キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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超急展開。今までの話の中で最も文字数が少ない回。


18:Human After All

《何か、何か来てるぞ!!》

 

「何か来てる? 何かって、何?」

 

 ここは安全圏の街中だから、モンスターが現れる事など無いし、そもそもモンスターが入って来る事は出来ないようになっている。なので、何か来ているとすればそれはプレイヤーであるとしか考えられない。

 

《とにかく、ユピテルとユイを連れて逃げるぞ、すぐそこまで来て――》

 

 

 リランが慌てて声を送ったその次の瞬間に、アスナから見て前方の壁が何の前触れもなく轟音と共に爆散した。あまりに突然の事に驚く前にアスナとユピテル、ユウキとユイの身体は壁に叩き付けられて、アスナはユピテルを離して床に倒れ込んだ。

 

 安全圏の中のはずなのに、どうしてこのような事が、この街に一体何が起きたのか――アスナは痛みに似た重い不快感に襲われる身体を動かして、周囲を確認した。

 

 先程まで平穏だった部屋の中はまるで竜巻にでも襲われたかのように滅茶苦茶になって、もくもくとした分厚い土煙のエフェクトに包み込まれており、家財道具はばらばらになっていたり、壁や床に突き刺さっていたりしていた。そして、その中にユウキとユイ、リランは倒れている。

 

「ユウキ、ユイちゃん、リラン……!」

 

 その中に我が子――ユピテルの姿が無い事にアスナは気付き、顔を真っ青にして周囲を見回した。滅茶苦茶になった家財道具と壁の破片、そして土煙のエフェクトのせいで、細かいものなどは全く見えない。まさか、今の爆発に巻き込まれてそのまま……。

 

「ユピテル、ユピテル、ユピテルッ!!」

 

 不安に駆られたアスナは咳き込みながらユピテルの名を叫び、その声を耳鳴りに邪魔されている聴覚で聞きとろうとするが、返事が返ってくる様子は皆無だった。

 

 だが、それから数秒も経たないうちに、元戻っているリランのような重々しい何かが歩いた時のような振動が足元から腹の奥底まで伝わってきて、アスナは驚きながら震動の原因を探したが――その次の瞬間に土煙が晴れた事により、この震動と爆発の原因を見つけ出した。

 

 崩れ落ちる家の中と外の境界線ともいえるところには、()()()()()()。いや、正確にはリランと同じ狼の顔と頭部を持ち、鎧を思わせる甲殻に身を包み、光り輝く爪と牙を持ち、大剣のような太い尻尾を生やしている狼龍。

 

 一目見ただけではリランと同一個体かと思ってしまいそうだったが、リランはユウキの近くで倒れ込んでいるので、リランではない事がすぐにわかった。

 

 現れている狼龍は、全身の毛も鎧甲殻も墨のような黒銀で、甲殻の方には金色のラインが入っており、背中から四枚の猛禽の翼ではなく人間のそれを思わせる甲殻と毛に包まれた長い腕を生やしており、金色の鬣も額の剣角もなく、瞳の色はエメラルドのような緑色だった。

 

 明らかにリランとは別種であるものの、リランと同じように、その周囲には聖剣を彷彿とさせる大剣が浮いている。そして……そのどこか禍々しさを感じさせる口元には、銀色の長髪の少年が銜えられているのがわかり、アスナは咄嗟に叫んだ。

 

「ユピテル……ユピテル――ッ!!」

 

 あの狼龍は一体何者だ。

 

 どうやってこの圏内を破ってきた。

 

 何故ユピテルを捕まえているのだ。

 

 そういった事を考えるよりも先に、捕まった我が子を助けなければという、動物的な本能に似た、とても強い衝動にアスナは駆られ、鈍い痛みに似た不快感を感じる身体を動かして剣を抜いていた。

 

 親友のリズベットに作ってもらってから、この層に来るまでずっと使い続けてきた、ランベントライト。それは今紫色の鋭い光を宿し、その刃先を閃光の如し速度で黒銀の狼龍に食い込ませようとしていた。

 

 吹っ飛ばされた時には驚きを感じていたが、今のアスナの中には限界を超えた憤激が満ち満ちており、それは全て手元の細剣が吸収して光に変えていた。凄まじき怒りの光――それを発生させている張本人である忌まわしき黒銀の狼龍の喉元目掛けて、アスナは全力の片手突きを放った。

 

 灯りを失って暗くなった周囲を、紫の強い光が照らし、爆発音のような轟音が鳴り響く。

 犯罪防止コードの発動圏内では、デュエルをしていない限りは、どんなにソードスキルを放ったとしてもプレイヤーのHPを減らす事は出来ない。

 

 この仕様のおかげで、アスナはこの狼龍からの攻撃を受けたとしても、逆にアスナが狼龍に攻撃をしても、不可視の障壁に守られてHPを減らす事はないのだが、ノックバックを発生させる事は出来る。

 

 思い切り強い衝撃を与え続ければ、この狼龍はユピテルを離すに違いない――アスナは怒りに満ちる頭の中の片隅で考え、ソードスキルを叩き込んだのだった。

 

 しかし、いつまで経っても相手を吹っ飛ばした、衝撃を与えたような手応えは帰ってこなかった。いくら不可視の障壁に阻まれたとしても、ソードスキルを叩き込んだ直後には、フィールドでモンスター目掛けてソードスキルを放った時と同じような手応えが帰って来る。

 

 だというのに、今はそれが帰って来る事はなく、そればかりか、まるで金属や分厚い石を叩いた時のような硬い衝撃が手元に帰ってきている。――それを感じ取ったところで、アスナはようやく手元の細剣が不可視の障壁ではなく、狼龍の持つ思念武器の聖剣に防がれている事に気付いた。

 

「この……このぉぉぉぉぉ――――――――――ッ!!!」

 

 目の前が紅く染まってしまうくらいの強い憤激。アスナはそれを咆哮として吐き出しながら剣に力を込め続ける。アスナの怒りを受け取った剣は紫色の光を更に強いものへ変えていき、やがてアスナと狼龍の周囲が紫一色に染め上げられる。

 

 ユピテルを返せ。

 

 わたしの息子を返せ。

 

 たった一人の子供を返せ。

 

 返せ、返せ、返せ、返せ、返せ、返せ!

 

「ユピテルを、返せぇぇぇぇ――――ッ!!」

 

 アスナの気持ちを、怒りを全て受け取った細剣・ランベントライトは持ち主に答えるように、その光を爆発させようとした――

 

 

 ばきぃんっ。

 

 

 次の瞬間、金属が切断されるような音が鳴り響き同時に紫の光は一気に消え失せて、アスナもフッと我に返る。一体何が起きたのか――そう思うアスナの瞳には、あるものが映し出されていた。

 

 それは、巨大な聖剣がぼろぼろになった床に突き刺さっている光景。その向こう側に、何やら見覚えのある小さな金属片のようなものが飛んでいた。

 

 あまりに唐突な事に、怒りに満ちていた頭の中が痺れたような錯覚を感じ取り、アスナは手元にゆっくりと目を向けた。――どんなモンスターの攻撃を受けても、鎧や甲殻を突いたとしてもびくともしなかった白銀の細剣ランベントライト。

 

 その刀身が、ちょうど真ん中あたりから消失していた。

 

「あ」

 

 その刹那に、聖剣の向こう側を飛んでいる金属片が、ランベントライトの上半分である事にアスナは気付く。

 

 まさか、押し負けた?――そう思った次の瞬間に、黒銀の狼龍は背中から生える両手に巨大聖剣を握り、目障りな少女目掛けて勢いよく振り下ろした。剣は少女の身体を斬り裂く事はなかったが、その分の衝撃によって床に叩き伏せられる。

 

「えぐッ」

 

 自分達プレイヤーが放つソードスキルが、虫に刺された程度に感じるほどの、あまりに強い威力を秘めた攻撃。そんなものを受けたにもかかわらず、アスナのHPは減るところを見せなかったが、その強すぎる衝撃はアスナの全身を駆け巡り、その自由を奪い取った。再び強い耳鳴りが走って完全に耳が塞がり、目の前が強く揺れて目が回る。

 

 その視覚も聴覚も潰されかけている中、アスナは狼龍の口元に捕えられている我が子に、身体の中で唯一動く部分である、左手を伸ばした。

 

「ユピ……テ……ル……」

 

 その他の風景などは全てぼやけていてよく見えなくて、狼龍の姿さえもぼやけたものに変わっているが、銜えられているユピテルの姿だけはよく見える。眠っているのか、気絶しているのか、ユピテルは狼龍の口元でぐったりしているだけで、アスナの声には答えない。

 

「ユピテル……ッ」

 

 少女の呟きをものともせず、狼龍は背中の腕を大きく広げた。直後に浮かんでいる聖剣達が赤色の光を纏いつつその周辺に集まり、翼を作り上げる。

 

 赤い光で周囲を染め上げるや否、狼龍は光の翼を広げて羽ばたき、周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら空へと舞い上がった。

 

 その際にアスナの身体はもう一度吹き飛ばされて、壁に激突した。頭に強い衝撃が走り、意識が一気に遠いた。周囲と同じように闇色に染まっていく視界の中、アスナは目の前にあるプレイヤーの姿を思い描き、その名を口にした。

 

「キリ……ト……く…………ん…………」

 

 それから意識を完全に暗転させるまで、そんなに時間は要さなかった。

 




Human After All → 所詮は人間 の意味。

次回更に急展開。

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