キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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13:雪湯の地

 ボス戦を終えて感動に浸り、互いをねぎらい合った俺達は、次の階層への階段を上ったが、上がり切ったところで、あの噴火の亀竜を見つけた時のように驚く事になってしまった。

 

 階段を上った先にあったのは85層だったのだが、そこは猛烈な吹雪が吹き荒れる極寒地帯、完全なる氷雪の世界だったのだ。しかもその吹雪の強さはこれまで探索してきたどの氷雪地帯のそれよりも強くて、目の前5m先も全く見えなくなってしまうくらいのものだった。分厚い雲が空を覆っているせいなのか、昼時だというのにかなり暗く感じられる。

 

「な、なんだこの吹雪……!」

 

「さっきまでは暑かったのに、今度は寒いところ!?」

 

 リズベットが叫ぶように言うが、その声は吹き荒れる吹雪に、掻き消されてよく聞こえない。他の皆もあまりの寒さと雪に声を上げているようだけれど、やはりどれもよく来とる事が出来ない。その中で唯一聞き取れたのは、リランが頭の中に響かせてくる《声》だった。

 

《凄まじい雪ぞ……我でも視界が潰される……》

 

「視界もそうだけど、この寒さを何とかしないと拙い……と言っても、皆装備を戦闘用にしてきてるから、それ以外のアイテムは持ち込んでないか……さっきまでは火山地帯だったわけだし……!」

 

 周りの皆がちゃんとついてきているかどうか確認したその時、猛烈な雪と風の音に混ざり、聞き慣れた声が耳に届いてきた。

 

「ねぇキリト、流石にいつまでもこの中にいるつもりじゃないわよね?」

 

 声の聞こえてきた方向を何とか判別してそこへ顔を向けてみれば、あったのは全身あちこちが白い雪だらけになって、両肩を抱いているシノンの姿だった。シノンがこれだけ雪まみれになっているのだから、きっと俺も同じような状態になっているのだろう。実際俺の近くにいるリランも、雪だらけになってわけがわからなくなってるみたいだし。

 

「そんなわけないだろ……こんな場所に防寒装備もなしじゃ、凍えてしまうよ。そんな事になる前に、早く吹雪の弱い場所まで行かないと……」

 

 ここに来るまで実に様々な悪天候の層を潜り抜けて来たが、そういうところはフィールドが悪天候に包み込まれていて、街の方は非常に穏やかな気象になっている事がほとんどだった。恐らくここも吹雪がひどいのはフィールドだけであり、街まで行けば収まってくれるはずだ。ひとまずそこまで行かないとどうしようもない。

 

 そんなふうに考えながら現在地を確認してみると、俺達のいる場所は雪原地帯であり、このまま真っ直ぐ北へ進めば、街へ辿り着けるようになっていた。

 

「まずは街まで行って、転移門をアクティベートしよう。それに宿屋に行けば暖かいはず……」

 

 俺はかじかむ指を動かしてウインドウを閉じると、リランの名を叫ぶ時のように声を上げた。

 

「皆、街はここから北にある! ひとまず、街を目指して進むぞ!」

 

 吹雪に声を混ぜ合わせると、それに答えるように吹雪に混ざって皆の声が聞こえてきた。この雪と寒さの暴力に晒されているとはいえ、やはりここまで上がってきた歴戦の戦士達の集いであるためか、やられてダウンしているような者は1人もいなかった。そんな皆を引き連れて、俺は腕で目元を保護しながら、北方にあるのであろう街へと歩き出した。

 

 

 現実世界の氷雪地帯――南極や北極、オイミャコンと呼ばれるロシア北東部にある超極寒村とまではいかないが、日本の北海道などを思わせる雪の中。日中だというのに薄暗いその世界は、夜になった途端完全なる闇に閉ざされるのは目に見えていた。

 

 このまま夜になるまでここにいてしまったら、闇に閉じ込められてどうにもなくなってしまうだろう。吹雪でこれ以上ないくらいに進み辛いが、とにかくここを出ないと……そう考えていると、吹雪に混ざってリズベットの声が聞こえてきた。

 

「キリト、宿屋にお風呂はあるわよね?」

 

「あるだろ。流石にこんな吹雪が吹く中で風呂が無いのは色々と理不尽だ」

 

「そうだといいんだけど……こういう時こそ温泉に浸かりたくなるわね」

 

 確かにこういう寒いところを通り抜けた後や、ボス戦の後などは温泉に浸かってゆっくりと身体を休めたいと思う事はある。現実にいた時も、かあさんや直葉が「温泉行こう」と言って部屋から俺を無理矢理引きずり出して、そのまま温泉施設などに連れていくなんて事が多々あったため、温泉の気持ちよさというのは俺自身もよく理解している。

 

「そうだな……でも温泉か。そんなものが宿屋にあるのかなぁ。というかリズは温泉に入りたいのか」

 

「当たり前でしょ。これだけ攻略を続けてきてそういう事が無いのはおかしいわよ。そろそろ温泉の1つや2つくらい出て来たっていいでしょが」

 

「いや、その理屈はおかしいよ。けれど俺も温泉とかそういうのに浸かりたい気分ではあるな」

 

 直後、隣から聞き慣れた声――シノンとアスナの声が聞こえてきた。

 

「あなたに同感だわ。私も入れるんなら温泉とか入りたい」

 

「あ、温泉良いね。ユピテルが喜びそう!」

 

 アスナの言葉を聞いたリズベットが目を半開きにする。

 

「アスナ、あんた最近物事をユピテル中心に考え始めてない?」

 

 そんな気は感じていたけれど、俺もちょっとアスナの考え方には賛同できていた。

 

 リランとシノンと出会った時はあまりそうではなかったけれど、ユイが俺達の娘になってからは、どういうところに行けばユイを喜ばせる事が出来るとか、物事をユイ主体に考えるようになったような気がする。

 

「まぁ、子供は可愛いもんな。その気持ちわかるよアスナ」

 

「でも、わたし自身も温泉とかあるなら浸かりたいって思ってる。温泉の気持ちよさはお風呂じゃ味わう事が出来ないもんね」

 

 本を通じて様々な知識を蓄えているであろうシノンが、頷きながら言う。

 

「そりゃそうだわ。温泉の湯には様々な効能が含まれているもの。真水や水道水を沸かしたお風呂で、温泉のような効能を出すのは難しいというか、不可能ね」

 

「確かに風呂はあるけれど、果たしてアインクラッドにそんなものあるのか……」

 

《おい、いつまで話しているのだ、ばや゛ぐ宿屋にゆ゛ぐぞ》

 

 考え込もうとしたその次の瞬間、頭の中にリランの《声》が響いてきたが、その声色はどこか震えているような感じだった。俺達よりも長くて暖かい毛と、鎧のような頑丈な甲殻に包み込まれていも、身体が大きい分俺達よりも寒さを強く感じているのだろう。

 

 それに、吹き付けてくる吹雪のせいで、リランの身体は目以外が完全な真っ白に染まっており、もはや動く雪像のようになってしまっていて、周りの皆も、ほぼ全身を雪に包み込んで人型雪像みたいになっている。これをもしオカルティストが見ようものならば、ビッグフットの群れなどと言い出すだろう。

 

「早く街に行くとしよう。皆、もう少しの辛抱だ」

 

 俺はそう皆に号令を出し、容赦なく吹き荒ぶ吹雪の中を、街を目指して歩き続けた。

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

 

 第1層《始まりの街》

 

 イリスは子供達を引き連れて街中を探し回った。探している対象はイリスからすれば部下であり、子供達からすれば先生の1人であるサーシャ、そして子供達の中の1人であるミナだった。

 

 2人は買い物をするために街に出かけたそうなのだが、昼時になっても帰って来ず、更にメッセージウインドウの現在地を確認してみたところ、2人とも《追跡・探知不可》という不吉な言葉を表示させていた。

 

 《追跡・探知不可》は、クエスト専用のイベントフィールドなどに飛ばされたりした場合のみ出てくるものなのだが、そういうクエストは決まってかなり危険なものに設定されており、到底街中で起こり得るものではない。ましてやそんなものに2人が触れてしまい、イベントフィールドに飛ばされてしまったとは、イリスは思えなかった。

 

 2人は通信妨害エリアに居て、通信が出来なくなっているだけであり、昼時までに戻って来れないのは、街中で迷ってしまったから――そう思っていたのだが、街中を歩いているその中で、これにすらもイリスは疑問を抱き始めていた。

 

(まさかな……)

 

 子供達を数人引き連れて歩くイリスの頭の中には、キリトとの話に出て来た異様なグループ《ムネーモシュネー》の陰がちらついていた。キリトの話によれば、白衣を身に纏い、仮面で顔を隠した《ムネーモシュネー》と名乗る者達は、キリトが率いるギルド、血盟騎士団の者をどこかに誘拐しようとしていたという。

 

 その《ムネーモシュネー》は、ボスであるキリトの妨害により、血盟騎士団の者を捕えるのに失敗した。だから今度は、血盟騎士団の者達よりも遥かに弱い保母であるサーシャ、そしてより弱い存在である子供のミナを捕まえたのではないだろうか。

 

 そしてサーシャとミナが《追跡・探知不可》と出ているのは、《ムネーモシュネー》が通信の出来ない場所に2人を誘拐してしまったからなのではないかと、イリスは考え始めていた。

 

「イリス先生、サーシャ先生とミナちゃん、いませんね」

 

 普通ならば通信妨害エリアなんてものを作り出す事は出来ないし、そういうものが存在している場所も実に限られている。しかし、《ムネーモシュネー》はハラスメント警告を出さないという普通ではありえない行動を起こしていたという。

 

 そこからイリスは、《ムネーモシュネー》はすべてスーパーアカウントと呼ばれる、開発管理者専用のアカウントを使用してここに来ているのではないかという推測を出した。

 

「サーシャ先生とミナちゃん、どこに行っちゃったんだろう」

 

 もしも、《ムネーモシュネー》が本当にスーパーアカウントを使っているならば、通信可能エリアを通信妨害エリアに変える事も可能であろうし、やろうと思えば簡単にプレイヤーを誘拐する事も可能だ。

 

 この事から、サーシャとミナは《ムネーモシュネー》に誘拐されてしまい、通信妨害エリアに連れて行かれてしまったという恐ろしい答えに辿り着いてしまうが、それが最も合理的かつしっくりくる答えだった。

 

「待てよ……!?」

 

 今、この街には教会の子供達全員が数人の保母に連れられて複数のグループに分かれ、この《始まりの街》に展開している。もし、《ムネーモシュネー》の狙いが非力なプレイヤー達にあるのだとすれば、非武装の子供達は格好の獲物、守ろうとした保母達もサーシャの様に誘拐されてしまうかもしれない。

 

 一応両手剣で武装しているストレアもいるけれど、《ムネーモシュネー》が相手では、連れ去られてしまうだけだ。

 

 今更になって気が付いた。子供達は今現在、とてつもない危険にさらされてしまっている。

 

「拙いぞ」

 

「えっ、イリス先生、どうしたんですか」

 

 周りの子供達が不安そうな表情を浮かべている。自分の顔の引き締まり具合から察するに、かなり怖い顔をしてしまっているようだが、イリスはそれを治せなかった。

 

「みんな、私の下から離れるんじゃないぞ。それと残念だけど……ひとまずサーシャとミナを探すのはここでやめておこう」

 

 探しに行こうといった張本人であるイリスがそんな事を言い出すや否、子供達は驚きの声を上げて、更に抗議を始める。

 

「えぇーっ、なんでですか!」

 

「サーシャ先生とミナちゃんいなくなってるのに!」

 

 イリスは空を見上げた。空の色は夕暮れ時の深い赤と藍色に染まっており、薄暗くなっていた。周りを見てみれば夜の稼ぎ時のために、露店を展開しようとしている商人達の姿もある。彼是街中を捜索してかなりの時間が経っているというのに、見つかったという報告もなければ、2人を見つけられていない。

 

 しかも2人の失踪の原因がプレイヤーなのだとすれば、夜はそのプレイヤーにとって最高の条件が整う状況――路地裏に連れ来んで、そのまま通信妨害エリアに引きずり込める。力のない子供や、普段から戦闘慣れしていない女性プレイヤーなんかは、そこら辺の男性プレイヤーよりも簡単に連れ去ってしまえるだろう。

 

 もし、2人がこの街で誘拐されたのであれば、同じような子供と女性がターゲットになる。今、逸れた仲間を探すために街に出ている子供達と女性達ほど、格好の獲物はいないだろう。

 

「2人は……他のプレイヤーに連れ去られた可能性がすごく大きい。そして今、犯人達の狙いは君達や他の先生達に向いているだろう。今、こうやって出歩いてる君達は格好の獲物なんだ」

 

「そ、そんな、おれ達、誘拐されるんですか」

 

 震える瞳をしている茶髪の少年、ケインの言葉にイリスは振り返る。ケインだけではなく、他の子供達もとても不安そうな顔をしており、どこか震えているように見えた。

 その様子を目の当たりにしたイリスは、胸の中に子供達を怯えさせる未知の存在への怒りが込み上げてくるのを感じていたが、それを抑え込んでケインの頭を撫でた。

 

「ここにいる皆は先生が守るから大丈夫だけど……他の皆はひょっとしたらそうじゃないかもしれない。だから今日のところは一旦、教会に引き返そう」

 

 イリスはケインの頭から手を離すと、そのままウインドウを呼び出してメッセージウインドウを展開、他の保母達にメッセージを送ったが、その際に居場所が確認できた事に安堵した。勿論同時に子供達の事も探したが、どの子供も居場所が《追跡・探知不可》になっている事はなく、ちゃんと《始まりの街》とあった。

 

「とりあえずみんな無事か」

 

 ひとまず帰ったら保母達を集めてこの事を話さなければならないし、何よりも迂闊に教会から出る事も出来なくなった事を、そしてこれら全てを纏めて、《ムネーモシュネー》が誘拐を始めた事を、《ムネーモシュネー》を最初に目撃したキリトに話さなければ。

 

 キリトならばちゃんと聞いてくれるし、ひょっとしたらサーシャとミナを見つける方法を一緒に考えてくれるかもしれない――イリスはそんな事を考えながら、子供達を見回した。

 

「他の皆の無事を確認できた。サーシャとミナの事はまた明日探すとして、今日は皆で教会に閉じこもって意見交換だ。いいね」

 

 子供達は少し不満そうな顔をしながら、「はい」と小さく頷いた。イリスは再度周りを見回して、気を張りながら子供達を引き連れ、ひとまず安全地帯である教会への道を歩き出した。

 

(キリト君達は攻略中だったな……夜になったらメッセージしてみるか)

 

 

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

「うぉぉぉすっげぇぇぇぇぇ!!!」

 

 声を張り上げたのは俺の右隣にいるクラインだった。

 目の前がほとんど見えなくなるくらいの吹雪の中を抜けて、何とか街に辿り着いた頃には、まるで嘘のように吹雪が止んだ。そして、その街を目の当たりにした時には、その風貌に攻略組全員が驚く事になった。

 

 穏やかな雪が降り積もっている、木造式のとても懐かしく感じる建物と、それが立ち並ぶ街並み。85層の街は、日本人だけではなく外国人すらも魅了してしまう、日本式の温泉街だったのだ。

 

「ここって、江戸時代がモデルかしら……」

 

 俺の左隣にいるシノンの呟きに頷く。流石にまげを結っている人はいないが、道行く人々の服装は大河ドラマなどで出てくる日本の着物のそれで、看板などの文字も、全て日本語と漢字で書かれているのが見える。

 

 この雰囲気と街並み、街行く人々の様子は完全に江戸時代などの日本だ。

 

「どっちかと言えば、渋温泉郷とかを思い出す風貌だけど……なんというか、この世界に渋温泉郷辺りを持ってきて、時代を江戸時代辺りまで逆戻りさせたような感じね」

 

 シノンの左隣にいるアスナが言う。今まで、クラインのそれのような鎧武者装備や刀スキルとかがあるから、どこかにそれのルーツの地、即ち日本風の土地がこの世界にも存在していると思っていたけれど、まさかそれまでもアインクラッドの中に取り込んであるとは思ってもみなかった。

 

「すっげぇ……まさに俺の聖地じゃねえか!」

 

「あんたの聖地じゃなくてあんたの装備の聖地だって」

 

「すごいわ。こんなところに来れちゃうなんて……」

 

 目を輝かせるクラインに冷静なシノンのツッコミ。しかしその中で、リズベットがクラインと同じように目を輝かせているのが見えて、俺は驚いた。

 

「あれ、珍しくリズが目を輝かせてるな」

 

 その時、リズベットが何かを見つけたような反応を示して、俺達の前方にある建物を指差した。

 

「ね、ねぇあれ、もしかして旅館じゃない!?」

 

 リズベットの指に従って顔を向けてみると、そこにあったのは温かい朱色の光に包み込まれている、雪を被った巨大な建物だった。その風貌は宿屋もしくは特殊な施設に酷似しているように見えたが、マップウインドウを開いたところで、あの建物こそが特殊施設などの機能も内包したこの街の宿屋である事がわかった。

 

「そうだな……どうやらあれこそが、この街の宿屋みたいだな」

 

 その時、アスナの隣に並んでいるユウキが声を上げた。

 

「あっ、見て見て! 宿屋の前に、湯って書いてあるよ! 温泉旅館だよ、あれ!」

 

 今度はユウキの指に従って顔を向けると、ユウキの言う通り、そこにあったのは湯と書かれた看板だった。その右横には所謂《温泉の記号》の文字もあった。

 

「ほ、ほんとだ! 本当に温泉のあるところに来ちゃった!」

 

 その文字を見たのか、リズベットが驚きと喜びが混ざったような、これまで聞いた事のない声を出した。温泉に入りたいと言っていたから、その願いが叶って驚いているのだろう。

 

 実際俺も、まさかリズベットの言った事が本当になるとは思っても見なくて、驚いているのだけれど。

 

「よかったじゃないかリズ。温泉を楽しめるぞ」

 

「え、えぇ!」

 

 俺は振り向いて、攻略組の皆の方に顔を向けた。皆はどこか疲れ切ったような顔をしており、身体中雪だらけだった。その様子はまるで長距離を歩いて、疲れてしまった雪男の集団だ。そんな彼らに、ようやくオアシスが見つかった。

 

「皆、今日は戦いに参加してくれてありがとう。ボス戦パーティはここで解散、自宅に帰って休むなり、作戦会議をするなり、温泉に飛び込むなり好きにしてくれ」

 

 そう言った瞬間、群れを成していた雪男達は雪を散らしながら、一部は転移門の方へ、一部は街中の方へ、一部はリズベットの見つけた温泉旅館目掛けて走っていった。現実ならば、温泉旅館に宿泊するにはそれなりの手続きが必要だけど、このゲームではそう言ったものは一切省かれているから、彼らは受付に話してコルを渡すだけで宿泊でき、温泉に飛び込む事が出来る。

 

「団長」

 

「キリト」

 

 皆を見送った直後、耳元に聞き慣れた4種類の声色による声が聞こえてきた。振り返ってみれば、そこにあったのは今回のボス戦でもよく戦ってくれたアルベリヒとディアベル、クラインとエギルの姿だった。

 

「団長はこれからどうなさるんですか」

 

「俺はこれからあそこの旅館に行く。一緒に居る皆も疲れてるみたいだしな。お前らはどうするんだ」

 

 アルベリヒが苦笑いしながら言う。

 

「僕は自宅に帰って休もうと思います。温泉旅館は、また今度にさせてもらいます」

 

「そうか。まぁ確かに無理に温泉に浸かれとは言ってないからな。クライン達は?」

 

 クラインは目を輝かせていた。周りを見てみればクライン率いる風林火山の全員が、同じように目を輝かせている。

 

「俺達は勿論、ここを練り歩くぜ。ここは俺達の装備の聖地だ、もっといいものも沢山あるだろうしな! あ、勿論温泉だって入るし、今日はこの層に泊まるぜ」

 

「なるほど。確かに品ぞろえは良さそうだ。ディアベルとエギルはどうする」

 

 ディアベルが周囲を見回しながら答える。

 

「俺もクラインに同意するよ。皆と一緒に街をある程度歩いてから、旅館に行く」

 

「俺は店の方に戻るぜ。アルベリヒと同じで、自宅の方が居心地がいい」

 

「わかったよ。それじゃあお前達とはここで解散って事だな」

 

 その直後、俺は何かに腕を掴まれているような感じを覚えた。驚きながら目を向けてみると、そこには俺の腕をがっしり掴んでいるリズベットの姿。

 

「当然、キリトはこのまま温泉に直行よね?」

 

 笑顔で俺に言うリズベットだが、腕を掴む力はかなり強くて、離してくれそうにない。

 

「というか、無理矢理にでも連れていくつもりだろ」

 

「ったりまえじゃん」

 

 俺は顔を押さえながら溜息を吐いた。リズベットにここまで掴まれていては、もう温泉旅館に行く以外の選択肢はないのだろう。だけど、流石に俺達だけで入るわけにはいかない。

 

「わかったよ。でもその前に、ユイとかリーファを連れてこないと」

 

「そうだ、わたしもユピテルを連れてこないと!」

 

 リズベットが何かに気付いたような顔になる。

 

「あぁそっか。せっかくだからシリカとフィリアも呼んでおこうかしら。あの子らも温泉入りたさそうだし」

 

 温泉に入りたそうな人達の名前が次々上がる中、シノンが声をかけてきた。

 

「ねぇキリト。せっかくだからイリス先生とストレアも呼びましょう」

 

 シノンが恩師と温泉に入りたいと思うのはわかっていた。しかしイリスは教会の子供達の面倒を見るのに精いっぱいで動けなさそうだし、何よりイリスを動かそうとすると教会の子供達と保母達全員が付いてくる事になる。

 

 それがいっぺんに温泉旅館に来るとなれば、修学旅行のようにいっぱいになってしまうだろう。勿論、俺達が泊まるスペースとかは全部消えそうだ。

 

「イリスさんも呼びたいところだけど、イリスさんは教会の事で忙しいだろうし、仕事の邪魔になってしまうだろう。今日のところは俺達だけで楽しもうぜ。温泉は逃げたりしないしさ」

 

「……なんかイリス先生に悪い気がする」

 

 少しがっかりしているシノンの肩に、アスナが片手を置く。

 

「シノのん、今はわたし達だけで楽しんでおこうよ。イリス先生だって出れる時はあるだろうから、その時一緒に入ればいいわ」

 

「それもそうね……」

 

 直後、雪まみれになっているリランが俺の肩で悲鳴を上げるように言った。

 

《いつまで話しているのだ。早く温泉に行くぞ!》

 

「あぁはいはい。それじゃあ温泉に入るのは早い者勝ちって事にするぞ。それまで各員それぞれの場所に行って準備をするように。解散だ!」

 

 その言葉を皮切りに、ボス戦を攻略するために集まっていた戦士達は、それぞれの場所へと向かって行った。




次回次々回は温泉回。

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