キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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17:圏内奇怪事件Ⅰ

           ◇◇◇

 

 

 ボス戦を終えて85層の街の宿に宿泊した翌日の朝、俺達は比較的大きな部屋で朝食をとっていた。出て来た食事は、ご飯、味噌汁、鮭の切り身、ちょっとした小鉢料理、お茶と言った温泉旅館のそれを思わせる、まさに和を追求したメニューだった。

 

 シノンの作ってくれる料理は最近洋に偏りがちだったが、やはりしっかりと作ってくれる上にこれまた美味しいから文句は言わなかったのだが、やはり和食が食べたいという欲求が溜まっていたのか、出て来た日本食を口にした途端、胸の中に感動が突き上げてくるのを感じた。

 

 その時にシノンとユイ、リランも一緒だったのだが、運ばれてきた和食を目の当たりにしたシノンが「何だか久しぶりに和食を見た気がする。今度からは朝食は和食にしようかしら」と言い出したものだから、彼女自身も洋食ばかり作りすぎていたという事を自覚していて、和食を作ってくださいと言ってもよかった事に俺は気付き、その場にひっくり返りそうになった。そして、そんな変なアクションを突然起こした俺は、やはり家族に変な目で見られる事になった。

 

 そんなふうに楽しい家族の時間を過ごしていたその時、突如俺達の使っている部屋にアスナがやってきた。遊び感覚で俺達の事を見に来たのかなと思って招き入れたが、その時のアスナの顔を見て、俺達はアスナがそんな思いを抱いてここに来たわけではない事を悟った。――アスナの顔は、とても不安そうな表情を浮かべて、今にも泣き出しそうだったのだ。

 

 MHCPの本能に駆られたというべきなのか、ユイがアスナに事情を尋ねたところ、アスナは素直に起きた事を話してくれた。

 

「――というわけなんだ、キリト君」

 

 アスナによれば、昨日の夜中にユピテルが突然痙攣のような症状を起こして、2人を起こしたという。何事かと驚いたアスナがユピテルに声をかけても全く反応せずに、ユピテルはただ痙攣を続けたそうだ。そして痙攣が収まった頃、原因を尋ねようとするアスナの気持ちを跳ね除けてユピテルはアスナに抱き付いて泣き、そのままアスナの胸の中で眠ってしまったらしい。

 

「そんな事があったのか……」

 

 呟く俺に、シノンが腕組みをしながら続ける。

 

「でもそれって、何か変じゃないかしら。ユピテルってユイやリランと同じAIでしょ。AIが痙攣なんて症状を起こすの?」

 

「わたしも最初はそう思ったんだけど……でも、ユピテルはあの時すごく苦しんでたの」

 

「今、ユピテルはどうしてるんだ」

 

 俺の問いかけを受けて、アスナは隣の部屋の方へ顔を向ける。

 

「ユピテルはまだ眠ってるわ。いつもの時間になっても起きてくれなくて……勿論声掛けもしたんだけど……」

 

 その時、ユイが何かに気付いたような顔になり、アスナに声をかける。

 

「もしかしてそれは……カーディナルの異変ではないでしょうか」

 

「そうそう、わたしもそれを考えたのよ。イリス先生が教えてくれた、カーディナルの事を……」

 

「カーディナル? 何でそこでカーディナルの話が出てくるんだ」

 

 ユイはリランによってカーディナルから切り離されたため、カーディナルに何かあったとしても平然としていられるが、他のAI達――リランやユピテルを含めた――は、カーディナルシステムに繋がれているのとほとんど同じ状態で存在しているため、カーディナルに何かあれば、その異変を直に受ける事になるという。

 

「つまり、ユピテルが異変を起こしたのは、ユピテルがお前と違ってカーディナル管理下にいるAIだからって事か」

 

「そうなります。覚えていますか、わたしがパパとママと出会った翌日に第1層に赴いた時、わたしが起こした症状を……」

 

 ユイとの思い出はこれまで作ってきた思い出のどれよりも強く残っている。それこそ、初めて出会った時の事やその翌日の事なんかは昨日の事にように思い出せるので、あの時のユイの不調の事を、記憶の本棚に埋まるアルバムから引き抜くのは簡単だった。

 

「そういえばあの時のユイも、激しく痙攣してたな……」

 

「えぇ確かに。それでイリス先生のところに運んだんだっけ」

 

 いや、ユイだけではない。あの時は確か、リランも不調を起こしていたような気がする。

 思い出した俺は、隣でアスナの話を聞いているリランに声をかける。

 

「リラン、確かお前も、あの時何かしらの不調を起こしたりしてなかったか」

 

 あの時よりも遥かに強そうな姿へと変貌を遂げた小さき狼竜は、上を見ながら《声》を送り返してきた。

 

《覚えておるぞ。あの時は我もどうにかなりそうだった。しかし我は昨日何も感じなかったぞ》

 

 リランとは今の今まで、同じ部屋、同じ布団にくるまって眠っていたが、リランが大声を上げて異変を起こしたりするような事はなかったし、平然と眠っていた。朝起きた時も、枕元で普段通り眠っていたし。

 

「リランの言う通りだ。リランは俺と同じ布団で寝てたけど、ずっといつもの調子だったぞ」

 

 シノンとユイが続けて頷く。

 

「私もリランに起こされるような事はなかったわ。朝起きた時にはキリトの枕元でぐっすり眠ってたし……」

 

「わたしは物音に敏感な方なので、何かあればすぐに起きられますが、昨日はぐっすり寝る事が出来ました。リランさんに、特に問題はなかったみたいですよ」

 

 ユピテルが異変を起こしたならば、ユイとリランも起こしたはずだという考えを打ち砕かれたアスナが、戸惑ったように2人を見つめる。

 

「という事は、おかしくなったのはユピテルだけだっていうの」

 

「そうなるな……でも今までユピテルは元気だったよな。突然そんなふうになるなんて有り得るのかな」

 

「わたしもわからないよ。だって昨日寝るまで元気だったのよ? それなのに夜になって突然……」

 

 俺達はただのプレイヤーでしかないので、プログラムであるユピテルの事はわからない。だが、そんな俺達に沢山の知恵を授けてくれるうえにシノンの専属医師であり、ユピテルとユイの開発者でもある協力者が1人俺達の仲間にいる。

 

 まるで便利百科事典のような人の姿を、俺は頭の中に思い描き、やがて口にした。

 

「この辺りの事は俺達ではどうにもならない事……頼ってばかりだけど、イリスさんのところに行ってみるとするか」

 

 シノンが一番最初に頷いてくれた。

 

「えぇ。ユピテルを作ったのはイリス先生だし、カーディナルシステムの事とかにも詳しいからね。というかアスナも、最初からその気だったんじゃないの」

 

 アスナは苦笑いした後に、ぎこちなく頷いた。

 

「うん。キリト君達にひとまず相談してから、ユピテルと一緒にイリス先生のところに行こうって思ってた。やっぱりこういう時はイリス先生に頼るしかないから……」

 

 イリスは子供達をまとめる存在であるし、何より子供達に人気の人だ。行ったところで子供達に跳ね返されてしまうかもしれないが、ユピテルという我が子のような存在の危機とあれば、話を聞いてくれるはずだ。

 

「わかった。9時になったらここを出て、イリスさんのところへ行こう。今日の攻略は欠席して、アルベリヒとかクライン辺りにやってもらおう」

 

 俺の言葉にアスナが頷くと、リランが付け加えるように言った。

 

《ユピテルはまだ不安なはずだ。起きる前に傍へ戻ってやった方が良い》

 

 アスナは頷き、俺達に礼を言って部屋を出ていった。

 予定を組んだ事を把握した俺達はそそくさと食事を終えて、部屋に戻った。

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

 アルベリヒ、クライン、ディアベルと言った攻略をガンガン進めていく者達に攻略を任せて、俺、シノン、アスナ、ユイ、リラン、ユピテルは転移門を潜って第1層《始まりの街》にやってきた。イリスと出会ってからはすっかり見慣れてしまった風景、普段通りの賑わいの中を抜けつつ、イリスのいる教会を目指して進んでいたが、その途中で、俺達は街に起きている異変に気付いた。

 

 道行く人々があちこちで話をしており、耳を傾けてみれば、どれも「教会がどう」「教会であぁ」という、教会に絡んだ話をしていたのだ。

 

 その教会に向かおうとしていた俺達は途中で立ち止まり、周囲を見回したが、やはり聞こえてくる言葉にはすべて教会という単語が含まれていた。

 

「なんだ、なんで教会の話なんかしてるんだ……?」

 

「何かあったみたいね。ちょっと聞いてみるわ」

 

 シノンが女性プレイヤーが3人ほど井戸端会議のように話をしているところを見つけて、その中に近付き、声をかけた。シノンの後を追って俺達もまたその中へ入り込む。

 

「何かあったんですか」

 

 シノンの問いを受けた、女性プレイヤー全員がこちらへ振り向き、やがてその1人がシノンに言った。

 

「何だか教会の方で騒ぎがあったみたいなの。ほら、子供達が沢山いる教会よ」

 

 その言葉を聞いた俺達は一斉に、小さく驚きの声を上げる。子供達の沢山いる教会と言えば、イリスと保母達が経営する教会以外に何ものでもない。

 

「そこって……」

 

「イリス先生の教会だわ。イリス先生がいるのに、何があったっていうの」

 

 イリスは知識が豊富な上に、子供達を守る義務を負っているためなのか、険の腕前も攻略組に引き入れたくなるくらいに強いものだ。それがあるから、イリスの教会、そしてその子供達には誰も手を出さないのだ。

 

 そのイリスの教会に何かあったという話には、アスナも驚きを禁じ得ないらしい。実際俺も驚かずにはいられないんだけど。

 

「とにかく急いで行ってみよう。イリスさんの事だから大丈夫だとは思うんだけど……」

 

 今このアインクラッドでは、何が起きたところで不思議ではないから、イリスのところが絶対に大丈夫ともいえない。イリスのいるところで一体何が起きてしまったのか――ユピテルの身体に異変が起きた後だから、胸の中に不安が込み上げて来て、起きた事情を確認せずにはいられない。

 

「とにかく教会へ急ぎましょう。イリス先生や子供達が心配だわ」

 

 それは発言したシノンを含めた全員が思っていたらしく、女性プレイヤー達に礼を言ってからすぐに、俺に早く行こうと声をかけてきた。

 

 最初からその気だった俺は皆を連れて街中を走り、いつものルートを通って、問題の教会の前までやってきたが、そこで思わず立ち止まった。

 

 教会の前には、沢山の子供達が集まっていて、騒ぎを起こしている。子供達の中には大人から俺達と同じくらいのプレイヤー達の姿もあったが、その中で俺は、灰色の長い髪の毛をポニーテールにしている女性という見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 

 服装こそ明るい緑と白を基調とした見慣れないものだが、間違いなく俺はあの人を知っている。そしてその名を、俺は教会に近付きながら言った。

 

「もしかして、ユリエールさん!?」

 

 俺の声が届いたのか、見覚えのある後ろ姿の女性は振り返った。見えた女性の顔と、俺を見つけた時の表情で、俺はその女性がかつて俺達に頼みごとをしてきた女性のユリエールだという事に確信を抱いた。

 

「あ、貴方がたは!」

 

 驚いたような顔をしているユリエールの下へ向かい、傍まで行ったところで立ち止まる。

 まさかユリエールと再会する事になるとは思ってもみなかったんだろう、驚いたアスナがユリエールに声をかける。

 

「ユリエールさんじゃないですか。どうしたんですか」

 

 ユリエールは俺達を見回した後に、口を開いた。

 

「よかった、丁度貴方方を探していたんです」

 

「一体何があったんですか。ここにいる子供達は?」

 

 ユリエールは周りの子供達を見てから、俺達に向き直った。

 

「今、最低限の子供達と保母の皆さんが教会にいる状態です。イリスさん曰く、私達の使った客間が空いているそうなので、まずはそこに行ってお話をしたいのですが……よろしいですか。イリスさんも後々来るそうです」

 

「何だか急だけど、街全体に情報が行くくらいの事があったのは確かみたいね。行ってみましょう」

 

 シノンの言葉に俺は頷き、ひとまずユリエールの方に向き直した。

 

「わかりました。お話を伺いましょう」

 

 ユリエールは「ありがとうございます」と言ってから部下達であろう女性プレイヤー達を数人連れて、教会の中へと入って行った。その後を追って俺達も入り慣れた教会の中へ入り込み、子供達の声があまり聞こえてこない、静かな教会の中を歩き、やがてユリエールと初めて対面した時に使った客間へと赴いた。

 

 俺達全員が部屋に入ったところで、ユリエールは振り向き、俺達へ笑んだ。

 

「なんでしょうか、また貴方方とこうしてお話しする事になんて、思ってませんでした」

 

「俺達も同じです。その様子から察するに、これまで問題はなかったみたいですね」

 

「はい。シンカーが新たに建てた組織は今、この街の自治組織として機能してます。かつての《軍》とは違って、すごく上手く行っています。街の人々からも親しまれてますよ」

 

「そりゃそうでしょう。なんたってあのシンカーさんがリーダーやってるんですから」

 

 ユリエールが首を傾げて、少し不思議そうな顔をする。

 

「ただ、キバオウを含めた元《軍》の連中がまるっきり消えてしまったというのが心残りなのですよね……彼らは一体どうしてしまったんでしょうか」

 

 その言葉を聞いて、俺はリランが暴走した時の事を思い出した。《軍》を追われたキバオウ達は《笑う棺桶》に加わり、俺達を殺そうとしてきたが、その時のリランの暴走に巻き込まれて、逆に殺戮されてしまったのだ。

 

 ユリエール達はその事実を知らないようだが……話す必要もないだろう。そう思った俺が言おうとしたその時に、シノンがすかさず言った。

 

「あいつらの事はもう気にしなくていいんですよ。それより、何でユリエールさんがここに来てるんですか。街の方がひどく騒がしかったんですけれど……」

 

「あぁはい。実はその事に関して、相談がありまして……」

 

「何があったんですか」

 

「何があっただって? どうしたもこうしたもないよ、キリト君」

 

 いきなり入口から声がして、俺達は驚きながら顔を向けた。そこにあったのは、この教会の経営者であり、今回の目的の人物である女性、イリスの姿だった。その顔には呆れたような、怒っているような、イリスにしては珍しい表情が浮かんでいる。

 

「イリスさん!」

 

「イリス先生!」

 

 その場の全員でその名を呼ぶと、教会の主はそそくさと部屋の中に入って来た。

 

「全く、私からのメッセージを無視して何をしていたんだい、キリト君」

 

「え? メッセージなんて送ってましたっけ?」

 

「君達が85層を解放したという報告が入った時辺りにメッセージしたんだよ。覚えてないのかい」

 

 それを聞いて、俺はボス戦を終えた後のメッセージの事を思い出した。イリスはボス戦を超えると毎回メッセージを送って来るけれど、結構くだらない内容が多かったりするから、今回もそうだと思って、見なかったのだ。

 慌ててメッセージを開こうとしたその時、イリスは俺の手を掴んだ。

 

「多分君は、私がボス戦クリア祝いのメールを送ったと思って開かなかったんだろう。駄目だぞ、そういうのは」

 

「す、すみません……」

 

「私も紛らわしい時に送ってしまったな……まぁいい。内容は口頭で伝えるから、ついておいで。シノン達にユリエール達もだ」

 

 イリスはそう言って、部屋を出ていった。初めて見る態度のイリスに少し驚きながら俺達は部屋を出て、イリスの後を追って教会の中を歩いた。場所は広間から子供達の使っている部屋が並ぶ廊下に変わっていき、やがて立ち止まっているイリスを見つけた。

 

 これまでないくらいに険しい表情を浮かべているイリスの前には、扉の空いた部屋があり、それが確認できるくらいの位置まで行ったところで、俺達は立ち止まった。

 

「ここですか」

 

「あぁそうだとも。入りなさい」

 

 イリスに言われて部屋の中に入り込んだところで、俺達は驚いた。

 部屋の中は他の部屋と同じ内装で出来ていたが、2つベッドがあり、そこに2人の女性プレイヤーが寝かされていたのだ。しかもその2人は、よくイリスの傍にいる、赤茶色の髪の毛が特徴的な、教会の保母であるサーシャ、教会で保護されている子供の1人である女の子ミナだった。

 

「さ、サーシャさんに……確か、ミナちゃんだっけか」

 

「そうだよ。サーシャにミナだ」

 

 アスナがどこか戸惑ったようにイリスに声をかける。

 

「この2人、どうしちゃったんですか。何かあったんですか」

 

 イリスは腕組みをして、俺達の方に向き直った。

 

 イリスによると、サーシャとミナはこの街に普通に買い物に出かけていたそうだ。しかし2人は出かけたきり帰って来ず、居場所を特定しようとしても特定できないなどという、文字通りの行方不明に事になっていたらしく、それを見た保母達、子供達によって教会は騒ぎになったそうだ。

 

 この探知不能というのは、クエストとかのイベントフィールドに行ったりすると出る物で、特定のプレイヤーの居場所を確認した際にこれが出ていた場合は何かしらのクエストに関連したイベントフィールドにいると判断してもよいのだが、クエストは時に大きな危険が伴うもの。サーシャがミナを連れてそんな事をするとは思えない。

 

 これはイリスも思っていたらしく、2人の居場所が確認できない事を把握したイリスは心配して、子供達と保母を連れて手分けし、街中を探し回ったそうだが、夕暮れ時になるまで探しても見つける事は出来ず捜索を一旦中断、今日に持ちこす事にしたらしい。

 

「フィールドに出てたって可能性はないんですよね」

 

「ないね。この娘達はあくまで街に買い物に出かけてたんだ。フィールドなんて間違っても出たりしない」

 

 イリスは溜息を吐いた後に、ユリエールの方に顔を向けた。

 

「そして今朝、朝食を摂っていた私達のところに、プレイヤーが全く立ち寄らない街の隅で、裸になって倒れている女と女の子を見つけて保護したって、良心的なこの人達から通報があった。そして運び込まれたのが、この行方不明だったサーシャとミナだったわけ」

 

「は、裸で倒れてた!?」

 

 思わず声を荒げてしまったが、荒げたのは俺だけだった。しかし、驚いたのは皆同じだったらしく、アスナが戸惑ったような声を出した。

 

「裸で倒れてるって……一体何故?」

 

 続けてシノンが顔を蒼褪めさせる。

 

「ま、まさか……サーシャさんとミナちゃんは、まさか!」

 

 シノンが言いかけているところで、俺はシノンも考えているであろう、サーシャとミナが最悪の目に遭わされた事を想像した。しかし日頃からイメージする力を鍛えているせいなのか、彼女達の凄惨な姿がまるで現実のそれのように頭の中に描写されてきて、吐き気に似た不快感が突き上げてきた。

 

 しかし、そのイメージはイリスの声によって打ち砕かれた。

 

「安心してくれ。どうやらそうじゃないらしい」

 

「えっ」

 

 イリスに続けてユリエールが頷く。

 

「私も彼女達のあんな姿を見た時には、そういう事を想像してしまったのですが、そういう事をされたような痕跡は一切見つからなかったんです。付いてしまった痕跡を消すために行った痕跡も、です」

 

「って事は……そういう事はなかったって事なんですね」

 

 シノンの言葉にユリエールはもう一度頷いたが、すぐさま不安そうな顔をした。

 

「ですが、彼女達を保護して既に1時間ほど経っているのに、彼女達は全く目を覚まそうとしていないんです。ずっと眠ったままで……」

 

「彼女達の身に何があったのか。行方不明になってからここに来るまで、一体どんな目に遭って来たのか、聞けない状態なのさ」

 

 はっきり言えば、彼女達の身に起きた事と言えば、荒くれ者達に酷い事をされたと考えてしまいがちだけれど、ユリエールによればそれはないという。しかし、彼女達が行方不明になって、後々裸になって見つかったなんて、どう考えても異常事態、――事件だ。

 

「一体、何が起きてこんな……」

 

「私にもさぱらん、だ。ただ、装備が全て外されている事から、人為的に何かをされたのは間違いないよ。そして、こんな事をした奴は間違いなく許されざる奴だ」

 

 装備を強制的に外されるイベントなんかないし、裸になるなんて自ら行うか、気絶している間を狙ってウインドウを操作させ、装備解除をさせない限りは出来ない。そう、基本的には人の手が加わらないと、そういう事は出来ないのだ。

 

「やっぱり誰かがやった事に間違いはないんですね」

 

 専属患者(シノン)の問いかけに医師(イリス)は頷く。

 

「彼女達が自分から裸になったとは思えないしね。それに裸にならなきゃいけないイベントなんて私も知らないし、そんなイベントが第1層のここで起こるなんて思えない。まぁ何にせよ、彼女達に話を伺って見なければ何もわからない――」

 

 そう言いかけたイリスは途中で何かに気付いたような顔になり、俺達に向き直った。

 

「ところで君達は私のメッセージを見たわけでもないのに、何でここに来たんだい」

 

 そこで、イリスに用件を持っていたアスナがふと重要な事を思い出したような顔をして、イリスに言った。

 

「そうでした。イリス先生、ユピテルを診ていただけませんか」

 

「ユピ坊が? どうかしたのかい」

 

 その時イリスは、また何かに気付いたような顔になって声を出した。

 

「もしかして昨日の夜に、ユピ坊にも何かあったのかい」

 


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