キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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11:光無き月

 シノンが意識を取り戻した――ユイとユピテルからの知らせを受けた俺達はなるべく音を立てないように、シノンの寝ている部屋に向かった。

 

 通り慣れた廊下に出て、すっかり見慣れた扉をガチャリと開けると、そこに広がっていたのはテーブルと椅子、クローゼットといった木製の家具が数個並んでいる部屋の光景。そしてベッド近くの小さなテーブルに座っているリランと、窓際のベッドに寝転がっているが、上半身を既に起こしているシノンの姿。

 

 その姿を目の当たりにするや否、俺達はシノンの元へ駆け寄り、そして声をかけた。

 

「シノン」

 

 俺の声に反応したかのように、シノンは俺に顔を向ける。まだ夢の中にいるかのようにぼーっとしていて、目は半開きだった。ここまでは、いつもの寝起きのシノンと大差ない。そんなシノンにイリスが声をかけなおす。

 

「おはようシノン。よく眠れたかい」

 

 シノンは顔をイリスに向けて、小さく口を開き、か細く声を出した。

 

「……愛莉……先生……?」

 

「あ、あぁ。愛莉だ。私だけじゃないぞ、キリト君もユイも、リランもいる」

 

 シノンの首がゆっくりと動き、俺とユイに向けられる。

 

「キリ……ト……ユ……イ」

 

 名前を呼ばれただけなのに、心の中に嬉しさが突き上げてくる。どうやら俺達の事を忘れたりしてしまっているわけではなかったようだ。

 

「あぁ、そうだよシノン!」

 

「ママ……よかったです!」

 

 ユイと二人で喜ぶと、シノンは視線を自らの足の方に向ける。俺達の事を認識できているとはいえ、まだボーっとしてしまっているようだ。

 

「ここは……どこだっけ……」

 

「ここは第1層の教会だ。君はここで丸一日眠っていたんだよ」

 

 状況が呑み込めていないのか、シノンは目を半開きにしたまましっかりと開かない。しかし、口からは言葉がちゃんと出ていた。

 

「私は……そうだ……私は…………ぁ」

 

 次の瞬間、シノンの目がゆっくりと開かれたが、同時に顔色が青白くなっていき、眉が八の字を作り、口元が半開きになって、身体ががたがたと震え始め、手で頭を抱えた。徐々に、漏れる声が大きくなる。

 

「ぁ、ああぁ、あぁぁぁぁぁ」

 

「拙い!」

 

 イリスのような精神科医でもないのに、俺はすぐさま状況の拙さを察知出来た。シノンの中で今、ここに来る前の記憶が甦っている。そう、復讐の鬼が自分を殺しにやって来たという誤った記憶が。

 

 次の瞬間、シノンは大きな声を出して叫び出す。

 

「ああああ、ああああああ゛、ああぁぁぁ゛!!!」

 

「拙いぞ! 鎮静剤、抗不安薬!! しまった、そんなものはない!!?」

 

 精神科医としての癖が出ているのか、イリスは叫びながら周囲を見回す。勿論、ここはイリスの勤めている病院じゃないから、パニックに効く薬も、助手もいない。その事にイリスはすぐに気付いて、俺に向き直る。

 

「キリト君、シノンを押さえて!」

 

 言われるまでもなく、俺はパニックを起こして暴れるシノンの身体を力いっぱい抱き締めた。いつもは動きを止めると言うのに、シノンは胸の中で暴れ回り、俺はシノンの力に吹っ飛ばされそうになる。

 

「シノン、詩乃、大丈夫だ、もう大丈夫なんだ!」

 

 俺に続いて、心配そうな顔をしているユイが大きな声で呼びかける。

 

「ママ、大丈夫です、ママ、しっかりしてください!」

 

 俺達家族に呼びかけられても、シノンは叫ぶ事を、暴れるように身体を動かす事をやめてくれない。完全に、あの時のパニックをぶり返してしまっているのは明白だった。

 

「シノのん、落ち着いて! ここは安全なの、もう敵はいないのよ!」

 

 親友のアスナが呼び掛けるけれど、やはりシノンの動きは止まらないし、叫ぶ事も止められない。シノンの力が余りに強いせいで、何度も手が離れそうになるが、その都度俺はシノンの身体を掴み直す。

 

「落ち着いてくれ、シノン! 落ち着いてくれッ!!」

 

 もしここが病院だったなら、薬を持ってきて投与し、シノンのパニックを抑え込めたかもしれない。だけど、ここはSAOの世界であるためにそんな事は出来ない。俺達ではどうする事も出来ないのか、ただシノンの身体を押さえつける事くらいしか出来ないのか、そう思ったその時に、《声》が頭に響いた。

 

《キリト、シノンの身体をそのまま抑えつけろ! 項だ!》

 

 すっかり聞き慣れた《声》。その発生元はベッド近くのテーブルに座っているリランだが、その存在を思い出して俺はハッとする。あの時、シノンのパニックを抑え込んだのはリランだし……確かシノンが記憶を取り戻した時のパニックを抑え込んだのもリランだった。

 

 この状況、リランなら何とかできるかもしれない――咄嗟に考えた俺はシノンの身体を力いっぱい固定して、項が見える状態にする。

 

「こうか、リラン!?」

 

 俺に答えるより先にリランはシノンへ飛び付き、あの時と同じようにその項に喰らいついて、歯を食い込ませた。次の瞬間、電気ショックを受けたかのようにシノンは身体をびくんと言わせ、叫ぶ事も暴れる事もやめた。

 

「詩乃……」

 

 リランが歯を離したのを見計らって、俺は詩乃を仰向けに寝かせる。息はまだ荒いが、顔色は良くなっており、表情も落ち着いたものに少しずつ変わっていった。

 

 ひとまずシノンが落ち着いた事を確認すると、全員で安堵の溜息を吐き、イリスがそっと声をかけた。

 

「詩乃、聞こえる? 詩乃」

 

 イリスの声に応じたかのように、詩乃の瞼がそっと開かれ、黒色の瞳がイリスの顔を映した。

 

「愛莉先生……」

 

「私がわかるね、詩乃」

 

「わかり、ます……」

 

 パニックが収まった――その事実がわかった途端、さっきよりも強い喜びが突き上げて、俺が思わず泣きそうになったが……近くのアスナとユイを見てみれば、もう泣いていた。

 

「シノのん……シノのん……!!」

 

「ママ……ママぁ……!」

 

 アスナとユイの涙声に反応して、シノンは顔をそこへ向ける。

 

「ユイ……アスナ……」

 

 その様子を見て、俺はまた安心を覚える。シノンは今、正常に俺達の事を認識できるようになっているようだ。恐らくリランが項に噛み付いた際に起きた効果によるものだろう。

 

「シノン……」

 

 俺の声に反応したように、シノンはそっと俺の方に顔を向けた。その表情は、どこか安堵に溢れているように感じられた。

 

「キリト……」

 

「俺が、わかるんだな……シノン」

 

「わかるわよ……だって、あなただもの……」

 

 その言葉を聞いた俺は、思わずシノンの額に自分の額を付けた。普段だったなら、何をするのよと言って振り払われただろうけれど、今のシノンは拒否をするどころか、俺の額に自分の額を擦り付けてくれた。シノンの吐息と温もりを直に感じられた事により、自分の中に溢れていた不安が消え去るのを、俺は感じていた。

 

 そんな些細なスキンシップを終えてシノンから離れると、シノンはイリスの方を向いた。

 

「イリス先生、私、どれくらい寝てましたか……」

 

「丸一日だ。君はキリト君達に運ばれてここに来たんだ」

 

「そうだったっけ……あ! そうだ、あいつは……!」

 

 シノンが驚いたような顔になったが、俺は即座に答える事が出来なかった。シノンの言っているあいつが、あの白い人間なのか、それともトラウマの中に存在する強盗の事なのか、よくわからなかったのだ。しかし、そんな思いに反して、俺の口はシノンに答えた。

 

「あの白い仮面の人間なら、リランがぶちのめして牢獄に突っ込んだ。そして君の言っている強盗の男なら、とっくの昔に、死んでる」

 

 シノンはぎょっとして、腹に両手を添える。

 

「で、でもあの時……あいつの顔が……あいつが……」

 

 もしかしてまたパニックが――そう思った次の瞬間に、イリスがシノンの両肩を押さえて、声をかけた。

 

「落ち着いて、シノン。キリト君の言う通り、君を襲った強盗なんてものはとっくの昔に死んでるんだ。そして、死者は化けて出る事なんて出来ない。君はあの男に襲われてなんかいないんだ」

 

「でも……拳銃を見ると、出てくるんです……あいつが……出てくるんです……」

 

 シノンの声に震えが混ざる。きっとシノンの中にはあの時の恐怖感が、怯えがリランとイリスの例える寄生虫のように残ってしまっているに違いない。

 

 いや、多分これまでずっとシノンの中にはあれがいたんだろうけれど、拳銃から離れた世界にいたために、思い出さずにいれて、尚且つ少しずつ回復の方向に向かっていた。なのに、あの白き仮面の人間――《壊り逃げ男》が拳銃でシノンを傷付けて、無理矢理それを思い出させ、甦らせたのだ。

 

「せっかくいい方向に向かっていたというのに……またぶり返してしまったってところか……」

 

 シノンの反応を目の当たりにした後に、イリスがひどく残念そうな顔をして呟く。

 

「でも、なんであの時、あんなものが出て来たの。この世界に拳銃なんてものは存在しないんでしょ……」

 

「そのはずだった。だけどあの白仮面は俺達が知らない間にアップデートをして、この世界に拳銃を輸入してたんだ。きっと俺達が遠距離攻撃を持たない事を知った上での選択だったんだろう」

 

 シノンが俺の方へ顔を向ける。そこには信じられないものを見たような表情が浮かんでいた。

 

「そんな事って有り得るの……?」

 

 イリスがシノンの肩から手を離して、溜息交じりに言う。

 

「普通ならもちろんあり得ない。けれど、あいつはそれをあり得る事にしてしまえるような奴だったんだよ。君達を襲い、拳銃で君を撃ったのは、《壊り逃げ男》だったんだ」

 

 シノンは驚いて、イリスの方に顔を向ける。

 

「や、《壊り逃げ男》……!? 《壊り逃げ男》って、先生やキリトの話に出てきたあの!?」

 

「あぁ。《壊り逃げ男》はマスターアカウントっていう茅場晶彦と同じくらいの強い権限を持ってるアカウントを使ってこの世界に入り込んで、色々やってたみたいなんだ」

 

 ユイがシノンのように驚く。

 

「マスターアカウントは、開発リーダーなどの強い権限を持たなければならない人が持つようなアカウントです。簡単に手に入れる事は出来ないはずなのですが……」

 

「それを可能に出来る立場に《壊り逃げ男》がいる。というよりも、それが手に入る立場に《壊り逃げ男》はいたんだよ。この世界でも、現実世界でもね」

 

 イリスの言葉を受けたシノンが、俺、イリス、アスナをきょろきょろと見回す。

 

「それで、《壊り逃げ男》は、《壊り逃げ男》はどうなったの」

 

 俺はシノンの額に手を当てて、ゆっくりと撫でた。

 

「捕まえてシンカー達の管理する牢獄の中にぶち込んだ。今頃看守についてる奴が《壊り逃げ男》に尋問をやってる頃だろう。何にせよ、もう何も出来なくなったよ」

 

 もうあの男に怯える必要はないと言うのに、シノンは少し不穏そうな顔をした。

 

「なら……いいんだけれど……」

 

「どうした」

 

「ごめんなさい……まだ、頭の中にアレがちらついてて……消えていかないの……」

 

 周りの皆で「あぁ……」という声を漏らす。あれだけのショックを受けた後なのだ、そう簡単にアレがシノンの中から消えるとは思ってなかったけれど、どうやら俺達が考えているよりもシノンの中のアレは強く残っているらしい。

 

 いつもだったら大丈夫だと言ってやるところだけれど、今のシノンが大丈夫という言葉で何とか出来そうには思えないし、それに代わる言葉を見つける事も出来ない。

 

 シノンの力になれていると俺は思っていたけれど、それは俺の思い過ごしでしかなかった事を、改めて痛感し、心にずきずきとした痛みを感じた。

 

「シノン……」

 

「お腹空いてるんじゃないかな、シノン姉ちゃん」

 

 俺達はきょとんとして、アスナの隣に並んでいるユピテルに顔を向ける。ユピテルはそっとシノンに近付いて、微笑んだ。

 

「シノン姉ちゃん、ずっと寝てたから、お腹空いてるんだよ。お腹が空いてると嫌な事を沢山思い出しちゃうし、なんでも嫌な方向に考えちゃうんだ」

 

 シノンはきょとんとしながらユピテルに言う。

 

「確かに、お腹空いてる感じはあるかも……」

 

「だから、ご飯食べようよ。そうすれば、良くなると思う」

 

 俺達は少し驚きながら、ユピテルの事を見つめていたが、やがてイリスが苦笑いしながら言った。

 

「そうだな。人は空腹状態になると、脳のマイナス思考を司る部分を刺激してしまい、嫌な事を考えてしまうようになっている。何か食べれば、考え方は良い方向には向かうだろうな。ナイスアイディアだぞユピ坊、流石私の息子だ」

 

 イリスの言葉に思わず納得する。俺は沢山の情報を得てきたつもりだったけれど、空腹になった時嫌な事を考えるのは何故かの答えは知らなかった。

 

「そしてここには三ツ星レストランのシェフも顔負けの料理人がいるわけだが……やってくれるかい、アスナ」

 

 イリスから指名されて、アスナは頷いた。

 

「シノのん、何か食べたいものとかある? 何でも作れるわ」

 

 シノンは小さく「んー……」と言った後に、口を再度開く。

 

「……お粥が食べたい。出来れば玉子が入ってるようなの」

 

 シノンとイリスから聞いた話では、あぁいう発作を起こした後のシノンの状態は不安定で、普通に消化できるものを食べたとしても、嘔吐してしまう事が多かったらしい。そう言う事を自分で考えて、シノンは消化に良いお粥を選んだのだろう。

 

「玉子のお粥ね、わかったわ。イリス先生、調理場を借りていいですか」

 

「構わないよ。今、調理実習とかをやってるわけでもないしね。存分に使ってくれたまえ」

 

 アスナは「ありがとうございます」と言ってから、シノンに声かけする。

 

「それじゃあシノのん、ちょっと待っててね。すぐ出来るから」

 

「あ、わたしもお手伝いします、アスナさん。わたしもママにお料理を食べさせてあげたいです」

 

「本当に? それじゃあお願いしようかしら」

 

 ユイの言葉を受けたアスナが笑うと、ユイは振り返って笑んだ。

 

「ママ、ちょっと待っててください。アスナさんとユピテルと一緒にお料理してきます」

 

「わかった。待ってるわ」

 

 シノンの返事を聞いてアスナは笑み、ユイとユピテルを連れて部屋を出ていった。まるで病室のようになっている部屋から二人いなくなり、俺、シノン、イリス、リランの四人になった直後に、イリスが何かに気付いたような顔をして、入口の方に顔を向けた。突然のイリスの行動に、シノンが小さく声をかける。

 

「どうしたんですか、先生」

 

「……鈴が鳴っている。この教会の者以外の何かが訪問してきたようだ」

 

 次の瞬間、シノンはがばっと上半身を起こし、顔を蒼くする。

 

「ま、まさか《壊り逃げ男》!?」

 

「おいおいおいおい、大丈夫だ。いくら《壊り逃げ男》でも、牢獄からは出られない。

 でもちょっと気になるから、行って来てみるよ。私目当てでやって来る客も多いからね。あと暴漢対策にリランを連れていこうか」

 

《えっ!? 我!?》

 

 指名される事を予測していなかったのだろう、リランが驚きの声を上げるが、イリスは構わずリランを抱き上げて、そのまましっかりと抱き締めてしまった。多分、無理矢理にでも連れていくつもりだろう。

 

「頼むよ。君の炎は私の剣よりも役に立つ事があるんだ」

 

《いやいや、お前の剣の方が余程効くだろうに。というか、我は行くつもりはないぞ。行くならお前だけで……》

 

「という事で、リランをちょっと借りてくよキリト君。シノンの事をしばらく頼んだ」

 

《お、おい、おい――!!》

 

 じたばたするリランを抱きかかえたまま、イリスは客人に出会うために部屋を出ていった。ついに、部屋には俺とシノンだけが残されてしまったわけだけれど、俺はイリスの言う客人というのが、何だか気になって仕方がなかった。

 

 今、第1層には《ムネーモシュネー》の連中が牢獄に幽閉されているけれど、そこで何かしらの問題が起きないとは思えないのだ。《ムネーモシュネー》は今までプレイヤーに気付かれる事なく誘拐し、《疑似体験の寄生虫》やアップデートなどを行っていた。そして極めつけはボスは現実世界を騒がせている大罪人、《壊り逃げ男》だと言う事と、《壊り逃げ男》があの場でシノンを狙った事。

 

 あの場で何故シノンを狙う必要が有ったのか、なぜあの時、執拗なまでにシノンへ攻撃を繰り返したのか。ひょっとしたらまだ、シノンを狙っているのではないだろうか。今までの経験がそんな考えを作り出し、俺の中に広めていく。

 

「イリスさんの言う客、なんだか気になるな。俺もちょっと行ってみるか――」

 

 試しに見に行ってみよう――そう思って立ち上がった次の瞬間、背中に何かがぶつかったような感覚と、何かが押しあたっているかのような暖かさを感じられた。

 

 そのまま軽く体を捻って背中の方を見てみると、最初にシノンの頭が見えた。シノンが上半身を起こして、俺の上半身を後ろから力いっぱい抱き締めていたのだ。

 

「シノン?」

 

 シノンは俺の背中に顔を擦り付けながら、くぐもった声を返してきた。

 

「行っちゃ、やだ」

 

「えっ」

 

「行かないで、キリト」

 

 シノンから出て来た言葉に思わず驚くと、抱き締める力が強くなり、背中がシノンの吐息と温もりでより暖かくなる。いや、ちょっと熱いくらいかもしれない。

 

「迷惑かけてるのも、我儘言ってるのも、わかってる。でも、あなたに離れて欲しくない。あなたから離れたくない。だから、お願い、一緒に、居て……」

 

 いつもならば俺から離れても平気なはずなのに、一向に俺から離れようとせずに甘えるシノン。その甘えっぷりがいつもよりも強いものだから、一気に身体の中が熱くなった。

 

 あんな事があった後だからだろうか、いつもよりシノンが脆く、儚く……愛おしく、可愛く感じられた。そんなシノンを見ていると、自分の中にシノンから離れたくないという思いが生まれ、どんどん大きくなっていったのがわかった。

 

 そして俺は入口の方からシノンの方へと身体を向け直し、自分の胸にシノンの顔を埋めさせると、そのままいつものように抱き締めた。

 

「わかったよ。シノンが気が済むまで、今日も明日も一緒に居るよ」

 

 シノンはそっと顔を上げて、俺と目を合せる。その顔は、少しきょとんとしたものに変っていた。

 

「……本当に?」

 

「あぁ。攻略なんてもうそこら辺の連中に任せても大丈夫そうだし、余程の事がない限りは俺達が出なきゃいけない事もないだろう。だから、ずっと君と居るつもりだ」

 

 小さい子供と話している時のように、にっと笑ってやると、シノンは表情を徐々に微笑みに変えていき、再度俺の胸に顔を突っ込んだ。

 

「……ありがと、キリト」

 

「どういたしまして、俺だけの姫様」

 

 そう言って、俺はシノンの髪の毛をそっと撫でた。

 


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