵攻で国土の三分の一をネウロイに奪われたガリアだが、その後少しずつネウロイの巣を潰していき、1943年現在、ガリアに残るネウロイの支配領域はこの巨大なコロニーを一つ残すのみとなった。
そして、ガリアを取り戻すべく世界各国からエースパイロットを集めて編成された部隊が、私の所属する連合軍第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズだ。
私はスオムス空軍から派遣された航空ウィッチ。エイラ・イルマタル・ユーティライネン。階級は大尉だ。
愛機は先ほども述べたR-9A。Team R-TYPEが初めて作り上げた航空ウィッチ用の汎用機で、ロールアウトから5年が経った今もその安定性から未だに最前線で使われ続けている名機だ。今のところ私はR-9Aから他のRユニットに交換するつもりはない、それほどの代物だ。
このR-9Aと一緒にスオムスを中心に北欧のネウロイを駆逐している間に、私はいつの間にかスオムスのスーパーエースなどと呼ばれるようになった。
スオムス本国では私のプロマイド写真が人気らしい。恥ずかしいけれど悪い気はしないな。
で、その北欧での戦いの結果北欧からはネウロイの脅威が消え去り、次なる戦場であるガリア戦線へと向かうよう指令が下ったのが501FJWへと来た経緯だ。
501FJWへ来れたのは私にとって幸運だった。スオムス戦線で出会った戦友にして最大の親友、サーニャと同じ部隊に入ることができたんだ。
終わりの見えないネウロイとの戦いで、心の許せる親友が隣にいるというのは大きい。
私はあの魔王ラグナロック大佐のような鋼の心など持ち合わせていない。
501に来てからの私の士気は高く、ガリアだけで既に12もの単独撃墜数を上げていた。正直今の私はネウロイに負ける気がしない。
501の他のメンバーも私以上の戦果を遂げている。
ガリアに残るネウロイの巣から飛び出した大中小様々なネウロイを駆逐すること約一年、人類はガリアの国土ほぼ全てを取り戻し、首都パリ上空のコロニー直下地域を残すのみとなった。
最後に残ったのが何故首都かというと、ネウロイは機械や建築物を侵食し己の一部として取り込む習性があるから、らしい。前の隊の整備兵が言ってた。
つまりは首都の名にふさわしい資材量をもってネウロイは超巨大な要塞を築き上げたというわけだな。
その要塞を打ち砕き、ガリアを解放するのが今回の作戦。
私の役割はコロニー内に進入しコロニーを形成するコアを破壊すること。
愛機R-9Aのコードネーム『アローヘッド』の名の通り、ガリア上空のネウロイの巣に波動砲で穴を開け矢のごとく突入したのがつい先ほどの事だ。
ネウロイの巣はただの建築物ではなく、超巨大なネウロイでもある。
ネウロイということは、コアがありコアを破壊することで消滅するということだ。本作戦において一番重要な役目を任されたというわけだ。まいったまいった。
本来なら501FJWのメンバーの半数がコロニー内部に進入するはずだった。
しかし、作戦の直前になって連合軍上層部から私達ストライクウィッチーズにある命令が下された。「一体でも多くのネウロイを捕縛せよ」というものだ。
ネウロイの巣を前にそんな無茶な、と隊長のミーナ少佐は言ってたけど、軍上層部のことを思えば仕方のないことだと理解できるんだよな。
ネウロイはフォースの原材料だ。
ネウロイを使わない純正人工フォースというものも存在するけれど、ネウロイを加工したフォースとは比べものにならない費用と作成時間がかかるらしい。501に来る前に居た隊の整備兵が言っていた。
ネウロイに対抗できるのはネウロイ。つまりフォースだ。
今の隊の整備兵とはほとんど会話したことがないから、そのあたりのことはどう思っているのかわからんけどな。
ウィッチは男性兵士と最低限の会話しかしてはならない、なんて少佐も何を考えてるんだか。
軍隊もウィッチも機械じゃないんだ。や、昔会ったルーデル大佐は戦闘機械という言い方が相応しい人だったけど。
ともかく円滑なコミュニケーションを取らなければ兵舎全体の空気が淀み士気が下がってしまう。
特にウィッチは戦場の兵士達からすれば砂漠のオアシスのような存在だろう。自分で言うのもなんだけど、ウィッチって美人揃いなんだよなー。
とと、危ない、余計なことを考えてたら撃ち落とされるところだった。危ねーなー。
ネウロイの巣だけあってどこからネウロイが飛び出してくるか解ったものじゃない。さすがにビーム連射して自分達の巣を崩壊させるみたいなことはしてこないけど。その点を考えると、巣の内部にいる私より外にいる隊のみんなのほうが危険度は高いかもしれない。
そんなわけで、巣の内部に潜入しているのはR-9A "ARROW-HEAD"を駆る私一人だけだ。
別に無謀な突入というわけじゃない。私の兵装はスタンダードフォースにビット二機と、501でも数少ない完全装備持ちなのだ。
さらに、R-9Aはオストマルクでの第一次ネウロイミッションで大規模ネウロイコロニーを潰した実績がある。まさにネウロイの巣に撃ち込む一本の矢だ。
私が突入する際の僚機として、ブリタニア軍の新兵リーネ及びR-9Dが同行していたが、コロニー内突入直後のネウロイ集団の攻勢でビットを失い、機体にも損傷が見られたので帰還させた。
R-9D "SHOOTING STAR"は長距離狙撃用のユニットだ。その射撃能力から僚機としての性能は高いが、やっぱり初のコロニー進入は負担が大きかったみたいだ。
サーニャも同行したがっていたがさすがにそれは拒否した。
サーニャの機体はR-9E "MIDNIGHT EYE"。ナイトウィッチ用の偵察機だ。搭載フォースも情報収集に特化したカメラ・フォースと呼ばれる代物。ネウロイの巣に突入できるような代物ではない。
私の予備機のR-9Aを使うなんて言っていたけど冗談じゃない。あれにはフォースもビットも用意されていないんだ。
一人の突入。でも問題は何もない。何せ、私の固有魔法は未来予知だからな。
入り組んでいて不意打ちが当たり前のコロニー内部でも、私の固有魔法にかかれば何の脅威も見られない。
このコロニーはガリアで戦ってきたネウロイと同じく黒く硬い素材でできている。それはつまり、壁を突き破って突然ネウロイが現れる危険性が低いということだ。
スオムスで経験したコロニー突入は酷かった。あのネウロイの巣は銀色の流体金属で作られていて、流体金属の中から次々と巣と同じ色をした銀色のネウロイが飛び出してきたのだ。悪夢としか言いようがない。
この難易度なら、突入役をツンツン眼鏡に譲ってやってもよかったかもな。
ツンツン眼鏡はガリア貴族の航空ウィッチ。ネウロイのガリア侵攻で家を潰された過去を持つ、らしい。家が『家屋』を指すのか『家族』を指すのかは知らんけど。
まあ仕方ないのかなー。ツンツン眼鏡のやつはトップエースと言えども巣への突入経験がないらしいし、そもそも機体が長時間のコロニー侵攻に向いていない実験機だ。
コロニー潰しはハードだ。
私がここに進入してから落としてきたネウロイの数は既に三桁になるだろうか。目的は巣のコア破壊なので、一体一体のネウロイコアを破壊する必要性はない。すれ違いざまに撃ち落とし、再生している間に奥へと突破するのが定石。
なので、内部でどれだけネウロイを落とそうが撃墜数にはカウントできない。ちょっと損した気分だな。
でも、そんなことを考える余裕があるのは何とも幸運だ。
スオムスの巣はまさしく悪夢だった。あの戦いで戦友を八人も失った。
銀の壁の中から突如現れるネウロイ。獣型のネウロイに噛みつかれ、生きたまま食われた訓練校時代の親友。
吐き気がする。嫌なことを思い出した。
だけど、今回は大丈夫だ。リーネは既に離脱して、進むのは私一人だ。
失う仲間はいない。
黒い巣の道を奥へと飛び、次々とやってくる小型ネウロイをレールキャノンで撃ち落とし、波動砲で沈黙させる。
そして進むこと十数分、私とR-9Aは広い球状の広間へと到着した。
広間の壁には巨大な赤いコアが埋まっている。
……とうとう巣の最深部に到着したのだ。
だが、それを守るようにウミウシのような姿をした大型の軟体ネウロイが蠢いている。
「……ノーメマイヤーだな」
コードネーム『ノーメマイヤー』。西欧地域で確認されている大型陸戦ネウロイだ。
特徴は尻と呼ばれている部位から低速の砲弾を撃ち出すというもので、他に攻撃手段は存在しない。砲弾は地面を転がるだけなので航空ウィッチからすれば何の脅威もないが、撃ち出す砲弾量が余りにも多いため陸戦ウィッチにとっては天敵とも言える。
その巨体からコアの位置を特定するのは非常に困難で、分厚く柔軟性のある装甲はちょっとやそっとの火力では削り取ることすらできない。
「やっかいだな。避けてコアを狙うか……」
ノーメマイヤーを無視し巣に埋まっている巨大なコアに機銃の先を向けた瞬間のこと。
突如コアが強く輝き、広間に黄色の光の粒が充満した。
「瘴気か!?」
魔力の防備を強化しようとした瞬間、ノーメマイヤーがゆっくりと前進を始め、そして広間全体が動き始めた。
「!?」
思わぬ事態に、機銃の標準がずれる。
いや、違う。
球状の広間が回転して壁に埋まったコロニーコアの位置が移動しているんだ。
落ち着け、ここはネウロイの巣。超巨大なネウロイの体内なんだ。何が起きても不思議じゃない。
そう、この程度異常事態でも何でもないはずだ。あの悪夢の巣とは違うんだ。
機銃を水平に構え、Rユニットを駆動させる。
波動砲をチャージし、高速で動く壁のコロニーコアに狙いを定める。
行ける!
――危険
―――上から
――――当たる
波動砲を放とうとした瞬間、予知の声が頭に響き私は咄嗟にRユニットのバーニアを噴射した。
その僅か後に、私が居た場所を何かが通過していく。
くそ、何だ!?
背後を振り返ると、回転する広間の上から次々とノーメマイヤーの砲弾が落下してきた。
「なんだってんだ! ヤツは下にいるんだぞ!」
そう、ノーメマイヤーは器用にも回転する広間をその無数の足で走り、常に『広間の下』に位置取っているんだ。
砲弾を吐き出し続けてはいるが、それが上から落ちてくるとはどういうことなんだ。
「――ッ、そうか、壁に沿って!」
広間は球状。ノーメマイヤーの尻から撃ち出された勢いと回転する広間の動きで砲弾は壁をすべり、天井へ。
そして重力に従って次々と落下してきている。
「それがわかればってうわあぶなっ」
落下する砲弾を避けた先に勢いよくノーメマイヤーの巨体が突進してきた。
その最中にもヤツは次々と砲弾を撃ち続けており、雨のように天井から砲弾が落ちてくる。
砲弾の落下速度はたいしたものではない。シールドで十分に防げそうに思える。
が、落下し床に落ちた砲弾を見てその考えを捨てた。
波動砲で穴を開けるのがやっとだったコロニーの壁を、落下した砲弾は簡単につらぬき大きな穴を開けていたのだ。
穴だらけになる広間だが、ネウロイの再生力ですぐに元通りになる。
「運良くコロニーコアに当たらないかなーっと」
だがそう上手くは行ってくれないみたいだ。
高速で動くコロニーコアに、降り続けるノーメマイヤーの砲弾。
これは……ノーメマイヤーを排除するしかない!
ユニットの底部に取り付けていたフォースを射出し、機銃先端に取り付け直す。
そして機銃の照準を広間の底で走り続けるノーメマイヤーに合わせる。
コロニーコアから放出され続ける光の粒に目がくらみそうになりながら私は機銃のトリガーを引いた。
フォースの中心から二本の赤と青の光線が独特の軌道を取りながら発射される。
フォースの持つ対ネウロイ機能、フォースレーザーだ。フォースをRユニットもしくは機銃に取り付けた際に強力なレーザーを放てるのだ。
私のスタンダードフォースが備える三種のレーザーの中で、これは対空用に用意されたもの。数々のネウロイを撃ち落としてきた私の得意武器だ。
レーザーがノーメマイヤーの震える軟体装甲を削り取る。
コアの位置を特定する方法は無いので、滅多打ちだ。どうせ最後なんだ、魔力の出し惜しみはしない。
広間に漂う光の粒は私の心の影を和らげる。
かつてのスオムスでの悪夢を忘れさせるほどに。
「てえりゃああああって見つけたー!」
レーザーを撃ち込み続けること一分弱、ノーメマイヤーの装甲が大きくはじけ飛び、コアが露出した。
それと同時に、広場全体に大きな金属音が鳴り響いた。
「何だ!?」
波動砲のチャージを開始しながら周囲を見渡す。
広場は相変わらず高速で回転し続け、何もおかしいところはない。
「――違う、少しずつ狭くなってる!」
球状にくりぬかれた空間が少しずつ収縮し始めているんだ。
ノーメマイヤーごと壁で押しつぶすつもりなのか。
「さっせるかあ!」
波動砲をノーメマイヤーに放出する。
青白い魔力エネルギーの塊が黒い独特のネウロイ装甲をはじき飛ばす。が、コアを破壊するまでには至らなかった。
広間を飛び交う光の粒が視界を邪魔したせいだ。触れると心地よい光だが、こうも多いと障害になる。
「次弾チャージ開始ってうおお」
波動砲の直撃で足が止まったノーメマイヤーが広場の回転で天井まで運ばれ、重力に抗いきれずに落下してきた。
器用にも空中で反転しひっくり返らずに着地したノーメマイヤー。だがそれでいい。コアはまだ露出してる!
「大丈夫だ、当タル、アタル!」
気分は最高だ。
今なら目をつぶっていてもコアに命中させられる自信がある。
チャージ完了。
感覚の示すままにトリガーを引き絞る。
再度発射される波動砲。青く輝く砲弾はノーメマイヤーのコアに吸い込まれるように着弾。高密度のエネルギーに触れたコアは跡形もなく蒸発した。
コアを失ったノーメマイヤーの黒い身体は漂白されていくように色を失い、ガラスのごとく粉々に砕け散った。
それと同時に、回転を続けていた広間がゆっくりと速度を落としていき、収縮し続けていた壁のきしむ音も止まった。
「……部屋ガ丸ゴトネウロイダッタンダナ」
広間の動きが止まる。
そして、私の目の前には心地の良い光の粒を吐き出し続けるコロニーコアが鎮座している。
これを破壊すれば、作戦は終了だ。
機銃を構え、波動砲をチャージする。
波動砲の赤い輝きがフォースの前方部へと集まっていく。
「ヲヤスミ、ケダモノ」
最大までチャージされた波動砲が大きな咆哮を上げて撃ち出される。
波動砲の赤く輝くエネルギーが、コロニーコアを粉々にかみ砕いた。
これで、終わりだ。
ノーメマイヤーと同じように、コロニーの壁が白く染まっていき、亀裂が走っていく。
ネウロイの巣が崩壊する。私は崩落に巻き込まれないよう、シールドを最大まで展開し、降り注ぐネウロイの破片から身を守った。
――アア モウ ユウガタ ナノカ。
巣の崩壊が終わり、夕日に染まった空が視界いっぱいに映る。
巴里上空を被っていた黒い渦巻き雲――ネウロイの巣は完全に消滅し、雲一つ無い大空が私を迎えた。
私は周囲を見渡す。
リーネは、サーニャは、仲間達は無事だろうか。
夕日に染まる廃墟を空の上から見渡す。
と、視界の中に見覚えのある姿が入った。
R-9D、リーネだ。無事にコロニーから脱出できたらしい。
私は「おおい」と声を上げてリーネに向かって手を振った。
しかし、予知の悪寒が脳裏を駆け巡る。
私は咄嗟にRユニットのバーニアを噴かし上空へと逃げる。
何が起きたのか。
突然の事だ、リーネが私に向かって波動砲を撃ち込んできたのだ。
――ナニヲ スルンダ リーネ!
通信機に向けて全力で叫ぶが、返ってきたのはレールキャノンの銃弾だった。
訳もわからず必死で機銃の射撃を避ける。
一体どうしたんだ!
通信機に向かって必死で言葉を投げかけ続けるが、誰の声も返ってこない。
逃げ続けていると、もう一機の見覚えのある軍服とRユニットが視界をよぎった。
ガリア空軍の軍服。なぜか服が赤く染まっているが、あれはツンツン眼鏡だ。ガリアでR-9W乗りといったらあいつしかいない。
――ペリーヌ リーネ トメテ。
無線に呼びかける、が、返答はリーネと同じ。
ペリーヌの固有魔法である雷撃が飛んでくる。予知ができなければ確実に撃墜されていただろう。
――ナニ シテン ダヨ コタエ ロヨ!
しかし、ガリアで共に戦ってきた501の仲間達は銃を私に向けるだけだった。