◆R-11B "PEACE MAKER"
ギリシャの神話に登場する魔女イカロスは、己を縛る牢獄から逃げるため蝋の翼を背に空へと飛び立ち、太陽に翼を焼かれ海へと落ちたという。
私が翼を失ったのはイカロスのようなドラマチックな悲劇や、本に記せるような事件があったわけではない。
1939年5月。扶桑皇国陸軍中尉加東圭子は魔法力の減衰に伴いシールドの展開が不可能になり、飛行隊から除籍となる。
作戦指揮官並びに教導官への転属を勧められるがそれを拒否し軍を退役。
ダキア及びオストマルクでの大規模怪異発生を前にした二十一歳の事だった。
私の魔法力は長く保った方だろう。ウィッチの中には十九歳や十八歳でシールドを張れなくなる者もいるらしい。
でも、私は物足りなかった。もっと空で戦っていたかった。撃墜されたわけでも怪我をしたわけでもなく、ただ時間が私から空を奪った。
そして私は否応なしに第二の人生を歩み始める。
未練があったのだろう。私が選んだのはウィッチ達のいる場所でペンを手に戦う戦場記者になることだった。
上がりを迎えたウィッチはいくらでも優雅な余生を過ごすことが出来る。実際、いろいろな人からお見合いの話が持ち込まれた。
私はそれを全て蹴り、まずは本を書くことにした。扶桑海事変を私の視点から語ったノンフィクション小説だ。体験記という形の執筆作業は記事を書く練習にちょうど良い。
私は扶桑海事変を扱った映画『扶桑海ノ閃光』で主役の一人として出演している。
近接戦闘の智子、遠距離射撃の私。ダブル主演のその映画は大ヒットを飛ばした。武子と綾香がはぶられてる気がするけど私のあずかり知らぬところの事情だ。
その映画に被せるように私は体験記を執筆した。国民を鼓舞させるための意味合いが強いあの映画は、ところどころに嘘が多い。しかし、小説で正直に「あれは嘘でした」と書くわけにはいかない。
中々に難しい仕事だった。が、結果として私の記者としての力量はそれで身についたと言える。
本を書き終え記者としてのイロハを学び終えた頃、謀ったように世界では怪異が発生し始めていた。
オストマルクでの第一次ネウロイミッションはネウロイ側、人類側共に電撃戦であったため取材に行く暇など無かったが、滞在していた浦塩で一つの事件が起きた。
1940年のある時期を境に扶桑本土に広がったネウロイの巣の種。その悪魔の種子が海を越えて大陸側の扶桑領へ飛来してきたのだ。
それに対抗したのは軍ではなく民間警察。
元扶桑海軍少佐、北郷章香が都市パトロール用に配備されていたRユニットR-11B "PEACE MAKER"を駆りこれを全て殲滅。
後に『デーモンシード・クライシス』と呼ばれるようになる事件である。ちなみにこの事件名を名付けたのは私だ。
北郷女史は扶桑海事変で共に戦ったことのある戦友だ。
階級からすれば上官なのだが、私は陸軍所属で彼女は海軍所属だったので上官と言うよりは戦友と言った方が関係は近い。
同じ兵舎に居はしたが、会うのはもっぱら空の戦場であった。
彼女は講導館剣道の免許皆伝の腕前を持っている。
少佐という肩書きを捨て浦塩で警察なんかをやっていたのも警官に剣道を指導するためだったという。
『軍神』とまで呼ばれた元航空ウィッチである彼女がなぜ軍の教官ではなく民間警察の剣道師範をしていたのかというと、彼女がRユニットを使い始めてから上がりを迎えるまで、期間がわずかしかなかったからだと取材に答えてくれた。
自分の飛行技術はもう古くさい過去のもので、若い新時代のウィッチ達に教えられるようなものなどないのだと。
そのくせシールドも張れない状態でR-11Bでネウロイの群れを駆逐しているのだからとんだ詐欺である。軍神ではないのなら武神だ。
彼女を取材していて私の中で空への未練がくすぶったのも仕方がないと言えるだろう。私はまだ空を飛びたかったのに、シールドが張れなくなったというだけで軍を退役したのだ。まるでその選択は間違いだったと言われているかのようだった。
でもそれは単なる嫉妬だ。彼女は軍神。彼女が特別なのだ。私はそう自分に言い聞かせた。
さて、なぜ単なる民間警察がRユニットなどを使えたのかというと、そもそもこのR-11B "PEACE MAKER"が都市部での使用を前提に作られた都市巡回用の機体であったからだ。
ウィッチがいるのは軍だけではない。Rユニットは優れた機体であり、警察も都市部の防衛用にRユニットの開発を軍事企業と共に進めていたのだ。
元になった機体は量産機のR-11A "FUTURE WORLD"。これも都市部での運用を考慮した小回りの効く機体であるが、こちらはサタニック・ラプソディー事件の初期段階に投入されあえなく全滅するという結果を残している。
R-11Bの機体性能はR-11Aとさほど差があるとは言えないが、ロックオン波動砲を搭載することにより建物への被害を一切考慮することなく波動砲を撃てるという利点を備えている。
ロックオン波動砲とは捕捉追尾機能を持つ波動砲のこと。狙った敵に追尾し、周囲へのエネルギー伝播をすることなくピンポイントで敵を打ち砕くというもの。
北郷女史は扶桑刀での近接戦闘とロックオン波動砲で浦塩の都市に飛来したネウロイを一匹も逃すことなく撃退している。
この戦果を受け、というか私の書いた事件記事を受け、R-11Bは世界各地の主要都市にネウロイ防備用Rユニットとして配備されるようになる。
北郷女史の活躍を見て揺らぎかけていた記者としての私の心は、この記事の反響のおかげでなんとか持ち直すことができた。
◆RX-10 "ALBATROSS"
浦塩での取材を終えた私はネウロイの襲来で荒れる扶桑列島本土へと渡った。
首都東京をネウロイから守った英雄達を取材するためだ。
テスト機だけで構成された小隊『デルタ・ウィッチーズ』。それが英雄達の名だ。
小隊長は扶桑海軍少尉、若本徹子。彼女も扶桑海事変での戦友だ。彼女とは私が陸軍に居た頃何度か会話を交わしている。
そのコネもあって、デルタ・ウィッチーズは快く取材に応じてくれた。
扶桑国民はネウロイに国土を荒らされ皆不安に怯えている。彼女達の活躍を伝えるのは私の義務であると思えた。
取材を始めてまず驚いたのは、若本少尉以外のメンバーが二人とも軍籍のない飛行学生であると言うこと。
幼い。十二歳にも達していないというその年齢は、扶桑海事変が始まったばかりの頃の若本少尉よりも幼いものであった。
ちなみに当時の若本少尉の年齢は十二歳で、彼女達と同じ軍籍のない飛行学生だった。当時を思い出して微笑ましい気持ちになり、思わずにやけてしまった。
彼女達からの取材を進めて次に驚いたのが、ネウロイの特性だ。
元々ネウロイは金属を餌に増殖することが知られていたが、彼女達が戦ってきたネウロイは兵器を侵食し、さらには兵器を縦横無尽に操って人々を襲っていたというのだ。
現代兵器の多くは金属を素材にして作られている。彼女達が言うには石材やコンクリートを取り込むことはないのでそれだけは安心、とのことだが。ただし、ネウロイが侵食していたのは金属だけではなく、動植物まで及ぶのだという。扶桑の建築物の多くは石材ではなく木材だ。移動する城型ネウロイなんて出てくる日もあるかもしれないと若本少尉は笑っていたが、実現でもしたら笑い事では済まない。
そんな木造建築の国というネウロイに有利な状況で彼女達は勝利を続けてきた。
わずか三人の小隊でだ。隊員の一人管野直枝は若本少尉に似た男勝りな性格。いや、あれは若本少尉の真似をしているのだろう。明らかに若本少尉に懐いていたし、口調も彼女を意識したものだ。
「格好良く撮ってくれよ!」
などと写真を撮る際に言われたが、写真歴の短い私では上手く撮れたかどうかは怪しい。陸軍時代に武子から教わってはいたのだが。
もう一人の隊員、諏訪天姫はおとなしい性格で、取材に対し明らかに緊張した様子であった。若本少尉が言うには普段はおっとりぽややんとした態度であるらしい。
聞くところによると同じ訓練校に通う飛行学生の妹と、陸軍所属の姉がいるらしい。いずれもウィッチ。「いつかお姉ちゃんに再会したい」と語る姿は思わず撫でくりまわしたくなる可愛さだ。
諏訪ということは諏訪大社に関係のある家柄なのだろうか。本人は家について詳しくは知らないと言っていたが。
若本少尉が隊長で飛行学生が二人という構成もあって、彼女達はずいぶんと自由に過ごしているらしい。私が陸軍に居た時代も同じ基地に居た若本少尉はかなり自由奔放にしていた記憶がある。他人の私物を無断で持ち出したり、食料庫から夜食を持ち出したり。
だが、Rユニットを駆る技術は本物だ。まぐれでネウロイを撃退することなどできないというのは私自身が身をもって知っている。
機体の全てがテスト機というのが驚きだが、別の言い方をすると全て最新鋭の機体と言うことだ。R-9A2 "DELTA"のみは欧州戦線で実績のある機体のようだが。
実際に飛行訓練をする様子を見せて貰ったが、私はその飛ぶ姿に完全に目を奪われた。
量産機とは違う、一品ものの試作機の性能。そしてそれを駆る彼女達の力量。
飛行学生と侮っていたが、違う。管野、諏訪両名とも実戦で鍛え上げられた戦士の動きだ。教科書に従って教え込まれた動きなどではない。彼女達はネウロイと戦う術をこれでもかというほど知っている。
そして嫌でも目に付いたのが諏訪の履くRX-10 "ALBATROSS"だ。フォースのコントロールロッドから奇妙な金属の触手が伸びてうねうねと揺らいでいる。テンタクル・フォースというらしい。
悪趣味な見た目だが、この触手を自在に操ることでフォースレーザーの軌道を自在に変えることができるらしい。
RX-10は量産機R-11A、そして北郷女史のR-11Bの元になった機体だ。開発はTeam R-TYPE扶桑支部と川滝航空機工業の共同で行われている。
テスト機ということもあってまだまだ多くの可能性を秘めているらしく、彼女が戦場で得たデータはTeam R-TYPEに随時送られ新型機開発に使われているとか。
ちなみにテンタクル・フォース搭載のフォースレーザーの中で若本少尉が一押しと言っていたのがスネイル・RAY。触手の先から二本の光の剣が伸びるというもの。北郷女史はR-11Bで遠距離射撃を完全に使いこなしていたが、弟子の若本少尉はまだまだ近接戦闘が大好きのままであるようだ。
RX-10のもう一つの特徴としてネウロイのレーザーを弾くためのミラーコーティング加工というものがあるが、こちらはどれだけ効果があるかはわからない。
ユニット装甲が脚を守っても、内臓器官の詰まった胴体と頭は守ってはくれないのだ。
フォースとビットとシールドで完全に守りに入れば、もしかしたら命を長らえる要素になるかもしれない、と言ったところか。レーザーを弾いても、拡散したレーザーが身体にぶつかる可能性もある、と諏訪飛行学生に言っておいた。
取材を終え、新聞記事が扶桑皇国国民の元へ届いたのを確認すると、私は扶桑本土を後にした。
かつての戦友、智子と武子は激戦区の欧州で戦っている。その姿を扶桑の人々へ伝えるべく、私は大陸に渡りオラーシャ帝国を西に横断した。
◆R-9C "WAR-HEAD"
第一次ネウロイミッションで解放されたオストマルクを脚がけにして、まず私は武子のいる帝政カールスラントへと向かった。
オストマルクから流れ込んだネウロイが国の東側を占拠する、現在人類が最も厳しい戦いを強いられている激戦区だ。
ダキアとオストマルクのネウロイの親玉を倒しても消えないところから、カールスラントには新しい主を持つ大規模なネウロイの巣が存在すると見られている。
東側は近づけないので南方から入国。オストマルクの復興記事や前線のウィッチ達の活躍記事を売って旅費を稼ぎながら国を回り、聞きつけた武子の基地を訪ねた。
「何してるのよあなた」
半年ぶりに顔を合わせた武子の第一声はそんなものだった。
「記者よ、記者。ほら、取材許可証」
首からぶら下がった許可証を見せながら答える。
「聞いたよ、中尉になったんだって? 長かったねー」
加藤武子。扶桑皇国陸軍所属。階級は今も言ったとおり中尉だ。半年前に扶桑から欧州へ向かうときに中尉になったらしいが、見送りまでしたというのにそれを知ったのは、彼女が扶桑から離れ一息つくかと新聞記事に目を通したときだ。
彼女は二年前の扶桑海事変が起きた当時は少尉階級で、事変での活躍、そして二年という月日があっても中々昇進の機会に恵まれなかった。
二年前、扶桑海三羽烏と呼ばれた私、武子、そしてスオムスで戦っている智子の三人は当時共に少尉であった。そんな中で私一人が先に中尉になれたのは、二十歳を目前にしての箔付けか、最大の撃墜数という戦果によるものか、年功序列かはわからない。しかしようやく武子も脱少尉というわけだ。これはめでたい。あがりを迎えるまでに佐官まで駆け上がって欲しいものだ。
「いや、記者になったっていうのは知ってるわよ。なんでカールスラントまで来てるのかって聞きたいの」
「私は戦場記者だから。激戦区にいるのは当然よ」
「……扶桑も今は戦場よ」
「そっちはもう取材済み。北郷さんのRユニット姿あるよ。見る?」
R-11Bを履いた北郷女史の写真をひらひらと振って見せると、ぴくりと武子が反応する。
彼女とは半年前に横須賀の港で別れて以来だが、変わっていないようだ。彼女は武官でありながら文官の才も持つ。上がりを迎えたはずの軍神が、二本の刀ではなく機銃を持つ姿に見事食いついたようだ。
このネタを餌にカールスラント戦線の裏話を釣り上げて見せよう。
何せこの国に来てから取材を繰り返してきたところ、ネウロイに対する大規模な反撃作戦が行われる兆候が見られたのだ。
戦いがあるなら見届けなければならない。
ウィッチ達の勇姿を世界の人達に伝えるのだ。
「ライカねえ、悪くはないんだけど」
武子のRユニットを撮るためにカメラを掲げると、横から武子がそんな事をぼそっと呟いた。
私のカメラはライカⅡ。これを買ったとき、武子はコンタックスにすればいいのにと指を指して私のことを笑った。
別に良いじゃないかライカⅡ。
「せっかくカールスラントに来たんだしコンタックスに買い換えたら?」
「……私はこれでいいの」
コンタックスとは、カールスラントにあるメーカーのカメラのことだ。武子の愛用するカメラはそのコンタックスである。もしかしたらこちらに来てから新しいのに買い換えているかもしれない。
ちなみに私のライカⅡもカールスラント製。買い換えるならライカⅢにするつもりだが、今のところはこれでいい。カメラ高いし。
「はい、じゃあユニット付けて」
いろんな角度からRユニット単体の写真を撮り終えてから、武子にユニット着用を促す。
「私、いま休息時間なんだけど」
「別に空を飛べって言ってるわけじゃないよ。それに故郷に錦って言うじゃないか。この写真が扶桑の新聞の一面を飾るよ」
「故郷に錦を飾るのは故郷に帰ったときに使うことわざよ……。大丈夫なの記者の仕事」
おっと、そうだった。欧州の言語を覚えるのに必死で扶桑の言葉の勉強がおろそかになっていたかもしれない。
武子はやれやれと言った表情でRユニットが収められた格納機に付随した小さなはしごを上がり、Rユニットに脚を差し込む。
脚が次元転送される魔法の光が輝き、やがてザイオンググラビティドライバから青い飛行魔法の火が小さく灯った。
相変わらずRユニットの起動音は静かだ。飛行技術さえあれば、ネウロイに気づかれずに間近まで接近することさえ可能だ。
「R-9K "SUNDAY STRIKE"だったかな?」
シャッターを切りながら武子に問いかける。武子はカメラ慣れした様子できりっとした表情をこちらに向けている。
私達三人は扶桑海事変では何度も宣伝用の写真を撮られたし、映画にも出演した。どんなときでもカメラ用の表情を作ることが出来る。
「ええ、熟練魔女用のカスタム機を基礎に、生産コストを下げるために開発された量産機。カールスラント空軍ではこの機体を使ってるわ」
この基地に来るまでに何度か姿を見てきた機体だ。
量産機と言ってもRの名を持つRユニット。かつて私が履いていたロ式艦上戦闘脚とは比べものにならない高性能だ。
ちなみにカールスラント陸軍が陸戦ウィッチ用に採用しているのはTW-2 "KIWI BERRY"。キャタピラでどんな悪路でも音速を超えて走り回る。空も飛べるが、陸戦ウィッチ達はキャタピラ走行のために重力は切らない。
「ベテランウィッチ用のカスタム機っていうのが気になるね。カールスラントの前線を色々見て回ったけど見たことないわ。R-9Cって開発コードだけは何とかわかったんだけど」
「それは……機密よ」
なんだよ、つれないな。
「つれないな、カトー中尉。私にもその素敵な記者さんを紹介してくれないか」
突然横からかかったカールスラント語の声に、振り返る。
そして、ぎょっとした。
いつの間にか私達の横に、人間大のチタニウムホワイトの金属の筒が鎮座していたのだ。
「大尉! 人が来るから出ないよう言ったじゃないですか!」
武子がカールスラント語で金属の筒に向かってそんな事を言う。
どういうことだ。
「そうは言うがな中尉、私だってたまには写真を撮って貰いたいんだ」
「解っているんですか。最重要機密なんですよ」
「連合軍が勝手に機密にしただけで、Team R-TYPEは別に公開しても構わない技術だと言っていたぞ」
金属の筒から女性の声が響く。そして視線を下げると、そこには金属の筒の底から生えた二本の金属塊――Rユニットがあった。
驚愕する。
人間の頭と胴体がすっぽりと収まりそうな大きさの金属の筒と、下半身を補うようにして生えるRユニット。
これは、人なのか。
「初めまして、記者さん。美しく撮ってくれたまえ。ほらほら」
声は筒に取り付けられたスピーカーから聞こえている。
写真を撮ってくれとせがんでいるようだ。
「えっと、武子、良いの?」
「駄目よ」
「良いんだ。私はこう見えても大尉。カトー中尉の上官だ。どっちの意見が上か、わかるね?」
「えーと……」
「圭子……」
すがるような目で武子が見つめてくる。
どないせえっちゅーねん。
「えっと、じゃあ事情を聞いてから撮るか決めるということで」
「それも機密……」
「どないせえっちゅーねん」
武子の犬耳をもふもふといじる。彼女の使い魔は北海道犬。後で使い魔の姿も写真に撮らせて貰おう。
現実逃避を始めようとするそんな私の横からスピーカーの声が響く。
「ではオフレコと言うことで。良いね、記者さん?」
「あ、はい。軍事記者なのでそのあたりは弁えてるつもりです」
「むう……」
武子は納得していないようだが無視しておこう。長いものには巻かれろだ。
「私はカールスラント第一航空団第〇実験小隊『ウォー・ヘッド』小隊長、R-9C "WAR-HEAD"だ」
「……えっと、Rユニットさん?」
「うむ。私はR-9Cでありウィッチでもある。ウィッチとしての名はハインリーケだが、機密がどうたらで本名は乙女の秘密だ。ブリタニア語で何だがウォー大尉とでも呼んでくれたまえ。君の名は?」
「加東圭子。フリーの軍事記者です」
よろしく、とお辞儀をする。相手に腕らしきものがないので握手だできない。
「カトーか。カトー中尉のご家族かね?」
「いえ、つづりが違います。私がOstenで中尉がwisteriaです」
「おお、カトー中尉はフジだったのか!」
ふよふよと動いて武子のRユニットにがっつんがっつんとぶつかるウォー大尉さん。
訳がわからないがシュールな姿だ。
「で、その、R-9Cでもあるというのはどういうことでしょうか」
「ああそうだな。簡単に言えば私はR-9Cと一体化しているんだ。このR-9C、性能が高いのは良いんだがいかんせん身体がその動きに耐えられなくてな」
ぐるんぐるんとその場でコマのように回転して見せるウォー大尉。
「そこで、邪魔な四肢全てを取り除いて内臓機能を機械に任せて、身体をこのANGELのビーカーにパッキングして貰ったんだ。扶桑のことわざで言うR-9Cと『一心同体』ってやつだ。格好良いだろう?」
「……えっ」
絶句した。
なんだ、それは。
「Team R-TYPEのやつらはANGEL PACなんて言っていたな。ANGELって知ってるか? 天国の使者のことらしい。死んで天に召されないよう気をつけろ、なんてやつらも洒落が効いているよな」
Team R-TYPE。R-9シリーズを世に送り出したRユニット開発チームだ。
彼らが、それをやったのか。
「うん? 暗い顔をしてどうしたどうした。この話をしたらすぐみんなそんな顔をしやがる。カトー記者もカトー中尉もだ。全く、私は別にこの姿が嫌いなわけじゃないのにな。ほら、顔を上げろ」
言われるままに、顔を上げる。
そこには、筒に取り付けられたガラス窓から見える少女の笑顔。ウルトラマリンの色をしたガラスの奥で少女がにっこりと笑っていた。
「笑いたまえ、カトー記者。私は不幸自慢がしたいわけじゃないんだ。ネウロイに奪われた故郷に笑顔を取り戻すために、望んでこの姿になったんだ。後悔はしていない。よく見たまえ。格好良いだろう、この姿は。ファインダー越しに見るともっと格好いいぞ」
陽気に笑う彼女に釣られ、私はライカⅡを構える。
機体を動かし決めポーズを取り、満面の笑みを浮かべるウォー大尉をファインダーから覗き込み、光源を考えながら位置を取りシャッターを切る。。
そして、私はカメラから顔を離しじっと黙ったままの武子に向かって言った。
「現像室あるわよね? 大尉さんに渡す分の写真くらい良いでしょ」
「……ええそうね」
武子の気持ちは良くわかる。
軍人としてウォー大尉のことを知ってしまったら、とても事情を外部の人間に話せるわけがない。
人類が一丸となってネウロイと戦っているときに、人体加工をウィッチがされているなんて一般人に知れたらどうなってしまうか。
ウォー大尉という機密がふらふらとうろついている基地への取材許可が下りた理由はわからない。
Team R-TYPE、ANGEL PAC、ウォー大尉の目的。答えを出すには手元のピースでは足りない。
「おおそうだ、さっきは嘘をついてしまったな。一つだけ後悔したことがあるんだ」
カメラに向かって決め顔を作りながらウォー大尉が言う。
「この身体、腹が減らんのは良いんだが飯も食えなくてな。甘い菓子が食えなくなったのだけは文句が言いたいな。カトー中尉カトー中尉、培養液にブドウ糖を混ぜるよう上告してくれんか」
「虫歯になりますよ大尉」
そのツーショットもいただきだ。
1940年5月。カールスラントからネウロイを駆逐するための大規模作戦、第二次ネウロイミッションが発動。
R-9C "WAR-HEAD"三機の小隊を中核とした連合Rユニット大隊がネウロイへの反撃を開始する。
Rユニットを履き機銃を構える小隊長ハインリーケ・ベーア大尉の姿が新聞に載ったが、それはTeam R-TYPEによって施術を受ける前に撮られた昔の写真であった。写真の機体はR-9CではなくR-9Aである。
同年6月。カールスラントからネウロイの消滅が確認される。
ハインリーケ・ベーア大尉は敵中枢を破壊した後に死亡したと発表されているが、遺体の目撃者は見つけられなかった。
武子も大尉から最後の通信を受け取ったが、その後どうなったかは知らされていないという。真相は闇の中である。
同月、スオムスから入電が入る。
義勇独立実験中隊が壊滅し、中隊長以下六名が戦死したと。その中には智子の名も含まれていた。
私は後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、カールスラントを後にする。
私は戦場記者。終わった戦いより、続いている戦いを優先する。
解放された港からバルト海を船で渡りながら、まるでカールスラントから逃げているようだと自嘲した。
もしかすると、ウィッチのまま最期を迎えられたウォー大尉のことがうらやましかったのかもしれない。魔女イカロスはチタニウムホワイトの檻から飛び立ち天使になれたのだろうか。
黒くそして白い空間の中、それはひっそりとたたずんでいた。繋がれていたのは、前作戦時に捕縛されたR-9であろう。多分、再生のために使われる金属材料としてだ。それを履くウィッチはすでに朽ちているに違いない。
私はレーザー通信を送り、R-9のシステムを叩き起こした。彼らと共にネウロイコアを破壊したものの、旧型ゆえの非力さか、ラストシュートのオーバーロードか、彼らは閃光の中、重力波に飲み込まれていった。
彼らを待っていたのは、結局はデッドエンドだったのか。ウィッチの棺となってレクイエムを歌うのか。――私にはわからない。
――つかれた。
――私はシステムを凍結させ、自動ドライヴモードに入る。願わくば回収を望む。
――このまま永遠をさまよい、朽ち果てるとしても、私は人間のままでいたかった。
-『ウォー・ヘッド』の通信記録より-