◆R-9A2 "DELTA"
「いやあ、東京がすっかり瓦礫の山だなぁ。わっはっは」
「瓦礫の山だなぁじゃないですよ! 暴れすぎです! わた……オレなんてめいっぱい加減してたのに!」
「うわー、いいのかなぁ、これ……」
夕闇の空を三人の魔女が飛ぶ。
魔女が空を飛ぶために木の箒を捨て鉄の靴を履き始めてから、幾年が過ぎただろうか。
空の上から彼女達が見下ろすのは、崩壊した東京の町並みだ。
1940年。扶桑海事変の終結から一年と少しが経過した冬の終わり、再び扶桑皇国に怪異が襲来した。
突如扶桑の本島で発生したネウロイは各地に巣を形成。そしてついには東京に小規模な巣を作り始め、一夜にして扶桑の首都機能は麻痺した。
扶桑海事変を解決した扶桑のエースの多くは扶桑本土にいない。「ネウロイは水を嫌う」という定説からネウロイの本土襲来はないと見ていた軍部が、扶桑の大陸領と欧州の最前線に戦力を送り込んでいたのだ。
それが今回仇となった。さらにはネウロイの本土襲来を受けて扶桑本土の各地に陸軍海軍問わず魔女達が派遣され、横須賀基地には予備魔女が一人もいない状態であった。
そのため陸軍、海軍共に東京へのエース派遣が行えず、代わりに新型R戦闘脚のテストを行っていた魔女を急遽東京へと送り込んだ。
首都にネウロイの巣が完成してしまえば扶桑は終わり、そう言われテスト機を駆って少女達は東京の空を飛んだ。
東京に送り込まれた魔女はわずか三人だ。
一人は諏訪天姫。軍籍を持たない学生で、軍学校で士官教育を受けている幼いテストウィッチだ。
テスト機はRX-10 "ALBATROSS"。アルバトロスとはアホウドリのことだが、アホウドリはあるネウロイ個体の通称でもあるので、彼女はこの機体のことをアホちゃんと略して呼んでいる。
そんな気の抜ける愛称とは裏腹に、この機体には次元を超越することによって障害を無視して敵内部へ圧縮した波動エネルギーを転送し、内部からエネルギーを爆砕させる『圧縮炸裂波動砲』という凶悪な魔導回路が備わっている。機体はネウロイのレーザー対策としてミラーコーティング加工がされており、機体を磨くのは彼女の日課となっている。
そしてもう一人、管野直枝。諏訪と同じくまだ幼い飛行学生。
訓練校の飛行練習脚『赤とんぼ』を何機も破壊してきた破壊王で、「無茶をしても壊れないR戦闘脚」のテストのためR-13A "CERBERUS"の担当に選ばれた。
ケルベロスは宮菱重工が独自に作り上げたR戦闘脚で、東京の市街地で使うには余りにも過剰な攻撃力を有している。搭載フォースは従来のものより多くのネウロイが素材として使われており、コントロールロッドだけでは制御がおいつかない。そのためフォースはR戦闘脚と有線接続されている。
この二人の暫定小隊長が若本徹子。唯一の軍籍持ちで、階級は少尉。扶桑海事変を経験した現扶桑皇国海軍最強の魔女である。
二人の訓練生が戦場へと投入されたのは彼女がこの緊急飛行小隊の小隊長に任命されたからだ。訓練生二人は彼女の盾になりさえすればいい、と軍部は考えていた。
彼女が駆るのは扶桑皇国海軍が標準採用機として検討しているR-9A2 "DELTA"。試験機ながらこの機体はすでに欧州戦線でも戦果を上げている。
出撃経験が何度もある若本とは違い諏訪と管野は初の実戦。
テストウィッチとして飛行時間が長いとは言え、まだ学生だ。しかも二人とも歳は十二にも満たない。
若本は出撃前、二人に一切の期待をしていなかった。自分の邪魔さえしなければ良いと考えていたのだ。
だが、横須賀から東京にやってきてネウロイの編隊と接触してすぐ、諏訪と管野は戦闘脚を見事に使いこなしネウロイを見事に撃墜してみせた。
自信なさげな態度からは想像できないその頼もしさに、若本はかつての戦友坂本を思い出した。
坂本は若本の軍学校の同期であり、扶桑海事変で共に戦った戦友だ。彼女は戦後欧州に渡り、テストウィッチとしてR戦闘脚の開発に関わり、実験中に事故死したという。
坂本と同じ末路をこの幼いテストウィッチ達に辿らせまい、と若本は先頭を飛び東京の街を駆けた。
住人の避難の済んだ東京の街ではネウロイ化した車や作業機械が彼女達に砲撃の火を向けてきた。
若本は機銃の弾丸をばらまき、フォースレーザーで街をなぎ払い、扶桑刀を振り回してネウロイを次々と落としていった。
二人の訓練生も援護射撃をするが、つい先日まで人が住んでいた街を戦場にするのに気が引けたのか、陸戦ネウロイに対しては控えめな攻撃を繰り返していた。
そして、彼女達は巣を形成しようとしている超大型ネウロイのもとへと辿り着く。
超大型ネウロイは出撃前に確認されていたもので、扶桑皇国陸軍が対ネウロイ戦用に開発していた局地殲滅戦車・森津G型をネウロイが侵食、同化したものだ。
しばしレーザーの応酬を繰り広げる三人の魔女と森津G型だったが、超大型ネウロイに相応しい装甲の厚さと再生力の高さに、戦況は降着する。
そこで若本はフォースを森津G型に射出し、R-9A2に搭載された試験兵装、デルタ・ウェポンを発動する。『ニュークリアカタストロフィ』と名付けられたその兵装は、フォースの周囲の物体を核融合させ、純粋な熱エネルギーでネウロイを消滅させるというもの。
その威力はすさまじく、デルタ・ウェポンが発動した一体は無傷のフォースを残して大きなクレーターとなっていた。
超大型ネウロイの姿は跡形もない。
核融合の結果ニュートリノによる幾ばくかの汚染が起きたが、航空に関係ない物理学の知識など持ち合わせていない魔女三人は気にも留めずに空に舞った。
そして、街に対する武力の行使を自重しない若本に管野と諏訪が苦言をこぼしながら、彼女達は残存ネウロイを探して日が暮れるまで東京の街を飛び回った。
なおR戦闘脚は宇宙空間での航行も視野に開発されているため、ニュークリアカタストロフィの副次的要因でウィッチが被害を受けることはない。
「ネウロイ発生の原因がわかったらしいぞ」
東京の戦いの後、扶桑本土各地で戦果を上げてきた若本達。
今では実験小隊『デルタウィッチーズ』と名前を付けられているエースチームだ。
現在は機体が整備を受けているため待機任務中だ。管野にケルベロス以外の機体を使わせると完膚無きまでに破壊するため訓練も行えない。
そんな管野がケルベロスを破壊せずに今日まで戦場で生き残れてきたのは、ケルベロス自体の頑丈さとは他に、試作神経コネクターの恩恵によるところが大きい。
神経コネクターとは、魔女の身体に接続端子を埋め込むことによって神経とケルベロスを直結し、身体の一部としてR戦闘脚を操作するという機構。
管野の両膝と左顎には外科手術によってコネクターが埋め込まれている。
なおこの機構は宮菱重工開発部と軍上層部の外には公表されていない。
そんな軍事機密を知る小隊の三人だが、諏訪と管野はまだ軍籍にない。
士官教育半ばで戦場に送り込まれたため、彼女達は戦いが終わった後に復学したいと考えているのだ。上げた戦果による昇級は卒業後にまとめて受ける、と彼女達は若本の上官へと話を伝えていた。
軍籍にないということで小隊長の若本は二人に軍の厳しい上下関係を要求しなかった。
彼女達の仲はさながら姉妹といったものだ。
今も上官から何かを聞いてきたらしい若本の話を横に、二人は管野の使い魔のブルドッグと戯れている。
「次の作戦目標の沖縄の元我那覇基地に保管されていたR-9Aが、どうやらネウロイに汚染されていたらしい」
「戦闘脚がですか?」
ブルドッグの腹をもふもふと触りながら諏訪が言葉を返す。
彼女は愛機アホちゃんと搭載兵器テンタクル・フォースで戦いを繰り返しているうちに、触手的な指使いが癖になってしまった。
強面のブルドッグが気持ちよさそうに鼻息を鳴らしている。
「ああそうだ。半年前のオストマルクでの第一次ネウロイミッションは知っているな? あのミッションでネウロイの巣に侵入したR-9Aが沖縄に保管されていたんだとさ。ネウロイの破片でもくっついていたんだろう」
「何でオストマルクの機体が沖縄に?」
「Team R-TYPEの扶桑支部が研究のために取り寄せたものの、支部が大陸の浦塩に移って行き違いになって放っておかれたんだとさ」
「それは……なんというか……」
「注意一秒なんとやらだな。今回のネウロイが『侵食』を得意にしてるのもR-9Aにくっついてたやつの特性だろうね」
そう、扶桑を襲ったネウロイはあらゆるものを侵食していた。
東京では車と戦車を、石油精製工場では海岸の動物や昆虫を、陸軍基地ではトレーラーという名の超巨大多脚歩行戦車を侵食し操っていた。
それらを打倒してきた彼女達は、基地に帰還すると毎度のようにネウロイ侵食がないか厳重なチェックを受けていた。
「なーなー、少尉ー」
寝転がって使い魔の肉球をぷにぷにしながら管野が言う。
ちなみにこの管野、こうやってだらしない粗暴な態度を取っているが本質はお嬢様である。ネウロイと戦うには益荒男のごとくならなければと演技しているだけで、実はポエミーでリリカルな少女だったりする。
態度は狂犬、心は乙女、身体はサイボーグ。それが管野だ。
「何だ?」
肉球を連打する管野を見下ろしながら若本は返事をする。
管野の本性はすでに知っているので、若本の視線は生暖かい。
「ネウロイって海越えられないんだろ? なんで沖縄から出てきてんだ?」
管野は若本に対し敬語を使わなくなっていた。別に管野が不遜な態度でいるというわけではなく、高等小学生ですらない幼い彼女達に敬語を使われるのを若本が嫌がっているだけだ。それでも諏訪は「そんなこと無理です」と敬語を使い続けているのだが。
「確かに陸上ネウロイは海を渡れないね。だけどな、ネウロイは空を飛べるんだ。一体でも母胎型が本州に到達したらあとは侵食で増え放題だ」
「なるほどなー」
母胎型とはネウロイを生み出すネウロイだ。ネウロイの巣の中には必ずこの母胎型ネウロイが存在する。
「大陸側もネウロイが来ないか海軍が海岸線で厳戒態勢だってさ。大陸の広さで侵食タイプが増殖したら荒漠にネウロイ帝国が樹立するな」
「うひー」
「というわけで、機体が戻ったら沖縄だ。残念ながら海水浴は無しだけどな!」
沖縄上陸作戦に向けて、少女達は最後の休息を過ごした。
「何で戦闘機にドリルが付いてるんだよおぉぉぉッ!」
大型ネウロイの突撃を避けながら、若本が叫ぶ。
若本は軍学校時代に剣道を修めている。扶桑刀を用いた飛行脚での近接戦闘はお手の物だ。
だが、沖縄我那覇海軍基地を侵食した狭いネウロイの巣の中で、巨大削岩ドリルを機首に付けてミサイルらしきネウロイ弾を撃ちながら飛び回る相手に、寄って斬ることなどとてもできそうにない。
『えっと、あの削岩機部分はネウロイの巣を掘り進めるため海軍が作った作戦兵器ですね。ネウロイが航空機にくっつけたのではないかと』
「なんか俺ら軍の新兵器とばっかり戦ってるな!?」
諏訪の通信に答えながら、若本はネウロイに対しフォースを射出する。
管野は先ほどからミサイルを撃ち落とすために短時間チャージをしたライトニング波動砲を連発している。ライトニング波動砲は魔力を電気へと変換する魔導回路で、雷の特性により自在に敵ネウロイへと追尾する兵装だ。
高速で飛び回るミサイルを撃ち落とすのは彼女の波動砲が必要だ。
長時間のエネルギーチャージが行えない管野の代わりに、若本が波動砲のチャージを開始する。
諏訪はシールドを展開してミサイルの着弾ではじけ飛ぶ巣の欠片から若本を守った。
チャージが終わる。
諏訪のシールドの前へと躍り出た若本は、試作型拡散波動砲の引き金を引く。
広範囲へと広がった青白い波動エネルギーの光が敵ネウロイへと命中し、容赦なく装甲全面をえぐり取る。
敵ネウロイは特別頑丈に作られた個体だったようだが、波動砲により装甲を全てはがされ、露出したコアがフォースに飲み込まれた。
「っしゃあ! って、え……?」
白いガラス片となって砕け散るネウロイ。その中に人影が映った。
白い輝きの中に浮かび上がった黒い影。いや、影ではない。いびつに人の形を模した黒いネウロイだ。
「人型ネウロイだと!? ……しかもアローヘッド!」
ネウロイの脚には、若本の見覚えのあるRユニットが取り付けられていた。
R-9A2の元になった始まりのR戦闘脚、R-9A "ARROW-HEAD"だ。
驚愕する若本達の隙を突き、ネウロイはアローヘッドのバーニアを噴かして彼女達のもとから逃げ去った。
「っ! しまった! 追うぞ!」
もしネウロイがアローヘッドを使いこなしているならば、非常にまずいことになる。
アローヘッドの性能ならば、この沖縄から地球上のどこへだって飛んでいける。
そして相手は侵食型のネウロイだ。もし軍備の整っていない国になど飛ばれたら扶桑の惨事どころではなくなる。
扶桑本土がネウロイの大軍に襲われてもこうやって沖縄まで反撃することができたのは、扶桑海事変を経て軍備を整え、多数の魔女を育成してきたからだ。
例えばアフリカ南部に飛ばれたら。例えばリベリオン大陸南部に飛ばれたら。若本が冗談で語ったネウロイ帝国が現実の物となってしまう。
三機はバーニア――ザイオング慣性制御システムに込められるだけの魔力を込め、ネウロイ化した我那覇基地を進む。
事前に見せられた基地の見取り図は当てにはならない。外観からして基地の原型を留めていなかったのだ。
必死にネウロイを追う。
探索系の固有魔法を持つ者はこの中にはいない。
アローヘッドのバーニアの青い光を逃さないように若本は魔力を脚へと送り続ける。
道を阻むように、黒い小型ネウロイの大群が若本へと群がる。
まるで壁のように通路を塞ぐネウロイをフォースレーザーで掘り進むようにして前進を続ける。
壁に開いた穴から百足型ネウロイがRユニットをかじり取ろうと飛び出す。だが若本は反射に任せて左手の扶桑刀で断ち切る。
アローヘッドの姿が段々と近づいてくる。
追いついた、と思った瞬間、アローヘッドは機銃で巣の床に鎮座していた輸送コンテナを次々と撃ち抜いた。
飛び散ったコンテナの欠片が、加速を続ける若本へと降り注ぐ。
「く、小賢しい!」
フォースを前面に飛ばし、さらにシールドを展開して瓦礫の嵐を乗り切る。
一方アローヘッドは追撃とばかりに次々と己の巣へ向けて機銃を乱射した。
基地の建材が凶器となって若本とデルタを襲う。
本来ならば落下する建材程度、R戦闘脚を履いている魔女にとって脅威などにはならない。が、今は最大加速を行っている最中だ。自機の速度がそのまま自機を破壊する破壊力へと変わる。
だが、若本はその妨害をものともしない。
物理法則に従って落下するだけの物体など、生物として変態的な軌道を取るネウロイと比べれば容易に避けられる。
黒い瓦礫を越えアローヘッドを追う若本は、やがて巣の様相が変わっていくのを見た。
このネウロイの巣は、扶桑海事変の最中に建築された沖縄の我那覇基地を元にした地上の巣だ。だが、巣の範囲は基地の内部で留まっているわけではない。現在、沖縄本島全てがネウロイに侵食され黒く染まっており、巣の中枢が我那覇基地と見られているだけで巣の全貌は沖縄本島の四分の一もあるものだ。
ネウロイが巣を作る習性について未だ解明されていない。若本が参戦した扶桑海事変の最終戦では、ネウロイの母胎はそもそも巣を形成していなかった。
今回の沖縄上陸作戦に参加している部隊は『デルタウィッチーズ』だけではない。
海軍艦隊に、陸軍の上陸部隊。そして空戦、陸戦ウィッチが多数投入されている。多くの友軍の協力の下、中枢である元我那覇基地へと侵入できたのだ。ここで、侵食ネウロイの塊を逃すわけにはいかない。
ネウロイによって黒く塗装された巨大なトンネルを進む。
奥を行くアローヘッドに機銃を撃つ最中、若本の視界の端に小型の陸戦ネウロイが映る。
それは、今までに見たことがない種類のネウロイ。
だが、とても見覚えのあるもの。
黒いネウロイ素子に侵食された、人間を素体としたネウロイだ。
「――予想はしてたよっ!」
嫌悪感がこみ上げ、胃の中身が逆流しそうになる。
だが、ここで歩を止めるわけにはいかない。
「あの子達にとってはきついかもね……ってあああの子達付いてきてない!」
最大に加速してアローヘッドを追ってきたのだ。
今ではエースと呼ばれる彼女達でも熟練の航空魔女である若本には追いすがれなかったようだ。
「こちら“デルタ”。“アホちゃん”、“ケロちゃん”、無事?」
『こちら“アホちゃん”。戦闘の跡を追ってますー。ネウロイの妨害がないので追いつけると思います』
『こちら“ケロちゃん”! 迷いました!』
「はあ!? 迷ったって二人一緒じゃないの!?」
空を飛ぶ人間ネウロイを避けながら、若本が叫ぶ。
『巨大な赤ネウロイが通路を塞いだので交戦中! なんか思ってたよりでかい! 超巨大ネウロイかも!』
「赤?」
『赤い! 黒じゃない!』
「……了解、アローヘッドを撃墜次第救援に向かう。それまで耐えて」
『再生力が高いだけでなんか弱いので耐えそう!』
そう“ケロちゃん”、管野が答えるが声は明らかに切羽詰まってますといった様子だ。
もしかするとやばいかも、と若本は焦りを覚える。
他隊からの赤いネウロイの報告例は今までない。新種のネウロイである可能性が高い。
色から考えれば良く考えて全身コア、悪く考えて全身レーザー射出口だ。
「人が素材だからって躊躇している場合じゃないな」
進行方向にいる人間素材ネウロイに対し若本は機銃を向ける。
二十年前の第一次ネウロイ大戦から人は人に対し兵器を向けることをやめた。軍人である若本も、人間に銃口を向ける気など起きない。だが、あれは最早ネウロイだ。
フォースビームが人だった物を破壊し、機銃の弾丸が障害物を失ったアローヘッドへと命中する。
明らかに速度を落とすアローヘッドに若本は口元をつり上げる。だが、その若本を邪魔するかのように巣の壁を突き破って巨大な陸戦ネウロイが割り込んできた。
「……面妖な!」
それは、人間を数十人固めて作られたネウロイであった。その醜悪さに顔を歪めた若本は、波動砲をチャージして撃ち込んだ。
肉感的なネウロイの装甲は青白いエネルギー波ではじけ飛び、内部からコアが露出する。
純潔が絶対条件である魔女の若本が知る由もないが、それは人間の雄個体の生殖器に酷似した形状のネウロイであった。
フォースの対地レーザーでコアを撃ち抜き、アローヘッドへと追いすがる。
それを守るように、脳を模したネウロイ、臓器を模したネウロイなど、様々な醜悪な姿をしたネウロイがデルタの機体へと突撃してくる。
その全てを撃ち落とし、若本はとうとうアローヘッドを波動砲の射程へと捉えた。
まずは機銃でRユニットを撃ち抜く。
機動をRユニットに頼っていたネウロイは、完全に速度を失った。
Rユニットはそれを駆る人型ネウロイとは違い、白い。それはR戦闘脚に使われている合金の色。
R-9A "ARROW-HEAD"はネウロイに侵食されていないのだ。
それは、破壊してもネウロイの力で再生しないということだ。
そして、回路が生きているなら魔力さえ流してしまえばRユニットの兵装を使えるということでもある。
逃げるのを諦めたのか、アローヘッドは若本へと振り返る。
そして、アローヘッドの前方に、青い光が灯った。それは、ネウロイのレーザー光の色ではない。
人類の魔導兵器の輝き。波動砲の光だ。
「ネウロイの癖に魔女に魔法勝負挑むたあ!」
若本も既に波動砲のチャージを開始している。
「良い度胸だ!」
先に波動砲を撃ちだしたのは、デルタ。拡散波動砲がアローヘッドの波動力場にぶち当たり、対消滅する。
爆風に煽られながら再び波動砲のチャージを始めようとするアローヘッドに、若本はフォースをぶち当てた。
アローヘッドは大きくよろめき、若本はチャージ半ばの波動砲をアローヘッドへと撃ち出す。
波動砲の光はRユニットへと向かい、人型ネウロイの下半身をごっそりとえぐり取った。
飛行手段を失い、地面へと落下していくネウロイ。
機銃の先を向けとどめをさそうとする若本だが、突如ネウロイの落ちた黒い床が崩落し始めた。
逃げるつもりか、と引き金を引く若本だったが、レールキャノンがネウロイを撃ち抜くより早く、床の裂け目から現れた巨大なネウロイの『口』が人型ネウロイを飲み込んだ。
「――!?」
轟音をあげながら、地面を割って巨大なネウロイが姿を現す。
それは、胎児であった。人に似て、人と違う、胎児の姿。悪魔の胎児とでも呼ぶべきであろうか。
その胎児の腹は大きく裂けており、中からもう一体の醜悪な獣の顔をしたネウロイが顔を覗かせていた。
二体一対の母胎ネウロイ。第一次ネウロイミッションで初めて発見された、ネウロイの巣の主。コードネーム『ドプケラドプス』だ。
「っと、親玉引いたか。こいつを倒せば管野だって……」
ドプケラドプスの核は腹部のネウロイだ。若本は機銃を腹に向けて射撃した。
近接戦闘は難しい。胎児の足にあたる部分は節の多い尻尾になっており、それで若本を牽制している。
機銃に撃ち抜かれた腹のネウロイは、奇怪な鳴き声をあげながら口から小型のネウロイを次々と吐き出し始める。
「やっぱりこいつが母胎か!」
『少尉! 少尉! 追いつきました!』
後方から、空気を切り裂きながらアホウドリが飛んでくる。
人間ネウロイを見たのか、士官学校の訓練服の襟には嘔吐した痕跡があった。
平時であれば優しい言葉の一つでもかけてやるところだが、今は戦闘中だ。若本は指示を飛ばす。
「良いところに来た! ヤツの腹に波動砲をぶちかませ!」
『お腹……ってうわなにあれ気持ち悪い』
遠方からは細部まで見えていなかったのか、ドプケラドプスの醜悪な姿を見てげっそりとする諏訪。
だがそれでも機銃はしっかりと構えている。その年齢に見合わない肝の太さが彼女を今日まで生かしてきた。
若本は諏訪を守るように機銃を撃ち、ドプケラドプスの尾を左手の扶桑刀で切り払う。
若本の利き手は右手だが、Rユニットと繋がり強化された魔力にかかれば斬撃の威力に利き腕など関係ない。機銃はレールキャノン、フォース、波動砲と精密操作が必要とされることが多いので左手で扱う気にはならない。
ドプケラドプスの巨大な尾が宙を舞う。腹を守る唯一の器官がこれで無くなった。
すぐさま再生が始まるが、僅かな隙を逃すような魔女達ではない。
「諏訪、いけ!」
『はい!』
アホウドリが前へと出る。
諏訪が引き金を引くと、機銃の先から細い糸のような光がドプケラドプスの腹へと伸びる。
これは魔法が次元を切り裂いた光。
ドプケラドプスの体内へと跳躍した圧縮波動エネルギーは瞬間的に膨張。炸裂したエネルギーは内部のコアごとドプケラドプスを打ち砕いた。
ドプケラドプスの黒い体表がガラス質の物体へと一瞬で変化する。
そして、膨らむ波動エネルギーの衝撃に乗って四方へと爆散した。
まるでそれを爆心地にするかのように、周囲を形作っていたネウロイの巣から色が消失する。
透明に輝くネウロイの巣の残骸が、パラパラと破片となって少しずつはがれ落ち、若本達の居る空間へと降り注いでくる。
美しい。そう若本は純粋に感動した。
地獄の底にでもいるかのようだった黒い巣が、まるで天の国にでも変わるかのように輝き、光の粒が舞う。
雪だ。
沖縄に降る季節外れの雪のようだと若本はぼんやりと上を見上げながら思った。
光の向こうから、少しずつ青い空が見えてきた。
扶桑からネウロイの脅威は去ったのだ。
『少尉! ネウロイが! ネウロイが!』
そんな若本の感動を邪魔するかのように管野から通信が届く。
若本は苦笑しながら通信を返す。もうコールサインもあったようなものじゃない。
「ああ、ネウロイの親玉は倒したぞ。帰ったら宴会だ」
『そうじゃないんです! 黒いのが消えた後に赤いのが! 赤いのが!』
「あん?」
『光が! 光が広がってフォースが捕まって! おたまじゃくしが飛んできて!』
「……は?」
わけのわからない通信に、若本は頭を捻る。
すると、近づいていた諏訪が通信ではなく肉声で若本に向けて叫んだ。
「少尉! 後ろを! 基地を見てください!」
切羽詰まった声に急かされ、若本は背後へと振り返る。
するとそこには、廃墟となった我那覇基地と、その基地を覆うように赤い蔦が急速に『成長』している。
植物の急成長。
いや、違う。管野は言っていた。巨大な赤いネウロイと交戦していると。
その意味を若本は理解する。
ネウロイの主は、二体いたのだ。扶桑本土を襲っていた黒いネウロイの主と、そして今急速に成長している赤いネウロイの主だ。
そして、この異常な速度で増え続けるネウロイの中枢に、管野はいる。
「くそっ!」
若本はデルタのバーニアを噴かし、廃墟の基地へと駆けた。
入り組んでいた巣の壁はなくなり、基地へは十秒もかからずに到着する。
だが、その間に基地の建物は完全に赤い蔦に埋め尽くされていた。
扶桑刀で蔦を切り裂く。が、驚異的な速度で蔦は再生する。
刀では無理だ、と波動砲をチャージし、赤いネウロイの基地へと射出した。
ぽっかりと穴が開き、その中に若本は飛び込む。
しかし。
「う、おあぁぁぁぁ!?」
急速に再生し始めた。ネウロイが、若本を捕らえようと蔦を延ばす。
死を覚悟した若本を救ったのは、彼女の後ろに付いてきていた諏訪だ。諏訪は若本のズボンから伸びる尻尾を掴み、基地から全力で離脱した。
Rユニットの慣性制御を越える勢いで尻尾を引っ張られた使い魔が若本の脳内で悲鳴を上げているが、それに構っている場合ではない。
「諏訪! とにかく波動砲だ、波動砲を撃て!」
「はい!」
デルタとアルバトロスは共に最大兵装である波動砲を基地に向かって撃った。
相手がただの建築物なら一瞬で地上から消滅してしまうような波動エネルギーの嵐が暴れ回る。
だが、既にネウロイの巣と化した赤い基地はその波動砲を受け止める。侵入するのに十分な空間は開いたが、即座に再生してしまう。
「くそ、コアはどこだ!」
『少尉! 少尉! どうしよう、閉じ込められた! オレどうしたら……!』
焦る若本へ、管野の泣き叫ぶ声が聞こえる。
「管野!? 波動砲を使え! 壁を壊して外へ出るんだ!」
『無理だよ! いくら撃っても再生する方が早い!』
若本は歯がみする。
そうだ、彼女の波動砲では駄目だ。
ケルベロスのライトニング波動砲は波動エネルギーを雷に変換するというもの。追尾能力や熱量に優れているが、他の波動砲が持つような純粋な破壊力、突破力は低いのだ。
デルタの突破力で強引に進めば、管野のもとへと辿り着けるかもしれない。だがそれはフォースと波動砲、機銃をフルに使ってのことだ。そんな侵入方法では管野の身体ははじけ飛んでしまうだろう。
「どうすれば、俺はどうすれば……」
『嫌だ、わたし、わたし、帰りたいのに――』
その言葉を最後に、管野からの通信は途絶えた。
◆R-13A "CERBERUS"
ドプケラドプスという母胎を失った我那覇基地のネウロイの巣は、新たに出現した植物型ネウロイに即座に占拠された。
この時まで、人類はネウロイという生命体の本質を理解していなかった。
ネウロイとは、統一された意思を持つ群体などではない。
ネウロイは主ごとにそれぞれ独立した意思を持っており、主を別にするネウロイ同士が争い合うという事態も発生しうるのだ。
もし一つのネウロイの巣の中に一種類の主だけしか存在しないのであれば、そもそも扶桑本土を襲った大規模ネウロイ侵攻事件サタニック・ラプソディーは起きなかった。
沖縄に輸送されたR-9Aは、ネウロイの巣を消滅させて帰還した機体だ。
ネウロイは主を倒してさえしまえば、子である配下の個体は全て消滅するという性質を持つ。
それを考えるならば、R-9Aの機体にネウロイの破片など付着しているはずなどなかったのだ。R-9Aに付着していたネウロイの種子は二種類。侵食力の高い黒いネウロイと、植物型の赤いネウロイ。赤いネウロイが沖縄決戦終結の時まで姿を見せなかったのは、黒いネウロイが赤いネウロイより上位に位置する存在であるからだとTeam R-TYPE扶桑支部は結論を述べた。
なお、一部の植物性ネウロイには蔦状に伸びようとする性質がある。この性質は「NI性質」と呼ばれている。
植物性ネウロイに取り込まれたR-13Aは新たなネウロイの巣の主となった。
沖縄本島は、黒い侵食ネウロイの代わりに我那覇基地から増殖を開始した植物性ネウロイに支配される。
植物という特性からネウロイ達は地に根を張り動かず、沖縄本島から海の外へと進出することはなかった。
だが、『成長する』特性を持つネウロイは大地の栄養を取り込み生い茂り、沖縄本島を深い森へと変える。
ネウロイで作られた、暗黒の森だ。
扶桑皇国海軍は沖縄を取り戻すべく上陸作戦を再び始動。
だが、数度繰り返されたその作戦は全て失敗する。
暗黒の森上陸作戦でネウロイの巣最深部に到達した若本徹子中尉の報告によると、母胎と思わしきネウロイは光り輝く繭に包まれていたという。
その母胎は有線式フォースを操るR-13Aと思わしき機体を身につけた、十二歳程の幼い少女の姿をした人型ネウロイであった、と記録に残されている。
幾多の魔女達を撃退したそのネウロイは、やがて扶桑皇国軍の兵士達からこう呼ばれるようになった。
森の番犬と。
かつて、彼女は英雄だった。
しかし、今は暗黒の森の番犬。
悪夢という名の鎖が
彼女をここに繋ぎ止めて
いるのか?