肉体という殻の最奥部、小さな球体の中に閉じこもった詩乃の意識。ぎゅうと身体を縮めて丸くなり、かつて親しくなった人々に、詩乃は礼を言ったり、思いを馳せている。
そしてそんな詩乃の閉じこもる球体をかち割ろうと、黒い腕の姿をした死ががんがんと音を立てて叩き続けている。いつになったら割れて、あれが中に入ってきてしまうのだろうか。ずっと待ち続けているけれど、ここの球体がかなり頑丈に出来ているせいなのか、なかなか破る事が出来ないらしい。
「……」
まだ生きていられるという事を喜ぶべきか、死に遠ざかられていると嘆くべきか。だが、いずれにせよあの腕はこの球体を壊し、自分を死に導いていくのだ。その事だけは、変わらない。
その時が来るまでに、今まで一緒に居てくれた人達に、礼を言い切らなければならない――そんな思いに駆られた詩乃は裸身を抱えながら、ただただじっと声を出し続けた。
「詩乃!!!」
そんな中、自分のものとは全く違う声が耳に届いてきた。ここは自分以外の人間が入って来れるような場所じゃないから、最期の時を迎えようとしている自分の身体が、他の人の声を記憶から探り当てて、それを耳に聞かせているとでもいうのだろうか。だとするならば、自分は意外とこの状況を寂しく思っていたらしい。
「詩乃!!!」
しかもその声色は、非常に聞き慣れたものだ。いや、聞き慣れたどころじゃない。自分が生きていた間に最も心地よく思えて、ずっと聞いていたいと思っていた人の声。こんな目に遭い続けた自分が、唯一愛する事が出来て、唯一自分を愛してくれていた人の声だ。
その人への思いが未だに強く残っていて、捨てきれないから、最期の時まで聞いていたい――無意識のうちにそんな事を思って、こうして聞かせてくれているのだろう。
「和人……出来れば声だけじゃなくて……姿も……」
「詩乃、こっちだ、詩乃!!!」
その時、詩乃はハッとした。違う、耳にただ聞こえてくるんじゃなくて、ある方向から聞こえてきている。しかも、すぐ近くにいるかのように、かなり大きなものだ。それにいつの間にか、黒い腕がこの球体を叩く音もなくなっている。
「え……」
思わず声の聞こえてくる方向に顔を向けたその時に、詩乃は瞠目した。球体に貼り付いて、必死な顔をして叩いている人がいる。
黒色の髪の毛に同じく黒い瞳をした、すっかり見慣れた顔――世界でもっとも、愛おしく感じる人のそれと同じ姿をした少年。死を迎えるならば、その人の胸の中で迎えた方が良かったと思っていた人。そのくらいに、かけがえのない人が、球体の外にいる。
「和人……?」
桐ケ谷和人という名前を略して、キリトと名乗っている少年。詩乃がその顔を見つつ呼ぶと、キリト――和人と思われる人物はハッとする。
「よかった、いるんだな、詩乃!! 黒い手がここに来てたから、まさかとは思ったけれど……!」
「和人……なんで……」
「迎えに来たんだ。一緒に帰ろう、皆詩乃を待ってる」
和人は力強く球体を叩き始め、音が周囲に木霊する。だが、詩乃はあの和人が本物なのか、理解する事が出来なかった。
先程までは黒い腕が叩いていたが、今は和人が叩いている。もしかしたら、黒い腕に連れ去られるのは嫌だと感じた自分が、黒い腕を和人に変えただけなのではないだろうか。和人の胸の中で息を引き取りたいと思っていたから、この場に和人の幻影を作り出して――。
そう考えて俯こうとしたその時に、和人の顔がちらと見えたが、何かに気付いたような顔をしていた。それから一秒も満たない間に、和人は叫んだ。
「死のうとなんて思うな、詩乃!!」
詩乃は驚いて顔を上げた。分厚い硝子の壁の外にいる和人は、ぐっと拳を握った。
「俺、全部見てきた。君の記憶を、全部見てきた。君があの事件で俺の想像を超えるくらいに酷い目に遭って、その後苛めに遭って、周りの人間を誰ひとり信じられなくなって、辛い事も悲しい事も誰にも打ち明けられなくて、ずっと一人で抱え込んできた事も、ずっと一人ぼっちだった事も、その行く末に俺達に出会う事が出来たけど、それが自分の幻視じゃないかって不安になっていたのも……みんな」
詩乃は和人から目を逸らして俯き、再び丸くなった。あの少年はやはり有り得ない事をぶつぶつと言っている。
他人が他人の記憶を完全に把握する事なんて出来やしないし、ましてや思いを理解する事なんて出来やしない。やはりあの和人は、自分が死を心地よいものにするために生み出した幻視だ。
「……全部見たのね。ならわかったでしょう。私はもう嫌なの。悪罵をぶつけられるのも、誰かを失うのも、この記憶に苦しめられるのも、もう嫌なの。もう疲れた。もう嫌だ。こんなのはもう現実じゃない。でも、最期をあなたの胸で迎えられるのなら、それが一番いい。ねぇ、早くこっちに……」
「ふざけるなッ!!!」
幻視からの怒鳴り声に詩乃は身体をびくりと言わせて、見上げた。
幻視の和人は拳を握って球体に付けて、歯を食い縛っていた。その瞳からは涙が零れている。
「確かに君の見てきたものは現実じゃないって思いたくなるものが多かったよ。だけど、君は途中で愛莉に、俺とリランに、アスナに、ユイに出会ったじゃないか! ずっと、幸せな日々を過ごしたじゃないか!! 君は俺達との日々までも、忌まわしい記憶だって思ってるのか!? 誰にも大事にされてないなんて思ってるのか!?
君が死ねば、愛莉もユイもアスナも、リズもシリカもリーファもフィリアもストレアも、みんな悲しむ事になるんだ! 大切な君を失った事が忌まわしき記憶になって、一生それに苦しめられる事になるんだ!! 君は彼女達を、過去を知っても尚自分を大事にしてくれた彼女達を苦しめたいのか!?」
今まで優しい言葉ばかり与えてきてくれた彼からの叱責。あまりの衝撃に詩乃は完全に言葉を失って彼から目を離せなくなる。まるで銃口を覗いた時のように、彼の目から目を離す事が出来ないのだ。
「それに俺だってな、君が死んだならその時この世界を呪ってやるつもりだ! 散々君をひどい目に遭わせて苦しめて、虐待の限りを尽くして殺したこの世界の事を呪ってやるつもりだ! だからこそ、死ぬな、死のうとなんて思うな詩乃!!」
和人は球体を叩くのをやめた。徐々に顔が悲しそうなものに変わっていく。
「……今まで俺は、君の事を理解しているつもりだった。君の気持ちをしっかり受け止められてると思ってた。
だけど、全然理解していなかった。全然君の気持ちを受け止められてなかったし、全然、君がどんな思いをしてきたのかも理解できてなかった。君の話を聞いて、理解してるつもりになってただけだった……」
詩乃が目を見開くと、和人は顔を上げて、その目を合わせる。
「でも、今なら全部わかるんだ。君の気持ちも、悲しみも、不安も、喜びも、これからの事も、わかるんだ。君が見ているのは、幻視なんかじゃない。全部、全部現実なんだ。君は現実を見ているんだよ。夢なんて、一つもない。君の過ごしてきたものは、光景は、全部本物なんだ」
和人は間髪入れずに言う。
「もし君が生きるって思ってくれるなら、俺はずっと君の傍に居続ける。俺が君の傍にいて、君の居場所になって、君の事を守り続ける。君の事を、愛し続ける。たとえ君の事をみんなが見捨てたとしても、俺は絶対に君の傍に居続ける。君と一緒に歳をとって、君を支え続ける。だから、だから……」
和人は顔を上げて、涙を散らしながら叫んだ。
「生きてくれ、詩乃!!!」
和人の声が耳に入って、身体の底、頭の奥まで響き渡ったその時に、詩乃は足元でガラガラと何かが崩れたような錯覚を覚えた。もしあの和人が自分の見ている幻視だったのだとすれば、死のうとする自分を受け入れて、そのままお休みと言ってくれたはずだった。だが、あの和人はあんなに必死になって自分に生きろと言ってくれている。
自分も一緒に生きていくから、一緒にいるからと言って、生きろと言っている。幻視では言えなさそうな事を言って、この壁を叩き続けている――という事は、あれは、
本物の、桐ケ谷和人だ。
そうわかった瞬間に、詩乃の中にあった幻視という概念、不安、その全てが一瞬にして断末魔を上げて消え果て、ある種の衝動が生まれて、突き上げてきた。
あれは本物の和人なのだ。
自分が見て来たのは幻視なのではなく、すべて現実なのだ。
自分に幸せな日々を与えてくれた人は、現実に存在しているのだ。
そしてその人は今、どうやったのかは知らないけれど、ここまでやってきて、自分を迎えに来てくれたのだ。死ではなく生へ、現実へ!
私が見ていたのはすべて現実、夢ではなかった!
その思いが心を突き破って身体の中に満ち、それが目元まで行くと、大粒の涙が溢れてきて風景がぼやけたが、和人だけはぼやけずに残っている。そして、詩乃は身体の奥底から力を込めて、迎えに来てくれた、愛する人に叫んだ。
「和人……かずと――――ッ!!!」
詩乃の叫びが球体の中に満ちた瞬間、黒い腕の侵入すらも跳ね除けていた分厚い硝子の壁はガシャンという大きな音と共に崩壊し、その欠片は星屑のように真っ黒な空間に輝きながら細かくなっていき、瞬く間に消えていってしまった。
解放された詩乃は動かそうと思わなかった身体を無意識のうちに動かし――自分を追いかけてきてくれた愛する人の胸の中に、飛び込んだ。
そして、飛び込んできた詩乃を、和人はその腕でしっかりと抱きしめる。
「和人……和人ぉ……!」
和人の温もりに触れて、じんわりと身体が奥底から暖かくなって行くのを感じ取る事で、詩乃は目の前にいる和人が死ではなく生、死にかけていた自分を生に戻すためにやって来てくれた、完全なる本物の和人である事を理解する。やはり、夢なんてものは見ていなかった。
「詩乃……よかった……もう君には会えないんじゃないかって思ってた……」
「私もそう思ってた。でも、あなたはここまでわざわざやって来てくれた……」
「ごめんな、詩乃。辛い思いをさせた。ううん、辛い思いをさせてきてしまった」
詩乃は和人の胸の中で、首を横に振る。
「怖かった。黒い腕がいっぱい来て、私の身体を滅茶苦茶にして、頭の中まで滅茶苦茶にされそうになって、すごく怖かった。もう駄目だって、思ってた……だけど、それでもあなたは助けに来てくれた……全然、予想してなかった……」
悲しそうなものではなく、寧ろ嬉しそうな声色で言う詩乃の頭と背筋を撫でて、和人は言う。
「だって、約束したじゃないか。俺が君の居場所になる、俺が一生君を守るって。そして、君一人じゃどうにもならなくなった時は、君がどこに居ようと助けに行くって、約束、したじゃないか」
「そう、だったわね。そうだったわね……ありがとう、和人……」
その言葉を皮切りに、二人は抱き合ったまま動かなくなり、互いを暖め合い始める。
そして、それから数秒程経った後に、和人は詩乃の身体を軽く離し、その両肩に手を乗せながら顔を見つめた。
「……さぁ、帰ろう、詩乃」
普通の人なら入って来れない場所まで助けに来てくれた愛する人。その黒い色の瞳を見つめながら、詩乃は笑んで、頷いた。
「えぇ。一緒に、帰りましょう……」
そう言って、詩乃が和人の胸の中へもう一度顔を埋めると、周囲の黒い闇が一気に白くて暖かな光に変わっていき、二人はその中に吸い込まれるようにして、消えていった。
□□□
「ッ!!!」
和人はハッとして顔を上げた。目の前に広がっていたのは先程のような闇の空間ではなく、紅色の壁とチェック柄の大理石質感の床が広がる巨大な部屋。その至る所に金色の豪勢な装飾が施されているため、どこかの王宮の大広間だと実感する事が出来るが、すぐさま和人はここがどこなのかを思い出した。
ここはアインクラッドと呼ばれる巨大なる鋼鉄の浮遊城の中、その頂上である100層、紅玉宮の中だ。そして、自分は桐ケ谷和人ではなく、アインクラッドの中を旅してきた戦士の一人である、キリトだ。
「パパ!!」
耳元に届いてきた、聞き慣れた声色による呼びかけに、キリトは応じるが如く顔を向ける。腰まで届くくらいの長い黒髪が特徴的な10歳前後の少女、自分の娘であるユイの姿がそこにあった。
「ユイ……」
「パパ、戻って来たんですね! 施術は成功です、リランさん!」
最後に出て来たリランという言葉に反応して、キリトは背後を振り向く。豪勢な鎧を思わせる白金色の甲殻と同じく白金色の毛に身体を包み、背中から四枚の翼を生やして、大剣のような尻尾と枝分かれした金色の角を耳の上に生やし、その額から聖剣のような角を生やしている、狼の輪郭を持つ赤い目の巨大な竜が姿勢を落として佇んでおり、顔をこちらに向けてきている。ここに来るまでずっとそばで戦い続けてくれた、相棒。
その狼竜の名前を、キリトはそっと呼びかけた。
「リラン……」
主人の声を聞いた狼竜は、《声》を送ってきた。
《戻って来れたという事は、上手く行ったという事か……思いの外疲れたぞ》
疲労感たっぷりの顔をしている狼竜を見つめていると、頭の中にここに来る前の出来事が蘇ってきて、キリトはぼんやりとしていた意識をはっきりさせた。その記憶に従って手元を見てみれば、光を失った目をしたまま、口を軽く開いてひゅうひゅうという音を出している、キリトの手に身体を預けている少女の姿があり――その名をキリトは咄嗟に呼びかけた。
「詩乃……詩乃!!!」
そうだ、自分はこの少女と意識を繋げて、その記憶の最奥部で少女と再会を果たした。そして彼女を連れて、ここまで戻って来たのだ。自分の意識がここに戻ってきているという事は、彼女もまた、ここに戻ってきているはず。
「詩乃、詩乃!!」
頼む、目を覚ましてくれ――そう思いながらキリトがゆさぶりをかけたその時、まるでその声に答えたかのように、詩乃の瞳に光が灯った。ようやく起きた詩乃の変化にキリト、ユイ、リランの三人で軽く驚くと、詩乃はその顔をそっと動かして、キリトの揺らめく瞳と自らの瞳を合わせた。
「……和人……」
詩乃の口が小さくその言葉を紡いだ瞬間、キリトは泣きたい気持ちが突き上げて来たのを感じ取ったが、すぐさまをそれを抑え込んで、もう一度声をかけ直した。
「詩乃……俺が、わかるのか……?」
詩乃は弱弱しく微笑みながら、頷いて見せた。
「えぇ……えぇ……わかる……」
その声を聞いて、微笑みを見た途端、キリトは胸の中の嬉しさが抑えきれなくなって、思わず詩乃の額に自分の額を付けた。詩乃は拒否する事無く、そっとキリトの額に自分の額を擦り付けて、温もりと呼吸を感じ取ってから、静かに離れた。
「ママ!!」
ようやく目覚めた母に、娘であるユイは思わずその胸の中へ飛び付いた。突然娘に飛びかかられた事に、詩乃は軽く驚いたが、娘も来てくれていたという事に強い嬉しさを感じて、すぐさまその背筋と頭の手を伸ばし、力強く抱きしめた。
「ママ、ママぁ……!」
「ユイ……あなたも来てくれたのね……」
嬉し涙を零しながら顔を埋めてくる娘の髪をそっと撫でてやると、頭の中に《声》が響いてきた。その正体を最初から理解していた詩乃は、キリトの上から覗き込んできている狼の顔に言った。
「リラン……キリトの意識を私の中に入れて来たの、あんたでしょ……」
《そうでもしないと、お前の事は助けられそうになかったからな》
毎回毎回わけのわからない事ばかり成し遂げてしまう。だけど、そんな事が出来るからこそ、この狼竜は頼もしい――詩乃は呆れながらも、狼竜がキリトの加担していた事を嬉しく思っていた。
「う、うぐぐぐぐぐぐ……」
この場にいる誰のものでもない呻き声、それを聞いた瞬間に四人は声の聞こえてきた方へ顔を向けて、キリトは剣を二本とも引き抜いて構え、ユイは詩乃に装備をするよう指示、詩乃は装備ウインドウを開いて――黒い腕に壊されずに済んだ、最初から所持していた装備を身に着けて、リランはキリトの隣に並んで身構える。
その目線の先にいるのは、頭を頻りに触りながらゆっくりと立ち上がる金髪で豪勢な鎧を着た男。この城を支配する魔王ともいえる者、アルベリヒ。
「アルベリヒ……よくもやってくれたもんだな」
キリトが歯を食い縛りながら身構えると、アルベリヒは苛立ちに満ちた表情をキリト達に見せつけた。
「やれやれ、どうやって来たんだよ一体。ここへは僕以外のプレイヤーは入れないようになっていたはずなんだけどな」
「お前の言う《女帝龍》の背中に乗って来たのさ。空を飛べるのはお前のところの《皇帝龍》だけじゃないんだよ。お前に空路もしっかり残ってたから、利用させてもらった」
アルベリヒが軽く溜息を吐く。
「なるほど、そんな事をして来たというわけか。こんな事なら完全に消しておけばよかったよ。だけど君達だけで乗り込んできたのは、いささか甘かったんじゃないかなァ」
《それに、お前の相手をするのは我らだけではないぞ》
リランの言葉にアルベリヒが「あ?」と言った次の瞬間、紅玉宮の中に歓声にも似た声が聞こえてくるようになり、それは徐々に大きくなって行く。そしてアルベリヒが戸惑いながら玄関口に振り向いたその時、赤、白、青、緑と言った実に様々な色の鎧や戦闘服を身に纏い、様々な武器を持った戦士達が突如として玄関口に姿を現し、そのまま咆哮しながら紅玉宮の中へと流れ込んできた。
99層で足止めを喰らっていたが、キリト達が扉をこじ開けた事により、開かれた道を進んできた仲間達。その姿を見た四人は心の中に安堵を抱き、アルベリヒは驚く。
「お、お前達は……攻略組!」
雪崩れ込んできた仲間達の先頭に立っていた栗色の長髪の細剣使い、血盟騎士団副団長アスナが叫ぶように言う。
「キリト君、リラン、シノのん、無事!?」
同じく先頭に立っていた青い鎧に身を包んだ青年、聖竜連合を率いるディアベルがキリト達に顔向けして叫ぶ。
「キリト、待たせた!!」
二人と同じように先頭に立っていた武者のような風貌の青年、クラインがアルベリヒに叫ぶ。
「やいやいやいやいアルベリヒ!! いや、《壊り逃げ男》!! よくも俺にあんな嘘夢を見せてくれたな!!!」
クラインの隣に並んでいたエギルが両手斧を構えて叫ぶ。
「もう許さねえぞ《壊り逃げ男》! 大人しく観念しろや!!」
エギルを皮切りに、攻略組の方から罵声が起こると、アルベリヒは驚いたような仕草をする。それとほぼ同時に99層でキリト達の身を案じていたリズベット、シリカ、リーファ、フィリア、ユウキ、ストレア、そしてアスナの七人がキリト達の元へと駆けつけて、シリカが最初にキリトに声掛けする。
「キリトさん、大丈夫ですか!」
「俺の方は大丈夫だ。皆が来れたって事は、アスナがあの扉を開けてくれたんだな」
アスナが険しい表情のまま答える。
「うん。まさか本当に内側からしか開けられない扉だったなんて思ってもみなかった。やっぱりリランは頼りになるね」
直後、シノンが何かに気付いたような表情を浮かべて、アスナに叫ぶように言った。
「アスナ、そいつ……アルベリヒはあんたを狙ってる! あいつは現実世界のあんたとかかわりがあるって……!」
シノンの言葉に全員が軽く驚きの声を上げると、アスナは細剣を構えたまま向き直る。そこにあったのは勿論、自分達を散々苦しめてきた《壊り逃げ男》、アルベリヒの姿。
「……イリス先生から《壊り逃げ男》はレクトの人間だって聞いてた時から、そうなんじゃないかなって気はしてた。そしてマスターアカウントを手に入れたり、様々な異変を起こしたりするのも、その人なら出来そうな気も、してた」
キリトがアスナの隣に並んで声掛けする。
「アスナ、あいつは一体。君とどんな関係があるっていうんだ」
アスナはちらとキリトを横目で見た後に、まるで忌まわしきものを見るような目つきで、アルベリヒの事を睨み付けた。
「……レクトVR研究部門主任、
この世界では出てきてはならない形式のはずの名前がアスナの口から飛び出した瞬間に、その場の全員が驚きの声を上げた。そしてその声を浴びながら、呼ばれた金髪の男は得意気に笑んだ。
「ようやく気付いたのかい、
次回よりいよいよ、魔王との戦い。