キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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20:世界の総帥

『我はこの世界の意志の総帥。この世界を守る者』

 

 突如として現れた白いローブと仮面の巨人は、そう宣言した。勿論、そのような言葉は初耳なものだから、俺達は思わず目を見開いてしまった。

 

「この世界を守る者……だと?」

 

 呟くと、仮面の巨人は更に言葉を発した。その声はやはり、男と女の声が混ぜられた合成音声のそれによく似ている。

 

『お前達は二年前この世界に降り立ち、この世界から脱するべく、100層を目指した。

 だが、お前達は100層の到達を我々の死である事を自覚する事もなく、ここまで来た』

 

 そのあまりに突然な言葉に、周囲からざわめきが始まる。俺達は確かに、この世界から脱出するために、この世界を終わらせるために、100層を目指してここまでやってきた。

 

 しかしこの城の100層に辿り着く事が、この世界の死を意味するとは思ってもみていなかったし、初めて聞いた。いや、そもそもあいつの言っている事は真実なのだろうか――。

 

 そう考えようとした直後に、仮面の巨人は更に言った。

 

『よって我々は、お前達をこの世界に永久に閉ざす事を決定した。我々は99層までを自ら解放した。99層までは、番人とも会わず転移門を使っていく事が出来る』

 

 その言葉の直後、クラインがあの始まりの時のような顔をする。

 

「俺達を永久に閉ざす……!?」

 

 クラインの隣のエギルが続ける。

 

「99層まで解放済み、だと?」

 

 まさかの、この世界のシステムそのものが階層を解放して見せたという事実にプレイヤー達は大きくざわめく。

 

 ここまで完全に自分達の力だけで上がって来たというのに、最後の最後で、プレイヤーではなくシステムによって階層が解放されるなんて言う事象は、誰が想定できたというのだろう。

 

「どういう事だ……階層が既に解放されているなんて……」

 

 第1層から攻略に打ち込み続けてきたディアベルが、酷く驚いたような顔をすると、仮面の巨人は更に言葉を紡いで見せた。

 

『お前達はこの第1層から第99層まで自由に行き来できるようになった。だが、それ以上先に進む事は、我々の世界を崩壊させる事に繋がる。よって我々は100層に辿り着こうとした者から喰らおう。命惜しくば、100層には行かない事だ』

 

 100層に近付くな。その言葉は酷く矛盾したものである事に、俺はすぐさま気が付く。

 

 この世界の意志の総帥と言えば、この世界を作り出して俺達を閉じ込めた張本人である茅場晶彦に他ならない。そしてあいつは、この世界が始まったその時に、俺達に100層を目指せと命じた。

 

 だが、あのこの世界の意志の総帥を名乗る仮面の巨人は、100層には近付くなと言っているし、プレイヤーが解放しなければならないはずの階層を全て解放するという意味不明の行動を取っている。

 

 明らかにあいつの言動は茅場晶彦の思っている事と真反対だ。という事はつまり、あいつはこの世界が解放されてしまうと都合が悪いと思っている人物。

 

 そして俺達の知る中でそんな事を考えてこの世界を侵し、プレイヤー達を連れ去り、《疑似体験の寄生虫》なんてものを作り出してプレイヤー達に寄生させていた人間が一人、存在している。しかもあの巨人の姿は、それに非常に酷似していると来ている。

 

 その、この世界の意志の総帥を騙る者の、本当の名は――

 

「《壊り逃げ男》だッ!!」

 

 仮面の巨人に夢中になっていた一同が集まる広場に、俺の声が木霊した。

 

 そうだ、奴しかいない。この世界を実験場にしてプレイヤー達に人体実験を仕掛けて、実に様々なデータを集めていた奴。

 

 この世界を管理するためのアカウント、マスターアカウントを持ってこの世界にログインしており、この世界に不要なものを沢山アップデートで持ち込み、滅茶苦茶にしていた張本人。

 

 そしてそいつは、現実では絶対に出来ない実験を簡単に行ってしまえるこの世界に終焉が来てしまう事を都合悪く考えていた。

 

 だからこそ、こうやってマスターアカウントの力を使ってこの場にプレイヤー達を集めて、自分をこの世界の意志の総帥などと言って、プレイヤー達に警告をしているのだ。

 

「あいつは《壊り逃げ男》だ! 俺達プレイヤーに散々実験を繰り返して、更にこの世界をクリアさせないようにしていた奴だ!」

 

「や、《壊り逃げ男》だと!?」

 

「あぁ。脱獄した後どこにいるのか気になってたけれど、ついに姿を現したんだ」

 

 いつの間にか、沢山の視線が俺とリランに集まってきている。血盟騎士団の団長である俺がこんな事を言いだしたから、皆目を向けずにはいられないのだろう。――好都合だ。

 

「《壊り逃げ男》、聞こえるか! こんな事をして、ユピテルを連れ去って、今度は何を企んでいるんだ! この世界を崩壊させようとしてるのは、お前の方だろうが!」

 

 仮面の巨人は言葉を返してきた。

 

『我はこの世界の意志の総帥なり。そのような存在ではない。そして、この世界を崩壊させようとしているのは、間違いなくお前達の方なのだ。恍けるなよ』

 

「恍けてんのはお前だろ!」

 

『お前達には警告をした。お前達は99層までを自由に行き来する事が出来るのだ、暮らしていくのには不自由ないだろう』

 

 全くと言っていいほど俺の話を聞く気がない。俺と直接話をする事が出来ているのか、それともあらかじめ用意された音声ファイルのようなものを俺達に向けて再生しているだけなのか。

 

 だが、この世界でこの場にプレイヤーを集めてそんな事が出来るのは、マスターアカウントを持っている《壊り逃げ男》だけだ。やはりあいつは、《壊り逃げ男》に間違いない。

 

 そしてさっきも言ったように、あいつこそがリランの亜種のモンスターを操り、ユピテルをアスナから連れ去った犯人だ。

 

「《壊り逃げ男》……あんたなのね……」

 

 突然聞こえてきた、よく聞いてる声色による声を聞いて、俺は思わず振り返った。そこにあったのは俯いたまま立ち上がっているアスナ――子供を《壊り逃げ男》に奪われた母親の姿。

 

 その手元には、ランベントライトの予備の細剣と思われる剣が握られており、アスナは柄を勢い良く掴んで軽くぶんっと振り回して鞘を取っ払うと、そのままぐっと顔を上げた。

 

 そこに浮かんでいる表情は、これまで見た事がないくらいに強い怒りに満ちたもので、そのあまりに鋭い眼光に背筋が凍りかけた。

 

 その眼光のままアスナは仮面の巨人を睨みつけて、叫んだ。

 

「よくもユピテルをぉぉぉぉ――――――――――――ッ!!!」

 

 俺と同じように周囲に声を木霊させながら、アスナは思い切り振り被り、そのまま細剣を力いっぱい巨人の仮面目掛けて投げ付けた。

 

 アスナがユピテルを奪われた事にどれだけのショックを受けたか、そしてその犯人である《壊り逃げ男》にどれだけの強い憎しみを抱いているか、俺はすぐさま理解する事が出来、あの剣にはアスナの気持ちが全て乗せられている事を察する事も出来た。

 

 そんなアスナの手から離れた細剣は目に見えない速度で縦回転を繰り返し、空気も大気も切り裂きつつ空を駆け抜けていき、巨人へと接近した。

 

 ――が、アスナの思いを乗せた細剣は仮面の巨人に到達するや否、そのまますり抜けて飛んで行ってしまった。

 

「……?」

 

 仮面の巨人に一撃を与えてくれると思っていた細剣の裏切りに、細剣を投げつけた張本人であるアスナも、その様子を見ていた俺達も、完全に凍り付いた。

 

「なっ……」

 

 仮面の巨人は軽く顔を上げる。攻撃を受けた様子もなければ、ダメージを追っているような様子もない。その証拠に《HPバー》そのものが確認できなかった。

 

 無傷の仮面の巨人に唖然とするアスナに、ユイが声をかける。

 

「アスナさん落ち着いてください。あれはホログラフです」

 

「ホロ……グラフ?」

 

 アスナからの攻撃を受けた仮面の巨人は特に何の反応もせずに、声を続けた。

 

『お前達は99層まで解放されたこの世界で、この世界の民となるのだ。心配はいらない、お前達を満たすものはすべてこの世界に揃っている。

 もう一度言おう。命が惜しくば、100層への道を登るのはやめるのだ。警告はしたぞ――』

 

 その言葉が周囲に残響した直後に仮面の巨人は天へと昇っていき、途中で元の光の球体へ姿を変え、光輝いている水面へと消えていった。それから数秒も経たないうちに、第2層の底は完全に元に戻り、広場には静寂が齎される。

 

 このデスゲームが始まった時にも、茅場晶彦のアナウンスがあった後にはこうやって皆が沈黙し、そして大混乱を引き起こした。もしかしてまたそんな事が起きてしまうのではないかと思った直後に、俺の勘は早速当たった。

 

 始まった時には10000人いたプレイヤーは、今現在では6000人ほど。そしてこの場には、その6000人が集められている。

 

 それらはこのデスゲームが始まった時と同じように、叫び散らし、広場をびりびりと揺らし始める。

 

「ふざけんな!! 俺達は、俺達はここまで来たんだぞ――ッ!!!」

 

「今更幽閉だと!? 誰が乗るかそんな話――ッ!!!」

 

「出て来い、出て来い《壊り逃げ男》――ッ!!!」

 

 俺の言葉は皆に通じていたらしく、叫ぶ者達は天へと消えた仮面の巨人を《壊り逃げ男》だと理解しており、《壊り逃げ男》に罵声と怒号をぶつけ続けている。その中を見てみれば、クラインやディアベルまでも混ざってしまっている有様だ。

 

「野郎、今度は何をするつもりだ! 俺にまた嘘夢を見せるつもりかぁ――――――ッ!!!」

 

「俺達を舐めるな!! 攻略をやめるつもりなんかないぞ、《壊り逃げ男》――――――ッ!!!」

 

 あの時のような絶望や悲鳴などと言った負の感情は感じられないが、その代わりと言わんばかりに、皆の顔には《壊り逃げ男》への強い怒りが見える。

 

 きっと今の皆に話しかけたとしても、誰も落ち着きを取り戻したりはしないだろう。皆が落ち着くのには、俺が号令をかけるよりも、時間を経過させる方が良さそうだ。

 

 

 そう頭の中で考えた直後に、俺は腕を何かに掴まれたような感覚で咄嗟に振り向いた。そこには、怒号と罵声の中、全くそれらを口にしていないイリスの姿があった。その顔には、かなり険しい表情が浮かべられている。

 

「キリト君、私の声、聞こえるかい」

 

「聞こえます。かなり小さいですけれど」

 

「それならいいんだ。ひとまず、教会へ撤収しよう」

 

「撤収ですか」

 

 イリスは周りを見回した後に、もう一度俺とリランに顔を向ける。

 

「君も考えてただろうけれど、連中が落ち着くには時間が必要だ。既に落ち着いている私達は、先に作戦会議を、これからの事を考えるべきだ。

 子供達は保母達に任せるから」

 

 既にイリスに考えを読まれていた――いや、イリスもまた同じ事を考えていた事を知った俺は、同じように周囲を見回す。

 

 確かに《壊り逃げ男》に思いきり怒りたいという皆と同じ気分を感じてはいるけれど、多分皆よりも俺とリランは落ち着いているし、その気になれば、すぐさま考えをそっちの方に回す事も出来そうだった。

 

「わかりました。ひとまず俺達だけで教会に行きましょう」

 

 俺はリランに逸れないように声をかけると、イリスに手を引かれるまま歩いた。その際にはイリスは俺の近くにいたシノン、ユイ、アスナ、リズベット、シリカ、リーファ、フィリア、アルゴ、そしてストレアも捕まえており、広場を抜けて歩き慣れた道を通り、教会に辿り着いた時には俺を除いて全員女性のパーティのようなものが組まれていた。

 

 

 そのパーティで教会の面会室へ進んで、その中に入るや否、イリスは軽く空気を吸った後に、話を始めた。

 

「さてさて君達。とんでもない事が起こってしまった事はわかるよね」

 

 イリスの言葉を受けた俺達――その中でアスナが最初に口を開き、か細い声を出した。

 

「イリス先生……ユピテルが……ユピテルが……わたし、ユピテルを……」

 

 今にも泣き出しそうな声をしているアスナにイリスは近付き、その頭に手を乗せた。

 

「あぁ。さっきのあれ、見させてもらったし、今朝の情報も見た。ひどい目に遭ったみたいだね、アスナ。

 さっき《壊り逃げ男》に向かって攻撃してたのは、大方ユピ坊を《壊り逃げ男》が連れ去ったからだろう」

 

 イリスが優しげな声をかけると、アスナは床にぼろぼろと涙をこぼしながら、再び泣き始める。

 

「わたしっ……ユピテルを守れなかった……ユピテルを助けて……あげられなかったッ……」

 

 フィリアが首を横に振り、アスナの肩に手を乗せる。

 

「泣かないでアスナ。アスナは悪くない。悪いのは全部《壊り逃げ男》だよ」

 

 シリカが少し不安そうな表情を浮かべつつ、イリスに声をかける。

 

「イリス先生はキリトさんと同じように、あれを《壊り逃げ男》だって思ってるんですか」

 

 イリスはシリカに頷く。

 

「あぁ。あいつは間違いなく《壊り逃げ男》によるものだし、《壊り逃げ男》が作り出したホログラフだ。

 どうやら《壊り逃げ男》は、この世界がいよいよ解放に近付いてきてる事を都合悪く思い、あんなセレモニーを行ったんだろう」

 

「《壊り逃げ男》は……捕まってたんじゃないんですか……」

 

 俺は咄嗟に声の方向に顔を向ける。そこにあったのは、これまで《壊り逃げ男》が脱走した事を知らなかった――いや、知らされていなかったシノンだった。

 

 そしてその表情は悔しそうな、悲しそうな、不安そうなものが混ざり合ったようなものであり、イリスは少し答え辛そうに言った。

 

「すまないシノン。君には黙っていてしまった。《壊り逃げ男》は既にアインクラッドに解放され、暗躍していたんだよ。

 最も、研究機器の全てを奪われたから、もう実験なんて出来ないって私達も楽観視していたんだが……裏目に出た」

 

「なんで、黙ってたんですか……」

 

 イリスはシノンに向き直った。

 

「君に余計なショックを与えないようにしたかったからだよ。隠していた事は素直に謝ろう。

 だが……どうやら奴の狙いは、シノンではなくなったと考えるべきのようだ」

 

 《壊り逃げ男》の本拠地に殴り込んだ時の事は今でも鮮明に覚えている。あの時《壊り逃げ男》はマスターアカウントの機能を使って拳銃を輸入し、拳銃にトラウマを持つシノンに発砲。シノンの心に深刻な傷を負わせたのだった。その事から、俺は《壊り逃げ男》はシノンに執着しているのではないかと思っていたのだが……。

 

「《壊り逃げ男》の狙いがシノンじゃなくなった? って事は、今度は何をターゲットにしているんです」

 

 俺の言葉にイリスは首を横に振る。

 

「私にもわからないよ。だけど、アスナの家をわざわざ狙って、ユピ坊を連れ去ったという今日の事件から察するに、あいつの狙いはアスナに向いている可能性が非常に濃厚だ」

 

「アスナを狙ってる? なんでまた?」

 

 アスナと過ごしている時間がユピテルよりもちょっと長いユウキが驚いたように言う。

 

 確かにアスナはリランと出会うまでは攻略の鬼と呼ばれるほど攻略を急いでいたが、それは同時に心がひどく傷み、荒んでいた事を意味する。

 

 その辺りはシノンと同じだが――いや、もしかしたらシノンもアスナも同じように心に傷を負っていたから、二人は出会ってすぐに仲良くなれたのかもしれない。

 

 だが、何故より深いトラウマを持つシノンから、アスナへターゲットを移行したというのだろうか。それに言い方は悪いかもしれないが、アスナの方はリランとユピテルが積極的に治癒したから、心の傷はあまり深くないはず。

 

「それもわからない。そもそも、私は《壊り逃げ男》の考えを把握しているわけじゃないからね。だけど、あいつはこの世界をクリアしてもらいたくないんだよ。基本的にこの世界はデスゲーム、死ねば本当に死ぬ世界だから、誰も積極的に入り込もうとはしないけれど、プレイヤー達はこの世界に脳を預けている状態だ。

 警察や政治家達に妨害されないで、クライン君の時のような実験をするには最高の場所だろう。まぁ、その前に警察も政治家も《壊り逃げ男》のおかげで軒並み首すっ飛ばされちゃったけれどね。癒着賄賂暴露祭り開催で」

 

「って事は、《壊り逃げ男》はまだ《疑似体験の寄生虫》の研究をしている可能性があるんですか」

 

 リーファの問いかけにイリスは頷く。

 

「あぁ。そして実験場の方にあいつの姿がないとなると、あそこではないどこかに、あいつは実験場を再び構えた。そこは、90層以降である可能性が高いだろう」

 

 その時、ストレアが何かをぶつぶつと呟き始め、それは徐々に大きなものになっていく。

 

「……99層までを解放……犯人は《壊り逃げ男》……皆は《壊り逃げ男》に怒ってる……」

 

 直後、ストレアは何かに気付いたような顔になり、叫んだ。余りに突然の大声に、皆がほぼ一斉に驚いてストレアに顔を向ける。

 

「た、大変だよ!」

 

「わわっ、どうしたんだストレア!?」

 

 ストレアは俺達を見回しながら、説明を始める。

 

「あの時《壊り逃げ男》は99層まで解放したって言ってたけれど、多分きっとそれは本当。あいつはマスターアカウントを持ってるから。

 だけど、あの宣言は《壊り逃げ男》の挑発なんだよ! あんなふうに言われて、100層まであとちょっとのところまで道を開かれたって知った皆は、一目散にそこに行っちゃう!」

 

 その時点で俺達はストレアが何を言おうとしているのか、何を予測したのかを理解し、そのうちの一人であるアルゴが言った。

 

「そうか……連中はあんなふうに言われて頭に血が昇ってル。そしてクリアへの道が解放されてるとあれば、皆そこに一目散だガ……99層から100層を繋ぐ道に落とし穴を張っておけば、皆そこを踏んで真っ逆さまダ。《壊り逃げ男》は、皆を罠にかける気でいるんだヨ!」

 

 アルゴの言葉で、俺の頭の中に《疑似体験の寄生虫》の卵があった場所がフラッシュバックされる。あそこは《壊り逃げ男》が何らかの実験を行うためにプレイヤー達を拉致監禁し、《疑似体験の寄生虫》を寄生させていた場所だ。

 

 もしアルゴの言うように100層への道に、もしくは99層の迷宮区などに《壊り逃げ男》が罠を張っているのであれば、皆そこへ向かい、罠に落ち、実験台にされてしまう。しかもそんなところに行くのはここまで進んできた歴戦の戦士達、即ち攻略組だ。

 

 このままでは攻略組の者達が全員、《壊り逃げ男》の手に落ちてしまう。何とかして皆を落ち着かせて現状を把握させなければ。

 

「拙いぞ。このままじゃ皆、攻略に向かってしまう……」

 

 もし皆が、ここまで進んできた仲間達が皆、《壊り逃げ男》の手に落ちてしまったら――無意識のうちにそんな事を考えてしまい、身体が震え始めたその時に、耳元に凛とした《声》が響いてきた。

 

《落ちつけキリト。まだ皆が猪になる前だ。今から手を撃てば、何とかなるぞ》

 

 《声》の主は、この中で唯一人の頭の中に《声》を飛ばす事の出来るリランだった。そしてそれは、俺の肩に乗って顔をじっと眺めている。

 

 その赤色の瞳を眺め返しつつ、俺は答える。

 

「なんとかって、なんだよ」

 

《お前は血盟騎士団のボスだ。ひとまず血盟騎士団はお前を置いて攻略に出かけるような事はしないだろう。

 その他の者達はお前を信頼しているから、お前から何かしらの提案が来れば、足を止めて話を聞くはずだ》

 

 言われてみれば、俺は血盟騎士団の団長だから、俺の指示があれば血盟騎士団の者達はひとまず話を聞いてはくれる。今はすごい興奮状態にあるけれど、それでも俺からの指示を無視する事はないはず。

 

 そして聖竜連合やその他のギルドの者達も、俺からの提案を無視する事はそんなにないから、俺が何かしらの提案をすれば聞いてはくれるはず。

 

「そうだな……皆、今のところ興奮してるけれど、俺の話は聞いてくれるはずだ」

 

 イリスがフッと笑う。

 

「血盟騎士団団長任命された事が役に立ったみたいじゃないか。

 キリト君、まずはクライン君やディアベル君達ギルドリーダーにメッセージを送るんだ。それでひとまず彼らを一点に集めて攻略会議をするんだ。《壊り逃げ男》の罠があるかもしれないとはいえ、あいつは99層までを既に解放している。《壊り逃げ男》をどうにかする事が出来たら、君達は100層に進めるんだ」

 

 イリスは俺の瞳を見つめて、険しい表情を浮かべた。

 

「もうじき君達はこの世界から解放される。恐らく、次の攻略が100層への扉を、ラストボスへの扉を開く戦いとなるだろう。何があっても対応できるように、しっかりと準備するように伝えるんだ。間違ってもそのまま突っ込んだりするんじゃないぞ」

 

 イリスの言うとおりであるとは既に分かっていた。

 

 《壊り逃げ男》は99層までを解放する事そのものは可能だし、あいつはプレイヤーを罠に引っ掛けるために本当に解放している可能性が高い。

 

 だが、もしあいつの罠を見破り、あいつをもう一度倒して牢獄へ突っ込んで幽閉すれば、俺達は何も心配ごとなく100層へ、ラストボスの待つ最終地点へ向かう事が出来る。

 

 今は《壊り逃げ男》の挑発に乗って99層を目指すよりも、その先100層に辿り着いて、そこにいるラストボスを倒す事を最優先に考えるべきだ。

 

「わかりました。ひとまずギルドメンバー達に声をかけてみます」

 

「あぁ。君からのメッセージだったならば、皆、足を止めてみるはずだからね。

 100層までの道のりは既に開かれたも同然だが、ここで気を抜くような事は絶対にやっちゃ駄目だ。いいね?」

 

 俺は頷き、メッセージウインドウを開いて、文面をまとめた。

 

 

『血盟騎士団とギルドの者達へ

 99層までを解放されて、頭に血が昇っているかもしれないが、今はそこへ突撃するのではなく、ひとまずはいつもどおり攻略会議をやるべきだ。

 本日の12時より55層血盟騎士団本部にて攻略会議を行う。攻略組はもれなく出席するように。

 間違っても、99層へは近付くな』

 

 




いよいよ、クライマックスまであとちょっと。
もう少しだけお付き合い願います。

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