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広大な空の中にポツンと浮かぶ島、巨大な鉄の城、その頂上。紅色に彩られ紅玉宮という名を付けられている古城は、その巨大な鉄の城の中に閉じ込められた者達が辿り着こうとしている唯一無二の場所だった。
本来ならばその内装は中世の西洋を思わせるそれにされているというのに、今現在は場違いな機械や装置で埋め尽くされ、どこの世界なのかわからなくなっているような有様だった。
そしてその城の主がいるべき中央広間、祭壇のような軽い高台の上に、一人の少女が寝かされていた。
「ぐっ……ぅぅ……」
身体中に走るやや鋭い痛みに呻きながら、その少女――シノンは身体を起こした。ぐったりとして重たい身体を引きずるように周囲を見回してみれば、広がっているのはあの舞踏会会場のそれと同じような内装で、紅色が基調とされている大きな部屋だった。
だが、色は同じであるものの、明らかに内装は異なっていたため、あの舞踏会会場ではない事がわかり、同時に奇妙な装置のようなものがあちこちに並べられているところを見た事で、ここが世界観をぶち壊しにしてまで存在している異常な空間である事を、シノンは理解した。
「ここは……なに……」
シノンは立ち上がって、数歩前に進んだが、それから一秒も経たないうちに顔の辺りに電気が走ったような痛みが走って、その場に尻餅をついてしまった。
「いっ……!?」
何事かと頬を撫でつつ、もう一度身の回りを確認してみたところ、自らが赤色の光を纏う魔法陣の上に乗っている事、そしてそこから出ようとした時に、壁のようなものに衝突した事を把握した。その証拠に、自分の身体を除く周りの風景が、少し赤くなっているように見える。
「これ……閉じ込められてる……?」
「ここは100層だよ。正確には僕の最高の実験場だけど」
耳元に届いた不快な《声》にシノンは軽く驚き、声の聞こえてきた方角である背後に振り返った。白を基調とした豪勢な鎧戦闘服を身に纏い、金色の髪飾りを付けた金髪の男が少し離れた場所に立っていたが、シノンはすぐさまそれに強い嫌悪感を抱いた。
「アルベリヒ……いや、《壊り逃げ男》!」
実に様々な異変をアインクラッドに引き起こし、自分や親友達を何度も危険な目に遭わせてきた災いそのものと言える男――アルベリヒはふふんと笑った。
「随分遅く起きたものだね、おかげで一時間も準備をする事が出来た。礼を言うよ団長夫人」
「……ッ!!」
歯を食い縛りながら、まるで汚物を見ているかのような目つきで睨みつけてくるシノンに、アルベリヒは苦笑いをする。
「おいおい、そんなに怖い顔をしないでおくれよ。これからいい事をしてあげようと思ってるのに」
「……あんたのいい事なんて、ろくでもない事だって言うのはわかりきってるわ」
「そうだよ。これから君に特別な事をしてあげるんだからね、シノンさん、いや……」
「
目の前の金髪の男が口にしたその名前を聞いた途端に、シノンは凍り付いた。今の名前は、キリトとリラン、そして恩師であるイリスしかしらないはずの、自分の本名だ。それを、完全に外部の人間であるはずのあの男が、何故知っているというのか。たまらず、シノンは目の前の男に問いただす。
「なんで、なんでその名前を知ってるのよ!」
「なんでって? 僕を誰だと思ってるんだい。
僕は《壊り逃げ男》、ネット世界での探し物は何よりも得意なのさ。そしてその探し物の中で、君の本名と、現実世界で経験した事件の事を見つけたのさ。まさかメディキュボイドを使ってネット世界にダイブしてる人を引っ張り上げてみたら、かかった人がそれだったとは思ってもみなかったし、最初は全く気付かなかったけれど……」
ネット世界の神を自称しているような金髪の男は、慣れた手つきで懐に手を入れて、剣のように何かを引き抜いて見せた。その現れたモノを目にした瞬間、シノンの中の血液が一斉に凍り付く。
金髪の男の手に握られているものは、この世界にあるはずのない拳銃。そしてそのグリップ部分には、黒い星のエンブレムが浮かび上がっている。そう、冷たく寒い世界に自分を閉じ込めた張本人である、54式・
その姿を瞳の中に映し出した途端に、シノンの中の忌まわしい宿痾が刺激を受けたように再び蠢きを始めたが、それを見計らったようにアルベリヒは――銃口をシノンに向けた。
「これだよこれ。ある事件の時に使われたものと同じ銃。これって遠距離武器としては優秀だったから、他のゲームから輸入したんだけど、それを見た時の君のこの反応。それが僕の中で繋がったんだ。
君があの事件の当事者であり、強盗を射殺した張本人である朝田詩乃だってね」
いつもならば、この男は侮れないと思ったかもしれないが、シノンは銃口だけを見る事しか出来ず、他に考えを回す事さえも出来なかった。全身の血液が凍り付き、筋肉が委縮し、内臓が締め付けられて呼吸が難しくなる。拳銃から目を離せばすぐに治まるはずなのに、何故か目を離す事が出来ない。じっと、黒い穴に釘づけにされている。
「そして君はこれが大きなトラウマになり、拳銃を極度に恐れるPTSDを患ってしまった。そして今もその症状に苦しまされている、そうだよね、詩乃さん?」
身体を宿痾に支配されているせいで、全く身動きが取れず、舌が喉に張り付いて声が出せないうえに、目を銃から逸らす事が出来ない。だが、金髪の男の声だけは、正常に聞き取る事が出来た。
「辛いよねぇ。見ててわかるよ。だけど、君をその苦痛から救う事が出来るって僕が言ったら、君はどうする?」
その言葉と同時に、金髪の男は銃を懐に突っ込んだ。
直後に、シノンの中の宿痾が眠気を訴えて、そのまま眠りに就いた。パニックが遠ざかっていき、アルベリヒの声が頭の中にしっかりと入ってくるようになった。
「それ……どういう……」
シノンの小さな声を聞いたアルベリヒは、しゃがみ込む。
「僕の研究は戦争利用だと最初に言ったけれど、実のところ、医療面でも期待がされているんだよ。ほら、たとえば君みたいなPTSDやトラウマに苦しめられる精神疾患を持っている人。その人にこの技術を使えば、その人のトラウマやPTSDは文字通り完治するわけだ」
アルベリヒは腕を動かして、そのまま自らの頭を指差した。
「君を苦しめるのは他でもない、その記憶だよ。その記憶があるせいで、君はその発作に苦しめられている。だけど、僕の研究は人の記憶や感情を操作する事を可能にするものだ。実際疑似体験でも上手く行ってるあれね。あれを応用して君にそれ施せば、君は間違いなくそのPTSDから解放されるだろう。もう、苦しまなくてよくなるわけだ」
確かに、この世界に来た時は記憶が無くて、あの症状に苦しめられる事も、宿痾の蠢きにあえぐ事もなかった。宿痾の原因、その正体はアルベリヒの言う、この記憶そのものだ。
「私の記憶を……消す……?」
「いやいやいや、それだとただの記憶障害になっちゃうよ。だぁかぁらぁ、他のそれと入れ替えてしまおう」
アルベリヒは立ち上がって、何かを考えるような仕草をする。
「そうだね、この実験が成功すれば、君は銃に苦しむ少女から、銃を何よりも好み、銃で何かを撃つ事に何よりも快感を覚える
淡々と早口で様々な事を言いまくるアルベリヒにシノンはきょとんとしたが、これから自分の身に起こりそうな事ならば見えていた。この男は、わけのわからない研究を、自分の身体と心を使ってやるつもりでいるのだ。しかもこの男は自らの研究というものに絶対的な自信があるようで、失敗した時の事など考えていないように見える。
「ま、待ってよ、その研究が、実験が失敗したら……?」
アルベリヒは「んぁ?」と言ってシノンに振り返る。
「失敗? 失敗なんてしないよ。まぁ確かに失敗は最初の方で何度もやって来たけれど、ある時からは全部成功して来たんだ。だからね、僕の研究は95%完成しているんだよ。その最後の5%が、君ってわけさ。そしてこの研究が100%完成したものになれば、僕はアスナを、レクトを、全てを手に入れられる……!!!」
アルベリヒの口から唐突に飛び出したアスナという単語。何故そこで親友の名前が出てくると言うのだろうか――シノンは即座にアルベリヒに問うた。
「アスナ? なんでアスナの名前が出てくるのよ?」
「あぁそっか。君達は僕達の関係性というものを知らないのか。じゃあ教えてあげるよ。僕はレクトのフルダイブVR研究部門の主任をやっててね、そのレクトのボスであるアスナのお父さんから絶大な信頼を得ているのさ。そして、僕とアスナは現実世界で結婚するように話が進んでいてね、アスナと僕の結婚が成立すれば、レクト社は僕のものになる」
アルベリヒは少し呆れたような顔になる。
「しかし、アスナは僕の事を嫌っててね、アスナが目覚めた瞬間には、僕との結婚なんか即座に取り消すだろう。そうなりゃ勿論この計画は台無し。だけど、この研究を使ってアスナの記憶を
知らない名前が沢山出てきていて、まるで絵空事を言っているようにしか思えないはずなのに、何故かアルベリヒの言葉は計画性に満ちていて、尚且つそれが実現可能である計画だという事が理解できてしまった。だが、そうであっても確実な事は一つ。
この男は、親友のアスナにとんでもない事をしようとしている、まともでないやつだ。
「そんな計画を誰が許すのよ。 あんたは、《壊り逃げ男》っていう犯罪者じゃないの」
《壊り逃げ男》はきょとんとしたような顔をする。
「おいおい、それを言うならこの社会を作っていた連中そのものが犯罪者だ。僕がクラッキングして情報を吐かせてやるまで、警察も政治家も、マスメディアもみんな、僕達国民に長期にわたる詐欺を行っていた。僕はあくまで、国民の目を覚まさせてあげて、今言った連中が全部詐欺師という名の犯罪者集団だった事を教えてやっただけさ。
まぁ、今言った連中が何も出来なくなって、次々職を追われる事になったのは流石にお腹が痛くなったよ、笑い過ぎで」
現実世界にいた時、
その時《壊り逃げ男》が活動を始めてから、警察や政治家、マスメディア、その他大手企業の重鎮達が次々記者会見を行い、辞職に追い込まれていき、テレビ番組やニュース番組が軒並み潰れていくという前代未聞のニュースが連続して起こった事を、今でも覚えている。そのニュース欄のコメントを見てみれば、どれも揃いに揃って炎上というものが起きていた。
(こいつは……!)
この男は既に自分を捕まえそうな連中を完全に潰した状態で、この非人道的な研究を進めているのだ。その計画性と強さがこんな悪事に使われているのが、どこか悔しく、悲しく思えた。だが、シノンが魔法陣の中でそんな事を考えている最中、アルベリヒは立ち上がり、突然部屋の中央付近に歩き出した。
向かう先に視線を向ければ、紅色の大理石で構成されている、コンソールのようなものが設置されている。その形は、ユイが第1層で操作したものに似ていなくもない。
「さてと、ネタばらしはこれくらいにしておいて……さっさと始めようか。時は金なり、だしね」
そう言って、アルベリヒがコンソールの上に浮かび上がるホロキーボードの操作を始めると、シノンを閉じ込める奇妙な魔法陣が紅く発光を始める。何かが動き出している事をすぐさま理解したシノンが、戸惑いながら周囲を見回したその次の瞬間に、アルベリヒは歓喜に満ちた声を上げた。
「さぁ、君が僕の研究の第一成功例だ。見せてあげよう、僕の研究を!」
アルベリヒの高らかな宣言の数秒後に、魔方陣の外周部分から植物の蔓のようなものが15本ほど突如として飛び出し、シノンは驚きつつもそれを目に入れたが、次の瞬間には、それが植物の蔓ではなく、闇のように黒い色をして、紅い光を纏っている人間のそれに酷似した腕である事に気付いた。
しかもそれらがまるで生き物のように蠢くものだから、シノンは強い嫌悪感を抱かざるを得なかった。
「な、なにこれ……!?」
「いいだろう? それが僕の研究が生み出したものだよ。記憶を操作するには、意識がしっかりしてると駄目なんだ。だぁかぁらぁ……」
アルベリヒが言いかけたその時に、黒の腕は狙いを定めたようにシノンの身体へと襲い掛かった。これまで様々なモンスターとの戦いを経てきたシノンでも、無数の黒い腕というものとは戦った事がないためか、黒の腕に触れられた瞬間に思わず悲鳴を上げる。そして、黒の腕は瞬く間にシノンの両腕と両手、両脚を掴んで、完全に拘束する。
「快楽と恍惚で意識をふやかすんだ。安心してくれたまえ、それは君に痛みも苦しみも与えない。快楽と快感だけを、君に与える最高のスグレモノだ。さぁ、思いっきり感じてくれ」
快楽、恍惚、快感? 頭の中でその言葉の意味を探し出そうとするよりも前に、アルベリヒのキーボード操作音が響き、それを号令として受け取ったかのように、黒の腕達はその手でシノンの全身を弄るように触り始める。
「やぁ、やだっ、む、ん、んん――ッ!?」
得体のしれない存在に身体を弄繰り回される感覚に、シノンは悲鳴を上げるが、黒の腕はその指をシノンの口の中へと突っ込み、強引に遮った。舌を無理矢理押さえつけられて、まともな言葉を発せられなくなったが、シノンはそれでも叫ぼうと声を上げ続けた。
身体中を手がずるずる這い回り、それが快感を与えてくる部分に触れる度に、あの金髪男の言う快楽が押し寄せてくる。
「ん、んんぅ、んぅ、んんんんん――――――――――――ッ!!!」
それから数秒も経たないうちに、シノンの身体を弄っていた腕達は、触る前から邪魔だと感じていたであろうシノンの服に手を伸ばし、そのまま強引に引き千切り始めた。ばりばりという布が裂けるような音が耳に届く度に、愛する人と同性以外には見せたくなかった身体が曝け出されていき、素肌に直接空気が触れるようになり、引き千切られた服は無残に青い硝子片となって消えていく。
「んんぁああ、んあああ、んあああん――――ッ!!」
身体を動かそうとしても、その身体中を手が這い回りながらも拘束しているため、全く動かせない。その動けないシノンの服を、黒の腕達は貪欲に蒼い硝子片へと変えていき、やがて全ての下着を含めた全ての衣服類を剥ぎ取ったところで、再び慣れた手つきでシノンの裸体を弄り始める。
同じ時に、シノンの口を塞いでいた腕もそこから離れて、シノンの身体の方へと流れるように動き、快感を与えられる部分というものを探す。
「ひゃぁ、ああ゛、ふああ、ぁぁあ」
愛する人との行為――互いの温もりを交換し合う時以外には絶対に出さないようにしていた声が、無理矢理身体の底から搾り出され、齎される快感に身体が無意識のうちにびくびくと震える。
黒の腕達は少女から漏れだす甘ったるい声を、飛び散る甘い汗を更に手に入れるべく、その身体を弄り続け、更なる快感を与えていく。その光景を目の当たりにして、この黒の腕を操っている張本人である金髪の犯罪者は叫ぶ。
「ひっははははははははは! いいね、いいね、最高だねェ! もし君がアスナだったと思うだけで、僕は絶頂しそうだ! いやぁ、あのクールでストイックな血盟騎士団団長の夫人がこんなふうにされてるってシチュエーションだけで、最高に昂れるよ!」
耳元に届いてくるのは不快な笑い声。だがその声の主がどんな人間だったのか、考える暇もない。まるで人間の女というものを知り尽くし、その身体を弄って快感を与え続けて来たかのような黒の腕の齎す快楽と快感は、瞬く間に意識をあやふやなものに変えてくる。
愛する人以外に聞かせたくない声も、黒の腕が与えてくる快楽を受ければ自然と漏れ出してくる一方だった。
「くぐぅ、ぅぅ、うぁあ、ひやぁう゛」
「いいよいいよ! 君の感情データもしっかりと採取中だ。誰が撃ち込んだのかは知らないけれど、君には感情を採取データ化して記録するものが最初から入ってたんだ。実験もデータ採取も出来て最高だよもう! ひゃああはははははは!!!」
かんじょうを、そくていする?
それがさいしょから、はいってる?
金髪の男が昂りながら叫ぶ言葉を、もはやシノンは理解する事さえ出来なかった。生物が、人間の女性が本能的快楽を感じる部分を容赦なく責め立ててくる黒の腕――それが与えてくる快感の濁流に、頭の中が溶けたチーズや暖かいバターのようになって、思考を回す事が出来ない。
「さてとぉ……色んな女性を見て来たけど、詩乃さんはどんなのなのかなぁ……では行くぞぅ」
急に昂りを落ち着かせた金髪の男の声を聞いた直後、黒の腕達は急に動きを止めた。快感の濁流が穏やかな流れになって、意識を少しだけはっきりした際に、自分の身体を見て、シノンは一気に恐怖感を募らせる。
黒の腕が細い形を作り――愛する人以外の侵入を絶対に許していない場所に迫ろうとしていたのだ。
「やっ、やぁ゛、だ、だめ゛、だめ、だめ゛ぇぇ゛、こな゛いで、こないでぇ」
呂律の回らない舌を動かして言葉を紡ぎ、何度暴れようと身体を動かそうとしても、周りの黒の腕がしっかりと押さえつけていて動けない。そして黒の腕は、その動きを決して止めようとはしない。
「さぁ、僕の研究成果が齎す最高の快楽恍惚を、じっくりと堪能してくれ」
金髪の男の指示を黒の腕が受けた次の瞬間に、ずっと回避したかった事が起き、シノンは叫んだ。
これ、R-15で収まってるよね?