キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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15:少女達の湯浴み

           ◆◆◆

 

 

 

 ボス戦を終えた私達は、85層の温泉旅館にやってきた。もっとも、この旅館を見つける前から温泉に入りたいと言っていたのはリズベットだったから、ほぼほぼリズベットの要望に応えるためにこの温泉旅館に宿泊したのだけれど。

 

 それでも私やアスナ、ユウキやユイと言った様々な人達が温泉に入りたがっていたから、ここにこうして宿泊し、温泉に入るというのは、好都合だった。実際家で待ってたユイや、リズベットが呼びに行ったシリカやフィリアも温泉に入りたいって言ってたし。

 

 そうして温泉に浸かる事を最速で決めた私達は、それまで一緒に行動していたキリトと別れて、旅館の最東端にある女湯に向かった。

 

 まるで江戸時代か明治時代の大型旅館にタイムスリップして来たかのような、日本人にとってこれ以上ないくらいに居心地のいい空間、現実世界では味わえないような空気感と雰囲気。そんな宿屋の内装を心地よく思いながら歩いたところ、歩き始めてから3分程度で女湯に辿り着いた。

 

 女湯と白い色で書かれた赤紫色の暖簾(のれん)を潜り抜けてみると、そこにあったのは、既に湯に入ろうとしている女の人達が集まっている脱衣所だった。

 

「あぁー、なんかこんな風景を見るのもすごく久しぶりな気がする」

 

 脱衣所に来た時点で、もう温泉に入っているかのような気分のリズベット。確かに私も、温泉なんて高校に入ってからは1度も行った事が無かったから、すごく久しく感じる。いや、ひょっとしたら私が温泉に入った回数なんて、本当に数えられるくらいかもしれない。

 

「うっはぁ。まさに温泉の中って感じがするね」

 

「見取り図にあった通りなら、ここが脱衣所で、奥の扉が大浴場、外にあるのが巨大露天風呂のようですね」

 

 とても嬉しそうにしているユウキと、ピナを連れて周囲を見回しているシリカ。

 

「ねぇねぇ、早く入りましょうよ! せっかく来たんですから、時間がもったいないです!」

 

「そうだよそうだよ! 早く入ろうよ!」

 

 ユウキと同じように燥いでいるリーファとフィリア。

 ここにはいつも集まる女の子達全員が揃っているけれど、私が加えたいって思っている人はいない。でも、それはなんだか、皆の事を見ているとどうでもよくなってきた。

 

 その人とは、また入れそうな気がするから――そんな事を考えていると、私の足元付近から声が聞こえてきた。

 

「ママ、早く入りましょうよ」

 

 目を向けてみれば、温泉に入ると聞いてとても喜んでいた私の娘、ユイの姿。頭にはキリトから預かってきたリランがちょこんと乗っている。リランもさぞかし温泉に入る瞬間を楽しみにしているかのように、目をキラキラとさせている。

 

「そうね。さっさと湯を堪能しましょうか」

 

 そう言って私は皆と一緒に脱衣所の奥まで行き、装備ウインドウを呼び出して、衣服全解除、下着全解除、髪型解除を選択して、身に着けているもの全てを脱いだ。周りを見て見れば、集まっている全員が私と同じように装備品を全て外して、いつでもお風呂に飛び込めるようになっていた……が、その時私はアスナの隣に目を向けて驚いた。

 

 まるで雪の肌のように白く、腰まで届くくらいの長い髪の毛と前髪で顔を隠し、胸元までしっかりバスタオルを巻いている、もう幽霊にしか見えない女の子が、いつの間にか裸のアスナの隣に現れていた。日本と言えば妖怪やおばけが盛んだけど、まさか幽霊が出るなんてものまで採用してるの、ここは。

 

「ちょ、アスナ、隣! なんか幽霊みたいな女の子が!」

 

 すかさず知らせると、アスナは顔を真っ青にして周囲を見回した。そういえば、アスナは幽霊とか大っ嫌いな人だったっけ。

 

「ゆ、ゆゆゆゆ、ゆうれ、ゆううれ、幽霊!!? どこ、どこどこどこ!?」

 

「ほ、ほら、あんたの足元に……!」

 

 周りの皆が幽霊の出現に驚く最中、幽霊の女の子はゆっくりと周囲を見回し始める。

 

「……幽霊? 幽霊って、どこに?」

 

 幽霊から発せられた声で、私達は思わずきょとんとした。幽霊から聞こえてきた声色は、とても聞き慣れたものだったような気がする。それこそ、数分前まで聞いていたようなものだ。

 

「この声って……」

 

 ここまで来るのに聞いた声は、アスナ、リズベット、リーファ、フィリア、シリカ、ユウキ、ユイ、リランといったこの場に集まる全員だけれど、このどれにも今の声色は合致していない。でも、聞き覚えはしっかりある。

 

 いったい誰の声だっけ――思い出そうとしたその時に、幽霊の女の子が前髪をくっと掴んで、そのまま横へずらした。そして、見えた女の子の顔に私達は驚く事になった。

 

「えっ」

 

 女の子の顔は、アスナの子供になったユピテルの顔と完全に同じだった。その証拠に、ユピテルと同じ青色の瞳が脱衣所のほのかな光を受けて光っている。それによくよく見て見れば、髪の毛の色もユピテルと同じ銀色だ。

 

「あれ……ちょっとあんた、もしかしてユピテル!?」

 

 リズベットの問いかけに、ユピテルらしき子供は頷いた。

 

「そうだけど? どうしたのリズ姉ちゃん」

 

 基本、年上の女性の事を姉ちゃん付けで呼ぶユピテルは、リズベットの事をリズ姉ちゃんと呼ぶ。――間違いない、その呼び方をしているこの子は、ユピテルだ。

 

「えぇ!? ゆ、ユピテル君!?」

 

 シリカが驚いたような顔をすると、ユピテルはそこへ顔を向けて、頷いた。

 

「そうだけど……」

 

 ユウキが驚きの声を上げる。

 

「え、えっ、ユピテル、ユピテルなんで!?」

 

 その言葉を聞いて、アスナは溜息を吐いて、安心したような顔をした。

 

「な、なぁんだ。ユピテルだったかぁ」

 

「いやいや、そうじゃないよアスナ。なんでユピテルが一緒なの?」

 

 フィリアの問いかけに、アスナは首をかしげる。

 

「ユピテルはずっと一緒に居たよ。キリト君と別れたあの時からずっと……」

 

「えぇっ、アスナさん、ユピテル君をここまで連れて来ちゃったんですか!?」

 

 リーファからの問いにもアスナは頷く。

 

「そうだけど? だってユピテルを男湯に行かせたくなかったんだもん」

 

 今男湯には、ユイといつも一緒に居る事により、子供の扱いにも世話にも慣れたキリトがいる。ユピテルが男湯に行ったとしても、キリトが面倒を見てくれるから、問題はなかったはず。

 

「男湯にはキリトがいるから、大丈夫じゃないの。キリトの安全性なら私が保証出来るわ」

 

「そうじゃないんだよシノのん。まぁ確かに、男湯にいるのがキリト君だけだったなら、私だってユピテルをキリト君に預けて、男湯に行かせてたわよ。でもね……」

 

 アスナは脱衣所の入り口の方に顔を向けた後に、私の方へ向け直した。

 

「実は廊下を渡ってる最中、振り向いたらキリト君の背後に、クラインさん、エギルさん、ディアベルさんの姿があったのよ。多分皆、温泉にいち早く入りたくなって、戻って来たんだろうね。エギルさんはしっかりした大人だし、ディアベルさんもしっかり者だから、ユピテルを任せても大丈夫だとは思うんだけど……」

 

 そこで、私はアスナの言いたい事がわかったような気がした。確かにエギルは商人をやれるだけの人情もあるちゃんとした大人だし、ディアベルは聖竜連合のリーダーをやれるほどの器のある人だから、ユピテルを任せても大丈夫だとは思う。

 

 だけど、問題はそのうちの1人であるクラインだ。クラインはキリト曰く下心丸出しの時があり、ユピテルと一緒に居させようものなれば、ユピテルに余計な知識を植え付けてしまって、いたずらや、大人がやればセクハラ行為になりそうな事を、やってしまうようになりかねない。

 

 しかもユピテルは色んな事を知らない、文字通りの育ち盛りの子供だから、そういう事を悪い事だと認識できない危険性も孕んでいるし、育て方次第では下心丸出しの少年になってしまうかもしれない。これを防ぐために、アスナはここにユピテルを連れて来たんだ。

 

 多分、ここに仮にイリス先生がいたとしても、先生はアスナにユピテルをここに連れて来させただろう。私の考えがまとまった頃、どうやら皆も私と同じ事に気付いたらしく、声を合わせて「あぁー」と言って、どこか納得したような表情をしていた。

 

「なるほどね……男湯にいるのがキリト、エギル、ディアベルならいいけど……」

 

「クラインさんだったら、間違いなくスケベな事教えますよね……」

 

 リズベットとリーファの言葉を受けて、アスナは頷いた。

 

「そういう事。流石にユピテルにそんな事は教えたくないしね。だから皆、ユピテルも私達と一緒なんだけど……大丈夫?」

 

 私はユピテルの方に顔を向けた。ユピテルは私が女の子の幽霊と間違えるくらいに、今の姿はユイくらいの女の子によく似ている。これなら他のプレイヤーにも女の子と間違えられるため、騒ぎを起こされる危険性はないだろう。タオルを取らない限りは。

 

「というか、ここまで連れて来ちゃったならもう、入らせるしかないね。今更追い出すわけにもいかないし……」

 

 フィリアが苦笑いしながら言うと、続けてシリカがユピテルに言った。

 

「ユピテル君、今日はキリトさんとかいなくて、あたし達だけだけど、大丈夫?」

 

 ユピテルは私達をぐるっと見回した後に頷き、笑んだ。

 

「平気だよ。だってかあさんとみんながいるから」

 

 どうやらユピテルは私達と一緒でも構わないらしいが、その態度に私達は思わず戸惑った。

 今、私達はお風呂に入るために裸になっているけれど、ユピテルがいつもの私達を見ている時と全く変わらない顔と態度をしている。

 

 ――ユピテルは男の子だ。男ならば、これだけの女の人の身体を見れば、本能的に興奮したり、ドキドキしたりするはずだけど、ユピテルには全くその様子がない。それが私達人間から見て、とても不自然というか、大きな違和感を感じる事柄だった。

 私はそっとユイの頭に乗っているリランに顔を向ける。

 

「……無垢過ぎでしょ、この子」

 

《ユピテルはキリトやクラインの様な下心が無いのだ。気兼ねせずに入れるぞ》

 

 ユウキが私に小声で話しかけてきた。

 

「というよりも、ユピテルってボク達と日常的にお風呂に入ったりしてるから……女の人に慣れきっちゃってるのかも」

 

「あんた達、そんな事してたんだ……」

 

 まぁ、ユピテル自身イリス先生っていう女の人が作って育てたAIなうえに、元々女の人を癒すために作られたようなものだから、女の人に興奮したりしないようになっているのかもしれない。……それはそれで、どこか不気味に感じるけど。

 

「まぁいいわ。皆もユピテルを拒否してないみたいだし……早く入るとしましょうか」

 

 私の言葉に皆は頷いたのを確認すると、私は皆を引き連れて脱衣所の奥へ向かい、戸を開けて浴場に入り、そこを通り過ぎて露天風呂に向かった。

 

「うっわ、大きなお風呂!」

 

 外への扉を開けた私達の目に映ったものは、驚くべきものだった。大型露天風呂と聞くから、かなり大きな風呂なのだろうとは思っていたけれど、まるで小さな湯の湖を思わせるくらいに広大だった。入口から目を凝らしても最奥部が見えず、真っ白い霧のような湯気に包まれて、とても幻想的な雰囲気が漂っている。

 

 他のプレイヤー達の姿もあるけれど、それをすべて合わせても尚スペースが余りまくっていて、余裕を持ってはいる事が出来そうだった。

 

「ちょ、ここまで大きいのは想像してなかった……!」

 

 リーファの言葉に思わず頷く。こんなに大きなお風呂を想定するのは、誰も出来なかったようだ。当然、私もその1人。

 

「すごいです……おうちのお風呂が、とても小さく感じます……」

 

「そ、そうね……と、とりあえず入りましょうか」

 

 ユイの言葉に頷いた後に、私は湯の中に足を踏み入れた。とても暖かくて気持ちいい温度に心地よさを感じながら歩いて、奥の方まで行ったところで、私達は腰を下ろして、ほぼ全身を湯に浸からせた。

 

「んん――ッ!」

 

 お湯の温度はこれ以上ないくらいに丁度良くて、火山地帯の後の氷雪地帯でぼろぼろになった身体を一気に癒し始めた。まるで身体中の疲労が取り去られて、温もりに包まれていく快感に、思わず声が出た。

 

「これこれぇ……これを待ってたぁ……」

 

 温泉に入りたいと一番最初に主張していたリズベットの、気の抜けた声が耳元に届く。リズベット達は2年間もこういう場所から遠ざけられて生きて来たから、こういうところに巡り合えたのは、涙が出るくらいに嬉しいのだろう。

 

 周りに目を凝らせば、この場にいる全員が、リラックスしきった表情で湯に身体を浸からせている。その中には、リランの姿もあった。

 

《実に、いい湯であるな……》

 

「リランはいっつも頑張ってるから、効くでしょ」

 

《効果は抜群だ》

 

 アスナに頷くリラン。リランは普段から大きくなったり小さくなったりしてる上に、戦闘マニアのキリトと一緒に居るから、いつも戦闘に駆り出されている。彼女は竜だから私達より色んなものが強いけれど、私達と同じ人間だったならばもうへとへとで動けなくなっているだろう。そんなリランの疲労さえも、この湯は癒してくれているようだ。

 

「私も、こんなにいい湯に入ったのはいつ以来だったかしら……ずっと温泉なんて行った事が無かったから……」

 

 思わず呟くと、リーファが何かを思い付いたように言った。

 

「あっ、そうだ。ならこのゲームが終わって一段落付いたら、みんな揃って温泉に行きましょうよ。あたし、そういうところ知ってるんです」

 

「あぁ! いいねそれ! 現実でもこうやってみんな揃って温泉行きたいね!」

 

 フィリアの言葉に頷くが、私は胸の中にこれまでにないくらいの喜びが込み上げてきているのを感じていた。これまで真面な友達なんていなかったし、ようやくできた友達が、ここにいるみんなだ。

 

 これまで手に入れる事の出来なかった友達であるみんな。そんな人達と一緒に出かけたり、こうやって温泉に入ったりしたら、きっとそれはこれまでにないくらいに心地よくて、楽しいものになるのだろう。――それを考えただけで、胸の中が強く弾んだ。

 

「私も賛成だわ。みんな揃って、そういうところに行きたい」

 

「うん。現実に帰っても、一緒にこういうところに行ったりできたら、すごく楽しいと思う。そのためにも、現実に何としてでも帰らないとね」

 

 リズベットの言葉を聞きながら、みんなの事を見まわしたその時に、私はある事に気付いた。リズベットの隣に腰を下ろしているアスナが、どこか曇ったような表情を浮かべて下を向いていた。まるで、何か悲しい事を考えているようにも見えなくもない。

 

「アスナ、どうしたの」

 

 アスナは顔を上げてハッとし、やがて首を横に振った。

 

「ご、ごめん。寒いところから急に暖かいところに入ったせいか、ちょっと頭がふらついただけ。でも、今は治ってるから、大丈夫」

 

「そう? ならいいんだけど……」

 

 そのままアスナの隣に目を向けて、私はもう一度首を傾げた。ユピテルが不思議そうな表情を浮かべたまま、何かを探しているかのように、私達の事をきょろきょろと見回していたからだ。

 

「あれ、ユピテルどうかした?」

 

 ユピテルは答えないまま、私達の事を見まわし続ける。子供のそれを不審に思ったのか、母親であるアスナが声をかける。

 

「ユピテル? どうかしたの」

 

「みんな……違う。かあさんとも、違う」

 

 ユピテルの口から漏れた言葉に、みんなで首を傾げた。私達の事を見て、違うと言っているけれど、一体何が違うと言うのだろう。というか、違う事が多すぎて全くわからないし割り出せない。

 

「違うって、何が?」

 

 シリカが声をかけると、ユピテルは隣にいる母の身体に顔を向けた。突然子供の視線を受けたアスナは、不思議がっているような顔をしてユピテルに言葉をかける。

 

「どうしたの、ユピテル」

 

「……」

 

 ぱしゃ、という水音を立てながらユピテルは右手を伸ばし、そのまま――アスナのある部分に手を当てて、私達を驚愕させた。ユピテルの触っている部分は、アスナの胸だったのだ。

 

 いきなり胸を触られて、顔を赤くして驚くアスナ。

 

「ちょ、ゆ、ユピテル!?」

 

「みんなの胸、大きさが違う」

 

 そこでようやく、私達はユピテルの言っていた事を理解した。ユピテルが見ていた部分は、ここにいる全員の胸。その大きさの違いを不思議がっていたのだ。その衝撃に、私達全員が瞠目する。

 

「も、もしかしてあんたの気にしてた違いっていうのは……」

 

「む、胸?」

 

 その時、リランが何かに気付いたかのように、《声》を送ってきた。

 

《いや、どうやらユピテルが気にしているのは、《個体差》のようだ》

 

「個体差?」

 

《そうだ。女の胸部は男にはない。ユピテルはこの中で唯一の男……自分にないものが皆にあり、尚且つその大きさがすべてばらばらである事が気になっているらしい》

 

 リズベットが目を半開きにしてリランを見つめる。

 

「ただ単に、胸揉みたいだけなんじゃないの?」

 

《普通ならそう思うかもしれないが……あいつの目は探究心の目だ。邪な気持ちはない》

 

 私はユピテルの方にもう一度顔を向ける。

 確かにユピテルはアスナの胸をじっと触っているけれど、その目の光は何か興味深いものを見つけた時の子供のそれと完全に同じものだった。

 

 私達からすればこれ以上ないくらい恥ずかしい事だけど、知識欲旺盛なユピテルからすれば、新しいものを見つける事が出来たという快挙なのだ。

 

「でも、なんでよりによって胸なのよ」

 

《一番個体差が出る部位だからだろう。髪の毛や顔などは普段から見ているから、個々に違うものとして見ているが、胸はこうやって服を脱がないとわからないからな。アスナとユウキの大きさが違うとは認識していたが、それ以外にまでこれほどの違いがあるとは、知らなかったのだろう》

 

 明らかに高みの見物をしているリラン。リランの身体はほぼ全身が甲殻に覆われているから胸とか腹とか関係がないし、そもそもドラゴンだから私達のような大きな胸とか持ってたりしない。

 

「他のみんなはどうなんだろ」

 

 アスナから手を離したユピテルの目が向くと、全員でぎょっとした。ユピテルは今、私達の胸を狙っている。そう、アスナの胸とどんなふうに違うのかを知るために!

 その事実に気付いたアスナはさっとユピテルの身体に手を伸ばし、そのまま抱き締める形でユピテルの身体を拘束した。

 

「だ、駄目よユピテル!!」

 

「え、なんで?」

 

「男の子の貴方が、そんな事をしたら駄目なの! こうやって胸を触るのは、みんなが嫌がる事なの! みんな、男の子に触られるのは、嫌なのよ! だから、かあさんはいいけど、やっちゃ駄目なの!」

 

 そうだ。流石にアスナとユウキは、普段からユピテルと一緒に居るから大丈夫なのだろうけれど、ここにいるみんながそういう気持ちを持っているとは限らない。それにアスナが躾ければ、ユピテルはそういう事をやめるから、もう大丈夫――

 

「アスナさん、思い出したんですけれど、この前から預かっていた、イリスさんからの伝言です」

 

 突然口を開いたユイに、アスナは顔を向ける。

 

「え、なに?」

 

「『ユピ坊は一度リセットをかけられているから色んな事を気にする。きっとみんなの個体差とかを気にするだろうから、お風呂とかに入ったらまずみんなの身体を気にするだろう。みんなの個体差とか感触の違いとかを気にし始めたら、他のプレイヤー達に迷惑がかからない程度に、ユピ坊の知識欲のままにさせてもらいたい。知識欲の解消をする事で、またユピ坊は成長し、進化できるだろう。

 

 なお、知識欲は彼の本能だから、無理矢理抑え込もうとするとエラーを起こしてしまいかねないうえに、下手すればエラーだけではなく、私の知るアニメ映画に出て来たハッキングAIみたく知識欲のまま暴走してしまいかねない。だいたい7つくらいのパターンを知れば満足するだろうから、周りのプレイヤー達に被害を出したくないなら、女の子みんなで処理するように』だそうです」

 

「ユイ――――――――――――――ッ!!?」

 

 思わず大声を出して驚いてしまった。そういえば前、イリス先生がユイに何かを吹き込んでいたような気がしていたけれど、まさかそんな事だとは思ってなかった。

 

「ので、ここでユピテルの知識欲を抑え込んでしまったら、エラーを起こして壊れてしまう可能性もありますし……」

 

 ユイに続いてリーファが呟く。

 

「ユピテル君が暴走して、ここアインクラッドの1000人以上のお姉さんのおっぱいというおっぱいを揉んで歩く恐るべきモンスターになってしまうかも……」

 

 流石にそんな事があったらアインクラッドはマーテルの時よりもすごい混乱に包まれてしまうだろうし、保護者であるアスナもとんでもない目に遭うになりそうだし、何よりイリス先生がとんでもない事をしてくれたという事で、アスナに恐ろしい目に遭わせるだろう。

 

「うううううう……」

 

 今にも泣き出しそうな顔をしているアスナ。もしここでユピテルを止めればユピテルが壊れる危険性が出てくるし、暴走の危険性が出てくる。でも、ここでユピテルを解き放てば、この場にいる全員が胸を触らせるだけでも済む。

 

「あ、アスナ……」

 

 何だか不満そうな顔をしているユピテルの顔を見ながら、リズベットが声をかける。

 

「えっと、アスナ、どうすんの。このままだとこの子……」

 

 アスナはそのまま頭を下げた。

 

「ごめんみんな……どうか、目を瞑ってほしい……元々この子は壊れてた子だから、これ以上壊れたら……」

 

 ユピテルがユピテルでなくなってしまいかもしれない。こんな事が、ユピテルを失う事に繋がってしまうとは思えないように思えるけれど、実際相手はAIでありプログラムであるから、私達人間では考えられない事も起こり得てしまう。

 

「……仕方がないわね。アスナ、ユピテルの好きにさせてやりなさい」

 

 周りのみんなの注目が私に向く。

 

「ただしユピテル。ここでやった事は誰にも言わない事。ここだけの事にするって約束しなさい。もしここでやった事を誰かに喋ったなら……その時はかあさんの料理をもう食べられなくなると思いなさい」

 

 ユピテルは私の方をじっと見つめていた。きっとこの言葉の意味は理解できているのだろう。

 

「それが約束できるなら……貴方の好きにしてもいい。誰も文句を言わない。出来る?」

 

 ユピテルは下を向き、湯に映った自分自身を見つめた後に、顔を上げて頷いた。

 

「……約束する」

 

「本当に?」

 

「出来る」

 

 私はアスナの方に顔を向けた。

 

「これは本当?」

 

「ユピテルは約束事は必ず守るわ。だから大丈夫だとは思う」

 

 私は息を吸って吐き、周りのみんなに言った。

 

「……というわけで、ユピテルもしっかり約束してくれたし、みんなでお腹を括りましょう」

 

 みんなはぎこちなく頷いた。




ラッキースケベのユピテル君。

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