キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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12:強くなる少女

         ◇◇◇

 

 

「はぁぁぁぁッ!!」

 

 

 蒼い光を纏う短剣による一撃がシノンより放たれ、青い毛並みの猪の額に炸裂した。強い衝撃を伴う一閃を受けた猪は大きく吹っ飛ばされて、やがて水色のシルエットとなり、ポリゴン片となって爆散した。戦闘を追えて、シノンは短剣を鞘の中に仕舞い込み、一息つく。

 

 俺はシノンに鍛錬を頼まれてから、昔懐かしい1層まで下り、そこにいる雑魚猪と交戦を開始した。鍛錬を開始した時は、とても懐かしい気分を感じた。このゲームを始めて間もない頃、完全なルーキーだったクラインを猪と戦わせて、戦い方などをレクチャーしたのだ。その時は、クラインはどんくさく動いたり、猪にどつかれたりして俺を笑わせて見せたものだった。

 

 きっとシノンもそんな感じだろうと思って、猪と戦闘をさせてみたが、そこで俺は度肝を抜かす事になった。シノンは素早く動いて猪の突進攻撃を回避し、その隙を突いて猪の横腹に攻撃を仕掛け、更にソードスキルも放つというコンボを披露して見せた。

 

 結果、シノンは一撃も猪の攻撃を喰らう事なく、猪を撃破した。まさか、ここまでシノンが玄人顔負けの動きと身のこなしを見せるとは思っても見ず、俺もリランも空いた口が塞がらなかった。

 

 

「な、なんて動き……」

 

《あれが初心者の動きか? 少なくとも、どこかで実戦を積んだような動きだぞあれは》

 

 

 リランの言う通りだ。あれは明らかにどこかで戦闘経験を積んだような動きだ。いや、そうじゃないかもしれないけれど、そうじゃないのだとすれば、恐ろしい運動神経と動体視力だ。シノンはもしかしたら、人並み外れた動体視力や判断力を持ち合わせているのかもしれない。

 

 

「なに、また私に内緒で脳内会話かしら」

 

 

 シノンの声で我に返り、俺は手を振る。

 

 

「そうじゃないよ。シノンの動きがすごくて、見惚れてたんだ。とても初心者の動きに見えなくてさ」

 

 

 シノンは短剣を引き抜き、手元でくるくると回して見せた。

 

 

「今のが1層の敵なの? 動きも遅くて、すぐに見切れるような奴じゃない。あんなのを倒したって強くなった実感がないわ」

 

「そりゃそうだよ。ここいらの敵はプレイヤーに動き方とかを慣れさせるために、弱いんだ。確かに戦っててもあまり面白くないかもな」

 

 

 シノンは短剣を再度鞘に仕舞い込んで、両手を腰に当てた。

 

 

「じゃあ、階層をある程度すっ飛ばしましょう。しばらく上がって行っても、同じような敵しかいないんでしょ」

 

「そうだな。しばらく上がっていっても猪やら蜂やら、本当に動物的な奴しかいないな。ワンランク上を求めるなら、緑色のリザードマンがいる5層くらいまで上がる必要があるかも」

 

「じゃあ5層まで駆け上がりましょう。そこにもっと実感の沸く敵がいるなら、そいつらと戦うわ」

 

 

 シノンの目を見てみると、その眼光は燃えるように揺らいでいた。やる気に満ち溢れている人間の眼光だ、あれは。あれくらいのやる気があるなら、1層で練習を続けるのはあまり上策とは言い難い。シノンの言う通り、5層まで一気に飛んでもよさそうだ。

 

 

「仕方がない。確かに1層に留まっていてもあまりいい成果は得られそうにないな。5層まで一気に飛ぼう。というかこれなら本当に年越しまで50層に辿り着きそうだ」

 

 

 俺は呟いた後にシノンとリランを連れて、1層の街……はじまりの街まで戻る道を歩き始めた。しかしその道中、いきなりリランが《声》をかけてきた。

 

 

《なぁキリト、少し気になっていた事があるのだが》

 

 

 リランの《声》で俺も重要な事を思い出した。そう言えば、リランの性別がどちらなのか確認したいと思っていたし、シノンも言っていたんだった。だけど、リランが気にしてた事も気になる。

 

 

「俺もお前について気になってた事があるんだけど、まぁいいや。お前から話してくれ」

 

 

 立ち止まって振り返ると、リランは頭を下げた。

 

 

《お前が昨日聖竜連合の一人からもらっていたアイテムは何だ。何か、重要な物資に見えたが》

 

 

 そうだ、昨日聖竜連合の一人が俺に謝罪するためにアイテムを一つ渡してきていた。何でも、あの巨像を倒した後の50層ボス部屋で見つけたそうだが、ボス部屋にアイテムが落ちていたなどという情報はあまり聞かない。

 

 アイテムウインドウを呼び出し、連合員からもらったアイテムを探してみたところ、見慣れない名前のアイテムが存在している事に気付いた。その名は、「ヘカトンケイルの腕」。ヘカトンケイルと言えば50層ボスの巨像の事だな。

 

 

「ヘカトンケイルの腕……こんなもの手に入れた覚えがないから、多分これだな」

 

 

 そのアイテムを指で押し、具現させてみたところ、ウインドウから白い光に包まれた塊が出現して、俺から少しずつ離れて行った。そして俺達から1メートルほど離れたところで一気に巨大化し、リランの角から尻尾までの長さと同じくらいの大きさになって止まり、地面にどすんっという重々しい音と衝撃を齎して落ちた。そしてその巨大な何かが覆っていた光が弾けると、光に包まれていた物の正体が明らかになったが、俺達は思わず声を上げて驚いた。

 

 青銅色の石のような固い質感で構成された腕。それはまさしく、あのヘカトンケイルの腕のうちの一本だった。

 

 

「これ、あの巨像の腕じゃねえか!」

 

「な、なによこれ。何かの腕に見えるけど……」

 

 

 興味深そうに見つめているシノンの横で、俺は気付いた。シノンはあの巨像が倒された後にここに来たから、巨像の事は知らないんだ。

 

 

「50層ボスの身体の一部だよ。50層のボスは、多腕の巨像だったんだ。だけどなんでこんなものが出て来たんだ。何かの素材かな」

 

 

 考えても用途が見当たらない。いや、もしかしたら武器や防具を作るための素材かもしれない。こういうゲームには、ボスとか敵モンスターの素材から武器や防具を作るというのが付き物だ。このアイテムもきっと、武器や防具を作るための重要素材……。

 

 

《キリト、このアイテムを我に与えてくれぬか》

 

「え? お前に与えるだって?」

 

《これはあの時の巨像の腕だが、同時に強い力を感じるアイテムだ。これを我が手にすれば、我はもっと強くなれる。そんな気がするのだ》

 

 

 その途端、リランと初めて出会った時の事が頭の中でフラッシュバックした。

 

 そうだ、リランは進化するドラゴンで、俺と初めて出会った時も、アイテムを口にした事によって姿を変えた。リランがこう言っているという事は、これが、ボスがドロップしたリランの進化アイテムなのだろうか。確かにこういうゲームでは、アイテムを与えられる事によって進化するモンスターが登場すると言うのは珍しい話ではないけれど。

 

 

「わかったけど、お前、これが食えるのか。石のように硬そうで、お前の歯も欠けちまいそうだぞ」

 

《心配ない。それでは、このアイテムはもらっていいのだな》

 

「あぁ構わないよ。それでお前が強くなるなら、俺は止めないよ」

 

《感謝する》

 

 

 そう言ってリランはヘカトンケイルの腕に喰らいついた。一見すると硬そうだったが、リランに噛み付かれると石のような腕はまるで肉のように柔らかく変質し、リランは軟化したヘカトンケイルの腕をぶちぶちがつがつという本当に肉を食っているような音を立てて喰らい始めた。

 

 俺達が目を点にしている中、リランは食事を終えて、聖竜連合の一人からもらったアイテムは蘇生アイテムのようにリランの栄養に変わった。

 

 

「美味かったか?」

 

 

 尋ねてもリランは何も答えない。かと思いきや、突然リランは空高く咆哮し、強い光にその身を包んだ。あまりに強い光に俺とシノンは目を閉じて、腕で目を覆う。これは、進化だ。リランは進化する時に強い光を纏って姿を変える。あの時と同じ、進化の光だ。

 

 リランを覆う進化の光は5秒ほど続いた後に消え果て、俺とシノンはすぐにリランに目を向けたが、そこで驚いた。

 

 リランの身体の至る所から毛が抜け落ちて、脚部、腕部、手、足、首がまるで雪のように真っ白に輝く鱗と甲殻に包み込まれ、逆に腹と背、胸、顔には白い毛がそのまま残っており、太腿の背後からも毛が生えて、耳の上部に生えていた角はその大きさ、長さを増している。更に翼は形はそのままだけど、最も外にある部分がまるでブレードのように鋭利なものに変化している。尻尾もまた、まるで剣が装着されたかのように鋭利な物へと変わっていた。

 

 狼の輪郭を持つドラゴンという点は変わっていないが、リランの姿は先程とは別のものに変化を遂げた。

 

 

「嘘……姿が変わって……」

 

 

 進化したリランの姿に驚いているシノンを横目に見ながら、俺はステータス画面を開き、リランのステータスを確認した。レベルは75のまま動いていないけれど、リランの能力値はその全てが進化する前と比べて格段に上昇しており、この進化で相当強くなった事を俺に実感させた。

 

 そして名前のところに目を向けてみれば、リランの名は《Rerun_The_SwordDragon》から《Rerun_The_BladeDragon》に変化していた。なるほど、今のリランの姿は前のリランの姿の上位種というわけか。まぁ進化するドラゴンなら当たり前だけど。

 

 

 そこで俺はシノンとの会話を思い出して、目を泳がせた。そうだ、リランの性別はどっちなんだ。リランは確実に性別のある種族だ、だから隈なく探せば、性別がどちらなのかわかるはず。そう思っていると、俺は思わずきょとんとしてしまって、ある部分に釘付けになった。

 

 リランの名前を示す部分である《Rerun》、リランの種族を示す部分である《Rerun_The_BladeDragon》の下に、性別を示す文字があった。そこに出ている言葉は、《Female》。《Female》という事は女性……即ち、雌だ。シノンの、そして俺の思っていた通り、リランは雌だった。

 

 

「シノン、リランの性別がわかったぞ! 雌だ!」

 

 

 シノンはこっちに目を向けた。

 

 

「あ、そうなの。っていうか、この状況を説明しなさいよ。何でリランの姿がこんなふうになっちゃったわけ?」

 

 

 そう言えばシノンにはリランが進化する竜だって事を教えるのを忘れていた。これからのために早急に説明しておかないと。

 

 

「リランは何らかの条件を満たす事によって、進化するドラゴンみたいなんだ。前に進化した時も、俺がアイテムを渡す事によって起きたから、多分今回もそれだろう」

 

「進化するドラゴン……ゲームとかだとよくある事ね」

 

 

 話をしていると、リランはそっと首を動かして俺とシノンを見つめてきた。

 

 

《力が漲ってくるような感じがある。我はどうやら強くなったようだな》

 

「どうやらもなにも、強くなったんだよ。お前は進化したんだ」

 

 

 リランは首を動かして自分の身体を舐めるように見つめた。

 

 

《進化……お前と初めて出会った時に見せたな。まさか一日後にまた進化できるとは思わなんだ》

 

「今回は条件が良かったんだろうきっと。次に進化できるのはいつになるだろうな。というか、お前が進化する要因はやっぱりアイテムによるものなのか」

 

 

 リランは俺に目を戻す。

 

 

《そうだな。我が力を得られるのは、お前達がアイテムと呼ぶものの中でもレアで、尚且つ我の力に反応するものらしい。ただ何も考えずにレアアイテムを口にしたところで我は力を得る事は出来ないだろう》

 

 

 腕組みをして、頷く。という事は、レアアイテムの中にはリランを進化させる要因を含んだものがあり、それを得る事によってリランが進化するようになっている仕組か。

 

 

「となると、今後お前を強くするには、お前を進化させる要因を持ったアイテムを手に入れていくという事になりそうだな。そしてそのアイテムの名は、「進化要因」って言ったところか」

 

《そうさな。いや、もしかしたらこの城を昇る毎に、我は強くなるようになっているのかもしれぬな……》

 

 

 思わず首を傾げると、リランは言葉を続けた。

 

 

《お前が先程寄越したアイテムはあの巨像を倒した事によって出現したアイテムだったそうではないか。もしかしたらだが、我の進化要因はお前達がボスと呼ぶ存在を倒せば手に入るものなのかもしれぬ》

 

「確かに……そう考えるとあの巨像があの腕をドロップした事も頷けるな。じゃあお前が強くなりたいと思った時には、ボスに挑む必要があるという事か。いや、レベルアップでの能力値の底上げは可能だけど、上位種の能力値には敵わないから結局は上位種に進化するほかないって感じか」

 

《そういう事だな。だからボス戦があるならば我も参加させてくれ》

 

 

 リランが強くなるには、レベルアップの他に進化要因を手に入れて進化する手段があり、進化の方がレベルアップと比べて圧倒的に能力値が上昇するし、見た目も変化する。うん、昔あったゲームによくあった事例だな。

 

 考えていると、リランは苦笑いしながらシノンに《声》をかけた。

 

 

《同じだな、シノン。我もお前も強くなる事を願っている。けれどお前達が羨ましい。お前達はレベルアップや経験でどうにでも強くなるのに、我は進化要因などというものを手に入れなければ強くなれぬ》

 

 

 シノンは首を横に振った。

 

 

「そんな事ないと思うわ。あんたは確かに進化要因ってのが必要になってるみたいだけど、あんたは私達よりも強いし、私達と同様に経験を積む事が出来るわ。だってあんたには心があるわけだし」

 

 

 リランの顔が笑顔になる。

 

 

《そう言ってもらえると心強い。共に強くなろうぞ、シノン。そしてキリトも》

 

「そうだな。俺も学ぶ事がまだまだ沢山あるし、強くなりたいって思ってる。そうじゃなきゃみんなを守ってこの城を終わらせる事なんか出来やしないからな」

 

 

 シノンが腕組みをして、リランを見つめた。

 

 

「リランもこうして強くなったわけだし、私も早く強くならないと。キリト、早く5層まで行きましょう。そこでペースを上げて鍛錬するわ」

 

 

 いきなり歩き出したシノンに驚き、俺とリランはその後を追った。その後ろ姿を見ながら、俺はシノンについてふと頭の中で考えた。

 

 シノンは強くなる事を求めてこうして鍛錬を始めたわけだけれど、それがどうしてなのか本人も思い出せないみたいだし、俺も何なのか予測できない。だけど、シノンの戦っている様子を見ると、何か大きな意志に突き動かされているように見えてくる。

 

 強くなりたいっていう大きな意志を心の奥底で持っていて、それに突き動かされながらシノンは短剣を振るっているように、俺は思える。

 

 

 強さが欲しいという大きな意志なんてものは、普通の日常生活では抱けないようなものだし、それにシノンはメディキュボイトを使ってカウンセリングを受けるはずだったのに、この世界に来たと言っていた。

 

 どうしてメディキュボイトを使うに至ったのか、どうしてカウンセリングを受ける事になったのか、シノンも気にしているみたいだけれど、俺自身もいつもの知りたがりが発動して気になる。シノンの過去に何があったのか、正直なところ気になって仕方がない。たとえそれがSAOのマナー違反であっても。

 

 近頃、知りたい事が沢山出てきて困る。でも、それもきっとシノンと一緒に居ればいつか分かりそうだし、リランの正体だって、この城を昇り続けていればわかるような事だろう。

 

 

(まずは、シノンの鍛錬だ)

 

 

 そう心の中で呟いて、俺はシノンの隣に並んで歩き始めた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 

 5層のリザードマン達の巣で、俺達は再度鍛錬を開始したのだが、そこでも俺は驚かされる事になった。

 

 薄暗い洞窟の中、シノンはターゲットにしていたリザードマンを素早く見つけていきなり戦闘を開始した。その時はリザードマンが先制攻撃を仕掛けたのだけれど、シノンはリザードマンの攻撃を猪の攻撃を避けた時のようにいきなり回避した。

 

 更に、リザードマンが剣を横に振れば後方に回避し、縦に振れば側面にフロントステップ。リザードマンの攻撃を一撃も受けずに動きを読み、次にどう出るかを常に考えているような動きを俺達に見せつけてきた。

 

 そしてシノンの動きに苛立ったリザードマンがソードスキルを放った隙を突き、鎧の間目掛けて短剣を食い込ませる。鎧の間を突かれて弱ったところにシノンは更にソードスキルを叩き込み、リザードマンを見事に撃破してみせた。

 

 リザードマンは猪や蜂とは違って初心者なら結構苦戦する相手だから、シノンも苦戦するんじゃないかと思っていたが、全然そんな事はなかった。シノンはリザードマンすらも軽く倒すくらいに高いバトルの潜在能力を持っている。ちゃんと取り組んでいるし、呑み込みだって早いし、更に動体視力なども他の連中と比べて著しく高い。

 

 いや、下手すれば俺よりも動体視力が良く、高いポテンシャルを持ち合わせているのかもしれない。そのくらいに、シノンの戦闘能力のセンスは光り輝いている。

 

 

《強いなシノンは。少なくとも他のプレイヤー達と比べて、目覚ましい動きを見せている。思った以上に、戦闘に向いているようだな》

 

「あぁ、それは間違いないよ。リザードマンはプレイヤーならまず一回は苦戦するような相手なんだけど、シノンは全く苦戦せずに倒して行ってる。かなり戦闘のセンスが高いと断定してもいいだろう」

 

 

 ただ一つ気になっている事がある。それはシノンの動きというか、攻撃している時の感じだ。シノンはどこか、武器が手に馴染んでいないような動きをする時があり、猪と戦っている時から今までずっと引きずり続けている。

 

 もしかしたら、本当は短剣が合ってないのかもしれない。それでもメイスや槍、大剣などと比べれば肌に合っているはずなのだが、やはりどこか向いてないところがあるようだ。

 

 

 一体何がシノンに適合している武器なのか……そう考えたその時、シノンが突然脱力したようにへたり込んだ。思わず驚いてシノンの元に駆けつけ、声をかける。

 

 

「大丈夫か、シノン」

 

 

 シノンの顔に目を向けてみたところ、シノンの顔は若干蒼くなっていた。

 

 

「ごめんなさい。何だか急に力が入らなくなって……ゲームの中だから、疲れないはずなのに……」

 

 

 このゲームは確かに肉体を使わない。けれどその代わりに脳をフル稼働させているから、普通にやり続けていれば疲れてしまう。それにシノンは早朝から真昼まである今までずっと戦い続けていた。こんな過酷な戦闘を繰り広げれば、疲れて当然だ。

 

 

「このゲームは脳をフル稼働させるゲームだ。ぶっ続けで戦ってたから、疲れが来たんだよ。外に出て休憩しよう」

 

 

 シノンは小さく「わかった」と言って、立ち上がった。シノンとリランを連れて外に出てみると、暖かい光と風が身体を撫でてきた。アインクラッド第5層は本日、良好な気候設定のようだ。これなら、十分な休息がとれそうと頭の中で呟き、リザードマンの洞窟から離れて平原部に行ってみたところ、リランが《声》をかけてきた。

 

 

《キリト、シノン。休むならば我に寄りかかるといい》

 

 

 そう言って、リランはその場に座り込んだ。確かにリランの毛は温かく、もふもふとしていて触り心地もかなりいい。寄りかかって昼寝でも出来たら、暖かい布団に寝転がっているみたいでさぞかし気持ちがいいだろう。疲れているシノンには尚更効果的なはずだ。

 

 

「休ませてくれるのか、リラン」

 

《いいとも。まだ鍛錬を続けるのだろう。休んだ方が良い》

 

「わかったよリラン。ありがとう。早速寄りかからせてもら――」

 

 

 そう言ってリランの身体を見たその時に、俺は思わず目を点にした。俺が寄りかかるよりも先に、シノンが既に座り込み、リランに寄りかかる形で眠っていた。……どうやらシノンでも居眠りはするようだ。まぁ戦い続けていたから当然か。

 

 

「あはは……まさかシノンに先を越されているなんてな」

 

《シノンはずっと戦い続けていたからな。戦った事もろくにないと言うのに、本当に健気だ》

 

「同意するよ。それじゃあ、俺も一緒に休ませてもらうよ」

 

 

 そう言って腰を下ろし、リランの身体に寄りかかろうとしたその時、シノンの口元から声が漏れた。

 

 

「ん……誰……あなたは誰……」

 

 

 思わずきょとんとして、シノンに目を向けた。徐々にシノンの顔が苦悶の表情に変わって行く。

 

 

「そうだ……あれは……見たくない……見たくないよ……」

 

 

 夢を見ているようだ。だが、この表情と言葉から察するに、あまり良い内容ではないのは確かだ。

 

 

「私、私はどうすればいいの、どうすれば、いやだ、たすけ、だれか、たすけて」

 

 

 徐々に助けを求めるような声に変わり、俺は思わず焦ってシノンに声をかけた。

 

 

「お、おいシノン、大丈夫か?」

 

「いやだ……いやだ、いやだ……」

 

 

 声をかけても起きてくれないし、シノンの顔に汗が浮かんでくる。これは、少し拙い。

 

 

「シノン、起きるんだ、シノン!」

 

 

 思わずシノンの身体に手をかけて揺すったその時に、シノンはハッと言って目を開けた。

 

 


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