キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:悪鬼の棲処

 血盟騎士団本部に戻った俺達を待っていたのは、呼び出した張本人であるアスナ、ゴドフリーなどこの世界を生き抜いてきた血盟騎士団の騎士達十数人、ディアベル率いる聖竜連合の戦士達十数人、《疑似体験の寄生虫》の存在を俺達に知らしめたクライン率いる風林火山、そしてフリーであるけれど相当な実力を持つエギル、リズベット、フィリア、シリカ、リーファ、ユウキ、アルゴといった攻略組の精鋭達、そして俺達がやって来るなりぴったりとくっついて離れなくなったユイだった。

 

 まるでボス戦攻略会議の時のような雰囲気を漂わせている事から、ただ事じゃない作戦が建てられた事がすぐにわかり、俺はその詳細をアスナに尋ねた。しかし、アスナの口から帰ってきた答えは、実に簡単な作戦だった。

 

 作戦名は「提灯鮟鱇(ちょうちんあんこう)作戦」。余りに単純明快な名前にずっこけたくなったけれど、命名者はイリスと聞いてすぐに納得できた。

 

 その内容はというと、《疑似体験の寄生虫》に寄生されていない健全なプレイヤーを一人、フィールドに赴かせてその周りに隠蔽スキルを持つ者達が待ち伏せをし、《疑似体験の寄生虫》の産み主を呼び寄せて逆に捕まえるという作戦だった。

 

 これまで集めてきた情報によれば、《疑似体験の寄生虫》に寄生されたプレイヤーは、モンスター以外の相手からすれば無防備な状態であった事、一人で行動する時があった事だった。

 

 この条件揃うと、産み主に《疑似体験の寄生虫》を寄生させられてしまう危険性が出てくるのだが、同時にそれは産み主に遭遇するチャンスであるという事。

 

 ――捕まえようと待ち構えている奴を逆に捕まえるという単純かつわかりやすいその内容に、俺は思わずハッとしてしまった。あまりに複雑な事が起き過ぎて、頭の中がこんがらがっていたのだろうか、その作戦を聞いた時、なんでそんな単純な方法を思い付けなかったのだろうかと軽く後悔した。

 

 そしてその作戦を、すぐさま俺は実行する事を決めて、この作戦の鍵となるアイテムであろう、ハイドポーションを皆に配布した。

 

 このハイドポーションというアイテムは、使用したプレイヤーに、スキルを上げるだけでは辿り着けない数値の隠蔽効果を与えるというもので、これを使用したプレイヤーは、限界まで上げ続けた索敵スキルでも見つける事が出来なくなる。モンスターやプレイヤーに発見されたりする事なく、ダンジョンに潜ったりしたい時が最もポピュラーな使い時だ。

 

 これまで、向こう側の手口を見る限り、向こう側もまたこのハイドポーションを使っている可能性があるけれど……これには欠点が存在する。

 

 このアイテムを使った際に発生する効果は、オブジェクトやモンスター、プレイヤーなどに触れると解除されてしまう点、剣が届くくらいの至近距離まで近づいてしまうと見えるようになってしまうという点だ。

 

 もし向こうがこれを使っているとしても、効果があるのはプレイヤーに接近する時のみ。接近しきってプレイヤーに触れてしまえば、ハイド効果はなくなり、その姿が一般プレイヤーに露見する。

 

 姿が確認できるようになったところで、転移結晶などを使われる前に全速力で接近、もしくはプレイヤーを捕まえて油断したところをホールドアップすれば、作戦は成功となるだろう。

 

 実に簡単なこの作戦。その内容を皆はすぐに理解してくれ、早速実行する事を決定してくれた。

 

 手順としては、今集まっている全員を三チームに分けアインクラッド各地に散らばり、その中の誰かが囮としてフィールドに赴く。残りの者達は望遠できるものを持参したうえでハイドポーションを使用、同じようにフィールドに赴き、離れたところから囮を監視し続ける。

 

 そして、条件の揃っているプレイヤーを狙いにやってきた《疑似体験の寄生虫》の産み主、アインクラッドを混乱に貶めている張本人が出て来たところを、一気に接近して捕縛というか尋問して場所を聞き出し、本拠地に潜入する。そして、《疑似体験の寄生虫》の絶滅方法を暴き出し、殲滅。アインクラッドから《疑似体験の寄生虫》を完全に絶滅させ、プレイヤー達を解放する。

 

 ボス戦よりも遥かにアインクラッドに大きな影響を与えるであろう戦い――それを覚悟した皆はボス戦の時よりも険しく、強い表情を顔に浮かべており、その中には弱っているはずのリランと、危険な戦いには連れて行かないユイの姿さえもあった。

 

 皆が各地に散らばって作戦を実行しに行った最中、少し遅れて出撃する事にした俺の班。その中に混ざっているリランとユイに、俺は声をかけた。

 

「リラン、お前大丈夫なのかよ。イリスさんのところで休んでた方が良いぜ」

 

《何を言うか。我はもう平気だ。それよりも、我はこの世界に生きる者として、この世界を犯す存在を倒さなくてはならぬ。こればかりはお前の命令でも譲らぬぞ》

 

 先程のようなバグを感じさせるようなものはなく、いつも通り喋る事の出来ているリラン。見た感じではいつものリランに戻っているような感じだけど、中で何が起きているのかは想像もつかない。

 

 俺と同じ事を考えたのであろう、シノンがリランに声をかける。

 

「っていうけれど、あんたさっきの自分を忘れたの。あんな事があった後だと言うのに、まだ戦うつもりでいるっていうの」

 

《我ならもう大丈夫だ。帰り際にシノンがくれた飲み物を飲んだら、気分が良くなったし、調子も良くなった。今の我はいつもの我だ》

 

 先程の駆虫から血盟騎士団本部へ帰る時に、リランの調子を心配したシノンが、特殊な薬草を配合した疲労回復飲料をリランに渡しており、リランは作戦を聞いている間、ずっとそれを飲んでいた。

 

 確かに顔色もあの時と比べてよくなっているので、飲料に含まれる疲労回復効果がリランを元に戻したとも考えられるけれど――俺の中には不安しかなかった。

 

 それに、リランはこう見えて頑固な部分もあるから、たとえ蝿叩きでぶっ叩いても、剣でぶった斬っても付いてきて、戦う事を選んでしまうだろう。こうなってしまっては、もうリランを連れていくほかない。

 

「そうだと良いんだけどさ……」

 

《念には念を入れろ、だな。よしシノン、さっきの飲み物はまだあるか。それを全部寄越せ》

 

「ちょっと極端過ぎよあんた。まぁいいわ。念のためにあと一本飲んでいきなさい」

 

 シノンはアイテムストレージからポーションよりも大きな瓶に入っている飲料を呼び出すと、リランは咄嗟にそれを掴みとって、音を立ててごくごくと呑み始めた。何だか獣が酒を一気飲みしているみたいで、見ている時の気分はよくなかった。

 

「そしてユイ……あなたは戦えないんだから、付いてきちゃ駄目よ」

 

 ユイは首を横に振った。その顔はいつものユイが浮かべる事のない、真剣かつ強い表情が浮かんでいた。

 

「いいえママ。わたしもリランさんと同じです。これから向かう場所はきっと、この世界を侵す存在がいる場所であり、これまでの様々な異変の答えが集約されている場所でもあると思うんです」

 

「それを知りたいから、付いて行きたいっていうのか。それなら俺がメモって持って来るから、お前はイリスさんのところで待ってた方が……」

 

 ユイは再度首を横に振った。シノンに続き俺にまでこんな反応をしたのは、流石に驚きだった。

 

「我儘を言ってるのはわかります。でも、わたしはどうしても知りたいんです。それに何より……プレイヤー達を苦しめる存在と、苦しめられているプレイヤー達の存在を見過ごすわけにはいかないんです」

 

 もしかしたら、ユイは使命感を感じているのかもしれない。そもそもユイは、MHCPであり、俺達プレイヤーの精神を癒すために作られたものだ。そして今から俺達が向かうところには沢山のプレイヤー達が苦しめられているような酷い場所である可能性が高い。

 

 ユイはプレイヤーを助けたいという本能が動いて、仕方がなくなっているのだろう。本能に動かれているのなら、もはや俺達じゃどうしようもない。不安だけど、ユイも連れていくしかなさそうだ。

 

「わかったよユイ。ただし、お前は今言った通り戦えないんだから、俺達の傍をぴったりくっついて離れるなよ」

 

 ユイは険しい表情のまま頷き、俺と手を繋いだ。直後に、飲料を飲み終えたリランが俺達に《声》を送る。

 

《フィールドに出たら我はお前達の上空へ向かう。空から囮を監視し続けて……》

 

「いやリラン、お前は俺達と一緒に行動しろ。流石に連中も竜に襲われるなんて考えてないはずだし、お前の攻撃は相手を捕まえる時に使える。アイテムはお前にも効果があるから、俺達と一緒に潜伏するんだ」

 

《……わかった。そっちの作戦で行こう。敵を捕まえて脅迫するのはロザリアの時で覚えているからな》

 

「頼んだぞ相棒。あと、無理だけはするんじゃないぞ」

 

 リランに用件を頼み込み、それに頷いた事を確認した直後に、シノンが辺りを見回している事に俺は気付いた。

 

「どうしたシノン。もしかして何か感じるのか」

 

「ねぇキリト。アルベリヒがいないんだけど、どうしたのかしら」

 

 そう言えば先程の作戦会議の時も、アルベリヒの姿は確認できなかった。これだけ重要な戦いになるかもしれない作戦になるのに、血盟騎士団のエースがいないのは、どこか心配に感じられた。

 

「アスナが呼び損ねたのかな……このくらいの作戦だから、アルベリヒには居てもらいたかったんだけどなぁ……」

 

 その時、リランがフィールド方面に顔を向ける。

 

《……もしや今、アルベリヒは連れ去られて、寄生虫を植え付けられている最中なのかもしれん》

 

「ま、まさかアルベリヒが!?」

 

《今は誰がその目標にされるかわかったものではないからな。アルベリヒさえも連中にやられている可能性がある》

 

「確かにそうだけど……だとしたら早く助けないと! 最近アルベリヒを見なかった理由はそれか!」

 

 俺の言葉が出された直後に、少し遠くにいたアスナが俺の下へとやってきた。

 

「キリト君、ユウキが囮を買って出て行ったよ。その他の皆も、街の外に出て行った」

 

「なんだって。ユウキが囮になるっていうのか」

 

「うん。わたしも最初は止めたんだけれど、もしプレイヤーが狙いなら、メディキュボイドを使っている自分は最高の餌だろうって言って、さっさと出て行っちゃったのよ。キリト君もシノのんも、リランも早くみんなに続いて!」

 

 確かにユウキが使っているのはシノンと同じメディキュボイドだし、ユウキはそもそもALOからやってきた、本来ならばSAOと関係のない女の子だ。もし、プレイヤーそのものが目的なのだとすれば、ユウキはこれ以上ないくらいのレアものだろう。

 

「確かに合理的ではあるけれど……って事は、早くユウキを追わないといけない!」

 

 シノンの言葉を受けて、アスナが頷く。

 

「そうだよ! キリト君もシノのんも、ハイドポーションを使って!」

 

「わかった!」

 

 95層で対象をおびき出す事にした俺達、いくつかのギルドメンバーからなる十数名のチームはハイドポーションを使って最大限の隠蔽状態となり、そのままユウキの反応を追ってフィールドへ赴いた。

 

 これまでとは違って、街から迷宮区までの距離が短く、塔がすぐ近くにあるような岩山地帯。その岩の陰に隠れながら、物音を立てないように動きながら、ユウキを追う。

 

 傍から見れば、今俺達の目の前に広がっている光景は、岩山を一人の少女が歩いている光景にしか見えない。ユウキの周りの岩山には十数名のプレイヤーが潜伏しているけれど、皆ハイドポーションを使用して姿を隠している。アイテムによる補正がかかっているので、どんなに索敵スキルを展開しても見つからないのだ。――ただ一匹、リランを除いて。

 

「リラン、皆の位置がわかるか」

 

 剣が届く位置にいるため、ハイドポーションを使っているにもかかわらず見えている相棒に小さく声をかけると、頭の中に《声》が響いてきた。

 

《わかるとも。ユウキから見て左方向の岩山に我ら。右方向に七人ほど、真後ろの岩陰に五人ほど、そして右後方に五人だ。何かあった時にはすぐに飛びかかれるぞ》

 

 モンスターによる補正がかかっているのか、リランはただ一匹俺達の位置を正確に把握する事が出来ている。このモンスターの特性を使った索敵スキルは、俺達の位置を把握するだけではなく、ユウキに迫ってきているであろう、俺達の求める連中の気配さえも探し出してくれるだろう。

 

「それはよかった。じゃあ、俺達以外の気配を感じるか」

 

《……まだ感じぬ。ひとまずは息を潜める事に専念するぞ》

 

 俺は頷き、リランと同じくすぐ近くにいるシノン、ユイにも声をかけた。

 

「シノン、ユイ、気を付けろよ。あと、なるべく気配を晒さないように、静かにしているんだぞ」

 

「そういうあなたもしっかりね……というか、あなたの配ったハイドポーション、よくあんな数持ってたわね」

 

 シノンの問いかけを受けた俺はふふんと笑う。皆に配ったハイドポーションは、全てダンジョンの宝箱の中から見つけ出したものだ。ハイドポーションは、敵と戦闘したくないけれどダンジョンに潜らなければならない時等、戦闘を避けるために使うようなものなのだ。

 

 しかし100層に辿り着かなければならないと考えた場合、相当なレベルが必要であるとわかっていたため、俺はハイドポーションを使う事なく、出会った敵は根こそぎ倒して行っていた。ので、手に入るハイドポーションはアイテムストレージの奥深くで幾つも溜まって行く有様だった。それをあの時皆に配布したのだ。

 

「あれは全部余りものだよ。まさかこんな事で役に立つとは思ってもみなかった」

 

「なるほど、お金に変えないでいてよかったって事ね」

 

「そういう事」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、俺達はユウキの事を岩山の上から眺め続けていたのだが、やはりユウキの身に異変が起きる気配はない。

 

 乾いた風が吹いて、砂ぼこりのエフェクトが舞っているだけで、何かの気配を察知したりする事が出来ない。敵の出現率が低めに抑えられているのか、ユウキがモンスターと遭遇する気配すらもない。

 

「95層まで来てるせいかな……敵の出現率がかなり低いらしいな」

 

「元々この層がそう言う仕様なのかもしれません。22層や80層ほどではありませんけれど、敵が出現する確率が極めて低いエリアは転々と存在してますから」

 

 ユイの呟きに頷いたその時に、突然物音が近くからしてきて、俺は少し驚きながらそこに顔を向けた。伏せていたリランが、その大きな身体を起こしていたのだ。そして、耳元がぴくぴくと忙しなく動いている。

 

「リラン?」

 

《ユウキのところに接近している気配がある。それにこの妙な気配の感じは……ココアの時と同じだ!》

 

 ココアの時と同じ反応。俺達の仲間の一人であり、血盟騎士団の補給支援チームに所属しているココアは、一度ある集団に連れ去られそうになった事があった。そしてその集団こそが、《疑似体験の寄生虫》の産み主であると俺とイリスで読んでいる。その名を、俺は口にする。

 

「まさか、《ムネーモシュネー》か!?」

 

 俺の発した言葉に、ユイとシノンが驚いたように、小さく声を上げる。

 

「《ムネーモシュネー》? 《ムネーモシュネー》って、あなた達が見かけたっていうおかしな集団の事?」

 

《あぁそうだ! その時と同じ反応を持つ者が今、ユウキの下へ迫り来ている! 遭遇まであと10mもない!》

 

 リランの言葉を受けてから慌ててユウキに顔を向けてみると、ユウキの後方に陽炎のような奇妙な透明の蠢きが確認でき、それがやがてはっきりとした人の形になって行くのが見えた。しかもユウキは接近されている事に全く気付いていないと来ている。

 

 あのままでは、ユウキに妙な人影が接触してしまう――そうわかった瞬間に、俺とシノンで叫んだ。

 

「リラン、ブレスだ!!」

 

「ユウキ、走って!!」

 

 二つの声色による声が岩山に響いた刹那、透明な人影が動きを止めて、リランがその口内から火炎弾を迸らせた。シノンの声とリランのブレスの発射音を感じ取ったのだろう、走り出したユウキが咄嗟に前方へ飛び込んだ瞬間に、先程までユウキが立っていた場所にリランの火炎弾が着弾し、大爆発。俺達の眼下は瞬く間に火の海と化してしまった。

 

「ユウキ!!!」

 

 俺達は咄嗟に飛び降りて、火のないところへ着地。火の粉のエフェクトを被りながら、火の海から逃げ出せているユウキの下へ走った。ユウキは直撃は免れたものの、衝撃を受けてしまったらしく、座り込んで背中を頻りに撫でていた。

 

「ユウキ、大丈夫!?」

 

 俺達の対岸の岩山からユウキを見ていたアスナが声をかけると、ユウキは顰め面をしながら答えた。

 

「な、何とか大丈夫だよ。でも相変わらずリランって容赦ないよね……背中焦げたかも……」

 

《出来る限り外したつもりだったのだが、出力を少し大きくし過ぎたか。何にせよ、すまぬ》

 

 リランがユウキに頭を下げたその時に、シノンが咄嗟に武器を構えつつ、周囲を見回す。

 

「そうだ、さっきユウキに迫ってた奴は? あいつだってただじゃすまなかったはずよ」

 

 シノンの言葉を受けて、おれはユウキに迫っていた奇妙な人影の存在を思い出して、同じように周囲を見回した。乾燥地帯である事が拍車をかけているのか、リランの放った火炎弾の炸裂により発生した炎は今も尚轟々と燃えているが、その赤の中に、明らかに炎とも自然オブジェクトとも違う物がある事に気付いた。

 

 何者かと思って目を配ってみれば、それはリランの放った火炎弾の爆発を受けてしまったせいで地面に倒れている人。そしてその恰好は、全身白ずくめでその上から白いローブを着て、顔を金色の仮面で隠しているという、一度しか見ていないのに、これ以上ないくらいに俺の中で印象に残っているものだった。

 

「あ、あいつは!!」

 

 そうだ。あの時、ココアを連れ去ろうとしてハラスメントコードを無視し、サーシャやミナに手を出し、クラインを筆頭とした様々なプレイヤー達に《疑似体験の寄生虫》を取り憑かせている危険集団、《ムネーモシュネー》の格好と同じだ。いや、どこからどう見ても、《ムネーモシュネー》だ!

 

「《ムネーモシュネー》!!!」

 

 俺は地面を蹴り上げて走り出し、炎の海を避けつつ忌まわしき白衣に接近し、そのすぐ傍まで行ったところで二本の剣を抜き、刃先を向けた。次の瞬間、金色の仮面が俺の方へ向いたが、その身体は二本の剣の存在を感じ取ったのか、びくりと揺れる。

 

「動くな!!」

 

「き、貴様は血盟騎士団の団長、キリト……! 何故貴様がここに……!?」

 

「キリトだけじゃねえぞ!!」

 

 俺の剣に続いて、忌まわしき白衣に刀の刃先、細剣の刃先、片手剣の刃先が次々と向けられた。周りを見回してみれば、作戦のために人を集めたアスナ、囮になっていたユウキ、そして《疑似体験の寄生虫》に苦しめられたクラインが、俺と同じように武器を向けていたのだった。

 

「き、貴様らは……何故ここに、というか、何故平気なのだ……!?」

 

 恐らく俺達が《疑似体験の寄生虫》に取り憑かれていないのが想定外だったのだろう、仮面からは驚いたような声が聞こえてくる。その仮面に向けて、クラインが噛み付くように言う。

 

「お前……あの時はよくも、あんな嘘夢を見せてくれたなぁ!!!」

 

「あんた達の放った寄生虫はとっくに駆虫済み、もしくは防虫済みよ」

 

「さぁて、お兄さんどうするの。ボク達、もうお兄さん達には容赦しないって決めてるんだよね」

 

 クラインの猛々しき怒りと、アスナとユウキの静かな怒りに、忌まわしき白衣の男は震え上がる。仮面の内側では、恐怖に染まった表情が浮かんでいる事だろう。

 

「その様子からして、このアインクラッドの異変の原因は、お前達だって決めてよさそうだな」

 

「な、なんでだよ、なんでこいつら平気なんだ、こんなの、ボスから聞いてない……!!」

 

「へぇ、ボスがいるんだ。それじゃあ、そのボスの事を教えてくれるかしら。でないと、あんたを黒髭危機一髪の樽にするわよ」

 

 いつの間にか俺の隣に並んでいるシノン。その口から飛び出している、この男にやろうとしている事の表現が如何にもイリスっぽく感じられたが、俺はほとんど気にせずに尋問を続けた。

 

「ひ、ひぃぃ! す、す、すみません、すみません、オレはただボスの指示に従ってただけで……!」

 

「あぁそうか。でもお前らのやってきた事のおかげでこっちは死ぬ思いを何度もしてきた。何をしていたのか、何が目的なのか……洗いざらい全部教えてもらおうか」

 

 忌まわしき白衣が怯えたその時に、その身体が突然俺達の目の前から消えたが、俺達は驚かずに上を見た。そこにあったのは巨大な狼竜の顔で、いつの間にか忌まわしき白衣は、その口に銜えられて身動きが取れなくなっていた。

 

「ひ、ひいいいいいッ!!」

 

「余計な事をしようと思うなよ。万が一何かしようとしたら、その場でそいつがお前を食い千切るか、焼き殺す。死にたくないなら従うんだな」

 

「は、はいいぃっ!!」

 

 クラインが刀を抜いたまま、白衣の男を睨みつける。

 

「じゃあ、お前らの本拠地とやらを教えてもらおうじゃねえか。吐かないならそこのそいつがブレス吐くぞ」

 

「はいい! 教えます、教えます!! 場所は、15層です……!」

 

「随分下層にあるんだな。よし、案内しやがれ」

 

 俺達の言葉に白衣の男は震えあがり、道案内を始めた。ついに、俺達は悪鬼の棲処への道を見つけ出したのだった。

 


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