キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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21:最終討伐戦・作戦会議

 《壊り逃げ男》による解放宣言の後、俺は攻略組全員にメッセージを送り、そのほぼ全てを血盟騎士団の会議室へ集めた。

 

 攻略組のリーダー達ではなく、一人一人に聞いてほしい話だったため、俺はこれまで戦って来てくれた戦士達の全員を集めたわけだけど、会議室はまるでイベント会場のようにごった返してしまい、とても話しどころではなくなってしまったため、会議の場所を血盟騎士団本部前の広場に変更した。

 

 そこで俺は皆に声を伝えられるようにほんの少しの高台――校庭や体育館に生徒を集めてスピーチを行う校長先生が使うようなもの――の上に立ち、作戦会議を開始した。

 

 正直なところ、こんなにたくさんの人間を集めて話をするなんて、ソロプレイに躍起になっていた頃には想像もしていなかったものだから、不思議な新鮮さと誇らしさを感じている。そのおかげなのか、全くと言っていいほど緊張する感じが無く、俺はいつもどおり話を始められた。

 

「皆に集まってもらったのは他でもない。午前中、俺達を第1層に強制転移させて出て来たあの異様な巨人だが、あれの正体はあの時言ったように《壊り逃げ男》だ。

 《壊り逃げ男》は、ここアインクラッドを実験場へと変えて、俺達を実験動物のように扱ってきた」

 

 沢山のプレイヤー達の中に紛れている――《疑似体験の寄生虫》の被害者であるクラインが挙手する。

 

「あいつはとんでもない野郎だぜ。あいつのおかげで、俺達は有りもしない嘘夢に苦しめられたんだからな」

 

「そうだ。しかしみんなの活躍によって、あいつは牢獄に投獄されていた。だが、あいつはいつの間にかこの世界へ解き放たれ、俺達が攻略を進める裏で暗躍をしていたんだ。この事は、既に話しているだろう」

 

 プレイヤー達の中でざわめきが見えたが、予想以上のものではなかった。前もって《壊り逃げ男》が逃げ出していた事を話しておいてあったのが理由らしい。

 

 少しだけざわめいているプレイヤー達に、俺は更に話を続ける。

 

「解き放たれたあいつは裏で活動を続けて、あんなものを俺達に見せつけてくれた。そして、あいつの言っていた事だが、あれは真実だ。99層《終わりの街・ヨジェ》が既にアクティベートされている」

 

 この作戦会議を行う前に、血盟騎士団の者達に99層が本当に解放されているのかどうか確認させてみたところ、本当に97、98、99層のアクティベートが完了している事が判明したのだ。

 

 最初聞いた時は驚いたけれど、同時に《壊り逃げ男》に弄ばれているような感じがして、気持ちが少し悪くなった。

 

「既に100層への道が開かれているって事だな」

 

 ディアベルからの声に頷く。あの時は激しく怒っていたディアベルも今となってはすっかり落ち着き、攻略組の司令塔に戻っている。

 

「そういう事だ。多分皆はこれを聞いて、100層に今すぐ向かいたいって考えると思うんだ。だけど、今は突っ込んじゃいけないんだ」

 

 これから99層へ向かい、100層へ向かう――そんな言葉が俺の口から放たれると思っていたのだろう。目の前のプレイヤー達はざわめき始めて、血盟騎士団の方から抗議にも似た声が聞こえてきた。

 

「何故です団長。ゴールはすぐ目の前ですよ!」

 

「ここで打って出ないでどうするんですか!」

 

「もうすぐ現実世界に帰れるんですよ!?」

 

 聞こえてくる言葉の内容。その全てに俺は納得している。

 

 俺達はこのデスゲームが始まったその時からこの世界を脱するべくレベル上げ、作戦の練り上げなどを行い、ここまで攻略を進めてきた。そして《壊り逃げ男》によるものとはいえ、ついに99層に辿り着き、ゴールである100層を目前にしている。

 

 ここを乗り越えれば、俺達はこのゲームから解放されて現実世界に帰る事が出来るのだ。だが、それは《壊り逃げ男》という存在がなかった場合の話。

 

「皆の気持ちも痛いくらいにわかるよ。だけど《壊り逃げ男》があぁ言った理由には、100層までの道に何かしらあるという背景があるからだと思うんだよ」

 

 騒いでいた皆がその声を小さくする。それを好機と言わんばかりに、俺は考えを話す。

 

「あいつのあの言い方と99層解放の行動は、明らかに俺達に対する挑発だ。あいつは俺達を、実験動物であるプレイヤーを再び捕まえるために、100層への道に罠を張って、俺達が引っ掛かる時を待っているんだよ。

 確たる証拠はないけれど、あいつはこの世界を最も利用しているような奴、この世界が解放される事を都合悪く考えている奴だ。下手に突っ込んでしまえば、それこそあいつの思う壺……それこそかつてのPoHみたいに、俺達の抹殺を企んでいる可能性さえある」

 

 長い台詞の中に混ざっている抹殺という言葉に反応したのか、プレイヤー達は騒ぎ始める。あいつは俺達を実験体と考えているだろうけれど、あまりに危険だと判断した場合は排除を試みてくる可能性が極大だ。

 

 現に、あいつは《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の連中に《疑似体験の寄生虫》を取り憑かせてその感情データを採取していたけれど、《笑う棺桶》が余りに危険因子であると判断しており、最終的には自殺させようとしていた。

 

 俺達を《笑う棺桶》の二の舞にしようとしてくる可能性は、ほぼ100%と言えるだろう。

 

「そこで、血盟騎士団の団長して命令しよう。一旦攻略中止だ。俺達はここまで上がってきた。上がって来る事が出来た。その命を《壊り逃げ男》なんかに渡していいわけがない」

 

 当然というべきなのか、一気に広場がざわめき、抗議にもブーイングにも似た声が上がり始めた。

 

 当たり前だ。ここまで上がって来たというのに、団長自らが攻略中止を言い渡してしまうんだから。だけど俺だって、この光景を予想していなかったわけではない。

 

「静かにしてくれ。何も攻略を永久に止めるなんて言ってるわけじゃない」

 

 俺が言い渡すと、再び広場に静寂が取り戻された。チャンスを掴んだと思った俺は、考えを全て話し込んだ。

 

「俺達の最大の障害は間違いなく《壊り逃げ男》だ。《壊り逃げ男》をどうにかしなければ、あいつは再び悪事を初めて、最悪の場合は《ムネーモシュネー》を復活させてしまうかもしれない。そんな事になれば、もう100層への突入は不可能になるだろう。その前に、俺達は《壊り逃げ男》というの名の障害を排除しなければならない。

 あいつはこのアインクラッドのどこかに潜伏していて、どこかにアジトを築き、そこから俺達を捕まえようと計画しているに違いない。そこで、俺達で再び討伐隊を組み、あいつの捜索を行う」

 

「《壊り逃げ男》、討伐隊……?」

 

 俺の言葉を受けたプレイヤー達はまたまたざわめき始める。その中に向けて俺は更に言葉を飛ばす。

 

「《壊り逃げ男》は《ムネーモシュネー》のリーダーだ。《壊り逃げ男》自身は脱獄したが、《ムネーモシュネー》の連中はまだ捕まったままだ。尋問をかければ《壊り逃げ男》がどこにアジトを構えるか吐き出すかもしれない。そこで、《ムネーモシュネー》の連中に尋問をかけて《壊り逃げ男》が潜伏していそう場所を吐かせる。それを手掛かりに、《壊り逃げ男》の新たなるアジトを探す。100層攻略前に、その作戦に出るぞ。

 この作戦が成功した時、俺達の目の前には100層への道が開かれる」

 

 その言葉を皮切りに、俺は思い付いている作戦の全てを伝えた。しんと、周囲が静まり返ったが、すぐさま俺に向けた声が聞こえてきた。誰かと思ってその方向に顔を向けてみれば、それはディアベルだった。

 

「……その考えには賛成だが、本当に俺達で《壊り逃げ男》を見つける事が出来るのか」

 

「わからない。もしかしたら俺達ではどうにもできないような方法を使って潜伏しているかもしれない。だけど、このまま《壊り逃げ男》を放っておいたら、プレイヤーを使った人体実験が再び始まる危険性が非常に高いんだ。そうなった場合、100層に行く事も出来なくなるだろう。《壊り逃げ男》は《笑う棺桶》以上に危険な存在だ」

 

 続けて、血盟騎士団の方から声が上がる。

 

「もし、《ムネーモシュネー》の連中が尋問されても何も吐かなかった場合は」

 

 勿論、その場合の事も俺は既に考えている。そもそも《ムネーモシュネー》の連中は《壊り逃げ男》に従っているだけの人間達であり、本拠地を叩いた時に、それらは全て気弱な人間である事、戦闘能力に欠けているという事が判明している。

 

 しかも連中はこのゲームの仕様すらもよく理解していないらしく、グリーンプレイヤーである俺達に平然と攻撃を仕掛けてきたため、ほぼほぼその全ての《ムネーモシュネー》がオレンジプレイヤーになってしまっている。ので、あいつらを回廊結晶で飛ばしてフィールドに行かせ、剣で尋問を駆ければ即座に貴重な情報を吐き出す可能性は高い。

 

 ――間違って殺してしまったとしても、相手がオレンジプレイヤーだから、俺達がオレンジになる事はないし、流石の連中も死を目前にすれば、重要な情報を吐き出さざるを得ないだろう。連中はただの研究員であり、戦争中に捕虜として捕まった場合の訓練を積んだ兵士ではないのだから。

 

「……奴らは俺達に人体実験などという許されざる行為を働いた。吐き出さない場合は遠慮なくフィールドに連れ出して武器で脅せ。奴らは本拠地を責められた時に俺達に攻撃を仕掛けて、オレンジプレイヤー化しているのもいるからな。そういう奴に狙いを絞って、脅してやるんだ」

 

 自分でもかなり凶悪な事を言っていると思うし、周りの者達もひどく驚いているのがわかる。だが、そうでもしなければ奴らは重要な情報を吐き出す事なんかないだろうし、そもそもあいつらは俺達プレイヤーをただの実験動物としか思ってないから、あんな事を平然と行えるのだ。

 

 そんな奴らに情けをかける必要なんて、無い。

 

「作戦は以上だ。100層を前にしてるっていうのに、こんな作戦を出す事になったのは非常に残念だ。異論は勿論受け付けるから、この場で言ってくれ」

 

 100層を前にしているというのに、やらなきゃいけない作戦は《壊り逃げ男》の討伐戦。きっと抗議の声が次々上がるだろうと思っていたが……どんなに待ったとしても、抗議の声は全くと言っていいほど上がって来ず、寧ろ戸惑うような声が次々と上がってきているのがわかった。

 

 しかし、それから数分も経たないうちに、一つの声色による声が周囲に響いた。

 

「血盟騎士団団長の言う通りだぜ」

 

 声の主は、和風の甲冑に身を包んだ武士であり、風林火山のリーダーであるクラインだった。何事かと思って顔を向けてみると、クラインは集まるプレイヤー達をかき分けながら俺の立っている台の前にやってきて、皆の方に身体を向けて、響き渡る声を出した。

 

「俺はあいつに嘘夢を見せられた事があるからよくわかるんだ。あいつは放っておいたらヤバい奴だ。この人の言うように、《笑う棺桶》以上に危険なんだよ。俺達はついにここまでやってきた。だけど、最後の最後であんな嘘夢を見せるような奴に何かされちゃたまったもんじゃねえ。

 だからこそ、今はちょっと100層に行くのを我慢して、《壊り逃げ男》の討伐を行うべきだ。少なくとも、俺達風林火山は血盟騎士団団長の作戦に乗るぜ」

 

 クラインの声が周囲に響いていくと、ざわめきのあった広場はすっかりその落ち着きを取り戻していた。やはり《疑似体験の寄生虫》の最初の被害者の言葉だからだろうかと胸の中で思っていると、クラインのようにプレイヤー達をかき分けて、俺の元へ向かって来ている者の姿が確認できた。

 

 青い鎧を身に纏った攻略組の優秀な指揮官ディアベルであり、ディアベルはクラインの隣に並ぶと、同じようにプレイヤー達に向き直った。

 

「俺も血盟騎士団の団長と風林火山のリーダーに賛成だ。《壊り逃げ男》はこのアインクラッド最大の脅威でもあり、下手をすれば100層で待ち構えているラストボスよりも厄介な存在であるとも考えられる。

 確かに100層を目前にしてそこに行かないというのは歯痒いと思うけれど、今は《壊り逃げ男》討伐に向かうべきだ。そうでなければ、きっと俺達は安心して100層に向かう事が出来ないだろう」

 

 ディアベルは周囲を見回して、聖竜連合の者達の存在を確認してから、力強く言った。

 

「聖竜連合ボスとして提案する。血盟騎士団団長の提案を受け入れて、《壊り逃げ男》討伐作戦を決行するべきだ。異論がある奴は、出てきてくれ」

 

 ディアベルの言葉が周囲に響くが、異論を唱える者は現れなかった。こうやってディアベルがプレイヤー達を集めて作戦会議をするのは、第1層の時と同じだけど、あの時はキバオウが突然乱入して来たんだっけか。

 

「異論はないみたいだぜ、キリト」

 

 ディアベルからの声で俺はハッと我に返り、目の前に視線を戻した。集まっているプレイヤー達は、皆少し険しい表情を浮かべていて、俺の事を眺めている。どうやら、ディアベルの言う通り、異論はないらしい。

 

「……俺達は100層を目前にしている。そして《壊り逃げ男》は、そこを塞ぐ最後の敵だ。

 皆で《壊り逃げ男》を討伐し、安全を確保したうえで100層を目指す! 《壊り逃げ男》との戦いを、勝つぞ!!」

 

 勢いよく宣言すると、集まったプレイヤー達から拍手が上がり始め、やがて広場は乾いた拍手の音に包み込まれた。100層を目の当たりにした皆からは反対の声が上がると思っていたのに、皆がこうやって賛成してくれているのがわかると、心の中に喜びが突き上げてきて、身体の中が熱くなった。

 

 そして拍手が止む頃に皆はそれぞれ散らばっていき、俺は台から降りたが、それを察したかのように、台の前に立っていたクライン、ディアベル、いつの間にか参加していたエギル、シノン、リラン、アスナ、リズベット、シリカ、リーファ、ユウキ、フィリア、ストレア、アルゴ、ユイといった、ある意味いつものメンバーが集まってきた。

 

 その中で、第1層の時は発言していたが、今回は全く発言をしていなかったエギルが俺に声をかけてきた。

 

「キリト、やるんだな」

 

「あぁ。勿論皆にも手伝ってもらいたい。俺達は事実上100層まで辿り着いてはいるけれど、それを邪魔しようとしているのが《壊り逃げ男》だからな」

 

 《壊り逃げ男》に家を襲われて、ユピテルを連れ去られたアスナが口を開く。

 

「《壊り逃げ男》は本当に容赦のない奴よ。その気になれば、本当にわたし達の事を殺そうとして来るかも。その前に止めないといけないわ。そして……ユピテルを取り返すッ……」

 

「あぁそうだ。あいつからユピテルを取り戻さなきゃいけない。別働隊に《ムネーモシュネー》の連中に尋問を行わせるから、アスナはそれをヒントに《壊り逃げ男》を探してくれ」

 

 かつての攻略の鬼の眼光は、子供を奪われた母親の眼光に変わっているが、その鋭さは全くと言っていいほど変わっていない。間違いなく、アスナは本気で《壊り逃げ男》に戦いを挑むつもりだ。

 

「あたしはどうすればいい。あたしも《壊り逃げ男》を探そうか」

 

 リズベットの声掛けに俺は答える。

 

「リズはこれまでと同じように、皆の武器をメンテしてやってくれ。多分、これまで以上に気を付けなきゃいけない戦いになりそうだからな。

 シリカ、リーファ、ユウキ、フィリアはアスナと一緒に《壊り逃げ男》を探してくれ。前のあいつの本拠地はモンスターが全くいない場所にあったから、ひょっとしたら今回もそれかもしれない。モンスターが全くいない場所を探すんだ」

 

 話に出て来た四人が頷くと、情報屋であるアルゴが腕組みをした。

 

「オレっちは他の情報屋に声掛けして、情報を探してみるヨ。オレっち以外の情報屋の中に、《壊り逃げ男》の情報を持っている奴が居たっておかしくはないからナ」

 

「あぁ、頼むぞアルゴ。今は出来る限り多くの情報が必要だからな。何かわかったら、アスナか俺に連絡をくれ」

 

 アルゴを頷いたのを見てから、俺はストレアとユイに顔を向けた。

 

「ストレアとユイはイリスさんのところで待機をしててくれ。二人にはイリスさんのところの子供達を奴から守っていてもらいたい。《壊り逃げ男》が子供達に手を出さないわけじゃないっていうのは、ミナの時にわかったからな」

 

 ストレアがどこか驚いたような顔をして、俺に反論する。

 

「えぇっ、それでいいの。アタシもキリト達と戦うよ!」

 

「それは《壊り逃げ男》の場所がわかってからだ。確かにストレアの戦闘力は俺もいいものだって思ってる。でも、だからこそ君にはイリスさんのところの子供達を守ってほしいんだよ」

 

 ストレアは納得できないような顔をしていたが、その後に頷いてくれた。続けて俺は、クラインとエギル、ディアベルに顔向けする。

 

「クラインは風林火山の皆を纏めて捜索に出ろ。ディアベルも同じように聖竜連合を纏めて《壊り逃げ男》の捜索を。エギルは第1層のシンカー達に混ざって、《ムネーモシュネー》の連中に尋問をかけて、俺達に報告してくれ」

 

 三人は続けてわかったと言ってくれた。この三人の強さはお墨付きだから、何とかやってくれるはず。

 

 そして俺は、最後にシノンに顔を向けた。

 

「シノンは、ユイと一緒にイリスさんのところに居てくれ」

 

 俺と一緒に戦ってくれとでも言われると思っていたのだろう、シノンは酷く驚いたような顔をした。

 

「な、なんでよ。なんで戦っちゃいけないのよ」

 

「君は《壊り逃げ男》に狙われている可能性をまだ持っているんだ。もし、《壊り逃げ男》に戦いを挑むような事をすれば、それこそまた狙われるかもしれない」

 

 シノンは首を横に振る。

 

「大丈夫よ。私はもうあんな事にならないわ。あなたの傍で戦う!」

 

「駄目だ!」

 

 口論を始めた俺達に、ユイが入り込んできた。

 

「パパの言う通りです、ママ。《壊り逃げ男》は、あの時発作を起こしたママを見て喜んでいました。それくらいに危険な思考を持った、いわゆる外道です。《壊り逃げ男》はアスナさんにターゲットを向け直したとしても、まだママが発作を起こす事を狙っている可能性があります。だから、どうか戦いに行くのはやめてください」

 

「ユイまでそんな事を言うの……」

 

 明らかに苛立ちに似た感情を感じているであろうシノンに、アスナが続けて声をかける。

 

「キリト君とユイちゃんの言う通りだよ、シノのん。シノのんは《壊り逃げ男》のせいであんな事になった。あいつがわたしを狙っているかもしれないけれど、一緒にシノのんも狙ってるかもしれない。

 もし、シノのんが《壊り逃げ男》の前であんな事になっちゃったら、それこそ《壊り逃げ男》の格好の獲物になってしまう。だからこそ、シノのんはイリス先生の傍にいた方がいいわ」

 

 アスナにも言われて、シノンは完全に俯く。確かにシノンを俺の傍に置いておきたいという気持ちはあるけれど、《壊り逃げ男》が見つかり次第、俺はそれの討伐に向かう。

 

 《壊り逃げ男》はシノンを狙って発作を起こさせた張本人であるため、シノンを連れていけば、またシノンを狙って、発作を進んで起こさせる可能性が濃厚だ。そうなった時に一番危なくて、一番ひどい思いをする事になるのはシノンに他ならない。

 

「わかってくれないか、シノン。俺達はシノンを《壊り逃げ男》から守りたいんだ。俺達は《壊り逃げ男》と戦うためにあいつを探すけれど、《壊り逃げ男》が第1層を襲う可能性だってないわけじゃないんだ。そうなった時でもイリスさんならシノンを守ってくれるだろうし、傍にはストレアとユイもいる。だから、頼む」

 

 シノンは足元に手を伸ばして、ズボンの裾を思い切り掴んで握り締めた。シノンもきっと《壊り逃げ男》と戦いたいのだろうけれど、そんなわけにはいかない。そう思って次の言葉を駆けようとしたその時に、シノンは小さく口を開いた。

 

「……わかった。《壊り逃げ男》の事は任せたわ。なんとか、して頂戴……」

 

 その口調はどこか俺達に納得していないような感じだったが、ひとまずシノンが呑み込んでくれた事を察したのだろう、皆が軽く溜息を吐いた。

 

 全ての者達に作戦を伝えた俺は、肩に乗っている相棒に声をかけた。

 

「リラン、お前は俺と一緒に戦ってくれ。これまでと同じように」

 

《……わかっているとも。お前とともに戦える事が我の喜びだからな。《壊り逃げ男》はこの世界の総帥などという戯言(たわごと)を抜かした。あのような事を二度と抜かせないようにしてやる》

 

 相棒の言葉を最後に、俺は全員の心が決まった事を理解した。

 

 これからの戦いは《笑う棺桶》以上に危険な存在、《壊り逃げ男》との死闘だ。だが、その危険な戦いを勝ち残ったその時に、俺達は改めて100層へ辿り着く事が出来るようになる。この戦いは、100層への扉を開く戦いだ。

 

「皆、これが最後の扉を開く戦いだ。絶対に勝つぞ!!」

 

 俺の号令を受けた仲間達は、一斉に声を上げた。

 




原作との相違点

終わりの街に名前がある。

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